最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)2153号 判決 1953年4月01日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
被告人の上告趣意について。
所論は事実誤認の主張であるから適法な上告理由とならない。
弁護人吉岡大輔の上告趣意について。
憲法三七条三項前段所定の弁護人を依頼する権利は被告人が自ら行使すべきもので、裁判所は被告人にこの権利を行使する機会を与え、その行使を妨げなければ足るものであること、同条項後段の規定は被告人が貧困その他の事由で弁護人を依頼できないときは国に対して弁護人の選任を請求できるのであり、国はこれに対して弁護人を附すれば足るものであること及び同条項は被告人に対し弁護人の選任を請求し得る旨を告知すべき義務を裁判所に負わせているものでないことは、既に当裁判所の判例としているところであり、今これを変更する必要はない(昭和二四年(れ)第二三八号、同年一一月三〇日大法廷判決、昭和二四年(れ)第六八七号、同年一一月二日大法廷判決参照)。また刑訴規則一七八条は所論のいわゆる弁護人選任の照会手続について規定しているが、前示憲法の条項が裁判所にかかる照会手続をする義務を課したものでないことは、前示判例の趣旨から自ら明らかである。次にいわゆる必要的弁護事件は、弁護権につき憲法上の保障がなかった旧刑訴法時代にも規定されていたものであり、それは職権で強制的に弁護人を選任するのであるから、必要的弁護事件を如何に定めるかは刑訴法上の問題で憲法三七条三項の関知するところでないことは当裁判所の判例の示すとおりである。(昭和二四年(れ)第六〇四号、同二五年二月一日大法廷判決参照)従って必要的弁護事件において裁判所が被告人の意思の如何にかかわりなく強制的に職権で弁護人を選任することは刑訴法上の問題で憲法問題ではないのである。しかし憲法はすべての刑事事件について前記の如く弁護権を保障しているのであるから、必要的弁護事件についても憲法上の保障があるのであって、被告人が貧困その他の事由で弁護人を依頼できないときは国に対して弁護人の選任を請求できるのであり、国はこれに対して弁護人を選任する義務を負うのである、従ってこの場合における弁護人の選任は憲法問題である。それゆえに必要的弁護事件については弁護人の国選に刑訴二八九条によるものと、憲法三七条三項後段刑訴三六条によるものとの二の場合があるのであって、前者は純然たる刑訴法上の問題であり、後者は憲法問題となるのである、従ってもし必要的弁護事件の控訴審において被告人が控訴趣意書提出期間内に国選弁護人をして控訴趣意書を作成提出させることができるような適当な時期に弁護人の選任を請求したにかかわらず、裁判所が故なくその選任を遅滞し、控訴趣意書提出期間経過後にこれを選任し、為に弁護人をして控訴趣意書を提出せしめる機会を失わしめたような場合は、被告人の憲法三七条三項によって保障された権利の行使を妨げたものとして憲法違反の問題を生ずるのであるが、被告人がその責に帰すべき事由により控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を提出できるような適当な時期に弁護人選任の請求をしなかったような場合は裁判所が控訴趣意書提出期間経過後に弁護人を選任しても、毫も被告人の憲法上の権利の行使を妨げたものではないから憲法違反ということはできないのであって、右のような場合に裁判所は控訴趣意書提出最終日の指定替をして、弁護人に改めて控訴趣意書提出の機会を与えなければならない憲法上の義務を負うものではない。
本件記録によると第一審において弁護人選任の照会に対し被告人は弁護人を私選する旨を回答し、最初私選弁護人がついていたが、その後辞任したため本件が必要的弁護事件であるので国選弁護人を選任して第一審の裁判があったのであるが、被告人は控訴申立後原審裁判所から昭和二五年五月二九日に控訴趣意書を提出すべき最終日を同年六月二四日と指定した通知を受け、同年六月一五日自から作成した控訴趣意書を提出したが同月二〇日公判期日を同年七月一日と定めた召喚状を受取ったのである、ところが同年六月二二日に至り被告人から貧困を理由として国選弁護人選任の請求をしたので原審裁判所は同月二九日弁護士金子新一を弁護人に選任し、同弁護人は控訴趣意書を提出することなく、同年七月一日の原審公判期日に出頭し、異議なく被告人の提出した控訴趣意書にもとずいて弁論したものであること、及び原審裁判所においては被告人に対して所論のいわゆる弁護人選任の照会手続をした事跡のないことが判るのである、而して被告人は控訴申立後は何時でも弁護人選任の請求ができるのであり、それは弁護人選任照会の有無にかかわりないのであるから、国選弁護人の選任を請求する機会は常に与えられているのである、所論のいわゆる弁護人選任の照会手続が憲法上の要請にもとずくものでないことは既に説明したとおりであるから、その手続を執らなかったからといって、憲法に違反するところはなく、弁護人選任の機会を与えなかったものということはできない、してみると被告人は前示のように控訴趣意書提出最終日の二日前に至って弁護人の選任を請求してきたのであるから原審裁判所が期間経過後に弁護人を選任しても、それは期間終了に近接した時期に請求した被告人の責に帰すべき事由によるもので、原審裁判所に遅滞の責を負わせることはできないし、またそれが照会手続を執らなかった結果であるということもできない、そして右のような場合に裁判所は控訴趣意書提出最終日の指定替をして弁護人に改めて控訴趣意書提出の機会を与えなければならない憲法上の義務のないことは、前に説明したとおりであるから、原判決には所論のような憲法違反はなく、論旨は採用できない、なお本件については刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない、
