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最高裁判所第一小法廷 平成16年(受)1219号 判決 2006年6月12日

上告人

X

同訴訟代理人弁護士

井関正裕

国府泰道

斎藤英樹

被上告人

株式会社みずほ銀行

同代表者代表取締役

杉山清次

同訴訟代理人弁護士

滝口広子 大石武宏 佐伯照道 天野勝介 森本宏

山本健司 渡辺徹 中森亘 小瀧あや 牧直樹

原吉宏 井垣太介 松岡直樹 鉦谷歌織 中武由紀

中西敏彰 川口久美子 橋森正樹 高松直樹 中島健仁ほか

被上告人

積水ハウス株式会社

同代表者代表取締役

和田勇

同訴訟代理人弁護士

水田通治

上野勝

足立毅

鈴木一郎

木村卓朗

主文

原判決中上告人の被上告人らに対する請求に関する部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人井関正裕,同国府泰道,同斎藤英樹の上告受理申立て理由第五について

1  原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)  上告人は,第1審判決別紙物件目録記載1及び3の各土地並びに同目録記載9の建物(以下「本件建物」という。)を所有し,他の共有者2名と共に,同目録記載2,4〜8の各土地を共有している(以下,同目録記載1〜8の各土地を併せて「本件各土地」という。)。

(2)  上告人は,平成元年ころ,取引のあった被上告人株式会社みずほ銀行(当時の商号は株式会社第一勧業銀行。以下「被上告銀行」という。)の担当者(以下「銀行担当者」という。)から,土地の有効利用についてノウハウを有する会社として,被上告人積水ハウス株式会社(以下「被上告人積水ハウス」という。)を紹介された。

(3)  被上告人積水ハウスの担当者(以下「積水ハウス担当者」といい,銀行担当者と併せて「本件各担当者」という。)は,平成2年1月ころ,上告人の自己資金2億8770万円に借入金9000万円を加えた資金で,本件各土地上にあった建物を取り壊し,自宅部分,賃貸部分及び店舗・事務所から成る本件建物を新たに建築し,本件建物の賃貸部分からの賃料収入を借入金の返済等に充てる計画(以下「本件計画」という。)を立案し,これに基づき,同月18日付けの経営企画書(以下「本件経営企画書」という。)を作成した。なお,積水ハウス担当者は,上記自己資金については,本件建物を建築した後,本件各土地のうち北側に位置する上記目録記載1〜4の各土地のうち約80坪分(以下,この部分の土地を「本件北側土地」という。)を売却して調達することを前提としていた。また,銀行担当者は,本件経営企画書を参照して,同月22日付けの「ハートの設備投資プラン」と題する書面(以下「本件投資プラン」という。)を作成した。本件投資プランには,上告人の自己資金2億8770万円及び銀行からの借入金9000万円の合計3億7770万円で本件建物を建築し,本件建物の賃貸部分からの賃料収入を借入金の返済等に充てた場合の具体的な資金計画等が記載されていた。そして,本件各担当者は,そのころ,上告人を訪問し,上告人に対して本件経営企画書及び本件投資プランを提示し,その内容を説明した。

本件各担当者は,その当時,本件計画における上告人の自己資金については,本件建物を建築した後,本件北側土地を約3億円で売却することによってねん出することができると考えており,本件各担当者の上告人に対する説明もこれを前提とするものであった。上告人は,上記説明により,上記自己資金のねん出が可能であると考え,これを前提として,被上告銀行から建築資金全額の融資を受け,本件建物を建築することとした。

(4)  上告人は,被上告人積水ハウスとの間で,本件計画に基づき,平成2年4月,建物設計契約を締結し,さらに,同年6月,請負代金を3億9500万円とする本件建物の建築請負契約を締結した。

被上告人積水ハウスは,平成3年10月,本件建物を完成させてこれを上告人に引き渡した。

(5)  被上告銀行は,上告人に対し,平成2年3月から平成3年9月までの間に,本件建物の建築資金等として合計4億6450万円を貸し付けた(以下,これらの貸付けを併せて「本件貸付け」という。)。その後,被上告銀行は,平成4年3月2日,上告人に対し,主として本件貸付けに係る債務の返済に充てるため,証書貸付け(貸付金額1億5000万円)及び手形貸付け(貸付金額3億4200万円)の方法により,合計4億9200万円を貸し付けた(以下,これらの貸付けを併せて「第2貸付け」という。)。なお,上記証書貸付けは,最終弁済期を平成7年2月5日,貸付利率を年6.032%,遅延損害金の利率を年14%とするものであり,また,上記手形貸付けに際し,上告人が被上告銀行に対して振り出した約束手形の支払期日は,平成4年9月2日であった。

(6)  本件各土地における建築基準法52条1項所定の容積率は,10分の20である。本件建物は,本件北側土地を含む本件各土地全体を敷地として建築確認がされたものであり,その敷地に係る容積率の制限の上限に近いものであったため,本件北側土地が売却されると,その余の敷地部分のみでは容積率の制限を超える違法な建築物となり,また,買主が本件北側土地を敷地として建物を建築する際には,異なる建築物について土地を二重に敷地として使用することとなるため,確認申請に際し,建築確認を直ちには受けられない可能性があった(以下,このような土地の使用を「敷地の二重使用」という。)。

(7)  積水ハウス担当者は,上記(6)の問題(以下「本件敷地問題」という。)とこれにより本件北側土地の売却価格は低下せざるを得ないことを認識していたが,上告人に対し,これを何ら説明することなく,売却後の本件北側土地に建物が建築される際,建築主事が敷地の二重使用に気付かなければ建物の建築に支障はないとの見込みに基づいて本件計画を提案したものであった。他方,上告人及び銀行担当者は,上記売却によって本件敷地問題が生ずることを知らなかった。

