大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成元年(オ)1668号 判決 1992年2月27日

上告人

株式会社田代組

右代表者代表取締役

田代藤夫

上告人

田代藤夫

右両名訴訟代理人弁護士

緒方節郎

右訴訟復代理人弁護士

玉重良知

被上告人

株式会社エヌ・シー・ビー

右代表者代表取締役

益田一弘

右訴訟代理人弁護士

南正

主文

原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。

右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人緒方節郎の上告理由第一点について

一  原審の確定した事実の概要は、次のとおりである。(1) 被上告人は、訴外永野衛に対し、昭和五七年五月二七日当時合計二三九五万五六三四円の債権を有し、その後その債権額は約二〇〇〇万円となった。(2) 永野は、多額の債務を負担していたところ、他の債権者を害することを知りながら、右同日、上告人株式会社田代組(以下「上告会社」という。)に対し、原判決別紙不動産目録1記載の(一)(二)の不動産(以下、同目録記載の不動産については、同目録の番号をもって「本件(一)(二)物件」等と表示する。)を代金三五〇〇万円で、上告会社の代表者である上告人田代藤夫(以下「上告人田代」という。)に対し、本件(三)ないし(九)物件ほか二筆の土地を代金一〇〇〇万円で、それぞれ売り渡した。右各不動産については、同月二八日、上告人田代への所有権移転登記が経由された上、このうち本件(一)(二)物件につき、同年一一月一日、上告会社への所有権移転登記が経由された。(3) 右各売買契約当時、本件(一)(二)(五)(六)(八)物件を共同抵当の目的として、訴外徳島信用金庫を根抵当権者とする極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定登記が経由されていたが、同年六月一一日その被担保債権三〇〇〇万円が弁済され、右根抵当権設定登記の抹消登記がされた。

二  本訴において、被上告人は、予備的請求として、(1) 詐害行為取消権に基づき、上告会社と永野との間の本件(一)(二)物件の売買契約を取り消し、上告会社に対し、本件(一)(二)物件につき同上告人が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求め、上告人田代に対し、右取消しにより本件(一)(二)物件の所有権が永野に復帰することを前提として、債権者代位権に基づき、本件(一)(二)物件につき同上告人が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めるとともに、(2)詐害行為取消権に基づき、上告人田代と永野との間の本件(三)ないし(九)物件の売買契約を取り消し、同上告人に対し、本件(三)ないし(九)物件につき同上告人が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めた。

三  原審は、右事実関係の下において、被上告人の右予備的請求に関し、右各売買契約は詐害行為に該当するとした上、右各不動産の価額を確定することなく、上告人田代が買い受けた本件(三)ないし(九)物件ほか二筆の土地の売買代金額(一〇〇〇万円)は前記根抵当権の被担保債権額(三〇〇〇万円)を下回るから、本件(三)ないし(九)物件は取消しの対象とならないが、上告会社の買い受けた本件(一)(二)物件の売買代金額(三五〇〇万円)は、右被担保債権額を上回り、その差額は、取消権の基礎となる被上告人の債権額を下回るから、本件(一)(二)物件全部を取消しの対象として、本件(一)(二)物件自体の回復を認めるのが相当であるとして、(2)の請求を棄却し、(1)の請求を認容した(なお、原判決中(2)の請求を棄却した部分につき、被上告人は上告せず、右部分は確定した。)。

四  しかしながら、原審の右詐害行為取消しの範囲及び方法に係る判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。

共同抵当の目的とされた数個の不動産の全部又は一部の売買契約が詐害行為に該当する場合において、当該詐害行為の後に弁済によって右抵当権が消滅したときは、売買の目的とされた不動産の価額から右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度で右売買契約を取り消し、その価格による賠償を命ずるべきであり、一部の不動産自体の回復を認めるべきものではない(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁、同六一年(オ)第四九五号同六三年七月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五四号三六三頁参照)。

そして、この場合において、詐害行為の目的不動産の価額から控除すべき右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額は、民法三九二条の趣旨に照らし、共同抵当の目的とされた各不動産の価額に応じて抵当権の被担保債権額を案分した額(以下「割り付け額」という。)によると解するのが相当である。

そうすると、前示事実関係によれば、永野と上告会社との間の本件(一)(二)物件の売買契約は詐害行為に該当し、かつ、右売買契約当時本件(一)(二)物件及び本件(五)(六)(八)物件を共同抵当の目的として設定されていた根抵当権が、その後その被担保債権三〇〇〇万円が弁済されたことにより消滅し、根抵当権設定登記の抹消登記がされたというのであるから、右被担保債権額三〇〇〇万円を本件(一)(二)物件の価額と本件(五)(六)(八)物件の価額に応じて案分して、本件(一)(二)物件が負担すべき割り付け額を算出した上、本件(一)(二)物件の価額から右割り付け額を控除した残額の限度で、上告会社に対し、その価格賠償を命ずるべきところ、これと異なる見解に立って、永野と上告会社との間の本件(一)(二)物件の売買契約の全部の取消しを認め、上告人両名に対し、それぞれ、本件(一)(二)物件につき順次経由された各所有権移転登記の各抹消登記手続をすることを命じた原判決には、民法四二四条の解釈を誤った違法があって、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいて審理不尽の違法があるものといわなければならない。論旨は理由があり、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、本件(一)(二)(五)(六)(八)物件の価額等取消しの範囲につき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治)

上告代理人緒方節郎の上告理由

第一 上告理由第一点

原審判決には、民法第四二四条の解釈を誤った法令の違反がある。

一 原審判決の確定した事実関係は、詐害行為取消の範囲及び方法の問題に限定して要約すれば、次のとおりである。

被上告人は訴外永野に対して立替金二三五九万五六三四円の債権を有するものであるところ、訴外永野は多額の負債をかかえ、原判決別紙不動産目録1記載の不動産(以下「本件(一)の物件」などという。)や同別紙不動産目録2記載の不動産(以下「本件外物件」という。)のほかに見るべき資産もなく、これを処分すれば被上告人を含む債権者を害することを知りながら敢えて、昭和五七年五月二七日、上告人会社田代組に対して、本件(一)、(二)の宅地と同地上の建物を一括して代金三五〇〇万円で売渡し、また上告人田代に対して、本件(三)ないし(九)の各農地及び本件外物件のうち農地二筆を一括して代金一〇〇〇万円で売却した。当時本件(一)、(二)、(三)、(五)、(六)、(八)の物件については、訴外徳島信用金庫(以下「徳島信金」という。)のために被担保債権の極度額三〇〇〇万円の共同根抵当権設定登記が経由されていて、訴外徳島信金は昭和五七年三月一一日これに基き任意競売の申立をしており、被担保債権額は約三八〇〇万円である。訴外永野は、右の競売が実行されれば老母キミが本件(一)、(二)の宅地建物で居住できなくなることをおそれ、同年五月ころ司法書士である訴外松元に対し、右の事情を説明したうえ本件物件や本件外物件を処分する一切の権限を与えてその方策の立案と実行を一任し、訴外松元は、本件(一)、(二)の宅地、建物のほかこれらの物件を上告人らに売却してその代金を被担保債権の弁済にあて、抵当権を消滅させるという方策を立てこれを実行した結果、右売買契約が実現したものである。

そして上告人会社田代組は、同年六月一〇日訴外松元の指示に従って売買代金のうち三〇〇〇万円を訴外松元を介して根抵当権者の訴外徳島信金に支払い、徳島信金は同月一六日競売申立を取下げ、根抵当権設定登記は抹消された。本件(一)、(二)の物件の売買当時の価額は少なくとも三五〇〇万円(判決書一七頁裏)である。上告人らは右売買によって訴外永野の資産が滅失し債権者を害することを知っていた。

二 原判決は、右の事実関係のもとに、訴外永野と上告人会社間の本件(一)、(二)の宅地及び建物の売買は詐害行為に当たるとして、その全部を取消し、上告人会社の所有権取得のためになされたすべての登記の抹消登記手続請求を認容して原状回復を命じた。

