大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川簡易裁判所 平成18年(ろ)75号 判決 2007年3月09日

主文

被告人は無罪。

理由

1  本件公訴事実

被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市<以下省略>所在の○○旭川店1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性(昭和54年○月○日生,当時27歳)に対し,その後を付けねらい,その背後の至近距離から,右手に所持していたデジタルカメラ機能付の携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,上記カメラで同人の臀部をねらうなどの卑わいな言動をした上,約11回にわたり,上記カメラで被服に覆われた同人の臀部等を撮影し,もって公共の場所にいる者に対し,人を著しくしゅう恥させ,かつ,不安を覚えさせるような行為をした。

2  本件の争点

公訴事実に対して,被告人及び弁護人は,被告人が公訴事実の日時場所において被害者を追尾して被害者の後ろ姿の写真を撮影したことは認めるが,次のように主張して被告人の行為は公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(以下「条例」という。)に該当せず,被告人は無罪である旨主張する。

(1)  条例2条の2第1項2号の「衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し,又は撮影すること」とは,衣服等で覆われている衣服等の内側の身体又は下着をのぞき見たり,又は撮影することをいうのである。被告人は被害者の後ろ姿を撮影したものであり,衣服等で覆われている衣服等の内側の身体又は下着を撮影したものではない。したがって,被告人の撮影行為は,条例2条の2第1項2号に該当しない。

(2)  被告人は,被害者の後ろ姿を撮影してはいるが被害者の臀部をねらって撮影したことはなく,条例2条の2第1項4号に該当する公共の場所にいる者に対し,人を著しくしゅう恥させ,かつ,不安を覚えさせるような卑わいな言動をした事実はない。

したがって,本件の争点は,被告人が被害者を撮影した行為が条例2条の2第1項2号及び4号に該当するか否かである。

3  判断の前提となる事実

被告人の公判供述,検察官調書(乙3),警察官調書(乙2),被害者Aの検察官調書(甲5),警察官調書抄本(甲4),目撃者Bの検察官調書(甲7),警察官調書抄本(甲6),解析結果について(回答)抄本(甲2),実況見分調書抄本(甲3)等の関係各証拠によれば,被告人が被害者を撮影した点について,以下の事実が認められる。

(1)  被告人は,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市<以下省略>所在の○○旭川店1階の正面出入口から店内に入ろうとしたとき,被害者が同じ入口の自動ドアから店内に入ろうとしているのを目撃した。その際,被告人は,被害者が自動ドアから店内に入るところをその後方4メートルくらいの位置から所持していたデジタルカメラ機能付き携帯電話で撮影した。その後,被告人は,被害者の後ろを5から6メートルの距離を置いてついて行き,入口を入ってすぐの場所でも被害者の後ろ姿を同携帯電話で撮影した。さらに,被告人は,被害者が同店内の靴売場に向かった後をつけて行き,靴売場で靴を見ていた被害者の後ろ姿を後方約1メートルないし3メートルくらいの位置から同携帯電話で撮影した。被告人は被害者を合計11回撮影し,その時間は都合5分以内であった。

(2)  被告人が被害者をデジタルカメラ機能付き携帯電話で撮影した際,被告人は携帯電話を持っていた腕を自己の腰付近まで下げて被害者に向け,その後ろ姿を撮影した。被告人が被害者を撮影した写真には,いずれも被害者の後ろ姿が写っていた。

4  当裁判所の判断

(1)  条例2条の2第1項2号及び4号の解釈について

検察官は,衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する場合でも,その撮影目的,時間及び場所,撮影部位・対象,撮影態様等によっては,人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められる場合がありうるとして,薄手で身体の線がくっきり出る衣服等(Tシャツなど)に覆われた女性につきまとい,その胸部を至近距離から,あるいは望遠機能を利用して,局所的かつ執拗に撮影するがごとき行為を例として挙げ,条例2条の2第1項2号の「撮影」行為は,衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する行為を含むと主張する。そして,撮影行為は,見る行為と異なり,カメラ等の望遠機能を用いるなどして,特定の部位を局所的に撮影することが可能である上,撮影した情報を記録として保存し,撮影後に自由に情報を再生したり,他人にその情報を伝達できるという特性を有しており,身体の同じ部位を対象として単に見る行為と比較しても,個人の意思及び行動の自由や善良な風俗環境に対する侵害程度が著しく,人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる程度が類型的に強度であるとして,見る場合のように身体をのぞき見る場合でなくても,衣服等で覆われたままの身体を撮影する場合でも同項2号の対象となると主張する。

