旭川地方裁判所 昭和49年(行ウ)2号 判決 1975年3月25日
原告 沢田豊
被告 北海道旭川方面公安委員会
訴訟代理人 宮村素之 上嶋康夫 茂木健 ほか五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和四九年五月一六日原告に対してなした自動車運転免許の取消処分はこれを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
の判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は昭和四九年五月一六日、原告の同年四月二四日に犯した酒酔い運転、傷害事故、人の傷害を伴う交通事故を起した場合の措置義務違反(以下措置義務違反という。)の各違反行為を理由として原告の自動車運転免許を取消した。
2 しかし、原告には措置義務違反は存しないし、右取消処分手続には瑕疵があるので右取消処分は違法であるからその取消しを求める。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1は認める。
2 請求の原因2は争う。
三 被告の主張
1 処分事由の存在
(一) 原告は、自動車運転免許(大型特殊、自動二輪、けん引、大型二種)を有する者であるが、昭和四九年四月二四日午後三時二七分ころ、普通貨物自動車(旭四四す三八八七)を運転し、稚内市字サラキトマナイ付近道路を稚内市方面から豊富町方面に向い時速六五キロメートルで進行中、運転開姶前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり前方注視など正常な運転が困難な状態になつたので直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに右状態のまま運転を継続したため、折から道路の左側端を同方面に進行中の片山まゆみ(当一二年)運転の自転車に自車を衝突させ、よつて同女に加療一週間を要する右臀部打撲の傷害を負わせた。(道路交通法(以下法という。)六五条一項)
(二) 原告は前記(一)のように人の負傷を伴う交通事故を起したのにかかわらず、直ちに自動車の運転を停止して負傷者を救護するなど必要な措置を講ぜず、右交通事故発生の日時、場所および右事故による負傷者の数などを最寄りの警察署の警察官に報告しなかつた。(法七二条一項前段、後段)
なお、原告は右(一)、(二)の事実をもつて業務上過失傷害、道路交通法違反の罪により罰金二〇万円の略式命令を受け、右略式命令は確定しているのであるから、原告がそれに反する事実を本件で主張することは、事実につきより厳格な認定を要する刑事訴訟を否定することになり、同一事実に対し結論の異なる虞れも出てき、訴訟制度そのものに反し許されない。(参考、東京地裁昭和四一年九月二八日判決、下民集一七巻九・一〇号八六七頁)
2 処分手続
(一) 稚内警察署長は、昭和四九年四月二六日、本件事故における原告の違反事実(法六五条一項、一一七条の二第一号)を理由に同日から同年五月一三日までの間、運転免許の効力の仮停止処分をし、同日その旨を北海道警察旭川方面本部長(以下、道警旭川方面本部長という。)に報告した。
右報告を受理した道警旭川方面本部長は、原告の違反事実が運転免許の取消処分事由に該当すると判断し、北海道旭川方面公安委員会(以下、旭川方面公安委員会という。)の行なう許可認可その他の行政処分等の代行規程に基づいて即日、昭和四九年五月九日午後一時右公安委員会で聴聞を行なうことを決定してその旨稚内警察署長に電話で指示したが、その指示の電話を受理した稚内警察署員が聴き違えて原告に対する聴聞通知書に聴聞期日を同月一三日午後一時と聴聞理由を「昭和四九年四月二四日道路交通法に違反した理由」と記載して原告にその通知書を交付した。
聴聞当日、原告が旭川方面公安委員会に出頭しなかつたので、道警旭川方面本部交通課巡査部長訴外作田政次(以下、作田という。)が原告に電話連絡をとつたところ誤つて通知された事情が判明したので、道警旭川方面本部長は即時聴聞期日を同月一六日午後一時に変更する旨決定し作田を通じて原告に通知し原告はこれを了承した。なお、この際作田が稚内警察署長の行なつた運転免許効力仮停止処分が五月一三日で終了するので運転免許証を返還する旨教えた。
(二) 被告は同年五月一六日午後一時から旭川方面公安委員会で同公安委員訴外小檜山享が主宰者となつて原告出席のもとに聴聞を行なつたが、その席上で立会警察官道警旭川方面本部交通課交通調査官訴外太田徳正が原告には酒酔い運転、軽傷事故、および措置義務違反の行為があり運転免許取消が相当である旨同委員に説明した際も、原告は運転免許取消による営業上の不利益につき弁解したに留まり違反事実については自認していた。
