大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和36年(あ)1510号 判決 1965年4月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

第一審及び原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

なお、職権により調査すると、原判決は、被告人がその職務に関し請託を受け平坂光男をして輿石勤にその代金合計三一八万三〇〇〇円を受領させて合計四八万八〇〇〇円の利益を供与せしめたとの第一審判決の確定した事実につき、金四八万八〇〇〇円は情を知つた第三者たる輿石勤が収受した賄賂で、これを没収することができないものとして、昭和三三年法律第一〇七号附則第二項および同法律による改正前の刑法第一九七条の四により同人からこれを追徴しているのである。

しかし、憲法二九条一項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同三一条は、何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているところ、前記第三者に対する追徴は、被告人に対する刑と共に言渡されるものであるが、没収に代わる処分として直接に第三者に対し一定額の金員の納付を命ずるものであるから、当該第三者に対し告知せず、弁解、防禦の機会を与えないで追徴を命ずることは、適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科するものであつて、憲法の右規定に違反するものといわなければならない。然るに、前記刑法一九七条の四は、情を知つた第三者の収受した賄賂の全部又は一部を没収することができないときはその価額を追徴する旨を規定しながら、その追徴を命ぜられる第三者に対する告知の手続及び弁解、防禦の機会を与える手続に関しては刑訴法その他の法令になんら規定するところがなく、本件においても、第三者たる輿石勤は単に証人として第一審裁判所および原審裁判所において取調べられているのに過ぎないのであるから、右手続を履むことなく刑法の右規定によつて同人から賄賂に代わる価額を追徴することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない。原判決は、この点において破棄を免れない。

よつて刑訴法四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条但書により原判決を破棄し、被告事件につき更に判決する。

原審の是認する第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は刑法一九七条の二の該当するので、その刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑を執行を猶予し、訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文を適用し主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官山田作之助の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官山田作之助の意見は次の通りである。

わたくしは、多数意見と、その結論を同じくするのであるが、その理由を異にするので、その次第を次のように述べる。

一、憲法三一条が「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定し、同三二条において、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と定められている以上、国家に、実体法上(刑法、関税法等)の刑罰権(処分権)が認められていても、これを具体的に実現するためには、厳格なる法的手続が要求されている。そして、近代的刑事手続にあつては、被告人の利益を保護するために、当事者訴訟の構造をとつているのであつて、我が国の刑事訴訟法もまた、当事者訴訟主義をとつていることはいうまでもない。

二、右のように、当事者訴訟の構造をとつている我が刑事訴訟法においては、被告人に対してなされたる訴訟手続にもとづき、被告人に対して言い渡される判決の直接の効力が、訴訟当事者となつていない被告人以外の第三者にまで及ぶということは認められていない(このことは当事者訴訟主義をとつている近代訴訟における民事訴訟法、刑事訴訟法、破産法等を通じて確立されている訴訟法上の基礎原理の一つである――昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日言渡大法廷判決〔刑集一六巻一一号一五九三頁〕におけるわたくしの少数意見参照)。多数意見が、原判決は、第三者たる輿石勤に対し告知せず、弁解、防禦の機会を与えずして同人より追徴をなすこととした点において違法があるとしているが、わたくしは、輿石勤を、訴訟上の防禦並びに不服申立等の権限を有する訴訟当事者として参加せしめて、はじめて同人より追徴をなすことを得ると解するものである。

三、原判決主文四項は「本件により収受した利益金四八万八〇〇〇円は輿石勤からこれを追徴する」としているのであるが、右輿石勤は、本件訴訟において起訴されていないばかりでなく、訴訟手続上防禦並びに不服申立等の権限を保障された者として本件訴訟手続に参加もしていないから、本件の訴訟当事者とはいえないものである。被告人吉田信義に対する本件刑事訴訟手続で同被告人に対して言い渡された本件判決は、第三者たる輿石勤に対しては、法律上何等の効力を及ぼすものでないことは論をまたない(前掲大法廷判決におけるわたくしの少数意見参照)。従つて、「輿石勤から追徴する」との部分は、法律効果を伴わない無意味の記載というほかなく、しかもこの記載により世人に何等かの誤解を生ぜしめるおそれなしとしない。いうまでもなく、判決主文は、判決中最も重要なる部分であるから、その主文にこのような法律上意味のない事項の記載を容認するが如きことは到底許されざる処で、原判決中、この点に関する部分は、破棄を免かれないものである。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅盤 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例