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旭川地方裁判所 昭和45年(ワ)535号 判決 1973年9月11日

原告

大西友市

ほか二名

被告

厚賀運輸株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、連帯して、原告大西友市、同大西千代子に対しそれぞれ二五〇万円および原告小野きよに対し一〇〇万円ならびに右各全員に対する昭和四五年一二月七日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の宣言

二  被告

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和四三年一一月三〇日午後一一時五五分ごろ

(二) 場所 北海道上川郡清水町字羽帯八四番地付近の国道三八号線上(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車 大型貨物自動車(室一い一〇〇八)

運転者 被告山崎重男

(四) 被害者 訴外大西重春

訴外大西秋子

(五) 態様 本件道路を旭川市方面から帯広市方面へ向けて走行中の訴外佐々木孝允運転の普通乗用自動車(旭五ふ九九一二)が、凍結していた路面のためスリツプし、一回転半の後対向車線の道路端に停止したところに、対進して来た被告山崎運転の大型貨物自動車が衝突し、右乗用車の後部座席に同乗していた秋子は脳挫傷により即死、重春は翌一二月一日午後二時一〇分ごろ同じく脳挫傷により死亡した。

2  被告会社の責任原因

被告会社は、加害車を所有し、これを使用人である被告山崎に運転させて自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)三条の規定により、後記損害を賠償する責任がある。

3  被告山崎の責任原因

被告山崎は、佐々木の運転する乗用車がスリツプして一回転半の後に対向車線に進入した時には、まだ衝突地点から約六〇メートル以上離れた地点を対進して来ていたのであるから、前方注視義務を尽していればこれを発見し、急停止の措置を講ずるかまたはハンドルを右に切つて一時対向車線に回避して事故の発生を防止することができたのにもかかわらずそれを怠つた過失により、乗用車の発見が遅れ、衝突直前になつて急停止の措置を執つたが間に合わず、本件事故を発生させたものであるから民法七〇九条の規定により、後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 重春の逸失利益

重春は、本件事故当時満二五歳(昭和一八年三月二三日生)の健康な男子で、理髪業を営み、年間四八万円の収入があり、満二五歳の男子の平均余命は四四年であるから、同人は六〇歳まで三八年間は就労可能であると考えられ、年間の生活費をその収入額の三割とすると、右期間中の重春の逸失利益の現在価は、年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除した七〇四万五、九〇〇円となる。

480,000×0.7×20.9702=7,045,900

(二) 秋子の逸失利益

秋子は、本件事故当時満二一歳(昭和二二年一一月五日生)の健康な女子で、理髪師として夫の重春の理髪業を手伝い、年間三六万円の収入があり、満二一歳の女子の平均余命は五三年であるから、同女は六三歳まで四二年間は就労可能であると考えられ、年間の生活費をその収入額の三割とすると、右期間中の秋子の逸失利益の現在価は、年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除した五六一万七、三三二円となる。

360,000×0.7×22.2980=5,617,332

(三) 重春、秋子の慰藉料 各三〇〇万円

(四) 原告らの慰藉料 各一五〇万円

5  保険金の受領と充当関係

原告らは、本件事故による自賠責保険金として合計一、二〇〇万円を受領したが、これを、重春、秋子の各慰藉料に三〇〇万円ずつ、重春の逸失利益七〇四万五、九〇〇円のうち三〇〇万円および秋子の逸失利益五六一万七、三三二円のうち三〇〇万円にそれぞれ充当した。

6  相続

原告大西友市および同大西千代子は重春および秋子の養親、原告小野は秋子の実母、重春と秋子は夫婦である。したがつて、相続により、前記秋子の逸失利益の未弁済額二六一万七、三三二円について、重春はその三分の一の八七万二、四四二円を、原告友市、同千代子および同小野はそれぞれその九分の二の五八万一、六三〇円を承継取得し、さらに、前記重春の逸失利益の未弁済額四〇四万五、九〇〇円と右相続分八七万二、四四二円の合計額四九一万八、三四二円について、原告友市および同千代子はそれぞれその二分の一の二四五万九、一七一円を承継取得した。

