最高裁判所大法廷 昭和36年(し)38号 決定 1962年2月14日
主文
原分離決定に対する特別抗告を棄却する。
原異議申立棄却決定および昭和三六年八月一六日原裁判所の裁判長のなした被告人山崎博に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入被告事件の判決宣告期日を追って指定する旨の処分は、これを取り消す。
理由
本件特別抗告の趣意は、末尾添付のとおりである。
分離決定に対する特別抗告について。
抗告趣意第一点は、原分離決定は、著しく裁判の遅延を招来するものであるから憲法三七条一項に違反すると主張するが、原分離決定は、被告人山崎に対する被告事件と他の被告人に対する被告事件とを別個に審判する効果を有するにすぎないから、これによって著しく裁判の遅延を招来するものということはできない。所論は、前提を欠き、採用することができない。同第二点は、判例違反を主張するが、引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でないから、所論は、採用することができない。同第三点は、単なる法令違反の主張であって、特別抗告適法の理由に当らない。
異議申立棄却決定に対する特別抗告について。
職権をもって調査すると、昭和三六年八月一六日被告人山崎博外五名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入被告事件の原審第一八回公判期日において、被告人山崎の弁護人から、同被告人が東ドイツに五年間留学する予定につき同被告人を分離結審の上帰国後判決宣告をされたい旨の申立があり、原裁判所は、右申立を容れ、同被告人を分離する旨の決定をし、次いで、右決定により分離された被告人山崎博に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入被告事件について、弁論を終結した上、裁判長において、判決宣告期日を追って指定する旨宣し、検察官が裁判長の右処分に対し、異議の申立をしたところ、原裁判所がこれを棄却する旨決定したことは、記録によって明らかである。
およそ、迅速裁判の要請は、刑事訴訟法一条に明らかなように、刑事訴訟手続の基本的要請の一つである。このことは独り被告人のみの利益のために定められているものではない。刑事訴訟法二七三条は、「裁判長は、公判期日を定めなければならない。」と規定し、期日の指定については、裁判長の裁量権が認められているけれども、右裁量権の行使は、刑事訴訟手続の基本的要請にしたがってなされなければならないのであって、迅速裁判の要請に著しく反する意図の下に期日を指定しないことは、裁量権を濫用するものとして許されないものと解すべきである。
本件についてみると、原裁判所の裁判長が被告人山崎の判決宣告期日を追って指定する旨宣したのは、被告人山崎の留学の便宜を考慮し、五年後に同被告人が帰国した後に判決宣告をしようとする意図によるものであること、記録によって明らかであって、かように訴訟とはなんら関係のない被告人の個人的事情のみを考慮して五年後に判決宣告をしようとするのは、迅速裁判の要請に著しく反するものというべきである。したがって、かような右裁判長の処分およびこれを維持した原異議申立棄却決定は、いずれも、違法であり、かつ原決定を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よって、かような場合には、最高裁判所は、刑訴四一一条を準用することができるものと解すべきであるから、原決定および前記裁判長の処分は、他の申立理由について判断するまでもなく、取消を免れない。
よって、分離決定に対する特別抗告については、刑訴四三四条、四二六条一項、異議申立棄却決定に対する特別抗告については、同法四三四条、四二六条二項により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官斎藤悠輔、同池田克、同石坂修一の後記少数意見があるほか裁判官の一致した意見である。
裁判官斎藤悠輔の少数意見は、次のとおりである。
多数説は、まず本件特別抗告に刑訴四一一条を準用してその一部を認容した。しかし、最高裁判所は、訴訟法において、特に定める抗告以外は取り上げないのが機構上の建前である(裁判所法七条)。そして、本件特別抗告の根拠法である刑訴四三三条一項は、この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四〇五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り最高裁判所に特に抗告をすることができると規定して、刑訴四〇五条所定の事由あることを理由とするほかは、本来不服を申し立てることができないことを明言している。また、刑訴四一一条は、判決を破棄する事由ある場合を規定したものであって、その事由中一号は法令違反、二号は量刑不当、三号は事実誤認、四号は再審事由、五号は判決後の刑の廃止、変更、又は大赦であり、決定又は命令を取り消すべき事由を規定したものではない。そして、抗告に関する規定中に刑訴四一一条を準用する旨の規定のないことはいうを俟たない。されば、不服を申し立てることができない決定に準用すべからざる規定を準用することは、最高裁判所自らが権利の濫用をするものであって、濫訴を奨励し、結局自ら自己の機構を破壊するものである。
次に、多数説は、本件を分離決定と、異議申立棄却決定とに分割し、原分離決定に対する点を棄却し、判決宣告期日を追って指定する旨の点を取り消した。これは、二つに分けるべきでないことは、池田、石坂両裁判官の意見のとおりである。
さらに、多数説は、判決宣告期日を追って指定する旨の処分を取り消した。この取消の裁判は無意味であって、この裁判によって多数説の意図する迅速裁判をなすべき既判力は毫も生じない。
これを要するに、わたくしの考では、本件抗告は、その理由がない。検察官は、弁論再開の申立をするか、又は、刑訴二七七条に準じ判決宣告期日を速やかに指定するよう司法行政監督上の措置を求めるを以て足りるものと考える。
裁判官池田克、同石坂修一の少数意見は、次のとおりである。
原裁判所が、被告人山崎博外五名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の第一八回公判期日において、被告人山崎のみを同被告事件から弁論を分離、終結した措置は、刑事訴訟法の根本理念たる刑罰法令の迅速な適用実現の要請をことさらに過少評価し、同被告人に対する判決宣告をその五年後の帰国まで待つこととするためであり、判決宣告期日を追って指定することとした裁判長の違法な処置と不可分離の関係において結びつけられているものというべく、弁論の分離、終結権限の濫用として許されないものといわなければならない。
されば、本件に関する限り、多数意見のように、右弁論の分離、終結の措置と判決宣告期日の指定に関する裁判長の処置とを各別に評価することは、相当でない。原裁判所のした弁論の分離、終結決定並びに原異議申立棄却決定及び原裁判所の裁判長のした被告人山崎に対する暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の判決宣告期日を追って指定する旨の処置は、いずれも取消を免かれない。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐)