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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)774号 判決 2001年11月22日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤庄市郎、同林彰久、同木村裕、同佐藤順哉、同池袋恒明、同関口明博、同山宮慎一郎、同池田友子、同小池和正の上告理由について

1  本件訴訟は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブに入会するため被上告人がゴルフクラブ経営会社に支払うべき預託金につき、ゴルフ会員権クレジット契約上の保証人として支払をした上告人が、被上告人に対して、約定の分割金等の支払を求めるものである。原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1) 株式会社真里谷(以下「真里谷」という。)は、預託金会員制ゴルフクラブである「ゴルフ・アンド・カントリークラブ・グランマリヤ」(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を運営することを計画し、平成元年11月ころから会員の募集を始め、平成2年3月6日に起工式を行い、ゴルフコース「グランマリヤ」(以下「本件ゴルフ場」という。)の建設に着手した。真里谷が会員募集に際して作成したパンフレットには、本件ゴルフ場の完成予定は平成4年度である旨の記載があった。

(2) 上告人と被上告人は、平成元年12月19日、被上告人が真里谷から本件ゴルフクラブの会員権(ゴルフ・アンド・カントリークラブ・グランマリヤ個人正会員権。以下「本件ゴルフ会員権」という。)を取得するに当たり、次の内容のゴルフ会員権クレジット契約(以下「本件クレジット契約」という。)を締結した。

ア  被上告人は、上告人に対し、被上告人が真里谷に支払うべき預託金等1600万円から申込金300万円を除いた1300万円の債務について保証することを委託し、上告人はこれを保証する。

イ  被上告人は、上告人が1300万円をその決済日に被上告人の保証人として真里谷に代位弁済することを承認する。

ウ  上告人が代位弁済をした場合、被上告人は上告人に対し、1300万円に分割払手数料575万9000円を加算した1875万9000円を分割して、平成2年2月10日に15万9300円、同年3月から平成12年1月まで毎月10日限り15万6300円ずつ支払う。

エ  被上告人が、支払期日に分割払金の支払を遅滞し、上告人から20日以上の期間を定めてその支払を書面で催促されたにもかかわらず、その期間内に支払をしない場合、被上告人は期限の利益を喪失する。

オ  遅延損害金年6パーセント

(3) 本件クレジット契約の契約書(以下「本件契約書」という。)は、上告人が作成した定型のゴルフ会員権クレジット契約書であり、本件契約書10条には、「(1)購入者は、下記の事由が存するときは、その事由が解消されるまでの間、当該事由の存する商品について、支払を停止することができるものとします。」と記載され、支払停止の事由として、「<1>商品の引渡しがなされないこと、<2>商品に破損、汚損、故障その他の瑕疵があること、<3>その他商品の販売について、販売会社に生じている事由があること」が列挙されている。

(4) 上告人は、平成元年12月25日、本件クレジット契約に基づき、被上告人の保証人として真里谷に1300万円を代位弁済した。

(5) 被上告人と真里谷間で、遅くとも平成2年3月ころまでに、本件ゴルフクラブの入会契約が成立した。

(6) 真里谷は、当初経営が順調であったが、株式相場の下落等によりばく大な損失を出し、平成5年3月に「真里谷有志の会会員」から、同年8月に上告人から、それぞれ会社更生手続開始の申立てがされ、東京地方裁判所は、同月5日保全管理命令を発し、平成6年12月2日に更生手続開始決定をした。

(7) 被上告人は、平成4年9月10日以降の分割払金を支払わず、上告人は、被上告人に対し、平成7年6月5日到達の内容証明郵便をもって、書面到達後21日以内に未払分割払金を支払うよう催告した。

(8) 本件ゴルフ場の建設工事は、平成4年3月の荒造成段階で中止されており、原審口頭弁論終結時においても工事は再開されていない。真里谷の管財人は本件ゴルフ場を完成させたいとの意欲を持っているものの、完成のめどは立っていない。

2  被上告人は、本訴請求に対する抗弁として、(1)本件ゴルフ場の開場の遅れは、本件契約書10条(1)<1>ないし<3>に規定する支払停止の事由に該当する、(2)本件クレジット契約においては、購入者が本件契約に関する一切の費用を負担する旨が約されており、被上告人は、同約定に基づいて、平成2年2月13日、第1回分割払金15万9300円を支払う際に、本件契約書に貼付すべき印紙代200円を合わせて支払ったにもかかわらず、上告人は、本件契約書に印紙を貼付していないので、印紙代200円は、本件請求に係る分割払金の残金から控除されるべきであると主張した。