よって刑訴四〇八条一八一条により主文のとおり判決する。
この判決は裁判官小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三の補足意見、裁判官真野毅の反対意見を除く他の裁判官全員一致の意見である。
裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
吉岡弁護人の論旨である違憲の主張の理由のないことは、本判決説示のとおりである。しかし乍ら、原審の弁護人選任の時期については刑訴法令違反の違法があるものと私は信ずるものである。
問題の焦点は必要的弁護事件の処置手続に関する刑訴規則一七八条が同二五〇条により必要的弁護事件の控訴審にも準用(厳格にいえば同条一項後段を除き)があるか否かの点である。そして同条は刑訴法二八九条に根源した規定であることは今更絮説を要しない(規則一七八条括弧見出し参照)。そして前提問題として法二八九条が同四〇四条により控訴審に準用のあることは何人も異説のないところであろう。
さて、私の結論を先きに掲げると、規則一七八条は控訴審にも準用すべきものであると信ずるものである。
先ず、規則一七八条が控訴審に準用がないとする説の根拠は、凡そ左の諸点にあるものと考えられる。(1)新刑訴は訴訟の促進を基本の方針としている。従って控訴の申立があり訴訟記録が控訴裁判所に送付されたときは、裁判所は「速やかに」控訴趣意書差出期間の最終日を指定し之を控訴申立人に通知を要する旨を規定しておって(規則二三六条一項前段)、寧ろ規則一七八条の処置手続を要しない趣旨が窺われる。(2)次に規則二三六条三項四項所定の控訴趣意書差出期間は、即ち控訴趣意書作成のための準備を与えるためであることは勿論であるのに、右差出期間最終日の指定通知に当り法令は控訴申立人に弁護人がない場合を明かに想定している(規則二三六条一項後段)。してみると、右期間は弁護人による控訴趣意書作成の準備期間であるとは称することができず、従って法令は右最終日の指定通知より法二八九条所定の開廷までの間に全く弁護人のない場合を認めていることを窺うことができるのである。(3)必要的弁護事件に関する法二八九条二項後段の規定は公判開廷までに弁護人のない場合を明かに規定している。(4)第一審の公判前に既に弁護人選任の告知及び処置手続がなされておるところであるから(法七六条、七七条、二七二条規則一七七条、一七八条)、控訴審で更に同ようのことを繰返さなくても、被告人は国選弁護人を欲するならば之を請求し得ることは既に右第一審において熟知しているところである。(5)第一審手続は公訴の提起によって行われるものであるのに反し、控訴は被告人の権利として申し立てるものであるから、控訴審においてはもはやかゝる処置手続を必要とするものではない。等の理由がそれであろう。
しかし私の考えによると、右(1)については、必要的弁護事件でない事件の控訴があり、そして必要的弁護事件については、規則一七八条所定の処置手続をした後「速やかに」と解せられない理由は少しもないのであって、即ち準用の準用たる所以はこゝにあるのである。また一歩を譲っても、必要的弁護事件については右処置手続と同時に規則二三六条所定の趣意書差出最終日の指定通知をすべきものとも解されるのである。(2)については必要的弁護事件でない事件の控訴があり、規則二三六条はこの原則的の規定であって、未だこれだけでは控訴審に規則一七八条準用否定の絶対的理由とはならないものと思料されるのである。(3)の点については、既に弁護人より控訴趣意書が作成提出されたが、その後弁護人の辞任、解任等の場合が考えられるから、法二八九条二項後段の規定だけでは未だもって開廷までの間に全く弁護人がないことを認めたものとは解することはできないのである。(4)については、第一審において告知並びに処置手続がなされたからとて、控訴審において更に同ようの手続を無用とする根拠はないのである。却って弁護人の選任は当該審級だけより効力のないものであり(法三二条)、被告人側からすれば第一審で手続が施されたから、控訴審でも同ようの手続が施されるものとの期待を持つであろうと解する方が寧ろ常識的である。(5)については訴訟は公訴の提起によって起るものであり、そして審級制度が設けられてある以上、控訴申立は被告人の権利であり、之を目して不都合勝手呼ばわりはできないのであって、即ち被告人の防御の立場は第一審でも控訴審でも少しもその地位に変化はないのである。且つ検察官控訴の場合があるから、規則一七八条の控訴審準用を否定する根拠とはなし難いものと思料するものである。
以下、規則一七八条が必要的弁護事件の控訴審に準用あることの、私の理由を述べる。
