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最高裁判所大法廷 昭和48年(行ツ)24号 判決 1978年7月12日

上告人 林源一

被上告人 国

訴訟代理人 蓑田速夫 渡邊剛男 早川杢 齋藤明 ほか三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について

国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下「特別措置法」という。)附則二項によれば、同法はその施行日以後に売払いを受ける買収農地について適用されるものであるから、同法の施行日前に自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないこと(以下「自作農の創設等の目的に供しないこと」という。)を相当とする事実が生じた買収農地であつても、同法の施行日前に売払いを受けたものでない限り、その適用を受けることになることは明らかである。そして、上告人が同法の施行日前に売払いを受けた者でないことは、原審の適法に確定するところである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論は、要するに、特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条は、昭和四六年法律第五〇号による改正前の農地法(以下「改正前の農地法」という。)八〇条に基づいて買収前の農地の所有者又はその一般承継人(以下「旧所有者」という。)が有していた、買収の対価に相当する額で買収農地の売払いを求めうるという民事上の財産権を侵害する点において、憲法二九条に違反するものであり、また、既に売払いを受けた者と売払いを受けていない者とを売払いの対価の点で差別して取り扱うものであるから、憲法一四条に違反する、ということに帰する。

一  憲法二九条違反の主張について

憲法二九条一項は、「財産権は、これを侵してはならない。」と規定しているが、同条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定している。したがつて、法律でいつたん定められた財産権の内容を事後の法律で変更しても、それが公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができないことは明らかである。そして、右の変更が公共の福祉に適合するようにされたものであるかどうかは、いつたん定められた法律に基づく財産権の性質、その内容を変更する程度、及びこれを変更することによつて保護される公益の性質などを総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによつて、判断すべきである。

本件についてこれをみると、改正前の農地法八〇条によれば、国が買収によつて取得し農林大臣が管理する農地について、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、当該農地の旧所有者は国に対して同条二項後段に定める買収の対価相当額をもつてその農地の売払いを求める権利を取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法廷判決・民集二五巻一号一頁参照)。ところで、昭和四六年四月二六日公布され同年五月二五日施行された特別措置法は、その附則四項において、右農地法八〇条二項後段を削り、その二条において、売払いの対価は適正な価額によるものとし、政令で定めるところにより算出した額とする旨を規定し、これを承けて、特別措置法施行令一条一項は、同法二条の売払いの対価はその売払いに係る土地等の時価に一〇分の七を乗じて算出するものとする旨を定め、更に同法附則二項は、同法はその施行の日以後に農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた土地等について適用する旨を規定している。したがつて、特別措置法二条、同法施行令一条、同法附則二項は、旧所有者が農地法八〇条二項により国に対し買収農地の売払いを求める場合の売払いの対価を、買収の対価相当額から当該土地の時価の七割に相当する額に変更したものであることは明らかである。

そこで、以下、右のような売払いの対価の変更が権利の性質等前述した観点からみて旧所有者の売払いを求める権利に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかについて、判断する。

思うに、本件農地の買収について適用された自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)は、主として自作農を創設することにより、農業生産力の発展と農村における前近代的な地主的農地所有関係の解消を図ることを目的とするものである(同法一条参照)から、自創法によつていつたん国に買収された農地が、その後の事情の変化により、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、右買収農地が正当な補償の下に国の所有となつたものである以上、当然にこれを旧所有者に返還しなければならないこととなるものでないことも明らかである。しかし、もともと、自創法に基づく農地の買収は前記のように自作農の創設による農業生産力の発展等を目的としてされるものであるから、買収農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたときは旧所有者に買収農地を回復する権利を与えることが立法政策上当を得たものであるとして、その趣旨で農地法八〇条の買収農地売払制度が設けられたものと解される(前掲大法廷判決参照。)

そこで、買収農地売払いの対価の点について考えると、買収農地売払制度が右のようなものである以上、その対価は、当然に買収の対価に相当する額でなければならないものではなく、その額をいかに定めるかは、右に述べた農地買収制度及び買収農地売払制度の趣旨・目的のほか、これらの制度の基礎をなす社会・経済全般の事情等を考慮して決定されるべき立法政策上の問題であつて、昭和二七年に制定された改正前の農地法八〇条二項後段が売払いの対価を買収の対価相当額と定めたのは、農地買収制度の施行後さほど時を経ず、また、地価もさほど謄貴していなかつた当時の情勢にかんがみ妥当であるとされたからにすぎない。

