大判例

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最高裁判所大法廷 昭和23(れ)141 判決

主 文

本件再上告を棄却する。

理 由

弁護人岡田実五郎上告趣意第一点について。

ポツダム宣言の受諾によつて、わが国が「基本的人権の尊重は確立せらるべし」

との同宣言の条項を誠実に履行すべき責務を負担したことは、まさに所論のとおり

である。しかしながら、右条項は、わが国が立法その他の国政の上において、人権

尊重の原則を確立すべき旨の原理を宣言したものに過ぎないのであつてこの原理に

準拠して基本的人権をいかに具体的、現実的に保障していくべきかは、ポツダム宣

言の受諾後におけるわが国の責務の履行として順次に遂行実現せらるべき事柄に属

するわけである。そして、日本国憲法の制定によつて、ポツダム宣言の趣旨に従い、

基本的人権が具体的、現実的に保障され、その尊重が確立されるに至つた。所論の

自白に関する証拠上の制限も、憲法三八条によつて初めて基本的人権の一つとして

保障されるに至つたものである。されば、憲法の施行前すでにポツダム宣言の受諾

によつて、直ちにかかる証拠上の制限に関する国民の権利が確立したとの所論には、

賛同することを得ない。

また刑訴応急措置法附則三項は、同法一二条に関するものであつて、自白につい

て定めている同法一〇条に関するものではない。しかるに、これを自白に関するも

のと誤解した前提の下に附則三項を違憲だと述べている論旨は、もとより採るを得

ない。

同第二点について。

憲法は国の最高法規であつてその条規に反する法律命令等はその効力を有せず、

裁判官は憲法及び法律に拘束せられ、また憲法を尊重し擁護する義務を負うことは

憲法の明定するところである。従つて、裁判官が、具体的訴訟事件に法令を適用し

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て裁判するに当り、その法令が憲法に適合するか否かを判断することは、憲法によ

つて裁判官に課せられた職務と職権であつて、このことは最高裁判所の裁判官であ

ると下級裁判所の裁判官であることを問はない。憲法八一条は、最高裁判所が違憲

審査権を有する終審裁判所であることを明らかにした規定であつて、下級裁判所が

違憲審査権を有することを否定する趣旨をもつているものではない。それ故、原審

が所論の憲法適否の判断をしたことはもとより適法であるのみでなく、原審は憲法

適否の判断を受くるために最高裁判所に移送すべきであるとの所論は、全く独断と

言うの外はない。論旨は、理由なきものである。

同第三点について。

東京高等裁判所が裁判所法施行前にされた判決に対する上告事件について裁判権

を有することを規定する裁判所法施行令一条の規定が憲法に適合することは当裁判

所の判例とするところである。(昭和二二年(れ)第一九四号同二三年七月一九日

大法廷判決)。さればこれと異なる見解に基いて原審の審判が憲法に違反すること

を主張する論旨は理由がない。

同第四点について。

食糧管理法は戦時の制定にかゝること所論のとおりであるが、同法は国家総動員

法のごとく戦時に際して国防目的を達成するために国の全力を最も有効に発揮せし

むるよう人的及び物的資源を統制運用するための法規ではなく、国民食糧の確保と

国民経済の安定とを図るため、食糧を管理してその需給と価格との調整並に配給の

統制を行うことを目的として制定せられたものであつて、国内における食糧絶対量

の不足に当面する国民の主要食糧の獲得について、一般民衆ができるだけ平等な機

会をもつことを確保せしめんとするものである。

されば、この意義において食糧管理法は新憲法の条規に反するものと言うことは

できぬ。憲法九八条は憲法の条規に反する法律等の効力を有しないことを規定して

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いるが、同条は憲法施行の前後にかゝわらず制定せられた法律等の有効であるか否