(イ) 法二八九条に「弁護人がなければ開廷することができない」とある点を第一審の場合に当てはめると、第一審の訴訟手続は起訴状から始められる徹底した公判中心主義であり、されば第一審においては終始徹底して弁護人が公判に立ち会っておることを必要とするものであって、従って第一審においては弁護人の在廷は単なる「開廷要件」というようなものでないことが明かである。それ故第一審においては国選弁護人の選任時期が第一回公判期日の直前、殊に当日であったような場合には、弁護人は事件の難易により弁護権行使に必要且つ正当な限度において公判期日の変更を請求することができ、裁判所は之を許容しなければならないものと思料する(法二七六条、規則一七九条の四等参照)。
(ロ) 法二八九条の前示の用語は、旧刑訴三三四条にも同よう用いられていた。そこで新刑訴の控訴審が旧刑訴同ようの覆審制であったとするならば、右(イ)の理由は控訴審においても全面的に適用されなければならぬ理である。しかるに新刑訴の控訴審は所謂爾後審の制度に変革された結果、審判の対象は職権調査を除いては、控訴趣意書に包含された事項に限って第一審判決の当否を審判するものであり(法三九二条)、従って控訴趣意書こそ新刑訴の控訴審における唯一の義務審判の対象となるものである。それにも拘らず控訴趣意書の要作成期間内に全く弁護人が附されてなくてもよい新刑訴の精神とは到底解することはできないのである。
(ハ) 爾後審制度の新刑訴においても、否、爾後審制度なればこそ、必要的弁護事件においては弁護権が完全に行使のできる控訴趣意書要作成期間内に弁護人が附されてあることを要することは、必要的弁護制度の精神であり帰結というべきであって、敢て法一条及び規則一条の規定をこゝに引用するまでもないことゝいわねばならない。
(ニ) 新刑訴の控訴審における訴訟行為の実質は、控訴趣意書の提出にあること既説のとおりである(法三九二条)。しかもその作成には相当高度の専門的智識技能を要することも亦明瞭である(法三七六条、三七七条乃至三八三条)。そればかりではない、控訴審における弁護人は弁護士に限られ(法三八七条)、弁論は検察官と弁護人に限られ(法三八九条)、そのうえ被告人は本来公判期日に出頭することを要しない(否、原則として出頭して防御方法を講ずることは許されない)のである(法三九〇条)。右のような次第であるのに控訴趣意書の要作成期間内に弁護人がなくてもよいとの解釈がどうして成立するのであろうか。
(ホ) 右のような新刑訴の控訴審において、控訴趣意書の要作成期間を経過した公判期日の直前、甚しきは公判期日の当日始めて国選弁護人が附されて公判廷に出頭し、被告人の作成提出にかゝる控訴趣意書を代読して之で弁護権を行使したものであり、之で法二八九条の要請は満たされたものであるというに至っては、之れまことに一ヶの喜劇であり又悲劇であるというの外はないのである。必要的弁護事件の制度が設けられていないならば議論は別であるが、苟くも弁護人のあることを必要とする制度であるとする以上は、その弁護権の完全な行使のできる時期に弁護人を選任することを期しておる法の精神と解することは殆んど自明の理であって、法条用語の末の問題ではないと信ずるものである。もしそれ国選弁護人請求権の濫用、それに伴う上訴権濫用の弊、その訴訟費用(国選弁護人の費用は訴訟費用であり、否、上訴審における訴訟費用は国選弁護の費用だけであることが通常である)執行の困難(法三六条、二七二条、規則一七七条、法四九〇条等)、その免除(法五〇〇条)等による国費負担等の問題等を考えるときは、国政上相当重要な問題であるのである。されば基本的人権の保障と国選弁護制度との相関性、殊に必要的弁護事件の罪質の範囲を如何に定むべきかは慎重検討を要する立法上の問題であるが、それは決して現行刑訴解釈の問題ではないのである。ましてや開廷要件説に従っても、必らず弁護人の選任を必要とする以上、それに関する手続及び訴訟費用を要することは同ようであるのである。もしそれ(1)控訴趣意書要作成期間に私選または国選の弁護人が、検討しても控訴理由を発見できないため控訴趣意書が全く提出されず、或は控訴理由を発見することができない旨の書面等が提出された場合の如き、或は(2)公判期日に弁護人差支えのため、法(即ち法二八九条)の規定により他の国選又は私選の弁護人により控訴趣意書が陳述された場合の如きは、事は自から別問題であって、かかる場合を引例して本件問題を反対に解釈せんと試みるは当らないところである。
(ヘ) 或は所謂「開廷要件説」が主張するであろうと想像される法二八九条の問題の辞句を捉えて、こは公平及び公開裁判に関する憲法の保障(憲法三七条一項、八二条等)実現のための規定であるとの説をなすものありとするならば、こはまことに笑うべき説というの外はない。何となれば公平または公開の裁判は憲法の儼として保障するところであり、法二八九条所定の数語によって右憲法の保障が充足されるが如き安易な性質のものではないと同時に、右憲法の保障は独り必要的弁護事件に限定されるものではないからである。
(ト) 必要的弁護事件は弁護人のあることを必要とする事件である。してみれば完全に、弁護権の行使のできる時期に附することを要求することを要求している法の精神と解すべきであること上来説明のとおりであって、訴訟法は裁判所の執務の安易や簡便のために設けられているものでないことは勿論である。されば本件のように、もはや実質的弁護権を行使することのできない時期に国選された弁護人は、(1)裁判所に対し新たに規則二三六条所定の手続(所謂指定替)の施行を請求し得るものと解すべく、(2)もし右手続施行の認容されないときは国選を辞することができるものと解するものである。否、右は弁護人としての良心と責任上当然の措置と信ずるものであって、従ってこの場合規則三〇三条の適用あるものではない(また弁護士法二四条同五六条等も適用がない)と信ずるものである。(3)なお規則二三八条は本件のような場合に適用すべき規定とは解し難いのである。
