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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)1116号 判決 2000年3月09日

上告人

白山開発株式会社

右代表者代表取締役

福田純一

右訴訟代理人弁護士

平松耕吉

金力俊正破産管財人

被上告人

松本勉

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人平松耕吉の上告理由について

一  本件は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産したため、その破産管財人が破産法五九条一項によりゴルフクラブの会員契約を解除し、ゴルフ場経営会社に対し、預託金の返還を請求している訴訟である。

原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、預託金会員制ゴルフクラブである「白山ヴィレッジゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営する会社である。

2  本件ゴルフクラブに入会を希望する者は、所定の入会申込みをし、入会の承認を得、かつ、預託金六五〇万円及び入会金一五〇万円を上告人に支払うことにより会員資格を取得する。

3  本件ゴルフクラブへの入会に伴って発生する上告人と会員との間の権利義務関係は、次のとおりである。

(一)  本件ゴルフクラブの会員は、ゴルフ場施設を優先的に利用する権利を有し、施設を利用したときは所定の利用料金を支払う義務を負う。会員に年会費の支払義務はない。

(二)  上告人は、入会から一五年経過後に会員から退会と同時に預託金の返還請求があったときは預託金(利息を付さない。)を返還する義務を負う。

4  金力俊正は、昭和六三年八月一〇日、上告人に対し、預託金六五〇万円及び入会金一五〇万円を払い込み、本件ゴルフクラブの会員になった(以下「本件会員契約」という。)。

5  金力は、平成八年六月二八日午前一〇時に破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された。

6  被上告人は、平成九年三月一九日、上告人に対し、破産法五九条一項により本件会員契約を解除する旨の意思表示をした。

二  原審は、次のように判断して、被上告人の右預託金の返還請求を認容すべきものとした。

本件会員契約の法律関係は、前述一3の権利義務を包括する債権的契約関係であり、将来にわたって料金を支払ってゴルフ場等を利用していく継続的関係である。そして、上告人が会員にゴルフ場等を利用させる義務と会員がこれを利用した場合に利用料金を支払う義務とが対価関係にあり、破産宣告当時、共にその履行が完了していないものというべきである。したがって、被上告人は、破産法五九条一項により本件会員契約を解除し、預託金の返還を求めることができる。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記事実関係によれば、上告人と本件ゴルフクラブの会員との間の契約関係は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員契約であるということができる。右会員契約は、会員となろうとする者が所定の預託金(会則等に定める一定の期間内はゴルフクラブを退会しても返還請求をすることができない。)を払い込み、ゴルフ場経営会社が将来に向かってゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、会則に従ってこれを会員に利用させることをその主たる内容としているものである。そして、預託金を支払って会員となった者は、ゴルフクラブの会員としての資格を有している限り、会則に従ってゴルフ場施設を利用する権利を有し、これを利用した場合にはゴルフ場施設利用料金の支払義務が発生する。

しかし、右の利用料金支払義務は、会員が実際に施設を利用しない限り発生しないものであって、これを破産宣告時における会員の未履行債務ということはできないことは明らかであり、他に会員である金力に未履行の債務があることは記録上うかがわれない。

そうすると、本件会員契約は、預託金の支払とゴルフ場施設を利用させる義務とが対価性を有する双務契約ではあるものの、上告人の債務は破産宣告時において未履行であるといえるが、破産した会員である金力の側には未履行の債務がないというべきである。したがって、被上告人は、破産法五九条一項により本件会員契約を解除することができない。

四  以上によれば、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、被上告人の請求は理由がないから、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人平松耕吉の上告理由

第一 原判決には、判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあるから破毀されねばならない。

一 本件は破産法第五九条一項の適用上、被上告人側に入会契約にかかる未履行債務があるのかが、主な争点となった事案である。

原審はこの点に関し、「控訴人は……(中略)……正会員に対し、所定の利用料金の請求権があり、正会員は同利用料金の支払義務を負担する。」(7頁)とし、あるいは、「正会員となって後に、ゴルフ場等を利用させる上告人の義務とこれを利用した場合に、利用料金を支払う正会員の義務とが対価的関係に立つものであり、本件破産宣告当時、これらの義務はともに履行が完了していないものと解される」(8頁)などと判示するが、理由不備ないし齟齬によるものである。

