大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成11年(受)602号 判決 2002年7月11日

上告人

五十嵐力

同訴訟代理人弁護士

岡本敬一郎

北村行夫

中島龍正

大井法子

杉浦尚子

大江修子

望月克也

雪丸真吾

山口貴士

吉田朋

被上告人

株式会社オリエントコーポレーション

同代表者代表取締役

新井裕

同訴訟代理人弁護士

村田茂

矢吹誠

中根茂夫

若尾康成

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡本敬一郎の上告受理申立て理由第三について

1  本件は、割賦購入あっせんを目的とする株式会社である被上告人が、商品代金の立替払契約による立替金の支払債務につき連帯保証をした上告人に対し、立替金等残金と遅延損害金の支払を求める事案である。

2  原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1)  ××株式会社は、印刷物の作成、企画等を目的とする株式会社であり、その代表取締役は甲野太郎である。また、有限会社△△は、印刷、製本、製版の各種機械及び資材の販売を目的とする有限会社である。

(2)  上告人は、××の従業員であった者である。

(3)  被上告人は、平成七年一二月六日、××との間で、次の内容による立替払契約を締結した。(以下「本件立替払契約」という。)。

ア  被上告人は、××が前同日に△△から購入する商品プレクスターAR(印刷用設備。以下「本件機械」という。)の代金三〇〇万円を△△に対し立替払する。

イ  ××は、被上告人に対し、立替金三〇〇万円及び手数料七八万〇三三三円の合計三七八万〇三三三円を、平成八年一月二七日限り六万三三三三円、同年二月から平成一二年一二月まで毎月二七日限り六万三〇〇〇円ずつに分割して支払う。

ウ  ××がイの分割金の支払を一回でも遅滞したときは期限の利益を喪失する。

(4)  上告人は、平成七年一二月六日、被上告人に対し、本件立替払契約に基づき××が被上告人に対して負担する債務について連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)。

(5)  被上告人は、平成八年一月五日、△△に対し、三〇〇万円を立替払した。

(6)  ××は、同年二月二七日までに支払うべき分割金の支払を怠り、同日の経過をもって、期限の利益を喪失した。

(7)  ××は、本件立替払契約の締結に先立って別会社から本件機械と同種の機械を取得し、平成七年一一月初旬には同機械は既に納入されていた。甲野は、同年一〇月中旬ころ、営業資金を捻出するため、実際には本件機械の売買契約がないのに本件機械を購入する形を取ったいわゆる空クレジットを計画し、本件立替払契約を締結した上、△△との間で、被上告人から支払われた代金名下の金員を△△が受領し、振込手数料等を控除した残金を××に交付することを合意した。上告人は、甲野の依頼により、同年一二月六日、本件保証契約を締結したが、その際、本件立替払契約における本件機械の売買契約が存在しないことを知らなかった。

(8)  本件立替払契約と本件保証契約は、同一書面(以下「本件契約書」という。)を用いて締結されており、本件契約書には、販売店である△△、商品である本件機械、商品購入代金額が表示されている。また、本件立替払契約には、本件機械の所有権は△△から被上告人に移転し、被上告人に対する債務が完済されるまで所有権が留保される旨の特約と、××が支払を遅滞し、被上告人から要求されたときは、直ちに本件機械を被上告人に引き渡し、被上告人が客観的にみて相当な価格をもって本件立替払契約に基づく債務及び商品等の引取り、保管、査定、換価に要する費用の弁済に充当することができる旨の特約がある。

3  上告人は、抗弁として、本件立替払契約は、△△から××への商品引渡しを伴わないいわゆる空クレジット契約であって、上告人はこれを知らなかったから、本件保証契約は要素の錯誤により無効である、などと主張して、被上告人の本件請求を争った。

4  原審は、上記2の事実関係の下で、(1)本件立替払契約のようなクレジット契約は、クレジット会社が販売店に商品代金を立替払し、主債務者はクレジット会社から代金相当額の融資を受けるもので、その担保として商品の所有権をクレジット会社に留保し、立替払金に所定の金額を加算した額を割賦償還するものであるから、金融の性質を有し、このことは、実体のあるクレジット契約の場合であっても、空クレジット契約の場合であっても異なるところはないことにかんがみると、本件保証契約において本件機械の引渡しの有無は連帯保証人にとってさほど重要な意味を持たず、契約の意思表示の要素には当たらないとみるべきであって、この点についての誤信は意思表示の動機に関する錯誤にすぎない、(2)本件保証契約は本件立替払契約と同一書面である本件契約書を用いて締結され、本件契約書上には、販売店である△△、商品である本件機械、商品購入代金額が表示されているものの、主債務が本件機械の売買契約を前提とする立替払契約であれば本件保証契約を締結するが単なる消費貸借契約であれば本件保証契約を締結しない旨の動機が表示されたものと認めることはできない、として上告人の主張を排斥し、被上告人の請求を認容すべきものとした。