(チ) 以上の如く本件弁護人の選任は刑訴法上違法であり、そしてこの違法はたとえ当該国選弁護人が異議を述べずに被告人の作成提出した控訴趣意書に基き陳述し弁論を終結されたとしても、右違法は毫も治癒されるものでないことは明かというべきであるから、右憲法はそのまゝ残存するものと解すべきであると思料する。
以上のとおり原審には弁護人選任の時期につき、刑訴法令の違反があると信ずるものである。しかし乍ら本件を記録に徴すると、第一審においてすべて被告人の自供があり且つ事案は簡単であって、右法令の違反があっても、この違反だけでは原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認め難いのである。それ故本判決の上告棄却の結論には賛成ではあるが、右原審の違法点に関する吉岡弁護人の論旨である、原判決は控訴審における審理の法則を誤解し必要的強制弁護事件につき弁護人の選任の時期を誤り、延いては憲法三七条三項の規定による弁護人の選任権を正当に行使する機会を喪はしめた不法があり、右憲法の規定に違反したものと謂はねばならないとの主張に対し、本判決は、右は違憲でないというだけの判断を示した外は、単に本件については刑訴四一一条を適用すべきものとは認められないと判示しただけで、以上述べた刑訴法令違反の有無については何等積極的に判断を示さないところである。従って本判決では未だ以上の問題は明確に解決されてはいないのである。しかし私は本点は新刑訴法上極めて重要な問題と思料するものであるから、この点に対する私の所信を明かにするため、以上意見を附した次第である。
ちなみに、私は(1)必要的弁護事件である限り、以上控訴審に関する説明はすべて上告審にも同ようと解するものであり、(2)また法二七二条規則一七七条等は控訴審及び上告審には準用なく、従って必要的弁護事件以外の事件については、控訴審及び上告審は右各条所定の告知手続を必要としないものと解し、従って被告人より貧困その他の事由(法三六条、規則二八条)により国選弁護人選任の請求がない限りは、原則として(法三七条参照)国選弁護人を附することを要しないものと解するものである(但し以上は、本件の問題には直接には関係のないところであるから、詳細の説明を省略し、ただ結論だけを掲げるに止めることゝする。)
裁判官谷村唯一郎の補足意見は次のとおりである。
刑訴二七二条が控訴審に準用があるかどうかについては意見が分れているが、私は刑訴四〇四条により控訴審に準用すべきものと信ずる(従って刑訴規則一七七条一七八条も同二五〇条により控訴審に準用される)。反対の見解によれば、第一審において被告人に対し刑訴二七二条の手続を取った以上更に控訴審においてこれを繰り返す必要はないとしているようであるが、各審における事件の審理手続は本来その審級において段落を告げるのであり、控訴があれば事件は第一審を離れて控訴審に繋属し、新たな裁判所によって新たに審理がなされるのであるから、第一審でなした訴訟上の諸手続は第一審限りで終るのが原則であり、公訴の提起後における弁護人の選任は審級毎にこれをしなければならないとの規定(刑訴三二条)の趣旨から見ても、第一審でした弁護人選任の通知並びに照会手続が控訴審においてもなお訴訟法上の効力があるとすることは何等首肯するに足る根拠もなく、且つ控訴審における訴訟手続がすべて新たに発足する事実を無視した見解であり、又かかる見解を以て訴訟手続に通じない被告人を遇することは実情にも副わないものである。従って被告人に弁護人のないときは各審級毎に適当な時期に前期通知並びに照会の手続を採り被告人に弁護人選任の機会を遺漏なく与えることが憲法三七条三項並びに刑訴三六条の精神に適う所以である。そして被告人から貧困その他の事由により遅滞なく国選弁護人選任の請求があった場合は国は弁護権の行使に支障がないようこれを選任しなければならぬのである。これは第一審であると控訴審であるとを問わないのである。(被告人が第一審でした国選弁護人の請求の効力は控訴審に及ばないとした当裁判所第一小法廷決定「昭和二七年(あ)第一九四〇号、同年九月一一日決定」は刑訴二七二条刑訴規則一七七条一七八条が控訴審に準用ありと解することによって初めて是認し得るところである。裁判所の弁護人選任の通知は一審ですれば控訴審では通知する必要がないとし、被告人が第一審でした弁護人選任請求の効力は控訴審に及ばないとすることは彼是衡平を欠き不合理である。)
更に控訴審において、いわゆる必要的弁護事件について被告人に弁護人のない場合に国選弁護人の選任は如何なる時期までにすべきかについて問題がある、刑訴二八九条の規定を以って控訴審においても第一審と同じく弁護人を附することは開廷の条件に過ぎないから、開廷の時に弁護人が立会えば足りるとする見解があるが、この見解は正しくない。同条は第一審の規定であるから控訴審においてはその審理手続に順応するように解釈して準用しなければならない。条文の規定をそのまま控訴審にあてはめることは準用ではない。ところで控訴審では公判期日における弁論は控訴趣意書に基いて弁護人がこれをしなければならないのであり、控訴趣意書は裁判所所定の期日までに提出しなければその効力はないのである。