3  原審は、前記事実関係の下で、大略次のとおり判示して、被上告人の上記2(1)の抗弁を容れ、上告人の本訴請求を全部棄却した。

(1) 本件契約書10条(1)<3>は、その規定の仕方からいうと、同条(1)<1>、<2>を受け、これを補完する形で設けられた定めであり、また、その文言も、<1>、<2>に準じる事由を広く支払停止の事由とする表現となっており、これを商品販売の時に存在していた事由に限る趣旨はうかがえないから、<3>に規定する事由は、商品販売の時に存在した事由に限られると解することはできない。ゴルフ場の経営主体が将来一定時期における完成予定を掲げて造成中のゴルフ場に係るゴルフ会員権の販売をする場合については、単にその購入者に当該ゴルフ会員権を取得させれば足りるのではなく、当該ゴルフ場をその予定の時期又はそれからそれほど遠くない時期に完成させ、当該ゴルフ会員権の購入者にこれを利用させることが当該ゴルフ会員権販売契約の内容となっているものと解するのが相当である。

(2) これを本件についてみると、本件ゴルフ場が平成4年度又はそれからそれほど遠くない時期に完成し、被上告人が本件ゴルフ場を利用してゴルフのプレーをすることができるようになることは、本件売買契約の内容になっていたものと認めるのが相当である。被上告人は、本件ゴルフ場の完成予定時期を既に4年以上経過してもまだこれを利用することができず、本件ゴルフ会員権購入の目的を達成することができない状態にある。このように本件売買契約の重要な要素が履行されないで4年以上が経過しているという状況にかんがみれば、真里谷は、既に本件売買契約について債務不履行の状態にあり、被上告人からいつ本件売買契約を解除されてもやむを得ない状況にあるということができ、このような事情は、本件契約書10条(1)<3>に規定する事由に該当するものと解するのが相当である。

4  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 本件クレジット契約は、真里谷と被上告人との間の預託金会員制ゴルフクラブの入会契約を前提とし、そのための預託金相当額の信用を供与するものであるから、両契約が経済的、実質的に密接な関係にあることは否定し得ないとしても、両者は当事者及び効果を異にする別個の法律関係であるから、被上告人が入会契約上生じている事由をもって当然には上告人に対抗することはできない。そして、本件クレジット契約に割賦販売法(平成11年法律第34号による改正前のもの、以下同じ。)30条の4第1項の規定が適用されないことは明らかである。ところで、上告人と被上告人との間の保証委託契約においては、本件契約書10条(1)の約定が存するところ、本件ゴルフ場の開場遅延が、同約定に規定する被上告人が上告人の求償金の履行請求を拒み得る事由に該当するか否かが問題となる。

(2) 記録によれば、本件クレジット契約に使用された定型の契約書には、不動文字で、表題に「ゴルフ会員権クレジット」と、「商品(役務)名」の欄に「ゴルフ会員権」と記載されており、裏面の6条(1)には「申込者はゴルフ会員権証書をゴルフ場会社より受領した際は販売会社を通じて直ちに会社へ担保として差し入れます。」と記載されるなどゴルフ会員権販売会社とゴルフ場経営会社が別主体であることを前提とする規定が置かれていることがうかがわれる。これらの記載によれば、本件クレジット契約に使用された定型の契約書は、申込者が販売会社からゴルフ会員権を購入する場合に用いられることを予定して作成されたものと解され、裏面の10条(1)の規定が、昭和59年11月26日付け通商産業省産業政策局消費経済課長通達「昭和59年改正割賦販売法に基づく標準約款及びモデル書面について」に添付された「個品割賦購入あっせん標準約款」11条(1)と同内容の規定であることを勘案すれば、本件クレジット契約の締結当時割賦販売法の適用対象ではなかったゴルフ会員権の販売について、同法30条の4第1項に準じた効果を認める特約としての意義を有していたと解することができる。

したがって、本件クレジット契約に使用された定型の契約書10条(1)<3>に規定する「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」とは、ゴルフ会員権の販売について、仮に販売会社が申込者に代金支払を請求してきたとすれば、売買契約に関して代金の支払を拒むことができる事由に限定され、申込者が販売会社に対して主張できない事由まで、クレジット会社に主張できることを認めたものと解することができないから、申込者が販売会社からゴルフ会員権を取得した後に当該ゴルフ場の経営会社に生じた債務不履行は上記規定にいう支払拒絶の事由とならないと解するのが、当事者の合理的意思に合致するというべきである。

(3) ところで、本件におけるゴルフ場経営会社と申込者との間の法律関係がゴルフ会員権の販売契約ではなく、預託金会員制ゴルフクラブの入会契約であることは前記のとおりである。そうすると、本件クレジット契約における本件契約書記載の約定の解釈は、本件クレジット契約の内容に即して、本件契約書10条(1)<3>を「その他ゴルフ場経営会社との入会契約について、ゴルフ場経営会社に生じている事由があること」と読み替えた上で、預託金会員制ゴルフクラブの入会契約が売買契約ではないことを勘案しつつ、前記(2)の場合の意思解釈に準じて、当事者の合理的な意思を探究するのが相当である。そうすると、本件契約書10条(1)<3>に規定する支払拒絶の事由は、仮にゴルフ場経営会社が申込者に預託金等の支払を請求してきたとすれば、当該ゴルフ場経営会社に対し預託金等の支払を拒むことができる事由に限定されるのであって、申込者が当該ゴルフ場経営会社に預託金等を支払って入会した後に当該ゴルフ場経営会社に生じた債務不履行は支払拒絶の事由とならないと解するのが、当事者の合理的意思に合致して相当というべきである。

