旭川地方裁判所 昭和46年(ヨ)119号 決定 1971年11月11日
債権者
旭川電気軌道株式会社
右代表者
豊島卯三郎
右代理人
大塚重親
債務者
日本私鉄労働組合総連合会北海道
地方労働組合旭川電気軌道支部
右代表者
谷口孝志
右代理人
菅沼文雄
主文
本件申請を棄却する。
申請費用は債権者の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
債務者は、所属組合員に対して、債権者が運行管理者に昭和四六年一〇月三日から実施を命じた運行表によらずに、これと異なる運行表によつて事業用自動車の運行を行なわしめてはならない。
第二申請の理由
一、債権者は、自動車による一般旅客の運輸事業その他の業務を行なう株式会社であり、債務者は、債権者の従業員をもつて組織している労働組合である。
二、債権者と債務者は、昭和四六年四月に始まつた賃金改訂の争議に際し、賃金八、八〇〇円の増額と乗務時間の延長、週通算制の実施を内容とする同年五月二九日付北海道地方労働委員会(以下地労委という。)の斡旋案に従い、同年六月一一日右斡旋案の内容を含む賃金改訂に関する協定を結んだが、右協定において労使協議事項とされたワンマンバスの実乗務について債権者、債務者間に意見が整わなかつたので、再度地労委に斡旋を申請し、その結果地労委から同年八月一九日付でワンマンバスの実乗務時間については現行労働協約の有効期間中(同年九月三〇日まで)はこれに従うこととし、労使間の協議が整わないうちに右期間が終了したときは、新たな協約が成立するまでの間は暫定的に道内私鉄バスの一般的ワンマンバスの実乗務時間(一日最高五時間)に則つて実施することとの斡旋案(以下本件斡旋案という。)が示され、双方受諾した。
三、債権者は、賃上げを同年四月一日に遡つて実施するかたわら、ワンマンバスの実乗務時間の週通算制について、債務者と協議をかさねてきたが、債務者は週二七時間を、債権者は週三〇時間をそれぞれ主張してまとまらないまま労働協約の期間たる同年九月三〇日を経過したので、本件斡旋案の内容に従い、ワンマンバスの週計乗務時間三〇時間が四社、二九時間が一社という道内私鉄バスの一般的ワンマンバスの実乗務時間に則つた実乗務時間平均一日四時間四六分、週計二八時間三六分の新運行表(旧運行表は、実乗務時間平均一日四時間二九分、週計二六時間五四分である。)を作成し、運行管理者に対し、同年一〇月三日より、新運行表による運行管理、運行業務(以下、運行管理を含めて運行業務という。)を実施する業務命令(以下本件業務命令という。)を発した。
四、ところが、債務者は、債権者の作成した新運行表は労働強化を一方的に強いるもので、本件斡旋案の趣旨を逸脱するものと主張して本件業務命令を拒否し、緊急避難と称して旧運行表による運行業務を行なうことを同年一〇月二日組合員に指令する一方、組合員たる運行管理者に対し正当防衛であるとして、本件業務命令の拒否と旧運行表による運行業務を行なうことを指令し、更に同月九日には、運行管理者を含む組合員に対して「会社の不法、不当な業務命令を撤回させるため、一〇月一一日より次のストライキを行なうことを指令する。一、四条、春光、パルプ所属の組合員は(斡旋事項)暫定ダイヤに伴う一切の労務提供の拒否をすること。二、四条、春光、パルプ所属組合員は従来協定に基づく現行ダイヤの運行管理及び運行を行なうこと。」との「第一号闘争指令」を発し、運行管理者に会社の意思によらず組合の意思による旧運行表と同一の運行表を作成せしめ、それによる点呼を行なうなど組合員には旧運行表による運行業務を行なわせている。
五、債務者の旧運行表による運行業務は次の理由により違法である。
1 生産管理
債権者が免許を受けて運営している旅客運輸事業においては、事業用自動車の運行業務は事業運営の基幹であり、債権者の責任と権限に属するところ、債務者の行為は、企業者たる債権者の意思を排除し、企業経営者に専属する権能を非権利者の実力支配下に置くものであり、いわゆる生産管理にあたり違法である。
2 道路運送に関する強行法規違反
(一) 無免許営業
債務者が、運行管理者に指令して債権者の新運行表を排除して事業用自動車を債務者の意思に従つて運行せしめることによつて、債権者はその事業用自動車に対して正常な運行業務を行なうことができず、債務者が無免許で免許者たる債権者の事業を行なうに等しいことになる。
(二) 自動車運送事業等運輸規則(以下運輸規則という)二三条二項違反
バスは一般乗合旅客自動車運送事業者の作成した運行表を運転者が携行し、これによつて運行しなければならないものであるところ、債務者は、運行管理者に指令して債権者の新運行表実施に関する業務命令を拒否せしめ、債務者の指令する旧運行表と同一内容の運行表を携行させてバスを運行せしめている。