(一) 本件ゴルフ倶楽部入会契約はいわば集団的契約であり、多数会員から一定期間の預託を約して集積した資金を一括投下して大規模施設を付設・提供することをその本質としている。

上告人は何よりも右大規模施設の完備・提供を果して来たのであって、実質はその運営費に当てられるに過ぎない会員らの個々具体的な諸施設利用により生ずる料金債務を、より基本的集団的な該施設完備・提供債務と互いに対価的にとらえ、かつあたかも共に未履行の如く解するのは、該施設完備・提供債務を履行済みとしている実態を無視し、同契約の集団的性格を看過する不備あるものと言わざるを得まい。

(なお判示の登録料については、広域的に多数会員を継続募集するための人件費や、宣伝広告費あるいは募集手数料等に充当費消されてしまうのが常である。)

(二) そしてかかる大規模施設の付設と集団的利用への提供の対価となるのは、何よりも入会時、の会員ら側からの保証金預託自体がこれに当たるのであって、会員料金による個々的利用は言わば右付設・提供の履行実現から派生する付随的結果に過ぎないものと言えよう。

会員らは任意に、所定の有利な会員料金を支払って、同施設を利用出来るが、利用料金はその都度清算されて施設の維持・運営に充てられることとなるに過ぎない。

即ち、右利用料金支払債務は、(会員外のヴィジターの場合でも料金額に差異あるのみで利用ある場合は同様であるが)、現にあくまでゴルフ場施設等の利用に伴うその都度の利用対価として、個別利用状況に応じて具体的に発生、清算されているのであり、何ら未履行を残すことはない実情にある。

ちなみに、被上告人もかかる利用料金債務を未履行のまま負担している状況は何ら存しなかったのである。

(三) ところが原審は、あたかも被上告人に右施設利用債務ある如く、また上告人側にはこれに伴う料金請求債権が現存する如くに判示したのであるが、明らかに理由不備ないし齟齬である。

破産者は入会契約に基づき会員資格保証金を差入れ、同資格を取得することにより、言わば会員権を購入して、任意かつ優先的な会員料金での諸施設の利用権限を有することとなったが、個別事情によるその不利用を来したとしても右会員資格には変動なく、被上告人はこれを売買ないし買戻し処分の対象と為し得る一方、具体的な料金支払債務など何ら負ってはいないから、現にかかる債務が存しかつ未履行であるかの如き認定を為すのは、基本的な過誤と見る他ないのである。

(4) 公知のとおり、ゴルフ会員権はその取引市場も確立し、売買により多数流通しているが、一般に右売買においてもかかる会員資格ないし会員権自体が対価設定の基本とされており、そこから派生するところの本来個別かつ任意の利用により始めて生じて来る判示の利用料金などがあたかも未履行債務として付随するなどとはおよそ右取引上も全く考えられていないのが実情であろう。

(五) 原審が、第一審において誤って為した「預託金返還債務は期限付債務であって未履行」(第一審判決9頁)とした論拠を排して、単に「控訴人は前記預託金を無利息で預かり、正会員は、入会から一五年経過後は退会と同時に預託金を返還請求できる権利を有し、上告人は、右請求があれば預託金を返還する義務を負担する」と判示するに止めた点は、会員の入会保証金返還請求権が、右満期後に退会による会員資格の喪失を条件として初めて発生する権利であって、それまでは何ら被上告人側に未履行債務を伴うものでない実体に照らし、正当なものである。

而して同様の考え方を取るのであれば、前記利用料金債務についても該料金請求権ともども個々の具体的な利用行為がなければ生じ得ないものと、軌を一にして考えねばならぬはずなのである。

二 前述の通り原審は、何ら実現していない未履行債務を観念して、頭記破産法条による契約解除を認め、「解除による原状回復として」(11頁)金六五〇万円の入会保証金全額の返還を認容したうえ、同額に対する平成九年三月二〇日から完済まで年六分の損害金を付加・認容してしまった。

他方、原判決は、これに対しかねて上告人において予備的になしていた、右解除を認める場合には少なくとも一五年の据え置き約定あることによる七年分の、満期未到来に伴う中間利息相当額の控除返金が、右原状回復に際し認められる要ある旨の主張に対し、「本件解除によって、控訴人が損害を受ける場合は、破産法六〇条によって対処するべきである」(12頁)とした。