(4) 前記1の原審が確定した事実によれば、被上告人は、未開場のゴルフ場であることを認識した上で、本件ゴルフクラブに入会することを企図して、本件クレジット契約を締結し、本件ゴルフ会員権を取得したものであって、本件ゴルフ場が未開場であることは、被上告人が真里谷に対して預託金等の支払を拒むことができる事情とはいえない。そうすると、本件ゴルフ場の開場遅延は、本件ゴルフ会員権を取得した者に対する真里谷の債務不履行といえるものの、本件契約書10条(1)<3>に規定する支払拒絶の事由に該当しないというべきである。

5  以上のとおり、本件契約書10条(1)<3>に規定する支払拒絶の事由があるとして上告人の本訴請求を棄却した原審の判断には、契約の解釈適用の誤りがあるといわざるを得ず、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこれと同趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。

6  進んで、被上告人の前記2(2)の抗弁について検討すると、上告人及び被上告人は本件契約書の作成者として依然として印紙税を納付する義務を負っており、上告人は、被上告人に対して、印紙代として被上告人から受領した金員をもって印紙税を納付する債務を負担しているというべきであって、本件請求に係る分割払金の残金から印紙代として支払った金員を控除すべき旨の被上告人の主張は失当である。

7  以上説示したところによれば、上告人の請求には理由があるから、これを認容した第1審判決は正当であって、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官深澤武久の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官深澤武久の反対意見は、次のとおりである。

1 私は、「本件契約書10条(1)に規定する支払拒絶の事由は、仮にゴルフ場経営会社が申込者に預託金等の支払を請求してきたとすれば、当該ゴルフ場経営会社に対し預託金等の支払を拒むことができる事由に限定されるのであって、申込者が当該ゴルフ場経営会社に預託金等を支払って入会した後に当該ゴルフ場経営会社に生じた債務不履行は支払拒絶の事由とならないと解するのが、当事者の合理的意思に合致して相当というべきである。」との多数意見に賛成することができない。その理由は次のとおりである。

2 本件クレジット契約は、被上告人が未開場のゴルフ場のゴルフクラブに入会するため会員を募集するゴルフ場経営会社と販売会社の地位を兼ねる真里谷に支払う預託金につき、上告人が、クレジット契約によって預託金相当額の信用を供与するに際し、割賦販売法30条の4第1項と同趣旨に解される、ゴルフ場経営会社と顧客との間の抗弁権の接続を認める特約をしたものである。すなわち、本件クレジット契約に同法は適用されないが、本件契約書10条(1)<3>は同法30条の4に関する昭和59年11月26日付け通商産業省産業政策局消費経済課長通達「昭和59年改正割賦販売法に基づく標準約款及びモデル書面について」に添付された「個品割賦購入あっせん標準約款」11条(1)と同じ文言が用いられていることから、上告人は同法30条の4の趣旨にそった約定をした結果、同条に準じた責任を負うに至ったものである。

3 未開場のゴルフ場のゴルフクラブ入会契約を締結した真里谷は、契約締結後相当の期間内にゴルフ場施設を完成し、利用可能な状態にしたうえ、これを会員の利用に供すべき債務を負っている。ところで、同法30条の4は、販売会社と信用供与会社が分離したため販売会社に主張できた抗弁が信用供与会社に主張できないという顧客に生じる不利益を回避するために一定の要件のもとに抗弁の接続を認めたもので、顧客が自社割賦であれば販売会社に主張できた事由を信用供与会社に主張できる、すなわち、顧客が販売会社の自社割賦で商品を買ったならば販売会社に割賦金の支払を拒める事由が生じた場合に、クレジット会社に対してもその事由を主張して割賦金の支払を拒めるとするものであり、前記特約はこれと同旨の効力を有するのである。ゴルフ場経営会社であるとともに販売会社でもある真里谷は、平成4年3月頃資金不足のため本件ゴルフ場建設工事を荒造成段階で中止し、平成6年12月には、会社更生手続開始決定を受けて、ゴルフ場の開場は絶望的となっているのであるから、被上告人は真里谷の自社割賦によって預託金を支払う契約を締結していたならば、真里谷の上記債務不履行を理由に割賦金の支払を拒絶できることになる。この支払拒絶の抗弁は、本件契約書10条(1)<3>の特約によって上告人にも主張できると解すべきである。これと同旨の原判決は是認できるので本件上告は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田顯)

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