最高裁判所大法廷 昭和44年(オ)23号 判決 1974年9月04日
上告人
那賀勇隆
外四名
右五名訴訟代理人
松本武
被上告人
梅崎實
右訴訟代理人
西田信義
主文
原判決を破棄し、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告人らの上告理由について。
他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方、売買の目的とされた権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。
ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものではないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。
このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それゆえ、売主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたときは、相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は、右判示と牴触する限度において変更されるべきである。
そして、他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は、他人の権利を代物弁済した場合においても、ひとしく妥当するものといわなければならない。
しかるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)は、亡那賀ヨシ子が被上告人に代物弁済とて供した本件土地建物が、ヨシ子の所有に属さず、上告人那賀勇隆の所有に属していたとしても、その後ヨシ子の死亡により勇隆が、共同相続人の一人として、右土地建物を取得して被上告人に給付すべきヨシ子の義務を承継した以上、これにより右物件の所有権は当然に勇隆から被上告人に移転したものといわなければならないとしているが、この判断は前述の法理に違背し、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(村上朝一 大隅健一郎 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 小川信雄 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊)
上告人らの上告理由
一、控訴裁判所の判決は事実認定を誤り法律適用の誤りをおかしている。
福岡高等裁判所は、被上告人の本訴請求を(一次的請求を)正当として認容し控訴棄却の判決を言渡したが、これは審理不尽かつ法律の解釈適用を誤つている。
というのは、第一審大分地方裁判所においては、上告人那賀勇隆から知久ミチエ、新栄工業有限会社と被上告人を相手どり、建物所有権登記抹消登記手続請求及び勇隆の母那賀マサヲから新栄工業有限会社外を相手どり、土地所有権移転登記抹消手続請求の訴を(昭和四〇年一二月三日同人死亡により勇隆相続)起していたが、この間被上告人は上告人を相手どり、土地建物明渡請求の訴を(頭初はヨシ子を相手としたが昭和四一年八月一二日死亡により上告人らが承継した)起した。
ところで、大分地方裁判所では三好徳郎、島信幸、川本隆の三裁判官が双方の事件を担当した。
そこで上告人らは那賀ヨシ子が本件宅地建物を担保として他から金融を受けようと考え、本件建物については勇隆の印鑑を無断使用して勇隆の委任状を偽造し、また宅地についても所有者那賀マサヲの実印を冒用して同人名義の白紙委任状を偽造し、それぞれの無権代理人として本件宅地建物につき、所有権移転登記手続したと主張したところ、これが事実を認定せられた。
しかし、上告人らがヨシ子の相続人という理由で双方事件共敗訴の判決を言渡された。
しかして福岡高等裁判所第二民事部は建物所有権移転登記抹消登記手続等請求控訴事件については無権代理人が本人を相続した場合においては自らした無権代理行為につき、本人の資格において追認を拒絶する余地を認むるのは信義則に反する、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当である、けれど本人が無権代理人を相続した場合には、これと同様に論ずることは出来ない、後者の場合は相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても何等信義に反するところはないから、相続人の無権代理行為は特段の事情がない限り一般に本人の相続人により当然有効となるものでないとするのが相当であるとして(昭和三十七年四月二〇日最高裁第二小法廷判決)上告人に対し勝訴の判決を言渡した。
しかるに土地建物明渡請求事件の控訴を担当した福岡高等裁判所第一民事部は事実に対する法律適用について充分なる判断をなさず、一審判決を支持して控訴棄却を言渡した。
これは全く事実に対する法律適用の誤りを犯した不当のものである、すみやかに破毀自判されたい。
なお建物所有権移転登記手続等の第一審第二審判決を添附します。 以上