(三) 運輸規則二二条違反
債権者は、債務者が運行管理者に対し事業者たる債権者の業務命令を拒否して組合の指令による運行を行なわしめる結果、道路運送車両法四七条による仕業点検の実施を確認することができないし、債権者の業務命令によらず債務者の指令によつて乗務する運転者の疾病、疲労、飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれの有無について点呼ができない。
(四) 運輸規則二六条違反
債務者が運行管理者に指令して債務者の指令による運行をせしめるため、債権者の業務命令に従わない運転者がバスを運行することになり、債権者は運転者に対して適切な指導監督をすることができない。
3 平和義務違反
債務者の旧運行表による運行業務は争議行為に該当し、地労委の提示した斡旋案を受諾した内容について争議行為を行なうものであつて、平和義務に違反する。
4 労働関係調整法三七条違反
債権者の業務は、公益事業であるところ、債務者の旧運行表による運行業務は争議行為に該当し、その予告がなされていないので、労働関係調整法三七条(予告なき争議行為の禁止)の規定に違反する。
六、以上のように、債務者が運行管理者に対して発した前記指令は強行法規に違反し、たとえこれが争議行為として行なわれても正当な争議行為とは認められないので、債権者はその撤回を求めたが、債務者はこれに応ぜず、依然として運行管理者を含めた組合員に対して、債権者の作成した新運行表に従わず、債務者の指令による運行業務を行なうように指令している。債権者は、その事業および財産を守るため債務者に対し業務妨害禁止請求の本案訴訟を提起する準備中であるが、本案判決確定までこの状態が続くことは、債権者に、新運行表によらざる事業用自動車の運行によつて生ずる不測の事故の損害負担または過分の労働賃金の支払を余儀なくされて著しい損害を被ることとなり、しかも、これ以上債権者が事故防止、安全確保の体制および運行管理体制を確保しない状態が続くならば、債権者に対する事業免許を取り消されるおそれも十分にあるので、本件申請によつてかかる損害を防止する必要がある。
第三債務者の主張
一、債権者が昭和四六年一〇月三日から実施を命じた運行表には、一日の実乗務時間が五時間を超えているものが相当多数存在しているが、労使双方が受諾した本件斡旋案によれば、実乗務時間は一日最高五時間と限定されていることは明白である。
この点に関して債権者は、地労委の昭和四六年五月二九日付斡旋案で労働時間の週通算制は労使了解済であり、一日最高五時間というのは一日を単位とするという意味であるから、週三〇時間の通算制が既に決定されているというのであるが、しかし、週通算制度を認めることと、週通算時間をどの程度にするかは全く別個の問題である。週通算時間を何時間とするかについては労使協議の上で決定さるべきことであり、このことは五月二九日付斡旋案によつても明確にされているところである。しかし、この点について労使協議は成立していない。
週通算時間を何時間にするか、労働時間内における労働の効率化をどうするかについて債権者が再度斡旋を申請し、本件斡旋案が出されたわけであるが、その内容は暫定的に一日最高五時間の実乗務時間を決めた以外は全て労使の自主的解決に委ねているのであり、週通算時間数を定めたものでないことは明らかである。
従つて、債権者が五時間を超える業務命令を出すことは違法である。
二、債務者は、一〇月二日付の運行管理者あての指令を一〇月三日撤回した。
債権者の主張する一〇月九日付の第一号闘争指令を出した事実は認める。
なお、債権者は債務者の指令が生産管理であり、違法である旨主張しているが、債権者の業務命令そのものが違法であるから、それに従う義務はなく、従来から労使双方で確認し、実施してきた運行表を実施しているに過ぎず(債務者の指令はこの点を確認しただけである。)債権者も乗車料金を異議なく受領しているものである。従つて、生産管理の主張は当らない。
第四当裁判所の判断
一、本件疎明資料によれば、次のような事実が一応認められる。
債権者は、自動車による一般旅客の運輸事業その他の業務を目的とする株式会社であり、債務者は債権者の従業員をもつて組織している労働組合であるが、昭和四六年四月に始まつた賃金改訂の争議に際し、同年五月二九日付で地労委から、「一、賃上げ額は組合員一人平均八、八〇〇円とする。二、労働時間内における労働の効率化を図るため、労使双方は、始終業点検時間、乗継交替、折返し調整などの時間の短縮と、その乗務時間への繰り入れにつき実情に則して協議し取りきめること。実施時期はおおむね一ケ月を目途とする。三、労働時間の週通算制については労使協議し、交番ダイヤの合理的運用をとりきめること。その実施については、会社が提示する時期とする。」との斡旋案の提示があり、債権者と債務者との間に、同年六月一一日右斡旋案に従つた賃金改訂に関する協定が締結された。