ところで、農地法施行後における社会的・経済的事情の変化は当初の予想をはるかに超えるものがあり、特に地価の謄貴、なかんずく都市及びその周辺におけるそれが著しいことは公知の事実である。このような事態が生じたのちに、買収の対価相当額で売払いを求める旧所有者の権利をそのまま認めておくとすれば、一般の土地取引の場合に比較してあまりにも均衡を失し、社会経済秩序に好ましくない影響を及ぼすものであることは明らかであり、しかも国有財産は適正な対価で処分されるべきものである(財政法九条一項参照)から、現に地価が著しく謄貴したのちにおいて売払いの対価を買収の対価相当額のままとすることは極めて不合理であり適正を欠くといわざるをえないのである。のみならず、右のような事情の変化が生じたのちにおいてもなお、買収の対価相当額での売払いを認めておくことは、その謄貴による利益のすべてを旧所有者に収得させる結果をきたし、一般国民の納得を得がたい不合理なものとなつたというべきである。他方、改正前の農地法八〇条による旧所有者の権利になんらの配慮を払わないことも、また、妥当とはいえない。特別措置法及び同法施行令が売払いの対価を時価そのものではなくその七割相当額に変更したことは、前記の社会経済秩序の保持及び国有財産の処分の適正という公益上の要請と旧所有者の前述の権利との調和を図つたものであり旧所有者の権利に対する合理的な制約として容認されるべき性質のものであつて、公共の福祉に適合するものといわなければならない。

このように特別措置法による売払いの対価の変更は公共の福祉に適合するものであるが、同法の施行前において既に自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じていた農地について国に対し売払いを求める旨の申込みをしていた旧所有者は、特別措置法施行の結果、時価の七割相当額の対価でなければ売払いを受けることができなくなり、その限度で買収の対価相当額で売払いを受けうる権利が害されることになることは、否定することができない。しかしながら、右の権利は当該農地について既に成立した売買契約に基づく権利ではなくて、その契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利なのであり、その権利が害されるといつても、それは売払いを求める権利自体が剥奪されるようなものではなく、権利の内容である売払いの対価が旧所有者の不利益に変更されるにとどまるものであつて、前述のとおり右変更が公共の福祉に適合するものと認められる以上、右の程度に権利が害されることは憲法上当然容認されるものといわなければならない。

なお、論旨は、特別措置法二条にいわゆる適正な価額は、買収の対価相当額に年五分の法定利息を付した額又は農林大臣の認定義務が生じた時期における当該土地の農地価格によるべき旨を主張するのであるが、前述した買収農地売払制度の趣旨及び農地法施行後における地価の著しい謄貴の事実にかんがみると、同条にいう適正な価額を右のように解すべき理由はない。

以上の次第であつて、特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条は、なんら憲法二九条に違反するものではなく、論旨は、採用することができない。

二  憲法一四条違反の主張について

憲法一四条は、もとより合理的理由のある差別的な取扱いまでをも禁止するものではないから、特別措置法の立法に前述のような合理的理由がある以上、たとえ前記のように国に対して当該買収農地の売払いを求める権利を取得した者について、同法の施行日前に売払いを受けた場合と同法の施行日以後に売払いを受ける場合との間において差別的な取扱いがされることになるとしても、これをもつて違憲であるとすることができないことは明らかである。論旨は、採用することができない。

同第三点について

所論のうち事実誤認をいう点は、原判決に所論の違法がなく、また、その余の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官岸上康夫の補足意見、裁判官高辻正己、同環昌一、同藤崎萬里の各意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官岸上康夫の補足意見は、次のとおりである。

わたくしは多数意見の結論及び理由に全面的に同調するものであるが、多数意見の理由に対する高辻裁判官の意見に関連してわたくしの考えるところを若干述べておきたい。

同裁判官はその意見(以下「高辻意見」という。)の四において、(イ)自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じた買収農地の旧所有者が特別措置法の施行前に国に対しその農地の売払いを求める旨の申込みをした場合には、そのことによつて直ちに、国において当該旧所有者に対しその農地の売払いをなすべき義務を履行しその売払いを応諾する意思表示をなすべき拘束を受ける、という法律関係が国との間に設定されるから、その必然の結果として旧所有者は改正前の農地法八〇条二項に定める買収の対価相当額でその農地の買受けを実現し経済上の利益を収受することになるのであり、このように、既に国との間に設定されている個別の法律関係に事後に制定された法律を適用してその権利者の財産的利益を害することは、財産権の不可侵を定める憲法二九条一項の問題であつて、これを財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定めることができる旨を規定する憲法二九条二項の問題としてとらえることは誤りであるのに、多数意見はこの両者の性質上の区別を識別せず、後者の問題における公共の福祉に適合するとされる理由をもつて前者における財産的利益の侵害を相当とする理由としている、と指摘され、また、更に、(ロ)多数意見の立場に立てば、社会政策上の一般的見地を主眼として考慮される公共の福祉に適合するのである限り、個人の財産的利益を害することも常に是認されることになりかねないが、このような個人の財産的利益に対する侵害を当該個人に甘受させるについては、それを相当とするような公益上の必要性のあることを要するのに、多数意見にはこの点の理由の説示を欠いている、と指摘される。

しかしながら、

(1) 多数意見の趣旨は、わたくしの理解するところによれば、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、その買収農地の旧所有者は国に対し当該農地の売払いを求める権利を取得し、その反面、国は旧所有者の求めに応じて当該農地の売払いを承諾すべき義務を負う、という私法上の権利義務の法律関係が両者間に発生すると解すべきものであつて(多数意見の引用する大法延判決参照)、この法律関係は旧所有者が売払いの申込みをした後においても基本的には変わることはなく、依然旧所有者は右の権利を有し国は右の義務を負担するという法律関係が存在するにとどまり、この関係は高辻意見がいわれるような「権利の内容を超えて現存する個別の法律関係」とみることができるようなものではない、というのである。そうすると、国に対し売払いの申込みをすませた旧所有者の有する権利の性質及びこの権利に基づく経済的利益の評価の点において、高辻意見は多数意見と全く見解を異にするものであつて、このような見解を前提とする高辻意見の立論には、わたくしとして賛成することはできない。

