旭川地方裁判所 昭和50年(行ウ)2号 判決 1981年3月19日
原告 向井花枝 外四名
被告 国
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告らの申立
1 被告は、原告向井花枝に対し、金八六〇万円、同向井壽康、同安多裕美子、同安井啓恵子、及び同向井孝枝に対し、各金四三〇万円、並びにこれらの金員に対する昭和五〇年一一月二九日より右支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告の申立
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
2 本案に対する答弁
主文同旨の判決。
被告敗訴の場合、仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 本案前の抗弁(被告)
本件訴えは、訴外北海道知事に対する農地買収無効確認請求訴訟との関係で、行政事件訴訟法一三条による関連請求事件として、これに追加的に併合提起されたものであるところ、右農地買収無効確認請求の訴えは結局不適法として却下されたものであるから、これと関連請求にかかる本件訴えもまた不適法として却下さるべきである。
二 請求原因(原告ら)
1 原告らの先代である訴外亡向井次郎吉(原告ら訴訟承継前の原告、以下亡次郎吉という)は、別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という)を所有していたが、被告の行為に起因する左記事由によりその所有権を喪失した。即ち
(一) 本件土地については、被告が亡次郎吉から昭和二六年三月二日自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条に基づく買収処分(以下本件買収処分という)に基づき、所有権を取得したものとして、被告(ただし農林省名義)に対する同四〇年八月一七日付所有権移転登記がなされ、さらに本件土地を北海道上川郡神楽町字神楽岡一三番原野四反三畝歩と表示して合筆のうえ、被告から訴外国木信勝へ売り渡され、同訴外人につき同月一九日付所有権保存登記が、その後同訴外人から同四五年四月二五日訴外道北振興株式会社(以下訴外道北振興という)へ売り渡されて、その旨同月二七日付所有権移転登記がなされ、同訴外会社は本件土地に他の土地を合筆した後、これを細分化して分筆し、一部保留したうえ別表掲記の訴外旭川市外一一名にこれらを売り渡して、その旨の所有権移転登記をなしたため、本件土地は同表掲記の各地番の土地ないし土地部分(同表掲記の地積部分)に細分化されている状況にある。
(二) しかしながら、本件買収処分は左のとおり不存在若しくは無効であり、亡次郎吉から被告への右所有権移転登記は、実体を伴わない無効な登記であり、被告はその所有権を取得し得ない無権利者である。
(1) 本件買収処分は形式的にもなされた形跡がない。
(2) 仮にそうでないとしても、本件買収処分手続には、左のとおり重大かつ明白な瑕疵があるので、無効である。
(I) 本件買収処分当時、本件土地の現況は山林であり、自創法三条所定の買収の対象となる農地ではなかつた。のみならず、
(II) 本件買収手続において亡次郎吉に対し、買収令書の交付及び買収代金の支払がなされていない。
なお、原告らは、被告が当初、買収令書の不交付の点につき、これを自認しながら後にこれを撤回したことに異議がある。
(三) 訴外国木信勝は昭和四〇年八月、前記のとおり被告から本件土地を買い受けて同月一九日引渡を受け、爾来所有の意思をもつて占有をなし、その占有の始め、被告が真実本件土地の所有者であると信じ、かつそのように信じるにつき過失なく、その後も前記のとおり各買受人が所有の意思をもつて本件土地を順次占有し、その占有が別表記載の訴外旭川市外一一名まで連綿と承継されて、一〇年を経過した時点である同五〇年八月二〇日に至り、同訴外人らに本件土地の各部分の所有権を時効取得され、亡次郎吉は本件土地の所有権を喪失した。
2 亡次郎吉が本件土地所有権を喪失するに至つたのは、そもそも被告のためになした、訴外北海道知事による不法な本件買収処分に起因するものというべく、かつ被告において本件土地を不法に売却した事にも起因するものであり、被告は民法七〇九条若しくは国家賠償法一条により、これによつて被つた亡次郎吉の損害を賠償すべき責任がある。
3 亡次郎吉は被告の前記不法行為により、本件土地の評価額(本件土地所有権につき取得時効完成日である昭和五〇年八月一九日当時のもの)金二、五八〇万円相当の損害を被つた。
4 亡次郎吉は、昭和五一年一二月一五日死亡したので、同人の妻である原告向井花枝において三分の一、いずれも同人の子である同向井壽康、同安多裕美子、同安井啓恵子、及び同向井孝枝において各六分の一宛の、右損害賠償請求権を相続により承継取得した。
5 よつて、原告らは、被告に対し、民法七〇九条若しくは国家賠償法一条に基づき、原告らの申立のとおりの各損害金、及びこれに対する損害発生日の後である、昭和五〇年一一月二九日より右支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求原因に対する認否(被告)
1(一) 請求原因1の冒頭の事実のうち、亡次郎吉が従前本件土地を所有していたことは認める。
その余の事実は否認する。
(二) 同(一)の事実のうち、訴外道北振興が訴外旭川市外一一名に売り渡したとの点は知らない。本件買収処分が自創法三条に基づくものであること、被告に対する所有権移転登記年月日が昭和四〇年八月一七日であるとの点は否認する。
本件買収処分は自創法三〇条に基づくものであり、被告に対する所有権移転登記年月日は、昭和二六年七月二四日である。
その余の事実は認める。
(三) 同(二)の事実のうち、本件買収処分が形式的にも不存在であるとの点は争う。
その余の事実は否認する。
なお、亡次郎吉が、本件買収処分手続において買収令書の交付を受けていないとの点について、被告は当初これを認める旨陳述したが、右自白は真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから撤回する。
(四) 同(三)の事実のうち、訴外旭川市外一一名が同道北振興から原告ら主張の各土地ないし土地部分の占有を承継し、結局同訴外人らにおいて細分化した本件土地の各部分を時効取得したとの点は知らない。
亡次郎吉が本件土地所有権を原告ら主張の経緯で喪失したとの点は否認する。
その余の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
仮に、本件土地が第三者に時効取得され、亡次郎吉が本件土地の所有権を喪失したとしても、それによる損害と、被告の本件買収処分及び本件土地の売渡処分との間には、何ら相当因果関係がない。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実のうち、原告らがその主張のとおり亡次郎吉の相続人であることは認める。
その余の事実は否認する。
5 同5は争う。
四 抗弁(被告)
1 訴外旧神楽村農地委員会は、昭和二二年一〇月頃美瑛川改修工事による河川敷となる農地の代替地を確保し、農地に開発して農業上の利用を増進するため、本件土地を自創法三八条一項、三〇条により未墾地として買収計画を立て、同二四年四月一二日同法所定の方法で同村役場において公告し、二〇日間の縦覧に供した後、訴外北海道農地委員会から該計画の承認を受け、訴外北海道知事は自創法三〇条により、同二六年三月二日本件土地につき、買収処分をなし、同日付の買収処分令書が同月一三日頃訴外旭川市農地委員会へ送付され、その頃同訴外委員会を通じて亡次郎吉に対し、郵便により送達された。
ところが亡次郎吉は買収対価の受領を拒絶したので、訴外北海道知事は、同年五月二四日旭川地方法務局に対し、該買収対価を弁済供託した。
なお、右弁済供託の原因は、被買収者である亡次郎吉が住所不明であることを事由としていることとなつているが、該記載は当時事務担当者が錯綜する事務処理に当り、誤つて被買収者が住所不明の場合に使用されるべき用紙を、そのまま流用した手続上の手違いによるものであり、その供託原因は亡次郎吉の受領拒絶である。
そして右手続上の瑕疵は、右弁済供託の効力に影響を及ぼさないものというべきである。
2 仮に、本件買収処分が無効であるとしても、亡次郎吉は、本件買収処分を、その処分時頃、或いは遅くとも昭和三五年頃までに知悉していた筈であり、その後本件土地が開墾され、宅地造成されるなどして、高い交換価値を有する土地に変貌するに至り、その間本件土地の直近に他の土地を有して本件土地の状況を十分考察していながら、何らの法律的手段を講ずることなく長年月経過した時点において、本件訴訟を提起し、本件土地の所有権を主張して本件買収処分の無効を主張するのは、信義則に反し権利の濫用というべく許されない。