ところが、右協定において労使協議事項とされたワンマンバス(旧旭川バス関係のみ)の実乗務時間の延長について労使間に意見が整わなかつたので、債権者は同年七月一二日付をもつて再度地労委に対し乗務時間の延長に係る労働争議について斡旋申請を行ない、右申請を受けた地労委は同年八月一九日付で、「旧旭川バスのワンマンバスの実乗務時間については、現行労働協約の期間が終了する昭和四六年九月三〇日までは現行の協定に従うこととし、その間に労使双方は、ワンマンバスの実乗務時間について優先的に鋭意協議し、合意に至るよう努力すること。協議が整わないうちに労働協約の期間が終了したときは、新たな協約が成立するまでの間は、暫定的に道内私鉄バスの一般的ワンマンバスの実乗務時間(一日最高五時間)に則つて実施することとするが、この場合においても労使双方は、なお一層の努力をして早急に実乗務時間の自主解決を図ること。」との本件斡旋案を提示し、債権者及び債務者双方はこれをそれぞれ受諾した。
しかして、当事者双方は、本件斡旋案の趣旨に従つて、ワンマンバスの実乗務時間の週通算制について債務者と協議をかさねてきたが、債務者は週二七時間を、債権者は週三〇時間をそれぞれ主張してまとまらないまま同年九月三〇日を経過した。
そこで、債権者は、本件斡旋案の内容を、週通算制の実施を前提にした一日単位五時間、週三〇時間のワンマンバスの実乗務時間を許容したものと解して、その範囲内において、一日の実乗務時間五時間未満九八本、五時間以上六時間未満三五本、六時間以上七時間未満二六本、七時間以上八時間未満二一本、八時間以上九時間未満二本、合計一八二本の交番制乗務時間の新運行表(旧運行表では、五時間未満一八五本、五時間以上六時間未満九本合計一九四本の交番制乗務時間である。)を作成し、運行管理者に、同年一〇月三日より新運行表による運行業務実施の本件業務命令を発した。
一方債務者は、本件斡旋案の趣旨は、あくまでも一日最高の実乗務時間を五時間と限定したものと解し、債権者の新運行表実施の本件業務命令は本件斡旋案の趣旨に反すると主張して、債権者の命じた同年一〇月三日からの新運行表による運行業務を拒否し、従前から有効に実施されていた旧運行表による運行業務を継続して行なうことを同月二日組合員たる運行管理者に指令し、さらに同月九日、運行管理者を含む組合員に対し「会社の不法、不当な業務命令を撤回させるため、一〇月一一日より次のストライヰを行なうことを指令する。一、四条、春光、パルプ所属の組合員は(斡旋事項)暫定ダイヤに伴う一切の労務提供の拒否をすること。二、四条、春光、パルプ所属組合員は従来協定に基づく現行ダイヤの運行管理および運行を行なうこと。」との「第一号斗争指令」を発し、同月二日まで実施されていた旧運行表による運行業務の継続を指令し、運行管理者に旧運行表と同一の運行表を作成せしめ、かつ旧運行表による点呼、始終業点検などの運行業務を行なつている。
なお、運行管理者らは各所属営業所長から求められれば右運行業務の状況を口頭で報告することに応じており、債務者としても、債権者において現におこなわれている仕業点検の実施状況を確認し、あるいは乗務員の就労状況を把握してこれを指導、監督しようとすることまでを排除する意思は有しないものと推認され、右運行業務により得られた運賃収入は従前と同様に債権者に引渡されていることが窺われる。
二、まず、本件業務命令が本件斡旋案の趣旨に合致しているか否か、すなわち、本件斡旋案が実乗務時間を一日最高五時間とした意味がいかなるものであるかについて検討する。
本件斡旋案が労働協約の期間終了後、新協約が成立するまでの間の実乗務時間について暫定的な定めをしたに過ぎないことは、斡旋案の文言から明らかなところである。ところで、先に認定したように、債権者は、本件斡旋案の内容を週通算制の実施を前提とした一日単位五時間、従つて週三〇時間の実乗務時間を許容したものと解し、この解釈を本件業務命令の根拠としている。なるほど、前記認定事実からすると、実乗務時間の週通算制の採用そのものについては、六月一一日付協定により労使間に基本的合意が成立したといつてよいであろう。しかし、週通算制の下で、実乗務時間を何時間と定めるかは、乗務員の労務管理上、労使間の協議を必要とする重要な事項であるというべきであり、さればこそ従来労使間で協議を重ねて来たものであるし、斡旋案においても、最終的には労使間で自主的解決を図るべきものとされたのである。
