旭川家庭裁判所 昭和46年(家)228号 審判
〔主文〕不在者の失踪を宣告する。
〔理由〕一、申立人は、主文同旨の審判を求め、その理由として、次のとおり述べた。
(一) 不在者は申立人の長男で、申立人とともに○○市○○に住んで、○○市立○○中学校に通学していた。
(二) 不在者は昭和四五年二月九日午後三時三〇分頃住居近くのスキー場にスキーの練習に行くと云つて家を出たが、同日午後六時頃になつても帰宅せず、同日は夕刻から風雪が強く生命の危険があつたので学校、申立人の勤務先であつた○○△△現業所、警察等各関係機関の人々の協力を得て懸命の捜索をしたが何らの手がかりも得られないまま一年を経過した。
(三) 不在者の消息は現在なお全く不明であるので失踪の宣告を求める。
二 当裁判所の調査結果によれば
(一) 不在者は申立人の長男(末子)で、申立人ら家族とともに○○市○○に住み○○市立○○中学校に通学(一年生)していたが家族との折合も円満で、学校生活にも適応しておりまた、心身ともに健康で、自殺あるいは家出等の原因ないし徴候は何ら認められなかつた。
(二) 不在者は昭和四五年二月九日午後三時三〇分頃自宅近くのスキー場にスキーの練習に行くといつて単身で出かけた。当日は朝からの吹雪の為学校の授業は午前中で終り、午後は自宅に居たのであるが、午後三時三〇分頃一時吹雪がおさまつたので、近く行なわれる予定であつた学校のスキー大会に備えて練習に行くといつて出たものである。
(三) その後再び風雪が強まり夜に入つて猛吹雪になつたが不在者は帰宅しないため、不在者が通学していた学校の職員、警察、申立人の勤務していた○○△△現業所の職員等の協力を得て附近一帯の捜索をしたが発見出来ず、その後○○市ならびに陸上自衛隊の支援を得て同月一五日まで大がかりな捜索を行なつたが、二月九日午後四時半頃○○××建設部横附近で不在者らしい人影を見たという情報以外何らの手掛りも得られなかつた。
また同年四月附近の融雪をまつて再び関係機関の協力を得て捜索を行なつたが遺体は勿論遺留品すら発見出来ず、生死不明のまま現在に至つている。
(四) 不在者が二月九日自宅を出た時の服装は、セーターに学生ズボンをはいた上からヤッケを着ているだけの軽装で特別の防寒具等を着用しておらず、一方当時の気象状況は、二月九日の午後三時以降の最低気温がマイナス7.6度(午後五時)、最大風速が24.5メートル(午後一一時)、二月一〇日の最低気温がマイナス8.8度(午後一二時)、最大風速が20.7メートル(午前三時)で断続的に吹雪模様の天候で地吹雪、瞬間的な風雪の強さなどを考慮すれば、十三歳の少年が前記のような服装で戸外にあれば充分生命に危険のあるものであつた。なお吹雪は昭和四五年二月一〇日午前中まで続き、同日の午後になつて漸くおさまつた。
(五) なお、二月九日から同月一一日までは、吹雪の為○○附近の国鉄は全列車運休、○○航路も全便欠航、○○に通ずる主要道路全部不通で、○○から立去ることは不能であつた。
以上の事実が認められ、この事実によれば、不在者は昭和四五年二月九日死亡の原因となるべき危難にあたる吹雪に遭遇し、その危難が去つた同月一〇日以後一年間その生死が分明でないので、本件申立は理由があるものと認め、公示催告の手続を経たうえ主文のとおり審判する。(不在者が死亡したものとみなされる日 昭和四五年二月一〇日)(西田元彦)