最高裁判所大法廷 平成18年(行ツ)176号 判決 2007年6月13日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人兼上告代理人山口邦明,同森徹,上告人國部徹の各上告理由について
1 本件は,平成17年9月11日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第11区及び同第12区の選挙人である上告人らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割り及び選挙運動に関する公職選挙法等の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 平成6年1月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号によりその一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた。本件選挙施行当時の選挙制度によれば,衆議院議員の定数は480人とされ,そのうち,300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出し,比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条1項,2項,別表第1,別表第2)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙を同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。小選挙区選挙における候補者の届出は,所定の要件を備えた政党その他の政治団体又は候補者若しくはその推薦人が行うものとされ(同法86条1項ないし 3項),候補者の届出をした政党その他の政治団体(以下「候補者届出政党」という。)は,候補者本人がする選挙運動とは別に,自動車,拡声器,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等を行うことができるほか(同法141条2項,142条2項,149条1項,161条1項等),候補者本人はすることができない政見放送をすることができるものとされている(同法150条1項)。
(2) 上記の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項),また,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で(以下,このことを「1人別枠方式」という。),これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされている(同条2項)。なお,1人別枠方式を採用した趣旨については,同法の国会での法案審議において,法案提出者である政府側から,各都道府県への定数の配分については,投票価値の平等性の確保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮等の視点も重要であることから,人口の少ない県に対して定数配分上配慮をして,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数を人口比例で配分することとした旨の説明がされている。
上記の勧告は,統計法4条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,上記の勧告を行うことができるものとされている(同条2項)。
(3) 区画審は,統計法4条2項本文の規定により平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。本件選挙の小選挙区選挙は,同法律により改定された選挙区割りの下で施行されたものである(以下,本件選挙に係る衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めた公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」という。)。
(4) 平成12年国勢調査による人口を基に,本件区割規定の下における選挙区間の人口較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,人口が最も少ない高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない徳島県第1区と選挙人数が最も多い東京都第6区との間で1対2.171であった。
3 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。我が憲法もまた,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。このように,国会は,その裁量により,衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるのであるから,国会が新たな選挙制度の仕組みを採用した場合には,その具体的に定めたところが,上記の制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため国会の上記のような裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁参照)。
4 上記の見地に立って,上告理由について判断する。
(1) 本件区割規定の合憲性について
ア 論旨は,議員定数の配分について,憲法は人口に比例した配分を要請しており,国会は投票価値の平等との関係において広い裁量権を有するものではないとした上,① 1人別枠方式を定めた区画審設置法3条2項の規定は,投票価値の平等の要請に反し,憲法14条1項等の憲法の規定に違反する,② 本件区割規定は,1人別枠方式を前提とする点において,また,1人別枠方式を前提としても,すべての選挙区において人口較差が2倍未満となるよう区割りを行うことが可能であったにもかかわらず,人口較差が2倍以上となる選挙区を9選挙区も生じさせている点において,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するというのである。
イ 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,やむを得ないものと解すべきである。
そして,憲法は,国会が衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度を採用する場合には,選挙制度の仕組みのうち選挙区割りや議員定数の配分を決定するについて,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであるが,それ以外にも国会において考慮することができる要素は少なくない。とりわけ都道府県は,これまで我が国の政治及び行政の実際において相当の役割を果たしてきたことや,国民生活及び国民感情においてかなりの比重を占めていることなどにかんがみれば,選挙区割りをするに際して無視することのできない基礎的な要素の一つというべきである。また,都道府県を更に細分するに当たっては,従来の選挙の実績,選挙区としてのまとまり具合,市町村その他の行政区画,面積の大小,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況等諸般の事情が考慮されるものと考えられる。さらに,人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割りや議員定数の配分にどのように反映させるかという点も,国会が政策的観点から考慮することができる要素の一つである。このように,選挙区割りや議員定数の配分の具体的決定に当たっては,種々の政策的及び技術的考慮要素があり,これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて一定の客観的基準が存在するものでもないから,選挙区割りや議員定数の配分を定める規定の合憲性は,結局は,国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。そして,具体的に決定された選挙区割りや議員定数の配分の下における選挙人の有する投票価値に不平等が存在し,それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお,一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは,上記のような不平等は,もはや国会の合理的裁量の限界を超えていると推定され,これを正当化すべき特別の理由が示されない限り,憲法違反と判断されざるを得ないというべきである。
以上は,前掲各大法廷判決の趣旨とするところでもあって,これを変更する必要は認められない。
ウ 区画審設置法3条は,1項において,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきことを基準として定めており,投票価値の平等に十分な配慮をしていると認められる。その上で,同条は,2項において1人別枠方式を採用したものであるが,この方式は,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数1を配分することによって,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするものであると解される。前記のとおり,選挙区割りを決定するに当たっては,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることが,最も重要かつ基本的な基準であるが,国会はそれ以外の諸般の要素をも考慮することができるのであって,都道府県は選挙区割りをするに際して無視することができない基礎的な要素の一つであり,人口密度や地理的状況等のほか,人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において考慮することができる要素というべきである。1人別枠方式を含む同条所定の選挙区割りの基準は,国会が以上のような要素を総合的に考慮して定めたものと評価することができるのであって,これをもって投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものということはできないから,上記基準が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。このことは,前掲平成11年11月10日各大法廷判決の判示するところであって,これを変更する必要は認められない。
エ 前記事実関係等によれば,本件区割規定は,区画審が平成12年国勢調査の結果に基づき作成した改定案のとおり小選挙区選挙の選挙区割りが改定されたものであるところ,平成12年国勢調査による人口を基にすると,本件区割規定の下における選挙区間の人口の最大較差は1対2.064であり,9選挙区において人口が最も少ない選挙区と比較して人口較差が2倍以上となっていたというのである。区画審設置法3条1項は,区画審が作成する選挙区の改定案について,選挙区間の人口の最大較差が2倍以上とならないようにすることを基本としなければならない旨規定しているが,上記の基準は,選挙区間の人口の最大較差が2倍以上となることを一切許さない趣旨のものではなく,同条2項が定める1人別枠方式による各都道府県への定数の配分を前提とした上で,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に区割りを行い,選挙区間の人口の最大較差ができるだけ2倍未満に収まるように区割りが行われるべきことを定めたものと解される。同条の趣旨は上記のとおりであり,結果的に見ても,平成12年国勢調査による人口を基にした本件区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は1対2.064と1対2を極めてわずかに超えるものにすぎず,最も人口の少ない選挙区と比較した人口較差が2倍以上となった選挙区は9選挙区にとどまるものであったというのであるから,区画審が作成した上記の改定案が直ちに同条所定の基準に違反するものであるということはできない。そして,同条所定の基準自体に憲法に違反するところがないことは前記のとおりであるから,国会が上記の改定案のとおり選挙区割りを改定して本件区割規定を定めたことが投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものであるということはできない。また,前記事実関係等によれば,本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.171であったというのであるから,本件選挙施行時における選挙区間の投票価値の不平等が,一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということもできない。
オ そうすると,本件区割規定は,それが定められた当時においても,本件選挙施行時においても,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。