その理由とするところは、被控訴人の債権額(一部弁済により)約二〇〇〇万円を基準として「詐害行為取消権行使の目的物の範囲について検討するのに、詐害行為取消権の制度の本質からして詐害行為により逸出した財産自体の回復が可能である場合にはできるだけこれを認めるべきである。」としてはいるが、「上告人会社の買受けた本件(一)、(二)の物件の価額から右抵当権の被担保債権を控除した残額は、詐害行為取消権の基礎となっている債権の額を下回るから、同控訴人の買受けた右物件全部を取消の対象として右物件自体の回復を認めるのが相当である」というのである。

しかしこれを事実関係にあてはめてみると、上告人会社の買受けた当時の物件の価額(少なくとも三五〇〇万円)から右抵当権の被担保債権額(の極度額)(三〇〇〇万円)を控除した残額は五〇〇万円位となるが、実はこの残額なるものは、右目的物件のうち一般債権者の共同担保の目的に供せられている部分にも該当し、逸出前の債務者の一般財産の状態、すなわち原状を示すものでもある。他方回復されるものは、抵当権の付着していない目的物件そのものとなるのであって、価額は少なくとも三五〇〇万円であり、回復の結果は一般債権者にとって七倍もの担保価値が増加する。これは、債権者や債務者に不当な利益を与えることになり、受益者に酷なことは誰がみても明らかである。

三 詐害行為取消権制度の目的は、詐害行為の効力を否定し債務者の一般財産から逸出したものを一般財産に戻すことである。そして抵当権の付着した不動産について一般債権者の共同担保の目的に供されている部分は、不動産の逸出時における価格から根抵当権の被担保債権額の極度額を控除した部分であるから、それが債務者の一般財産に当たるのである。従って詐害行為後にその抵当権が消滅し登記が抹消されたような場合には、それを旧に復活させることが可能な場合に当るかどうかを十分に検討しなければならない。そして、本件のように受益者でも転得者でもない訴外徳島信金の抵当権が消滅し登記も抹消された場合に、当該不動産を詐害行為時の状態、すなわち抵当権の付着した不動産として復活させることは不可能なことである。

このような場合には、詐害行為とされる抵当権付不動産売買行為を一部に限って取消し、いわゆる「価格賠償」によるほかないというのが正しい解釈であり、最高裁判所判例の確立しているところである。

原判決は民法第四二四条の解釈を誤り、最高裁判所判例にも反するものである。

四 そこで次に、抵当権の設定されている不動産の譲渡が詐害行為の目的となった場合における取消の範囲及び方法について論証することにする。

1 詐害行為取消権ないし「債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべきである。」従って「抵当権が設定してある家屋を提供してなされた代物弁済が詐害行為となる場合に、その取消は、家屋の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限って許されると解すべきである。」「この場合において、取消の目的物が一棟の家屋の代物弁済で不可分のものと認められるときは、債務者は一部取消の限度で価額の賠償を請求する外はない。」(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号、同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁)。この判決は、いわゆる「価額賠償説」の代表判例としてしばしば引用されている。

2 これに対して、いわゆる「原状回復」ないし「現物返還説」の代表判例として引用されるのは、次の判決である。

「譲渡担保としてされた本件土地の譲渡に対し被上告人による詐害行為の取消が認められる場合において、その結果として本件土地自体の返還を請求することができるかどうかであるが、詐害行為取消権の制度は詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれを認めるべきである(大審院昭和九年(オ)第一一七六号同年一一月三〇日判決・民集一三巻二三号二一九一頁参照)。それ故、原審の確定した右事実関係のもとにおいて逸出した財産自体の回復が可能であるとして、本件全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復(注・所有権移転登記の抹消登記手続の請求)を肯認した原審の判断は、正当として是認することができる。」(最高裁昭和五三年(オ)第八〇九号同五四年一月二五日第一小法廷判決・民集三三巻一号一二頁)。

