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最高裁判所大法廷 昭和29年(オ)232号 判決 1960年6月15日

主文

本件上告論旨は理由がない。

理由

論旨は、要するに罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に臨時処理法という)二条、三条は、罹災借家人という特定、一部の人々のためにその敷地の所有者の意思に反してまでも敷地賃借権の設定または借地権の譲渡を得しめようとするものであるから、いずれも国民の基本的人権である財産権を箸しく侵害するものであり、右は、公共のため、また、正当の補償をして初めてなしうることと定めた憲法二九条に違反するというのである。

しかし、憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵してはならない」旨規定し、私有財産制の原則を採るといつても、その保障は、絶対無制約なものでなく、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」旨規定しているのであつて、このことは、一項の不可侵性に対して公共の福祉の要請による制約を許容したものに外ならない。従つて、法律で財産上の権利につき使用、収益、処分の方法に制約を加えることがあつても、それが公共の福祉に適合するものとして基礎づけられている限り、当然になしうるところである。

これを臨時処理法について考えてみると、同法は、終戦後広地域にわたる多数の罹災都市の罹災者の保護、災害の速やかな復興を図るため、これら罹災地の借地借家関係を調整する措置を講ずべき緊切な要請に基づき、かつて関東大震災直後に惹起された借地借家関係の紛争、復興阻害等の諸事情に対処するため制定された借地借家臨時処理法(大正一三年法律一六号)の趣旨を承継すると共に、「戦時罹災土地物件令」(昭和二〇年勅令四一一号)の廃止に伴う善後措置を兼ね、昭和二一年法律一三号として制定施行された法律であつて、所論二条は、罹災建物の敷地(又はその換地。以下同じ)に借地権の存しない場合、同三条は、その敷地に借地権の存する場合に、それぞれ罹災借家人をして優先的に借地権を取得せしめる方途を講じたものであつて、右両条によれば、敷地の所有者及び借地権者は、敷地を建物所有の目的で自ら使用することを必要とする場合その他正当な事由があるときは、罹災借家人の賃借又は借地権譲渡の申出に対し法定期間内に拒絶の意思を表示することができるのであり(二条三項、三条後段)、その申出に対する諾否の自由が制約されるのは、ただ、法定期間内に拒絶の意思を表示しない場合と拒絶について正当な事由があるものと認められない場合(二条二項、三項、三条後段)に過ぎないのである。それ故、右両条は、憲法二九条二項にいわゆる公共の福祉の要請に応じて定められたものに外ならない。そして右両条は、前記申出を任意に承諾した場合においても、又、法定期間内に拒絶の意思を表示しないで申出を承諾したものとみなされる場合及び拒絶しても正当な事由があると認められない場合においても、いずれも、相当な借地条件又は対価で敷地の借地権が設定又は譲渡される(二条一項、三条各本文、一五条、一六条)ものとしているのであるから、憲法二九条三項にいわゆる正当な補償なくして財産権を侵害するものとは認められない。

されば、臨時処理法の前記法条が憲法二九条に違反するとの所論は採るを得ない。

なお論旨は戦時罹災土地物件令が憲法二九条に違反するというけれとも、単に抽象的に違憲を主張するに止まり、その如何なる条項が如何なる理由により右憲法の法条に違反するものであるかにつき、何ら具体的に示していないから違憲の主張として不適法であることは昭和二八年一一月一一日大法廷判決、民集七巻一一号一一九三頁の示すところにより明らかであつてこの点に関する所論は採用できない。

よつて裁判官全員一致の意見で主文のとおりり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)

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