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最高裁判所大法廷 昭和44年(あ)1275号 判決 1976年5月21日

主文

原判決を破棄する。

被告人らの本件各控訴を棄却する。

原審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

検察官の上告趣意について

(本件の経過)

被告人らに対する本件公訴事実の要旨は、

被告人小川仁一は、岩手県内学校教職員をもつて組織する岩手県教員組合(以下「岩教組」という。)の中央執行委員長、同千葉樹寿は同組合書記長、同千葉直、同佐藤啓二、同熊谷晟、同岩渕蔵、同柏朔司は、いずれも同組合中央執行委員であるところ、

第一  岩手県下の各市町村教育委員会(以下「市町村教委」という。)がその管理する各市町村立中学校第二、三学年生徒に対する昭和三六年度全国中学校一せい学力調査を実施するにあたり、これが実施に反対し、同組合傘下組合員である市町村立中学校教員をして、これが実施を阻止する争議行為を行わせるため、

一  被告人ら七名は、他の同組合本部役員らと共謀のうえ、被告人らにおいて、昭和三六年一〇月一三日ころより同月二〇日ころまでの間に、同組合西盤井支部長増井嘉一ら各支部長あて、岩教組中央闘争委員長小川仁一名義の、「一〇月二六日学力調査を行う場合は、全組織力を傾注して阻止せよ。テスト責任者、補助員任命は完全に返上せよ。当日全組合員休暇届を提出し、午前八時三〇分より中学校区単位の措置要求大会に参加せよ。九時五〇分から一〇時の間に学校に到着して授業を行え。」等、全組合員相結束して右調査の実施に関する職務の遂行を拒否しその調査の実施を阻止すべき旨を記載した指令書(指令第六号)及び「テスト責任者、テスト補助員等の任命を絶対に返上せよ。当日全組合員午前七時中学校区単位に集結し、教育委員会の行動に対応できる体制を確立されたい。早朝テスト実施の任務をもつて来校し、テストに入ろうとする者がある場合には中学校の担任は直ちに生徒を掌握、授業の体制にうつり教室を防衛する。外来人が教室に入ることを断乎阻止せよ。特に生徒の扱いについては、テストが事実上不可能な状態におくこと。休暇届は一括分会長保管とする。」等と記載した右指令の内容を敷衍強調する指示書(指示第七号)を発出し、右各支部、支会、分会の役員らを介し、そのころ岩手県一関市ほか同県各市町村において、傘下組合員である小野寺明治外岩手県下の市町村立中学校教職員約四三〇〇名に対し、右指令、指示の趣旨を伝達してその趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

二  被告人千葉直は、(一) 同年一〇月一九月ころ、花巻市東宮野目第一地割七四番地の二、宮野目中学校において、前記組合員である同中学校長沢田利衛に対し、「校長も組合員の一人であるから、組合の方針に従つてテストを実施しないことに協力してくれ。テスト責任者を命ぜられてもこれを返上するようにしてくれ。」等と説得強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、(二) 同月二四日ころ、同市駅前通三七五番地稗貫教育会館において、前記組合員である安藤寛外約四〇名の小、中学校長に対し、「校長も組合員だから、組織の決定に従つてテスト責任者を返上し、テスト拒否にふみ切つて貰いたい。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、(三) 同月二六日、同市高松第五地割四二番地の一、矢沢中学校において、前記組合員である同中学校長宮沢吉太郎に対し、「テストは反対である。テストはやめるように。」等と説得強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、

三  被告人熊谷は、(一) 同年一〇月二五日、久慈市栄町第三七地割一二〇番地の一二、九戸教育会館において、前記組合員である成田忠夫外約五〇名の小、中学校長に対し、「組合の方針はあくまでテストを阻止するので、校長はテスト責任者を返上して貰いたい。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、(二) 同月二六日午後二時ころ、同市夏井町字早坂第三地割二〇番地夏井中学校において、前記組合員である同中学校長田中市郎に対し、「テストはこのままやめて貰いたい。」等と説得強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、

四  被告人岩淵は、同年一〇月一六日ころ、前記九戸教育会館において、前記組合員である高橋祐平外約五〇名の小、中学校長に対し、「今度の学力テスト阻止闘争は指令六号によつてやつて貰いたい。テスト責任者を返上しテスト補助員を任命するな。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