(2) また、法律による財産権の内容の変更が公共の福祉に適合するものであるかどうかを判断するにあたつては、その法律の施行により従前の法律で認められていた個人の財産権の内容がその個人の不利益に変更され、その結果個人の権利が害される場合のあることを考慮するを要することは当然であつて、そのような個人の権利に対する侵害を伴う財産権の内容の変更が、当該財産権の性質、権利侵害の程度及びそれによつて保護されるべき公益の性質などを総合的に勘案して、当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかを判断すべきである、というのが多数意見の見解であるとわたくしには理解されるのであるが、この点を本件の事案に即し今少しくふえんすれば次の通りである。すなわち、特別措置法は、農地法八〇条により国が買収農地の旧所有者にその農地を売り払う場合の対価を、改正前の農地法八〇条二項に定められていた「買収の対価に相当する額」から特別措置法二条、同法施行令一条に定める売払いの時における「時価の七割に相当する額」に値上げすることを定めたものであるが、特別措置法の施行前に既に自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じた農地の旧所有者は国に対しその農地の売払いを求める権利を取得し、この旧所有者が国に対し売払いの申込みをしたときはその者(上告人はこのような旧所有者の一人である。)が有する右の権利に基づく財産的利益は、国の承諾さえあれば「買収の対価に相当する額」というきわめて低廉な対価での売買契約が成立するという程度に具体化された利益であるとみることができるのであるが、前記のような値上げを含む特別措置法の施行の結果、旧所有者は値上げされた「時価の七割に相当する額」の対価を支払わなければ売払いを受けることができないこことなり、その限度で財産上の不利益を受け実質的にその権利を害されることになるのであるから、このことを考慮に入れたうえ、多数意見が判示するように、当該財産権の性質、その内容変更の程度及び公益の性質などを具体的に総合勘案した結果、特別措置法による売払いの対価の値上げは公共の福祉に適合する財産権の内容の変更として憲法上許されるべきものであると共に、その変更の結果として旧所有者が財産上の不利益を被りその権利を害されるとしても、その財産権の内容の変更が右のように公共の福祉に適合するものとして憲法上許されるものである以上、この権利侵害もまた、憲法上当然に容認されるべきであるというのである。そして、これは、借地契約の更新拒絶を正当の事由によつて制限した借地法四条一項の合憲性に関する当裁判所昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁及び昭和九年法律第四八号による改正後の旧著作権法(明治三二年法律第三九号)三〇条一項八号の合憲性に関する当裁判所昭和三四年(オ)第七八〇・七八一号同三八年一二月二五日大法廷判決・民集一七巻一二号一七八九頁等の当審判例の判示するところと基本的には同じ見解であると考えられる。

このように、多数意見は、特別措置法による財産権の内容の変更が公共の福祉に適合するかどうかの判断を単に社会政策上の一般的見地のみからしているものではなく、公益の点を含む前記諸般の事情を総合勘案したうえこれをしているのであり、また、右特別措置法による財産権の内容の変更の結果、権利者である旧所有者個人の権利が害されることも考慮のうえ、当該権利者をしてその権利侵害を甘受させることは憲法上容認されるべきものであるとし、かつその理由を説示していることは明らかであるというべきである。したがつて、これらの点に関する高辻意見の前記各指摘はいずれも当らないというの外はない。

裁判官高辻正己の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と結論を一にするものであるが、憲法二九条違反をいう上告人の所論に関し多数意見が説くところについては、疑問なきを得ず、同調することができない。よつて、以下、その点を明らかにし、私の意見を述べる。

一 農地法八〇条(昭和四六年法律第五〇号による改正前のものをいう。以下同じ。)一項は、買収農地等について、農林大臣が、「政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替をすることができる。」と規定し、その二項は、一項の規定により、農林大匝が自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認め、かくして売り払うことができることとなるに至つた買収農地は、原則として、買収前の所有者又はその一般承継人(以下「旧所有者」という。)に売り払わなければならず、その対価は買収の対価に相当する額とする旨を定めている。この規定によれば、買収農地が旧所有者に売り払われることになるかならないかは、農林大臣がこれを政令の定める基準に照らし自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めるか否かにかかる、とされていることが明らかである。

二 このような規定である農地法八〇条の下において、多数意見は、当裁判所昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法延判決(民集二五巻一号一頁)を踏襲し、買収農地について「自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合」には、農林大臣がこれを相当と認めるか否かにかかわりなく、直ちに、「当該農地の旧所有者は国に対して同条二項後段に定める買収の対価相当額をもつてその農地の売払いを求める権利を取得するものと解するのが相当」と断じている。そして、多数意見は、「自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実」がどのような事態の出現によつて発生し、その発生がどのような時点において確定したとされるのであるかを、なにも、明らかにしていない。