(三) 聴聞終了後、被告は原告の違反行為に係る累積点数(法施行令三三条の二第一項一号イ)が、
(1) 違反行為に対する基礎点数
酒酔い運転 一二点
(2) 違反行為に付する付加点数(交通事故の場合)
人の軽傷に係る交通事故の中欄 六点
(3) 違反行為に付する付加点数(交通事故の場合の措置義務違反をした場合)
人の傷害に係る交通事故を起した場合における法七二条一項前段の規定に違反した行為 一〇点
の合計二八点になると認定し、法一〇三条二項二号、同施行令三八条一項一号イ同別表第二(前歴がない者)の第三欄に基づき原告の運転免許を取消し、さらに法一〇三条六項、同施行令三八条二項に基づき免許を受けることができない期間を二年と指定し、右決定に基づいて道警旭川方面本部長は運転免許取消処分通知書を即日原告に交付して本件処分を執行した。
なお原告は右処分手続につき後記四2(二)(イ)(ロ)(ハ)記載のとおり瑕疵がある旨主張するが(イ)については前記のとおりであつて全く瑕疵がなく、(ロ)については処分をしようとする理由、聴聞の場所は文書でなされており、期日の変更通知のみが電話でなされたのであつて、原告に不利益を与えるものではないから違法とはいえず、仮りに右通知方法に瑕疵があつたとしても原告はその期日に出頭し聴聞に応じているのであるから右瑕疵は軽微なものとして治癒されたものというべく、(ハ)については聴聞通知書には処分する理由として「○年○月○日の道路交通法に違反した理由」と記載すれば十分特定できるのであつて個々の違反事由を掲記しなければならないものではなく、原告も聴聞期日に「ひき逃げ」の事実を認めているのであるから瑕疵があつたとはいえない。
四 被告の主張に対する答弁
1(一) 被告の主張1(一)は認め、(二)は否認。原告は交通事故の発生を知らないか、知つていたとしても当時の精神状態から見て適法行為を期待できなかつたから法七二条一項前段の違反とは言えない。
もつとも、原告は被告主張通りの略式命令を受け、それが確定したことは認めるが、右略式命令に不服申立をしなかつたのは、酒酔い運転であるのでとても罰金の減額は望めそうもなかつたからである。刑事裁判で事実を認めても制度目的の異なる行政訴訟でそれを争うことに何ら制限を受くべきものではない。
(二) 被告の主張2(一)のうち、被告主張どおりの処分を受けたこと、被告主張どおりの聴聞期日の通知と聴聞期日変更の経緯があつたことは認め、作田から運転免許証返還の教示を受けた点は否認、その余は不知。被告は作田を通じて原告に出頭すれば運転免許証を返還すると言つたのである。同2(二)、(三)は認める。
2(一) 被告が原告に対してなした右運転免許取消処分は以下述べるとおり違法なものである。原告には措置義務違反の事実がないのに右義務違反のあつたことを理由に右処分がなされたものである。
(二) 右処分手続には次のような瑕疵がある。即ち、(イ)、聴聞通知は稚内警察署長から運転免許仮停止処分通知書と原告の運転免許証が被告に送付された後にすべきであるのに右署長の処分と同時になされている点、(ロ)、被告の原告に対する聴聞期日の変更通知は文書ですべきところ(法施行令三九条一項)、電話でなされている点、および(ハ)、右聴聞の理由として被告は原告に対し稚内警察署長が運転免許仮停止をした理由である法六五条、一一七条の二第一号に関する事項についてのみ通知したのであるからそれだけに限つて聴聞処理するべきであるのに法七二条、一一七条の二第二号(措置義務違反)に関する事項まで聴聞し、右処分の理由としている点である。
第三証拠<省略>
理由
一 処分の存在
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 処分理由の有無
被告の主張1(一)は当事者間に争いがない。同1(二)について判断する。<証拠省略>ならびに右争いのない事実を総合すると、原告はタイヤの整備販売を業とする澤田タイヤ株式会社の代表取締役をしている者で、昭和四九年四月二三日所用のため普通貨物自動車(ライトバン)を運転して稚内から利尻島へフエリー船で渡り、翌二四日午後二時三〇分ころ稚内着のフエリー船で帰つてきたのであるが二三日夜から稚内に着くまでの間、旅館、スナツク、フエリー船内でビール十余本、ウイスキー若干を飲んでかなり酩酊していたこと、原告は帰宅後妻や右会社の従業員から酩酊や疲労を理由に自動車の運転を止められたのであるが兜沼の両親方へ行くため自動車を運転して家を出、途中自動車整備工場に寄り、自動車の尾灯を修理して、兜沼に