7  結論

よつて、原告らは、被告らに対し、原告友市および同千代子については前記相続分三〇四万〇、八〇一円のうち二〇〇万円と固有の慰藉料一五〇万円のうち五〇万円との合計二五〇万円、原告小野については前記相続分五八万一、六三〇円のうち五〇万円と固有の慰藉料一五〇万円のうち五〇万円の合計一〇〇万円および右各金員に対する本件訴状の被告会社に対する送達の日の翌日である昭和四三年一二月七日から右各完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各連帯支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項のうち(五)の佐々木の運転する乗用車に被告山崎の運転する大型貨物自動車が衝突したことは争い、その余の事実は認める。

2  同第2項のうち被告会社が右貨物自動車を所有し、これを使用人である被告山崎に運転させて自己のため運行の用に供していたことは認め、その余の事実は争う。

3  同第3項の事実は、否認する。

4  同第4項および第5項の事実は、争う。

5  同第6項のうち原告らと重春および秋子の身分関係は認めるが、その余の事実は争う。

三  免責の抗弁

被告山崎は、佐々木運転の乗用車がスリツプして自車の進路に進入して来たのを発見し、ただちに自車を本件道路の進行方向左側の待避場に待避のうえ停車したところに、右乗用車が一回転半して後向きのまま右被告山崎運転車の前部に衝突したものであつて、本件事故は、右佐々木の一方的過失に基づくものであり、被告山崎には過失はない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第1項のうち本件事故の態様を除くその余の事実および同第2項のうち被告会社が被告山崎運転の大型貨物自動車の運行供用者であることについては、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故における被告山崎の過失の有無について判断する。

1  原告らと被告山崎との間においては成立に争いがなく、原告らと被告会社との間においては被告会社は書証の申出後の口頭弁論期日に出頭しないから成立を自白したものとみなし〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する〔証拠略〕は、その余の右各証拠に照して採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件道路は、最高速度の指定のない道路で、幅員約六・七メートルのアスフアルト舗装の直線、平担な道路で、中央線が設けられており、本件事故現場付近には、その両側に幅員約二・五メートルのアスフアルト舗装の待避場があり、周囲には、視界を妨げる障害物および夜間の照明設備はなく、事故当時、その路面は、除雪されていたが凍結していた。

(二)  被告山崎は、大型貨物自動車を運転し、帯広市方面から旭川市方面へ向けて本件道路の自車進行車線を時速約四五キロメートルで走行していた。

(三)  佐々木は、乗用自動車を運転し、旭川市方面から帯広市方面へ向けて本件道路の自車進行車線を時速約五〇キロメートルで走行中、その約二〇〇メートル前方の対向車線を対進して来る被告山崎運転の貨物自動車および自車の進路前方約七〇メートル付近の待避場に大型貨物自動車が駐車しているのを認めたので、直ちに減速すべくブレーキを踏んだが、当時凍結していた路面のため、乗用車は、右駐車中の貨物自動車の手前約四〇メートル付近からスリツプして、その後部が道路端寄りに流れ始めたので、再度ブレーキを強めに踏んだが、更にスリツプして、その後部が本件道路左端寄りに流れた。そこで、佐々木はこのままでは乗用車は駐車中の貨物自動車に衝突すると考え、慌ててハンドルを右に切つたところ、乗用車は、回転を始めながら対向車線内に進入し、そのまま一回半回転しながら対向車線内を斜めに滑走して向い側の待避場に至り、そこで、被告山崎運転の貨物自動車の前部にその後部を衝突させて停止した。なお、乗用車がスリツプし始めた地点から衝突地点までは約五六メートルの距離がある。

(四)  被告山崎は、約二〇〇メートル前方の対向車線を対進して来る佐々木運転の乗用車および約七〇メートル前方に前記駐車中の貨物自動車を認めたが、時速約四〇キロメートルで進行し、その後約一〇〇メートル前方の地点まで接近して来た乗用車の前照灯がスリツプのため揺れ動きながら道路中央部付近にまで寄つて来たので、危険を感じて徐々に減速しながら自車を通路左端に寄せて走行したところ、その約六〇メートル前方の地点において、右乗用車が一回半回転しながら自車の進行車線内に進入滑走してくるのを発見したので、直ちに急停止の措置を執りながらハンドルを左に切つて乗用車との衝突を避けようとしたが、約一七・二メートルのスリツプ痕を残して前記のとおり待避場内で乗用車と衝突した。なお、被告山崎が減速しながら自車を道路左端に寄せ始めた地点から衝突地点までは約五〇メートルの距離がある。