これに対し,弁護人は,同項2号は,衣服等で覆われている衣服の内側の身体を撮影することを禁じているものであり,衣服等で覆われたままの身体を撮影する場合は同項2号の対象とならないと主張し,その理由として,人が社会生活をする上では,人に見られたくない身体の部分は衣服等で覆って見られないようにする反面,衣服等の上から人に見られあるいは写真を撮られることがあることは予見是認して行動していること,同様の条例を定めている栃木県条例3条2項では「衣服等で覆われている他人の下着若しくは身体をのぞき見し,若しくは撮影し」と規定して,撮影禁止の対象が衣服等で覆われているその内側の身体であることを明確にしていること,北海道警察本部が作成している条例の説明パンフレットの写真によれば,撮影が禁止されているのはのぞき見的撮影のことであり,衣服等の上からストレートに撮影した場合を想定していないこと,条例2条の2第1項3号では,衣服等を透かして見ることのできる特殊な写真機等を使用して撮影することを禁止しており,このことは本件写真機のように透かして見ることのできない通常の写真機による衣服等の上からの撮影を禁止していないと解されることを挙げている。

検討するに,条例2条の2第1項の1号から3号は,人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる行為のなかでも類型的に顕著な事例を特に禁止する事項として定めたと認められ,同項4号は,同項の1号から3号に該当しない行為でも人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる卑わいな言動を禁止することとしたと解させる。そして,その中で,同項2号は,いわゆるのぞき見及び盗撮といわれる行為を挙げている。したがって,同号で禁止しているのぞき見や盗撮行為は,衣服等で覆われている内側の身体や下着をのぞいて見たり,盗撮するというのぞき見や盗撮行為の顕著な場合を対象としていると解するのが相当である。人に見られたくない身体の部分は衣服等で覆って見られないようにしているものであるが,その見られないようにしている部分をあえてのぞいて見たり撮影したりすることは,見られないようにしようとした人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせ,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないと認められるほどにはなはだしい行為であると顕著に認められる一方で,衣服等に覆われた身体をそのままの状態での見たり,撮影する行為は,その行為自体では人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせ,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないとは認められないからである。検察官は,衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する場合でも,その撮影目的,時間及び場所,撮影部位・対象,撮影態様等によっては,人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められる場合がありうると主張するが,しかし,その場合は,撮影自体というよりも,それに至るまでの態様が人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められるかどうかが問題となるのであり,ここで,検察官が主張するとおり衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する行為を処罰の対象とした場合,撮影行為のうち,人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせ,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないと認められる場合とそうでない場合との区別があいまいでかつ困難となり,あまりに処罰の対象が広範囲となるおそれがあり,相当でないほか,同項の1号から3号が類型的に顕著な事例を特に禁止する事項として定めた趣旨にそぐわなくなる。したがって,同項2号は,衣服等で覆われているその内側の身体や下着をのぞき見たり,盗撮するというのぞき見や盗撮行為の顕著な場合だけを対象としていると解するのが相当である。

検察官が主張するような衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する場合でも,その撮影目的,時間及び場所,撮影部位・対象,撮影態様等によっては,人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められる場合は,全くありえないとはいいきれない。しかし,その場合は,前記のとおり撮影自体というよりも,それに至るまでの態様が人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められるかどうかが問題となるのであり,その場合については,撮影に至るまでの態様を検討し,その態様が人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たるといえる場合に,同項4号の卑わいな言動に該当するとして処罰されると解するのが相当である。

(2)  被告人の撮影行為の条例2条の2第1項2号該当性について

本件の被告人の行為は,いずれも被害者の衣服等の上から被害者を撮影したというものであり,前記のとおり,条例2条の2第1項2号は,撮影行為については衣服等で覆われているその内側の身体又は下着を撮影する場合のみを禁止していると解されるべきであるから,本件被告人の行為は条例2条の2第1項2号には該当しない。

(3)  被告人の撮影行為の条例2条の2第1項4号該当性について

ア  被告人は被害者の臀部をねらって撮影したかについて

検察官は,被告人が被害者を撮影した写真の画像は,いずれもズボンを着用した被害者の臀部や大腿部等を中心に据えられていること,被告人が被害者を撮影した方法は,被害者の背後に近づき右手に持っていたデジタルカメラ機能付の携帯電話を自己の腰付近まで下げて被害者をねらって撮影したというものであり,このような撮影方法によると,被告人と被害者の距離関係や携帯電話の位置関係から,被害者の下半身,つまり臀部や大腿部等を撮影しやすい態様であったといえること,被告人は,捜査段階で「細い体型をした女性が,お尻や背中の形がはっきり分かるジーンズやぴっしりとしたズボンなどを履いているのを見ると,カメラで撮りたくなる。平成16年4月ころから,好みの女性を見かけると,女性の背中やお尻などをカメラで隠し撮りしていた。今回も,お尻の形がハッキリ分かるズボンを履いた女性を目撃したので,何とかこの女性の背中やお尻などの後ろ姿を,持っていたカメラで,誰からも発見されることなく隠し撮りしようと思い立った。」旨供述しており,これらの供述が被害者が臀部等の形がくっきりと出るズボンを着用していたこと及び被告人が撮影した画像及び撮影方法と極めて良く符合していること,被告人の携帯電話に記録されていた画像には,被害者を撮影した以外にも,複数の女性の臀部や大腿部等を中心に据えて撮影された画像が極めて多数存在することから,被告人が被害者の臀部をねらって撮影したことは優に認められると主張する。

