旭川地方裁判所 昭和43年(行ウ)4号 判決 1972年3月23日
原告 恵良田静江 外一二名
被告 浜頓別町
主文
1 被告は、原告等に対し別表2(認容額一覧表)の「時間外勤務手当金」欄記載の金員及び「附加金」欄記載の金員の合計額並びに前者の金員に対する昭和四三年四月六日から、後者の金員に対する本判決確定の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告等のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告等
1 被告は、原告等に対し別表1(時間外勤務手当金一覧表)の「請求額」(合計)欄記載の金員の倍額およびこれに対する昭和四三年四月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告等の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告等の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 別紙(一)原告目録の番号1ないし7の原告七名は、被告が学校教育法二条にもとづき設置した浜頓別小学校の教職員であつて、その勤務時間は一週間につき四四時間であり、その割振りは午前八時一〇分から、平日は午後四時五五分まで、土曜日は、午後零時一〇分までとされているところ、右原告等は、別表1(時間外勤務手当金一覧表)の「年月日」欄記載の年月日に、「時間」欄記載の時間、同小学校等において学校長の指示により「内容」欄記載の勤務をし、時間外勤務を行なつた。
2 別紙(一)原告目録の番号8ないし13の原告六名は、被告が学校教育法二条にもとづき設置した浜頓別中学校の教職員であつて、その勤務時間は一週間につき四四時間であり、その割振りは午前七時四五分から、平日は午後四時二〇分まで、土曜日は午後零時三五分まで(原告等の昭和四三年八月一二日付準備書面記載の始業時、終業時は、一部誤記と認められる。)とされているところ、右原告等は、同表の「年月日」欄記載の年月日に、「時間」欄記載の時間、同中学校において学校長の指示により「内容」欄記載の勤務をし、時間外勤務を行なつた。
3 市町村立学校職員給与負担法一条によれば、市町村立学校の教職員の給料その他同法に規定する諸手当は都道府県においてその支払義務があるが、時間外勤務手当については当該学校の設置者たる市町村にその支払義務がある。したがつて、被告は、原告等の右時間外勤務に対し労働基準法三七条一項によつて時間外勤務手当を支給する義務があるが、未だにこれを支払わない。
4 原告等の当時の一か月の本俸は、それぞれ同表の「本俸」欄記載のとおりであり、法令により計算した時間外勤務手当の一時間当りの額は、それぞれ同表の「単価」欄に記載のとおり(二行に記載した分は*印の付されていないもの)である。
5 そこで、原告等は被告に対し同表の「請求額」(合計)欄記載の時間外勤務手当金および労働基準法一一四条によるこれと同額の附加金の合計額ならびにこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和四三年四月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1、2の事実中、学校長が原告等に対し時間外勤務を指示したとの点は否認する。原告等主張の時間外勤務をした時間についての認否は、別表1(時間外勤務手当金一覧表)の「認否」欄に記載のとおりである。その余の事実は認める。
2 同3の事実については、被告が原告等の時間外勤務に対し、時間外勤務手当を支給しなかつたことは認めるが、その余は争う。
3 同4の事実については、一部の原告等にかかる本俸と法令により計算した時間外勤務手当の一時間当りの額が同表の「本俸」、「単価」欄に*印を付した金額であるほかは、全部認める。
三 被告の主張
別紙(三)のとおり
四 被告の主張に対する原告等の反論
別紙(四)のとおり
第三証拠<省略>
理由
