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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)919号 判決 1998年11月26日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田安正の上告理由について

一  本件は、株式会社である上告会社が取締役の選任を議案とする株主総会の招集通知に選任される取締役の数を記載しなかったことは招集手続の法令違反に当たるとして、被上告人が右株主総会決議の取消しを請求するものであり、原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

1  上告会社の取締役は、従前、被上告人、甲野一郎、甲野春子、甲野夏子、甲野秋子及び甲野冬子の六名であったところ、平成八年八月二六日に開催された上告会社の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)に関する同月九日付け招集通知(以下「本件招集通知」という。)には、「会議の目的たる事項」として「第2号議案 取締役全員任期満了につき改選の件」と記載され、他に選任される取締役の数に関する記載はなかった。

2  本件株主総会において、甲野冬子は、第二号議案の取締役選任決議に先立って監査役に選任され、同人はその就任を承諾した。次いで、甲野一郎、甲野春子、甲野夏子及び甲野秋子の四名を取締役に選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)がされ、被上告人は賛成少数で取締役に選任されなかった。上告会社は、定款により商法二五六条ノ三に規定する累積投票の請求を排除していないが、本件決議の事項については株主から累積投票の請求がなかった。

二  原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、被上告人の請求を認容した。

1  定款により累積投票の請求を排除していない株式会社においては、取締役選任を議案とする株主総会の招集通知に選任される取締役の数を明示しなければならないところ、本件招集通知には「取締役全員任期満了につき改選の件」と記載されているのみであり、その記載自体から右の数が明示されているとはいえない。

2  「全員改選」というように選任される取締役の数を推認することができる場合、あるいは従来からの慣行等によっておのずと右の数が明らかとなる客観的事情がある場合には、右の数を明示しないことも許容される。本件招集通知の記載が従前どおり取締役六名を選任する趣旨であるならば、これを許容することができるけれども、本件決議の内容、甲野冬子が取締役に選任されず監査役に選任された事実等本件事実関係を総合考慮すると、本件招集通知の記載がこのような趣旨であったとはいえず、右の数がおのずと明らかであったというべき客観的事情もないから、本件招集通知は、右の数の記載を欠く不適法なものであり、本件決議は取り消されるべきものである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  定款により累積投票の請求を排除していない株式会社において、取締役選任を議案とする株主総会の招集通知に「取締役全員任期満了につき改選の件」と記載され、他に選任される取締役の数に関する記載がない場合においては、特段の事情のない限り、当該株主総会において従前の取締役と同数の取締役を選任する旨の記載があると解することができるから、右特段の事情のうかがわれない本件においては、本件招集通知に右の数の記載があるものということができる。

2  本件招集通知には、従前の取締役と同数である六名の取締役を選任する旨の記載があるということになるところ、本件株主総会においては、取締役の候補者として五名のみが付議され、その数が本件招集通知の記載よりも一名少ないこととなるけれども、本件においては、株主から累積投票の請求がなく、また、その不一致は株主に格別の不利益を及ぼすものではないから、本件招集通知が不適法であるということはできない。

四  したがって、これと異なる判断の下に、本件招集通知が選任される取締役の数の記載を欠く不適法なものであり本件決議が取り消されるべきであるとした原判決には、法令の解釈、適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の請求を棄却した第一審判決の結論は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

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