この簡潔な無駄のない判決理由のなかで、「逸出した財産自体の回復が可能である場合には」という制約は、重要な要件であり、これだけについても数箇の論文を必要とするであろう。また「原審の認めた事実関係において」という制約は、看過できない重要な意味、内容をもっている。

この判決の理由の要旨を一般法則化して立言し直すとすれば、最高裁判所判例集の示している判決要旨は正しい。すなわち、

「抵当権の付着する土地についてされた譲渡担保契約が詐害行為に該当する場合において、譲渡担保権者が当該抵当権者以外の債権者であり、右土地の価額から右抵当権の被担保債権の額を控除した額が詐害行為取消権の基礎となっている債権の額を下回っているときは、譲渡担保契約の全部を取り消して土地自体の原状回復をすることを認めるべきである。」

この事件では、詐害行為前に、目的不動産に付着している根抵当権の設定登記が詐害行為後も抹消されることなく、口頭弁論終結時においても抵当権設定登記が現存しているのであって、判決要旨もその点を簡潔に押さえているのである。原審判決理由はこれと似ているけれども、原審判決の確定した本件事実関係とこの判決の確定した事実関係とは大いに異るのである。

3 右の両判決についての次の解説は、問題の所在を明らかにする上で適切である。

すなわち、

右の大法廷判決の事案は「目的物たる不動産は受益者に対する抵当権付債権に代物弁済され、抵当権の登記は、既に抹消されているのであるから、転得者のみを被告とする訴訟においては、債権者取消権の相対的効力からみて、取消債権者の保全債権に優先する右抵当権及び抵当権登記を復活させて、その上で所有権を債務者に復帰させることのできない場合、すなわち、原状回復が不可能であり、また、無担保となった不動産を債務者の一般財産に復帰させることは、債権者に不当の利益を与える結果になり公平を欠くことになるので、逸脱した財産自体の返還に代えてその評価額を認める以外に方法のないケースであった。これに対し、昭和五四年一月二五日の第一小法廷判決の事案は、抵当権者に対し、目的物の所有権を移転したのではなく、抵当権者以外の者が譲渡担保の設定を受けた受益者であり、したがって抵当権登記は抹消されていないという点において、事案を異にするのである。」(法曹会・最高裁判所判例解説民事篇昭和五十四年度一八頁(篠田省二調査官担当)参照)。

4 最後に右1、2の両判決の判決理由を整合した判決理由を示した次の最高裁判所第三小法廷判決は、本件における問題点を明確に指摘していると思う。

同判決は詳細に説く。

「抵当権の設定されている不動産について、当該抵当権者以外の者との間にされた代物弁済予約及び譲渡担保契約が詐害行為に該当する場合において、右不動産が不可分のものであって、当該詐害行為の後に弁済等によって右抵当権設定登記等が抹消されたようなときは、その取消は、右不動産の価額から右抵当権の被担保債権額を控除した残額の限度で価格による賠償を請求する方法によるべきである。けだし、詐害行為取消権は債権者の共同担保を保全するため、詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、その取消は、本来、債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものであり、その方法は、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれによるべきであるところ、詐害行為の目的不動産に抵当権が付着している場合には、その取消は、目的不動産の価額から右抵当権の被担保債権額を控除した残額の部分に限って許されるが、右の場合において、その目的不動産が不可分のものであって、付着していた抵当権の設定登記等が抹消されたようなときには、逸出した財産自体を原状のまま回復することが不可能若しくは困難であり、また、債務者及び債権者に不当に利益を与える結果になるから、このようなときには、逸出した財産自体の返還に代えてその価格による賠償を認めるほかないのである(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決…同五三年(オ)第八〇九号同五四年一月二五日第一小法廷判決…参照)。(詐害行為取消請求事件、最高裁昭和六一年(オ)第四九五号昭和六三年七月一九日第三小法廷判決、破棄差戻)(平成元年三月判例時報一二九九号七〇頁)

以上述べた理由により、原判決は民法第四二四条の解釈を誤っているのであるから、すみやかに破棄せられるべきである。

第二 上告理由のその他の論点<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例