旭川地方裁判所 昭和40年(行ウ)5号 判決 1967年3月31日
原告 竹久貞雄
被告 中富良野町長
主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の求める裁判および主張)
別紙「要約書」に記載のとおり。
(証拠関係)<省略>
理由
地方自治法第二四二条および第二四二条の二の両規定によれば、右第二四二条の二第一項第三号に規定するいわゆる怠る事実の違法確認の訴えは、右第二四二条第一項に掲げる不作為としての違法に公金の賦課もしくは徴収もしくは財産の管理を怠る事実についてのみ認められ、積極的な行為としての違法な債務その他の義務の負担がある場合には許されていない。
ところが、原告の主張によれば、本件訴えは、要するに、被告のなした無効な町民税賦課処分の結果中富良野町に合計金一、一一七万八、〇〇〇円の過誤納金を生じたにもかかわらず、被告は遅滞なく右過誤納金の還付または充当の措置をとろうとせず、かえつて、昭和四〇年三月二五日右過誤納金は還付しない旨の意思表示をしたため、これによつて、中富良野町は右過誤納金に対し一日金二、〇〇〇円以上の還付加算金を支払うべき義務を負担することが確実に予想されるに至つたが、これはまさに被告に地方自治法第二四二条第一項に規定する違法な債務その他の義務の負担がある場合に当たるから、同法第二四二条の二第一項第三号の規定に基づき、被告が右過誤納金の還付または充当をしないことの違法であることの確認を求める、というにあつて、本件訴えにおける原告の真意が、被告が本件過誤納金の還付または充当の措置をとろうとせず、かえつて、不還付の意思表示をしたことをもつて違法な債務その他の義務の負担行為としてとらえ、これを本件怠る事実の違法確認の訴えの対象とするにあるのか、それとも、被告が本件過誤納金の還付または充当をしないことをもつて違法に公金の賦課もしくは徴収もしくは財産の管理を怠る事実に当たるものとしてとらえ、これを本件訴えの対象とするにあるのか、明らかではない。
しかし、もし原告の真意が前者にあるとするならば、前記地方自治法の規定から明らかなように、本件訴えは、その対象となりえないものを対象とするものとして、不適法であるといわなければならない。
また、原告の真意が後者にあるとするならば、その場合には、被告が本件過誤納金の還付または充当をしないことがいわゆる怠る事実の違法確認の訴えの対象である違法に公金の賦課もしくは徴収もしくは財産の管理を怠る事実に当たるか否かということが問題となるが、いつたんすでに町民税として徴収された本件過誤納金の還付または充当ということが、右の「公金の賦課もしくは徴収」という観念と相容れないものであることは、特に検討を加えるまでもないところであり、また、地方自治法上の用語としての「財産」の観念には、現金が含まれないことは、同法第二三七条第一項、第二三八条第一項、第二三九条第一項、第二四〇条第一項および第二四一条第一項の各規定に照して、明らかであるから、現金である過誤納金はそもそも右の「財産」に当たらないばかりでなく、かりに本件過誤納金が右の「財産」に当たるものとしても、過誤納金の還付または充当ということは財産の一種の処分行為に当たり財産の「管理」という概念の範ちゆうには属しない(しかして、地方自治法第二四二条第一項が「管理」という用語を「処分」という用語と区別して用いていることは、同項中において「財産の取得、管理若しくは処分」という規定の仕方をしていることからも明らかである。)ものといわなくてはならないから、結局、被告が本件過誤納金の還付または充当をしないことは、いわゆる怠る事実の違法確認の訴えの対象となりえないものといわなければならない。
以上のとおりであるから、いずれにしても、本件訴えは、その対象となりえないものを対象とするという点において、不適法であるといわなければならない。
よつて、本件訴えは不適法として却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 楠賢二 川口富男 石井健吾)
(別紙)
要約書
原告 竹久貞雄
(請求の趣旨)
1、被告が中富良野町における農業所得を有する納税義務者約一、三〇〇名に対し、昭和三五年度ないし昭和三八年度の町民税の過誤納金の還付または充当をしないことは、違法であることを確認する。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
(被告の本案前の主張に対する反論)
一、本件訴えは、違法に監査前置手続を経たものである。
(一) 認める。
