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旭川家庭裁判所 昭和40年(家)1号 審判 1965年4月08日

申立人 下田和男(仮名)

相手方 下田忠男(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

第一、本件申立の要旨

申立人は、「相手方を申立人の推定相続人たる地位から廃除する」との審判を求め、申立の実情として、「申立人は肩書地所在の○○繊維製品商業協同組合に会計主任として勤務し勤務先の事務所の隣室に留守番兼宿直として居住している者であり、相手方は申立人の長男で遺留分を有する推定相続人である。相手方は高校中退後就職したが度々就職先を変えその都度多額の借財を残して父親たる申立人にその尻拭いをさせ申立人の支払つた分は八件約八万円に上つた。昭和三八年九月自衛隊入隊後も申立人の再三の忠告にもかかわらず、浪費癖は改まらず現在判明分だけでも約四万円の借金があり申立人の職務上の信用を失わせる結果となつている。更に相手方は休暇として申立人方に帰宅中の昭和四〇年一月四日午前一〇時三〇分頃上記事務室隣の申立人居室において相手方の妹下田昌子に対し暴言暴行を加えるので勤務先における申立人の信用に対する悪影響を虞れた申立人が静止するように注意したところ今度は申立人に対し半殺しにしてやるといつて頸部を締めあげ右腕を後方へ捻じあげ上あごを突きあげるなど申立人を失神寸前に追いこむほどの暴行を加え、翌五日午前一〇時頃にも同室において来客中にも拘わらず申立人に対し暴行を加え剰え親を半殺しにしても罪にはならぬ、親の財産は自分のものだ浪費するのは勝手だなどと放言した。」と述べた。

第二、当裁判所の判断

申立人等の戸籍謄本によれば、相手方が申立人の長男で遺留分を有する推定相続人であることが認められる。

そこで相手方に推定相続人廃除の原因となるような行為があつたかどうかをみてみるのに、上記戸籍謄本、医師渋田八郎作成の診断書、当庁家庭裁判所調査官補西本栄男作成の調査報告書および当裁判所の申立人、相手方に対する各審問の結果を総合すると、次のような事実が認められる。

一、申立人らの家庭環境性格等

申立人は昭和一九年一月二九日妻伸子と婚姻し両名の間に長男相手方(昭和二〇年一月一八日生)長女昌子(昭和二一年一一月三〇日生)二男正男(昭和二三年九月二六日生)が生まれたが、申立人と妻伸子とは不仲で昭和三〇年一〇月一八日調停離婚し、同年同月二八日再度婚姻したものの昭和三七年五月二日再度調停離婚し、同年一一月一二日三度婚姻したものの現にまた当庁に離婚の調停が係属中である。妻伸子長女昌子二男正男は申立人と同居しており相手方も土曜日曜や休暇には申立人方に帰宅するのであるが、長女昌子は父申立人につき長男相手方二男正男は母伸子について家族全体が一つの家庭内で父方と母方とに分かれて相対立する状態にあり日ごろから双方の間には話し合いの雰囲気はなかつた。

申立人は肩書所在の○○繊維商業協同組合に会計主任として勤務し勤務先の事務所の隣室に留守番兼宿直として居住している者で小心で金銭的に非常にこまかい性格の持主で家計も自ら握つている程であり、相手方は自衛隊員(一士)として肩書地で営内生活をしている者で粗雑で金銭的にルーズな性格の持主であるが、ともに感情的に激し易い性格でもある。

二、相手方の浪費とその申立人に対する影響

相手方は昭和三九年中○○市内の金融業者等から合計四万円近い金員を借受けているが、いずれもその債務者は相手方であり(申立人は保証人にもなつてはいない)、借入れの主たる原因は家庭が面白くなく散財するためであり、支払状況は相手方がその殆んどを自らの給料等で支払つており申立人に立替えで支払つて貰つた分は僅かであり、相手方はこれも申立人に返済することを約している。通観して相手方の所為は浪費とまではいい難いし申立人がそれによつて特段の(つまり通常の親として以上の)迷惑を蒙つたものともみられない。

三、相手方の申立人に対する暴行とその原因等

相手方は昭和四〇年一月四日午前一一時頃上記申立人方で申立人に対し唾を吐きかけたり頭を柱に打ちつけたり首を絞め上げたりするなどの暴行を加えて二週間の通院加療を要する顔頸胸部頭部打撲及び右上肢捻挫の傷害を負わせた。この暴行が本件申立の直接動機をなしている。しかしこの暴行の遠因は上記のような家族間の対立にあり直接原因も申立人の妻伸子と長女昌子とが昌子の大学進学問題で激しい口論をした挙句伸子が昌子の髪の毛をつかんでひつぱり昌子が悲鳴をあげたためこれを聞きつけた申立人が出て来て昌子に味方して伸子に話も聞かずに叱責したので憤激した相手方が伸子に味方して上記暴行に及んだものである。

相手方はこのほかに同年同月五日些細なことから申立人と口論憤激し申立人の顔面を一、二回殴打したこと、昭和三九年八月頃申立人と申立人の妻伸子とが喧嘩をしているのをみて憤激し申立人に唾を吐きかけたことがあるがそれ以外に暴行はない。相手方は勤務先たる自衛隊内では粗暴の振舞なく普通の隊員と異らない。

以上の認定事実のうち二の相手方の所為が推定相続人廃除の原因たる「虐待」「重大な侮辱」又は「著しい非行」のいずれにもあたらないことは明白であるが、三の相手方の所為はその原因等を捨象し暴行の態様程度のみを促えてみれば「虐待」にはあたらないとしても「重大な侮辱」又は「著しい非行」のいずれかにはあたるものといつてよいかも知れない。しかしながら一、三で認定したところから窺えるように相手方は家庭外の対人関係や家庭内でも母や弟に対する関係では協調できることを示しており三の相手方の所為は申立人とその妻の伸子との間の永年にわたる深刻な感情的対立が底流にあつてそれが些細なことを契機として申立人と母を擁護せんとする相手方との間で相互の刺激的言動に誘発され一時的な激情の爆発として表面にあらわれたものとみることができる。しかも申立人と妻伸子とのかかる対立については少くともその責任の一半は申立人に帰せらるべきであり、またこの対立が相手方を含めて子供達の情操にかなりの悪影響を及ぼしていることも否定できない。そうだとすると三の相手方の所為も相手方が一方的に責めらるべきものではなくて申立人が自ら蒔いた種子によるとみられる面が少くなく結局推定相続人廃除の原因たる「虐待」「重大なる侮辱」または「著しい非行」にはあたらないものと解するのが相当である。

よつて、本件申立は理由がないので却下することとし主文のとおり審判する。

(家事審判官 露木靖郎)

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