5  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

保証契約は、特定の主債務を保証する契約であるから、主債務がいかなるものであるかは、保証契約の重要な内容である。そして、主債務が、商品を購入する者がその代金の立替払を依頼してその立替金を分割して支払う立替払契約上の債務である場合には、商品の売買契約の成立が立替払契約の前提となるから、商品売買契約の成否は、原則として、保証契約の重要な内容であると解するのが相当である。

これを本件についてみると、上記の事実関係によれば、(1)本件立替払契約は、被上告人において、××が△△から購入する本件機械の代金を△△に立替払し、××は、被上告人に対し、立替金及び手数料の合計額を分割して支払う、という形態のものであり、本件保証契約は本件立替払契約に基づき××が被上告人に対して負担する債務について連帯して保証するものであるところ、(2)本件立替払契約はいわゆる空クレジット契約であって、本件機械の売買契約は成立せず、(3)上告人は、本件保証契約を締結した際、そのことを知らなかった、というのであるから、本件保証契約における上告人の意思表示は法律行為の要素に錯誤があったものというべきである。

本件立替払契約のようなクレジット契約が、その経済的な実質は金融上の便宜を供与するにあるということは、原判決の指摘するとおりである。しかし、主たる債務が実体のある正規のクレジット契約によるものである場合と、空クレジットを利用することによって不正常な形で金融の便宜を得るものである場合とで、主債務者の信用に実際上差があることは否定できず、保証人にとって、主債務がどちらの態様のものであるかにより、その負うべきリスクが異なってくるはずであり、看過し得ない重要な相違があるといわざるをえない。まして、前記のように、一通の本件契約書上に本件立替払契約と本件保証契約が併せ記載されている本件においては、連帯保証人である上告人は、主債務者である××が本件機械を買い受けて被上告人に対し分割金を支払う態様の正規の立替払契約であることを当然の前提とし、これを本件保証契約の内容として意思表示をしたものであることは、一層明確であるといわなければならない。

6  以上によれば、上告人の本件保証契約の意思表示に要素の錯誤がないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、被上告人の請求は理由がないから、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・藤井正雄、裁判官・井嶋一友、裁判官・町田顯、裁判官・深澤武久、裁判官・横尾和子)

上告代理人岡本敬一郎の上告受理申立理由

序〜第二<省略>

第三 錯誤

Ⅰ 要素の錯誤

クレジット契約に於いて、商品購入者の為に、クレジット会社に対して連帯保証をした者は、右商品売買契約が虚偽表示で無効の場合(いわゆる「空クレジット」であった場合)、法律行為の要素の錯誤となるか

一 商品購入者が、販売店に対する頭金を除く商品代金残金をクレジット会社から立替払を受ける場合で、購入者のために、購入者がクレジット会社に対して負う、商品代金残金の立替払金の返還債務及び分割払手数料の合計額支払義務を連帯保証した連帯保証人の、クレジット会社との連帯保証契約の内、法律行為の要素をなすものは、

① 保証対象たる主債務者が、商品購入者であること

② 右購入者の、商品代金残金の立替払金及び分割払手数料の合計額の支払債務を保証するものであること

③ 主債務者と連帯して、即ち、催告・検索の抗弁権がない状態で保証義務を負うこと

の三点である。

これらの一でも欠ければ、もはや商品購入者の保証人とは言えないと考えるので、以下、特に①の点につき、詳述する。

二 商品購入者は、商品売買契約(以下、単に「原因取引」と言う。)に商品代金残金の支払義務を販売店に対して負っているが、右商品代金残金支払につき、クレジット契約が結ばれている場合、商品代金残金はクレジット会社が立て替え払いをし、購入者は、右クレジット会社に対して、分割で立替払金の返還と分割手数料の支払いを行っていく。