一 別紙(一)原告目録の番号1ないし7の原告七名が、被告が学校教育法二条にもとづき設置した浜頓別小学校の教職員であつて、その勤務時間は一週間につき四四時間であり、その割振りが午前八時一〇分から、平日は午後四時五五分まで、土曜日は午後零時一〇分までとされていること、別紙(二)原告目録の番号8ないし13の原告六名が、被告が前記法条にもとづき設置した浜頓別中学校の教職員であつて、その勤務時間は一週間につき四四時間であり、その割振りが午前七時四五分から平日は午後四時二〇分まで、土曜日は午後零時三五分までとされていること、原告等が別表1(時間外勤務手当金一覧表)の「年月日」欄記載の年月日に、その勤務をした時間についてはしばらくおき、前記各学校においてそれぞれ「内容」欄記載の勤務をし、時間外勤務を行なつたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、まず原告等が勤務をした時間について検討する。
1 原告恵良田、同江幡、同加藤盛之助が右年月日にした時間外勤務(平日日直)の時間が同表の「時間」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
2 原告吉田が右年月日にした時間外勤務(クラブ指導)の時間については、その開始時刻が同表の「時間」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一、第五号証に証人榎本茂の証言を総合すると、その終了時刻も同表の「時間」欄記載のとおりであることが認められる。
3 原告伊野、同舘村、同久野が右年月日にした時間外勤務(遠足)の時間については、その開始時刻が同表の「時間」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一、第三号証に、証人榎本茂の証言、原告舘村本人尋問の結果を総合すると、その終了時刻も同表の「時間」欄記載のとおりであることが認められる。
4 原告木下、同加藤稔、同阿部、同福本、同大花、同高松が右年月日にした時間外勤務(クラブ指導)の時間については、成立に争いがない甲第二号証、原告木下、同阿部、同福本、同大花、同高松各本人尋問の結果を総合すると、原告木下の昭和四二年六月一〇日分が午後一時から午後三時までの二時間、原告高松分が午後一時から午後五時までの四時間である以外は、同表の「時間」欄記載のとおりであることが認められ(そのうち、原告加藤稔の同年同月一日分、原告福本の開始時刻および原告木下の同年同月一〇日分、原告高松分の終了時刻は当事者間に争いがない。)、証人浜辺正二の証言は右認定を左右するに足りない。
二 右認定の時間外勤務につき、原告等は学校長の指示によるものであると主張し、被告はこれを否認して、原告等の自発的意思にもとづく奉仕行為であつて、時間外勤務手当の対象となる勤務ではないと主張するので、以下この点につき判断する。
(平日日直関係)
成立に争いがない甲第一、第四号証、証人榎本茂の証言によると、浜頓別小学校では昭和四二年当時宿直当番者が正規の勤務時間終了時の午後四時五五分から直ちに宿直勤務に入るとすると、宿直のための準備をする余裕がないので、その間に三五分の時間帯をとり、他の教職員が当番制で午後五時三〇分まで日直勤務をして宿直に引継ぐ慣行になつていて、学校日誌にも宿直者の記載欄のほかに日直者の記載欄が設けられており、学校長が毎日検印をしていたこと、このような取扱いは同校に限つたことではなく、戦前から専任の宿直要員が置かれていない道北地方の学校で長年行なわれて来た慣行であるが、学校内規で規定したり、校時表で定めるのが通常であり、これを「平日日直」と称していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
そうすると、原告恵良田、同江幡、同加藤盛之助のした平日日直という時間外勤務は、学校長が定める学校内規または校時表に根拠を置くものであり、また法令により学校に備えなければならない学校日誌にも日直者の記載欄が設けられているのであるから、学校長の指示に基づく勤務というべきであり、そうである以上、その掌に当たる者は自己の責任において校舎、設備等の保全、外部との連絡、文書の収受および校舎内の監視をする義務を負うから、かかる勤務の形態を自発的奉仕行為と見ることはできない。
(遠足関係)