第二  被告人柏は、大槌中学校に赴くテスト立会人斎藤金之助、テスト補充員伊藤里見ら一〇数名の来校を阻止しようと企て、同年一〇月二六日午前八時ころより午後二時半ころまでの間、上閉伊郡大槌町大槌中学校約三〇〇米手前の通称源水橋上の道路において、前記組合員柳田光悦ら約五〇名と共謀のうえ、相ともに人垣を作つて右道路上に立ち塞がり、もつて交通の妨害となるような方法で立ちどまつていた、

というものであつて、右第一の各事実は、いずれも地方公務員法(以下「地公法」という。)六一条四号、三七条一項(なお、第一の一につき刑法六〇条)に、第二の事実は、道路交通法(以下「道交法」という。)一二〇条一項九号、七六条四項二号、刑法六〇条に各該当するとして、起訴されたものである。

第一審判決は、右の各事実は関係証拠によりすべて認めることができるとして、ほぼ右公訴事実に沿う事実関係を詳細に認定したうえ、前記各法条等を適用して被告人ら全員を有罪とした。

原判決は、被告人らの各控訴を容れ、第一審判決を破棄し、本件公訴事実につき全員を無罪とした。その理由の骨子は、次のとおりである。すなわち、まず地公法違反の事実については、いわゆる全逓中郵事件判決(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁)に示されたところに従い、憲法上地方公務員の争議行為に対して刑事制裁を科するのは必要やむをえない場合に限られ、かつ、反社会性の強いもののみを処罰の対象とすべきものであるとの基本的立場に立つとともに、他方、地公法六一条四号が地方公務員の争議行為そのものを処罰の対象とせず、争議の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり又はこれらの行為を企てた」者のみを処罰すべきものとしていることに照らし、右規定にいう共謀、そそのかし又はあおり等の行為の意義につき、争議行為に必要不可欠か又はこれに通常随伴する行為であつて、その手段、態様において正当性の限界を超えないもの、換言すれば、単なる争議行為と同等の評価を受ける行為はこれに含まれず、右の限界を逸脱し、もはや法律上の保護に値せず、刑事制裁を科するのもやむをえないと認められる程度に強度の違法性を帯びる場合に限り、これを処罰すべきものと解すべきであるとし、本件争議行為は、その目的、手段、態様に照らし、許容される限度を逸脱し、刑事制裁を科さなければならないほど強度の違法性があるものとは認められず、また、このような争議行為を単に指令、指示し、その遂行を慫慂したにとどまる被告人らの各行為は、争議行為に通常随半する行為として、争議行為の遂行と同時に評価するのが相当で、可罰的違法性がなく、地公法六一条四号所定の罪は成立せず、この点において第一審判決は法令の解釈適用を誤つたものである、また、道交法違反の事実については、被告人柏の行為は、道交法七六条四項二号に該当するが、労働組合法(以下「労組法」という。)一条二項の正当行為として違法性を阻却されるものと解すべきであるから、これを有罪とした点においても第一審判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

検審官の上告趣意は、原判決の右判断につき、憲法二八条、一八条、一五条二項違反、高等裁判所の判例違反、法令の解釈適用の誤りを主張するものである。

(当裁判所の見解)

一地公法違反の各事実について

当裁判所は、さきに、昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁において、国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの。以下「国公法」という。)九八条五項、一一〇条一項一七号の合憲性について判断をし、その際、非現業国家公務員の労働基本権、特に争議権の制限に関する憲法解釈についての基本的見解を示したが、右の見解は、今日においても変更の要を認めない。そして、右の見解における法理は、非現業地方公務員の労働基本権、特に争議権の制限についても妥当するものであり、これによるときは、地公法三七条一項、六一条四号の各規定は、あえて原判決のいうような限定解釈を施さなくてもその合憲性を肯定することができるものと考える。その理由を若干敷衍して説明すれば、次のとおりである。

