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旭川地方裁判所紋別支部 平成18年(ワ)75号 判決 2007年8月10日

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原告

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同訴訟代理人弁護士

大窪和久

東京都千代田区大手町1丁目2番4号

被告

プロミス株式会社

同代表者代表取締役

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同訴訟代理人弁護士

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主文

1  被告は,原告に対し,金225万5277円及び内金197万8994円に対する平成18年9月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を,内金15万円に対する平成18年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを6分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金270万3745円及び内金208万3186円に対する平成18年9月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を,内金39万4500円に対する平成18年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要及び前提となる事実

1  本件は,原告が,継続的に金銭消費貸借取引のあった被告に対し,①その取引において,利息制限法所定の制限利率を超えて利息を支払ったとして,不当利得返還請求権に基づく過払金の返還,②被告が民法704条の悪意の受益者に該当するとして,同条前段に基づき商事法定利率年6分の法定利息の支払,③被告が原被告間の取引履歴の一部を開示しなかったことは不法行為に該当するとして損害賠償の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実

当事者間に争いのない事実,証拠上明らかに認められる事実及び当裁判所に顕著な事実は,以下のとおりである。

(1)  被告は,無担保・小口の貸付を主要な業務内容とする貸金業者である。

(2)  取引経過

原告は,被告との間で,遅くとも昭和58年7月6日から平成18年9月17日までの間,別紙計算書「年月日」欄記載の年月日に,同「借入金額」欄記載のとおり,被告から金員の借入れを行い,また,これに対する弁済として,被告に対し,同「弁済額」欄記載のとおり金員を支払った(以下「本件取引」という。また,昭和58年7月6日から昭和61年7月4日までの取引を「第1取引」と,平成6年6月2日から平成18年9月17日までの取引を「第2取引」という。)。

(3)  取引履歴開示についての経緯

ア 原告代理人は,平成18年11月14日,被告に対し,同月28日までにすべての取引履歴を開示することを求めた(甲1)。

イ 被告は,同月28日ころ,原告代理人に対し,昭和58年7月6日から平成18年9月17日の間の取引履歴を開示し,それ以前の取引履歴についてはコンピューターに記録がない旨を返答した(甲2の1ないし4)。

ウ 原告代理人は,平成18年12月8日,被告に対し,昭和58年7月6日以前の取引履歴の開示を求める債権再調査依頼書を送付した(甲3)。

エ 原告は,平成18年12月25日,本件訴訟を提起した。

オ 当裁判所は,平成19年4月27日,昭和58年7月5日までの原被告間の取引について記載のある商業帳簿,契約書面等の提出を命ずる文書提出命令決定(以下「本件文書提出命令」という。)を行ったが,被告は,その後も上記文書を提出しなかった。

第3争点及び当事者の主張

1  第1取引による過払金発生後になされた第2取引に基づく借入金債務に,第1取引による過払金が充当されるか。

(1)  原告の主張

ア 第1取引も第2取引も,契約の目的は被告からの継続的な金銭の借入れであり,返済方法等の借入れの条件も同じである。また,被告などの消費者金融業者からリボルビング方式で借入れを繰り返すという取引では,一般消費者に対する無担保の小口貸付であり,多くの場合,日常生活における資金需要をまかなうために利用されていることからして,顧客が一旦全額の弁済を終えた後に再び借入れを行うことは少なくない。また,被告などの消費者金融業者と顧客との基本契約書には,借入れの極度額が設定されているのが通常であり,かつ「自動更新条項」が設けられており,基本契約は積極的な解除がなされない限り継続される。消費者金融業者は,借入条件の変更の際に契約書を作成させるが,その場合でも同様の取引を続けることを前提にしている。さらに,借主は,基本契約の内容が変わったとしても,新たなリボルビング方式の契約に基づいて貸付を受ける際に,完済前の基本契約の取引による過払金の返還を求めた上で,差額についてのみ貸付を受け,新規借入額をできるだけ減らそうと考えるのが借主の通常の意思であり,貸主もこれを拒む理由もないというべきである。

したがって,第1取引と第2取引は一連一体のものとして充当計算を行うべきである。

イ 仮に,基本契約は別個であったとしても,消費者金融業者からリボルビング方式での借入れを繰り返すという取引では,顧客が一旦全額の弁済を終えた後に再び借入れを行うことは少なくなく,貸金業者も完済後の新たな契約を想定して新規顧客につき将来にわたり貸し倒れにならないか否かを審査し,顧客に顧客番号を付して一元管理をした上で取引を行うなどし,一旦完済後の貸付の際にも,貸金業者は管理する従前の取引に関する情報をもとに貸付を行っている。そうすると,第1取引の貸付時にも第2取引の貸付が想定されていたといえる。

したがって,第1取引と第2取引が基本契約を異にするとしても,充当を認めるべきである。

(2)  被告の主張

原被告間では,昭和58年7月6日から昭和61年7月4日までの取引(第1取引)と,平成6年6月2日から平成18年9月17日までの取引(第2取引)が存在しており,第2取引は,第1取引終了から約8年が経過した後に開始されていることから,別個の取引である。また,第1取引の際に第2取引の貸付が想定されてはいない。

したがって,第1取引による過払金が第1取引の終了当時に存在しない債務の弁済に充当されることはない。被告としては,第2取引に際し,第1取引に基づく過払金返還債務との相殺や充当を予定して貸付をしたものではない。また,基本契約自体が別個の場合には,これを一連一体として評価しなければ信義則に反するということはない。さらに,原告が第1取引による過払金返還請求権と第2取引に基づく貸金返還債務とを相殺したいと考えるのであれば,その時点で相殺の意思表示をすれば足りるが,そのような意思表示はなされていない。

2  消滅時効の成否

(1)  被告の主張

過払金返還請求権は,原告による返済の都度発生し,そのときから消滅時効期間が進行する。前記1(2)のとおり,第1取引と第2取引はそれぞれ独立しているところ,第1取引は,本訴訟提起の時点でその終了から既に10年が経過しており,当該取引によって発生する過払金返還請求権は,既に消滅時効が完成しているから,これを援用する。

(2)  原告の主張

前記1(1)のとおり,第1取引と第2取引は一体のものであるから,被告の主張は失当である。

3  悪意の受益者(民法704条)の該当性

(1)  原告の主張

被告は,利息制限法所定の制限利率を職務上知っていたはずの貸金業者であり,利息制限法は強行法規であるから,同法所定の制限利息を超える利息を受け取った貸金業者はそれを受け取った時点で悪意の受益者にあたるというべきである。

被告は,いわゆるみなし弁済が成立すると信じていたから悪意の受益者にはあたらない旨を主張するが,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条の要件事実を充足するような適法な要件を具備した書面を原告に交付し,その書面の写しを保管し,訴訟において疎明できるほどに整えていない限り善意ということはできない。

(2)  被告の主張

被告は,本件の利息を受領した当時,貸金業法所定のいわゆるみなし弁済が成立するものと信じていた。すなわち,最高裁判所平成16年2月20日判決により支払の任意性が否定される以前は,いわゆる緩和説が実務を支配しており,被告もこれに従い,みなし弁済の各要件を充足できていると信じていたのであり,悪意の受益者にはあたらない。

4  被告が悪意の受益者にあたる場合,民法704条前段所定の利息の利率

(1)  原告の主張

被告は商人であって,利息制限法に違反して得た利得物を新たな貸付原資とし,営業のために使用して多大な運用利益をあげたことは明らかである。不当利得制度の趣旨が,公平の見地から受益者が不当に得た利息を返還させる点にあることに鑑みても,その利率は少なくとも商事法定利率である年6分とすべきである。

(2)  被告の主張

悪意の受益者が付すべき民法704条前段所定の利息の利率は,民法所定の年5分と解すべきである。

5  不法行為の成否及び損害額

(1)  原告の主張

ア 貸金業者の取引履歴不開示行為は信義則上の取引履歴開示義務に違反し,不法行為に該当する。

前記第2,2(3)記載のとおり,被告は,取引履歴の開示が可能であったにもかかわらず,訴訟提起後に至っても取引履歴の一部を開示しない。かかる被告の行為によって,原告の債務整理手続は大幅に遅滞し,その間,原告は,弁護士に依頼したにも関わらず,債務整理の結果を判断することができず,訴訟提起をやむなくされた。