(二) 原告が本訴提起に先立ち昭和四〇年八月二一日中富良野町監査委員に対し監査請求をしたこと、右監査請求が被告に「債務その他の義務の負担」があることを前提とし、これを対象とするものであること、したがつて、右監査請求も被告の主張するような期間の制限を受けるべきものであること、中富良野町議会から昭和三九年五月二九日町税賦課徴収事務調査の付託を受けた町税賦課徴収事務調査特別委員会(委員長林継雄)が同年八月一〇日同町議会に対し中間報告書を提出し、過誤納金の存在する事実を指摘したことのあること、右中間報告のなされた当時原告が中富良野町議会議員の職にあつたこと、中富良野町監査委員が昭和四〇年一〇月一六日原告からの監査請求を被告主張のような理由で却下したことは認める。しかし、原告が右中間報告により本件各係争年度における過誤納金存在の事実を知つたとの点は否認し、また、原告としては遅くとも昭和四〇年八月一〇日までに監査請求をすることを要し、したがつて、同日を経過した後の日である同月二一日になされた原告の監査請求は不適法であるとの主張は争う。
(三) 本件の場合、原告が監査請求をなすべき一年の期間を昭和三九年八月一〇日から起算するのは失当である。
(1) 地方自治法第二四二条第二項の規定によれば、監査請求は、当該行為のあつた日または終わつた日から一年を経過するまでは、これをなしうることが明らかである。
しかして、右にいう「当該行為の終わつた日」とはその行為の効力が消滅した日と解すべきところ、本件の場合、被告が過誤納金を還付または充当すべき義務はいまだ消滅していないのであるから、監査請求をなすべき期間はいまだ経過していない。
(2) かりに右の主張が理由のないものであるとしても、原告は、被告が昭和四〇年三月二五日中富良野町議会において過誤納金の還付をしない旨意思表示をするまでは、被告において自発的に過誤納金の還付または充当をするものと判断していて監査請求をしなければならないという必要性は感じなかつたのであり、また、被告の右意思表示のときから中富良野町が還付加算金を支払わなければならない義務を負担することも確実に予測されるに至つたのであるから、もししいて前記「当該行為の終わつた日」を求めるとするならば、それは被告の右意思表示のあつた昭和四〇年三月二五日とすべきである。よつて、同日から起算して一年以内になされた原告の監査請求は適法である。
(四) また、中富良野町監査委員が、原告の監査請求を却下するに当たり、地方自治法第二四二条第五項の規定により請求人に保障されている陳述の機会を原告に与えなかつたのは違法である。(しかも、原告は、本件の場合、監査請求と同時に、意見書を提出して陳述の機会を与えられるよう特に要求していたのである。)
(五) 以上の次第であるから、中富良野町監査委員が原告の監査請求を不適法として却下したのは違法であるといわざるをえない。それゆえ、原告は、右監査委員が地方自治法第二四二条第三項の規定による監査もしくは勧告を同条第四項の期間内に行なわない場合に当たるものとして、同法第二四二条の二第一項第三号の規定に基づき本訴を提起したのである。
二、争う
(請求の原因)
一、被告が中富良野町の住民に対してなした昭和三五年度ないし昭和三八年度の町民税賦課徴収の結果、農業所得を有する納税義務者約一、三〇〇名について過誤納金が生じ、右各年度における過誤納金の合計額は次のとおりである。
昭和三五年度 金三一三万一、〇〇〇円
昭和三六年度 金二八一万六、〇〇〇円
昭和三七年度 金一七七万一、〇〇〇円
昭和三八年度 金三四六万円
二、右のような過誤納金が生じたのは、次に述べるように、被告が無効な町民税の賦課決定をしたためである。すなわち、
(一) 被告は、中富良野町の住民に対し昭和三五年度ないし昭和三八年度の町民税賦課の決定をするに当たり、農業所得を有する納税義務者約一、三〇〇名については、所得税の基礎となつた所得を課税標準とせず、十分な調査もしないで、右所得税の基礎となつた所得を上回る金額を課税標準として、町民税の所得割額を決定した(以下「本件賦課決定」という。)。
(二) しかしながら、本件賦課決定は、次に述べるようなかしがあるから、無効である。
(1) 地方税法の規定によれば、市町村民税の所得割額の課税標準となるべき所得をみずから計算することができるのは当該市町村自身であるから、市町村長は、市町村民税の賦課徴収に関する条例により特別の授権がないかぎり、みずから所得の計算をすることができないのである。しかるに、中富良野町には町長がみずから所得の計算をなしうる旨を定めた条例はないし、また、被告が(一)において述べたような所得の計算をするについて中富良野町議会の議決を経た事実もない。したがつて、本件賦課決定は、被告が適法な権限に基づかずに計算した所得を課税標準としてなされた違法なものである。
