大判例

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最高裁判所大法廷 昭和26年(れ)2123号 判決 1953年6月24日

主文

原判決中被告会社及び被告人遠山七郎の各関係部分を破棄する。

被告会社を免訴する。

被告人遠山七郎を懲役二月に処する。

但し被告人遠山七郎に対し本判決確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審で証人村田利一、同中田円司に各支給した分は被告人遠山七郎の負担とする。

理由

被告人遠山七郎の上告趣意について。

所論第一点は、判例違反をいうが、毫もその判例を具体的に示していないから、適法な上告理由と認め難いのみならず、原判決に対し証拠の価値判断を非難するもので、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。同第二点は、憲法三八条三項違反を主張するが、原判決は、第一審公判調書中の被告人の供述記載の外、証人中田円司の第一審公判調書中の供述を補強証拠として所論犯罪事実を認定したものであるから、違憲の主張は前提を欠き理由がない。

次に職権で調査すると、原判決は、被告人遠山七郎の犯罪事実として、(甲)同人は株式会社千葉相互銀行(もと千葉合同無尽株式会社)の業務に関し、玉屋喜章、日暮好蔵、玉屋進、林敦のうち一名若しくは数名と共謀し、又は単独で、昭和二一年四月初頃から、昭和二二年四月頃迄の間に、約九八回に亙り中村義一外七四名に対し、合計約金六、二一二、五〇〇円を、法定の除外事由がないのに封鎖支払によらず現金で貸付けたという金融緊急措置令違反の各事実(原判決が引用する第一審判決第一の(一)乃至(四)及び第三の二の各事実)、並びに(乙)同被告人が単独で、(イ)昭和二一年七月頃村田利一に対し、(ロ)同月頃中田円司に対し、資金を貸付けるにあたり、担保を供せしむべきに拘わらず、無担保で、且つ法定の除外事由がないのに、封鎖支払によらず現金で、それぞれ金七、五〇〇円及び金二二、三〇〇円合計金二九、八〇〇円を貸付けて、背任罪と同時に金融緊急措置令違反罪を犯したとの事実(同第一審判決第三の(一)(イ)(ロ)の事実)を認定した。と同時に右金融緊急措置令違反の各所為及び背任の各所為はそれぞれ犯意継続に係るものであるとの事実を確定し、原判決は、これに対し、右金融緊急措置令違反の点及び背任の点はそれぞれ各連続一罪をなし、且つそのうち、前記村田利一、中田円司に貸付けた分は、それぞれ金融緊急措置令違反罪と背任罪とが想像的競合をなすものとして、刑法五四条一項前段、五五条、昭和二二年法律一二四号附則四項を適用して、同被告人の所為全部を一罪として処断しているのである。

金融緊急措置令違反の罪は、昭和二七年政令一一七号大赦令一条九七号により大赦さるべき罪ではあるが、被告人遠山七郎の所為中、前記(乙)金融緊急措置令違反と背任罪とが想像的競合をなす前記二つの所為は、大赦令二条により赦免されないことは明らかである。しかしながら、その余の(甲)金融緊急措置令違反の罪は、すべて右大赦令によって赦免さるべきものと解するを相当とする。もっとも同被告人の前記(甲)金融緊急措置令違反の各所為は、前記(乙)大赦にかからない背任罪と想像的競合を為す金融緊急措置令違反の各所為と連続犯をなし、結局一罪として処断される関係にあるので被告人の各所為はすべて大赦にかからないのではないかとの疑問を生ずる。しかし、昭和二二年法律一二四号による改正前の刑法五五条の規定する連続犯とは、連続した数個の各所為がそれぞれ犯罪構成要件を充足する場合であって、本質上は数個の犯罪が成立存在するのであるが、裁判手続の便宜と被告人の利益のため科刑上これを一罪として処断するに過ぎないものである。そして、大赦令一条によれば、金融緊急措置令に違反する罪は赦免さるべきものであるから、前記(甲)の所為は当然赦免される。そして、これを赦免しないとする例外規定はどこにもない。すなわち、大赦令二条は赦免をしない例外として、「前条に掲げる罪に当る行為が同時に他の罪名に触れるとき、又は他の罪名に触れる行為の手段若しくは結果であるときは、赦免しない」と定め、赦免さるべき行為が赦免されない行為と刑法五四条のいわゆる想像的競合又は牽連犯をなす場合のみを規定し、前記連続犯をなす場合については何等規定を設けていないのである。すなわち改正前刑法五五条にいわゆる「連続シタル数個ノ行為」中に、大赦令一条所定の赦免にあたる罪と、然らざる罪とがある場合には、これを刑法五四条の場合と同じように全体を「赦免しない」ものとする趣旨の規定を欠いているのである。かかる規定を欠いている以上は右大赦令によっても、連続犯の一部に赦免される罪と然らざる罪とがあるときは、その連続犯全体を一罪として「赦免しない」ものと解することはできない。もし連続犯が牽連犯と同じく科刑上の一罪であるとの理由で刑法五四条の場合のみに関する大赦令二条の規定の趣旨を類推拡張して何等特段の規定のない連続犯の場合にも同様に解せんとするならばそれは、被告人に恩恵を施そうとする恩赦に関する大赦令の趣旨を、ことさらに被告人に不利益に解釈しようとするもので、大赦令の期せんとする深い本旨にもとるものというべきである。

してみれば、被告人遠山七郎に対する公訴事実中、前記(甲)金融緊急措置令違反の事実は、原判決後大赦があった場合であるから、原判決の刑の量定は甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認める。それ故原判決中同被告人に関する部分は破棄さるべきである。ただ同被告人に対する公訴事実中、前記(甲)の事実は前記(乙)の大赦にかからない背任罪と想像的競合をなす金融緊急措置令違反の罪と連続一罪をなすものとして起訴されたものであるから、特に主文において免訴の言渡をしない。

