最高裁判所大法廷 昭和34年(オ)502号 判決 1962年6月06日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人長野潔、同長野法夫の上告理由第一点について。
原判決中所論に関する事実の摘示ならびに判断は、やや簡に失したきらいはあるが、借地法四条一項但書に関する原審の判断は、当裁判所が後に判示するところに照し、結局正当であると認められるので、原判決に判断遺脱又は理由不備の違法ありとする論旨は採用し難い。
同第二点について。
借地法は、建物の所有を目的とする土地の借地権者の利益を保護するため、土地所有者の所有権に対し種々の制限を規定しているが、同法四条一項が、借地権が消滅した場合においても、借地権者が契約の更新を請求したときは、建物が存在するかぎり、前契約と同一の条件をもつて更に借地権を設定したものとみなすことを建前とし(同項本文)、ただ、正当の事由ある場合において土地所有者が遅滞なく異議を述べたときにかぎり契約は更新されないものとしている(同項但書)のも、その一にほかならない。すなわち、借地法の右規定は、借地権消滅に際し、土地所有者がその所有権の本来の権能を回復することにつき有する利益と、借地権者が一度獲得した土地使用の権能をさらに保持することにつき有する利益の調節を図ることを内容とするものであり、右利益調節の基準を土地所有者が更新を拒絶するにつき正当の事由があるかどうかに置いているものと解される。そもそも、右借地法四条の現行規定は、昭和一六年法律第五五号による改正に係るものであり、右改正前の規定によれば、借地権消滅の場合において、借地権者は契約の更新を請求することはできるが、この請求に応ずるかどうかは土地所有者の自由であり、ただ、更新が拒絶された場合においては、借地権者は土地所有者に対し建物の買取請求をすることを得るに過ぎなかつたのであるが、右改正後の規定によれば、前示のごとく、土地所有者が更新を拒絶するには、実体的には正当の事由あることを要し、手続的には遅滞なく異議を述べることを要するものとされるに至つたのであつて、右法律改正の目的が、宅地不足の甚だしい当時の実情にかんがみ、借地権者の利益を保護するに在つたことは、多言を要しないところである。
以上をもつてみれば、土地所有者が更新を拒絶するために必要とされる正当の事由ないしその事由の正当性を判断するには、単に土地所有者側の事情ばかりでなく、借地権者側の事情をも参酌することを要し、たとえば、土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合においても、土地の使用を継続することにつき借地権者側がもつ必要性をも参酌した上、土地所有者の更新拒絶の主張の正当性を判定しなければならないものと解するのを相当とする。もつとも、右借地法四条一項但書には「土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」とあり、単なる文理解釈にしたがえば、所論のごとく、土地所有者が自ら使用することを必要とする場合は、そのこと自体が正当の事由に該当すると論ずる余地もないではないが、前述のごとき立法の傾向ならびに依然たる宅地不足で借地権者を保護しなければならない現下の実情にかんがみるときは、右法条の真の意義は、土地所有者が自ら使用することを必要とする場合においても、借地権者側の必要性をも比較考量の上、土地所有者の更新拒絶の適否を決定するに在ると解するのが相当である。しかも、同様の見解は、借地法の右改正と同時に昭和一六年法律第五六号により行われた借家法の改正にかかる同法一条ノ二の新設規定において、建物の賃貸人による賃貸借の更新の拒絶又は解約の申入についての要件として規定されている「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」なる文言の解釈につき、当裁判所が採用しているところであり(昭和二四年(オ)第二〇三号同二五年六月一六日第二小法廷判決判例集四巻六号二二七頁、昭和二四年(オ)第二七四号同二七年一二月二五日第一小法廷判決判例集六巻一二号一二六三頁、昭和二七年(オ)第四四六号同二九年一月二二日第二小法廷判決判例集八巻一号二〇七頁参照)借家法一条ノ二に関する右解釈はなお正当であると思われるので、同時に行われた法律改正により同様の文言で規定されている借地法四条一項但書につき前述のごとき解釈を採用することは、当裁判所の右判例の趣旨にも副うものといわなければならない。もつとも、借地の場合と借家の場合とでは、所論のごとく事情を異にする面もあることを認めなければならないが、借地の場合に特有な事情は、更新拒絶の事由の正当性の判定につき当事者双方の必要性を具体的に比較考量するに際し参酌されれば足るものと解されるので、借地と借家との間に事情を異にする面もあるため、借地法四条一項但書の規定につき借家法一条ノ二の場合と異つた解釈を採り、借地の場合には、借地権者側の事情をなんら参酌する要がないとの所論は、これを肯認し難い。
しこうして、財産権、とくに所有権は尊重されなければならないが、今日においては、所有権といえども絶対的なものではなく、その内容は公共の福祉に適合するように法律によつて定められるべきことは憲法の要請するところであり、民法も、所有者の権能は法令の制限に服することを明らかにし、また、私権、したがつて所有権も公共の福祉に遵うものとしていることにかんがみれば、他人の土地を宅地として使用する必要のある者がなお圧倒的に多く、しかも宅地の不足が甚だしい現状において、借地権者を保護するため、前述のごとくに解せられる借地法四条一項の規定により、土地所有者の権能に制限を加えることは、公共の福祉の観点から是認されるべきであり、また、借地法の右規定を前述のごとくに解しても、土地所有者は、正当の事由ある場合には更新を拒絶して土地を回復することができるのであるから、所論のごとく、所有権を単なる地代徴収権と化し又はその内容を空虚にするものと言うことを得ない。所論は、ひつきよう、独自の見解の下に、原判決に憲法その他の法令の解釈を誤つた違法ありとするものであり、採用することを得ない。
同第三点及び第四点について。
原判決が引用する第一審判決の理由を通読すれば、原審は、上告人の本件更新拒絶の適否を判断するに当り、当事者双方の事情をその必要な限度において判示したものと解することができる。
したがつて、原判決において所論のごとき事情にとくに触れるところがなかつたとしても、原判決に判断遺脱又は理由の不備もしくは齟齬ありとすることを得ない。論旨は採用し難い。
同第五点について。
原判決の引用する第一審判決の理由を精読すれば、原審は、単に被上告人が鞄の製造、卸売及び小売をしていることを認定しているに過ぎない。所論は、原判旨を正解せずして原判決に経験法則違反ないし事実誤認の違法ありとするものであり、採用の限りでない。
同第六点及び第七点について。
原審は、挙示の証拠により認定した事実に基づき、本件当事者双方の事情を比較考量の上、上告人の更新拒絶には正当の事由がないと判断したものであり、右認定ならびに判断は相当である。所論は、原判決に憲法二九条及び法令の解釈適用を誤つた違法があるというが、ひつきよう、原審が適法に行つた事実の認定ならびに法的判断を非難するに帰し、また引用の判例は本件の場合に適切でない。論旨は、いずれも採用することを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)