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旭川地方裁判所 昭和47年(わ)49号 判決 1972年10月02日

被告人 吉原勝

昭二二・一・二二生 無職

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してある現金(千円札二枚)(昭和四七年押第一八号の四)は、被害者山口妙子の相続人に還付する。

理由

(被告人の身上、経歴および犯行に至るまでの経緯)

被告人は、農業を営んでいた父俊雄、母桃江の二男として樺太で生まれ、昭和二三年七月、ソ連に戦犯容疑で抑留された父を残して、母、兄とともに本籍地に引き揚げ、以来、飯場や営林署の炊事婦、工員などをして働いてきた母の手一つで育てられ、道立士別高等学校を卒業したあと、昭和四〇年四月士別市所在の森永乳業株式会社士別工場に就職し、昭和四三年七月頃から同四四年九月頃まで同社音威子府集乳場に勤務した後再び士別工場に戻り、昭和四六年一〇月から同工場製造課充填係として勤務し、その間昭和四五年六月から全森永労働組合士別支部の教宣部長の役職をつとめていた。

被告人は、前記音威子府集乳場に勤務中、仕事が暇なこともあつて、賭け麻雀や花札賭博に熱中して借金を作るようになり、その後前記のとおり士別工場に戻つた後もその借金が残つていたので、返済資金を稼ぐためもあつて賭け麻雀を続けていたが、特に昭和四六年一月頃からは、士別市内の麻雀荘「つくもクラブ」にしばしば出入りするようになつていた。被告人は、昭和四六年二月二五日頃、会社のロツカーに入れておいた給料を盗まれたため、この分を取り戻そうとの気持もあつて、同月二六日頃、前記「つくもクラブ」で花札賭博をしたが、逆に負けて一〇万円余の借金をしたためその返済に苦しみ、同月四日頃、母が被告人の結婚資金として貯えていた定期預金二〇万円の中から、株を買うと嘘を言つて一〇万円を受取り、これを右借金の返済等にあて、さらに、同年六月会社から支給されたボーナスのうち一〇万円を、また株を買うと嘘を言つて母に渡さず、麻雀や飲食費等に費消してしまつていた。

ところで、被告人は昭和四六年六月頃から森永乳業士別工場の工員山口幸子(当二二歳)と交際を始め、同年一二月一日には同女と結婚する話がまとまつて結納を納め、昭和四七年一月二三日の日に士別市民会館において同女と結婚式を挙げることになつていた。被告人の母は、右結婚式の費用を株購入のためと称して被告人が預つた形になつていた前記二〇万円の金をもつてあてようと考えていたので、右結納後、被告人に対し、たびたび、株を現金にかえて持つてくるように話していたが、被告人の方では、右の金の本当の使途を打明けることができないままに、そのつど、「式の前日までには必らず持つてくる。」と言つて、その場をとりつくろつていた。その後被告人は、昭和四六年一二月一一日頃、この結婚費用にあてるための金を獲得しようと考えて花札賭博に加わつたところ、逆に負けてさらに一〇万円の借金を作るはめに陥つてしまつた。被告人はこの借金の返済のためもあつて同年一二月下旬には叔父の藤田米利に二〇万円の借金を申込んだが断られてしまい、さらに、結婚式が近づくにつれて、母からより頻繁に式に間に合うように株の金を持つてくるように言われるようになり、母や叔父に対して、その金は旭川の友達のところに預けてある旨言い遁れをつづけてきたが、日がたつにしたがつていよいよその金の捻出に苦慮し、次第に追いつめられた気持を持つようになつていた。

しかし、いつこうに金策のめどがつかぬまま、結婚式の前日である昭和四七年一月二二日を迎え、被告人は同日年次休暇をとつて会社を休み、午前八時頃、母に対して「旭川の友達のところへ株を処分した金をとりに行つてくる。」と言つて金策のために外出した。そして、士別市内の釣堀で釣をしたりしながら金策の方法を考え、その結果、会社の先輩柳瀬勝彦に借金を申込むべく同人宅を訪れたところ、同人が留守であつたためその足で会社に赴いたが、柳瀬の周囲に人がいたため話を切り出すことができず、その後さらに、ボーリング場、喫茶店などをまわりながら金策の方法を考えたが、良策は浮ばなかつた。かくして、同日午後三時頃、市内中央通りを歩いているうちに、被告人は、会社の同僚で労働組合では被告人と同じ教宣部の次長をしており、以前何度か一緒にボーリングをしたり食事をしたことのある山口妙子(当時二二歳)のことが頭に浮び、同女が寄宿している、同女の姉千枝子の嫁ぎ先の士別市東八条四丁目一番地木島春三方が士別車輛株式会社を経営しているところから、同人ならかなりの金を持つているのではないかと考え、右山口妙子を誘拐したうえ、右木島に身代金を要求して同人から金員を取ろうと考えるに至つた。

(罪となる事実)