右のような見解が買収農地の法律上の性質に由来して当然に生ずるものでないことは、多数意見自らが指摘するとおりである。すなわち、自作農創設特別措置法によつて国に買収された農地がその後の事情の変化により自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、右買収農地が正当な補償の下に国有の財産となつたものである以上、その後になつて右のような事情の変化が生じたとしても、法の見地において当然に、旧所有者に返還しなければならないこととなるものではない。そのような場合でも、これを旧所有者に回復させることにするかどうかは、立法にゆだねられた政策上の問題にほかならないのである。多数意見が前記のように解するのも、「買収農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたときは旧所有者に買収農地を同復する権利を与えることが立法政策上当を得たものであるとして、その趣旨で農地法八〇条の買収農地売払制度が設けられたものと解される」との、その見解に立脚してのことであるが、問題なのは、多数意見が「立法政策上当を得たものである」との趣旨でとられたものと推断するところが、果たして、農地法八〇条の文意に照らし、現にそこに成文化されているところのものと認められるかどうか、である。

三 思うに、買収農地は、農地としての性質を保有し、農耕の用に供されてきていたものであり、農地の買収が、多数意見もいうように、自作農の創設による農業生産力の発展等をその目的とするものであることにかんがみれば、これを自作農の創設の目的に供しないことを相当とし、旧所有者に回復させることとするについては、政治部門の機関が、立法にゆだねられた政策上の問題として、これをあえて相当とするに足る合理的な事由が存在していなければならないとする考え方をとることを、いわれのないものとして、排斥することはできない。この場合、その合理的な事由は、買収農地が災害により農地としての機能を回復し得ないまでに喪失したというような特殊の場合は別として、一般には、当該買収農地を自作農の創設の目的に供することとその目的以外の他の目的に供することとの社会的価値の比較考量にかかわるところなきを得ないものというべく、その事由の有無の判定については、事実の認定とそれに基づく判断の過程が存在せざるを得ない筋合いのものと考えられる。このような考え方に立つて、右の認定判断の時宜に適した基準の設定を国会が内閣に一任し、農林大臣が、その基準に照らし、当該農地につき自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めた場合において、はじめて、これを旧所有者に売り払うことができることにするというのも、ことの合理性に欠けるものがあるとはいえず、立法にゆだねられてよい政策上の措置であることを失わない。

農地法八〇条の規定が前記一に記述のとおりであるのは、同条をもつて右のような政策上の措置を成文化していると解するのが相当であることを示し、多数意見が「立法政策上当を得たものである」との趣旨でとられたものと推断するところを成文化していると解するのが相当でないことを示すもの、といわなければならない。そうすると、同条の規定が前記一に記述のとおりである限り、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めるについての基準を設定するのは内閣が前記の趣旨によりその裁量においてなすべきところであり、その基準に照らしこれを相当と認めるのは農林大臣がその職責においてなすべきところである、としなければならず、したがつて、司法部門の機関が右の基準を自ら設定し、右の認定を自らすることを是認するに帰するごとき見解を採る余地はない、といわなければならない。

四 仮に、多数意見に従い、農地法八〇条の規定上、買収農地の旧所有者は、当該農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、国に対しその売払いを求める権利を取得するものであり、その反面において、旧所有者がその権利を行使したとき、国は、その求めに応じ当該農地の売払いをなすべき義務を負うものであるとすれば、その権利は、元来が売払いを求める権利なのであるから、同意見がいうように、当該農地についての売買「契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利」であるのが当然であるけれども、旧所有者が同条の規定に基づき国に対して右の売払いを求める権利を取得し、これを既得の権利として保有するにとどまつているのではなく国に対して行使し、その権利の内容である売払いを求める旨の意思表示をしたときは、そのことによつて直ちに、国において当該旧所有者に対し右の売払いをなすべき義務を履行しその売払いを応諾する意思夫示をなすべき拘束を受けるという法律関係が、国との間に設定され、その法律関係について司法的保障を享受する当該旧所有者は、法の規律するところによつておのずから、同法八〇条二項が売払いの対価として定める買収の対価相当額をもつて当該農地の買受けを実現し、経済上の利益を収受するということになる。この経済上の利益は、多数意見の見解に従えば、右のように、当該旧所有者の意思表示に基因し、法の規律するところによつておのずと収受される次第のものであるから、右の売払いを求める意思表示を現にした当該旧所有者にとつては、もはや、その財産的利益に属するものと目されるにふさわしい。そうすると、旧所有者が右の意思表示をし、これを基因として当該農地につき国との間に個別の法律関係が設定されるに至つた後に、法令を制定し、前記の売払いの対価を当該土地の時価の七割相当額に変更し、その適用を現に存在する右個別の法律関係についても及ぼすということになれば、当該旧所有者の財産的利益は、当然、害されることになるわけであり、その法令の適用については、それが財産権の不可侵をいう憲法二九条一項に抵触しないゆえんの理由を明らかにしなければならないこととなる。けだし、同条項の定める財産権の不可侵は、個人が公共の福祉に適合するように既に法律でその内容が定められている財産権を現に行使し、そのおのずからの成果として現実に収受される財産的利益の保護につきいうところがないと解すべき、合理的理由があるとは解されないからである。

