最高裁判所第一小法廷 平成11年(オ)1261号 判決 2001年2月22日
上告人
博央産業株式会社
同代表者代表取締役
齋藤武夫
同訴訟代理人弁護士
小室貴司
被上告人
小林叶江
同訴訟代理人弁護士
上田智司
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
1 上告代理人小室貴司の上告理由について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法三一二条一項又は二項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
2 以下、職権により、上告人の本件請求について判断する。
(1) 原審の確定した事実関係は次のとおりである。
ア 上告人は、平成二年六月一一日、被上告人との間で、被上告人から第一審判決別紙物件目録記載一の土地(以下「一三七番一の土地」という。)を、同土地の南側に隣接する同物件目録二の土地(以下「一三六番一の土地」という。)との境界は第一審判決別紙図面のイ、ロ、ハの各点を直線で結ぶ線であるとし、実測面積68.90平方メートル、代金一坪当たり九〇〇万円、総額一億八七五八万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同年八月八日ころ、その引渡しを受けた。
イ 一三六番一の土地の所有者である丸山博久は、平成三年四月ころ、両土地の境界は同図面のイ、ロ、ホ、ニの各点を直線で結ぶ線であるとして、その線上にブロック塀を建築し、同図面のロ、ハ、ニ、ホ、ロの各点を直線で結んだ範囲の12.26平方メートル(約3.71坪)の土地(以下「本件土地」という。)は一三六番一の土地に属するものであると主張するに至った。
ウ 上告人は、平成三年七月末ころ、丸山に対し、ブロック塀の建築に抗議したが、同人はこれを受け入れなかった。そこで、上告人は、同年一一月、丸山を相手方として、ブロック塀の撤去等を求める旨の仮処分を申し立てたところ、丸山は、同年一二月一六日付けの答弁書によって、本件土地が一三六番一の土地に属する旨を主張した。同仮処分申立てについては、平成四年二月二四日、丸山に対して本件土地につき占有移転を禁止する旨の仮処分命令が発せられた。
エ 上告人は、平成三年一二月、丸山を被告として、所有権に基づき、ブロック塀の撤去、本件土地の明渡しを求める訴訟を提起した。これについては、平成六年一一月二八日上告人の請求を棄却する旨の第一審判決がされ、同七年九月一三日上告人の控訴を棄却する旨の判決が、同八年三月五日上告人の上告を棄却する旨の判決がされた。
オ 上告人は、平成七年一一月一〇日ころ、被上告人に対して本件売買契約に基づく売主としての責任を問う旨の意思を表明し、同八年四月一九日、本件訴訟を提起した。
(2) 本件において、上告人は、被上告人に対し、主位的には民法五六三条又は五六五条に基づく代金減額請求、予備的には不当利得返還請求として、本件売買契約に基づいて上告人が支払った代金のうち本件土地の面積分に相当する三三三九万円及び遅延損害金の支払を求め、被上告人は、代金減額請求について、民法五六四条所定の一年の除斥期間が経過していると主張して争った。
原審は、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
ア 本件土地は、本件売買契約の目的の一部とされたが、丸山所有の一三六番一の土地に属するものであると認められる。そして、丸山には本件土地を被上告人に対して譲渡する意思がないので、本件売買契約の売主である被上告人は、これを買主である上告人に移転することができない。
イ 上告人の被上告人に対する代金減額請求は、民法五六三条又は五六五条に基づくものであるところ、同法五六四条所定の善意の買主の権利に係る除斥期間の起算点は、買主が、単に売買の目的である権利の一部が他人に属し、又は数量を指示して売買した物が不足していたことを知っただけでなく、売主においてこれを買主に移転することができないことをも知った時であると解するのが相当である。
ウ 前記事実関係の下においては、上告人は、仮処分申立て事件につき、丸山から、本件土地は一三六番一の土地の一部であることを明確に主張する平成三年一二月一六日付けの答弁書が提出された時に、本件土地は丸山の所有に属し、又は本件売買契約の目的である土地の面積に不足があることのみならず、被上告人が丸山から本件土地を取得してこれを上告人に移転することができないことをも知ったものと解するのが相当である。そうすると、上告人は、その時点から一年内に被上告人に対して代金減額請求権を行使していないから、同請求権は、民法五六四条所定の除斥期間の経過によって消滅していることになる。
エ 代金減額請求権が消滅した以上、上告人の主張する不当利得返還請求権も発生する余地がない。
(3) しかし、原審の判断のうち(2)のウの部分は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。
売買の目的である権利の一部が他人に属し、又は数量を指示して売買した物が不足していたことを知ったというためには、買主が売主に対し担保責任を追及し得る程度に確実な事実関係を認識したことを要すると解するのが相当である。本件のように、土地の売買契約が締結された後、土地の一部につき、買主と同土地の隣接地の所有者との間で所有権の帰属に関する紛争が生起し、両者が裁判手続において争うに至った場合において、隣接地の所有者がその手続中で係争地が同人の所有に属することを明確に主張したとしても、買主としては、その主張の当否について公権的判断を待って対処しようとするのが通常であって、そのような主張があったことから直ちに買主が係争地は売主に属していなかったとして売主に対し担保責任を追及し得る程度に確実な事実関係を認識したということはできない。以上説示したところによれば、上告人の本件代金減額請求権について、仮処分申立て事件において丸山から答弁書が提出された時点をもって、民法五六四条所定の除斥期間の起算点と解するのが相当であるとした原審の判断は、同条の解釈を誤ったものといわざるを得ない。
以上のとおりであって、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから、原判決を職権をもって破棄し、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・藤井正雄、裁判官・井嶋一友、裁判官・大出峻郎、裁判官・町田顯、裁判官・深澤武久)