被告人は、

第一、昭和四七年一月二二日午後四時頃、山口妙子の安否を憂慮する前記木島らの憂慮に乗じ同人らから金員を交付せしめる目的で、士別市東一条六丁目洋酒喫茶「プラトー」に同女を呼び出したうえ、同所において、「独身最後の晩だから、付き合つてくれないか。今晩七時半頃神社で待つている。ちようど今日はおれの誕生日だから神社に行くところだ。」と甘言をもつて同女を誘い、同日午後七時三〇分頃、右甘言を信用した同女を人気のない同市東八条一丁目九十九山の士別神社に誘い出して自己の支配下におき、もつて同女を誘拐し、

第二、山口妙子と前記喫茶店「プラトー」で別れた後、雀球などをしながら誘拐後の監禁方法などについて考えたが、同女が会社の同僚であるところから監禁して身代金を取つても自己の犯行であることがすぐ発覚するので、いつそのこと同女を殺害して身代金を要求した方がよいとも思うようになり、いずれとも決心がつかないまま同日午後七時過ぎ、前記士別神社へ赴いたのであるが、そこで同女の来るのを待つ間に、自己の犯行の発覚を防ぐには同女を殺害するほかはないと決意するに至り、殺害場所として右神社の社殿前広場にある水銀灯の明りが札売場の建物の影になつて届かないあたりの裏参道を下見のうえ選定して社殿前広場に戻つたところ、まもなく前記のとおり同女がやつて来たので、しばらく同女と雑談をかわした後一緒に境内を歩き出し、同日午後八時頃、さきに下見をした場所附近に至つた際、被告人の前を行く同女の背後からやにわに左腕をその首に巻きつけ、右手を左手にそえて両腕で同女の首を強く締めつけ、よつて同女をその場で頸部圧迫により窒息死させて殺害し、

第三、右殺害後、右殺害場所附近において、自己の右犯行を隠ぺいするため、同女の死体に附近の雪を厚さ一五ないし二五センチメートルにわたつてかけ、その死体を雪中に埋没させてこれを遺棄し、

第四、右遺棄後、右場所において、山口妙子が所持していたハンドバツグの中の小銭入れから、同女所有の現金二、一〇〇円を窃取し、

第五、前記のごとく山口妙子を殺害した後であるのにかかわらず、身代金取得の目的で、同日午後九時五五分頃、士別市中央通りの公衆電話から前記木島方に電話をかけ、木島春三およびその妻千枝子に対し、「妙子を預つた。五〇万円用意して一一時までに「翠香」に持つてこい。「翠香」が閉店なら「ナジヤ」に持つてこい。金が出来なければ妙子を売り飛ばす。二〇万円でもよい。」などと申し向け、同日午後一一時三〇分頃、士別駅前の公衆電話から同市大通り東七丁目喫茶店「ナジヤ」に電話をかけ、現金を用意して同所に赴いていた木島春三を呼び出し、同人に対し、「金を用意したか。一五分ほどそこで待つていろ、」などと申し向け、その後、同日午後一一時五〇分頃、同市大通り東八丁目ボーリング場「ゴールデンボウルナイトウ」から前記「ナジヤ」に電話をかけて、右木島に対し、「金をゴールデンボウルナイトウの一〇五番のコインロツカーの上におけ。」などと申し向け、さらに、翌二三日午前一時二五分頃、右ゴールデンボウルナイトウから前記木島方に電話をかけ、前記木島千枝子に対し、「警察が来ているから、この取引には応じられない。警察を帰してくれたら応じる。」などと申し向け、もつて、山口妙子の安否を憂慮する右木島らの憂慮に乗じ、身代金を要求する行為をし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の行為は刑法二二五条ノ二第一項に、判示第二の行為は同法一九九条に、判示第三の行為は同法一九〇条に、判示第四の行為は同法二三五条に、判示第五の行為は同法二二五条ノ二第二項にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪と判示第五の罪との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い判示第五の罪の刑で処断することとし、判示第二の殺人罪につき、後記の事情を考慮してその所定刑中無期懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項により他の刑を科さず、被告人を無期懲役に処することとし、押収してある現金(千円札二枚)(昭和四七年押第一八号の四)は、判示第四の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者山口妙子の相続人に還付することとし、訴訟費用は、同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑にあたつて考慮した主たる事情)

一、被告人の本件犯行は、自己の金銭的欲求を満たすために若い女性を誘拐し、その貴重な生命を奪つたうえ、その近親者の憂慮に乗じて身代金を要求したというものであつて、その行為自体極めて悪質なものであるが、その具体的な犯行の態様においても極めて悪質であるといわなければならない。すなわち、被害者をあらかじめ殺害場所として選定しておいた場所において殺害したうえ、冷然と被害者の所持金をさがしてしかも現金だけを抜きとり、その後何事もなかつたように勤め先の森永乳業士別工場に行つて入浴したり、喫茶店「プラトー」に赴いて同店の店員に対して、あたかも予めそこで被害者と待ち合わせる約束をしていたかのように装つて同女がそこへやつて来なかつたかを尋ねるなど一種のアリバイ工作をしていることがうかがわれ、その後も、被告人の帰りが遅いのを心配して迎えに来た母や兄に対し、「二〇万円は旭川の友人が持つてくることになつている。」等と言い、平然として自己の婚約者や友人達とボーリングをするなどしながら、その間に、被害者がまだ生きているかのように装つて、その安否を憂慮する木島らに対し、四回にわたり身代金要求行為をしているのである。これら被告人のまことに大胆な挙動は被告人の大きな反社会性をうかがわせるものといわざるを得ない。