1地公法三七条一項の争議行為等禁止の合憲性

地方公務員も憲法二八条の勤労者として同条による労働基本権の保障を受けるが、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものであつて、地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のようなその地位の特殊性と職務の公共性と相容れず、また、そのために公務の停廃を生じ、地方住民全体ないし国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがある点において、国家公務員の場合と選ぶところはない。そして、地方公務員の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によつて定められ、また、その給与が地方公共団体の税収等の財源によつてまかなわれるところから、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によつて決定されるべきものである点においても、地方公務員は国家公務員と同様の立場に置かれており、したがつてこの場合には、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏づけとしての本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえつて議会における民主的な手続によつてされるべき勤務条件の決定に対して不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれがあることも、前記大法廷判決が国家公務員の場合について指摘するとおりである。それ故、地方公務員の労働基本権は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のために、これと調和するように制限されることも、やむをえないところといわなければならない。

ところで、他方、右大法廷判決は、国家公務員の労働基本権が国民全体の共同利益のために制約を受ける場合においても、その間に均衡が保たれる必要があり、したがつて右制約に代償措置が講じられなければならないとして、国家公務員の勤務関係における法制上の具体的措置を検討し、国家公務員につき、その身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についてその利益を保障するような定めがされていること、及び公務員による公正かつ妥当な勤務条件の享受を保障する手段としての人事院の存在とその職務権限を指摘し、これを労働基本権制限の合憲性を肯定する一理由としてので、この点を地方公務員の場合についてみると、地公法上、地方公務員にもまた国家公務員の場合とほぼ同様な勤務条件に関する利益を保障する定めがされている(殊に給与については、地公法二四条ないし二六条など)ほか、人事院制度に対応するものとして、これと類似の性格をもち、かつ、これと同様の、又はこれに近い職務権限を有する人事委員会又は公平委員会の制度(同法七条ないし一二条)が設けられているのである。もつとも、詳細に両者を比較検討すると、人事委員会又は公平委員会、特に後者は、その構成及び職務権限上、公務員の勤務条件に関する利益の保護のための機構として、必ずしも常に人事院の場合ほど効果的な機能を実際に発揮しうるものと認められるかどうかにつき問題がないではないけれども、なお中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造をもち、かつ、必要な職務権限を与えられている(同法二六条、四七条、五〇条)点においては、人事院制度と本質的に異なるところはなく、その点において、制度上、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしているものと認めることができるのである。

右の次第であるから、地公法三七条一項前段において地方公務員の争議行為等を禁止し、かつ、同項後段が何人を問わずそれらの行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすることを禁止したとしても、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のためのやむをえない措置として、それ自体としては憲法二八条に違反するものではないといわなければならない。

2地公法六一条四号の罰則の合憲性

次に、地公法六一条四号の罰則の合憲性についてみるのに、ここでも、国公法一一〇条一項一七号の罰則の合憲性について前記大法廷判決が述べているところが、そのまま妥当する。

原判決は、地公法の右規定が同法三七条一項の争議行為の遂行それ自体を処罰の対象とせず、その共謀、そそのかし、あおり等の行為のみを処罰すべきものとしているのは、憲法上労働基本権に対して刑罰の制裁を伴う制約を課することは原則として許されないことを考慮した結果とみるべきものであるとの見地から、右の共謀等の行為の意義を限定的に解釈すべきものと論じているのであるが、しかし、公務員の争議行為が国民全体又は地方住民全体の共同利益のために制約されるのは、それが業務の正常な運営を阻害する集団的かつ組織的な労務不提供等の行為として反公共性をもつからであるところ、このような集団的かつ組織的な行為としての争議行為を成り立たせるものは、まさにその行為の遂行を共謀したり、そそのかしたり、あおつたりする行為であつて、これら共謀等の行為は、争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でもそれなくしては右の争議行為が成立しえないという意味においていわばその中核的地位を占めるものであり、このことは、争議行為がその都度集団行為として組織され、遂行される場合ばかりでなく、すでに組織体として存在する労働組合の内部においてあらかじめ定められた団体意思決定の過程を経て決定され、遂行される場合においても異なるところはないのである。それ故、法が、共謀、そそのかし、あおり等の行為のもつ右のような性格に着目してこれを社会的に責任の重いものと評価し、当該組合に所属する者であると否とを問わず、このような行為をした者に対して違法な争議行為の防止のために特に処罰の必要性を認め、罰則を設けることには十分合理性があり、これをもつて憲法一八条、二八条に違反するものとすることができないことは、前記大法廷判決の判示するとおりであるといわなければならない。