(2) 小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定の合憲性について
ア 論旨は,公職選挙法は,小選挙区選挙の選挙運動に関し,既成政党所属の候補者を優遇し,そうでない候補者を差別的に取り扱い,その結果,選挙人が投票行動をする際,その判断資料である候補者の適性,政見等に関する情報を均等に享受することを妨げ,選挙人の適正な選挙権の行使を阻害しているとして,小選挙区選挙の選挙運動に関する同法の規定は憲法14条1項等の憲法の規定に違反するというのである。
イ 平成6年の衆議院議員の選挙制度の改正は,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするためにされたものと解される。前記のとおり,衆議院議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は,国会の裁量にゆだねられているところ,憲法は,政党について規定するところがないが,その存在を当然に予定しているものであり,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから,国会が,衆議院議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たり,政党の上記のような重要な国政上の役割にかんがみて,選挙制度を政策本位,政党本位のものとすることは,その裁量の範囲に属するものであることが明らかである。そして,選挙運動をいかなる者にいかなる態様で認めるかは,選挙制度の仕組みの一部を成すものとして,国会がその裁量により決定することができるものというべきである。憲法は,各候補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要求しているというべきであるが,合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているものではないから,国会が正当に考慮することのできる政策的目的ないし理由を考慮して選挙運動に関する規定を定めた結果,選挙運動の上で候補者間に一定の取扱いの差異が生じたとしても,そのことによって直ちに違憲の問題が生ずるものではなく,国会の具体的に決定したところが,その裁量権の行使として合理性を是認し得ない程度にまで候補者間の平等を害するというべき場合に,初めて憲法の要求に反することになると解すべきである。
ウ 公職選挙法の規定によれば,小選挙区選挙においては,候補者のほかに候補者届出政党にも選挙運動を認めることとされているのであるが,政党その他の政治団体にも選挙運動を認めること自体は,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという国会が正当に考慮することのできる政策的目的ないし理由に合致するものであって,十分合理性を是認し得るものである。もっとも,同法86条1項1号,2号が,候補者届出政党になり得る政党等を国会議員を5人以上有するもの又は直近のいずれかの国政選挙における得票率が2%以上であったものに限定し,このような実績を有しない政党等は候補者届出政党になることができないものとしている結果,選挙運動の上でも,政党等の間に一定の取扱い上の差異が生ずることは否めない。しかしながら,このような候補者届出政党の要件は,国民の政治的意思を集約するための組織を有し,継続的に相当な活動を行い,国民の支持を受けていると認められる政党等が,小選挙区選挙において政策を掲げて争うにふさわしいものであるとの認識の下に,政策本位,政党本位の選挙制度をより実効あらしめるために設けられたと解されるのであり,そのような立法政策を採ることには相応の合理性が認められ,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。
そして,候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから,その差異が合理性を有するとは考えられない程度に達している場合に,初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等についてみられる選挙運動上の差異は,候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであり,候補者届出政党に所属しない候補者も,自ら自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等を行うことができるのであって,それ自体が選挙人に政見等を訴えるのに不十分であるとは認められないことにかんがみれば,上記のような選挙運動上の差異を生ずることをもって,国会の裁量の範囲を超え,憲法に違反するとは認め難い。もっとも,公職選挙法150条1項によれば,政見放送については,候補者届出政党にのみ認められているものである。ラジオ放送又はテレビジョン放送を利用しての政見放送は,他の選挙運動の手段と比較して,はるかに多くの有権者に対しその政見を伝達することができるものであり,しかも,その政見放送においては候補者の紹介をすることもできることを考えると,政見放送を候補者届出政党にのみ認めることは,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異をもたらすものといわざるを得ない。しかしながら,同項が小選挙区選挙における政見放送を候補者届出政党にのみ認めることとしたのは,候補者届出政党の選挙運動に関する他の規定と同様に,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという合理性を有する立法目的によるものであり,また,政見放送は選挙運動の一部を成すにすぎず,その余の選挙運動については候補者届出政党に所属しない候補者も十分に行うことができるのであって,その政見等を選挙人に訴えるのに不十分とはいえないこと,小選挙区選挙に立候補したすべての候補者に政見放送の機会を均等に与えることには実際上多くの困難を伴うことは否定し難いことなどにかんがみれば,小選挙区選挙における政見放送を候補者届出政党にのみ認めていることの一事をもって,選挙運動に関する規定における候補者間の差異が合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまで断ずることはできず,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているものということはできない。
エ したがって,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえない。このことは,前掲最高裁平成11年(行ツ)第35号大法廷判決の判示するところであって,これを変更する必要は認められない。
5 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨はすべて採用することができない。
よって,裁判官横尾和子,同泉徳治,同田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官才口千晴,同津野修,同古田佑紀,同那須弘平の補足意見,裁判官藤田宙靖,同今井功,同中川了滋の意見がある。
裁判官才口千晴の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛同するものであるが,選挙制度の仕組み及び投票価値の平等について補足して意見を述べる。
1 憲法が保障する投票価値の平等は,名実共に1人1票を原則とすることを要求するものであるから,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差が2倍を超えれば投票価値の平等の原則に反することになる。
他方,憲法は,国会の両議院の議員の選挙について,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条,47条),両議院の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだね,平成6年1月,公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した区画審設置法3条は,衆議院議員小選挙区選出議員の区割りの改定案は,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるようにすることを基本とすべきことを作成の基準と定めている(同条1項)。
2 本件事実関係等によれば,平成12年国勢調査の人口を基にすると,本件区割規定の下における選挙区間の人口の最大較差は1対2.064であり,人口が最も少ない選挙区と比較して人口較差が2倍以上になっている選挙区は9選挙区にとどまる。
この最大較差2.064は,区画審設置法3条1項が定める作成の基準数値である2.0をわずかに0.064超えているが,これは規定が求める数値の許容範囲内であって,憲法が要求する投票価値の平等の原則に反する程度に至っているものではないと解するのが相当である。
3 なお,私は,最高裁判所大法廷が平成18年10月4日に言い渡した参議院議員選挙無効事件(平成17年(行ツ)第247,249,250号事件)の判決において,同選挙における定数配分規定は違憲であるとして反対意見を述べた。
その論拠は,本件と同様に投票価値の平等の原則に求めるものであるが,同選挙における選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対5.13であり,かつ,2倍を超える不平等が,程度の差はあれ,半数以上の選挙区に生じていた。
選挙区割りや議員定数の配分の具体的決定には,種々の政策的及び技術的な考慮要素があるからこれを国会の決定にゆだねるものの,5.13倍もの最大較差があり,2倍を超える不平等が半数以上の選挙区に生じているとあっては,具体的に決定された定数配分規定は,憲法が保障する投票価値の平等の原則に大きく違背し,憲法に違反することが明らかであるから,同選挙が違法である旨の宣言をするのが相当であるとしたものである。
したがって,同選挙における選挙区間の人口較差は,本件区割規定における最大較差が区画審設置法が基準とする2倍をごく微量上回る1対2.064であるのとは比べものにならない程度に至っていたものであり,両者は,事実と評価が基本的に異なるものである。
裁判官津野修の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛成するものであるが,次のとおり若干の補足意見を述べておきたい。
1 衆議院議員の選挙制度は,民意の集約を図る多数代表制としての小選挙区選挙と多様な民意も反映させる少数代表制としての比例代表選挙を組み合わせることにより,民意を適正に国政に対して反映させる制度である。
したがって,選挙人の行う投票が選挙の結果に対して与える影響力については,小選挙区選挙と比例代表選挙の両者を一体として把握し,評価するのが,衆議院議員選挙の制度本来の趣旨にかなうものと考えられる。
そして,衆議院議員選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙の立候補者についていわゆる重複立候補を認め,選挙人の小選挙区選挙における投票が比例代表選挙の当選人の決定に影響を及ぼす仕組みが容認され,また,衆議院議員選挙が政党本位,政策本位で行われることに対応して,選挙運動も,政党中心のものとするとともに,小選挙区選挙と比例代表選挙とにわたって一体として行うことが,認められている。
以上の点にかんがみれば,小選挙区選挙と比例代表選挙とを一体として把握し,憲法上の一票の価値の平等を考えるのが,最も衆議院議員の選挙制度の趣旨にかない,また,その実態にも即しているものと考えられる。
2 私は,以上の点を補った上で,那須裁判官の補足意見「1」の部分に同調するものである。
3 なお,以上の補足意見は,参議院議員の選挙に関して,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決(民集60巻8号2696頁)において付した私の補足意見(那須裁判官にも,同旨の補足意見がある。)とほぼ同旨である。
裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と見解を共にするものであるが,多数意見の説示中,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることが最も重要かつ基本的な基準であるとする点に関連して補足的に意見を述べておきたい。
いわゆる「1票の較差」の問題について,選挙権が個人の権利として付与されていることからして,選挙区間における相対的な最大較差の問題の重要性を否定するものではない。しかしながら,代表民主制における選挙が相対的に多数の得票を獲得した者を代表として選出するものであり,1人の選挙権の行使が直ちに特定の代表の選出の結果を導くものではなく,他の選挙権者の選挙権の行使とあいまって初めて特定の代表の選出という効果を生じさせるものであることはいうまでもない。この点において,普通選挙による代表民主制における選挙権は,等しく個人の権利とはいっても,自由権その他それ自体で個々に完結的な効果が予定される権利とは異なる面がある。「1票の較差」の問題はこの面に関する問題であって,「1票の較差」という見地から選挙制度の憲法適合性を考える上では,その選挙権者を含めて何人の者が1人の代表を持つことができるかが重要な問題といわなければならない。
