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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)283号 判決 2000年3月09日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

第一審判決を次のとおり変更する。

1  上告人は、被上告人に対し、一一五一万円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被上告人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟の総費用は、これを四分し、その三を上告人の、その余を被上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人岡力の上告理由第一及び上告補助参加代理人楠田尭爾、同加藤知明、同魚住直人の上告理由二について

1  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  中部データー機器株式会社(以下「訴外会社」という。)は、経営不振のため、平成七年一月三〇日、数日前から相談していた弁護士と打合せの上、破産手続に入ることを決定し、内密にその準備を進めることとした。そして、訴外会社は、従業員に支払うべき退職金及び給料の原資を確保するために、従来取引関係のなかった上告人上前津支店との間で普通預金契約を締結して普通預金口座(以下「本件口座」という。)を開設し、必要な資金を同口座に移すこととした。

(二)  訴外会社は、同月三一日に決済予定の訴外会社振出しに係る約束手形三通(額面金額合計一一七九万三六八九円。以下「本件手形」という。)を不渡りとする意向の下に、従来から取引関係のある上告補助参加人上前津支店に開設していた普通預金口座(以下「補助参加人口座」という。)に資金を集め、同日午後二時五二分ころ、上告補助参加人上前津支店において、同口座から一五三五万円を払い戻した上、本件口座への振込みを依頼し、これに基づいて、同日午後三時ころ、本件口座に右同額の入金がされた(以下、右振込依頼による入金を「本件振込み」という。)。これにより、訴外会社は、上告人に対し、本件振込みに係る右同額の普通預金債権(以下「本件預金」という。)を取得した。

(三)  上告補助参加人上前津支店の担当者は、同日午後一時四五分ころ以降、訴外会社に対し、再三にわたり、その当座預金残高が本件手形決済に必要な金額に不足していることを伝えるとともに、経理担当者か社長に大至急連絡を取るよう督促する電話をした。しかし、右電話に出た社員は、訴外会社の経理担当者ではなく、訴外会社が破産申立ての準備中であることを知らされておらず、経理担当者の指示に従って、社長らが不在で分からない、責任者は外出中で連絡が取れないなどと答えていた。

(四)  上告補助参加人上前津支店の担当者は、訴外会社の当座預金残高が一〇〇〇万円以上の資金不足となっている状況下で、前記(二)のとおり、補助参加人口座から一五三五万円が払い戻され、本件振込みがされたことなどから、本件振込みの依頼が訴外会社の資金操作の過誤によるものに違いないと判断し、本件手形の不渡りを回避するために、上告人上前津支店に対し、本件振込みによる一五三五万円の送金を取り止めて返却すること(以下「本件組戻し」という。)を依頼するとともに、訴外会社にその承諾を求めるべく電話をかけた。上告人上前津支店は、訴外会社の承諾を得た上で右資金を返却する旨回答し、訴外会社に電話で連絡したものの、経理担当者と接触することができなかった。

上告補助参加人上前津支店の担当者は、同日午後三時五〇分ころに電話を受けた訴外会社の社員の応対がそれまでと同様のものにとどまっていたにもかかわらず、同日午後四時ころ、上告人上前津支店に対し、本件振込みにより送金された資金の返却につき訴外会社の承諾が得られた旨連絡した。なお、右担当者は、電話の応対に出た訴外会社の社員が経理担当者ではないことを承知していた。

(五)  上告補助参加人上前津支店は、同日午後四時二分、上告人上前津支店に対し、本件組戻しの依頼電文を発信した。上告人上前津支店では、訴外会社の承諾を得た旨の連絡を受けたことから、自ら直接訴外会社に確認することなく右依頼に応じることとした。そして、同日午後四時一一分ころ、本件口座から一五三五万円が出金され上告補助参加人上前津支店の仮受口に組戻金として入金された。

上告補助参加人上前津支店は、同日午後四時四六分ころ、右資金を訴外会社の補助参加人口座に振り替え、さらに、同日午後五時一六分ころ、そのうち一一五一万円を訴外会社の当座預金口座に振り替えた。その結果、本件手形三通はいずれも決済された。

(六)  訴外会社は、同年二月一三日午後一時、名古屋地方裁判所において破産の宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された。