向つたこと、原告は運転中徐々に酩酊による眠気を感じ始めていたがそのまま運転を続け国道四〇号を約一六キロメートルほど無事南下して午後三時二七分ころ事故現場付近まで来たこと、原告は時速六五キロメートルの速度で進行中同現場の約三三メートル手前で道路左側を自転車で同方向に走行中の片山まゆみ(当一二年)を発見したのであるが、同女の側方を安全に通過できるものと考えてそのままの速度で進行したところ、酒酔いのため正常な運転ができず、自車を同女の自転車に接触させ、自転車もろとも同女を路上に転倒させたこと、原告は同女の自転車を追越す際「カスツ」という音がしたのを聞いて異変を感じ、やや減速して、後方を振り向いたところ自転車が見えなくなつていたので、右自転車に接触し、自転車に乗つていた少女を負傷させたかも知れないという懸念を持つたが、それにかまわずそのまま速度をあげて逃げ出し、追跡してきた松嶋良晴運転の自動車の進路を妨害するなどして進行したこと、原告はその後約五、六キロメートル進行した地点でいよいよ眠気ががまんできなくなり国道脇の旧国道に自動車を入れて停車し仮眠中に警察官に発見されたこと、および原告は同年四月二四日の捜査官の弁解録取書作成の段階から捜査官および聴聞担当係員に対し一貫して自分の措置義務違反の事実を認め、右措置義務違反を含む略式命令にも不服申立をしなかつたこと(略式命令が確定したことは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する<証拠省略>は後記のとおり信用し難い。右事実によると、原告は酒に酔つていたとはいえほぼ正常な判断能力を保持していたものでその事故の発生を少くとも未必的には認識しながらあえて停車して負傷者の救護に当るなどせずに逃走したことが認められ、原告には法七二条一項前段の違反行為のあつたことが明らかである。
もつとも、原告の本人尋問の結果中に当時酩酊状態でよく覚えていない旨の供述があり、<証拠省略>にもそれに添う原告の供述録取部分があるけれども事故発生前から事故発生後の原告の一連の行動、とりわけ相当長距離を高速度で安全に運転していること、事故に対する対処の仕方について不自然な点のないことや捜査官に対する供述内容等を検討すると、原告本人尋問の結果中の右供述部分および<証拠省略>中の右原告の供述録取部分は措信し難い。また原告本人尋問の結果中に警察官による取調べを受けた際意に添わない供述をし、その内容の調書(<証拠省略>)が作成された趣旨の供述部分があるけれども、右<証拠省略>によると原告本人尋問の結果中の供述内容も結論的には右各供述調書の内容と異なるものではなく、右各各供述調書の内容は原告の酒酔いによる思い違いや、記憶の明確でない部分があるにしても大筋において事実に添つたもので、原告の意に反した供述を記載内容とするものとは認められないので本件証拠として十分評価し得るものである。
なお、確定した刑事裁判に反することを別な行政訴訟で主張することは許されない旨の被告の主張は、刑事訴訟と行政訴訟は訴訟の目的や対象を異にし、行政訴訟において刑事裁判の結果と異なる主張をすることも許されると解されるから右被告の主張を当裁判所は採用しない。
三 処分手続における瑕疵の有無
被告の主張2(一)のうち、昭和四九年四月二六日原告が被告主張どおりの運転免許仮停止処分を受けたことは当事者間に争いがない。そして<証拠省略>によると同日稚内警察署長から道警旭川方面本部長に対し電話でその旨報告があつたので、同本部長は原告の違反事実が運転免許の取消処分事由に該当するものと判断して旭川方面公安委員会の行う許可、認可その他の行政処分等の代行規程に基づいて直ちに原告に対し同年五月九日午後一時右公安委員会で聴聞を行うことを決定してその旨稚内警察署に電話で指示したこと、ところが稚内警察署員が右指示を聞き違えて原告に対する聴聞通知書に聴聞期日を同月一三日午後一時と記載してこれを交付したこと(原告は右聴聞通知書の交付を受けたことは当事者間に争いがない。)が認められ、その後被告主張どおりの聴聞期日の変更の経緯があつたことおよび同2(二)、(三)の事実は当事者間に争いがない。なお<証拠省略>によると、作田が原告に対し電話で聴聞期間変更の連絡をした際運転免許証を仮停止期間満了により返還すると告げたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>はにわかに措信できない。
1 そこで運転免許取消手続に瑕疵があつたか否かについて検討する。