証人榎本茂の証言、原告舘村本人尋問の結果によると、原告伊野、同舘村、同久野は五年生の担任であり、学校行事として行なわれた稚内方面への遠足を引率した者であるが、右遠足の日程は帰路が稚内駅発午後四時三〇分、浜頓別駅六時三三分着、解散六時四五分というものであつたこと、右日程は予め学校長の主宰する職員会議にかけて正式に決定されたものであることが認められこれに反する証拠はない。
そうすると、右原告等がした遠足の引率に伴う時間外勤務は、学校長の指示に基づく勤務であることが明白であるのみならず、遠足の帰途とはいえ、児童を保護、監督することが教職員の職務の範囲内であることはいうまでもないから、これを自発的奉仕行為ということは到底できない。
(クラブ指導関係)
前記甲第五号証、証人榎本茂の証言によると、原告吉田は浜頓別小学校の音楽担任であり、特別教育活動であるクラブ活動としての合唱クラブの指導を担当していたが、同クラブがNHK主催の全国唱歌ラジオコンクールの稚内地区大会に出場するため、正規のクラブ活動の時間以外に練習をする必要があつたので、本件時間外勤務をしたものであること、右練習をするについては学校長が予め承認を与えており、なお出場のための経費は学校長がPTAの予算から捻出するように配慮し、出場の際は学校長自身も同行したことが認められる。
また、証人浜辺正二の証言、原告木下本人尋問の結果を総合すると、浜頓別中学校には昭和四二年当時生徒会に一三種のクラブが設けられ、クラブ活動を行なつていたが、各クラブには年度当初の職員会議の決定によつて一クラブにつき一名ないし三名の教職員がついて指導を担当していたこと、原告木下は陸上競技部の原告加藤稔は卓球部の、原告阿部、同高松は野球部の、原告福本はバレー部の担当であり、本件時間外勤務は右各部の指導に伴い生じたものであること、クラブ活動はいずれも放課後の午後三時一〇分頃から行なわれていたが、同校は進学区域が広く、列車通学生が多かつたので、加入生徒は全生徒の七割程度であつたこと、体育関係のクラブ活動は冬期間は実施できないことと対外試合等の学校行事があることから、五月ないし九月までの間に集中的に行なうのが通例であり、しばしば午後七時ないし八時頃まで練習をしていたこと、これに対し学校長は生徒の指導上あまり遅くならないようにと注意したことはあつたが、中止させるようなことはなかつたこと、クラブ活動そのものは各クラブごとに自主的に運営されていたが、担当教職員の指導や助言もあつたこと、各クラブの運営経費は一部のクラブが町から補助金を得ていたほかは、生徒会の会費に依存していたこと、学校長としては、右のようなクラブ活動を特別教育活動としてのクラブ活動としてでなく、生徒会活動の一環としてのみ把握していたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。
ところで、中学校学習指導要領(昭和三三年一〇月一日文部省告示)によれば、特別教育活動としてのクラブ活動のほかに、生徒会活動のひとつとしてクラブ活動が掲げられているが、両者の関係については必ずしも明確ではない。しかし、いずれのクラブ活動であつても、生徒の自発的、自治的な活動を通して、楽しく規律正しい学校生活を築き、自主的な生活態度や公民としての資質を育て、同時に健全な趣味や豊かな教養を養い、余暇を活用する態度を育て、個性の伸長を助けること等を目標とする特別教育活動の中に位置づけられていることは明らかであるのみならず、実質的に考えても、両者を明確に区別して実施することは困難であり、相互に密接な連係を保つ必要があることはいうまでもないから、形式的には生徒会活動の一環としてのクラブ活動であつても、同時に生徒会活動と並ぶ意味でのクラブ活動としての性格を併有することがあり得、本件の場合も、前記認定事実によれば両者の性格を兼ねたものであつたと認めるのが相当である。