従って被告人の防御のため充分に弁護権の行使をさせるには審理の主たる対象となる控訴趣意書を所定の期日までに提出させこれに基いて弁論をさせるのでなければ弁護人を附する意味はない。従って控訴裁判所は弁護人を国選する場合は趣意書提出に間に合うよう適当な時機に選任しなければならないのである。即ち刑訴二八九条の開廷とあるのは控訴審においては、弁護人に控訴趣意書提出の機会を与えるという意義に読みかえて準用すべきである。かくして始めて憲法三七条三項後段の趣旨に副うのである。公判直前に国選され、事件の内容経過もよく弁えず、自己の判断に基いて自由な弁論もできない弁護人が公判期日に出頭するというだけでは、法律的には何等の意義がなく、毫末も弁護の効果を齎らすものでないから弁護権の行使は有名無実に終るのである。そんなことで弁護人を附して被告人の権利防御に当らせたとはいえないのである。殊にいわゆる必要的弁護事件においては事件の重要性に鑑み審理の慎重を期し被告人を防御するに遺憾なからしめる趣旨で、その審理に特に弁護人の干与を必要としているのに、弁護人を附することは単に開廷の要件に過ぎないとし、控訴趣意書の提出期日後に弁護人を選任しても違法でないと解することは必要的弁護事件について、有効に片言雙句の弁論もできない弁護権なるものを合法視することになり(偶々被告人が控訴趣意書を提出してある場合は、これに基いて弁論をするけれども、これは法の要請するところではない。)、刑訴法が必要的弁護事件に弁護人の干与を必要とした趣旨は全然没却され、法の所期する弁護権の保障に関する法規は空文に帰するであろう。それゆえ控訴裁判所においては刑訴二七二条刑訴規則一七八条一、二項の規定により被告人に対し弁護人選任の通知並びに照会手続を取り、被告人から所定の期間内に回答がなく、又弁護人の選任がないときは、必要的弁護事件についてはその請求がなくても控訴趣意書提出に間に合うように弁護人を選任しなければならない義務があるのである。かくすることによって始めて必要弁護制度を設けた目的を達することができるのである。以上の見解に立って本件を見ると原審は刑訴規則一七七条による弁護人選任の通知手続並びに同一七八条による照会手続をなさず、更に本件は必要的弁護事件であるにも拘らず、控訴趣意書提出の機会を与えるよう弁護人の選任をなさざるばかりでなく、被告人から控訴趣意書提出最終日の二日以前に国選弁護人選任の請求があったに拘らず、趣意書提出期間経過後に弁護人を国選したため同弁護人は控訴趣意書を提出するに由なく、公判期日には先に被告人が提出した趣意書に基いて弁論をなし結審になったのである。かように原審が被告人に対し弁護人選任通知並びに照会手続をしなかったこと、及び控訴趣意書提出に間に合うよう国選弁護人の選任をしなかったため、弁護人の控訴趣意書の提出なきままに審理を終結したことは、刑訴二七二条二八九条刑訴規則一七七条一七八条に違反するものといわなければならない。
本判決の理由中、本件弁護人の選任が遅れたのは控訴趣意書提出最終日に近接した時期に選任請求した被告人の責に帰すべきで原審に遅滞の責を負わせることはできないと判示しているが、これは必要的弁護事件においても国は被告人の請求があったときにのみ弁護人を選任する義務があるとする前提に立つものであるから、私は今まで述べた理由によりこの判示には賛成することはできない。そして判決は弁護人の論旨に対し原判決には憲法違反がないことを判示しているに止まり、論旨が原判決は控訴審における審理の法則を誤解し、必要的弁護事件につき弁護人の選任の時期を誤った不法があると主張している点については、何等の判断を示していないから茲にこの点について私の意見を述べた次第である。
原審の手続に法令違反の存すること前述のとおりであるが、しかし記録によれば本件犯罪事実はすべて被告人が第一審において自認しているのであるから、右の法令違反を以って原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないから、結論において上告棄却に賛成するものである。
裁判官小林俊三の補足意見は次のとおりである。
わが刑訴法上、裁判所は控訴審においても被告人に弁護人選任照会の手続をしなければならないと解すべきである。判決の説明は、直接この点に触れるところがなく終っているから、次のように私見を補足する(刑訴規則一七八条参照)。
一、刑訴の控訴審は多分に法律審的性格をもっている事後審査の手続である。すなわち(一)控訴申立の理由は刑訴法によって特定な制限を受けている(刑訴三七七条ないし三八四条)。そしてこれらの事由のほとんどすべては法律知識の豊かな者でなければこれを充分に組織だてることが困難な事項である。刑の量定の不当又は事実の誤認を主張するにしても、よく見受けるように、単に寛大な裁判を求めるとか、更に事実の調べ直しを求めるとかいうだけでは、刑訴三八一条又は三八二条に定める主張の構成にあたらないこともちろんである。従って多数の被告人本人に控訴趣意を正確に組立てることを求めることは無理な要請であるといわなければならない。(二)控訴審では弁護人でなければ被告人のための弁論をすることができないとともに(刑訴三八八条)、弁護人は弁護士でなければならない(同三八七条)。そしてまた弁護人は控訴趣意書に基いて弁論をしなければならない(同三八九条)と定めている。このことは、控訴審の弁論は法律家である弁護人でなければ行うことができないという意味であって、その前提として弁論の基く控訴趣意書は原則として法律家である弁護人が作成する文書であるという意味を含んでいるのである。