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最高裁判所大法廷 昭和35年(オ)579号 判決 1960年12月14日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人五井節蔵の上告理由第一点について。

論旨は、本件市議会議員選挙に際しては、開票された投票中に「中島」と氏だけを記載した投票が三三票あり、候補者中には中島長八、中島武男の両名があつたので、右投票はいずれの候補者に投票されたのか不明のところ、開票区では公職選挙法六八条の二により右投票を有効とし中島両名のその他の有効投票数に按分して加算した。しかし投票者の意思は、いずれかの特定した候補者に向けて投票したものであるから、これを候補者の有効投票数に比例配分することは選挙人の意思を無視するものである。されば、公職選挙法六八条の二は、憲法一一条、一五条に違反し無効であるにかかわらず、原判決が右公職選挙法の規定を合憲と判断し上告人の主張を排斥したことは、憲法の前記規定に違反したものであるというに帰する。

しかし所論憲法の規定は、公務員を選挙する権利を国民固有の基本的人権として保障したものであるが、本件のごとく、同一の氏名、氏又は名の公職の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票を公職の候補者の何人を記載したものか確認し難いものとして無効とすることなく、これを有効として当該候補者のその他の有効投票数に応じ按分して加算しても、それは立法政策上の問題であつて所論憲法の規定に違反するものとはいえない。それゆえ、公職選挙法六八条の二を合憲として適用した原判決の判断は正当であるから、所論は採るを得ない。

同第二点について。

論旨は、上告人の得た投票中には「小林祐助」の氏名の上に横書にて「必勝」の二字を書き添えた一票があり、開票管理者はこれを公職選挙法六八条五号の「他事を記載したもの」に当るものとして無効としたが、右「必勝」の字句は上告人の人格に対する敬慕尊崇の表現であつて、前記公職選挙法六八条五号但し書にいう「敬称の類」を記入したものにほかならないから前記投票は有効である。しかるに、原判決がこれを無効と判示したことは、前記公職選挙法六八条五号の「敬称の類」の解釈を誤り、ひいて憲法一一条、一五条にも違反するというのである。

しかし、所論「必勝」の記載は社会観念上「敬称の類」の記入とは認められないので、論旨は理由がなく、原判決には所論の違法違憲はない。引用の判例は、いずれも本件と場合を異にし適切でない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官垂水克己の補足意見および裁判官斉藤悠輔、同河村又介の反対意見あるほか裁判官全員の一致した意見によるものである。

裁判官垂水克己の上告理由第一点についての補足意見は次のとおりである。

候補者の氏のみを記載した投票が実は氏を同じくする非候補者(例えば候補者の父)に対する投票であつたというような事由の有無を調査することは違法の保障する投票の秘密を侵すことになつて許されないところであるから、かような事由によつて投票を無効とすることは許されず、投票はその表示に従つてのみ解釈されなければならない。候補者の氏のみを記載した票はその氏を持つ候補者に投票する意思でなされた有効のものとして扱つても、特殊の例外の場合を除き、一般的には投票者の意思に合致するものといえよう。

本件選挙では、候補者中に中島長八、中島武男の両名があり、中島と氏のみを記載した票が三三票あつたというのであるが、右三三票は、その表示に従えば、中島長八に投票する意思をもつてした票か又は中島武男に投票する意思をもつてした票であるが、二者のうちいずれか一であると認めるのが相当である。その理由は前段に述べたとおり。

尤も、厳格にいうなら、中島長八、中島武男両候補者ある場合は、投票にはそのいずれを指すかを更に名を示すことによつて明らかにしなければならないといえようが、その程度まで候補者を特定しないことの瑕疵は、非候補者の氏名を記載したような場合などと異り、相対的なものにすぎない。すなわち、中島とのみ記載された票には、中島長八が指名されている蓋然性もあり、中島武男が指名されている蓋然性もあるのであつて、これを否定することは右の投票をした選挙人の意思を実質上否定することになる可能性がある。右三三票を中島長八に対する票としての蓋然性と中島武男に対する票としての蓋然性とを含有するものとしてこれを活かすことの方が恐らく三三人の投票者の意思に多少でも副うのではあるまいか。

わが今日の選挙人中には学問できなかつたためや粗忽その他のため投票用紙に氏だけしか書かない人も少くないことは選挙管理委員会や選挙の効力に関する事件を審判する裁判所の熟知するところであろう。