この観点からすると,ある選挙区における議員1人当たりの人口(選挙人数を基準とすることも考えられるが,区割りが国勢調査による人口数を基準としているので,人口数を基準とすることとし,以下「選挙区人員数」という。)が全国の議員1人当たりの平均人員数(全国の人口数を選挙区選出議員の総数で除したもの。以下「基準人員数」という。)とどの程度かい離しているか,すなわち選挙区人員数の基準人員数からの偏差(以下単に「偏差」という。)が,選挙区間における相対的な較差と,少なくとも同程度に重要な問題といえ,区画審が平成12年国勢調査の結果に基づき区割りの改定案を作成するに当たって定めた「区割りの改定案の作成方針」においても,偏差を一定範囲にとどめることが基本とされている(1.区割り基準(1)(イ)参照)。
相対較差と偏差の関係を見ると,両者の大小は一致することが多いとはいえるが,常に並行関係にあるものではない。例えば,選挙区人員数が基準人員数の0.95である選挙区と1.89の選挙区があった場合に,両選挙区間における相対較差は2倍未満にはなるが,後者の偏差は0.89に上ることとなり,また,反対に,選挙区人員数が0.51と1.01の選挙区があった場合も相対較差は2倍未満になるが,前者の偏差は0.49になる。このような選挙区割りは,普通選挙のコロラリーというべき人口比例の原則に著しく反するものであって,それが合理的とされる特段の事情がない限り,憲法に適合しないといわなければならないであろう。
そして,衆議院については,様々な点でその議決の優越性が認められている一方,解散の制度が設けられていることなどに照らせば,可能な限り正確に相対的な民意を反映することが要請されるところ,衆議院議員選挙の小選挙区制度においては,個々の選挙区において相対的多数を獲得した1人のみを当選者として,その集積をもって議会を構成するものであることからすれば,その区割りに当たっては,できる限り偏差を小さくすることが憲法上強く求められているというべきである。
このような観点から考察すると,小選挙区制度においてある選挙区の偏差が著しく大きく,1個の選挙区とすることが比例原則の要請に反する場合には,相対較差のいかんにかかわらず,それ自体で憲法に適合しないというべきである。
憲法は議員定数の配分の在り方について明示的な規定を設けていないが,上記の点は当然の前提となっているものというべきである。そして,このような規定を設けていないのは,これがどのような選挙制度を採用するかにかかわること,機能を異にする衆参二院制の下において,それぞれの機能に応じ考慮される要素,又は考慮の程度が異なり得ること,政策が国民生活の広範な問題に及ぶことから,広く国民がそれぞれの生活を営む環境を踏まえて代表を選出できるようにすることが国全体としての適切な政策決定のため重要であり,そのための具体的な方策は立法にゆだねることが相当であることなどによるものと考えられるのであって,比例原則に著しく反する程度に至らない範囲では,その具体的な決定を国会の合理的な裁量にゆだねているものと解すべきである。
もっとも,このようにいうことは,偏差が上記の程度に至らないことをもって常にこれが憲法に適合するとするものではなく,その程度に至らない場合であっても,裁量権の行使が著しく合理性を欠く場合や偏差がそれに近い選挙区数が多数に上り,そのために全体として比例原則に著しく反することとなる場合には,なお,そのような選挙区割りは憲法に適合しないというべきである。
以上のような観点から本件選挙について検討すると,本件選挙当時,その選挙区割りの前提とされる平成12年国勢調査の結果によれば,偏差が最大の選挙区は高知県第1区であって,その選挙区人員数は基準人員数の約0.64であり,一方,選挙区人員数が基準人員数より多い選挙区についてみると,偏差が最大のところは兵庫県第6区であって,選挙区人員数は基準人員数の約1.32であり,いずれも,1個の選挙区とすることが許容されない程度の人員数には至っておらず,それ自体で比例原則に著しく反するとまではいえないと考える。また,選挙区人員数が基準人員数の0.6台の選挙区は上記の高知県第1区など19選挙区,1.3台のそれは上記の兵庫県第6区など4選挙区であり,それぞれ全体を一つの母集団と見て,その人口を合計した上,これを基準人員数で除して,その母集団に配分されるべき議員数を計算すると,前者は約6人のプラスが生じていることになり,後者は約1人のマイナスが生じていることになるが,多数意見も指摘するように都道府県を単位として定数を配分することには合理性があること,衆議院においても議会の構成に可能な限り広く国民の意思が反映されるようにすることが相当であること,その属する都道府県単位で見れば,マイナスになる選挙区については割当てが多数のところであることに加え,実際の区割りにおいては不自然な分割を避けるなどの技術的要請があることからすれば,このような差を生じているとしても,本件区割規定が国会の立法裁量として合理性を著しく欠くとはいえず,また,比例原則に著しく反するとまではいえないと考える。
以上の点を踏まえた上で,多数意見に同調するものである。
裁判官那須弘平の補足意見は,次のとおりである。
多数意見のうち,1人別枠方式を含む本件区割規定が国会の裁量の範囲を逸脱するものではないとする点につき,以下のとおり補足して意見を述べる。
1 選挙区と比例代表とを一体とした場合の投票価値
(1) 国政選挙における投票価値が平等かどうかを検討するには,衆議院議員選挙であると参議院議員選挙であるとを問わず,選ばれる側(被選挙人)よりも選ぶ側(選挙人)の視点を重視すべきであり,そのためには同一の選挙の機会に実施される小選挙区選挙と比例代表選挙を一体のものとして総合的に観察するべきである。これは,それぞれの選挙人が選挙区の候補者に1票を投じた同じ機会に比例代表の候補者ないし政党に1票を投じ,この2つの投票行動が相まって各選挙人の政治的意思の表明となることを重視する考え方によるものである。制度的にみても,選挙区選挙と比例代表選挙とは無関係な2つの選挙がたまたま同時に行われるということではなく,被選挙人の定数や選出母体となる区域等についてそれなりの関係付けをした上で一体のものとして設計されており,当選した候補者は選挙区選出議員か比例代表選出議員かで区別されることなく,同じ議院の構成員として立法活動に携わる制度となっている。
(2) 衆議院議員選挙における投票価値の平等性判断は,上記(1)によった上で,1人の選挙人が投票する価値の最大較差が「2以上」となっていないかどうかを第1の基準として判断すべきである。これは,小選挙区の区割りの下での投票価値については選挙区ごとにある程度の較差が生じ,これに比例代表による投票価値を併せて計算してもなお若干の較差が残ることは避け難いことから,これを立法裁量の問題として基本的に許容しつつ,比例代表選挙と併せた場合の較差が「1人2票」という事態に当たるなどの特別な場合には憲法違反の問題となるという考え方に基づくものである。その詳細については,参議院議員選挙に関してではあるが,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決(民集60巻8号2696頁)において補足意見として述べたとおりである(同判決における津野裁判官の補足意見も同旨)。
なお,衆議院議員選挙と参議院議員選挙では,比例代表選挙の区割りや方法,当選者の決め方に若干の相異があるが,同じ機会における投票行動を一体のものとして総合的に検討すること自体は特に支障がなく,むしろ必要でもあると考える。
(3) 衆議院議員選挙の比例代表については,全国を11の比例区に分けた上で人口に比例して選出議員数が配分される制度であるから,選挙人がどこに居住するかでほとんど差が生じない。このため,小選挙区選挙と比例代表選挙を併せて総合的に見ると,小選挙区選挙を単独で見た場合よりも相当程度較差が中和される結果になる。
この点につき,平成12年国勢調査による人口(確定値)を基にして具体的に試算してみると,小選挙区における最大較差は人口10万人当たりの選出議員数が最小の兵庫県第6区(小選挙区0.179人,比例区0.139人で合計0.318人)と最大の高知県第1区(小選挙区0.369人,比例区0.144人で合計0.513人)との間で1.613倍となる。
したがって,「1人2票」未満かどうかという上記(1)及び(2)による基準からは,本件区割規定が憲法違反であるとまではいえないことが明らかである。
2 小選挙区だけに限定して見た場合の投票価値
(1) 上記1による投票価値の較差の検討とは別の視点として,小選挙区の区割りだけに限定した場合にも,各選挙区における投票価値ができる限り平等であることは,憲法14条1項の趣旨からも望ましいことである。
この点,衆議院議員選挙の小選挙区については,区画審設置法3条1項が,区画審による改定案の作成に際し,最大較差が「2以上とならないようにする」ことを「基本」とする旨明記しているという特徴がある。
同規定は,国会自身が当審における数次の衆議院議員定数訴訟の結論を踏まえつつ小選挙区の区割りの不均衡による違憲問題を回避するために設けたものであり,立法に際しては,小選挙区に関する最大較差が2未満にとどまることを基本方針とし,これを大きく逸脱しない範囲で区割りをすることが実際上も可能であることを確認した上で,立法者の意思として確定させたものであると解される。したがって,上記規定は,国会が平等性確保の観点から参議院議員選挙より厳しい基準を設定し,国民にその遵守を宣明し,もって自らの裁量権を事実上限定したものと評価することができる。
(2) 一方,改定後の人口の変化等により最大較差2の基準からかい離することとなった場合については,同法4条2項が「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるとき」に該当するかどうかを基準として改定勧告をすることができる旨定めている。したがって,同法は,国勢調査の結果に応じて10年に1度の間隔で改定が行われるまでの間,人口の自然な変動によって若干の較差の増加が生じることについてはこれを想定内のこととして容認しつつ,例外的にこれを超える「特別の事情」が生じた場合には,区画審が途中でも区割りの改定勧告をすることを認め,国会をして同勧告に基づく改定をさせるみちを設けたものと解される。逆にいうと,このような特別な事情がない限り,小選挙区における最大較差が2を多少上回っても,なお同法違反ひいては立法裁量逸脱による憲法違反の問題は生じないことになる。
(3) これを本件選挙の区割りについて見ると,平成12年国勢調査による人口を基準とすれば小選挙区における最大較差は2.064であり,この較差は本件選挙当時の人口を基準にしても大きく変動していないというのであるから,平成14年の小選挙区の区割り改定時に予想された範囲内にとどまり(現に区画審による改定勧告もされていない。),いまだ「特別の事情」が生じたとまではいえない状況であったと解する。
したがって,本件選挙の区割りは,小選挙区に限って較差を見ても,立法裁量権を逸脱するまでの不平等な状態にはなっておらず,憲法に反するものとはいえない。
裁判官藤田宙靖の意見は,次のとおりである。
1 判示4の(1)についての私の意見は,後記の4裁判官の見解のとおりであるが,更に追加して意見を述べておくこととしたい。
(1) 立法府は,両院の定数配分を含む選挙制度の在り方について法律によって定めるに当たり(憲法47条),多くの考慮要素(政策的要請)を踏まえ,適正な裁量を行う義務を負っており,この義務に反して,例えば,様々の要素を考慮に入れ時宜に適った判断をしなければならないのに,慢性的に旧弊に従った判断を維持し続けるとか,当然考慮に入れるべき事項を考慮に入れず,又は考慮すべきでない事項を考慮し,あるいはさほど重要視すべきではない事項に過大の比重を置いた判断をしているような場合には,憲法によって課せられた裁量権の行使義務を適切に果たさないものとして,憲法違反の判断を受けてもやむを得ないものというべきである(私の,最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決・民集58巻1号56頁における補足意見2及び最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決・民集60巻8号2696頁における補足意見を参照されたい。)。そして,投票価値の平等という要請は,こうして考慮されるべき諸価値の中でも最も重要な基本的価値であって,とりわけ現行憲法上,議会民主制の下第一院としての位置を与えられている衆議院の議員選挙について,投票価値の平等の実現に修正を加えるに当たっては,この要請を犠牲にしてもなおそのような修正が行われなければならない具体的な理由と必要とが存在するのでなければならない。このような見地に立つとき,本件区割規定の前提を成すいわゆる「1人別枠方式」が,投票価値の平等を修正するだけの合理的な理由を持つものであるかについては,私たち4名の見解において示したとおり,それ自体重大な疑問が抱かれるにもかかわらず,このような疑問に対する具体的かつ十分な説明は,同制度の導入時にもまたそれ以後においても,衆議院ないし国会からなされてはいないものといわなければならない。