控訴趣意書が単なる常識文書でもいいというならば、特に法律家である弁護人でなければ、弁論をすることができないと定めたことは、さして重要な意義をもたないであろう。事実として本件のように手続上の都合から国選弁護人の選任が遅れ、公判期日において弁護人がやむを得ず被告人本人の多くは稚拙な控訴趣意書によって弁論する場合には、前に述べたような控訴審の性格に副う機能をほとんど現わすことができず、法廷の形のみを調えるという結果となっている。もしこのような事実が制度の本質的に予期するところであるとすれば、何ゆえ弁護人の弁護を必要とする制度が立てられたのかその真意を解することができない。(三)また控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項はこれを調査しなければならないとともに、控訴趣意書に包含されない事項であっても、刑訴三七七条ないし三八三条に定める事由に関しては職権で調査することができる(刑訴三九二条)と定めている。このことは、控訴審の審査が原則として、前期(一)に述べたような多分に法律的なわくを定められた控訴趣意書にかぎられるとともに、職権による場合も同じわくを定められていることを示しているのである(刑訴三八四条参照)。しかるに被告人本人が常識的に理解し得る刑の量定や事実の認定に関する事項であっても、これについて必しも常に職権による調査を求め又は期待することのできないことは、これを任意的職権事項と見る判例(昭和二四年(れ)第四九〇号同二五年五月一八日第一小法廷決定、刑集四巻五号八二六頁参照)の趣旨からいっても明らかである。従って控訴裁判所の調査の対象は、原則として控訴趣意書に含まれる事項にかぎられることとなり、控訴趣意書の法律的意義が特に重きを加えることとなるのである。(四)また被告人よりの控訴申立が絶対的に多い控訴審の現状において、裁判所より当事者に先ず求める積極的な行為は被告人側に課せられる控訴趣意書の起案提出である。しかるに被告人に相対するのは常に法律家である検察官であることは第一審と変りはないが、控訴審において被告人に先ず課せられるこの多分に法律的な事務と対比すれば、もし被告人側に法律家である弁護人の補充がなければ、当事者対等の地位は著しく均衡を失うといわざるを得ない。特に検事控訴の場合にはこの不均衡はより一層甚しいものとなることは明らかな理である。控訴審の性格からいってこのような不均衡が性質的に是認されると考えることはできない。従ってこの面から見ても制度としては被告人側に弁護人側が加わることを本質とすると考えなければならない。
このような控訴審の組立からいって、控訴趣意書は法律知識を有する弁護人によって起案せしめるのが刑訴法の本旨であると解することができる。もちろん被告人本人が控訴趣意書を起案し提出することはその自由であるけれども、刑訴法は被告人本人がこれを起案し提出するという予想の上に立っていないのであるから、もとよりかかる期待を原則的にはもっていないと見なければならない。もし刑訴法が、被告人が弁護人の援助を受けることなく自らこれを起案提出することを手続の当然な部分と考えていると解すれば、前に述べた控訴審の法律的な性格と相副わざること遠く、またかかる性格を作ったことも実は被告人の地位を軽視した独断的形式に過ぎないこととなるであろう。
二、以上のような控訴審の性格、控訴理由の法律的構成と弁護人の弁論との関係等からいって、控訴審においては第一審と異なる別の意義を伴って、原則として被告人に弁護人を附することを要するものと解すべきである。しかるに、刑訴法及び刑訴規則によれば、公訴の提起後においては、弁護人の選任は審級毎にこれをしなければならないと定められ(刑訴三二条二項)、そしてまた公判に関する規定は、控訴の審判にこれを準用すると定められている(刑訴四〇四条刑訴規則二五〇条)。さすれば控訴裁判所は、控訴記録の送付を受けたときは遅滞なく、その事件がいわゆる強制弁護事件(刑訴二八九条)であると否とにかかわらず刑訴規則一七八条の定めるところに従い、控訴趣意書を起案提出するための相当な期間を見込んで、被告人に対し弁護人に対し弁護人選任照会の手続をしなければならないものと解すべきである。たとい弁護人の選任照会は憲法上の要請ではないにしても、刑訴規則一七八条は第一審のみの手続規定であって、控訴審に準用がないと解すべきなんらの理由もない。また裁判所は被告人に弁護人の私選又は国選を請求する権利を行使する機会を与えその行使を妨げなければ足りるとしても(判示引用大法廷判決)、選任照会の手続を行うことがすなわち機会を与えることに外ならないばかりでなく、すべての被告人が自ら進んで怠りなくこの権利を行使する知識と意力とをもっていると見るのは、現実を離れた皮相な観察であり、或は公式になずみ法の真に意図する精神に考慮を払わない説である。被告人の多くはいわば社会的敗者であって、事物に対する正常の判断力と意思力に不足するところのあるのを通例とし、従ってこれらの被告人に刑事手続上の知識を当然に期待するごときは矛盾も甚しく、その上になおその知識に基いて自から進んで弁護人選任の手続をする意力を期待するに至っては、むしろ被告人等の多くが社会の一員として欠陥を有する者であることを忘れた考えであるといわなければならない。すでに刑訴法が原則として被告人に弁護人の私選又は国選請求の権利を与え、その弁護人の作成する控訴趣意書に基く弁論によって防御の方法を尽さしめる組織をとった以上、この手続を法の意図するとおりに行うことが被告人に対する法の慈悲であり裁判の公正を保つゆえんでもあるのである。