しかして、中学校学習指導要領によれば、特別教育活動の指導計画作成及び指導上の留意事項として、生徒の自発的な活動を助長することが建前であるが、常に教師の適切な指導が必要であること、指導計画においては、なるべく生徒がみずから計画を作り自主的に活動するのを奨励し、援助するように図ることが望ましいこと、生徒会活動やクラブ活動は、学校の事情に応じ適当な時間を設けて計画的に実施するように配慮する必要があること等が明記されており(なお、右にいう適当な時間とは必ずしも授業時間内であることを要しないものと解する。)、その趣旨は右のような文言を明示的に使用していない小学校学習指導要領(昭和三三年一〇月一日文部省告示)についてもそのまま妥当すると考られる。してみると、小、中学校の教育課程の基準として公示された学習指導要領において常に教師の適切な指導と援助等が要請されている小、中学校のクラブ活動を実施することは、教職員の職務の一部に属することは明白であつて、それが勤務時間外にわたることがあつても、学校長が明確にこれを中止するよう指示した場合を除き、学校長の事前または事後における包括的な承認があるものというべきであり、右承認は、同時に校務掌理者としての学校長の指示と評価して何等差支えないものと解せられる。従つて、クラブ活動の指導に伴う時間外勤務を自発的奉仕行為と見るのは失当としなければならない。
三 次に、市町村立学校の教職員については、仮に時間外勤務がなされても時間外勤務手当を不要とする事実たる慣習があるから、原告等の本訴請求は許されないとの被告の主張について検討する。
労働基準法は、一日の労働時間について八時間制の原則(三二条一項)をとりつつ、その例外として時間外労働を一定の要件のもとに許容する(三六条)一方、この要件を具備しない違法な時間外労働については、これをなさしめた使用者を処罰する(一一九条一号)ことによつて、違法な時間外労働が行なわれないよう制度的措置を講じているが、同時に適法な時間外労働についても割増賃金の支払い(三七条一項)を使用者に罰則づき(一一九条一号)で義務づけることによつて、採算の面から間接的に無制限の時間外労働が行なわれることを防止しようとしており、これらの規定は、地方公務員である市町村立学校の教職員についても適用される(地方公務員法五八条三項)。これらの規定から明らかなように、労働基準法は、労働者保護のため、時間外労働をさせることを使用者に対し極力制限しているものであるが、被告主張の事実たる慣習に効力を認めるときは、同法の法意を無視することになるのは明白であるばかりでなく、刑罰をもつて違法な時間外労働が行なわれることを防止しようとしている同法の規定を脱法的に潜脱することとなつて、到底是認することができない。したがつて、仮にそのような慣習が存在するとしても、公の秩序に反する無効な慣習といわなければならず、被告の主張はそれ自体失当である。
四 被告の主張は、以上述べたようにすべて理由がないことに帰し、原告等は、本訴請求にかかる時間外勤務手当の請求権を有するものといわなければならない(なお、本件のうち平日日直の勤務は、教職員本来の勤務とはその内容を異にする断続的勤務というべきであるが、右勤務について労働基準法三六条の協定あるいは同法施行規則二三条の許可があつたことを認めるに足りる証拠はない。)。そして、市町村立学校の教職員に対する時間外勤務手当は、市町村立学校職員給与負担法一条に列挙された給与項目に含まれず、当該学校の設置者たる市町村において負担すべきものであるから被告は、原告等に対し右時間外勤務手当を支払う義務がある。そこで、本訴請求権について判断する。
1 まず、原告等の本件時間外勤務の時間が別表1(時間外勤務手当金一覧表)の「時間」欄に記載のとおり(ただし、原告木下の昭和四二年六月一〇日分については午後一時から三時までの二時間、原告高松分については午後一時から五時までの四時間)であることは、先に認定したとおりである。
ところで、労働基準法三七条の割増賃金支給の対象となる時間外勤務とは、同法三二条または四〇条所定の労働時間をこえたものをいうから、法定時間より短い勤務時間の定めがされている場合には、これをこえて勤務をしたとしても、法定時間の範囲内においては割増賃金支給の対象とはならず、右勤務に対して通常の賃金による時間外勤務手当を請求できることは格別として、割増賃金の請求権はないものというべきである。そして、原告吉田の勤務、原告木下、同加藤稔、同阿部、同大花の昭和四二年六月一〇日の勤務及び原告高松の勤務のうち午後一時から四時一〇分までの勤務は、いずれも法定時間内の勤務であることが明らかであるから、右勤務にかかる原告等の本訴請求は、割増賃金の請求としては失当であるが、割増賃金の範囲内で通常の賃金を請求する意思があるものと解されるので、通常の賃金による時間外勤務手当請求として取り扱うこととする。