(2) また、本件賦課決定は、自治大臣の許可を得ずに計算された所得を課税標準とするものであるから、違法である。すなわち、地方税法第三一六条の規定によれば、市町村は、当該市町村民税の納税義務者にかかる所得税の基礎となつた所得の計算が当該市町村を通じて著しく適正を欠くと認められる場合においては、自治大臣の許可を得て、みずから所得の計算をなしうるものと規定されている。しかるに、本件の場合、被告は、中富良野町の農業所得を有する納税義務者約一、三〇〇名について所得税の基礎となつた所得を上回る所得を認定したにもかかわらず、右のような所得の計算をするについて自治大臣の許可を得ていない。したがつて、右のように自治大臣の許可を得ずに計算された所得を課税標準としてなされた本件賦課決定は、地方税法第三一六条の規定に違反するものとして、違法である。
(3) さらに、地方税法第三一七条の規定によれば、市町村がみずから所得を計算して市町村民税を課した場合においては、市町村長はその算定にかかる総所得金額、退職所得の金額または山林所得の金額を当該市町村の区域を管轄する税務署長に通知すべきものとされている。しかるに、被告は、前記のようにみずから所得を計算しこれに基づいて町民税を賦課したにもかかわらず、所轄税務署長に対しなんらの通知もしていない。よつて、本件賦課決定は、右の点においても、違法である。
(三) そして、本件過誤納金の存在する事実は、中富良野町議会が昭和四〇年三月二五日過誤納金の還付はしない旨の決議をしていることからも、認めるに十分である。
三、地方税法は、第一七条において、地方団体の長は過誤納金にかかる地方団体の徴収金すなわち過誤納金があるときは遅滞なく還付しなければならないと規定し、第一七条の二において、還付を受けるべき者に納付しまたは納入すべき地方団体の徴収金があるときは過誤納金をその徴収金に充当すべきものと規定するとともに、第一七条の四においては、過誤納金が納付または納入された日の翌日から地方団体の長が還付のため支出を決定した日または充当をした日までの期間に応じ、その金額一〇〇円につき一日二銭の割合を乗じて計算した金額を還付加算金として、その還付または充当すべき金額に加算すべきものと規定している。本件の場合、前記過誤納金の合計額は金一、〇〇〇万円以上であるから、その還付加算金は一日金二、〇〇〇円以上となる。したがつて、被告が右過誤納金の還付または充当の措置を遅滞することにより、中富良野町は一日につき金二、〇〇〇円以上の損害をこうむることになる。
しかるに、被告は、昭和四〇年三月二五日に開催された中富良野町議会において、右過誤納金は還付しない旨の意思表示をした。
右のように、被告が前記過誤納金の還付または充当の措置を講じないことは、それによつて中富良野町に一日金二、〇〇〇円以上の還付加算金を支払うべき義務を負担させることになるところ、被告は昭和四〇年三月二五日右過誤納金を還付しない旨の意思表示をしたのであるから、これによつて中富良野町が右還付加算金を支払うべき義務を負担することは確実に予測されるに至つた。それゆえ、これは、まさに被告に地方自治法第二四二条第一項前段に規定する「違法な債務その他の義務の負担」がある場合に当たるものである。
四、しかして、右過誤納金の存在する事実は、町税賦課徴収事務調査特別委員会の昭和三九年八月一〇日付中富良野町議会に対する中間報告により確認されたのであるが、被告は今日に至るまで右過誤納金の還付または充当をしていない。これは、その経過期間、被告の事務処理能力ならびに還付作業着手の状況から判断して、完全に還付または充当を怠つているものというべきである。
なお、中富良野町議会が昭和四〇年三月二五日過誤納金の還付をしない旨の決議をしたことは被告主張のとおりであるが、右決議は地方税法に違反するものであるから無効であり、被告が過誤納金の還付または充当をすることを妨げるものではない。
五、よつて、原告は、地方自治法第二四二条の二第一項第三号の規定に基づき、被告に対し、被告が前記過誤納金の還付または充当を怠つていることが違法であることの確認を求める。
被告 中富良野町長 森善治
(答弁)
一、本案前の申立て
1、本件訴えを却下する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
二、本案の申立て
1、原告の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
(本案前の主張)
一、本件訴えは、適法な監査前置手続を経ていないから、不適法である。
