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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)171号 判決 1948年5月05日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人山村松之助同関水重男辯護人酒巻貞一郎の上告趣意は別紙添付記載の通りである。

上告趣意書記載論旨の大部分は控訴審又は原上告審の判決における刑法第百五十六條の誤解若しくは事実誤認の主張である、しかし單に刑法の誤解及事実の誤認を主張するだけでは再上告の理由とはならない、そこで辯護人は控訴審及原審は故意に証據上明白な事実に目を覆い又は刑法を曲解強辯して被告人に對し殊更不公正不利益な裁判をしたもので違憲であると主張する、しかし右の様な故意不法の事実はこれを認むべき資料が少しもない、從って原判決には論旨にいう様な控訴審の違憲の判決を違憲に非ずと判斷した等其他刑訴應急措置法第十七條所定の再上告の理由は全然無い、此點で本件再上告は多く説明するまでもなく棄却を免れないものである。

しかし辯護人は右各判決に對して甚しい誤解をして居る様に思われるから以下少しく論旨にいう「曲筆認定」「強辯」等の認むべからざる所以に付て少しく説明しよう。

辯護人は本件犯罪の成立には所論通帳が真正のものであることを要するものと考えて居る、これが総ての誤解の基となって居る様に思われるが実は本件に於て通帳が真正のものであるか否かは問題でないのである、本件の犯罪においては通帳の配達証明欄に被告人が記入した所謂配給証明書が一個獨立の文書なのであって、被告人は食糧營團の販賣所主任として自己名義を以て作成すべき右証明書に虚僞の記載をしたことにより、辯護人のいう通りの無形僞造をしたのであり、これが刑法第百五十六條の罪となるのである、此場合通帳は原審のいう通り用紙として使用されたにすぎないので僞造の目的物ではない、かゝる用紙は真正のものでも僞造のものでも罪の成立には何等影響はない、控訴審も原審も右と同じ趣旨に出たもので辯護人のいう様な法律の誤解はない、右の如く通帳が僞造なりや否やは罪の成立に關係のないことだから控訴審は此點に付て特に判示しなかったまでのことで、辯護人のいう様に真正のものと認定したのではない(從って論旨第三點にいう様な事実誤認ということはない)、だから判決書には「藤沢市発行名義の通帳」と書いてあるので「藤沢市発行の」とは書いてない、判決書等において「何々発行名義の文書」という語は僞造の文書に付ても常に使用せられることは弁護人もよく知って居る處と思う、「何々名義の文書を僞造し云々」というが如きである。其他判決書には真正の通帳と認定した様な字句は少しもない、辯護人は此點は控訴の唯一の理由であり且罪の成立を阻却すべき事由であるから刑事訴訟法第三百六十條第二項に準據して判文中にこれに對する判斷が明示されなければならない、控訴審がこれをしなかったのは被告人に對し著しく親切を缺き憲法の趣旨に反する違憲の措置であるという、しかし刑事訴訟法の右規定にいう法律上犯罪の成立を阻却すべき原由とは例へば刑法第三十五條乃至第三十七條所定の事由の如き刑法第二編各條所定の罪の構成要件は一應これを具備して居ながら尚罪の成立を阻却する事由をいうので所論の様な罪の構成要件を缺く旨の主張は前記法條所定の主張に該當しない、其他控訴の唯一の理由であればどんな主張でも必ずこれに對する判斷を判文中に明示しなければならないという法規も法理も存在しない、されば控訴審が前記の如く罪の成立に何等影響の無い事柄に付き判斷を示さなかったことは假令それが控訴の唯一の理由であったとしても少しも違法ではない、無論違憲などいう問題ではない。

辯護人は本件犯罪の成立する爲めには通帳の真正であることが必要であると思い込んで居り、其の目で各判決を見るから「真正のものと認定した」とか「曲筆強辯した」という風に見えるのだろうと思う、しかし通帳が真正なりや否やは問題でないとの見地に立って各判決を見れば控訴審並原審の意とする處はよくわかるのであって「曲筆認定」「強辯」等の跡は少しも見えない、又前記趣旨の判示としては控訴審の書き方で充分なので論旨第四點にいう様な類推などいうことはない。

尚論旨では本件裁判が憲法第三十七條違反の裁判だというけれども同條の「公平なる裁判所の裁判」というのは構成其他において偏頗の惧なき裁判所の裁判という意味である、かかる裁判所の裁判である以上個々の事件において法律の誤解又は事実の誤認等により偶被告人に不利益な裁判がなされてもそれが一々同條に觸れる違憲の裁判になるというものではない、されば本件判決裁判所が構成其他において偏頗の惧ある裁判所であったことが主張(論旨においても此主張はない)立証せられない限り假令原判決に所論の様な法律の誤解、事実の誤認又は記録調査の不充分(論旨第二點所論)等があったと假定しても同條違反の裁判とはいえない、そして既に説示した様に原審が故意に被告人に對し不公正不利益な裁判をしたものと認むべき資料は全然なく其他記録を精査しても違憲の措置は見當らない、從って再上告の理由はない。

よって裁判所法第十條第一號刑事訴訟法第四百四十六條に從い主文の如く判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)

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