(七)  その後、被上告人は、補助参加人口座に残された三八四万円のうち二〇九万二八六〇円の払戻しを受けた。

2  本件は、訴外会社の破産管財人である被上告人が、上告人に対し、訴外会社が有していた本件預金の払戻しを請求するものであり、これに対して上告人は、本件組戻しにつき訴外会社の承諾がなかったとしても、本件手形の不渡りを回避するためにやむを得ない措置として行われたものであり、他方、訴外会社の担当者は居留守を使って上告補助参加人からの度重なる連絡を無視していたのであるから、被上告人が本件組戻しの無効を主張することは信義則に照らし許されないなどと主張している。

3  前記事実関係によれば、本件組戻しは、訴外会社が上告人に対して本件預金を取得した後、訴外会社の承諾なしに本件預金の払戻し及び払戻しに係る金員の上告補助参加人上前津支店への送金をしたものであるから、本件組戻しによって本件預金が消滅するいわれはない。

被上告人が本件組戻しの無効を主張することは信義則に反する旨の所論は、被上告人の本件預金の払戻請求が信義則に反し許されない旨をいうに帰するものというべきところ、前記事実関係によれば、上告補助参加人上前津支店の担当者が、本件手形の決済資金が不足する状況下で本件振込みが行われたことにつき、訴外会社の資金管理の過誤によるものと判断して、本件手形の不渡りを回避すべく、訴外会社に再三電話で連絡を取るなどしていたのに対し、訴外会社の経理担当者は、事情を知らない社員に電話の応対をさせるのみで、本件組戻しの許否につき何ら応答をしなかったというのである。しかし、銀行の担当者が顧客の利益のために尽力することは相当であるとしても、いかに手形の不渡りを回避するためとはいえ、取引先の承諾を得ることなく振込みの組戻手続や預金の払戻手続をとることまでが銀行の権限に属するとされる余地はなく、上告人上前津支店は、訴外会社の承諾の有無につき自ら確認することなく、本件預金を出金して本件組戻しに応じていることなどの事情をも併せ考慮すれば、本件においては、被上告人の本件預金の払戻請求が信義則に反するとはいえない。

4  以上と同旨に帰する原審の判断は是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

二  上告代理人岡力の上告理由第二及び上告補助参加代理人楠田尭爾、同加藤知明、同魚住直人の上告理由三について

1  上告人は、本件組戻しにより上告補助参加人上前津支店に送金された一五三五万円のうち本件手形の決済資金に充てられた一一五一万円を除いた残額三八四万円についての不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁を主張しているところ、原審は、被上告人が補助参加人口座から払戻しを受けた二〇九万二八六〇円については利益が現存していると認められるが、それ以上に利益が現存することを肯認すべき証拠はないから、上告人の相殺の抗弁のうち二〇九万二八六〇円を超える部分については理由がないとして排斥した。

2  しかしながら、上告人の相殺の抗弁を一部排斥した原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

本件組戻しは訴外会社の承諾を得ることなく行われたものであるから、上告人上前津支店から上告補助参加人上前津支店に送金された金員は、上告人の出捐によるものと見るほかないところ、右金員が補助参加人口座に入金されて、訴外会社が上告補助参加人に対する右同額の普通預金債権を取得したことにより、訴外会社は上告人の損失において法律上の原因なしに同額の利得をしたものというべきである。そして、これによって生じた不当利得につきその利益が存しないことについては、不当利得返還請求権の消滅を主張する者において主張立証すべきところ、被上告人は、前記三八四万円のうち上告補助参加人から払戻しを受けた二〇九万二八六〇円を超える部分について、訴外会社あるいは被上告人が利得した利益を喪失した旨の事実の主張立証をしていないのである。そうすると、右利益は被上告人に現に帰属していることになるから、上告人の前記相殺の抗弁は全部理由があるといわなければならない。

3  したがって、上告人の相殺の抗弁を一部排斥した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。そして、前記説示したところに照らせば、被上告人の本訴請求は、一一五一万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

三  以上に説示するところに従い、これと異なる第一審判決は右のとおり変更されるべきであるから、原判決を本判決主文第一項のとおり変更することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

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