しかして、原告等の当時の本俸が、原告加藤稔を除き、同表の「本俸」欄に記載の額であることは当事者間に争いがなく、原告加藤稔の当時の本俸が同原告の主張額であることを認めるに足りる証拠はないが、被告はその額の一部である三万三、六〇〇円であることを自認しているから、右金額を同原告の本俸と認めるべきである。また、右本俸に基づき法令により計算した時間外勤務手当(割増賃金)の一時間当りの額が、原告恵良田、同加藤稔の関係を除き、同表の「単価」欄に記載の額であることは当事者間に争いがなく、原告恵良田については一八八円、同加藤稔については二二〇円となること、同じく法令により計算した通常賃金の一時間当りの額が、原告吉田については二四九円、原告木下、同加藤稔については一七六円、原告阿部については一八六円、原告大花については一四三円、原告高松については二〇七円となることは計算上明白である(ただし、五〇銭未満は切捨て、五〇銭以上は一円とした。)。
してみると、原告等の本件時間外勤務手当金は、各原告ごとに別表2(認容額一覧表)の「時間外勤務手当金」欄記載の額になるから、原告等の請求は正当(原告吉田、同木下、同加藤稔、同阿部、同大花、同高松については右の限度で正当)である。
2 次に附加金の請求について考えるに、前記の通常賃金による時間外勤務手当の請求分に関しては、使用者に附加金の支払義務がないことが法文上明らかであるから、これについての請求は主張自体失当であるが、その余の分に関しては、被告が原告等に対し本訴による附加金請求がなされるまでに本件時間外勤務手当金を支払つていないことは当事者間に争いがないので、当裁判所は、労働基準法一一四条により、被告に対し附加金として別表2(認容額一覧表)の「附加金」欄記載の金員を原告等に支払うことを命ずることとする。従つて、原告恵良田、同伊野、同江幡、同舘村、同加藤盛之助、同久野、同福本の請求は正当であるが、原告木下、同加藤稔、同阿部、同大花、同高松の請求については右の限度で正当、その余は失当であり、原告吉田の請求については全部失当である。
なお、附加金に対する遅延損害金の請求について考えるに、附加金の支払義務は、労働者の請求により裁判所がその支払いを命ずることによつて初めて発生するものと解すべきであるから(最判昭和三五年三月一一日、民集一四巻三号四〇三頁参照)、裁判所が支払いを命じた判決が確定した日の翌日から遅滞に陥るものといわなければならない。
五 以上のとおり、原告等の本訴請求は、被告に対し別表2(認容額一覧表)の「時間外勤務手当金」欄記載の金員及び「附加金」欄記載の金員の合計額並びに前者の金員に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年四月六日から、後者の金員に対する本判決確定の日の翌日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付さないのが相当であると認めて、主文のとおり判決する。
(裁判官 青木敏行 上野茂 井上弘幸)
別紙(一)、(二)<省略>
別紙(三)(被告の主張)
1、原告主張の勤務は、原告の自発的意思にもとづく奉仕行為であり、時間外勤務手当支給の対象となる勤務ではない。
2、仮に、原告主張の勤務が時間外勤務手当支給の対象となるとしても、市町村立学校の教職員については時間外勤務手当を不要とする事実たる慣習があるから、原告には時間外勤務手当請求権はない。
すなわち、市町村立学校の教職員は、一般公務員に比較して俸給面において優遇されているほか、その出退勤は比較的自由とされ、学校の休業期間の大半は、自宅研修の名目下に、自宅その他勤務場所以外で十分な休養をとりうる実情にあつたため、かかる勤務実態と引き換えに時間外勤務手当を不要とする時間外勤務を行なつてきた。そして、この時間外勤務手当を不要とする慣習は昭和二二年以来全国の各市町村立学校に共通して広く行なわれてきたから、この慣習は当然事実たる慣習の成立要件を充足するものであり、またかかる慣習自体なんら公の秩序に反するものでもなく、しかも原告および被告において右慣習による意思を有していたのであるから、原告の本訴請求は右慣習の存在により許されない。