では氏のみを記載した票を氏を同じくする候補者間にどんな割合で配分すべきか。

現行法は均分制を採らない。もし、均分制を採るなら、従来人気ある候補者の得票を削減せんとする不公正な目的で人気のない同姓の候補者が立候補することによつてこの目的を達することなしとしない。

これに反し、もし当該選挙の結果、氏名を記載した投票によつて同姓の甲は同姓の乙に比し一〇倍の票を獲得したとすれば、姓のみを記載した票も恐らくは甲一〇に対して乙一の比率とみる方が真実に近いらしく思えるといえないこともなかろう。かような比率による按分方法は、有力者を一層有力にし無力者にあくまで酷であるとの意見が出るかもしれないが、問題は投票者の意思は奈辺にあるかであつて、公職選挙法六八条の二はこの種の票の配分を選挙管理委員会の公平な裁量に任せ、ここにその基準を定めた訳ではないのである。

されば同条は出来るだけ選挙人の意思に副わんとする規定であつて憲法一一条、一五条に違反するものということはできない。

裁判官斉藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

上告代理人五井節蔵の上告理由第一点について。

わたくしは、公職選挙法六八条の二の規定が、憲法一一条一五条に違反するとまでは考えない。ことに同選挙法六八条の二の第一項の規定は、同法六七条の趣旨に反しないと思われるから、一応有効な規定であると考える。しかし、同条第二項の有効投票数に応じて按分する点は、全然合理性を欠くもので、むしろ平等按分とすべきものと考える。このことは、同法二〇九条の二についてもいえることであつて、わたくしの持論である。

同第二点について。

公職選挙法六八条五号本文の他事を記載したものを無効とする理由は明らかでないが、沿革的には買収に応じた旨の意思表示の記載に対する制裁的規定のようである。しかし、今日ではかような考方は捨てなければならぬものと考える。同号但書を設けた立法理由と同法六七条の原則とによつて右本文の規定はできるだけ狭く解すべく、結局投票意思を阻害する他事記載に限定すべきである。換言すれば、同六八条五号但書の規定はできるだけ広く解すべく、従つて、本件のごときものをも含むものと解するのが相当である。されば、本論旨はその理由があつて、原判決は破棄を免れないものと考える。

裁判官河村又介の反対意見は次のとおりである。

上告代理人五井節蔵の上告理由第一点について。

公職選挙法六八条の二の、同一の氏名、氏又は名の公職の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票は有効とし、この有効投票は、開票区ごとに、当該候補者のその他の有効投票数に応じて按分し、それぞれこれに加えるものとする、という規定は、このような投票をした選挙人は、それ等の候補者の中のいずれかに投票するつもりであつたに相違ない、そしてそのような選挙人中の幾人がいずれの候補者に投票するつもりであつたかの問題については、当該開票区においてそれぞれ候補者になされた有効投票の数に比例した数の選挙人が、それぞれの候補者に投票するつもりであつただろう、という推測に基いて設けられたものと思われる。

しかし右のような推測はその根拠甚だ薄弱である。なるほど右のような選挙人が右のような候補者のいずれかに投票するつもりであつたに相違ない、という推測は一応肯ける。(もつとも厳密に考えれば、それも常にそうだとは断定できない。例えば、選挙人の心理においては、中島長八と中島武男の双方に義理立てしてわざと名を書かず、中島という氏のみを記載するというような場合もないとは限らない。しかしその点はしばらく不問にする。)けれども単に「中島」と書いた選挙人が「中島長八」又は「中島武男」の有効投票の数に比例して、一群のものは「中島長八」に投票するつもりであり、他の一群のものは「中島武男」に投票するつもりであつただろうということは、その蓋然性甚だ乏しく、むしろ稀有のことに属する。原告代理人のいわゆる揣摩憶測に近い。例えばある一人の候補者の名が記憶しにくい名であるとか、字劃の難かしい漢字であるとかの理由によつて、その名を記載しなかつた選挙人が多かつたというようなことのために、その名を明記した有効投票の数は少いけれども、その名を記載しなかつた投票数は比例以上に多い、というような場合も考えられなくはない。極端な場合を考えれば、名を記載しない投票の全部が一の候補者に投ずるつもりでなされたであろうという可能性もあり得るし、その逆の可能性もあり得る。さらに双方半々の場合も可能性としては考えられなくはない。要するにかかる投票が如何なる割合においていずれの候補者になされるつもりであつたかは全く不明なのである。しかるに公職選挙法六八条の二はこのような投票を比例的に按分しようとするのである。それが必ずしも選挙人の真の意思に合致するものでないことは、この規定を適用するためにしばしば小数点以下……票の得票というような結果を生ずることによつても明らかである。本件の例をとつてみれば中島長八の総得票数は一七〇一・八五五票となつている。しかし現実には、〇・八五五というような票もそのような選挙人の意思も絶対にあり得ない。この規定が選挙人の実際の意思を如実にあらわす所以でないことは、このことだけでも実証される。