これに対し,被告人及び弁護人は,被告人は被害者の臀部をねらって撮影したのではなく,被害者の体全体を撮影しただけであり,そのことは,被告人の撮影方法が,携帯電話のカメラを腰の付近まで下げレンズの方向は感覚で被写体に向けるという不安定,不正確な雑な方法であったこと,被告人が被害者を撮影した画像にはいずれも第三者が写っていること,写真のうち2枚はピンボケの失敗作で写真の用を足さないものであることからも明らかであると主張する。

検討するに,被告人が被害者を撮影した写真の画像は,いずれもズボンを着用した被害者の臀部や大腿部等を中心に据えられているといえなくはないこと,被告人の撮影方法は,携帯電話を自己の腰付近まで下げて被害者をねらって撮影したというものであり,被告人と被害者の距離関係や携帯電話の位置関係から,被害者の下半身,つまり臀部や大腿部等を撮影しやすい態様であったといえることからすると,被告人は,被害者の臀部をねらって撮影した可能性が高いといえる。しかし,被告人の撮影した画像には第三者が写っていること,一部の画像はボケていること,携帯電話のカメラを腰の付近まで下げてレンズの方向を感覚で被写体に向けるという被告人の撮影方法は,臀部をねらうにしては不安定,不正確な雑な方法であるともいえること,被告人の撮影した画像が被害者の後ろ姿全体にわたっており,臀部だけが局部的に撮影されている画像はないこと,さらに,被告人の携帯電話に記録されていた被害者以外を撮影した画像を見ても,複数の女性の臀部や大腿部等を中心に据えて撮影された画像が多数存在するとはいえ,やはり臀部だけの画像はなく臀部だけを撮影したとはいい難いことからすると,被告人が被害者の体全体を撮影しようとしただけである可能性も否定できない。検察官は,被告人が被害者の臀部をねらって撮影した理由として,被告人が「細い体型をした女性が,お尻や背中の形がはっきり分かるジーンズやぴっしりとしたズボンなどを履いているのを見ると,カメラで撮りたくなる。」と供述していて,被害者が臀部等の形がくっきりと出るズボンを着用していたことから被告人の好みの撮影対象であった旨主張するが,そのことから,ただちに,被告人が被害者の臀部をねらって撮影したと断定することはできない。むしろ,被告人は,「平成16年4月ころから,好みの女性を見かけると,女性の背中やお尻などをカメラで隠し撮りしていた。今回も,お尻の形がハッキリ分かるズボンを履いた女性を目撃したので,何とかこの女性の背中やお尻などの後ろ姿を,持っていたカメラで,誰からも発見されることなく隠し撮りしようと思い立った。」と供述していることからすると,被告人は,女性の臀部にも興味があったが,女性の背中や臀部などの後ろ姿全体に興味があったとも伺うことができ,本件で被害者を撮影した際にも,必ずしも臀部をねらったのではなく,後ろ姿全体を撮影できればよいという思いで,あえて携帯電話のカメラを腰の付近まで下げてレンズの方向は感覚で被写体に向けるという不安定,不正確な雑な方法で撮影したともいえる。以上からすると,被告人が被害者の後ろ姿全体を撮影しようとした可能性は否定できない。よって,被告人が被害者の臀部をねらって撮影したとの検察官の主張は採用できない。

イ  被告人の撮影行為が条例2条の2第1項4号に該当するかについて

検察官は,被告人は,まず,被害者を付けねらい,その背後の至近距離から,デジタルカメラ機能付きの携帯電話で被害者の臀部をねらった。その目的とするところは,被告人が,ズボンを履いて形のくっきりとした被害者の臀部等に性的な興奮を感じ,自己の性的欲求を満足させるために,被害者の臀部等を隠し撮りしようとしたものであり,被告人は,このような目的のもと,約5分間にもわたって執拗に被害者を付けねらった上,その約1メートルないし三,四メートルの至近距離まで近づいて,何度となく,右手に持った携帯電話を自己の腰付近まで下げるという不審かつ不気味で,見るからに被害者の臀部等の下半身をねらっていると分かる体勢で携帯電話を構えていたのであって,その場所が,地域住民の安心して買物できるはずのデパート内であったことを考慮すれば,被告人による撮影に至るまでの行為は,撮影行為から独立して,それ単独で,人に性的しゅう恥心を抱かせ,かつ不安を覚えさせる程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはなだしいと認められるとして,本件被告人の行為は,同項4号に該当すると主張する。