ところで、多数意見は、前記大法廷判決の見解に一歩を進め、買収農地の売払いの対価が買収の対価相当額と法定されていることも買収農地の売払いを求める旧所有者の権利の一内容をなすものであると解し、更に、前記財産的利益の害されることも、単に、旧所有者が取得した買収農地の売払いを求める「権利の内容である売払いの対価が旧所有者の不利益に変更されるにとどまるもの」であると解したうえ、国有農地等の売払いに関する特別措置法及び同法施行令が右の対価を買収の対価相当額から当該土地の時価の七割相当額に変更することにしたのは、憲法二九条二項における財産権の内容を公共の福祉に適合するように定めたものにほかならないとして、その変更が同条項にいう公共の福祉に、したがつて憲法に、適合するものとするゆえんを説きつくし、余すところがない。

しかし、法律に定められている権利の内容を変更することと、その変更をした法律を既に国との間に設定されている前記個別の法律関係に適用し、よつて旧所有者の財産的利益を害することとは、本来、その性質を異にするものであつて、前者の権利内容の変更を、現に保有されるにとどまつている既得の権利の内容に加えられる場合のそれを含め、憲法二九条二項の問題として論じることが理にかなつたものであることはいうまでもないけれども、今や権利の内容を超えて現存する個別の法律関係が法の作用の成果として生み出す後者の財産的利益を害することも旧所有者の権利の内容をその不利益に変更するにとどまるものであるとし、これを同条二項の問題としてとらえることが、理にかなつたものであるとは考えられない。したがつて、法律の定める旧所有者の権利内容をその不利益に変更することが憲法の右条項にいう、社会政策上の一般的見地に主眠のおかれた、「公共の福祉」に適合するものとする理由をいかに理をつくして説明してみても、その理由をもつて、旧所有者の財産的利益を加害の限度においてではあるにせよ代償なしに剥奪し、よつて生ずる損失を当該個人に甘受させるのが相当であるとすることの理由とするのは、無理なことであると考えざるを得ない。もしも、両者の性質上の区別を識別せず、後者の財産的利益を害することも、旧所有者の権利の内容をその不利益に変更するにとどまるものであるとし、その変更が右の公共の福祉に適合するとされる理由をもつて旧所有者の財産的利益の侵害を相当とする理由を明らかとするに足りるというのであれば、それは、ひろく、個人がその財産的利益にかかる一定の給付を国に対して請求する権利を有し、国が請求に応じてその給付をなすべき義務を負う場合において、当該個人がその権利を行使し、その内容である給付の請求を国に対して行い、国がその請求に応じその給付をなすべき拘束を受け、当該個人が法の規律すろところによつておのずからに収受する財産的利益は、憲法二九条一項の定める財産権の不可侵にもかかわらず、それが私有財産として正当な補償の下に公共のために用いられる場合ないし、おそらくは代償を伴うべきものとして多数意見がいう「権利自体が剥奪されるような」場合のほかは、すべて、これを害することが、権利の内容を変更するにとどまるものであるとして、同条二項の社会政策上の一般的見地を主眼とした公共の福祉に適合するのである限り、常に是認される旨をいうにほかならないことになりかねない。そのような点に思いを致すと、なお更、多数意見において、前記現存の法律関係の法の作用の成果として現実に収受される財産的利益を害することが財産権の不可侵を定める憲法に適合するものとみられるためには、その侵害が社会政策上の一般的見地を主眼とした公共の福祉に適合するものであるとすることについてではなく、その侵害によつて被る損失を当該個人に甘受させるのが相当とされるような公益上の必要性があり、その侵害が右の必要性にこそ即してされるものであるとすることについて、合理的な理由が明らかにされなければならないのではないか、という疑問をぬぐい去ることができないのである。

五 結局、私は、前記三において述べたところに立ち帰り、農地法八〇条の規定上、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、農林大臣がこれを相当と認めるか否かにかかわりなく、直ちに、当該農地の旧所有者が国に対しその農地の売払いを求める権利を取得するに至るとは、解することができない。したがつて、これと異なる見解を採る多数意見には組することができず、その踏襲する前記大法廷判決は、その限り、変更せざるを得ないものと考える。それ故、上告人が、多数意見と同様の見解の下に、旧所有者として既に農地法八〇条の規定に基づき買収の対価相当額で買収農地の売払いを求める権利を取得したとの立場に立脚し、前記の法令がその売払いの対価を買収の対価相当額から当該土地の時価の七割に相当する額に変更したのは旧所有者の財産権を侵害するものであつて憲法二九条に違反するという所論は、立論の前提を欠くものであつて失当というほかはなく、論旨は採用することができないのである。