かを決定する基準を示す規定であると解すべきであるから、前記のような性格を有

する食糧管理法は、特に経過規定を必要とせず新憲法の施行後においてもその効力

を持続すること、同条の規定によつて明かであると言わねばならない。(昭和二三

年(れ)第二〇五号同年九月二九日大法廷判決参照)。それ故、以上と異なる独自

の見解の下に原判決を非難する論旨は採用することができない。

同第五点について。

所論は、人民の自由権を拘束するには、国会の議を経た法律によることを要し、

国会の議を経ない勅令省令等では人民の基本的人権を制限し、刑罰規定を設けるこ

とはできないのにかかわらず、食糧管理法三一条、九条、一〇条は、犯罪の構成要

件の決定を国会の議を経ない命令に委任しているから、憲法上許されないと主張す

るのである。しかしながら、憲法七三条六号但書においては、内閣の制定する「政

令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない」

と規定しているのであつて、これを裏から言えば、特に法律の委任がある場合にお

いては、政令で罰則(すなわち犯罪構成要件及び刑を定める法規)を設けることが

できること及び法律は罰則を設けることを政令に委任することができることの趣旨

を表明していることは、一点の疑いを挿む余地がない(行政官庁法六条参照)。そ

れ故、この点から言えば論旨は全く理由なきものである。

よつて、旧刑訴第四四六条に従い主文のとおり判決する。

以上は、裁判官沢田竹治郎、同斎藤悠輔の論旨第一点乃至第四点、裁判官栗山茂

の論旨第四点に対する少数意見を除き、全裁判官の一致した意見である。

右栗山裁判官の意見は昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日大法廷判決に

記載するとおりであり、沢田、斎藤両裁判官の意見は次のとおりである。

論旨第一点について。

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所論唯一の自白その他基本的人権に関する憲法規定は、ポツダム宣言受諾のとき

から確立した原則であるとの主張は根拠なき独断に過ぎない。しかのみならず仮り

にかゝる原則が右宣言受諾のときに確立したとしても本件第二審判決は憲法施行前

たる昭和二二年三月八日言渡されたものであるから、同判決はたゞかゝる原則に違

反し得るだけで、憲法そのものに違反し得ないこと明白である。されば、所論は、

その主張自体で、憲法違反の主張を必要とする再上告適法の理由ともなり得ない。

また、刑訴応急措置法附則第三項は、同法第一二条に関する規定であつて、同法第

一〇条の自白に関する規定ではない。従つて、これを自白に関する規定であると誤

解して論議する所論は、既にその前提において採るを得ない。

同第二、三点について。

しかし、再上告人は、原上告審において所論裁判権又は管轄権に関する主張をし

て移送又は管轄違を求めた何等の形跡がなく、寧ろ自ら積極的に原審の裁判権限を

認めて事件に対する判断を求めているのである。されば原上告判決においても所論

移送又は管轄の点に関し全然憲法適否の判断を示していない。従つて、原上告判決

には所論再上告の目的物を欠き、当裁判所はこれが当、不当を判断するに由がなく、

また、職権を以てかゝる判断をする権限もないのである。それ故論旨は、いずれも

採ることができない。

同第四点について。

しかし、一旦成立した法律は、廃止せられない限り存続するものである。そして

憲法第九八条は、単に憲法の条規に反する法律はその効力を有しないと規定してい

るだけで、所論のように一旦成立した法律でもその有効に存続するには特にこれを

存続せしむべき経過規定あることを、要求していない。されば食糧管理法を存続せ

しむべき経過規定がないからといつて同法が憲法上有効に存続しないとはいえない

し、また、所論のごとく同法が憲法の如何なる条規に反するかの具体的理由を毫も

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示すことなく、たゞその成立の理念又は制定手続が自由主義又は民主主義に反する

が故に有効たり得ないとするだけでは、憲法の条規に反するともいえない。そして

食糧管理法が未だ廃止せられないばかりでなく、却つて憲法施行後法律を以て改正

せられていることは多言を要しないから、所論は採ることができない。

裁判官庄野理一は退官につき合議に関与しない。

検察官 小幡勇三郎関与

昭和二五年二月一日

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 塚 崎 直 義

裁判官 長 谷 川 太 一 郎

裁判官 沢 田 竹 治 郎

裁判官 霜 山 精 一

裁判官 井 上 登

裁判官 栗 山 茂

裁判官 真 野 毅

裁判官 小 谷 勝 重

裁判官 島 保

裁判官 斉 藤 悠 輔

裁判官 藤 田 八 郎

裁判官 岩 松 三 郎

裁判官 河 村 又 介

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