右もまた理由不備ないし齟齬ある判示と解される。

(一) 上告人は、前記集団的契約履行のため、被上告人を含む多数会員からの一五年の預託の約を信頼しつつ、集積した資金を一括投下して大規模施設の付設・提供を終えて、その基本的な債務を履行済みとしているのである。

(二) しかるに入会保証金の即時全額返還に加え、年六分の損害金支払いまで認容した結果、上告人がこの全額返金により生じた七年分、年六分相当の損害を、破産法六〇条によって請求し填補を得ようとしても、破産債権としての求償しか為し得ぬうえ、判示の損害金とも相殺されてしまい、実質的に何ら損害の填補・調整が得られぬ不当な結果を招くこととなった。

(三) 而してかかる解除によって、預託保証金の原状回復ないし不当利得返還を要すると言うのであれば、上告人は金融業でもなく、右預託金を集団的契約に従って一括大規模施設に投下済みとして来ており、既に投下前の原状を回復することの不可能は明らかであるから、当然、民法七〇三条に基づく現存利益の限度による返還をもって足りるはずである。

即ち、本件は、多くとも右現存利益相当の、同預託金六五〇万円に対し被上告人主張の年六%の利率を用いたライプニッツ方式により、残期間七年の中間利息控除を為したせいぜい金四三二万二九五八円以下の額を返還すれば足る旨、上告人において主張し来った事案であって、これが多額のため事実上借入れによらねば調達し難い旨、縷々主張して来たにもかかわらず、右予備的主張に対し、原判決はこれを認容せぬことについての適確な理由を示さなかった。

(四) 原判決は、既述の破産法条による解除ならびに原状回復を認めたにもかかわらず、登録料については、「返還請求できない」(7頁)と判示して、その返還を認めていない。

これは該登録料が、広域的に多数会員を継続募集するための人件費・宣伝広告費・仲介手数料等の募集経費などに既に費消されていて現存利益が存しないこと、及び倶楽部会則(甲三)の第八条2項に無返還条項あることから、かかる認定をなしたものと解される。

しかるに、同じく前記預託保証金については、同会則第八条1項に一五年後の退会に伴う無利息返還請求の条項あるにもかかわらず、加えて上告人は金融業でも銀行でもなく、右預託金を集団的契約に従って一括大規模施設に投下済みとしているため、既に投下前の原状を回復することの不可能は明らかで、前記現存利益としては右大規模施設しか存しないにもかかわらず、かかる費消済み預託保証金の全額・即時無条件返還を認容した。

よってかかる費消済み預託保証金の全額・即時無条件返還を認容した原判決は極めて片面的な不当あるのみならず理由不備ないし理由齟齬あるものと言う他ないこととなる。

第二 原判決は、破産法五九条一項の解釈適用を誤っており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるから、破毀是正されねばならない。

一 上告人が右破産法条の適用上、被上告人側に入会契約にかかる未履行債務があるのかを主争点としたのに対し、原審は、既述の通り具体的なゴルフ場諸施設利用料金支払債務が現存しないにもかかわらず、これが同項の未履行債務に当ると解して解除を認めたが、右は誤っている。

(一) 当該利用料金支払債務については、あくまでゴルフ場施設等の利用ある場合にのみ、その利用状況に応じて具体的に発生するものであり、これが利用の都度、清算されて行くから、現実に何らの未履行も残さない運営が為されている。

会員らにおいて右諸施設を利用するか否かは、各自その状況に応じ任意かつ随時に、決め得るのであるから、該利用料金債務もその都度、個別・具体的にしか発生しないものと解される。

しかるに原判決が、右料金支払債務が未履行である如く判示しているのは、およそ仮構に過ぎぬものと言うべきで、現実の未履行債務あることを定めた頭記法条の解釈適用を誤ったものと言う他ない。

(二) 上告人は、前記集団的契約履行のため、被上告人を含む多数会員からの一五年の預託の約を信頼しつつ集積した資金を、一括投下して大規模施設の付設・提供を終えているのである。

而して、前記の通り解除によって上告人が、費消済みの右預託保証金返還による預託前の原状回復などは不可能であるから、当然、民法七〇三条に基づく現存利益相当の限度における返金をもって足りるはずである