裁判官環昌一の意見は、次のとおりである。

私は、昭和二七年一〇月施行の農地法において新たに設けられてから昭和四六年四月特別措置法の制定とともに改正されるまでの同法八〇条(以下旧八〇条という。)の規定を根拠として、農林大臣に対し買収農地の買受けの申込みをした旧所有者が取得したとされる権利なるものの性質、内容を究明することが、本件の憲法判断において基本的な重要性をもつものと考える。この点について多数意見は、昭和四六年一月二〇日の当裁判所大法廷判決を参照すべき判例として掲げるが、同判決によると、「旧所有者は、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接、農林大臣に対し当該土地の売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込みに応じその承諾をすべきことを求めることができ、農林大臣がこれに応じないときは、民事訴訟手続により農林大巨に対し右義務の履行を求めることができ」るというのであり、多数意見はこれに加えて、このような旧所有者は、特別措置法の施行の結果、時価の七割相当額の対価でなければ売払いを受けることができなくなり、その限度で買収の対価相当額で売払いを受けうる権利が害されることになることは否定することができない旨、また、右の権利は、当該農地について既に成立した売買契約に基づく権利ではなくて、その契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利である旨、を判示する。その趣旨必ずしも明確でないが、少なくとも、旧所有者の申込みがあれば農林大臣にはこれを承諾すべき法的義務を生じ、その反面として旧所有者が取得するものは当然法的権利としての性格をもち、それ故にそれは特別措置法の施行による侵害の対象となるとするものと考えられる。そしてこの点において私は、多数意見と見解を異にするのであつて、以下この点を中心に検討する。

農地法は、昭和二七年、それまでの農地制度改革に関する中心的立法であつた自創法や農地調整法の廃止にともない、これらに代わるものとして、耕作者の農地取得を促進し、その権利を保護することを主な目的の一つとして制定、施行された法律であり(同法一条)、その目的達成のための法構造としては、従前、自創法が、国(農林大臣を所管行政庁とする)による農地の強制買収とその管理、国より現にその土地を耕作している者または自作農として農業に精進する見込のある者に対する売渡しという方式を基本としてきたところを踏襲したものであることは、その規定の全体の構成に徴して明らかである。同時に、自創法のもとでは、国が買収により取得し、農林大臣が管理する農地について、これを旧所有者に売り払う(実質上は売りもどす)ことは、買収後の社会事情の変化等にかかわりなく全く認められていなかつたのに対し、旧八〇条の規定を新設することによつて、当該農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする場合に限つて旧所有者に対する売払いの途を開いたものであることも疑いない。

しかしながら、上述のような農地法の目的、構成に照らし、かつ、多数意見もいうように買収農地がその後の事情の変化により、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、当然にこれを旧所有者に返還しなければならないこととなるものでない事情を併せ考えると、右旧八〇条の規定は、前記のような方式による農地制度の改革を維持推進する政策を基本的には堅持しつつ、自創法の施行後における土地の利用形態に関する社会事情の変転に対応して調整的機能を果すべき、いわば修整規定として設けられたものとみるべきであり、自創法以来の基本的政策に拮抗するような新しい施策を創設したものとまでみることは相当でない。更に、右規定の文言等に即して考察してみても、それは、他の、いずれかといえば細目的ないし手続的事項に関する規定等とともに「雑則」の章中に置かれており、その一項の文言からは明らかに農林大臣に対する売払いの権限付与の趣旨が読み取れるのであつて、その二項が一項を受けた規定であることからすれば、結局右規定はその実質、表現のいずれの点からしても、右に述べた基本的政策に背馳しない限度で、当該農地が自作農の創設等の目的に供することを相当としないものに当るかどうかを、政令の定めるところに従つて農林大臣をして判断させ、その上でその権限として旧所有者に売り払うことを許容する趣旨を明らかにしたものであつて、立法府が、買収農地という特別の目的をもつて国が保有する国有財産の処分に関し、行政に対して特別の権限を付与する性格をもつ規定とみるべきものである。要するに、右規定の趣旨は、右の判断が、国の農地政策全体に対する考慮を前提としてされるべき、別して政策的、行政的な性格のものであることから、行政なかんずく主管行政庁として長くこの政策の推進を担当、実施してきた農林大臣をして、これをさせるのが最も適切であるとするところにあると考えられ、農林大臣による、右の点についての判断がなされないのに、旧所有者において、当該農地が右規定にあたるとして、国に対し、いわゆる先買権ないしこれに類する権利を主張することまで認めたものとは解されないから、このような旧所有者の申込みに対して農林大臣にこれを承諾すべき法的義務が生ずるものではない。ところで、右旧八〇条一項に制定が予定されている政令である、農地法施行令一六条は、同令が昭和四六年二月改正され、その一項七号として自作農の創設等の目的に供しないことが相当となつた買収農地について農林大臣が旧八〇条一項の認定(前述の判断)ができることとされるまで、同令施行後二〇年に近い間このような規定を欠いていたが、このことは、結局、政府において前記のように立法府から付与された権限の一部を、その判断によつて行使しなかつたことになるというべきであり、その状態が右のような長期間継続していたという事実から、政府の右権限の不行使が前記授権の趣旨に反するものではなかつたとの推認も不可能ではないであろう。