別紙(四)(被告の主張に対する原告の反論)
(平日日直関係)
平日日直とは、休日以外の日において、勤務時間の開始前に宿直者が退去してから他の教職員が出勤するまでの間と勤務時間の終了後に教職員が退去してから宿直者が学校に来てその任につくまでの間、学校にあつて勤務することをいい、学校における長年の慣行として行なわれている。教職員は学校長の指示監督をうけて校務を分掌しているが、学校長の校務の重要職務として、学校という教育施設の管理運営があげられ、その校長の職務上の指示にもとづいて現実には平日日直も宿直、休日日直と同じく義務づけられているのであり、具体的には学校内規や職員会議の決定等にもとづき、毎日の日直(宿直や休日日直を含む。)が当番制によつて割当られ、日課表にも日直の出勤・退勤時刻が定められているのが殆んどである。このようなことから、日直は校長の「校務を掌る」という義務の一環を教職員が義務として行なつているものであることは明白である。
日直の職務としては、まず学校施設の保全管理があり、そのため巡視をするし、さらに文書の収受や電話の応答、外来者の応接、連絡などがあげられ、また児童や生徒の管理(クラブ活動の場合など)などもある。しかして、日直勤務者は、勤務日の学校行事や会議、来訪者などを学校日誌(学校教育法施行規則一五条の備付帳簿)に記入する任務を担当し、また始業前、終業後の宿直者との交換時刻、校内巡視時刻も右日誌に記入し、校長ないし教頭の検印をうけているのであつて、日直勤務の職務の重要かつ不可欠なことは多言を要しない。
このように、日直勤務は明らかに校務としての職務内容にあるものであり、本来は校長の職務たる学校施設の維持管理を、校長の指示監督という従属的労働関係のもとにおいて分担させられ、義務づけられているものであるから、右勤務は任意ではなく、ましてや自発的奉仕行為にはあたらない。もしかりに被告主張のように全く任意、自発的なもので、日直勤務をしなくてもよいとするならば、直ちに学校施設の維持管理などに支障をきたし、校長の職務たる校務を掌ることもできなくなるものであり、被告の主張はそれ自体全く失当である。
(クラブ指導関係)
(一) 法律上の根拠と目的
学校教育法二八条の教諭の職務である「教育」を掌る教育活動の一環として、教育課程の「特別教育活動」の中に児童(生徒)会活動とともにクラブ活動がある。
その目標は現行学習指導要領(昭和三三・一〇・一文部省告示)によると児動(生徒)の自発的、自治的活動を通して自主的な生活態度を養い、社会性の育成を図り、健全な趣味や豊かな教養を養い、余暇を活用する態度を育て、個性の伸長を助け、また所属する集団の運営に参加し、その向上発展につとめ、将来の進路を選択する能力を養うこと等にあり、その内容として学年(小学校は主として中学年以上)、学級の所属を離れて同好の児童(生徒)をもつて組織し、共通の興味・関心を追求して、それぞれ文化的、体育的または生産的などの活動を行なうこととされている。
そして、これらクラブ活動の指導にあたつては、児童(生徒)の自発的な要求をとりあげ、活動を助長するようにすることが建前であるが、取り上げる種類・時間・方法などは各教科、道徳、学校行事の関連に留意し、計画の作成に当つては児童(生徒)の自主的活動を基本として弾力的、融通性に富んだものにするように留意することになつていて、「常に教師の適切な指導が必要である」(中学校学習指導要領)ことはいうまでもなく、さらにクラブ活動実施にあたつては、クラブの種類、数の決定には児童(生徒)の希望、学校の実情、地域社会の特性を考慮し、参加は自発性にまつがその際にも「教師の適切な指導」を怠つてはならず、学習との関連に留意しながらも、単に教科の補填にならないよう配慮する必要があり、児童(生徒)会などには学校の事情に応じ、適当な時間を設けて計画的に実施することになつている。
(二) 教諭の職務
前記のように教育活動の一環としてのクラブ活動の助言、指導が教師の本来の職務であることは明らかである。
