旭川地方裁判所 昭和32年(行)3号 判決 1958年3月28日
原告 石井義勝
被告 上川税務署長
主文
被告が原告に対し、昭和三一年七月にした昭和三〇年度の総所得金額および所得税額の更正処分に対する変更請求の訴(旧訴)、ならびに、被告が原告に対し、昭和三一年一一月七日にした昭和三〇年度の総所得金額の更正処分に対する変更請求の訴(新訴)は、いずれもこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、まず、「被告が原告に対し、昭和三一年七月にした昭和三〇年度の総所得金額五二五、二四八円、これに対する所得税額五九、七〇〇円とした更正処分を、総所得金額三四二、〇六二円これに対する所得税額二、七五〇円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」(以下旧訴という)との判決を求め、のちにこれを変更して、「被告が原告に対し、昭和三一年一一月七日にした昭和三〇年度の総所得金額五三四、一七三円とした更正処分を、総所得金額三四二、〇六二円と変更する。」(以下新訴という)との判決を求め、その請求の原因として、「被告が昭和三一年七月原告の昭和三〇年度の総所得金額を五二五、二四八円、これに対する所得税額を五九、七〇〇円とした更正処分(以下第一次更正処分という)をし、その旨を通知してきたので、これに対し、原告は、昭和三一年八月二七日被告に再調査の請求をしたところ、昭和三一年一一月七日被告から右請求を棄却する旨の通知を受けた。そこで、原告は、昭和三一年一一月二七日札幌国税局苦情相談所旭川支所係官の指示により、同所に右請求棄却の決定に対する審査の請求書を提出したところ、昭和三一年一二月二五日札幌国税局長から右書面を昭和三一年一二月二四日付で受理した旨の通知を受けたが、右審査の請求は棄却され、昭和三二年四月五日札幌国税局長からその旨の通知を受けた。しかし、別表(一)のとおり、原告の昭和三〇年度の総所得金額は三四二、〇六二円で、これに対する所得税額は二、七五〇円である。したがつて、原告の昭和三〇年度の総所得金額を五二五、二四八円、これに対する所得税額を五九、七〇〇円とした被告の更正処分は違法であるから、これを変更し、その総所得金額を三四二、〇六二円これに対する所得税額を二、七五〇円とする判決を求めるため本訴に及ぶ。」と陳述し、被告の主張に対し、「被告が昭和三一年一一月六日原告の昭和三〇年度の総所得金額を五三四、一七三円とした更正処分(以下第二次更正処分という)をし、原告は昭和三一年一一月七日その旨の通知を受けたことは認める。しかし、右更正処分と第一次更正処分とは、ともに原告の昭和三〇年度の総所得金額に関するもので請求の基礎に変更がないのであるから、第一次更正処分に対する請求が認められないときは、これを第二次更正処分に対する請求と変更する。」と述べた。
被告および法務大臣指定代理人は、まず、旧訴について、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、所得税法第五一条第二項により、更正処分の変更を求める訴は、審査の決定の通知を受けた日から三箇月以内に、これを提起しなければならないところ、原告が札幌国税局長から審査請求棄却の決定の通知を受けたのは昭和三二年四月五日で、本件訴を提起したのは昭和三二年七月二三日であるから、本件訴は出訴期間を経過したのちに提起された不適法な訴である。もつとも、原告が昭和三二年七月五日裁判所に対し、『昭和三〇年度分所得税不当課税裁判方御願いの件』と題する書面を提出しているけれども、右書面は民事訴訟法第二二四条に定める請求の趣旨および原因を明確に記載していないから、適式な訴状とは認められない。したがつて、原告が右書面に対する補正申立書を裁判所に提出した昭和三二年七月二三日に本件訴を提起したものというべきである。
つぎに、所得税法第四九条第一項により、再調査の決定に対する審査の請求は、再調査の決定の通知を受けた日から一箇月以内に、国税局長に対し、しなければならないところ、原告が、被告から再調査の請求を棄却する旨の決定の通知を受けたのは昭和三一年一一月七日であるのに、国税局長に対し審査の請求をしたのは昭和三一年一二月二四日であるから、右審査の請求は、その請求期間を経過したのちに提起されたものである。したがつて、右再調査の目的となつた第一次更正処分は、審査の請求期間を経過した日すなわち昭和三一年一二月八日に確定したものであるから、これが変更を求める訴は許されない。
さらに、第一次更正処分後その更正した総所得金額に脱漏があることが判明したので、被告は、所得税法第四四条第六項に基き、昭和三一年一一月六日原告の昭和三〇年度の総所得金額を五三四、一七三円とした更正処分(第二次更正処分)をし、その旨を昭和三一年一一月七日原告に通知した。そして、所得税法第四四条六項による再更正処分は、当初なされた更正処分をそのままとし、それに脱漏した部分だけを追加するものではなく、調査によつて判明した結果に基いて、あらためて総所得金額を決定するものであるから、これによつて当初の更正処分は当然消滅に帰したものと解すべきである。したがつて、第一次更正処分の変更を求める本件訴は、その対象を欠く不適法なものである。」と述べ、