また、原判決は、労働組合が行う争議行為は、組合幹部による闘争方針の企画、立案に始まり、民主的な組織内における自由な討議、討論を経て決定され、次いで上部機関から下部機関ないしは各組合員に対する指令、指示の発出、伝達となり、その間組合機関や組合員相互間のさまざまな行為が集積した結果として遂行されるのが通常であり、争議遂行過程におけるこれらの一連の行為は、集団的行為としての争議行為に不可欠か又は通常随伴する行為であるところ、これらの行為は多くは争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる行為等に該当することとなるから、これらの行為者を罰することは、実質的には刑罰をもつて争議行為を全面的かつ一律に禁止することとなつて不当であると論じているが、国公法や地公法の上記各規定にいう争議行為の遂行の共謀、そそのかし、あおり等の行為は、将来における抽象的、不確定的な争議行為についてのそれではなく、具体的、現実的な争議行為に直接結びつき、このような争議行為の具体的危険性を生ぜしめるそれを指すのであつて、このような共謀、そそのかし、あおり等の行為こそが一般的に法の禁止する争議行為の遂行を現実化させる直接の働きをするものなのであるから、これを刑罰の制裁をもつて阻止することには、なんら原判決のいうような不当はないのである。

原判決は、更に、組合の執行役員等が、組合大会の決議等に従つて指令を発するような行為は、組合規約上の義務の遂行としてされるものにすぎず、争議行為に不可欠か又は通常随伴するものとして一般組合員の争議参加行為とその可罰的評価を異にすべきものではないとも論じているが、組合の内部規約上の義務の履行としてされているかどうかは、当然にはそそのかし、あおり等の行為者の刑事責任の有無に影響すべきものではなく、右の議論は、ひつきよう、労働組合という組織体における通常の意思決定手続に基づいて決定、遂行される違法な争議行為については、実際上、当該組合の何人に対しても個人的な責任を問うことができないということに帰着するのであつて、とうてい容認することのできないところといわなければならない。

したがつて、地公法六一条四号の規定の解釈につき、争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して、前者のみが同条同号にいう争議行為にあたるものとし、更にまた、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為についても、いわゆる争議行為に通常随伴する行為は単なる争議参加行為と同じく可罰性を有しないものとして右規定の適用外に置かれるべきであると解しなければならない理由はなく、このような解釈を是認することはできないのである。いわゆる都教組事件についての当裁判所の判決(昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号三〇五頁)は、上記判示と牴触する限度において、変更すべきものである。そうすると、原判決の上記見解は、憲法一八条、二八条及び地公法六一条四号の解釈を誤つたものといわなければならない。

3本件地公法違反罪の成否

地公法六一条四号にいう「そそのかし」とは、同法三七条一項前段に定める違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすること(最高裁昭和四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁参照)をいい、また、「あおり」とは、右の目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又はすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えること(最高裁昭和三三年(あ)第一四一三号同三七年二月二一日大法廷判決・刑集一六巻二号一〇七頁、同昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)をいうと解されるところ、右の「そそのかし」又は「あおり」に該当する行為のうち、更に原判決の説くような限定を付したもののみが、前記規定違反の罪として成立するものと解すべき理由のないことは、上に述べたとおりである。