(一) 原告は、聴聞通知は被告に運転免許証と仮停止通知書が送付された後にすべきものであるのに稚内警察署長のした仮停止処分と同時になされているのは違法である旨主張するが、道路交通法(以下法という。)の該当条文である法一〇三条の二、一〇四条等を対比しても両者に原告主張のような法律上の先後関係があるとは解されないので、この点に関する原告の主張自体理由がなく、前記認定事実のもとでは被告の原告に対する聴聞通知に違法な点は見当らない。
(二) 原告は、聴聞通知は文書でなさるべきところ原告への聴聞期日は変更されたのにその旨の文書による通知がなかつたので手続に違法がある旨主張する。そして法一〇四条一項を受ける同施行令三九条一項には処分をしようとする理由並びに聴聞の期日及び場所の通知は文書によるべき旨の規定があるところ、右法令において聴聞を行う場合に処分しようとする理由・期日・場所の通知を文書ですることを要求しているのはその通知を確実にし、その内容を明確にして被聴聞者の権利擁護に資することにあるものと解される。本件においては被告が原告に対し昭和四九年四月二六日一旦文書をもつて聴聞の理由、日時、場所を記載した通知書を交付したのであるがたまたま期日に誤記があつたためその点だけを同年五月九日、一週間後の同月一六日に変更し、即日その旨電話で原告に通知したことは当事者間に争いがなく、右認定事実によると、右聴聞につき全く文書による通知を欠いた場合ではなく、処分しようとする理由、聴聞場所についてはすでに文書で通知され、変更された聴聞期日についてのみ文書で通知されなかつたことになる。そこで聴聞期日を変更した場合その通知を文書によらずになすことが許されるかどうかについて考えてみるに被聴聞者が正当な理由がなく聴聞期日に出頭しない場合には聴聞を行わないで処分できることになつているのである(法一〇四条五項)から右法令の趣旨からすると期日変更の場合の通知も文書によることを要するものと解すべきである。そうすると右聴聞期日変更通知の方法に瑕疵があつたものといわなければならない。しかしながら本件においては、原告は変更された聴聞期日を電話で通知され、同期日に聴聞場所へ出頭して異議なく聴聞を受けたことは当事者間に争いがないところ、すでに処分しようとする理由、聴聞の場所が文書によつて原告に通知されているので原告が聴聞期日に出頭して聴聞を受けた以上原告にとつて右通知方法に瑕疵があつたとしても何ら不利益を受けることがないのであるから右通知方法の瑕疵は治癒されたものというべきであり、結局原告の右主張は理由がないことになる。
(三) 原告は聴聞通知書には聴聞理由として措置義務違反の点は記載されていなかつたからその点への聴聞は違法である旨主張するので検討する。<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、聴聞通知書には処分しようとする理由として「 年 月 日、道路交通法に違反した事実( )」という形で不動文字が掲記されており、空白欄に道路交通法違反の日時を記入し累積点数によつて処分されることから括弧内に代表的な過去の違反事実等を例記することになつており右聴聞通知書にも空白欄に右違反日時を記入したうえ原告に交付されたことが認められ(括弧内に具体的な違反事実ことに措置義務違反の事実が記入されたかどうかは明らかでない。)、他に右認定を左右する証拠がない。ところで聴聞通知において処分しようとする理由となつている事実をあらかじめ知らされることは被聴聞者の弁解や他の有利な証拠の提出のためにも極めて重要なことであり、聴聞通知書によつて如何なる事実が処分しようとする理由とされているかが明らかでなければならないところ、本件の場合には一回の交通事故を対象とするものであり右聴聞通知書に昭和四九年四月二四日の道路交通法違反の事実という記載があつて本件交通事故をめぐる一連の道路交通法違反の事実を指すものと通常理解できるのであり、また<証拠省略>によると原告も右一連の事実について聴聞を受けることを予定して右聴聞に臨んだことが認められるので、右聴聞通知書の記載をもつて右一連の道路交通法違反の事実を特定しているものといえるから右聴聞通知書に具体的に措置義務違反の事実が記載されていなかつたからといつてそれを処分しようとする理由に入れていないものとみるべきものではない。そうすると被告が原告に対し措置義務違反の点について聴聞し、その事実を処分理由としたからといつて本件運転免許証取消処分の手続について瑕疵があつたものとはいえず、原告の右主張は理由がない。
そして右運転免許証取消処分手続については、他に右処分を取消すべき瑕疵も見当らない。
四 結論
そうすると原告の本訴請求は理由がないことになるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷喜仁 竹江禎子 有吉一郎)