旧訴の本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告が昭和三一年七月原告の昭和三〇年度の総所得金額を五二五、二四八円、これに対する所得税額を五九、七〇〇円とした更正処分(第一次更正処分)をし、その旨を原告に通知したこと、右更正処分に対し、原告が昭和三一年八月二七日被告に再調査の請求をしたが、被告はこの請求を棄却し、その旨を昭和三一年一一月七日原告に通知したこと、右再調査請求棄却の決定に対し、原告が昭和三一年一二月二四日札幌国税局長に審査の請求をしたが、札幌国税局長はこの請求を棄却し、その旨を昭和三二年四月五日原告に通知したことは、いずれもこれを認めるが、その余の原告主張の事実を否認する。被告が原告の昭和三〇年度の総所得金額を算定するについては、いわゆる資産負債増減調査の方法(所得税法第四五条第三項)によつてしたものである。すなわち、原告が昭和三一年三月二五日提出した昭和三〇年度分所得申告書は、その記載内容じたい根拠に乏しく、かつ原告は、これが記載の適正を証明し得べき帳薄等の資料を有しないので、収支計算の方法によつて原告の所得を詳かにすることができず、やむなく資産負債増減調査の方法によつて、原告の所得を調査し、田畑所得標準を用いて原告の昭和三〇年度の総所得金額を五二五、二四八円とした更正処分をした。その調査の結果は別表(二)のとおりであつて、本件更正処分には何らの瑕疵がないものである。」と述べた。
理由
まず、旧訴が所得税法第五一条第二項の出訴期間内に提起されたものであるかどうかについて考えてみる。訴状には民事訴訟法第二二四条第一項により当事者、請求の趣旨および原因を記載することを要するものなるところ、この規定に違反する場合には同法第二二八条によりその欠缺を補正すべきことを命ずることを要し、この訴状の補正は、訴提起行為の形式的瑕疵を除去して訴の特定化の目的を達せしめるとともに、訴提起行為を当初より有効ならしめる行為であるから、訴状の要件すなわち請求の趣旨および原因等の欠缺を補正した場合には、最初に訴状を提出したときにさかのぼつて、適式な訴状が提出されたのと同一の効力を生ずるものと解すべきである。本件についてこれをみるに本件記録によれば、原告は昭和三二年七月五日当裁判所に「昭和三〇年度分所得税不当課税裁判方御願いの件」と題する書面を提出したが、裁判長は当事者、請求の趣旨および原因を明確にするとともに金六百円の収入印紙を訴状に貼付すべき旨の補正を命じたところ、原告はこれに応じて昭和三二年七月二三日その補正をしたことが認められる。したがつて、原告は昭和三二年七月五日に当裁判所に適式な訴状を提出したものというべきである。そして、原告が札幌国税局長から審査の請求を棄却する旨の決定の通知を受けたのは昭和三二年四月五日であることは当事者間に争がなく、その日から三箇月以内である昭和三二年七月五日に訴を提起したものであるから、旧訴は、所得税法第五一条第二項の出訴期間内に提起されたものといわなければならない。
しかし、旧訴の対象となつた第一次更正処分が第二次更正処分によつて消滅に帰したから、旧訴はその対象を欠くものであると被告は主張するので、この点について考えてみる。政府は総所得金額および所得税額の更正後、その更正した総所得金額および所得税額に不足額がある場合においては、政府の調査により総所得金額および所得税額の更正をなすことができる(所得税法第四四条第一項ないし第六項)。この場合に総所得金額および所得税額についてなされた当初の更正処分は、のちの更正処分によつて当然消滅に帰したものと解すべきである。すなわち、のちの更正処分は当初の更正処分をそのままとして不足額だけを追加するものではなく、調査により判明した結果に基いて、あらためて総所得金額および所得税額を決定するものである。そして、被告が原告に対し、昭和三一年七月昭和三〇年度の総所得金額を五二五、二四八円、これに対する所得税額を五九、七〇〇円と更正(第一次更正処分)し、さらに被告が昭和三一年一一月六日右更正した総所得金額を五三四、一七三円と更正(第二次更正処分)したことは、当事者間に争がないから、第二次更正処分によつて当然消滅に帰したものである。したがつて、第一次更正処分の変更を求める訴(旧訴)は、その対象を欠く不適法なものとして却下すべきである。
つぎに、原告の訴の変更について考えてみるに旧訴も新訴も、ともに原告の昭和三〇年度の総所得金額に関する処分であるから、請求の基礎に変更がないものというべきである。したがつて、訴の変更は許される。しかし、訴の変更は、変更された請求、すなわち、あらたな訴について審判を求めるものであるから、その変更の申立がなされたときに、訴が提起されたものと同様に解すべきである。そこで、所得税法第四八条第一項、第四九条第一項および第五一条第一項によれば、第二次更正処分に対して再調査の請求をし、その決定に対して審査の請求をし、これが決定を経たのちでなければ、その変更を求める訴を提起することができない。しかるに、原告は、第二次更正処分に対し審査の決定を経たことについて、なんらの主張も立証もしないから、原告の新訴は審査の決定を経たものとは認められない。そうすると、新訴は、所得税法第五一条第一項に定める訴提起の要件を欠くものであるから、不適法であるのみならず、たとえ原告が所得税法第五一条第一項ただし書に定める「正当な事由」があつたとしても、新訴は行政事件訴訟特例法第五条第一項に定める訴提起の要件を欠く不適法のものである。すなわち、行政事件訴訟特例法第二条、第五条第一項によれば、第二次更正処分の変更を求める訴は、処分のあつたことを知つた日から六箇月以内に、これを提起しなければならないところ、原告が第二次更正処分のあつたことを知つたのは昭和三一年一一月七日であることは当事者間に争がなく、本件請求の変更申立書を当裁判所に提出したのは、本件記録によると昭和三二年一二月一〇日であるから、出訴期間を経過したのちの申立であること明らかである。以上のとおりであるから、第二次更正処分に対する新訴は不適法として却下すべきものである。
よつて、原告の各訴は不適法として却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 猪瀬一郎 佐藤泰三 竹田国雄)
(別表省略)