かく行うことはなんら被告人を特に好遇することではなく、裁判の確定するまでは被告人の罪もまた確定しないとする法の精神に含まれる最少限度の親切に過ぎない。そしてそれはまたあり得べき不当な裁判を是正して被告人を救済する網に外ならない。また事実としても、控訴審における被告人のうちには、控訴趣意書を差し出すべき最終日の指定があっても、境遇上弁護人との関係につき自主的判断を欠き他に依存する心持をもっている者が多いのであるから、弁護人を私選するか国選を請求するかを照会することによってはじめてその決定をする効果的機会を与えることにもなるのである。かかる事務的手続を行わないことが刑訴法上の要請に副うというほどの理由はなんら認められない。現下わが各高等裁判所の取扱いとしても、被告人に対し適正に弁護人選任照会の手続を行っているのが通例であって、それにより控訴審の審理は概して滞りなく進められている。それにもかかわらずこの手続が正当に行われなかったことを理由とする不服の申立が現われるのは、前に述べたような控訴審における弁護人の地位を認識しないために生ずる不親切又は手落に基くのであって、かかる場合は、明らかに刑訴法の手続に違背があるものといわなければならない。しかしながら控訴裁判所が被告人に対し弁護人選任照会の手続をとったのにかかわらず被告人が弁護人の私選も国選の請求もしないならば、それは自からの権利を行使しないのであるから、いわゆる強制弁護事件の場合を除き、被告人は審理における自己の地位の不利益を甘受しなければならないのであって、かくてもなお被告人において控訴裁判所が充分な準備期間を置いて国選弁護人を選任することを期待することは到底許されないところである。被告人が選任した弁護人が公判期日に出頭しないため、弁護人の弁論なくして判決される場合もまた同様である(刑訴三九一条)。このように被告人が自からの権利を行使しないために被告人が不利益を甘受しなければならない法条があるからといって、逆に控訴裁判所は被告人に弁護人選任照会の手続を適正に行わないでもいいと解するのは本末を転じた議論である。(ここに弁護人選任照会手続というのはもとより刑訴二七二条に由来する同規則一七八条の手続をいうのであって、刑訴二七二条本来の規則一七七条の弁護人を依頼する権利ある旨の告知手続は、第一審で行えば必しも控訴審でこれをくりかえすには及ばない。しかしながら事務的方法としては一通の文書に二つの事項を印刷しておけばいいのであるから、控訴審においてことさらに前者のみを掲げる文書を作ることは、無意義なこだわりである。)
以上の理由により控訴審においても裁判所は被告人に対し弁護人選任照会の手続を行わなければならないのである。しかしながら本件上告論旨の憲法違反の主張は理由がないこと判示説明のとおりであって単にこの刑訴法刑訴規則違反があるに過ぎないのであるが、判示説明のような原審手続における経緯と、第一審判決及び原判決の理由とにかんがみ、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認めることはできない。従って結論においては判決主文に到達することに変りはない。
裁判官真野毅の反対意見は次のとおりである。
わたしは、原判決は違憲だと思う。
真先に考えなければならないことは、刑訴二八九条(旧刑訴三三四条)の定める必要的弁護(又は強制弁護)の制度と憲法三七条三項の定める国附弁護の制度は、第一義的趣旨においては相異るものであることを深く認識しなければならぬということである。従来もこの両者を混同した議論が、到る処に飽きあきするほど行われている。前者は、旧憲法時代から存する制度であって、憲法三七条とは直接の関連はなく、ただ訴訟法の上において重要事件について認められたものであるに過ぎない。これに対応する被告人の権利は、訴訟法上の権利であって、憲法上の権利ではない。旧法の下ではこれを官選弁護とも呼んでいた。後者は、旧憲法時代にはなく新憲法において初めて設けられたものであって、被告人が自ら資格を有する弁護人を依頼することができないときは、国でこれを附する制度であり、憲法三七条三項と直接の関連を有する。いわば、国附弁護人の制度である。この制度は重罪事件・軽罪事件の区別なく、すべての被告人に通じて適用のある憲法上の制度である。別の言葉でいえば、被告人の憲法上の権利であり、基本的人権である。しかし、この国附弁護の制度は、被告人から何等の請求もないのに、常に国家が弁護人を附するというものではなく、被告人から弁護人選任の請求があったときに国家が弁護人を附すべきものだと解するのが、従来大法廷判例の正しく示すところである。新憲法、新刑訴時代になって、この国附弁護と必要的弁護の場合に国家から選任される弁護人又はその弁護を、ひとしく国選弁護人又は国選弁護と呼ぶようになり、これが両者の混乱を来たす一因ともなったが、その同一の名称の内に包括されている必要的弁護の制度と国附弁護の制度との間に存する差異を看過してはならない。
本件は、必要的弁護事件であると同時に、被告人から弁護人選任の請求のあった国附弁護事件でもある。両者の意義の軽重・重要性について考えると、前者は訴訟法の認めた制度であり、訴訟法上の権利に関するものに過ぎないが、後者は憲法の認めた制度であり、憲法上の基本的人権に関するものである。それ故に、後者の方がより重要な意義を有することは、多言を要しないところである。前者の「必要的」という呼び名に徒らに眩惑されてこの方が重いと考え違いをしてはならない。前者が「必要的弁護」と呼ばれるならば、後者は「より高次な必要的弁護」と称されるだけの価値があるわけである。