学習指導要領に定められたクラブ活動の目的・内容・指導上の留意事項などをうけて、各学校では教育課程を作成し、校長はじめ全教諭が参加する職員会議において詳細が定められるが、これを学校内規、校務分掌で明記することもある。
右により、それぞれクラブ活動の種類・時間配当・実施方法・助言・指導担当者が決定され、これにもとづいて実際に児童(生徒)のクラブ活動が行なわれている。
しかし、実際のクラブ活動の時間配当はいわゆる放課後(教科活動を主とする時間の終了後)になされることが多く、またこの時間でなければクラブ活動は行なわれないのが実態であり、クラブ活動の目的遂行のため、指導教師においてやむなく勤務時間をこえて勤務することが少なくない。これも教師の本来の職務活動であり、学校教育の運営における担当の職務としてなされるものであつて、自発的、犠牲的、好意的勤務ということはできないし、また、校務を掌る校長の明示、もしくは黙示の承認にもとづくものであることはいうまでもない。
(遠足関係)
(一) 法律上の根拠と目的
学校教育法二八条の教諭の職務である教育を掌る教育活動の一環として、教育課程の「学校行事」の中に修学旅行と共に遠足がある。これを受けて具体的には、毎年度始めに職員会議の議を経て「学校行事表」の中に実施期日が明示され、実施にあたつては、市町村教育委員会規則により事前に詳細な計画表を作成して校長から市町村教育委員会に届出で、事後には報告書を提出する。修学旅行、遠足が教育活動としての教諭の職務であることは明白である。
修学旅行、遠足などの「学校行事」の目的は、現行学習指導要領(昭和三三・一〇・一文部省告示)の中に明記されており、学校教育の目標達成のため学校が計画し実施する教育活動であり、児童(生徒)の心身の健全な発達を図り、あわせて学校生活の充実と発展に資するものである。また、右指導要領において「指導計画作成および指導上の留意事項」なども記載されており、これを受けて、学校において前記の手続を進める中で、各教科、特別教育活動でうけた教育内容を児童(生徒)の体験的実践として学ばせたり、社会性の陶冶、集団生活における規律と協力、公衆道徳、日常生活におけるマナーなどを実地に指導し学ばせるのであつて、これらは、全一日の生活(特に休憩時に集中する。)を通して実地教育が行なわれる。
(二) 教諭の職務の実態と特殊性
前記のような目的から生ずる実地教育は、全般的に児童(生徒)の保護監督(生命、身体など健康管理、災害、危険の防止)のほか、実地教育自体の必要性から、平常の教育活動とは異なり、朝夕の旅館における生活をはじめ、生徒の自由時間である日中の休憩時に特に集中的に現われ、従つて教員は起床から、族館出発、旅館帰省、就寝、更に日中の見学、休憩、自由時間のいずれの時間帯も児童(生徒)にさまざまな学習指導をするほか、諸注意を与え、それが守られ実行されているかどうか常に配意し、具体的な指導を怠らないようにしており、まさしく全一日が職務の中にあるのが実態である。
更に、前記のような保護、監督は、修学旅行、遠足の全期間中、一般職務として負わされていることはいうまでもない。
以上のように、修学旅行、遠足は「実地教育の指導」の面と「保護、監督」の面があり、後者は表面的に労基法のいわゆる監視断続業務に類似するが、それだけでなく前者と一体となつて本来の教育活動の一環としての勤務であることは、すでに述べた内容に照らし明らかである。
なお、文部省においても修学旅行の教育的意義を重視し、昭和二八年七月一〇日付通達をはじめ、再三再四、都道府県教育委員会、市町村教育委員会を通して学校に通達して、計画上の諸注意教育効果、引率上の注意、事故防止などについて指示するとともに、引率教師は常に児童(生徒)を掌握し、責務を自覚して行動することを望み、その「労苦はひととおりのものでなく」、「平常学校にあるときより責任の重いこと」を認めている(昭和三〇・四・四、文部省初等中等教育局発第一六五号通達参照)。
(事実たる慣習について)
教職員の時間外勤務に対しては時間外勤務手当を請求しないという事実たる慣習の存在は争う。そのような慣習があるとしても、右慣習はそれ自体、労働基準法の労働者保護規定を、労働者が請求しないという事実により無効視することになるから、明らかに公序良俗に反するといわなければならず、被告の主張はそれ自体失当である。
別表1、2<省略>