(2) もっとも,その際,憲法が要請する投票価値の平等が実現されているか否かは,そもそも如何なる基準によって判定されるべきかという問題がある。この点については,従来,選挙区間での「最大較差」に着眼するもの,「標準人数からの偏差」に着眼するもの等様々な考え方が存在するが,しかし,いずれの観点によるにしても,衆議院議員選挙の場合,基本的に,1票(ないし1人)に2票(ないし2人)分の価値が与えられてはならないという基準(以下では,仮に「2倍未満の基準」と称する。)が,合憲違憲を分かつ分水嶺として一応想定され得るものといってよいであろう。そして,この想定自体は,必ずしも不合理であるとはいえないが,しかし,仮に結果的にこの「2倍未満の基準」自体は満たされている場合であったとしても,合理的な必要が認められないにもかかわらず1票に1票を超える価値を与えることを意図するような制度が存在するとき,これをなお投票価値の平等の要請を満たしているとする理論的な根拠は,およそ見出し難いものといわなければならない。
なお,この「2倍未満の基準」に関し,多数意見中,小選挙区選挙のみならず比例代表選挙における投票価値をも総合して「平等・不平等」を判定しようという補足意見があるが,この考え方は,従来の当審の判例において見ることのなかった,その意味で新しい問題を提起するものであるので,私がなおこれに従うことができない理由につき,説明をしておくこととしたい。この考え方は,投票価値の平等の問題を,専ら国民1人1人についての,ある選挙における投票権ないし国政参加権の平等の問題と同視する限りにおいては,確かにそれなりの合理性を持つものともいえよう。ただ,小選挙区選挙と比例代表選挙の併用が持つ意味については,国民は相異なる二つの選挙方法により2票を行使して2人の議員を選んでいるということもできるのであり,小選挙区選挙に関し選挙区間に較差が認められる場合には,上記2票の中の1票については,やはり,厳然たる不平等が存在しているという事実自体を否定することはできない。これを裏面から見れば,国会議員として選ばれてくる議員の中に,(例えば)2人によって選ばれた者と1人によって選ばれた者とが生じるという事実自体を否定することはできないのであり,被選挙人における平等の確保ということもまた,選挙の公平・公正という見地からして,看過することのできない要請であることも明らかである。そして,本件訴訟のようないわゆる定数配分訴訟は,その判例法上の導入の動機はともあれ,公職選挙法204条に定める訴訟として位置付けられているものである以上,やはり,客観訴訟として考えられる(少なくともその一面を有する)のであり,そこで行われる違法性の審査が,厳格な意味での国民の個人的な権利保護の見地からのものに制限されるという理由は無い。このように考えるならば,上記補足意見が主張する見地は,例えば参議院議員選挙における1票の価値の平等を問題とする際に,考慮されるべき1要素としての位置付けは与え得ようが(前掲平成18年大法廷判決を参照),この基準のみをもって,衆議院議員選挙における「平等」の問題が全て解決されるというほどの意味を持つものではないというべきである。
(3) 以上の考察に従えば,平成6年に採用された現行の「1人別枠方式」は,衆議院議員の選挙制度において最も重要な価値である「投票権の平等」を修正しなければならないだけの十分に合理的な理由を持つものとはいえず,この制度を導入した結果なお定数配分が「2倍未満の基準」を満たしていると仮に前提したとしても,合憲であるといえるか否かについては,重大な疑問がある。従って,この制度の下行われた衆議院議員選挙の違憲無効が争われた初めての事件(具体的に言えば,多数意見の引用する平成11年11月10日各大法廷判決)において,当審としては,違憲判断をする十分な理由があり得たというべきである。
ただ,今回問われているのは,平成17年に行われた衆議院議員選挙の適法性であり,その前提としての定数配分の合憲性である。従って,そこでは,上記に見たような問題に加え,上記のように不合理な点を含んだ「1人別枠方式」を廃止することなく平成17年まで維持した立法府の不作為が,許される裁量の枠を超えたものといえるか否かが,更に検討の対象として加えられなければならない。然るところ,私たち4名の見解で触れたように,当審大法廷多数意見は,平成11年に,「1人別枠方式」についての上記に見たような問題点を前提とした上で,なお,これに合憲との判断を下し,また,平成13年12月18日の第三小法廷判決多数意見もこれに続いた。そしてまた,本件選挙当時における「1票の価値」の不平等は,平等・不平等の判定に係る様々の基準を総合して考察するとき,少なくとも「2倍未満の基準」に立つ限りおよそこれを是認し得ないほどの程度に及ぶものではない。こうした状況の下で,平成17年当時における立法府の不作為をもって「無為の裡に漫然と」問題を放置したもの(前掲平成16年大法廷判決における補足意見2を参照)と評することは,困難であるといわなければならない。このような意味において,私は,今回の選挙について,これを立法府の裁量の誤りを理由として違憲無効と判断することはなお困難と考え,適法説(合憲説)に与するものである。
(4) しかし,このことは,決して,「1人別枠方式」そのものに内蔵される憲法上の疑念が払拭されたことを意味するものではない。これは,前掲平成11年各大法廷判決及び平成13年第三小法廷判決において,共に,その違憲を強調する反対意見が付されていたことに鑑みても明らかである。代表民主制の下,第一院として衆議院が置かれていることの意義,そこにおいて民意を直接的に代表せしめることの必要性,参議院議員選挙におけるのとはまた異なった投票価値の平等の重要性,等々の,憲政上の重要事項につき,立法府において十分に思いを致され,「1人別枠方式」の合理性・存置必要性につき,絶えず再検討をされるべきである。
2 判示4の(2)についての私の意見は,次のとおりである。
(1) 政策本位・政党本位の選挙制度を導入するということ自体が,立法府の裁量の範囲内にあると認められることについては,疑いが無いのであって,問題は,そのことを理由に,選挙運動の方法の規制において,特定の政党(届出政党)に属する者とそうでない個人との間に,選挙を戦う上で用い得る手段に差異を設けるということが,公正な選挙制度,法の下の平等という見地からして,果たして,またどこまで許されるかにある。従って,現行制度における様々な差別が,いわば,体力の違う者を同じ土俵に上げることに必然的に伴う有利・不利の範疇に属するものと認められる限りにおいては,政策本位・政党本位の選挙制度を導入することに伴うやむを得ぬ結果として,説明もできようが,更に加えて,政党(又は政党に属する候補者)にのみそうでない者には許されない「政見放送」のような強力な武器を与えるということは,そのこと自体既に「公平・公正な選挙」(ないし「法の下の平等」)の要請とは本来相容れないものというべきである。
(2) 問題は,「公平・公正な選挙」ないし「法の下の平等」にこういった修正を加えなければならないだけの合理的理由が認められるかにある。この点で従来なされてきた説明は,主として,「政党本位の選挙」という理由であるが,確かに,政党本位の選挙である以上,政党に,国民に対してそのマニフェストを示す機会を広く与えようとすることは,その目的において合理性が無いとはいえまい。しかし,現行制度に見るように,それが,少なくともその結果として,政党そのものに止まらず,政党に属する候補者個人につき,無所属立候補者に対して圧倒的に有利な状況を保障することになるとき,果たして,「選挙の公平・公正」,「法の下の平等」といった見地からしてなお憲法上の問題を生じることが無いかについては,重大な疑念が抱かれるのであって,この点に関する限り,私は,むしろ,平成11年11月10日大法廷判決(民集53巻8号1704頁)及び本件における反対意見に,十分な理由があると考えるものである(同判決の多数意見においてすら,現行法上の政見放送の機会をめぐる差別については,「ラジオ放送又はテレビジョン放送による政見放送の影響の大きさを考慮すると,これらの理由をもってはいまだ右のような大きな差異を設けるに十分な合理的理由といい得るかに疑問を差し挟む余地があるといわざるを得ない」との指摘がなされているのである。)。
(3) しかし,平成17年の本件選挙当時において,立法府がこのような差別を廃止しなかった不作為に,裁量権の逸脱が認められるかという点についてみるならば,問題は,基本的に上記に見た定数配分の場合と同様であることになる(上記大法廷判決は,なお違憲を主張する反対意見を伴うものであったが,前掲平成13年第三小法廷判決は,この論点に関しては,全員一致で合憲判断に立つところとなった。)。こうして,この点についても,私は,本件において選挙運動に関する現行法制の違憲を理由に,本件選挙を無効と判断することには,なお躊躇せざるを得ないのである。
裁判官今井功,同中川了滋の意見は,次のとおりである。
判示4の(1)についての私たちの意見は,後記の4裁判官の見解のとおりである。
裁判官横尾和子の反対意見は,次のとおりである。
1 本件区割規定は憲法に違反する。その理由は,以下のとおりである。
私は,国会において衆議院議員選挙の趣旨,目的,選挙の公正かつ円滑な実施のための合理的な要素を考慮して選挙の区割りを定めた結果,憲法が要求する投票価値の平等が損なわれることとなったとしても,それが,平等原則を最大限尊重した結果である限り,違憲の問題は生じないと考えるものである。
ところで,本件区割規定の下では,人口が最も少ない選挙区と比較した人口較差が2倍以上となっている選挙区が9選挙区あるが,これらの選挙区における2倍以上の較差は,区割りの際に各々後述の事情を考慮した結果生じたものであるとされているところ,それらの考慮された事情には,以下に述べるように,いずれも,投票価値の平等が損なわれてもやむを得ないといい得るような合理性が認められない。
上記の9選挙区で2倍以上の較差が生ずることとなった理由として区画審で述べられた見解は,平成13年12月10日第31回議事録によれば,概略は次の(1)ないし(5)のとおり要約される。
(1) 各選挙区の人口について,全国の議員1人当たり人口の3分の4を上回る選挙区は設けないものとし,3分の2を下回る選挙区はできるだけ設けないものとするとの基準を設け,該当する選挙区の人口が全国の議員1人当たり人口の3分の4を上回らないことを理由としたもの 兵庫県第6区,東京都第6区,東京都第19区
(2) 市の区域は,市の人口が全国の議員1人当たり人口の3分の4を上回る場合等を除き,原則として分割しないとの基準を設け,その分割基準に該当しないことを理由としたもの 千葉県第4区
(3) 郡(北海道にあっては支庁)の区域は原則として分割しないことを理由としたもの 北海道第5区,北海道第6区
(4) 地域事情を考慮したとするもの 福島県第1区
(5) 地勢上の配慮をしたとするもの 静岡県第5区,静岡県第6区
これらの見解について検討するに,まず,兵庫県第6区,東京都第6区,東京都第19区及び千葉県第4区については,3分の4基準が適用されているが,この基準は,選挙区人口の下限としての3分の2基準の厳格な維持がされるのでなければ,2倍以上の較差が生ずることをあらかじめ容認するものであり,合理性を有しないことは明らかである。
次に,北海道第5区及び第6区,福島県第1区並びに静岡県第5区及び第6区については,いずれも行政区画,地勢,その他の地域の一体性を重視したとされるが,それらの考慮要素は他の選挙区の画定に際しては考慮されずに該当地域の分割がされているところであり,これらの5選挙区についてのみ2倍以上の較差が生じることとなってもなお,それらの事情を考慮しなければならない特別の事情があるとも認められない。
なお,これらの9選挙区について較差を2倍未満とすることは,上告人兼上告代理人森徹の上告理由書に記載されているとおり可能であったものである。
2 政見放送を,候補者届出政党にのみ認め,これに所属しない候補者に認めないとする公職選挙法150条1項の規定は憲法に違反する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 政見放送を候補者届出政党にのみ認めることは,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異をもたらすものであることは原審も認めるとおり明らかである。
この差異は,候補者届出政党とされるための要件が既成政党等にのみ有利であることを考慮すれば,選挙制度を政策本位,政党本位とする立法目的によって合理性が得られるものではない。
すなわち,公職選挙法150条1項の規定は,既存の,かつ,一定規模以上の政党間の政策論争に限定すれば,各党の政策を放送という影響力のある媒体を通じ明らかにすることにより政策本位の選挙の実現に資するという一面は認められる。しかしながら,この規定は,国会議員5人未満の政党等とその所属する候補者及び政党等に所属しない候補者の政見を表明する機会を制限することとなり,また,既存の政党間の政策論争では採り上げられなかった政策課題や直近の国政選挙時では争点とはならなかったが,にわかに浮上した政策課題について候補者届出政党に所属しない候補者が政見を表明する機会を著しく制限するものであり,また,国民は,そのような政策に関する政見に接する機会を制限されることにもなる。
したがって,公職選挙法の上記規定は,政策本位,政党本位という立法目的にかえって反するものと解される。
(2) 政見放送について差異を設けた根拠の一つに,すべての候補者個人に政見放送の機会を与えることによるテレビ局等の負担が挙げられている。
これに関する現行の定めは,放送1回につき9分以内,また所属する候補者が9ないし11人の場合はNHKテレビ,ラジオ及び民放を合わせて18回とされている。
このような定めを改め,放送1回当たりの時間の短縮,放送回数の縮減,放送時間帯の工夫等をして対応する可能性が全く否定されるものではなく,さらに,ほとんどの県でテレビ放送の3ないし4波体制が確立していることからすれば,テレビ局の負担を理由として政見放送に係る差異を設けたことに合理性があるともいえない。
(3) なお,本件選挙においては,郵政民営化法案の是非が大きな争点となったが,33の選挙区で郵政民営化法案に反対する自民党議員に公認が行われなかった。公認されなかった議員のうち国民新党,新党日本を結成し,候補者届出政党所属議員としての地位を確保した者もいたが,無所属議員が平成17年9月21日特別国会召集時点で17名であった。
このように,特に,本件選挙においては,候補者届出政党に所属しない候補者に政見放送を認めないことが,国民が候補者間の政策の相異を理解し,政策本位の選挙を実施することの妨げになった可能性があったことを付言する。
3 なお,上述の1及び2のいずれについても事情判決の法理を適用して選挙の違法を宣言するにとどめるべきものと考える。
裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。
本件区割規定は,選挙権平等の原則に違背し,憲法に違反する。また,公職選挙法が,小選挙区選挙の候補者のうち,候補者届出政党に所属する者と,これに所属しない者との間に設けた選挙運動上の差別は,選挙人が候補者の適性,政見等に関する情報を均等に得て,選挙権を適切に行使することを妨げるものであるから,憲法に違反する。本件選挙の小選挙区選挙は,違法である。原判決を変更し,事情判決の法理により請求を棄却するとともに,主文において本件選挙の各上告人が居住する選挙区における選挙が違法である旨の宣言をするのが相当である。以下,その理由を述べる。
1 投票価値の平等について
(1) 我が国の憲法は,主権が国民に存すること,国権は国民により正当に選挙された代表者がこれを行使することを宣言し,代表者の選定は「国民固有の権利」であって,その選挙については「成年者による普通選挙」を保障するとうたうとともに,衆議院及び参議院の両議院で構成する国会を国権の最高機関,国の唯一の立法機関とし,「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」として,議会制民主主義の採用を明らかにしている(前文,1条,15条1項及び3項,41条,42条並びに43条1項)。そして,両議院の中でも,衆議院を,参議院に比して優越性を有する最高の機関と位置付けている。一方,憲法は,すべて国民は個人として尊重されるとの思想の下に,すべての国民は法の下に平等であって,信条等により政治的関係等において差別されないとして,国民平等の原則を唱えている(13条及び14条1項)。憲法は,この平等原則に基づいて上記のとおり成年者による普通選挙を保障した上,議員の選挙人の資格の平等につき特別の規定(44条ただし書)を置いて,選挙における平等原則の徹底化を図っている。
憲法が採用する上記のような原理からして,憲法は,衆議院議員の選挙につき,国民に対し,1人1票の平等な選挙権を保障するにとどまらず,各投票が選挙の結果に対して持つ影響力,すなわち投票価値においても平等な選挙権を保障していることが明らかである。そして,この選挙権の平等は,個人の人格の根源的な平等性に根ざすものであって,形式的・数学的平等であり,政治的意思形成について国民を絶対的に平等に取り扱うことを要求するものである。
(2) 憲法47条は具体的選挙制度の構築を法律に委任しているが,それはあくまでも選挙権の平等などの憲法原理の枠の中での委任であるから,法律で衆議院議員の選挙区や定数配分を定める際は,選挙区間における投票価値ができる限り平等になるよう,人口比例の原則に則って可能な限り1対1に近づけることが要求される。選挙人のグループ分けをして選挙区を定めるに際し,1対1からある程度の乖離が生じることは避けられないが,乖離をもたらす規定の立法目的が必要不可欠な公益を追求するものであるか否か,その目的達成のために選択された手段が是非とも必要な最小限度のものであるか否かを審査し,両者が肯定されて初めて,当該規定の合憲性を肯認すべきである。
(3) 本件区割規定は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区数300について,東京都に25,神奈川県に18を配分しているが,選挙区数300を人口に比例して各都道府県に配分すれば,東京都は28,神奈川県は20の選挙区数となる。すなわち,人口比例配分に比して,東京都の選挙区数は3,神奈川県の選挙区数は2少なく定められており,その分,東京都及び神奈川県の各選挙区における議員1人当たりの人口が多くなり,そこに居住する選挙人の投票価値が低くなっている。この投票価値の1対1からの乖離は,区画審設置法3条2項が,衆議院小選挙区選出議員の選挙区数300の各都道府県への配分について,まず1ずつの均等配分(1人別枠方式)をした上,残り253を各都道府県の人口に比例して配分するものとしていることに由来する。本件区割規定の下での都道府県別の議員1人当たりの人口は,最少の高知県が27万1316人であるのに対し,東京都が48万2564人(高知県の1.779倍),神奈川県が47万1665人(高知県の1.738倍)である。本件選挙では,1人別枠方式を採用したことが主因となって,高知県では5万3754票の得票で当選した候補者が出る反面,東京都では13万3180票の得票(高知県の上記当選者の得票の2.478倍)で落選し,神奈川県では11万4816票の得票(高知県の上記当選者の得票の2.136倍)で落選した候補者が出ているのである。
(4) 区画審設置法3条2項が1人別枠方式を採用した立法目的について,政府の立法担当者は,「過疎地域への配慮,多極分散型国土の形成等の政策課題への配慮等の面から人口以外の要素も取り入れるべきではないかとの各方面からの意見,要望を踏まえ,人口の少ない県に対し定数配分上配慮しようとしたためである。」と説明している。しかし,過疎対策,多極分散型国土の形成等の政策は,「全国民を代表する選挙された議員」が国会において審議すべき公共政策の一部である。国会において審議すべき政策について,一定の方向性を与えるため,国会へ代表者を送る選挙の段階で,各都道府県で選出する議員の数に手を加えることは,議会制民主主義という憲法原理に違反する。国会は,憲法改正の発議,内閣総理大臣の指名,法律一般の議決,予算全体の議決等を行うほか,財政再建策,年金・社会福祉政策,文教政策,外交・防衛政策等の国の重要政策一般を審議する場であることを考えれば,国会における政策形成に全国民の意見を等しく反映させるべきことは当然であり,国民がいずれの都道府県に居住するかによってその発言力に軽重を付けることは,選挙権の平等,議会制民主主義という憲法原理に違反することが明白というべきである。憲法改正の発議を一例として取り出しても,その決議を行うべき議員の選挙について,1人別枠方式を採用し,居住する都道府県によって国民の投票の価値に殊更に較差を設けることが許されないことは,多言を要しないところであろう。そして,1人別枠方式は,第8次選挙制度審議会の「選挙区間の人口の均衡を図るものとし,各選挙区間の人口の格差は1対2未満とすることを基本原則とする。」との平成2年4月26日答申にも反しているのである。したがって,上記の立法目的は,正当性を有しないばかりか,憲法原理に対立するものであって,これを容認することは到底できない。
なお,本件区割規定は,熊本県,三重県及び鹿児島県に人口比例配分による選挙区数よりも1多い選挙区数を配分しながら,これらの県より人口の少ない島根県等の11県には人口比例配分による選挙区数を配分するにとどまっているから,過疎対策という1人別枠方式の立法目的と,その目的達成の手段たる本件区割規定による選挙区数の配分とは,必ずしも合理的関連性を有するとはいえないことを指摘しておかなければならない。
(5) 1人別枠方式の立法目的について,担当大臣は,「著しく国会議員の数が減ってしまうということは,やはり地域の代表権という意味からいっても必ずしも好ましいことではないということもありまして」とも説明している。しかし,各都道府県の議員数の減少を低く抑えるという目的で,人口比例原則の例外を設けるということは,何らの正当性を有しないばかりか,選挙権平等の憲法原理に対立するものであり,到底是認することができない。また,国会議員を地域の代表者ととらえることは,国会議員を全国民の代表者とする憲法理念に反するものである。
(6) したがって,1人別枠方式を採用して定められた本件区割規定は憲法に違反するものであり,それにより各上告人が居住する選挙区の選挙人の投票価値が理由なく低くされたのであるから,同選挙区における本件選挙は違法である。
2 選挙運動の自由平等について
(1) 我が国の憲法が採用する議会制民主主義は,選挙人が,選挙権を行使する際の判断材料である候補者の人物,識見,政見等に関する情報を自由かつ均等に取得して,選挙権を適切に行使することができることを前提としている。憲法は,この民主政の過程を支えるため,選挙権の保障と並んで,集会,結社及び言論,出版その他の表現の自由を保障している。民主主義的な自己統治の実現のためには,表現の自由の保障が欠かせないのである。そして,選挙人が候補者に関する適切な情報を取得するためには,候補者に自由かつ平等な選挙運動が保障されている必要がある。候補者が行うことができる選挙運動の方法及び量について,候補者間に差別を設けることは,選挙人が,候補者に関する情報を自由かつ均等に取得し,選挙権を適切に行使することを妨げるものであり,選挙人の憲法21条1項で保障された知る権利,憲法15条1項及び3項で保障された選挙権を阻害し,議会制民主主義の原理に反することになるから,上記差別の合憲性については,先に述べた投票価値の差別の場合と同様に,厳格に審査する必要がある。
(2) 公職選挙法は,小選挙区選挙について,各候補者個人に対し,選挙事務所,自動車・船舶・拡声器,通常葉書,ビラ,ポスター及び新聞広告で選挙運動を行うことを平等に認めるとともに,これに量的制限を加えている。そして,公職選挙法は,候補者届出政党に対し,その届出に係る候補者(以下「政党届出候補者」という。)個人とは別に,上記の手段による選挙運動を行うことを認めるほか,候補者個人には禁止されている政見放送を行うことを認め,これらの運動手段において政党届出候補者のための選挙運動を行うことも認めている。しかも,候補者届出政党に認められた選挙運動のうち,新聞広告及び政見放送は,国がその費用を負担するもので,無料である。政党届出候補者のために行うことができる選挙運動と,本人が届け出た候補者(以下「本人届出候補者」という。)のために行うことのできる選挙運動との間には,手段及び量において,上記のように差別が設けられているのである。
公職選挙法が設けた上記差別のうちの量的部分につき,その程度を具体的にみることとする。小選挙区選挙において,候補者届出政党が1つの都道府県で1人の候補者を届け出た場合,候補者届出政党が当該都道府県において行う選挙運動は,当該政党届出候補者のための選挙運動といえるから,当該政党届出候補者のために行うことのできる選挙運動の量は,当該政党届出候補者が個人として行うことのできる選挙運動の量に,候補者届出政党が行うことのできる選挙運動の量を加えたものということができる。この例によると,当該政党届出候補者のために行うことのできる選挙運動の量(大きさに数を乗じたもの)は,本人届出候補者のために行うことのできる選挙運動の量に比して,選挙事務所で2倍,自動車・船舶・拡声器で2倍,通常葉書で1.57倍,ビラで2.14倍,ポスターで9.61倍(東京都第12区のポスター掲示場470を例に計算),新聞広告で2.60倍となる。そして,本人届出候補者のために行うことが禁止されながら,当該政党届出候補者のためには行うことが認められている政見放送は,テレビジョン放送及びラジオ放送を通じて1回当たり9分の4回である。
(3) 公職選挙法が,小選挙区選挙における選挙運動につき,上記のような差別を設けた立法目的について,政府の立法担当者は,衆議院議員の選挙制度を政策本位,政党本位のものにするためと説明している。選挙制度を政策本位,政党本位のものとするとの立法目的自体は,一応の合理性を有するということができよう。
(4) 公職選挙法は,上記の立法目的達成の手段として,候補者個人のほか,候補者届出政党が一定の選挙運動を行うことができるものとした。候補者届出政党とは,「当該政党その他の政治団体に所属する衆議院議員又は参議院議員を5人以上有すること。」又は「直近において行われた衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙若しくは比例代表選出議員の選挙又は参議院議員の通常選挙における比例代表選出議員の選挙若しくは選挙区選出議員の選挙における当該政党その他の政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票の総数の100分の2以上であること。」のいずれかに該当する政党その他の政治団体である(同法86条1項)。すなわち,同法の候補者届出政党は,過去の選挙で実績を上げた政党その他の政治団体に限定され,小政党や新興の政治団体を除外したものとなっている。
平成6年法律第2号による改正前の公職選挙法は,過去の選挙の結果とは無関係に,確認団体及び推薦団体による選挙運動を認めていた。すなわち,当該総選挙において全国を通じ25人以上の所属候補者を有する政党その他の政治団体は,確認団体として選挙運動を行うことができた。また,衆議院議員の選挙において,確認団体の所属候補者以外の候補者を推薦し,又は支持する政党その他の政治団体は,推薦団体として選挙運動のための推薦演説会を開催し,その開催に付随する文書図画を掲示することができた。しかし,衆議院議員の選挙については,この確認団体及び推薦団体による選挙運動の制度は廃止され,過去の選挙で実績を上げた候補者届出政党のみが,候補者個人とは別に選挙運動を行うことができるようにされたのである。
その上,候補者届出政党は,政党助成法に基づき政党交付金の交付を受けている政党とほぼ重なるのである。政党交付金は,選挙運動にも使用することができるものであり,平成17年分の総額が317億3100万円に上り,大政党になるほど配分額が多くなるものである。公職選挙法が,候補者届出政党に限って,候補者個人とは別個に選挙運動を行うことを認めることは,政党交付金により助成されている既成政党,特に大政党を選挙で有利に導き,その勢力維持,更には勢力拡大を助ける一方,小政党や新しい政治団体の発展可能性を阻害するものである。議会制民主主義の下では,国家はどの政治団体とも等距離を保つべきであり,国民が選挙に参加する各政治団体を正しく判断し,その政治的意見を正確に国会に反映させて,国政の方向転換を図ることも可能となるような選挙制度を構築することが要請される。
公職選挙法は,既成政党に所属しない者が新たに政治団体を結成しても,その政治団体には選挙運動を行うことを認めないのであるから,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするとの立法目的を掲げながら,実際に作られたのは,既成政党の政策本位,既成政党本位の選挙制度である。
公職選挙法が,過去の選挙の結果のみを基準に,既成政党に限って,候補者個人とは別個に選挙運動を行うことを認めることは,選挙のスタートラインから既成政党を優位に立たせ,本人届出候補者を極めて不利な条件の下で競争させるもので,議会制民主主義の原理に反し,国民の知る権利と選挙権の適切な行使を妨げるものとして,憲法に違反するといわざるを得ない。
(5) また,公職選挙法は,上記のとおり,候補者届出政党に対し,候補者個人とは別個に選挙運動を認めることにより,政党届出候補者のために行うことのできる選挙運動と本人届出候補者のために行うことのできる選挙運動との間に,質量ともに大きな差別を設けている。中でも,新聞広告及び政見放送における差別は,国の費用負担で行われる公的給付における差別という性質を有し,政見放送に至っては,候補者届出政党にのみ認め,本人届出候補者には禁止するという質的な差別である。新聞広告並びにテレビジョン放送及びラジオ放送は,今日,選挙運動の手段として極めて重要な地位を占めており,選挙人にとっても候補者に関する情報を得るための主要な手段となっていることを考えると,この点に関する差別は軽視することの許されない問題である。一方,政党届出候補者及び本人届出候補者の双方について,新聞広告及び政見放送による政見発表の機会を実質的に均等に与えることは,さほど困難なことではない。
選挙運動について,上記のような大きな差別を設けなければ,政党本位,政策本位の選挙という目的が達成できないとは認め難く,公職選挙法が政党届出候補者と本人届出候補者との間に設けた差別は,前記の立法目的の達成のため是非とも必要な最小限度のものということはできず,選挙人の候補者に関する情報の取得と,候補者に関する均等な情報に基づく適切な選挙権の行使を過度に妨げるものであり,議会制民主主義の原理に反し,国民の知る権利と選挙権の適切な行使を妨げるものとして,憲法に違反するものといわざるを得ない。
(6) したがって,選挙運動について既成政党のみを優遇し,政党届出候補者を過度に有利に扱う公職選挙法は,憲法に違反するものであり,各上告人が居住する選挙区における本件選挙は,この点においても違法である。
3 国会に広い裁量を認めることの可否について
(1) 国民が,平等な選挙権を有し,正確な情報を得て,代表者の投票を通じ,その政治的意見を国会に反映させるという議会制民主主義の過程自体にゆがみがある場合,ゆがみを抱えたままのシステムによって是正が図られることを期待するのは困難であるから,そのゆがみを取り除き,正常な民主政の過程を回復するのは,司法の役割であり,司法の出番なのである。実際にも,現職の国会議員は,現在の選挙制度において選出された議員であるから,選挙制度に欠陥があっても,国会にその修復を期待することには無理がある。洋の東西を問わず「悪い議員配分は立法的な医薬によっては治らない病気である。」といわれるゆえんである。自由かつ平等な選挙権は,国民の国政への参加を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものである。その選挙権の平等かつ適切な行使に影響を与える立法について,国会に広い裁量権を認めていては,憲法47条が,国民主権,選挙権の平等,議会制民主主義等の憲法原理の枠の中においてのみ,具体的選挙制度の決定を国会に委任しているにすぎないことを無視する結果となり,憲法で負託された司法の役割を果たすことにはならないのである。
(2) また,当裁判所は,最高裁平成13年(行ツ)第82号ほか在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件の同17年9月14日大法廷判決(民集59巻7号2087頁)において,「国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。」と判示したばかりである。特定の選挙区の投票価値を他の選挙区のそれより低くすること,選挙運動に差別を設けて選挙権の適切な行使を妨げることは,一種の選挙権の制限である。上記判示に従えば,選挙権を制限するためには,「そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」のであり,「そのような制限をすることなしには」公正かつ効果的に代表を選出する選挙制度を設計することが「事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえ」ないのである。この判断基準に照らしても,1人別枠方式を採用して定められた本件区割規定,及び選挙運動について既成政党のみを過度に有利に扱う公職選挙法は,憲法に違反することが明らかである。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
1 本件区割規定に関する私の意見は,後記の4裁判官の見解のとおりである。
2 選挙運動に関する私の意見は,以下のとおりである。
私は,多数意見と異なり,本件選挙において,小選挙区選挙の候補者のうち候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者が行い得る選挙運動の較差は,候補者届出政党がその政党に所属する個々の候補者のために実際に行い得る選挙運動の内容をも加味すれば,質,量の両面において著しく大きく,政策本位,政党本位の選挙制度とすべく小選挙区比例代表並立制の制度が採用され,その選挙制度を実効あらしめるべく,候補者届出政党に小選挙区選挙に関して選挙運動を行うことが認められたものであるとの立法目的を考慮しても,その目的のために許容される合理的範囲を超えるものであると評さざるを得ないのであり,候補者あるいは候補者になろうとする者の被選挙権の平等を妨げるものとして,憲法14条1項,44条ただし書,47条に違反するとともに,選挙人の選挙権の適正な行使を妨げるものとして,憲法14条1項,15条3項,44条,47条に違反するものであって,本件選挙は違法であると考える。その理由は,以下のとおりである。
(1) 選挙運動の平等の意味
代議制民主主義の基礎を成す普通選挙は,候補者が共通の土俵の上で,共通の手段・方法でもって,その信条,政見,政策,識見を選挙人に訴え,その投票を呼び掛けてその投票者の多数によって当選人を決定する制度であるから,各候補者が行い得る選挙運動の手段・方法は,「人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならない」(憲法44条ただし書)ことはもちろんのこと,原則として平等でなければならない。候補者の観点から選挙運動を見た場合,同一の選挙における候補者の所属する政党のいかん,候補者の推薦母体の有無等により差異が存する選挙制度が設けられる場合には,当該選挙制度を採用するにつき,その差異が生ずるのがやむを得ないといえるだけの合理的な理由が必要とされ,かつ,その制度の下で,質又は量の側面において広い範囲で選挙運動を行うことが許容された候補者と選挙運動を制限された候補者との間の選挙運動の差異が,候補者の選挙結果に実質的に影響をもたらさない程度にとどまる場合に限られるべきである。このような制度を採用するにつき,上記のごとき合理的理由もなく,あるいはその差異によって候補者の選挙結果に実質的影響をもたらす場合には,このような制度は,候補者の被選挙権の平等を害するものであって,憲法14条1項,44条ただし書,47条に違反し,無効といわざるを得ない。
次に,選挙人の立場から候補者の行い得る選挙運動を見た場合,選挙人が適正にその選挙権を行使するには,各候補者の信条,政見,政策,識見等に関する情報が,適正にして必要かつ十分に開示され,伝達される機会が保障されることが不可欠である。選挙人に候補者に関する情報が適正に伝達されることによって,公正な選挙権の行使が保障されるのであり,そのことは,選挙権の投票価値の平等と並んで,普通選挙制度の基礎を成すものといえる。
このように,選挙人の立場から見ても候補者の行うことができる選挙運動の平等は不可欠な制度であるが,他の立法目的の関係上その選挙運動の機会や内容に差異が生じる制度を設けても,その目的達成のために合理的な範囲にとどまり,かつ,選挙人の選挙権の行使に実質的に影響を及ぼさない場合には,憲法44条で認められた国会の立法裁量権の範囲内として許容されるといえる。しかし,選挙制度において設けられた選挙運動の差異につき合理的理由が認められず,あるいはその差異が選挙権の行使に実質的に影響を及ぼす場合には,かかる制度は,選挙権の適正な行使を妨げるものとして憲法14条1項,15条3項,44条,47条に違反し,無効といわざるを得ない。
(2) 候補者届出政党の要件
平成6年に改正された公職選挙法は,政策本位,政党本位の選挙制度を目指して,小選挙区制を定めるとともに,一定の要件を満たす政党等に小選挙区選挙において候補者を届け出ることを認めることとしたが,そのこと自体は,いかなる選挙制度を設けるかについて国会にゆだねられた合理的裁量権の範囲内であり,何ら異とするに当たらない。
小選挙区選挙に候補者を届け出ることのできる政党等の要件は,①当該政党その他の政治団体に所属する衆議院議員又は参議院議員を5人以上有すること,又は,②直近に行われた衆議院議員の総選挙における小選挙区選挙若しくは比例代表選挙若しくは参議院議員の通常選挙における比例代表選挙若しくは選挙区選挙における当該政党その他の政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票の100分の2以上であることとされている(公職選挙法86条1項)。
他方,小選挙区選挙における候補者の届出については,候補者届出政党による候補者の届出に限られず,自ら候補者になろうとする者はその届出をすることができ(同条2項),また,本人の承諾を得た上で,他人を候補者として推薦の届出をすることができる(同条3項)。したがって,上記の候補者届出政党の要件に該当しない政党等であっても,政党等の代表者等が推薦人になることにより,その政党等に所属する者を各地の小選挙区選挙の候補者として推薦の届出をすることができるのであって,国民の立候補の自由は確保されており,候補者届出政党制度を設けたこと自体は,憲法上何らの問題も生じない。
(3) 候補者届出政党に小選挙区選挙に関して選挙運動を認めることの問題点
前項に述べたとおり,候補者届出政党に小選挙区選挙の候補者届出の権限を認めたこととの関連で,平成6年に改正された公職選挙法は候補者届出政党にも小選挙区選挙において独自の選挙運動を行うことを認めたが,そのこと自体は,立法裁量として首肯できる。
ただ,同法は,候補者届出政党が小選挙区選挙において行う選挙運動において,当該政党の政見,政策を訴えることだけでなく,当該政党に所属する小選挙区選挙の個々の候補者のための選挙運動を行うことを認めているところから,候補者届出政党に所属する候補者は,候補者個人が行える選挙運動に加えて,候補者届出政党が当該候補者のために行う選挙運動を自らの選挙運動の一環として利用することができるのであり,その点で,候補者届出政党に所属しない候補者との間で,選挙運動に較差が生じることになる(もし,同法が,候補者届出政党が小選挙区選挙で行い得る選挙運動を,政党としての政見や政策に限定し,同政党に所属する個々の候補者の選挙運動につながる選挙運動を許さないとの制度-選挙運動の自由をできるだけ広げようとする最近の考え方には逆行することになるが-を採用すれば,ここで検討する較差の問題はほとんど生じないことになる。)。
