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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)687号 判決 1949年5月18日

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人鷺宮二一の上告趣意第一點は末尾添附別紙記載のとおりである。

原審が昭和二二年一一月一七日公判廷外において所論の様な檢證並證人訊問の決定を爲し、其決定謄本が原審辯護人鷺宮二一及び山縣辰夫に對し右檢證及び證人訊問當日である同月二八日午前一一時三〇分(檢證期日は同日午前一〇時)東京都中央區銀座八ノ五興栄ビルディング内の辯護人等の事務所に送達されたこと、右檢證並證人訊問の受命判事は右決定に基いて右期日に檢證並證人訊問をしたが其際辯護人等はいずれも立會わなかったこと及び原判決が右證人訊問並檢證の各調書を證據として採って居ることは記録により明かである。

辯護人は被告人の利益を擁護する職責があるのであるから裁判所は辯護人に對して其職責を全うせしめる爲め公判廷外の證據調に付ても豫め其施行の日時場所等を通知してこれに立會う機會を與えるのが相當である。殊に檢證に付ては旧刑事訴訟法第一七八條、第一五八條第一項により辯護人がこれに立會うことは其權利とされて居るのであるから裁判所は檢證を爲すに當ってはこれに立會う機會を辯護人に與えなければならない。大審院の判例では右の規定は訓示的のものであって辯護人を立會わせることは裁判所の義務ではないということになって居るけれどもこれは是認出来ない。檢證は調書の記載のみでは必しも事態の真相を把握し難い複雜微妙な點があるので辯護人がこれに立會って実地に見聞すると否とは被告人の利益に重大な影響があるのみならず現場に付て被告人の主張をよく説明し裁判所の注意を喚起する必要ある場合も少くないのである。其故辯護人に立會の機會を與えることは裁判所の義務と解すべきである。前記規定を訓示的のものと解するが如きは被告人並辯護人の權利を重視する新憲法下において殊に許さるべきでない。本件においては前記の如く遠隔の地において実施される檢證が其當日しかも所定時刻經過後に至って初めて辯護人に知らされたのであるから辯護人はこれに立會う機會を全く與えられなかったものというべく、其立會なくして行われた檢證の調書を證據に採った原審の措置は違法であるといわなければならぬ。そして此違法は判決に影響を及ぼす可能性あること勿論であるから論旨は理由があるものというべく原判決は破毀を免れない。(記録によると原審は前記決定謄本を檢證期日約十日以前に執行吏に交付して其送達を命じたことが明であり從って此點に關する限り原審の措置に責むべき廉はないのである。當裁判所で調べた處によると執行吏は數回辯護人の事務所に謄本を持参したのであるが常に全戸不在で送達が出來なかったということである。執行吏は送達が出来なければ裁判所に返還する等相當の措置を執らなければならないのであるがそれを爲さず、漫然檢證の日迄謄本を持って居た爲め裁判所は不送達の事実を知らず從って更めて相當の手續を履むことをしなかった爲め前記の様な不都合な結果を生じたのである。しかし辯護人の側から見れば裁判所の手落たると執行吏の手落たるとを問わず立會う權利の行使を妨げられたことに變りはない。其故原裁判所が相當の時期に執行吏に送達を命じたという事実によってその違法がなかったとすることは出來ない。)

よって他の論點及び被告人の上告論旨に對する判斷を省略し舊刑事訴訟法第四四七條第四四八條の二に從い主文の如く判決する。

以上は裁判官沢田竹治郎、同齋藤悠輔を除く其他の裁判官全員一致の意見であり右裁判官齋藤悠輔、沢田竹治郎の反對意見は、次のとおりである。

檢證とは、裁判所が自ら五官の作用によって檢證物の状態を直接認識する訴訟行為をいうもので他人をしてこれを爲さしむべきものではない。從って、その訴訟行爲の本質上第三者の立會又は指示を要するものではない。たゞ公判外における檢證の場合には、當事者公開の原則に從い訴訟當事者をしてこれに立會わしめることを妥當とするものである。されば舊刑訴第一七八條(新刑訴第一四二條)によって檢證に準用される同第一五八條第一五九條(新刑訴第一一三條)において、檢察官、被告人(但し身體の拘束を受けている場合は必要あるときに限る)又は辯護人に立會權を與え裁判所は、あらかじめこれらの者にその日時及び場所を通知すべきものとし、しかも旧刑訴においては急速を要する場合、新刑訴においてはその外更にあらかじめ裁判所に立ち會わない意思を明示した場合には通知を要しないものと規定して、立會權は任意のもので檢證行爲の要件でないことを法規上明白に表明しているのである。從って辯護人を檢證に立會わせることが裁判所の義務であるというのは法理上の根據なき謬論である。若し義務であるとするならば辯護人を勾引又は少くとも召喚(舊刑訴第三二〇條第二項参照)すべきである。そして立會權者たる辯護人は、何時でも書類及び證據物を閲覽し且つ檢證その他の證據調を請求し得るものであるから、檢證に立會わなかった場合でも、その檢證調書を閲覽し自ら立會う必要を認めたときは更に檢證の申立を爲し得るこというまでもない。それ故檢證後と雖ども立會權を行使する機會を失うものではない。

然るに本件では裁判所は檢證期日約十日前檢證の日時、場所の通知書を執行吏に交付したが辯護人等の事務所全戸不在の爲め數回送達不能となり漸く檢證當日所定時刻經過後に送達されたというのであるから裁判所としては少くとも急速を要する場合に該當するものといわねばならぬ。しかも本件檢證後における公判期日において證據調の施行として檢證の結果を公判廷に顕出して意見辯解を求めたに拘らず被告人並びに辯護人は何等の意見辯解をも爲すことなく、剰つさえ辯護人は檢證の立會權を求めることなく辯論をしているのである。そして今やかゝる檢證期日不通知を上告理由として主張するのである。されば檢證の本質、その公判における證據調の施行、辯護人の職責就中正義維持の見地からして本論旨は到底採るを得ないのである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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