ところで、原判決の確定した事実によれば、本件学力調査は、文部大臣において企画立案し、地方教育行政の組織及び運営に関する法律五四条二項に基づき、岩手県教育委員会に対し、所定の調査実施要綱による調査及びその結果に関する資料、報告の提出を求めたものであつて、これを受けた同教育委員会は、県下各市町村教委に対して同旨の調査及びその結果に関する資料、報告の提出を求め、これを受けた各市町村教委は、その監督権に基づき、管下の各中学校長を当該学校のテスト責任者に任命し、実施日である昭和三六年一〇月二六日の教育指導計画を変更のうえ、校務として学力調査を実施すべき旨の職務命令を発し、各中学校長は、これに従つて右実施日の教育指導計画を変更のうえ、当該学校の職員らに対しテスト補助員として調査実施の補助作業を行うべき旨の職務命令を発すべきものとされた、そこで、岩教組は、岩手県下各市町村教委の本件学力調査の実施に反対し、その実施を阻止する目的をもつて、傘下組合員である公立中学校教職員をして右実施阻止の争議行為を行わせる闘争方針案を企画して、機関決定を経てきたものであるが、同年一〇月一二日開催の拡大闘争委員会において、中央執行委員長の被告人小川、書記長の同千葉樹寿、中央執行委員であるその余の被告人ら五名(当時、いずれも公立の中学校又は高等学校の教諭で、組合業務に専従。)は、他の中央執行委員及び県下各支部書記長(一名の副支部長を含む。)と討議した結果、本件公訴事実第一の一記載のごとき内容をもつ指令第六号及び指示第七号を承認して、適宜発出することとし、併せて中央闘争委員(中央執行委員が兼ねる。)をオルグとして各支部に派遣することをも決定したうえ、そのころ順次右指令、指示を発出し、各支部、支会、分会の役員らを介し、県下各市町村において、傘下組合員である市町村立中学校教職員約四三〇〇名に対し、右指令、指示の趣旨を伝達してその実行方を慫慂し、更に被告人千葉直、同熊谷、同岩淵は、前記決定に基づくオルグ活動として、公訴事実第一の二ないし四記載の各日時場所において、各記載のように岩教組組合員である各中学校長らに対し、口頭をもつて前記指令、指示の趣旨の実行方を慫慂した、というのである。

そこで、前記の解釈に立つて、右の事実関係をみるのに、原判決において被告人らがその実行方を慫慂したという行為の内容は、岩教組の組合員である校長や教員らにおいて市町村教委又は校長から命ぜられた本件学力調査実施当日におけるテスト責任者又は補助者としての職務の遂行を拒否すること、及びテストが実施されようとする場合には、担当教師において生徒を掌握し、平常採業の体制をとつて教室を占拠し、テスト実施を阻止することであるところ、右学力調査及びその一環としてされた市町村教委等の職務命令が適法であることは、当裁判所昭和四三年(あ)第一六一四号昭和五一年五月二一日大法廷判決の示すところであるから、右の慫慂にかかる行為は、校長や教員らによる地公法三七条一項の禁止する同盟罷業又はその他の争議行為の遂行にあたるものといわなければならない。この点につき、原判決は、右行為が争議行為にあたることを肯定しながらも、その目的が単なる政治的目的にすぎないものとはいえず、その手段、態様も、職場放棄というよりはむしろ教師本来の職務である平常授業を行い、ただ本件学力調査のためのテストを実施しないという消極的な不作為にとどまるものであるとして、そそのかし、あおり行為が違法性を有しないものと認めるべき理由の一つとしているが、それが地公法三七条一項の禁止する争議行為である以上、そのそそのかし、あおり行為が違法性を欠くものとすることができないことはさきに述べたとおりである。のみならず、前記争議行為は、その目的が文部大臣の文教政策に対する反対という政治的性格のものであり、また、市町村教委の管理運営に関する事項に属する調査学力の実施に対する反対の主張の貫徹をはかるためのものである点において、あるいはまた、その手段、態様が、市町村教委の管理意思を排除して、テスト実施場所である教室を占拠し、テスト対象者である生徒を掌握して、テストの実施を事実上不可能ならしめるという積極的な妨害を行うものである点において、それ自体としても、正当な争議権の行使として憲法上保障される限りではなく、たとえ右行動が主観的には被告人らをはじめとする組合員の教育をまもるという信念から発したものであるとしても、その故に原判決のいうように被告人らの行為が法的に正当化されるものではない。この点に関する原判決の上記見解は、不当というほかはない。そして、前記認定事実によれば、被告人らが前記第一の一の指令、指示を発出伝達してその趣旨の実行方を慫慂した行為は、地公法三七条一項違反の争議行為を実行させる目的をもつて、多数の職員に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又はすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えたものであつて、地公法六一条四号にいう「あおり」行為に該当するものというべく、この点において、被告人らは、その余の前記中央執行委員らとともに共同正犯として同条同号による罪責を免れず、また、被告人千葉直、同熊谷、同岩淵が、オルグとして組合員である各中学校長に対し前記指令、指示の実行方を慫慂した各行為は、公訴事実記載のごとき区別に従い、前同様「あおり」行為に、又は違法な争議行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りるような慫慂行為をしたものとして同条同号のそ「そのかし」行為に、それぞれ該当するものといわなければならない。