問題は,その較差が,小選挙区選挙が政策,政党本位の選挙制度を目指したことに伴う,合理的に許容される範囲にとどまるといえるか否かということである。そこで,小選挙区選挙において候補者個人が行い得る選挙運動と,候補者届出政党がその政党に所属する小選挙区選挙候補者のために行い得る選挙運動につき,上記の較差を検討することとする(なお,候補者届出政党は,実際には比例代表選挙における名簿による立候補の届出を行っているところから,比例代表選挙のために認められた選挙運動を,小選挙区選挙の個々の候補者の選挙運動のために利用することが可能であり(同法178条の3第2項),小選挙区選挙における候補者届出政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者との間の選挙運動の較差を検討する際には,その点をも加味するべきであり,その点をも加えると両者間の選挙運動の較差は,以下に検討するところより更に拡大するのである。)。
ア 選挙事務所の設置
候補者は,選挙区に1か所設けることができるが,候補者届出政党は,候補者を届け出た選挙区ごとに1か所設けることができ,候補者届出政党に所属する候補者は,実質2か所の選挙事務所を設けることができる(公職選挙法131条1項)。
イ 自動車,船舶及び拡声器の使用
候補者は,原則として自動車1台又は船舶1隻及び拡声器一そろいのほかは使用することができず(同法141条1項),また自動車の種類や構造にも制限がある(同条6項,同法施行令109条の3)。候補者届出政党は,候補者を届け出た選挙区を包括する都道府県ごとに自動車1台又は船舶1隻及び拡声器一そろいを使用することができ,当該都道府県における届出候補者が3人を超える場合に10人増すごとに上記の数にそれぞれ1を加えた数のものを追加して使用することができる(同法141条2項)。東京都の場合には25選挙区あるので,23人以上の届出候補者がいれば3台,埼玉県は15選挙区,千葉県は13選挙区,神奈川県は18選挙区,愛知県は15選挙区,大阪府は19選挙区あるので,それらの府県では,13人以上の届出候補者がいれば2台の自動車等を用いることができる。そして,この自動車の種類や構造に制限はなく,また,乗車人数にも制限はない。それ故,候補者届出政党に所属する候補者は,それらの自動車に多数の支援者と共に乗車して選挙運動をすることができる。
また,自動車に備え付けた拡声器を用いての連呼行為は許容されている(午前8時から午後8時まで。同法140条の2第1項ただし書)。候補者届出政党の自動車による連呼行為において,当該小選挙区候補者名を連呼することは禁止されておらず,また,候補者届出政党は,その自動車等を当該都道府県内のどこで用いるのも自由である。
それ故,候補者届出政党は,上記以外の各道府県においては,候補者個人の自動車等に加えて1台の自動車等を,また東京都では3台の,東京都を除く上記各府県では2台の自動車等を特定の候補者の小選挙区(いわゆる重点区)に集中することが可能となる。そのような集中がされる場合の候補者届出政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者間の選挙運動の差は,単なる量的な差ではなく,質的な差と評価せざるを得ないものである。
ウ 文書図画の頒布
候補者は,通常葉書3万5000枚,大きさが長さ29.7cm,幅21cm(A4版)以内の2種類以内のビラ7万枚のほかは,頒布することができない(同法142条1項1号,8項)。それに対して候補者届出政党は,候補者を届け出た選挙区を包括する都道府県ごとに通常葉書2万枚,ビラ4万枚を基礎として当該都道府県における届出候補者数を乗じて得た数(ただし,ビラについては,届出候補者に係る選挙区においては4万枚以内)を頒布することができる。ビラの大きさは長さ42cm,幅29.7cm(A3版)以内でなければならないが,種類の制限はない(同条2項,9項)。上記の通常葉書やビラには候補者の氏名,写真,政見等を掲載することができる。
それ故,仮に候補者届出政党に所属する候補者に係る選挙区内で頒布する葉書のうち1万枚,ビラのうち2万枚に当該候補者の名前や写真を掲載すれば,それに所属しない候補者に比して,いずれも約1.3倍の枚数を頒布できる。それだけでも,単なる量的な多寡の問題とは評し得ない。それに加えて,上記の例では,ビラのうち0.3倍分は,候補者個人が頒布できるビラの倍の大きさのもの(A3版)まで頒布することができるのであって,そのことにより選挙人に強い印象を与える写真等を掲載できるとともに,多量の情報を記入できるのであり,候補者届出政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者の頒布できるビラによる選挙運動の差は,単なる量の差というよりは,質的な差と評し得るものである。
エ 選挙運動用ポスターの掲示
候補者個人は,選挙運動用ポスターは,長さ42cm,幅30cm(ほぼA3版)以内のものをポスター掲示場ごとに1枚掲示する以外は掲示することができない。ポスター掲示場の総数は,1投票区に5か所以上,10か所以内とされている(同法143条1項5号,3項,144条4項,144条の2,同法施行令111条)。それに対して,候補者届出政党は,候補者を届け出た選挙区を包括する都道府県ごとに1000枚に当該都道府県における届出候補者数を乗じた数(ただし,届出候補者に係る選挙区においては1000枚以内)のポスターを掲示場所の制限なしに掲示することができ,長さ85cm,幅60cm(ほぼA1版)以内と,候補者個人のポスターの4倍の大きさのものまで認められている(同法143条1項5号,144条1項1号,4項)。
候補者届出政党のポスターの記載内容,掲示内容には制限はないから,仮に選挙区に掲示可能な1000枚のうち500枚に,当該選挙区に係る候補者届出政党に所属する候補者の氏名,写真その他の情報を記載するとすれば,上記のとおり,その掲示場所の制限がないこと,ポスターの大きさが候補者個人の掲示できるものの4倍の大きさまで可能であることとあいまって,候補者届出政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者との間のポスターを利用しての情報伝達量の差は著しく大きく,単なる量的差異にとどまらないといわざるを得ない。
オ 新聞広告
候補者個人は,新聞広告を幅9.6cm,2段組以内で,選挙運動期間中に各紙合わせて5回掲載することができる(同法149条1項,同法施行規則19条1項)。それに対して,候補者届出政党は,当該都道府県における届出候補者数に応じて,新聞広告の総量として幅38.5cm,4段組以内で総掲載回数8回以内(候補者1人~5人)から,総量として幅38.5cm,16段組以内で総掲載回数32回以内(候補者16人以上)まで新聞広告をすることができる。
そして,候補者届出政党の新聞広告には,その記載内容に制限がなく,小選挙区選挙の候補者の写真や氏名を掲載することも自由であり,また,本件選挙において実際にその記載がされたことは公知の事実である。その結果,候補者届出政党に所属する候補者は,それに所属しない候補者の数倍の回数の新聞広告をすることができ,かつ,候補者届出政党の新聞広告は,1回当たり,個人に比してより大きな広告を掲載することが可能であり,その中に氏名や写真が掲載されることによる印象度は,個人候補者単独の新聞広告が与える印象度とは雲泥の差があるのであって,その差は単なる量の差とはいえず,質的な差であると評さざるを得ない。
カ 政見放送
政見放送は,候補者個人には認められず,候補者届出政党にのみ認められる。その放送時間は1回につき9分以内で当該都道府県における届出候補者の数に応じて認められており,届出候補者数が2人以下の場合は,日本放送協会のテレビ放送1回,ラジオ放送1回,民間放送局のテレビ放送又はラジオ放送2回以内であり,届出候補者数の増加とともにその回数が増し,当該候補者届出政党の届出候補者の数が12人以上の場合は,日本放送協会のテレビ放送8回,ラジオ放送4回,民間放送局のテレビ放送又はラジオ放送12回の放送をすることができる。その放送内容に制限はなく,小選挙区選挙の候補者を当該テレビ放送やラジオ放送に出演させることも自由である。
そして,本件選挙においても,候補者届出政党における政見放送において,同じ政党に所属する小選挙区選挙の候補者が出演する放送が実施されたことは,公知の事実であるが,放送,殊にテレビ放送の今日における広報機能(テレビ放送のいわゆるスポット広告が15秒を単位として販売され,かかるスポット広告が商品等の宣伝・広告手段として相当の機能を果たしていることは公知の事実である。)にかんがみれば,テレビ放送,ラジオ放送(殊にテレビ放送)において小選挙区選挙の候補者が出演し,映像(及び発言)が放映(放送)されるか否かの選挙人の投票行動に対する影響力の差異は,極めて大きいものがある。
(4) 候補者届出政党がそれに所属する候補者のために行い得る選挙運動と,それに所属しない候補者が行い得る選挙運動の較差についての評価
多数意見は,小選挙区選挙において,候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上,その政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者が行い得る選挙運動との間に差異が生ずることは避け難いところであり,「自動車,拡声器,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等についてみられる選挙運動上の差異は,候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであ」るとし,また,「政見放送を候補者届出政党にのみ認めることは,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異をもたらすものといわざるを得ない。」としながら,「小選挙区選挙における政見放送を候補者届出政党にのみ認めることとしたのは,候補者届出政党の選挙運動に関する他の規定と同様に,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという合理性を有する立法目的によるものであり,また,政見放送は選挙運動の一部を成すにすぎず,その余の選挙運動については候補者届出政党に所属しない候補者も十分に行うことができるのであって,その政見等を選挙人に訴えるのに不十分とはいえないこと,小選挙区選挙に立候補したすべての候補者に政見放送の機会を均等に与えることには実際上多くの困難を伴うことは否定し難いことなどにかんがみれば,小選挙区選挙における政見放送を候補者届出政党にのみ認めていることの一事をもって,選挙運動に関する規定における候補者間の差異が合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまで断ずることはできず,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているものということはできない。」とする。しかしながら,(3)で詳細に検討したとおり,小選挙区選挙において候補者届出政党に選挙運動を認めることにより,その政党に所属する候補者が得ることができる選挙運動上の利益は,それに所属しない候補者が行い得る選挙運動と対比した場合,各選挙運動それぞれについて,単なる量的相違にとどまらず,質的な較差が生じていると評さざるを得ないのであり,それらの各選挙運動の総合結果は,各選挙運動の較差を加算したものにとどまらず,それらの較差を乗じたものとなるのである。
そのような較差は,政策本位,政党本位の選挙制度の故をもって合理性が認められる限度をはるかに超えているものと評さざるを得ない。
しかも,候補者届出政党の要件が,前述のとおり現に国会議員5人以上を有するか,直近の衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙において有効投票の100分の2以上の得票を得た政党等でなければならないとされているところから,国会議員5人以上を擁する既存の政党や,上記の選挙で上記以上の得票を得た既存の政党等に加えて,既存の国会議員が5人以上集まって結成した新しい政党等のみが候補者届出政党としての上記の選挙運動を行うことができるのであり,国会議員が4人以下しか結集できない新党や,新たな理念の下に結成された政党等については,その新党等が仮に全小選挙区に候補者を擁立するだけの力を有していても,各小選挙区においては,(3)で検討した各候補者個人が行うことができる選挙運動しか行うことができないのであって,この候補者届出政党の要件が,新規の政党等の参入障害となるという点において,政策本位,政党本位のための選挙運動であるとの理念とは相反する結果をもたらしているとさえ評し得るのである。
(5) まとめ
以上,詳述したように,本件選挙の小選挙区選挙において,候補者届出政党にその政党に所属する候補者のための選挙運動を行うことを認めることにより,候補者届出政党に所属する候補者が行い,また自らのために利用し得る選挙運動と,それに所属しない候補者が行い得る選挙運動の較差は,政策本位,政党本位の選挙であるとの立法目的の下で合理性を認められる限度をはるかに超えているといわざるを得ないのである。