(8)  上告人は,本件建物を建築した後,予定どおり本件北側土地を売却することができないため,返済資金を確保することができずに,第2貸付けに係る債務の支払を遅滞した。被上告銀行は,第2貸付けに係る債権を担保するため,本件各土地及び本件建物について根抵当権を有していたところ,平成11年8月20日,同根抵当権に基づく不動産競売の開始決定がされた。

2  本件は,上告人が,①本件貸付けを受けて本件建物を建築したのは,本件北側土地を約3億円で売却することによって,本件貸付けのうち本件計画における自己資金部分に相当する返済資金を調達できることが前提であった,②しかし,本件建物の建築後に本件北側土地を売却すれば本件敷地問題が生ずるので,実際には本件北側土地を売却して上記自己資金部分に相当する返済資金を調達する方法を採ることはできず,本件貸付けの返済のめどは立たないものであった,③上告人は,被上告人らが本件敷地問題が生ずることを説明しなかったために本件貸付けを受けて本件建物を建築したが,本件貸付けの返済資金をねん出することができず,結局,第2貸付けのうち本件貸付けの借換えに係る部分の元本及び遅延損害金相当額等から,本件建物の現在の評価額等を控除した額である8億7139万0212円の損害を被ったなどと主張して,被上告人らに対し,不法行為又は債務不履行に基づき,上記主張の損害のうち3億3920万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

3  原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。積水ハウス担当者は,本件北側土地を売却した後,これを敷地として建物が建築される際,建築主事が敷地の二重使用に気付かなければ建物の建築に支障はないとの見込みに基づいて本件計画を作成し,実際にも,建築主事が敷地の二重使用に気付かずに建築確認をする可能性は十分にあったから,その当時,本件敷地問題があったとしても,3億円程度の資金をねん出することが困難な状況にあったとまでは推認することはできない。そうすると,本件貸付けは,当初から返済のめどが立たなかったものではないから,上告人の主張は,その前提を欠くものであって,本件敷地問題に関し,被上告人らに説明義務違反があったとはいえない。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)  前記事実関係によれば,上告人は,本件各担当者の説明により,本件貸付けの返済計画が実現可能であると考え,被上告人積水ハウスとの間で本件建物の設計契約及び建築請負契約を締結し,被上告銀行から本件貸付けを受け,本件建物が建築されたところ,本件北側土地の売却により,本件建物は,その余の敷地部分のみでは容積率の制限を超える違法な建築物となるのであるから,上告人としては,十分な広さの隣接土地を本件建物の敷地として確保しない限り,本件北側土地を売却してはならないこととなり,また,本件北側土地を売却する場合には,買主がこれを敷地として建物を建築する際,敷地の二重使用となって建築確認を直ちには受けられない可能性があったのであるから,信義則上敷地の二重使用の問題を買主に明らかにして売却する義務がある以上,本件建物がない場合に比べて売却価格が大きく低下せざるを得ないことは明らかである。したがって,本件建物を建築した後に本件北側土地を予定どおり売却することは,もともと困難であったというべきである。

本件計画には,上記のような問題があり,このことは,上告人が被上告人積水ハウスとの間で上記各契約を締結し,被上告銀行との間で本件貸付けに係る消費貸借契約を締結するに当たり,極めて重要な考慮要素となるものである。

したがって,積水ハウス担当者には,本件計画を提案するに際し,上告人に対して本件敷地問題とこれによる本件北側土地の価格低下を説明すべき信義則上の義務があったというべきである。しかるに,積水ハウス担当者は,本件敷地問題を認識していたにもかかわらず,売却後の本件北側土地に建物が建築される際,建築主事が敷地の二重使用に気付かなければ建物の建築に支障はないなどとして,本件敷地問題について建築基準法の趣旨に反する判断をし,上告人に対し,本件敷地問題について何ら説明することなく,本件計画を上告人に提案したというのであるから,積水ハウス担当者の行為は,上記説明義務に違反することが明らかであり,被上告人積水ハウスは,上告人に対し,上記説明義務違反によって上告人に生じた損害について賠償すべき責任を負うというべきである。これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は,理由がある。

(2)  一般に消費貸借契約を締結するに当たり,返済計画の具体的な実現可能性は借受人において検討すべき事柄であり,本件においても,銀行担当者には,返済計画の内容である本件北側土地の売却の可能性について調査した上で上告人に説明すべき義務が当然にあるわけではない。

しかし,前記事実関係によれば,銀行担当者は,上告人に対し,本件各土地の有効利用を図ることを提案して被上告人積水ハウスを紹介しただけではなく,本件北側土地の売却により被上告銀行に対する返済資金をねん出することを前提とする本件経営企画書を基に本件投資プランを作成し,これらに基づき,積水ハウス担当者と共にその内容を説明し,上告人は,上記説明により,本件貸付けの返済計画が実現可能であると考え,本件貸付けを受けて本件建物を建築したというのである。

そして,上告人は,銀行担当者が上記説明をした際,本件北側土地の売却について銀行も取引先に働き掛けてでも確実に実現させる旨述べるなど特段の事情があったと主張しているところ,これらの特段の事情が認められるのであれば,銀行担当者についても,本件敷地問題を含め本件北側土地の売却可能性を調査し,これを上告人に説明すべき信義則上の義務を肯認する余地があるというべきである。

しかるに,原審は,上記の点について何ら考慮することなく,直ちに上記説明義務を否定しているのであるから,原審の上記判断には,審理不尽の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由がある。

(3)  以上によれば,原判決中上告人の被上告人らに対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・甲斐中辰夫,裁判官・横尾和子,裁判官・泉德治,裁判官・島田仁郎)

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