そこで以上のべたところを総合して、旧八〇条のもとで、買受けの申込みをした旧所有者は、いかなる地位にあつたかを考えてみると、前記農地法施行令が改正されるまでの間においても、旧所有者としては右の規定が新設されたことにより、自創法のもとでは考えられなかつた当該買収農地を国から実質上買いもどすことの可能性が法認されたのであるから、これに期待することは当然であると思われ、そして、その期待の内容は、土地価格の急上昇という公知の事実にかんがみると、経済的、財産的性格の強いものであることは見易いところである。しかしながら、その実現には上述のように政府、直接には政令の定めるところに従つてのみ売り払うことのできる農林大臣による、その権限の行使がなければならないのであつて、旧所有者が旧八〇条の規定の直接の効果として先買権の如き権利を与えられたものではないから、結局のところ旧所有者の有したものは、社会的要請その他何らかの機縁によつて、政府が必要な政令を制定する措置をとり、かつ、農林大臣がこれに従つて更に積極の判断を行うならば、実現するであろうことを期待しうる地位であるというにすぎないものというべきである。

以上のべたように、少なくとも昭和四六年の改正前の右政令に基づき旧所有者が有していたとされる権利なるものの実体は、法の常識からいつて権利として法の保護の対象と認めるにはあまりにも具体性を欠くものである。もつとも、上告人のように改正後の政令のもとで国に対して売払いの申込みを維持していた旧所有者の地位は、新政令政定の反射的効果として、国との間に売払いの契約の成立する確実性は高いと考えられるが、これとてもなお農林大臣による判断が先行しなければならない点において、未だ単なる期待的地位の性格を多く出るものではなく、それが不法不当な侵害等に対して保護されるべき利益とみられる余地があるかどうかは別として、少なくともこのような地位自体を一個の権利として観念することには首肯し難いものがある。

以上のべたような見地から本件における憲法上の論点を検討すると、旧所有者が旧八〇条によつて有していた地位が、直ちに憲法二九条に定める財産権保障の対象となるとは解し難い(これに反して旧所有者にいわゆる既得権的な権利をみとめる見解に立てば、このような権利は一般国民が新たにこれを取得する可能性はないから、それは限られた範囲の国民としての旧所有者が特有する権利というべきであり、特別措置法等の制定施行がこの権利を侵害するものであるにかかわらず、その保障に関して何らの立法上の考慮が払われていないことに限つては、憲法一四条、二九条三項の趣旨からする審究をも含めて更に検討が必要であると考える。)。しかしながら更に考えてみると、右のような旧所有者の地位は権利というには当らないものではあるが、農地法が、自創法上全く否定されていた、旧所有者において買収農地を限られた場合であるにせよ一部回復することができる途を開き、旧所有者に、財産権に関連したひとつの期待を与えたことは明らかであるから、このような事情を右憲法の法条との関連で全く無視し去ることもまた、憲法の解釈態度として必ずしも妥当ではないと考えられる。私は、昭和四六年改正後の農地法八〇条、特別措置法二条、同法施行令一条、同法附則二項が、旧所有者に対する売払いの制度そのものはこれを存置した上、その売払いの対価についてもこれを時価の七割とすることによつて、旧所有者の利益についての配慮をしていることに徴し、また、多数意見が、一般論として憲法二九条一、二項の趣旨について判示するところ及び右特別措置法、同法施行令の規定が売払いの対価を買収価格相当額から時価の七割に変更したことが、公共の福祉に適合するものであり不合理なものとは認められないと判示するところ(これらの点については私にも異論はない。)をあわせ考慮し、これに前述した旧所有者の地位の実質を総合して判断すると、憲法二九条の財産権保障の趣旨を十分に広く解しても、右特別措置法等の規定がこれに違背するものとは考えられない。

なお私は、上来のべてきたところから明らかなように、前記改正前の農地法施行令一六条の規定が必ずしも旧八〇条の委任の趣旨に反するものとは考えないし、この政令のもとで旧所有者の有する地位を具体性のある権利とも思わない。その点において私は、前記大法廷判決の判示するところには従うことができない。

裁判官藤崎萬里の意見は、次のとおりである。

わたくしは、多数意見の結論に賛同するものであるが、多数意見が憲法二九条違反をいう上告人の所論に関して説くところには同調することができない。すなわち、多数意見は、当裁判所昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法廷判決(民集二五巻一号一頁)を引用して、改正前の農地法八〇条の解釈として、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、当該農地の旧所有者は国に対してその農地の売払いを求める権利を取得するものと判示し、これを前提として国有農地等の売払いに関する特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条が憲法二九条に違反するかどうかについて判断しているが、わたくしは、多数意見がその前提としてとる右大法廷判決の見解に従うことができない。その理由は、高辻裁判官がその意見において改正前の農地法八〇条の解釈として述べられているところと同様である。

よつて、これと異なる前提に立つて、右特別措置法等が旧所有者の財産権を侵害し、憲法二九条に違反する旨をいう上告人の主張は、その立論の前提を欠き失当というべきものである。

(裁判官 岡原昌男 岸盛一 天野武一 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光 本林譲 服部高顯 環昌一 栗本一夫 藤崎萬里 本山亨)