さて、本件の昭和二五年における日取と経過は左のとおりである。
五月二九日 控訴趣意書提出最終日(六月二四日)の通知、被告人に送達
六月一五日 被告人から控訴趣意書提出
六月二〇日 公判期日(七月一日)召喚状、被告人に送達
六月二二日 被告人から国選弁護人選任の請求
六月二四日 控訴趣意書提出最終日
六月二九日 国選弁護人の選任
七月 一日 第一回公判期日、結審
かように、被告人は六月二〇日公判期日召喚状の送達をうけるや翌々二二日に裁判所に対し国選弁護人選任の請求をしたのであるが、裁判所は控訴趣意書提出最終日の経過した後に至り、二九日国選弁護人を選任し、翌々七月一日公判を開き結審したものである。
多数意見は、前記事実の経過を認めながら(前示のように控訴趣意書提出最終日の二日前に至っては弁護人の選任を請求してきたのであるから原審裁判所が期間経過後に弁護人を選任しても、それは期間終了に近接した時期に請求した被告人の責に帰すべき事由によるもので)あって、憲法違反はない、と極めてアッサリ片付けている。しかしながら、この問題はそう軽々に取扱わるべきものではないように考えられる。被告人は、憲法三七条三項に定められた憲法上の権利を行使した。しかも、控訴趣意書提出最終日の二日前に行使したのである。もし、被告人が怠慢によって右提出最終日の経過後に、初めて弁護人の選任の請求をしたのであれば、これを被告人の責に帰せしめてもよいであろう。訴訟法にも訴訟規則にも、この憲法上の権利を行使すべき期限については、何等の制限をおいていないのが現状である。かように特別の制限がおかれていない限り、弁護人選任の請求により弁護人の弁護を受ける憲法上の権利は、控訴趣意書提出の最終日まで行使できるものと解するを相当とする。多数意見のように(控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を提出できるような適当な時期)に弁護人選任の請求をしなければならないものとすれば、憲法上の権利の行使の期限の標準としては、あまりに漠然とした曖昧なものになってしまう。こんなボンヤリした標準に従って、憲法上の権利の行使の適否を決定するのは、国民に難きを強うる酷なものがあるではないか?こんな捉えどころの判然としない標準で、被告人の重要な基本的人権の一つである弁護人選任の請求により弁護人の弁護を受ける権利の行使の適否を判断するのは、被告人に比較的高度の法律的理解力の存在を要求するものではないか?民事における対等者間の実体法的法律関係の解釈であるならば、かような標準を立てることもよいと言いうるであろう。なぜならば、民事当事者はお互に該実体法を十分に知ってそれぞれ行動していると見ることが、当然の前提として是認さるべきであるからである。しかし、被告人の場合の憲法上の権利行使は、もっともっと尊重されるのでなければ、憲法の所期する基本的人権の保障はついに空々寂々とした憐れなものになってしまうおそれがある。その上かかる実際の運用にも不便な標準によるよりは、憲法上の重要な権利の行使について法令に別段の制限をおいていない限り、そして本件のごとく裁判所からも弁護人選任請求の期限について通告のないかぎり、ぎりぎり一杯の期限すなわち控訴趣意書提出の最終日まで権利を行使し得るものと解するのが、憲法の趣意にも合致するということができるのみならず、極めて明確な標準であって運用の実際においても甚だ便宜であろう。弁護人を選任し弁護人が効果的に弁護の責任を尽すためには是非とも控訴趣意書の提出が必要となって来るから、本件のごとき場合には、さらに適当に趣意書提出日の変更をする必要を生ずることが起きる。しかし、この提出日の変更は、ただ一、二週間位の遅延を来すだけのものであって、公判期日の変更のごとく、裁判官の裁判準備を徒労ならしめるとか、裁判の全運行の円滑を阻害するとかの支障ないし弊害を生ずることはないのである。ここにおいて、前記憲法上の権利の行使と提出日の変更を秤にかけて権衡をとって見ると、前者は重く、後者の支障は軽いのである。言いかえれば、提出日の変更には重大は支障が生ずるから、最終提出日近くなって弁護人選任の請求をしても提出日の変更をしないのが相当であるか、または弁護人選任の請求は憲法上の権利の行使として重大なものであるから、支障の少ない提出日の変更を認めるのが相当であるか、このバランスの較量において、本件のごとき場合については、結局憲法上の権利の行使に対応して提出日の変更をなすべきものとわたしは考える。かく解することによって、被告人-現実多くの場合においては法律知識が乏しい-の憲法上の権利は円滑に行使される結果となり、またこれがために裁判所の事務の運行にもそれ程大した差支えは生じないのである。それ故、本件において、適法に弁護人選任の請求がなされたにかかわらず、控訴趣意書提出の最終日経過後に弁護人の選任をしただけで、提出日の変更をなさず、該弁護人をして実質的・効果的に趣意書作成提出の機会を全然与えず憲法上の義務を尽くさなかった原審の手続は、憲法三七条三項に違反するものといわなければならぬ。
よって、原判決は破棄さるべきである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)