これは、通常の割賦販売と同じく、期限に定められた割賦金の支払いがない場合には、期限の利益を失い、残額全額について一括支払の義務が生ずるのである。

三 ところで、クレジット契約の元になる原因取引が、動産売買である場合には、必ず、商品である動産が実在している筈であり、購入者の為に連帯保証人となったものは、最悪の場合、その商品が何らかの形で担保力を発すると期待するのが通常である。

本件に於いても、クレジット会社である被上告人と上告人間の連帯保証契約書(甲第一号証)自体に、目的商品の所有権が販売店から被上告人会社に移転し、購入者のクレジット債務が返済されるまで、担保となって所有権が留保されることが明示されている(甲第一号証裏面、共通事項第二条)。

また、購入者が一回でも支払いを遅滞したときは、買い主は被上告人に、右商品を引き渡すことが義務付けられ、被上告人は、右商品を引き取り、客観的に評価し、相当額を費用の弁済に充当できるという引き取り及び評価充当特約が付されている(同契約第六条)。

かかる契約の場合、購入者の連帯保証人は、原因取引契約書や連帯保証契約書に明記されている商品が、担保として実在し、不履行時に何らかの金額で、債権者に対する弁済に充当されるか、または、弁済者代位により右所有権留保の担保権を自己に移転を受けられると期待するものである。

四 従って、この様なクレジット契約を利用して、動産を購入した者の為に、購入者がクレジット会社に対して負う商品残金立替金と分割手数料につき連帯保証をした場合に於いて、右目的商品たる動産が実在せず、クレジット契約が所謂「空クレジット」であった場合は、恰も、確実な物的担保があることを前提として連帯保証をしたのに、あると説明されていた物的担保が実在しなかった場合と、同様、保証人が最終的に負担すべき、保証債務の現実的な履行義務の範囲は、大幅に増加することになる。

よって、動産売買の購入者の為に、同人がクレジット会社に負う商品残金立替金と分割手数料につき連帯保証をする者にとって、目的商品が実在することは法律行為の不可欠の構成要素となり、それが欠けることは要素の錯誤として意思表示の無効を来すと考える。

Ⅱ 動機の錯誤

仮に本来の法律行為(連帯保証契約)の要素の錯誤と認められない場合でも、契約上に表示された動機で、しかも、その錯誤の結果が表意者にとって重大な影響を及ぼし、他方、動機が表示されている結果、取引の相手方に、動機の錯誤がなければ、取引をしないであろう事が予見しうる場合には、法律行為の要素となり、意思表示の無効を来すと考えて良い。最高裁は、「動機が、当該意思表示の内容として相手方に表示した場合でなければ、要素とはならない」旨判示し(昭和四五年五月二九日判例時報五九八巻五五頁)ているが、裏を返せば、動機を意思表示の内容として表示している場合に、法律行為の構成要素となり得るという事である。

本件では、連帯保証契約書の表面に、対象商品が「プレクスターAR01」と表示され、その新品時の購入価格が三二七万円と表示され、被保証人である主債務者はその商品の購入者であることが表示され、裏面に、前述した、クレジット会社による所有権留保という担保権の設定と、主債務者の履行遅滞時の対象商品の換価充当特約が記載されている場合、商品購入者の為に、同人がクレジット会社に対して負う、商品残金立替金と分割手数料支払義務を連帯保証した者は、最悪の場合、自分が保証人として弁済した場合には、クレジット会社に代位して右担保権を取得することを明示されていると解するべきである。

弁済者の代位は、法律上当然に生ずることであるから、契約での個別の表示は不必要であり、債権者が、自ら、商品を引き上げて、評価・充当する意思があるか否かには関係がない。

よって、動機の錯誤であると考えたとしても、契約の重要な動機であることが表示されていて、債権者側にも、保証義務を履行した者が、弁済者として代位して債権者の有していた担保権を取得して、その権利行使を行うことを意図していることは、特に反対の事情がない限り、十分予見可能な事柄であり、取引の実体を踏まえて見れば、その様な権利を行使しないことは常識的にあり得ないと言うべきであるから、予見すべき義務もあると言うべきである。

従って、この動機を、法律行為の要素であると認定しても、債権者を不意に害する恐れはない。

よって、やはり法律行為の要素となって、意思表示の無効を招来する。

第四〜第六<省略>

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