上告理由

第一点原審判決には法律の解釈、適用を誤り判決理由に錯誤がある。

農地法第八〇条の売払い制度について最高裁判所は昭和四十六年一月二十日、昭和四二年(行ツ)第五二号事件に於て「右両規定と前示売払い制度とを合せ考えると当該土地が買収農地であるかぎりこれを自作農の創設等の目的に供しないことが相当であるという事実が客観的に存すれば農林大臣は内部的にその認定を行ない旧所有者は農林大臣に対し買受けに応ずべきことを求める権利を有するものであり……一般国有財産の払下げと同様、私法上の行為というべきである」と判示されている。右売払いについての売払いの対価については何等の判示がないが農地法第八〇条第二項の後段において「この場合の売払いの対価はその買収の対価に相当する額とする」と明確に法定されているためにこれに従う外なく省略されているものであることは今更論ずるまでもない。

然るに原審裁判所は本件係争地が昭和四三年一月頃には社会的経済的に将来にわたり農地として維持すべき条件を失つた土地になつたことが認められ自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当になつたと解しなければならない従つて被控訴人は右買受け申し込みに応じその頃本件土地を控訴人に売払うべきものであつた」と明確に判示しながら農地法第八〇条第二項の売払い義務規定に含まれる同項後段に規定する法定売払い価格を無視し私法上確定している財産権を事後立法たる国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下「特別措置法」という)を逆及して同法所定の価格による売払いしか認められないとしたことは法律の解釈を誤りその適用に錯誤があるものである。

第二点特別措置法及び同法施行令(以下単に「施行令」と云う)は左記の通り憲法に違反し無効である。

一 特別措置法第二条及び施行令第一条は憲法第二九条に違反する。

特別措置法第二条は改正前の農地法第八〇条第二項後段に於て「この場合の売払いの対価はその買収の対価に相当する額とする」と規定していたものを貸幣価値の下落に対応する必要から適正なものとするために制定されたものであつても確定している権利を侵害することは違法であり、違法でないとしても同法の目的とする売払い価格について貸幣価値等の変動に対応する価格を定めることを具体化する政令は右立法主旨に反してはならないことは勿論であるのみならず、売払い農地の売払い制度が自作農の創設を最終目的として買収しながらその公共目的たる自作農地とする目的を達し得ずして旧所有者に返還するものであることをも着目しなければならないものである、従つて特別措置法に云う適正な価格は買収の対価に相当する価格に年利五分の法定利息を附したものとするか、農地法第八〇条の認定義務の生じた時期に於ける当該土地の農地価格によらなければならない筈である、この場合の農地価格は買収買収当時の買収価格の算定方針がその土地の宅地的性格の存在の有無に関係なく耕作されているとの一事にのみ着目して農地としての性格のみの価値を評価して買収されたものであるからその売払い対価の算定に当つては純然たる農地としての経済価格によるべきである(農地法上の農地等の買収、売渡等の対価の算定方法たる当該土地の法定小作料に十一を乗じて得た額等)にもかかわらず、国有農地の売払いの対価は当該土地等の時価(農地としての価格ではない)に十分の七を乗じて算出した額とすることを定めているから特別措置法第二条、及び同法施行令第一条は憲法第二九条違反しているため無効である。

二 特別措置法附則第二項は憲法第二九条に違反する。

農地法第八〇条による国有地の売払いは不服理由第一点に於て示すとおり農地法施行令第一六条第一項該当地となつたときに直ちに被上告人は当該土地を旧所有者に特別の場合を除いて売払わなければならないという拘束を受け、旧所有者は売払いを受ける権利を取得するものである。かかる民事上の財産権を事後立法により逆及して不利変更することは違法である。仮りに違法でないとしても既に農地法第八〇条により売払済の土地に対しても今後の農地法施行令第一六条の該当地となつていた土地の売払い条件と同様の経済的対価となる対価に訂正し対価の追加支払いを命ずる等の措置が講じられない限り法の基に平等であることを定める憲法第一四条にも違反するものである。

第三点原審判決には事実誤認がある。

本件訴の頭初は上告人がした国有財産買受申込を農林大臣が拒否したことの撤去を求めていたが農地法第八〇条の売払いが私法上の制度であり財産の売買の成立と同様ものであることが判明したため上告人は被上告人に対し国有財産の給付の訴に請求の趣旨を変更している(昭和四六年四月一五日、同年七月六日、四七年五月二三日付)にかかわらず上告人が単に売払いの意志表示を求めているにすぎないとすることは事実を誤認しているものである。

このため上告人が特別措置法所定の価格で買受けなければならないとすれば上告人は被控訴人の売払い拒否により買収の価格相当額と特別措置法所定額との差額に相当する額の損失を受けることとなることが明白で、この損失は国家賠償法又は民法第七〇九条により被上告人が上告人にその損害を賠償すべきであるからこれを売払い代金と相殺して上告人の実質的の売払いによる対価としての支払い額は買収の対価に相当する価額が相当であるとの主張に対し「本件土地を控訴人に売払うべきであつたといわねばならない」「直接農林大臣に対し当該土地の売払いを求めることができ農林大臣はこれに応じてその承諾をなすべきである」等と判示しながら被上告人の売払いの意志表示がない限り受働債権たる債権が発生しないという理由により上告人の主張する賠償債権の成否の判断をしないまま相殺の主張を認めないことは失当である。 以上

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