また、本件は被害者の被告人に対する信頼関係を利用している点においても、悪質かつ卑劣な犯行である。判示認定のとおり、被告人と被害者とは会社の同僚であつたばかりでなく組合の教宣部長と副部長の関係にあり、かつ、以前何度か一緒にボーリングをしたり食事に行つたことのある間柄であつた。また被害者は被告人の結婚にあたつては式の発起人の一人となつてその準備に奔走し、被告人から神社への誘いをかけられたその席で、被告人に対し翌日花嫁が使うリボンフラワーを手渡しているのである。被告人がこのような被害者の信頼と好意を裏切り、かえつてこれを逆用したことは看過しえないところである。被害者が、被告人と約束のうえ、被害者とも会社の同僚である女性と被告人との結婚式の前日、真冬の夜七時半頃の時間に、雪も深く人気のない神社に赴いた点については、被害者に全く落度がないとはいいきれないが、被害者の右行動が本件犯行を誘発したり、その原因となつたものとは認められないから、被告人にとつて格別有利な情状となるものではない。

二、本件犯行の動機は、判示認定のとおり、被告人が賭博で負けて作つた借金の返済等にあてるため母親が被告人の結婚資金として予定していた二〇万円を嘘を言つて使つてしまい、結婚式の日が迫つてくるにつれて母親からその返済を迫られてその金の捻出に窮したことにあるが、賭博による借金自体被告人自身の放縦な生活態度に由来するものであるうえ、結婚資金二〇万円の調達については、真摯な努力をするならば他にとるべき方法はいくらでもあつたはずであり、二〇万円の金のために手段を選ばず他人の生命を犠牲にしたことについては、その動機においては何ら同情の余地はないものといわなければならない。

三、被害者山口妙子は士別高校を卒業後、森永乳業士別工場に勤務していた当時二二歳の明るい性格の独身女性であつて、会社の同僚の間の評判もよく、家庭においても末娘として家族の暖かい愛情を一身に集め、親にも孝養をつくしていた。最愛の娘であり妹である同女を何のいわれもなく殺害されてしまつた両親、兄姉等家族の心痛はまことに察するに余りあるものがあるというべきである。被告人の母らの真底からなる詫びを受けても遺族に宥恕の気持がほとんどないことは十分に理解できるところである。

四、また、本件犯行は、いわゆる誘拐殺人の中でも、賭博に費消した結婚資金を得るため、結婚式の前日、職場の同僚である女性を対象に敢行されたという点で特異な事件であり、このような事件が士別市という北辺の平和な一小都市で発生しただけに、地域の住民に与えた影響はとくに大きいものがあつたものと考えられる。事件の社会的影響という面も本件の量刑上無視することはできないものというべきである。

五、一方、本件犯行は、当日になつて被告人が窮余考えついたものであつて、犯行の方法自体もさほど周到、綿密な計画にもとづくものとはいえず、そのためもあつて、結局は身代金取得の目的を達成することができず、まもなく被告人は逮捕されて、その日のうちに殺害行為の大要を自供し、早急に事件の解決をみたことは、本件の情状をみるにあたつて考慮すべきであろう。

六、また、被告人の生活史、性格などについてみると、被告人は生後間もなく戦争のために父親との離別を余儀なくされ、その後母の手一つで育てられ、家庭が貧困であつたため、子供の頃から新聞配達、商店の手伝いなどをしてよく母親を助けており、また、学業成績も、小学校、中学校と次第に向上し、高等学校では、家計が許せば大学に進学することも十分に可能な程度の学力を身につけるにいたつていたことが認められる。その後経済的な理由から大学進学を断念し、森永乳業に就職して後も、本件犯行の原因となつた賭博に溺れるようになるまでは勤労意欲もあり、特に自己の給料の中から母が被告人とその兄の学資等として借りていた金を返済するなど、親孝行な面をみせていたことをうかがうことができる。これらの事実からみると、被告人は父親を欠き物質的にも貧しく、必ずしも恵まれていたとはいえない家庭環境のもとにあつて、これまで非行歴等も一切なく、一応は健全な社会人として成長してきていたことが認められるのである。従つて、被告人が今後自己の犯した罪の重大さを十分に認識するとともに、その恵まれた知的、身体的な資質を生かして更生のための努力をつづけるならば、再犯の危険性は必ずしも大きくないものと考えられる。  よつて、主文のとおり判決する。

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