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最高裁判所大法廷 昭和26年(さ)1号 判決 1952年11月19日

主文

本件非常上告を棄却する。

理由

一件記録によれば、被告人桧作從は、昭和二五年五月三〇日津地方裁判所木本支部において同庁昭和二五年(わ)第一〇号窃盗等被告事件につき懲役一年に処する旨(無罪の言渡等あるも省略する)の判決を受け、即日同判決中有罪の部分に対し名古屋高等裁判所に控訴の申立をなした。よって同裁判所は該控訴事件につき審理を遂げ、同年一〇月三〇日「原判決中有罪部分を破棄する。被告人を懲役一年に処する。但本判決確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。原審における訴訟費用中証人風呂谷秀夫及同和田多に各支給した分並当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。」との判決を言渡したのである。しかるに、これより先同月二七日当時田辺拘置支所に勾留されていた被告人は同支所長に対し右事件の控訴取下申立書を差出していたことが認められる。それ故、刑訴三六七条、三六六条一項の規定により、この控訴取下の申立は、裁判所がその申立のあったことを知ると否とにかかわらず直ちに取下の効力を生じ控訴は終了し、前掲第一審判決の確定により事件は完結するに至ったのである。従って、その後に名古屋高等裁判所が第二審判決を言渡した当時にあっては客観的には当該被告事件は同高等裁判所に係属存在していなかったものであり、同裁判所としては、その裁判権を発動すべき余地は全然なかったものといわなければならない。それ故、所論の原判決は当然無効の判決であってその内容に副う効力を生ずべきものとは認められない。

さて、非常上告の制度は、「判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したこと」を事由として認められているのである。

「有効な確定した判決」が存在しない場合にはたとい当該事件の訴訟手続に法令の違反があっても、非常上告は許されないわけである。言い換えれば、確定判決又はこれに先行する訴訟手続が、法令に違反した場合に限って非常上告は許されるのである。しかるに、本件においては、前述のごとく名古屋高等裁判所の第二審判決は当然無効のものであって確定判決とは認められないから、前掲控訴取下後の審判は法令に違反するものではあるが、これを事由とする非常上告は不適法として棄却するを相当とする。

右は裁判官栗山茂、同小谷勝重、同藤田八郎、同谷村唯一郎を除く裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。

栗山、小谷、藤田、谷村各裁判官の少数意見は次のとおりである。

本件のような控訴取下後の控訴審の判決を以て、いわゆる非判決乃至は絶対無効の判決と考えることは、少くとも、わが刑事訴訟法の下においては妥当でない。刑事訴訟法は被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなった場合でも公訴棄却の裁判をなすべきものとし(三三九条一項三号)又、検察官によって公訴が取消されたときでも、同じく公訴棄却の裁判をなすべきものとしている(同二号)等から推しても、控訴取下後の控訴審の判決を以て直ちに、絶対無効と解すべきではない。従って、かかる判決が絶対無効であるとの理由を以て、特に刑訴四五四条の「判決」の中からこれを除外することは不当である。

控訴取下後の控訴審の判決は、無効--その内容に副う効力を生じないという意味で--あるとしても、判決が無効であるということと、これに対して上訴若しくは、非常上告を許すかどうかということは別個に考慮しなければならない。かかる判決も、ともかく国家の裁判機関が有権的にしたものであり、それが訴訟手続上確定したものであるにかかわらず、裁判機関以外の者がその存在乃至効力を否定することを許すことは正当でない。のみならず、現実において、かかる判決が果して無効であるか、どうかについてまぎらわしい場合が往々にしてあり得るのである。監獄にいる被告人が上訴の取下をする場合には、取下書を監獄の長又はその代理者に差出したときは上訴取下の効力を生ずる(刑訴三六六条、三六七条)のであるから、受訴裁判所不知の間に上訴取下の効力を生じていることもあり得るのであって、--殊に受訴裁判所の所在地と監獄の所在地とが遠隔である場合のごとき--取下書が監獄において受理された時点と判決の言渡又は決定送達の時点との先後によってその判決又は決定が有効となったり無効となったりするのであるから極めて僅かな時差によってそれが決せられる場合もないとは言えないのであり、又上訴の取下自体が有効であるかどうかについても、いろいろの疑義を生ずる場合もあるのである。こういう場合にその裁判の有効、無効を挙げて判決の執行者たる検察官の裁量に委ねるよりは、この判決に対する非常上告をみとめて裁判所をして厳正なる訴訟手続に従って審理裁判せしめることの方が訴訟制度全般の精神に合し、非常上告手続の本旨に適うものであると考える。でないと検察官の不当な執行に対しては、被告人側の異議によるの外救済の手段を欠くことになるのであるが、刑訴五〇二条執行に関する異議はかかる裁判の有効無効の疑義についてまでも、執行を受ける者の側における異議のみによって、その執行の正当を確保せんとする制度とは考えられない。

本件において原判決がなされた経緯は、多数説の叙述するとおりであって、原判決は法令に違背してなされたものであるから本件非常上告は理由がある。よって原判決はこれを破棄すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 谷村唯一郎)

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