次に被告人株式会社千葉相互銀行(もと千葉合同無尽株式会社)に対する公訴事実は、前記大赦令一条九七号によりすべて大赦せらるべきものであるから、原判決後大赦のあった場合にあたり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するから同被告会社の弁護人佐々野虎一の上告趣意に対する判断をなすまでもなく、原判決中同被告会社に関する部分は破棄を免れない。

よって刑訴施行法二条、三条の二、刑訴四一一条二号、五号により原判決中被告会社及び被告人遠山七郎に関する部分を破棄し旧刑訴四四八条により更に判決するのであるが、被告株式会社千葉相互銀行に対する公訴事実は、前記のようにすべて大赦があったので、旧刑訴四五五条、三六三条三号により同被告会社に対し免訴の言渡をなし、被告人遠山七郎に対する公訴事実中、前記(乙)の事実を法律に照らすと、背任の各所為は刑法二四七条に、金融緊急措置令違反の各所為は、金融緊急措置令六条、一一条、同令施行規則一三条にあたり、右はいずれも一個の行為で二個の罪名にあたり、且つ犯意継続に係るので、刑法五四条一項前段、五五条、一〇条、昭和二二年法律一二四号附則四項により重い背任罪の刑に従い、その刑期範囲内で同被告人を懲役二月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法二五条に従い、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用中主文五項掲記の分は、旧刑訴二三七条により同被告人をして負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

この判決は裁判官斎藤悠輔、同島保の反対意見、裁判官井上登、同岩松三郎の少数意見を除く、裁判官全員一致の意見によるものである。

職権調査による説明部分に対する裁判官斎藤悠輔、同島保の反対意見は、次のとおりである。

従来の判例並びに慣行によれば、連続犯は、被告人の利益、不利益にかかわらず、実体上の一罪と同視すべきものであって、決して、単なる取扱上の一罪とはされなかったのである。それ故、連続犯を認定するには、個々の行為を証明すべき証拠のほか特に犯意継続(すなわち単一又は同一意思)についての直接又は間接の証拠を挙示するを要し、これに適用すべき法令は、個々の行為が新旧両法に亙る場合でも新法のみを適用すべく、連続一罪の全部又は一部が他の罪と牽連し又は想像的に競合するときは先ず刑法五五条を適用すべきものとされたのである。その他公訴の時効、起訴並びに審判及び既判力の各範囲等すべて実体上の一罪と同視されたのである。ただ連続犯の一部について証明がないときは判決の理由においてその旨説明し特に主文において無罪の言渡をしない旨説示する取扱をしていたけれども、この取扱によらなくとももとより違法ではなく、ことに数十百多数の連続犯の一小部分の場合は故意にこの取扱によらないで単に黙殺するのを寧ろ慣行としていたばかりでなく、この取扱は純然たる一罪の数額の一部又は包括一罪の一部並びに牽連犯、想像的数罪の一部の証明のない場合も同様であり、従って、念のための処置に外ならないのである。されば、連続犯については、時効や大赦の場合も実体上の一罪と同視すべきものであって、大赦令二条は、実体上の一罪、従って、包括一罪や連続犯等の場合において、その数額の一部又は一部の行為が大赦に当るに過ぎないときは、その全部について赦免されないことを当然の前提とする規定であると解するのを相当とする。それ故多数説は、連続犯を全体的、統一的に正解しない場当りの断片的見解であって、賛同できない。その他多数意見の量刑が著しく正義に反し、特に極めて非実際的であることは改めて論ずるまでもなく、この点についてはすべて井上、岩松両裁判官と同意見である。

井上、岩松裁判官の少数意見

連続犯は本質上の一罪であるとする点において吾々は斎藤裁判官及び島裁判官と同意見である。

次ぎに多数説は刑訴四一一条を適用すべき場合であるというがこれにも賛成出来ない。本件は大赦にかかった犯罪の外に昭和二一年七月頃合計金二九、八〇〇円(当時の二九、八〇〇円は価値において今の二九、八〇〇円とは非常な違いである)の背任があるのである。そして無尽は多数の民衆から零細の掛金を集めてこれを貸出すのであるから、もしその貸出した金が返還されないことになると多数者が非常な迷惑を蒙る結果を来すのである。それ故無尽業法は右の如き結果の発生を避ける為め資金の運用に関しては厳格な規定を設け個人に無担保で貸す如きは堅く禁ずる処であるに拘わらず被告人はこの法の禁止を犯し、無尽加入者でもない自己の従兄弟、知人等に無担保で貸出したのであってその情状決して軽きものということは出来ない。これに対して六ヶ月の懲役刑に二年間の執行猶予がついて居る以上此の刑は「原判決を破棄しなければ著しく正義に反する」ものとは到底いえない。多数説は九十余個の経済犯が大赦にかかったに拘わらず原判決の刑をその侭にして置くのは著しく正義に反するという全く形式的の理由によるものである。しかし当初から本件の如き二ツの背任だけの事件に対し第二審が六月の懲役刑に二年間の執行猶予を附した場合、此の判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは恐らく何人も考えないであろう。前記の如き犯罪に対し第二審が懲役六月執行猶予二年の判決をしたのは「著しく」(著しくである)正義に反し懲役二月執行猶予一年(本件における当審の刑)に処するのは相当であるというが如きは到底吾々の了解し得ない処である。刑訴四一一条はこんなことを考えたものではあるまい。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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