4結び

以上の次第であるから、原判決は、憲法一八条、二八条の解釈を誤り、ひいては地公法六一条四号の解釈適用を誤つたものであつて、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は、破棄を免れない。論旨は、理由がある。

二道交法違反の事実について

所論は、憲法二八条、一五条二項違反をいうが、原判示に沿わない違憲の主張であつて、その前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、その認定する事実関係に照らして被告人柏らの行為が道交法七六条四項二号にいう「道路において、交通の妨害となるような方法で立ちどまつていること」に該当することを認めながら、右行為の実態は、管理者である大槌町教育委員会を相手とした本件学力調査のためのテスト実施をめぐる団体交渉であり、これを実施しようとする町教育委員会側に対してその中止を求めるためにする平和的説得行為の域を超えるものではないから、労組法一条二項の正当行為として違法性が阻却され、したがつてこれを無罪とすべきものとしているのである。労組法の右規定は、地公法五八条により地方公務員についてはその適用を排除されているから、原判決が右労組法の規定を適用すべきものとしたのは明らかに誤りであるといわなければならないが、原判決は、被告人柏らの上記所為が憲法上の団体行動権の正当な行使にあたるものとしてその違法性が阻却されると判断した趣旨とも解されないではないので、同判決が適用すべからざる労組法の規定を適用したその一事をもつて直ちに破棄事由となる法令違反があるとすることは妥当ではない。

しかしながら、被告人柏らの前記所為は、それが行われた時機、場所、態様等諸般の状況に照らし、大槌町教育委員会に対する学力調査実施についての団体交渉とみるべきではなく、右実施を阻止するための行為として、争議行為の一種であるピケツテイングとみるべきものと考えられるところ、地方公務員については地公法三七条一項により争議行為が禁止され、かつ、同法六一条四号によりその遂行の共謀、そそのかし、あおり等の行為につき刑事上の制裁が定められており、これらの規定がいずれも憲法に違反するものではないと解されることは、上に述べたとおりであるから、被告人柏らの前記所為が、憲法二八条の争議権の正当な行使として違法性が阻却される理由はない。のみならず、前記のように、本件岩教組の学力調査実施反対の行動は、政治的目的ないしは市町村教委の管理運営事項についての要求貫徹のためのものである点において、憲法二八条の保障する団体行動権の範囲に属するものではないと考えられることに加えて、原判決の認定したところによつても、被告人柏らは、本件学力調査実施の当日、テスト立会人である大槌町教育委員会教育長及びテスト補充員の同町役場吏員ら一四名の一行がその職務遂行のため大槌中学校に赴くのを阻止すべく、同校校舎に通ずる道路のうちの狭隘な橋上部分(幅員4.3メートル、長さ四メートル)を扼して、右の一行を待ち受け、一行が同所に差しかかるや、被告人柏を含む約五〇名の者がその前面に集合し、人垣をつくつて進路を遮断し、この人垣を背景として調査実施の中止を要求し、そのためやむをえずいつたん通行を中止した上記テスト立会人らが改めて通行を試みようとすると、再び前同様の行動に出で、このようにしてテスト開始時刻前の午前八時ころから終了予定時刻に近い午後二時ころまでの約六時間の長きにわたり、前後約五回、一回につき約一〇分ずつ断続的に執拗に右行為を反復し、結局同人らをして右中学校に赴くことを断念するに至らしめたことが認められるのであるから、その間暴力等の有形力の行使がなかつたとはいえ、その手段、態様において道路上における正当なピケツテイングとして是認しうる程度を超えるものがあつたといわざるをえないことを考えると、被告人柏らの前記所為に正当な団体行動権の行使として刑法上の違法性を阻却すべき事由があるとすることはできない。また、右所為を団体行動権の行使の観点からでなく、憲法二一条の意見の表明の観点からみても、前記のようなその手段、態様に照らすときは、同条の保障する意見表明活動として正当化される限度を超えているといわざるをえないのである。

そうすると、被告人柏に対する道交法違反罪の成立を否定した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼし、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