被告人は,約5分間にもわたって被害者を付けねらった上,その約1メートルないし三,四メートルの至近距離まで近づいて,何度となく,右手に持った携帯電話を自己の腰付近まで下げるという体勢で携帯電話を構えて被害者の後ろ姿を撮影したことが認められる。しかし,前記認定のとおり,その行為が,ズボンを履いて形のくっきりとした被害者の臀部等に性的な興奮を感じた被告人が,自己の性的欲求を満足させるために,被害者の臀部を隠し撮りしようとしたものであるとまではいえない。また,約5分間にもわたって被害者を付けねらった上,その約1メートルないし三,四メートルの至近距離まで近づいて,何度となく,右手に持った携帯電話を自己の腰付近まで下げるという体勢で携帯電話を構えて被害者の後ろ姿を撮影したことは,確かに,不審かつ不気味であり,その場所が,地域住民の安心して買物できるはずのデパート内であったことを考慮すれば,被告人による撮影に至るまでの行為は,人に性的しゅう恥心を抱かせ,かつ不安を覚えさせるものであるといえなくはないが,しかし,その程度は,社会通念上,容認できないほどにはなはなだしいと認められるほどの卑わいな行為と認めることはできない。したがって,被告人の行為は,同項4号に該当しないというべきである。

5  弁護人の本件追起訴の違法性を指摘する主張について

弁護人は,「本件は写真撮影をするという一個の犯罪的意思において総合統一された数個の部分的行為が手段・結果の関係において実現されるものであるから一罪であり,主目的の撮影行為を条例2条の2第1項2号事件として起訴した上,更に同項4号事件を追起訴したのは違法である。」旨主張するとともに,「本件追起訴に当たり,担当検事は被害者及びその夫を取調べして調書を作成しながら被告人を取調べをせず弁解の機会を与えないまま起訴しており,極めて不公正,不適切な追起訴といわざるをえない。」として,被告人は無罪である旨主張するが,その意味することころは,本件訴因及び罰条変更請求が適正なものと認めらず,本件訴因及び罰条変更請求は公訴権濫用にあたり,公訴棄却の判決がなされるべきであるとの主張と解されるので,念のため,この点について検討する。

検察官は,当初,被告人の行為が条例2条の2第1項2号に該当するとして被告人を起訴したものであるが,その後,被告人の行為は同項4号にも該当し,それらは包括一罪であるとして訴因及び罰条の変更を請求した。弁護人は,この検察官の訴因及び罰条の変更請求を違法と主張するが,検察官には公訴提起の裁量権がある一方で,訴因は特定して起訴することが求められており,検察官が訴因の変更を必要とすると認める場合には,公訴事実の同一性を害しない限り訴因変更を請求しうることは明らかである。本件訴因及び罰条の変更請求は,公訴事実の範囲内で訴因及び罰条の変更し請求したものであると認められるから,本件訴因及び罰条の変更請求には何ら違法性は認められない。

本件訴因及び罰条変更請求をするに当たり,被告人の取調べをし,被告人の弁解を聞いていないという弁護人が主張する点について,本件訴因及び罰条変更請求は,本件起訴後である平成18年11月16日になされたが,検察官は,本件訴因及び罰条変更請求をするに当たり,被告人の取調べをし,被告人の弁解を聞いたかは明らかにしない。しかし,そもそも,検察官は,公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量を認められているのであり,その点は訴因及び罰条の変更を請求する場合にも同様と解される。そして,検察官の公訴提起の裁量権の行使にあたって,その逸脱により公訴提起を無効ならしめる場合がありうることは否定できないが,それはたとえば公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的なものに限られるというべきであり(最高裁昭和55年12月17日第1小法廷決定,刑集34巻7号672頁),その点は訴因及び罰条の変更を請求する場合にも同様であると解される。本件で弁護人が問題とするのは,本件訴因及び罰条変更請求をするに当たり,被告人の取調べをし,被告人の弁解を聞いたかどうかであり,この点は,検察官の職務犯罪を構成するような極限的な裁量権の逸脱が問題となる場合とは認められない。

よって,弁護人の前記主張は採用できない。

6  以上より,被告人に対する本件公訴事実は,条例2条の2第1項2号及び4号に該当せず,犯罪が成立しないから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

よって,主文のとおり判決する。

(出席した検察官上本哲司,弁護人古田渉(私選))

(求刑 罰金30万円)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例