イ 以上の事情によれば,慰謝料としては,30万円が相当である。また,原告は,本訴訟を提起するため,弁護士に依頼せざるを得なくなった。その弁護士費用としては9万4500円が相当である。

(2)  被告の主張

ア 原告が主張する昭和58年7月5日までの文書は,原本又は控えのいずれも破棄され,また,コンピューターが導入される以前であったため,被告は保存していない。したがって,不法行為にはあたらない。

イ また,被告は,原告代理人からの平成18年11月14日付けの取引履歴開示の請求に対して積極的に協力しており,また,原告は,上記取引履歴開示の請求から約40日後に本件訴訟を提起しているのである。したがって,被告は,長期にわたり取引履歴を開示しなかったり,誠意ある対応を示さなかったりということはないし,原告の債務整理手続が大幅に遅滞したことはない。

第4争点に対する判断

1  争点1について

(1)  前記前提事実,証拠(乙3,6)及び弁論の全趣旨によって認められる事実を総合すると,以下の事実を認定することができる。

ア 原告は,昭和58年7月6日より前に,被告との間で第1取引を開始したが,これば利用限度額の範囲内で反復継続して借入れと弁済を繰り返すという継続的な金銭消費貸借契約であり,契約は2年毎に借入期間の更新により自動継続され,返済期限も借入期間の翌日に更新すること,借入期間及び返済期限は,被告が必要と認める場合にはいつでも被告において終了することができることが合意された。

イ その後,原告は,昭和61年7月4日に債務を完済した後,平成6年6月2日に被告との第2取引を開始した。これも,利用限度額の範囲内で反復継続して借入れと弁済を繰り返すという継続的な金銭消費貸借契約であり,契約期間は2年間であるが,期間満了日の30日前までに当事者の一方から別段の意思表示がないときは,さらに2年間契約を自動継続できること,期間満了日の30日前までに当事者の一方から自動継続を行わない旨の申し出がなされた時は期間満了日をもって契約は終了することが合意された。

(2)  前記認定事実によれば,第1取引に係る契約は,原告が債務を完済した後も自動継続されていたものと認められ,これに反する証拠はない。そして,第1取引も第2取引も利用限度額の範囲内で借入れと弁済を繰り返すという継続的な金銭消費貸借契約であることからすれば,いずれの取引も同一の基本契約に基づく一連の取引であると認めることが相当である。なお,第2取引開始時に新たな契約書(乙3)が作成されているものの,これは,毎月の元金の返済額等について従前の契約条件を一部変更し,長期間にわたる基本契約の内容を改めて明確にするために作成したものと解するのが相当であり,このような場合に契約書を新たに作成することは継続的な契約においては十分に考えられるのであるから,上記認定を左右するものではない。

また,仮に第1取引と第2取引が同一の基本契約に基づくものであるとは認められないとしても,第1取引と第2取引は,契約条件の一部については変更があるものの,いずれも限度額の範囲内で借入れと弁済を繰り返す継続的金銭消費貸借であり,その契約の形態は同一のものであること,被告などのいわゆる消費者金融業者を利用する顧客が一時的に取引を中止し,その後に再開させるということは少なくなく,被告においてもこのような利用形態を認識し,契約にあたっていわゆる自動更新条項を定めていることが推測されるところ,一旦完済した後一定の期間をおいてから借入れを再開した場合でも,第1取引と第2取引を通じて,一つの基本契約が締結されているのと同様の借入れや弁済が繰り返されているものと評価するのが相当である。

(3)  以上のとおり,第1取引と第2取引が一体の取引であることからすれば,第1取引による過払金発生後になされた第2取引に基づく借入金債務に,第1取引による過払金を充当することが当事者の意思に合致するものと解すべきであり,被告の主張は採用できない。