(結論)

よつて、検察官の上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四一〇条一項本文、四一一条一号により原判決を全部破棄し、なお第一審判決は、以上の当裁判所の判断とその結論において一致し、これを維持すべきものであつて、被告人らの各控訴が理由がないことは、原判決がその排斥した控訴趣意に対する判断において説示したところ及び当裁判所の上記説示に照らして明らかであるから、同法四一三条但書、三九六条により直ちに右各控訴を棄却する旨の判決をすることとし、原審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官岸盛一、同天野武一の補足意見、裁判官坂本吉勝の意見、裁判官団藤重光の補足意見及び反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官岸盛一、同天野武一の補足意見は、次のとおりである。

われわれが、さきにいわゆる全農林事件判決(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決)において、非現業の国家公務員の争議行為を禁止することが違憲とされないためには、適切な代償措置が設けられ、かつ、それが本来の機能を果たすものと認められるべきことに関して、多数意見に対する追加補足意見として言及したところは、本件のような地方公務員の場合にも同じく当てはまることでなければならないと考える。よつて、われわれの右意見をここに引用し、本件の多数意見を補足する。

裁判官坂本吉勝の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論に同調するものであるが、地公法六一条四号の規定は、解釈上これに特別の限定を加えなくても憲法二八条、一八条に反するものではないとする多数意見の見解には、賛成することができない。その理由は、全農林事件判決(昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)の中で述べた私の意見のとおりであつて、本件に関してもこれを変更することを要せず、そこで示した国公法一一〇条一項一七号の規定の合憲性に関する見解は、そのまま地公法の前記規定の合憲判断にもあてはまるものと考える。

しかし、本件は、昭和三六年度全国中学校一せい学力調査反対闘争という争議行為をあおり、そそのかした各行為が、他公法の前記規定違反の罪にあたるとして起訴された事件であるところ、私は、このような争議行為が憲法二八条による争議権保障の範囲に含まれないものであると考えるものである。けだし、右争議行為における学力調査の阻止という目的は、勤労者である教師の経済的な勤務条件の維持改善と直接関係のない、文部省の文教政策に対する反対という政治的なものと考えられるばかりでなく、市町村教育委員会が本件学力調査を実施するかどうかは、その性質上もともと交渉の対象とはなり得ない当局の管理運営に関する事項(昭和四〇年法律第七一号による改正後の地公法五五条三項参照)に属するものであつて、このような事項について職員組合が自己の主張を貫徹するためにする争議行為は、憲法二八条によつて保障される正当な争議権の行使とはいえないからである。しかも、本件において指令、指示され、又はその趣旨の実行を慫慂された争議行為の手段態様は、単なる労務の不提供にとどまらず、教育委員会の管理意思を積極的に排除し、調査実施場所である教室においてあえて平常授業を行うことにより、教室を占拠し、かつ、生徒を掌握して、事実上学力調査の実施を不可能ならしめることをも含むものであつて、このような方法による争議行為は、その許容し得る限度を逸脱したものと認めざるを得ず、到底正当なものということはできない。

そうだとすると、私の見解による基準に照らしても、本件争議行為は、上述のように憲法の保障を受けるものではなく、これを禁止し、それをあおる等の行為を処罰するべきものとしても憲法違反の問題を生ずるとはいい得ないものであり、また、原判決の確定した本件の具体的事実関係のもとにおいては、被告人らの各所為は、それぞれ地公法六一条四号にいわゆる争議行為のあおり又はそそのかしに該当するものであつて、可罰性を有するものと認める外はないものであるから、同条同号違反、罪責を免れないものといわなければならない。

裁判官団藤重光の補足意見及び反対意見は、次のとおりである。

一  まず、地方公務員の争議行為の禁止の問題に関して、補足意見を述べる。公務員も勤労者として憲法二八条によつて労働基本権を保障される者であり、したがつて本来は労働争議権をも認められるべきはずである。ただ、多数意見の詳論するような理由によつて、争議行為を制限・禁止することもやむをえないものと解するほかないが、公務員も本来は労働争議権を有するはずのものであることを考えると、その制限・禁止が違憲とされないためには、かような制限・禁止に見合うだけの適切な代償措置が設けられ、しかも、それが本来の機能を果たしていることが要求されるものと解しなければならない。この意味において、わたくしは、岸・天野両裁判官の補足意見に同調する。

