大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1622号 判決 1953年6月17日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人等五名の弁護人木田茂晴の上告趣意第一、二点について。

本件予審終結決定は、被告人伊藤を除くその余の被告人等は、「後藤所長、野田副長を協和会館迄連行拉致し」と判示し、法律適用の部で、「会館え拉致し監禁したる点は刑法第二二〇条第一項第六〇条に該当し」と説明し、右被告人等の所為を逮捕監禁にあたるものとして事件を公判に付したことは所論のとおりである。しかし、人を、逮捕し監禁したときは、論旨も指摘するように、逮捕罪と監禁罪との各別の二罪が成立し、牽連犯又は連続犯となるものではなく、これを包括的に観察して刑法二二〇条一項の単純な一罪が成立するものと解すべきものである。してみれば、逮捕監禁の所為ありとして起訴され若しくは公判に付された場合に、裁判所が単に監禁の事実だけを認め、逮捕の事実は認められないとしたときは、逮捕の点は単純一罪の一部に過ぎないから、認められた監禁の事実だけを判決に判示し、これについて処断すれば足り、逮捕の点は判決主文において無罪を言渡すべきではなく、その理由中においても、必ずしも罪として認めない理由を判示する必要はない。そして、原判決は、被告人等に逮捕監禁の事実があるとして公判に付されたのに対し、被告人等が後藤所長、野田副長を連行拉致したとの事実は判示せず、ただ監禁の事実だけを判示し処断しているのであるから、原判決が逮捕罪の認められないことを、主文若しくは理由中に説明しなかったとしても、原判決には公判に付せられた被告事件について示すべき判断に欠けるところはないのであって、論旨はいずれも理由がない。

同第三点について。

所論は、本件美唄炭鉱労働組合の要求は、いずれも正当なもので出勤手当坑内五円、坑外三円の支給は組合側から見れば一種の債権であり、これが実施要求のためなした被告人等の所為は、労働争議行為として正当な行為であるからその違法性を阻却するというのである。しかし、仮りに、出勤手当坑内五円、坑外三円の支給を受けることが組合側から見れば一種の債権であり、且つこれが要求のため団体交渉をすること自体が正当であるとしても、その手段としてなされた被告人等の所為は、原判決の確定したところを要約すれば喧騒する大衆の面前で後藤所長、野田副長に対し、要求事項の承諾を求め、同人等が機会を改め委員会を設けて折衝したいと申し出ても、被告人等は、これを許さず、その目的貫徹までは、帰えさないで頑張るから大衆諸君も頑張れといい、又罵声、怒号する大衆の前で、長時間に亘り交渉を続け、後藤、野田が脱出しようとすると、組合員、大衆も同人等を取り囲み、被告人等もその脱出を阻止し、その間後藤、野田に睡眠も与えず交渉を続けて、昭和二一年二月一七日午後六時過頃から後藤に対しては翌一八日午後三時頃迄、野田に対しては翌々日一九日午前三時頃までその場に留るのやむなきに至らしめたというのである。かかる被告人等の行為は、当時の社会情勢を考慮にいれても社会通念上許容される限度を超え、刑法三五条の正当の行為とはいい得ないのであって被告人等の行為は違法性を阻却されるものではない。論旨は理由がない。

同第四点について。

労働組合法(昭和二〇年法律第五一号)が施行されたのは昭和二一年三月一日からであるから、同年二月一七日乃至同月一九日の本件争議には適用がない。のみならず、被告人等の本件行為が刑法三五条の正当な行為とはいえないことは前項説明のとおりであり、又民主化のためにする行為であるならば如何なる行為でも、これを正当な行為と認めなければならないという理由はない。故に被告人等の本件所為は、我が国民主化のためにする行為であるから、これを正当な行為としてその違法性は阻却されるとの論旨は採るを得ない。

被告人等五名の弁護人青柳盛雄、同小沢茂、同岡林辰雄の上告趣意第一点について。

脅迫による不法監禁罪が成立するためには、その脅迫は被害者をして一定の場所から立去ることを得せしめない程度のものでなければならない。そして原判決の認定した事実によれば、被告人等は、大衆の面前で、後藤所長、野田副長に対し、要求事項の承認を求め、その目的貫徹までは帰さないで頑張るから、大衆諸君も頑張れといい、又罵声怒号する大衆の前で交渉を続け、後藤、野田が脱出しようとすると組合員大衆も後藤、野田を取り囲み、被告人等も、その脱出を阻止して、後藤、野田をしてその場に留るのやむなきに至らしめというのであるから、原判決は被告人等は多衆の威力を利用して右言動に出ることにより、後藤、野田に対し、その場を立ち去ることのできない程度の違法な脅迫を加えたる事実を認定したものであって、右の事実は原判決挙示の証拠で十分肯認することができる。してみれば被告人等の所為が脅迫による不法監禁罪を構成すること明らかである。それ故、被告人等の所為が脅迫による監禁罪に該当しないことを前提として、原判決の違法乃至違憲を主張する所論はすべて採用に値しない。