3 また仮に本件買収処分が無効であるとしても、亡次郎吉は加害行為がなされたものと見るべき、本件買収処分時である昭和二六年三月二日、若しくは、被告に対する所有権移転登記時である同年七月二四日から本訴提起に至るまで、二〇年を経過することにより除斥期間が満了し、これに基づく損害賠償請求権は消滅し、これを行使し得ない。
五 抗弁に対する認否(原告ら)
1 抗弁1の事実は否認する。
本件土地については、訴外旧神楽村農地委員会において買収決議も存在しないうえ、買収令書の交付及び対価の支払もなされていない。
2 同2の事実は否認する。
亡次郎吉が、本件買収処分の存在する旨の事実を聞知したのは、昭和五〇年六・七月頃であり、それ以前においては右事実の存在することを全く知らなかつた。
3 同3の事実は否認する。
民法七二四条に定める除斥期間については、本件土地につき前記のとおり訴外旭川市外一一名による取得時効が完成した、昭和五〇年八月二〇日をもつて起算点とすべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 (被告の本案前の抗弁について)
行政事件訴訟において、関連請求に係る訴訟が併合して提起された場合、当該行政事件訴訟が不適法であり、併合の要件を欠いているとしても、併合提起された関連請求訴訟について、他の訴訟要件を具備している限り、これを独立の訴えとして取り扱うのが相当であり、かつ訴訟経済の要請にも合致するものというべきである。そして、関連請求に係る訴訟が当初から併合されている場合と、追加的に併合された場合とで、原則として別異に取り扱うべきものではないといわなければならない。本件訴えは、関連請求に係る訴訟として、訴外北海道知事に対する農地買収無効確認訴訟に、追加的に併合提起されたものであり、右農地買収無効確認請求の訴訟が、不適法として却下されてはいるが、本件訴えは独立の訴えとしても、何ら訴訟要件に欠けるところがないから、被告の本案前の抗弁は理由なく失当というべきである。なお、本件訴えは、右農地買収無効確認請求訴訟との関係において、関連請求に係る訴えとして、これと当初から原始的に併合提起された、被告に対する所有権移転登記抹消登記手続請求の訴えの、予備的請求として追加的に提起されたものであり、その後、右所有権移転登記抹消登記手続請求の訴えは、取下によつて終了したが、本件訴えの提起(訴えの追加的変更)により、著しく訴訟手続を遅滞させるに至つたものとも認められない。
二 (本件買収処分及びその手続の有無について)
1 亡次郎吉が従前本件土地を所有していたことについては当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙第一、第二、第九、第一〇号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第二三、第二四号証、並びに証人中嶋洋典、同小山内宏、同上嶋康夫の各証言、及びこれらにより乙第六号証の原本の存在、並びに真正に成立したものと認め得る乙第三ないし第六号証、第三〇号証、第三一号証の一、二、証人波野久幸、同白井猛の各証言、原告向井壽康本人の尋問の結果(ただし証人白井猛、及び原告向井壽康本人については、後記措信しない供述部分を除く)を総合すると、訴外旧神楽村農地委員会は、昭和二二年一〇月頃、本件土地を含む一帯約二五町八反余の山林が、肥沃で農耕地に適していることに着目し、加えてこれらの山林が縁辺の畑作物の日陰となり、或いはこれに跋扈する鳥獣による被害が多発して、附近農民の怨嗟の的となつていることを憂慮し、さらに同年八月中旬頃、近くを流下する美瑛川が氾濫して附近沿岸一帯に水害を発生せしめたことから、その治水工事のため、農地を潰廃地となす必要に迫まられたことによる代替農地の供給をなす必要が生じたことなどから、自創法三八条一項、三〇条により本件土地、及び附近の山林を未墾地として買収する旨の計画を樹立し、昭和二四年二月一九日、上川支庁管内未墾地適地選定審議会において、その旨の承認を経たうえ、同月二一日開催の第五回訴外旧神楽村農地委員会において右買収計画の承認が報告され、次いで訴外旧神楽村役場において自創法所定の方法により、昭和二四年四月一二日から右買収計画の公告がなされ、右買収計画を二〇日間に亘り関係人の縦覧に供したこと、なお、亡次郎吉と共に同時に被買収者とされた訴外旭川市、黒川栄作、寒川喜八らから、その頃右買収計画に対して異議の申立がなされ、いずれも訴外旧神楽村農地委員会においてこれを却下していること、その後訴外北海道農地委員会は右買収計画に承認を与え、訴外北海道知事が自創法三〇条に基づき本件土地につき昭和二六年三月二日付をもつて買収処分をなし、同日付亡次郎吉に対する買収令書を発付して、その受領証用紙、及び買収対価の支払手続に要する委任状用紙を添付のうえ、同月一三日頃、亡次郎吉の住所地を管轄する訴外旭川市農地委員会にこれを送付し、同訴外委員会がその頃亡次郎吉に対し、該買収令書及び右添付の二葉の用紙を、郵便により送付していることが推認されること、そして訴外北海道知事はその後亡次郎吉が本件土地の買収対価支払手続に要する委任状の送付をすることなく、これに応じなかつた事から亡次郎吉の受領拒否を理由に、昭和二六年五月二四日、右買収対価金一、六五九円を、旭川地方法務局に弁済供託し、かつ同年七月二四日同法務局に対し、本件土地につき自創法三〇条に基づく本件買収処分を原因とする被告(農林省名義)への所有権移転の登記嘱託(ただしその嘱託書において、登記原因を自創法三条と誤記しているが、本件買収処分は同法三〇条に基づくものであること前記認定のとおりであり、事務担当者の過誤に基づくものと思料される)をなし、同日付その旨の登記(ただし登記原因において、自創法三条の規定による買収とあるのは、自創法三〇条の規定による買収とすべきところ、右登記嘱託書の誤記載に起因するものと思料される)がなされたものであることなどの諸事実が認められ、証人白井猛の証言、及び原告向井壽康本人尋問の結果のうち、右認定に反する供述部分は前顕その余の証拠に対比して措信し難く、原告らの主張に副う甲第一五号証(亡次郎吉の生前、同原告が亡次郎吉の供述を録取した書面)も、その内容である供述が同様措信し難く、結局同号証は原告らの主張を肯認する証拠力なく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 なお前顕証拠によれば、亡次郎吉は、永年その住所である旭川市三条通一一丁目右七号に居住し、同人に対する右買収令書の住所も「右七号」の記載が欠落している外はこれと一致していること、本件土地の買収処分による訴外北海道知事の登記嘱託には、買収令書及び同受領証の各謄本を添付してなし、旭川地方法務局はこれを受理して審査した後、これらの添付書面を返還していること、亡次郎吉は昭和二六、七年頃、訴外波能久幸に対し、本件土地の買収対価が低額に過ぎる旨の不満を述べ、その頃本件買収処分を知悉していたことなどが認められ、これらの事実から、本件土地につき、亡次郎吉に対する買収令書の送達手続は、適正になされたことを肯認し得る。
さらに前顕証拠によれば、被告は本件土地の買収対価を供託するに際し、その事務担当者において、供託金受取人である亡次郎吉につき、その住所を明記しながら、供託受取人が住所不明の場合に使用さるべき印刷した供託用紙を、何ら訂正することなくそのまま使用し、供託したことが認められるが、該手続は事務上の過誤であることが窺われ、この点の過誤は亡次郎吉の前記受領拒絶の態度から、実質右供託の原因が債権者である亡次郎吉の受領拒絶を事由とするものと見るべく、債権者の所在不明による受領不能を事由とするものとは認め難いから、この点の過誤は右供託の効力に影響を及ぼさないものと解すべきである。
次に被告は、亡次郎吉に対する右買収令書の交付がなされていない旨の原告らの主張につき、当初これを自認する旨陳述し、後に該自白を撤回して、これらの手続がなされた旨述べている点については、前記認定のとおり、右手続が適正になされていることが認められ、右自白は真実に反し、かつ、被告の錯誤に基づくものと認め得るから、被告の右自白の撤回は、許容されるべきものである。
3 以上のとおりであるから、訴外北海道知事は、本件土地の買収処分をするに際し、自創法関係法令の定める手続を履践したうえ、昭和二六年三月二日、同法三〇条に基づき、本件土地を適法に買収したものというべく、本件買収処分及びその手続には、重大かつ明白な瑕疵はなく、亡次郎吉はこれによつて本件土地所有権を喪失したものといわなければならない。
三 よつて、原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく、理由なく失当というべきであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 相良甲子彦 田中俊夫 原田保孝)
物件目録及び別表<省略>