即ち上告人は、本件紛争を破産法条の解除により解決せんとするなら、右現存利益相当の、預託保証金六五〇万円に対する、被上告人主張の年六%を用いたライプニッツ方式による満期まで七年の中間利息控除した、多くとも金四三二万二九五八円の額しか返還する要がない旨の予備的主張に及んで来た。

しかるに原審は採証上、右金員費消が明らかであるにもかかわらず既述のとおり理由なく片面的に同主張を退けたのみならず、被上告人に対しては解除による原状回復として金六五〇万円もの入会保証金全額の返金を認めたうえ、これに対する平成九年三月二〇日から完済に至る年六分の損害金まで、合せ認めてしまった不当がある。

(三) 原判決は、破産法五九条一項を著しく拡張解釈して、被上告人側には現実に何ら入会契約にかかる未履行債務あるいはゴルフ場諸施設利用料金支払債務が存しないのに、これが同項の未履行債務に当ると解して解除を認めたが、右は破産管財人の恣意的な解除の行使を招く弊あるもので誤っている。

既述のとおりゴルフ会員権はその取引市場も確立し、適正な時価額により売買され流通していること公知であるが、右管財人による随時の解除権の行使との選択を許す如き拡張解釈が認められる如きこととなれば、たまたま個別かつ経済的事情に伴う破産手続を生じているのみの事情下で、管財人においては預託保証金額より高い有利な市場価額の付いている場合には取引市場での売却処分を選ぶが、不況などの経済状況あるいは目的会員権が発足したばかりのゴルフ場のもので残存預託満期が長いなどによって市場価額が低い場合などは、むしろ右解除権行使による保証金の即時全額返金を求めるという極めて恣意的な選択に及んで来ることは明らかである。

例えば破産者が破産を見越しつつ市場価格と預託保証金額の乖離の大きい有利な会員権を取得しさえすれば、管財人の解除権行使による預託保証金の全額返金を受け得ることとなる結果、多々発足間なしなどのゴルフ場の運営を不当に圧迫するのみならず、市場価格を混乱させ、適正な市場形成すら阻害する恐れにつながることともなってしまう。

破産法条はかかる恣意的な選択の余地まで許容したものとは到底、解されないのであって、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の違背ないし審理不尽の違法をもたらすものと言うべきである。

第三 原判決は、かねて上告人が破産管財人の解除権行使による預託保証金返還について、会則に何らの定めもなく許されない旨、主張して来たにもかかわらず、次のとおり同会則八条、同年一二条の解釈適用にかかわる重要な問題点について見るべき判示も為さなかったから、理由不備ないし齟齬、あるいは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令等の違背がある。

一 貴最高裁判所は近時、ゴルフ倶楽部会員の死亡による相続人らの預託金返還請求について、これを否定する判決(平成九年一二月一六日最三小判)を示された。

右判示の要旨は、会員契約上の地位の相続性が認められている預託金会員制ゴルフクラブの会員が死亡した場合には、会則上、特に預託金の返還を求めることができる旨規定されていない限り、その相続人は、会員の死亡を理由に預託金返還請求権を行使することはできない、というにある。(判例時報NO.1629号53頁)

二 そして本件事案も、会則(甲三)一二条5号の、契約解除による会員資格喪失ある場合に当るが、預託金の返還については、同八条に一五年間無利息で預った後、本人の請求により返金する旨の定めあるのみで、同一二条5号の契約解除ある場合に特段の返還規定がないことは右先例の場合と同じである。

それ故、同一二条1号の会員権譲渡の場合や同2号の死亡の場合にいずれも保証金返還の問題を生じないのと同様、右返還規定のない本件解除の場合においても、直ちに預託金返還事由あるものとは解し難いこととなる。

死亡あるいは経済事情による契約解除の場合に、各々そうでなければ据置期間中のため預託金返還を求めることのできなかったものが、偶々の右死亡等によって、相続人ないし破産管財人にこれを上回る権利を与えるのは、むしろ不合理と解されるのである。

三 しかるに原判決は、この点につき見るべき判示も為さず預託金返還を認めたが、右は重大な理由不備ないし齟齬に当るのみか、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背あるに等しい違法あるものと言わねばならない。

よって、いずれにせよ原判決は速やかに破毀、是正されねばならない。

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