同第二点について。

被告人等の本件犯行は、昭和二一年二月中旬のことであって、所論労働組合法及び憲法のいまだ施行されない以前のことにかかる。従って、原判決に右労働組合法一条二項の適用を誤りひいては憲法二八条に反する違法ありとの所論の採用できないことは多言を要しない。のみならず被告人等の所為が労働組合の団体交渉として正当な行為であるともいい得ないことは、弁護人木田茂晴の上告趣意第三点に説明したとおりであるから、論旨は理由がない。

被告人等五名の弁護人森長英三郎の上告趣意第一、二点について。

本件犯行は所論労働組合法及び憲法が施行される前のことであって本件にその適用はない。のみならず、被告人等の行為が労働組合の団体交渉として正当な行為といい得ない違法なものであることも、弁護人木田茂晴の上告趣意第三点に説明したとおりである。又ポツダム宣言は、本件に関係ないこと勿論であるから、論旨はいずれも採るを得ない。

被告人等五名の弁護人藤井英男、同牧野芳夫、同岡林辰雄の上告趣意第一点について。

二人以上の者が共謀して、同時に同一場所において別個の人を監禁したときは、被害者の数に応じた数個の監禁の罪名に触れる一個の行為あるものと解すべきことは、多言を要しない。(大正八年八月四日大審院判決録二五輯九四〇頁参照)、これと同旨に出でた原判決には所論のような違法はない。

同第二点について。

不法監禁罪は、暴行によると脅迫によるとを問わず、他人を一定の場所の外に出ることができなくした場合に成立するので、その行為に出た動機目的が他に存すると否とを問わない。原判決摘示の事実は、その挙示の証拠で認められるし、右原判決の確定した事実は、正に不法監禁罪に該当するから、論旨は理由がない。

同第三点、第四点について。

本件被告人等の行為が労働組合の団体交渉の行為として正当な行為といい得ないことは、弁護人木田茂晴の上告趣意第三点に説明したとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。

同第五点について。

原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人等に互に意思の連絡があった事実を肯認することができるのであるから、論旨は理由がない。

被告人等五名の弁護人岡林辰雄、同青柳盛雄、同小沢茂、同藤井英男、同牧野芳夫の上告趣意第一点について。

原判決は、被告人等が如何に大衆の威力を利用したか、その態容を判示しているし、被告人等が大衆と共に後藤、野田の脱出を阻止した事実は勿論、原判決摘示の事実は、すべてその挙示の証拠により認めることができるので、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決摘示の事実は、その挙示の証拠ですべて肯認することができるのであるから、原判決には、所論のような旧刑訴三三六条に違反するかどはない。右違反の存在を前提とする憲法違反の主張も亦採用することはできない。

同第三点について。

労働組合の要求が仮りに正当なものであったとしても、これを交渉する手段としてなされた被告人等の所為が正当な行為といえないものであることは、先に説明したとおりであるから、右要求が正当なものか否かは本件犯罪の成立に関係ないところであって、原判決がその正当か否かを判示しなかったからといってこれを目して違法視することはできない。論旨は理由がない。

被告人荒井英二の弁護人布施辰治上告趣意第一、二点について。

日本国民は、法律に定めた裁判官以外の裁判を受けることのないことは、憲法に保障されている国民の権利である。本件、労働組合員等大衆を裁判官とする人民裁判において、後藤、野田が敗訴の判決を受けたのに、これに服しなかったため退去を許されず、又その判決の履行を、迫まられたもので被告人等に不法監禁罪は成立しないという所論は、法治国の精神に反し、憲法を無視する所論であって採るを得ない。又労働組合の要求が正当か否かを判断する必要のないことは、弁護人岡林辰雄、同青柳盛雄、同小沢茂、同藤井英男、同牧野芳夫の上告趣意第三点に説明したとおりである。論旨は理由がない。

同第三点について。

本件被告人等の行為は、前記労働組合法施行前のものであって、労働組合法一条二項は本件に適用はないものである。のみならず、被告人等の行為が労働組合の団体交渉として正当な行為といい得ないことは、弁護人木田茂晴の上告趣意第三点で説明したとおりであるから、論旨は理由がない。

同第四点について。

他人に対し権利を有する者が、その権利を実行する行為は、それがその権利の範囲内であって、且つその方法が社会通念上一般に許容されるものと認められる程度を超えないかぎり、何等違法の問題を生じないけれども、その行為が右の範囲又は程度を超えるときは、違法となり、犯罪を構成することあるべきは勿論である。そこで仮りに、本件美唄炭鉱労働組合員は、坑内五円、坑外三円の出勤手当の支給を受ける権利を有して居り、これが存続を要求するため、本件行為に及んだものとしても、その手段として為した被告人等の行為は、当時の社会状態を考慮に入れても、社会通念上一般に許容される限度を超えたものであり、刑法三五条の正当な行為とはいえないこと弁護人木田茂晴の上告趣意第三点に説明したとおりであって、違法性あるものであり、しかもその行為は、不法監禁罪の構成要件を充たすものであるから、原判決がこれを同罪に問擬したのは正当で、所論のような違法はない。論旨は理由がない。

よって、旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例