(五)  衝突地点から駐車中の貨物自動車の前部までは約一〇・三メートルの距離がある。

2  以上の事実に基づいて、まず、原告ら主張のように、被告山崎に前方注視を怠つた過失があるか考えてみると、前記認定のとおり、被告山崎は、自車の約二〇〇メートル前方の地点を対進して来る乗用車を認め、その後約一〇〇メートルの距離まで接近した乗用車がスリツプし始めたので、危険を感じて自車を道路左端に寄せ、さらに、自車の進路約六〇メートル前方の地点までに接近した乗用車が急に自車の進行車線内に進入して来て回転しながら自車と衝突するまでの間始終注視していたのであるから、被告山崎に、本件事故発生の原因となる前方注視義務違反があつたものとはいえず、他の右注意義務違反を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、被告山崎が約一〇〇メートル前方の地点で乗用車がスリツプし始めたのを認めた時、または約六〇メートル前方の地点で乗用車が被告山崎の進行車線に進入し、回転し始めた時に急停止の措置を執らなかつた点に過失があるかを検討してみると、前記認定のとおり、被告山崎は、乗用車と約一〇〇メートルに接近したときに時速約四〇キロメートルで進行していたのであるからその速度で急停止の措置を執つたとすれば、その制動停止距離は、算式S=V2/20×f(V=秒速(m/秒)f=摩擦係数)凍結道路では0.15とする。))(右算式により制動停止距離を合理的に算出しうることは、経験則上是認できる。)によると約四一メートルとなり、また、急制動において、制動要求から制動が開始されるまでのいわゆる空走時間は、一秒間であることが経験則上是認できるから、時速約四〇キロメートルにおける空走距離は、約一一メートルとなり結局時速約四〇キロメートルで走行していた被告山崎の運転する貨物自動車が急制動の措置をとつて停止できるのに必要な距離は、約五二メートルとなる。そのうえ、対向車である乗用車が時速約五〇キロメートルで進行し、スリツプし始めてから衝突地点までの距離は約五六・四メートルであつたことは、前記認定のとおりであるから、乗用車が衝突しないで停止するにはそれ以上の距離を要するのは当然であり、約一〇〇メートルの距離では、被告山崎が仮に急停止の措置を執つていたとしても、乗用車との衝突を回避することは到底不可能であつたといわなければならない。まして、乗用車が被告山崎の進行車線に進入し、回転し始めてから、被告山崎が急停止の措置を執つたとしても、衝突を回避することは不可能であつたといわなければならない。したがつて、結局被告山崎が前記時期に急停止の措置を執らなかつた点にも過失は認められない。

4  また、原告らは、被告山崎が自車の進行車線に進入した乗用車を発見した際、自車のハンドルを右に切つて一時対向車線に回避して事故の発生を防止すべきであつたと主張するが、前記認定のとおり被告山崎は、乗用車がスリツプし始めたころから自車を道路左端に寄せながら待避場に待避しようとしており、本件事故当時道路は凍結し、しかも被告山崎の運転車の進路前方右側には貨物自動車が駐車していたのであるから、被告山崎が急激に右にハンドルを切つた場合には、その運転する貨物自動車自身スリツプしたうえ右駐車中の貨物自動車と衝突する危険が十分あつたと考えられる。したがつて、被告山崎が、自車を対向車線に回避させなかつた点にも過失は認められない。

5  以上のとおり、本件事故の発生については、被告山崎に過失を認めることはできず、かえつて、前記認定した事実により明らかなとおり、本件事故は、凍結した道路において乗用車を運転していた佐々木がブレーキ操作およびハンドル操作を誤つた同人の一方的過失に基づいて発生したものと解されるから、被告山崎には、原告らの本件事故による損害を賠償すべき義務はないといわなければならない。

三  さらに、被告会社の免責の抗弁について判断すると前記認定のとおり、本件事故は、佐々木がブレーキ操作およびハンドル操作を誤つた同人の一方的過失に基づいて発生したもので、被告山崎には運転上の過失はなく、また、本件の全証拠を総合すると、佐々木の右過失以外には本件事故発生の原因はないことが認められる。そして被告会社の主張は、その全趣旨において、被告会社が本件大型貨物自動車の運行について注意を怠らなかつたかどうかおよび右自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたかどうかは本件事故の発生とは関係がない旨をも主張しているものと解されるから、結局被告会社は、法三条ただし書の規定により、本件事故による原告らの損害を賠償すべき義務はないといわなければならない。

四  よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富永辰夫 榎本恭博 井上弘幸)

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