二  次に、道交法違反の点に関する反対意見を述べる。

本件学力調査については、別件に関する大法廷判決(昭和四三年(あ)第一六一四号昭和五一年五月二一日)が詳細に説示するとおり、結論として、その合法性を肯定するのが相当であるが、しかし、その合法性はかならずしも一義的に明白なものではなく、多くの重要かつ困難な論点を含んでいる。また、その合法性を前提としても、それが文部省の教育行政上の措置として妥当なものであつたかどうかは、教育の本質の理解の仕方と深いかかわりをもつ大きな問題である。かようにして、本件学力調査の合法性および妥当性をめぐつて、とくに教育関係者のあいだで、はげしい論争がおこつたのは当然であり、この問題は表現の自由がもつとも強く保障されてしかるべき性質のものであつたのである。

表現の自由の中には戸外における平和的な説得行為が含まれることは、いうまでもない。したがつて、その行為が「道路において、交通の妨害となるような方法で立ちどまつてい」たことになり、形式的には道交法違反(同法七六条四項二号、一二〇条一項九号)の構成要件に該当することになつたとしても、それだけで当然に違法性を認められるものではなく、むしろ原則的には、憲法二一条によつて保障される表現の自由の行使として、刑法三五条によつて違法性が阻却されるものといわなければならない。

被告人柏ら(以下単に「被告人ら」という。)は、もつぱら教育長らを対象として説得行為を繰り返しただけで、一般人は自由に通行することができたのであるから、はたして道交法違反の構成要件該当性があるといえるかどうかについても議論の余地がないではないとおもわれるが、教育長らに対する説得行為が同人らの通行を阻止することになつた点において構成要件該当性が認められるとしても、右に述べた見地からみて、違法性の阻却が問題とされなければならない。そうして、原判決は「何ら暴力等の有形力を行使しなかつた事実を認めるに十分である」といつているのであるから、すくなくともこの点だけに着眼するかぎりは、原判決が被告人らの行為を「平和的説得行為」と判断して違法性の阻却を認めたのは、正当であつたというべきである(ただし、原判決が労組法一条二項を援用しているのは、多数意見の説示するとおり、誤りである。)。

わたくしは、なお、この関連で、道交法の運用の問題にも言及しておく必要を感じる。被告人らは、教育長らが本件学力調査実施の職務を行うため大槌中学校へ赴く途中、学校の近くの橋上において本件行為に及んだというのであつて、もともと公務執行妨害罪的な様相を帯びた行為であつた。だから、もし被告人らに「暴行」や「脅迫」があつたとすれば、「職務を執行するに当り」の要件について問題があるとはいえ、公務執行妨害罪に問われる可能性があつたであろう。ところが、被告人らは「暴行」や「脅迫」の行為に出ることは控えたのであるから、公務執行妨害罪の適用の余地はなく、そこで公務執行妨害罪のかわりに道交法が持ち出されたものとおもわれる。かようなことが道交法の本来の運用として是認されうるものであろうか。まして、本件は表現の自由の問題を含んでいる。表現の自由を道交法によつて制限する結果となるような事態を生じさせることは、同法の運用として、極力慎まなければならないところである。

ただ、本件事案では、被告人ら約五〇名の者が橋上に人垣を作つて教育長らの進路を遮断し、長時間にわたり説得行為を反復して、同人らをして中学校に赴くことを断念するにいたらせたというのであるから、「その間暴力等の有形力の行使がなかつたとはいえ、その手段、態様において道路上における正当なピケツテイングとして是認しうる程度を超えるものがあつたといわざるをえない」という多数意見の見解にも、理由があるというべきであろう。しかし、わたくしは、上述のような諸点を考えあわせるとき、原判決に多数意見が指摘するような法令の解釈・適用の誤りがあるとしても、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認めることができず、この点において多数意見に反対せざるをえないのである。

(村上朝一 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正巳 吉田豊 団藤重光 本林譲 服部高顕)

(坂本吉勝は、退官のため署名押印することができない)

検察官の上告趣意(昭和四四年九月一日付)<省略>

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