このような不合理な擬制によつてある候補者は不当に多くの票を加算され、他の候補者は不当に少い票を加算されることがあり得る。そして二つ以上の開票区における得票数の通算することによつて不合理は更に重畳し錯綜する。その結果、選挙人の多数の支持を得た候補者が落選したり、少数の支持を得たに過ぎない候補者が当選したりすることがあり得る。しかもこのような逆転は同一の氏名、氏又は名の候補者相互の間に起り得るのみならず、これ等の候補者とそうでない他の候補者との間にも生ずる可能性がある。

固より私は、選挙制度における推定や擬制の悉くを不当というのではない。例えば公職選挙法一〇〇条に定めている無投票当選の制度は、ある選挙区における議員としての立候補者の数がその区の議員の定数を超えないときには、投票を実施してみても、それ等の候補者は当選に必要な数の投票を得るであろう、という推定に基いて投票の手続を省略してそれ等の候補者を当選人とするのである。しかし厳密にいえば、投票をしてみればある候補者は一票の得票もなかつたかもしれないということが論理としては可能である。少くとも、投票してみれば同法九五条但書に定める法定得票数に達しないかも知れない、ということ考えられなくはない。それにもかかわらずそういうことはたいがい形式論理の可能性の世界だけのことであつて、通常は先ず先ず起らない。それ等の候補者は投票してみても必要な投票を得るであろう、ということが多分の蓋然性を以て云える、従つてこれ等の候補者を選挙人多数の支持を得たものとして当選人とすることには、何等の疑惧をも抱かせない。しかし六条の二の場合は、甚だしく恣意的で根拠の薄弱な推定に基いて合理性の極めて乏しい取扱いがなされるのである。投票をなるべく有効なものとして選挙人の意思を生かそうとする立法の趣旨はわからないわけではないが、事実は、正規の投票方式に従わなかつた少数の選挙人の投票を救おうとして(実際は必ずしもこれを救うことにならないのだが)適法に投票した多数の選挙人の意思を蹂躪するという結果にもなり得るのである。これ正に小の虫を生かさんとして(実際は必ずしもこれを生かすことにならないのだが)大の虫を殺すものではないか。わが国の選挙法は、多年、「候補者の何人を記載したかを確認し難い」投票を無効とする(現行公職選挙法六八条七号)という原則を堅持して来た。選挙人の意思を明確に表示した投票のみを有効とするこの原則は明快であつて、これを貫徹することによつて十分事足りたと思われる。しかるに昭和二七年に至り突如として六八条の二の原形が、その例外規定として挿入されたのである。かかる合理性に乏しい、というよりはむしろ多分に不合理性を孕んだ規定が、何のために設けられたのか、私はその理由を忖度するに苦しむ。

多数決の原則は民主主義の政治において最も主要な基本原理である。それはある事柄を議決する場合にも、人を選定する場合にも遵守されなければならない原則である。憲法は一五条、四三条、九三条等において公務員を選挙する規定を設けているが、選挙制度は、選挙人多数の支持を得たものを当選者とすることを自明の理としてその前提とする。若し選挙人多数の支持を得たものを落選者とし、少数の支持を得たものを当選者とするというが如きことをするならば、選挙は無意味に帰し、民主主義の機構は根抵から覆える。しかるに公職選挙法六八条の二を適用する結果、選挙人多数の支持を得たものが落選し、少数の支持を得たものが当選するというおそれを生ずること前記のとおりである。さすればこの規定は、民主主義に不可欠の多数決の原則に反する結果を生ずる可能性を孕み、選挙制度の基本原則を没却し、憲法の前記諸条規に違反するものといわなければならない。この規定の存在を許すか許さないかは、もはや単なる立法政策の問題として看過できることではなく、憲法違反の故を以て無効として取扱わるべきものである。

以上のような次第であるから論旨は理由あるに帰し、違憲の法律を有効とした原判決は、その余の論旨につき判断するまでもなく、破棄を免れないものと信ずる。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)

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