2  争点2について

前記1のとおり,第1取引による過払金発生後になされた第2取引に基づく借入金債務に,第1取引による過払金が充当されるとすれば,過払金返還請求権の消滅時効は,本件取引を通じて最終の借入れが行われた時点から進行するものと解するのが相当である。

したがって,消滅時効期間が経過しているとの被告の主張は理由がない。

3  争点3について

前記第2,2記載の前提事実によれば,被告が原告から弁済を受けた際,利息制限法所定の制限利率を超過していた事実が認められるところ,その制限利率を超えて支払われた利息金が元本に充当され,元本が完済された後の弁済について,貸金業者である被告は,法律上の原因がないことを知りながらこれを受領したものと推認できるから,悪意の受益者に該当すると認められる。

この点,被告は,みなし弁済が成立しないことを認識していなかったから悪意の受益者には該当しない旨主張する。しかしながら,被告がみなし弁済の要件を充足していることを具体的に立証しない限り,超過部分の支払を有効な利息の債務の弁済とみなすことはできず無効であるところ,本件訴訟において,被告は,貸金業法所定のみなし弁済の要件を充たす書面を交付していた旨を主張するのみで,その他具体的な立証を行っていない上,むしろ,過去の取引履歴の一部を廃棄した旨主張しているのであって,みなし弁済が成立しないことについて悪意であったことが強く推認される。以上によれば,被告は,悪意の受益者に該当すると認められる。

4  争点4について

本件の過払金の不当利得返還請求権は,利息制限法の規定によって生じる債権であって,商行為によって生じた債権ないしこれに準ずるものと解することはできない。したがって,本件において民法704条前段所定の利息の利率は年5分の割合によるのが相当である。

以上によれば,本件取引に基づく過払金は,別紙計算書のとおり過払金元本は197万8994円,未払利息は12万6283円と認められる。

5  争点5について

(1)  貸金業者は,顧客から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなどの特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきであり,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,不法行為を構成するものというべきである。

(2)  この点,前記第2,2(3)のとおり,被告は,原告代理人から取引履歴開示の請求を受けたものの,昭和58年7月6日以降の取引履歴を提出するのみで,それ以前の取引履歴については本件訴訟提起後,文書提出命令を受けても提出しなかったのであって,これは不法行為に該当し,この被告の行為によって,本件の紛争解決が遅延し,原告が本件訴訟提起を余儀なくされ,精神的苦痛を受けたことが認められる。そして,これまでに述べた各事情や,本件訴訟における当事者の主張内容等の事情を総合すると,その慰謝料額としては10万円が相当であると認められる。また,本件事案に鑑みれば,上記不法行為による損害賠償たる弁護士費用としては5万円が相当であると認められる。

(3)  被告は,昭和58年7月6日より前の取引履歴は保管しておらず,商業帳簿等も破棄されているから,開示することは不可能であり,不法行為には当たらない旨を主張する。しかしながら,これらの取引に関する文書は,将来,被告が過払金金額の計算や貸金の返還請求を行うために必要なものであり,また,いわゆるみなし弁済の主張等を行う上でも重要なものであるから,これを破棄することは考えがたい。また,被告は商業帳簿等を破棄した具体的な理由や経緯等について立証を行うことも可能であるのに,この点について何ら立証も行っていない。以上によれば,被告が昭和58年7月6日より前の取引履歴を保管しているものと認めるのが相当であり,被告の主張は理由がない。

また,被告は,前記第3,5(2)イのとおり,本件の経緯からみて,被告が長期にわたり取引履歴を開示しなかったり,誠意ある対応を示さなかったりということはないし,被告の行為によって原告の債務整理手続が大幅に遅滞したことはない旨を主張する。しかしながら,取引履歴は,消費者金融業者の顧客が債務整理を行うにあたって必要不可欠な資料であることからすれば,原告からの開示請求後,合理的期間が経過しても取引履歴の一部の開示を拒絶した被告の行為は不法行為を構成するというべきであり,被告の主張は理由がない。

第5結論

したがって,原告の請求には主文の限度で理由があるからその限りで認容し,原告のその余の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用について民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し,主文のとおり判決する。

(裁判官 池原桃子)

<以下省略>

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