(一) すなわち、地方自治法第二四二条の二の規定によれば、同条の規定による住民訴訟は、同法第二四二条に規定する監査請求の手続を経ることをその前提要件としている。そして、右第二四二条の規定によれば、右監査請求の対象となるものは、普通地方公共団体の長もしくは委員または職員の違法もしくは不当な(イ)公金の支出、(ロ)財産の取得、管理もしくは処分、(ハ)契約の締結もしくは履行および(ニ)債務その他の義務の負担の四種類の行為(当該行為がなされたことが相当の確実さをもつて予想される場合を含む。)ならびに違法もしくは不当に(ホ)公金の賦課もしくは徴収を怠る事実および(ヘ)財産の管理を怠る事実の二種類の不作為であり、右のうち、(イ)ないし(ニ)の行為に対する監査請求は、正当な理由なく、当該行為のあつた日または終わつた日から一年を経過したときには、もはやこれをすることができないものと定められている。
(二) しかるところ、原告は、本訴提起に先立ち、昭和四〇年八月二一日中富良野町監査委員に対し監査請求をしているが、右監査請求は、被告に「債務その他の業務の負担」があることを前提とし、これをその対象とするものであるから、当然に前記期間の制限を受けるべきものである。しかして、中富良野町議会から昭和三九年五月二九日町税賦課徴収事務調査の付託を受けた町税賦課徴収事務調査特別委員会(委員長林継雄)は、同年八月一〇日右町議会に対し中間報告書を提出し、過誤納金の存在する事実を指摘したが、その当時原告は右町議会議員の職にあつたのであるから、原告は右中間報告により当然に本件各係争年度における過誤納金存在の事実を知つたものということができる。されば、原告としては遅くとも右中間報告書が提出された昭和三九年八月一〇日から起算して一年後の日である昭和四〇年八月一〇日の経過するまでに中富良野町監査委員に対し監査請求をすることを要したものというべく、したがつて、同日を経過した後の日である同月二一日になされた原告からの前記監査請求はこの点において不適法であるといわなければならない。そして、中富良野町監査委員も、右の理由をもつて、昭和四〇年一〇月一六日、原告からの監査請求を却下した。したがつて、本件訴えは、適法な監査前置手続を経たことにはならない。
(三) 争う。
(1) 争う。
(2) 争う。
(四) 原告に陳述の機会が与えられなかつたことは認める。しかし、中富良野町監査委員は、請求期間徒過の理由をもつて不適法として原告の監査請求を却下し、監査を行なわなかつたのであるから、原告に陳述の機会を与える必要がなかつたのである(地方自治法第二四二条第五項参照)。(なお、原告が、その主張するように陳述の機会を与えられるよう特に要求した意見書を提出した事実はない。)
(五) 争う。
二、原告の本訴請求は、地方自治法第二四二条の二第一項第三号の規定に基づくものである。
しかし、同号の規定に基づく「怠る事実の違法確認の請求」は、前項(一)記載の(ホ)および(ヘ)の怠る事実がある場合にこれを対象としてなすことが許されるものであり、同項(一)記載(イ)ないし(ニ)の行為を対象としてなすことはできないのである。しかるところ、原告の主張によれば、本訴は、被告に「債務その他の義務の負担」があることを前提とするものであることが明らかであるから、「怠る事実の違法確認の請求」はなしえない場合であるといわなければならない。よつて、地方自治法第二四二条の二第一項第三号の規定に基づき、被告が過誤納金の還付または充当をしないことの違法であることの確認を求める本件訴えは不適法である。
(認否)
一、否認する。
二、争う。
(一) 認める。
(二) 争う。
(1) 争う。
(2) 地方税法第三一六条が原告主張のように規定していることおよび被告が自治大臣の許可を得ないで中富良野町の農業所得を有する納税義務者約一、三〇〇名につき所得割の町民税の課税標準たる所得をみずから計算したことは認める。しかし、それは、右所得をみずから計算し、所得税の基礎となつた所得を増額しないで、町民税を課税することは当を得ないものであつたから、適正に計算したまでのことである。
(3) 本件賦課決定が違法であるとの主張は争い、その余を認める。しかし、税務署長に通知しなくとも、所得算定の効力にはなんら影響するものではない。
(三) 争う。
三、地方税法が原告主張のような規定をおいていることは認めるが、その余は争う。
四、町税賦課徴収事務調査特別委員会の昭和三九年八月一〇日付中間報告により過誤納金の存在することが指摘されたことおよび被告が今日に至るまで過誤納金の還付または充当をしていないことは認めるが、被告が右過誤納金の還付または充当を怠つているとの点は否認する。
被告は、現在、過誤納金の存否およびその数額を調査、算定中であり、かつ、昭和四〇年三月二五日の中富良野町議会における過誤納金の還付はしない旨の決議もあるので慎重に還付すべきか否かを検討しているところである。したがつて、被告は違法に過誤納金の還付または充当を怠つているものではない。
五、争う。