週通算制の採用そのものにつき基本的合意が成立しているからといつて、直ちに本件斡旋案が週通算制における一日単位時間を決めたものであり、従つて実乗務時間を週三〇時間とする週通算制を許容しているものとするならば、債権者は、週通算制における実乗務時間週三〇時間への延長というその目的を完全に達成することができることになり、かかる重大な結果を招来することは、本件斡旋案の暫定的性格から大きく離脱するものといわなければならない(仮に、本件斡旋案が暫定的にせよ、週通算制の下における実乗務時間を定める必要があつたとしても、一日最高五時間という文言を使用することなく、週単位の時間をもつて明示することが可能であつた筈である。)。これを要するに、債権者の本件斡旋案の解釈は、形式的には勿論のこと、実質的にも本件斡旋案の趣旨に沿わないものという他なく、到底これを是認することができない。結局、本件斡旋案は、週通算制の具体的内容はあくまで労使間の協議に委ねることとし、新たな労働協約が成立するまでの間は暫定的に、道内私鉄バスの一般的ワンマンバスの実乗務時間を参考として、一日最高五時間の限度で実乗務時間を定めるという文字どおりの意味に理解すべきものである。
そうすると、前記認定のとおり一日最高実乗務時間が五時間を超過する内容を多く含む新運行表は、労働時間についての協定たる本件斡旋案の趣旨を不当に逸脱したもので、その性質上全体として無効のものであり、その結果、新運行表による運行業務を命じた本件業務命令は、その限りにおいて無効といわなければならない。
三、つぎに、債務者の指令による旧運行表にもとづく運行業務が正当なものであるか否かについて判断する。
前述のように、債権者の新運行表による運行業務を命じた本件業務命令は無効であるから、債権者の従業員でもつて構成されている債務者は、これに従うことを拒否し、争議行為に入つても何等差支えないわけである。しかし、本件のような公益事業において、無効な業務命令であることを理由にこれを拒否し、直ちにバスの運行自体を停止させるような争議行為を行なうことは、市民の足を奪うとの非難を一方的に浴びる結果となり、却つて債務者の立場を弱めることになるのは自ずから明らかであつて、債務者として、かかる争議行為に出る以外にとるべき途が全くないというのは不合理であるといわなければならない。
そして、このような場合に、債権者の本件業務命令の基礎となつているバスの運行業務そのものを阻害することなく、むしろ他に何等かの適当な、社会的にも妥当と目されるような基準を設けた上で、これに従うような方法を選んで運行業務を継続することは、真にやむを得ない行為として是認されるものと解される。
そこで、債務者の行為を考えるに、前記認定のとおり、債務者は所属組合員に対し昭和四六年一〇月三日以降は、それまで実施されていた旧運行表による、運行業務の継続を指令し、さらに同月一一日以降においても同一内容の指令を発し、その結果従前からの運行業務がそのまま踏襲されているのであり、しかも、債務者としては、本件斡旋案の趣旨に反し、一日五時間を超える実乗務を命ずるものである限りにおいて債権者の本件業務命令を排除しようとするにとどまり、右運行業務についての債権者の従業員に対する監督権ないし収益権を全面的に排除、侵奪しようとするものでないことを考慮すると、債務者の右行為はやむを得ない行為として是認されなければならない。
そうすると、債権者の正当な業務運営、支配をすべて排除しているとの生産管理の主張は、その前提において、前述のように債務者の行為が、債権者の正当な業務運営、支配をすべて排除しているとは認められず、しかもやむをえない行為として是認されうる以上、当裁判所の採用するところではない。また、前記運行業務の実体が同月二日以前までの旧運行表による運行業務をそのまま継続しているものであり、債権者の業務運営、支配権が全く排除されているとも云えない以上、債務者の行為が無免許営業であるとか、あるいは運輸規則二二条、二三条、二六条に違反するとかの主張もにわかに採用できない。さらに、平和義務違反、労働関係調整法三七条違反の主張についても、債務者の行為が、無効な新運行表による本件業務命令に対抗したやむを得ない行為であつて、債権者は、信義則上、債務者の行為の右違反を主張することは許されないというべきであるから、これまた失当である。
四、以上のとおり、債務者の違法な業務妨害行為を前提とする債権者の主張は、すべて理由がなく、本件仮処分申請は被保全権利について疎明がないことに帰し、また事案の性質上、債権者に保証をたてさせて右疎明にかえさせることも相当でないから、結局これを棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。(青木敏行 上野茂 井上弘幸)