その結果,本件選挙における小選挙区選挙は,候補者届出政党に所属する候補者か,それに所属しない候補者かによって,利用できる選挙運動に著しい較差があり,候補者又は候補者となろうとする者の被選挙権の平等を害するものとして,憲法14条1項,44条ただし書,47条に違反し,また,選挙人においても,候補者届出政党に所属する候補者とそれに所属しない候補者とが行い得る選挙運動の較差が合理的な範囲を超えているため,各候補者の信条,政見,政策,識見等,選挙権を適正に行使するための情報を,適正かつ平等に取得する機会を奪われたものであって,憲法14条1項,15条3項,44条,47条に違反するものといわざるを得ない。
なお,従前の当審大法廷が確立した判例法理に則り,事情判決の法理を適用して,選挙の違法を宣言するにとどめるべきものと考える。
(4裁判官の見解)
判示4の(1)についての裁判官藤田宙靖,同今井功,同中川了滋,同田原睦夫の見解は,次のとおりである。
私たちは,判示4の(1)について,本件区割規定を違憲と判断することはできないとの多数意見と結論を同じくするが,その理由については,多数意見とは見解を異にするものである。以下その理由を述べる。
1 投票価値の平等と選挙制度の仕組みを定める国会の裁量
(1) 主権者としての国民は,その1人1人が平等の権利をもって国政に参加する権限を有するところ,代表民主制においては,国民はその代表者である国会の両議院の議員を通じてその有する主権を行使し,国政に参加するのであるが,その代表者を選出するに当たっては,国民各自が平等の権利を有することはいうまでもない。国政選挙における投票価値の平等は,憲法の定める法の下の平等の原則及び代表民主制の原理からして憲法の要請するところである。
(2) 国会は,両議員の選挙制度の仕組みを定める権限を有するが(憲法43条,47条),国会がその権限を行使して,選挙制度の仕組みを定めるに当たっては,憲法の要請する投票価値の平等を実現するように配慮しなければならず,投票価値の平等に反する制度は,合理的な理由のない限り,憲法に違反するといわなければならない。
憲法43条及び47条において,両議員の議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めると規定されていることから,選挙制度の仕組みを定めるについて国会に裁量権が認められるといわれている。国会は,どのような選挙制度が公正かつ効果的な代表を選出するという目標を達成するために適切であるかについて裁量権を有する。この観点からして,議員の定数を何人にするか,選挙制度を比例代表制にするのか,選挙区制にするのか,この両者を組み合わせるのか,組み合わせる場合の方法をどのようにするか,選挙区の大きさをどのようにするか等について,国会に裁量権が認められることはそのとおりである。そして,このようにして決定された選挙制度の下で,選挙区制を採用する場合には,選挙区制を採用することに伴う避けることのできない結果として,投票価値の平等が損なわれることがあるとしても,その限りにおいては,憲法に違反するとはいえない。例えば,参議院議員の選挙において,憲法の定める半数改選制の下で,選挙区制を採用し,選挙区の単位を都道府県とし,かつ,各選挙区の定数を偶数とする制度を採用したこと自体から,投票価値の平等を損なう結果を招くことになることはこの適例である。もっとも,この場合においても,不平等の程度が著しく,憲法上看過し難い場合には,違憲とされる。従来の最高裁判決が,憲法適合性の判断基準として,「不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得る範囲にとどまるかどうか」というのは,正にこのような場合に当てはまるものである。
しかしながら,上記のようにして定められた選挙制度の仕組みの下において議員定数の配分をする(大選挙区ないし中選挙区制を採る場合においては各選挙区に議員定数をどのように配分するか,小選挙区制を採る場合においてはその区割りをどのように定めるか)に当たっては,憲法の要請する投票価値の平等に十分な配慮をしなければならない。国会には,投票価値の平等をあえて損なうような裁量は原則として認められないというべきである。そして,投票価値の平等にもっとも忠実な定数配分は,人口に比例して定数を配分する人口比例原則である(厳密には選挙人数を基準とすべきものとも考えられるけれども,選挙人数と人口とはおおむね比例するものとみてよいから,以下においては専ら人口を基準として論ずることとする。)から,定数の配分に当たり非人口的要素を考慮することが許容されるのは,それが投票価値の平等を損なうことを正当化するに足りる合理性を有する場合に限るといわなければならない。
2 衆議院議員の選挙における投票価値の平等の重要性
(1) 我が国のように二院制を採る場合には,第一院である衆議院においては,第二院である参議院に比べて投票価値の平等は強く求められる。歴史的に見ても,衆議院議員の定数配分については,衆議院議員選挙法により普通選挙が実施された大正14年以来人口比例原則が採られ,昭和25年に制定された公職選挙法においてもこれを踏襲して,選挙区の区分及び定数配分が行われた。その後の選挙区の区分及び定数の改正は,人口の都市集中化等の人口の変動に伴う措置であって,人口の増加した選挙区を分割し,また,人口の減少した地域の定数を減じ,これを人口の増加した地域の定数の増加に充て,あるいは,全体の定数を増加させることにより,人口の増加した地域の定数に充てるというものであった。これによると,人口比例原則という公職選挙法制定当時の仕組み自体は維持されたが,定数の見直しが急激な人口変動に追いつかないため,大きな較差が生じることとなったと評価することができるのである。
(2) 平成6年に行われた選挙制度の改正により,従来の中選挙区制を改めて小選挙区比例代表並立制という新しい仕組みが採用された。この制度の採用を提言した第8次選挙制度審議会の平成2年4月の答申においては,定数を人口比例により都道府県に割り振るものとし,ただ割り振られた定数が1である都道府県については,その定数を2とすることにより最大較差が縮小することとなるときには,その都道府県に割り振る定数を2とすることとされていたのであって,人口比例原則を採用し,その例外は,極めて限られたものとされていた。しかし,その後の政府の諮問により,1人別枠方式が答申され,これに基づく改正が行われたものである。この改正により,一方においては,人口の最大較差が従来の3倍程度から2倍程度に減少するという改善がされたのであるが,他方において,人口比例原則から相当程度の逸脱をしたとの評価を免れない。
3 1人別枠方式と投票価値の平等
(1) 1人別枠方式は,人口比例原則に対する例外として採用されたものであり,このことによって,各都道府県に対する定数配分の上で,人口比例原則によった場合よりも,以下のア,イに見るとおり,議員1人当たりの人口較差を見ても,基準人数からの偏差を見ても,較差が拡大したことが明らかであって,投票価値の平等をあえて損なうような裁量権の行使であることは,否定できない。その結果,都道府県の区域を更に区割りをして設けた小選挙区間の人口較差ないし基準人口からの偏差は,更に増大する結果となり,各選挙区間の投票価値の平等が損なわれる度合いが大きくなったのである。
ア 平成12年国勢調査による人口に基づき計算すると,都道府県単位で,1人別枠方式による定数配分と人口比例方式による定数配分とで25の都道府県で異動が生じる。前者による定数配分では,後者による定数配分に比べて,東京都で3人,神奈川県,愛知県及び大阪府で各2人,北海道,埼玉県,千葉県,静岡県,兵庫県及び福岡県で各1人の定数が不足し,一方,青森,岩手,福井,山梨,三重,滋賀,奈良,鳥取,徳島,香川,高知,佐賀,熊本,鹿児島及び沖縄の各県で各1人の定数が過剰となっている。
イ 平成12年国勢調査の結果に基づき,都道府県別に人口比例方式による定数配分と1人別枠方式による定数配分とを比較すると,次のとおりとなる。
① 議員1人当たりの人口の最小県との較差
(ア) 人口比例方式による場合(最小は和歌山県)
1.3倍未満が39都道府県
1.3倍以上1.4倍未満が5県
1.4倍以上1.5倍未満が1県
1.5倍以上は,鳥取県の1.720倍1県だけ
(イ) 1人別枠方式による場合(最小は高知県)
1.3倍未満が8県
1.3倍以上1.4倍未満が10県
1.4倍以上1.5倍未満が9県
1.5倍以上1.6倍未満が7県
1.6倍以上1.7倍未満が4府県
1.7倍以上が8都道府県で,最大が東京都の1.779倍
② 基準人数(議員1人当たりの人口,すなわち全国の総人口を小選挙区の議員定数総数で割った人数)を1とした場合の比率
(ア) 人口比例方式によった場合
比率が0.9から1.1までの間に37都道府県
0.8から1.2までの間に45都道府県
0.7から1.3までの間に46都道府県
0.5から1.5までの間に47都道府県(基準人数との隔たりが最も大きいのは,鳥取県の1.450)
(イ) 一人別枠方式によった場合
比率が0.9から1.1までの間に22府県
0.8から1.2までの間に39都道府県
0.7から1.3までの間に42都道府県
0.6から1.4までの間に47都道府県(基準人数との隔たりが最も大きいのは,高知県の0.641)
(2) そこで,このような人口比例原則の例外としての1人別枠方式が憲法の要請する投票価値の平等を損なうことを許容するほどの合理性を有するかについて考える。
1人別枠方式を採用した理由は,国会審議等によれば,過疎地域に対する配慮等の視点も必要であることから,人口の少ない県に対して定数上配慮をして,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数を人口比例で配分することとしたということであり,付随的には,改正により定数が激減する県に対する激変を緩和するためであると説明されている。
まず,過疎地域に対する配慮という目的が合理性を有するか否かであるが,過疎地域に対する配慮は国政上必要なことであるとしても,それは,国民全体の代表者としての国会が全国的な視野に立って法律の制定,予算の審議等に当たって考慮すべき事柄であって,第一院である衆議院を構成する衆議院議員の定数配分に当たって考慮することは原則として許されないというべきである。ごく例外的な場合に許されるとしても,それは,例えば第8次選挙制度審議会の平成2年4月の答申が示したような,それにより最大較差が縮小するようなごく例外的な場合に限られるというべきである。
次に,過疎地域に対する配慮という目的を達成する手段として,1人別枠方式が合理性を有するということもできない。
第1に,都道府県の人口が多いか少ないかということと,その都道府県が過疎地域か否かとは関連性がない。例えば,北海道には,過疎地域が多く存在するが,総人口が比較的多いため,人口比例原則を採った場合より少ない定数しか配分されていないことは,その典型である。
第2に,都道府県は,それ自体が選挙区の単位ではなく,その中で更に幾つかの小選挙区に分割されるという中間的な単位であるにすぎないのに,都道府県を単位として,定数配分に差を付ける合理性に乏しい。
第3に,人口の少ない県に相対的に定数を多く配分するといっても,一つ一つの県を見てみると,人口の少ない県に必ずしも多くの定数が配分されているわけではない。人口が全国で2番目に少ない島根県は,1人別枠方式による恩恵を受けていないし,人口の順位で33番目から39番目までの山形,大分,秋田,石川,宮崎,富山,和歌山の各県においても同様であるが,これより人口の多い人口の順位が22番目から24番目までの熊本,三重,鹿児島の各県においては,1人別枠方式の恩恵を受けている。
さらに,激変緩和という点についても,平成6年の改正から本件改正までの期間を考えると,少なくとも本件改正の時点においては,その必要性は乏しいといわなければならない。
このように1人別枠方式は,その目的及び手段において合理性の乏しい制度であって,投票価値の平等を損なうことを正当化する理由はないというべきである。
4 むすび
(1) 本件区割規定に基づく選挙区間の人口ないし選挙人数の較差をみると,それが2倍を超える選挙区が,改正直前の国勢調査における人口によれば9,本件選挙当時における選挙人数によれば33に達していたのであるが,このような結果を招来した原因として1人別枠方式の採用によるところが大きいこと,各選挙区間の議員1人当たりの人口較差及び基準人数からの各選挙区の人口の偏差が,1人別枠方式を採ることにより,人口比例原則を採る場合よりも大きくなったこと,1人別枠方式を採用すること自体に憲法上考慮することの合理性を認めることができないことにかんがみると,本件区割規定は,その内容において,憲法の趣旨に沿うものとはいい難い。
(2) もっとも,最高裁判所大法廷は,平成11年11月10日の判決において1人別枠方式に基づく当時の選挙区割りを合憲とし,平成13年12月18日の第三小法廷判決もこれを踏襲した。国会はこれらの判決を前提として行動し,本件選挙もこれに基づいて行われているのであって,本件選挙当時まで1人別枠方式を是正することなく放置した国会の不作為をもって,許される裁量の枠を超えたものと評価することは困難である。このことを考えると,本件選挙当時における本件区割規定を違憲とし,これに基づく本件選挙を直ちに違憲違法であると断定することにはなお躊躇を覚える。
しかし,上記(1)で述べたように,本件区割規定は,その内容において,本来憲法の趣旨に沿うものとはいい難いのであり,是正を要するものというべきである。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 涌井紀夫 裁判官 田原睦夫)