最高裁判所第一小法廷 平成17年(オ)48号 判決 2006年1月19日
上告人
甲野春子
同訴訟代理人弁護士
西嶋吉光
山口直樹
被上告人
乙山株式会社
同代表者代表取締役
乙山太郎
主文
原判決のうち上告人に関する部分を破棄する。
上記部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
第1 事案の概要
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 第1審判決別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)のうちの東側部分(同目録3記載の土地,以下「東側土地部分」という。)には,住宅営団が昭和22年ころに新築した建物(以下「本件建物」という。)が存在したところ,昭和24年,本件建物につき床面積を8坪(後に26.44m2と書替え)とする表示の登記及び住宅営団を所有者とする所有権保存登記がされた。
(2) 住宅営団は,本件建物を丙川正夫に売却し,昭和24年,丙川はその旨の所有権移転登記を了した。丙川は,その後本件建物を約13.32m2分増築した上,昭和34年4月,これを上告人の夫の母である甲野薫に売却し,薫は本件建物につきその旨の所有権移転登記を了した。
(3) 薫は,昭和43年ころ本件建物を約16.18m2分増築するとともに,昭和44年ころ,本件建物に隣接して床面積約4.06m2の物置を新築したが,登記上の床面積の表示の変更及び附属建物の新築の登記はされなかった(以下,本件建物と上記物置とを併せて「本件建物等」という。)。
(4) 薫は,平成2年6月に死亡し,その孫であり上告人の子である甲野秋男及び甲野冬男(以下,両名を併せて「秋男ら」という。)が代襲相続によって本件建物等の所有権を取得した。秋男らは,平成15年ころ,本件建物を8.45m2分増築したが,登記上の床面積の表示の変更はされなかった。
(5) 被上告人は,平成15年10月28日,競売により本件土地の所有権を取得し,同月29日,その旨の所有権移転登記を了した。
(6) 本件建物の敷地の所在及び地番は,昭和39年の所在及び地番の変更並びに昭和61年の分筆を経て,「a市b町1丁目24番1」(本件土地)となっていたが,本件建物の登記においては,その後も建物の所在地番が「a市b町1丁目65番地」と誤って表示されており,本来の所在地番とは相違していた上に,床面積の表示も26.44m2のままであった(以下,この登記を「本件登記」という。)。そのため,上記競売手続における執行官の現況調査報告書には,本件建物等は未登記である旨記載されており,物件明細書には,東側土地部分に係る賃借権は対抗力を有しない旨が記載されていた。
(7) 本件建物については,平成16年5月,平成2年6月相続を原因とする秋男らに対する所有権移転登記がされた。また,平成16年6月,秋男らの申請により,本件登記につき,所在地番を「a市b町1丁目24番地1」,主たる建物の床面積を64.39m2とする表示変更及び表示更正登記がされるとともに,附属建物について床面積を4.06m2とする新築の登記がされた。
2 本件は,被上告人が,本件建物に居住して東側土地部分を占有する上告人に対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物等を収去して東側土地部分を明け渡すことを求める事案である。これに対し,上告人は,(1) 本件建物等の所有者は上告人ではなく,秋男らである,(2) 薫は,東側土地部分につき建物所有を目的とする賃借権を有しており,同人が本件登記のされている本件建物を所有することによって上記賃借権は対抗力を有していたところ,秋男らが相続によって本件建物及び上記賃借権を取得した,と主張してこれを争っている。
第2 上告代理人西嶋吉光,同山口直樹の上告理由について
上告人に対し本件建物等の収去を命じるためには,その所有者が上告人であることを要するところ,原審は,前記事実関係のとおり,秋男らが相続により本件建物等の所有権を取得した事実を認定しながら,他方で,上告人が東側土地部分に本件建物等を所有している旨の第1審判決の説示を引用の上,上告人に対し本件建物等の収去を求める被上告人の請求を認容すべきものとしている。そうすると,本件建物等の所有者に関する原判決の理由の記載は矛盾しており,原判決には,上告人に対し本件建物等の収去を命じる部分につき理由に食違いがあるというべきである。論旨は理由がある。
第3 上告代理人西嶋吉光,同山口直樹の上告受理申立て理由について
1 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断し,本件登記は東側土地部分の借地権の対抗要件としての効力を有しないとして,被上告人の上告人に対する請求を認容すべきものとした。
(1) 賃借権の設定された土地の上の建物についてされた登記が,錯誤又は遺漏により,建物の所在地番の表示において実際と相違していても,建物の種類,構造,床面積等の記載とあいまち,その登記の表示全体において,当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違である場合には,当該建物は,建物保護に関する法律1条にいう登記した建物に当たると解すべきである。
(2) 本件建物等の本来の所在地番は「a市b町1丁目24番地1」であるのに対し,本件登記上の所在地番は「a市b町1丁目65番地」であって,その間に大きな相違がある上に,本件登記上に表示された建物の床面積も昭和22年に新築された当時の26.44m2のままであり,本件建物等のうちの大部分は本件登記に反映されていない。また,執行官の現況調査報告書にも本件建物等は未登記である旨記載されており,このような場合にまで賃借人を保護するときには,その土地を買い受けようとする第三者を不当に害することになりかねない。したがって,上記の所在地番や床面積の相違は,建物の同一性を認識するのに支障がない程度に軽微であるとは認められず,本件建物等を建物保護に関する法律1条にいう登記した建物ということはできない。そして,被上告人が本件土地を取得した後に本件登記につき現況と合致するように更正登記等がされたとしても,かかる登記の効力は遡及しないと解すべきであるから,上記結論に影響しない。
2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 記録によれば,①薫が本件建物を取得した昭和34年当時の同建物の敷地の所在及び地番はa市c町1丁目65番であり,同人が本件建物につき所有権移転登記を了した時点では,本件建物の登記上の所在地番は「a市c町1丁目65番地」と正しく表示されていたこと,②本件建物の敷地の所在及び地番は,昭和39年にa市b町1丁目24番に変更になり,土地登記簿については職権でその旨の変更登記がされたこと,③上記敷地の所在及び地番の変更に伴い,昭和39年に職権で本件建物の登記の所在欄のうち地番以外の部分が「a市c町1丁目」から「a市b町1丁目」に変更されたが,地番は65番地のまま変更されなかったこと,④昭和61年にa市b町1丁目24番の土地から本件土地が分筆されたが,本件建物の登記における所在地番の表示は変更されなかったこと,⑤本件土地の競売による売却によって消滅した担保権のうち最も古いものの設定登記は昭和62年にされていること,以上の事実がうかがわれる。
以上によれば,本件建物の登記における所在地番の表示は,薫が本件建物を取得した昭和34年当時は正しく登記されていたが,その後登記官が職権で表示の変更の登記をするに際し地番の表示を誤ったため,競売の基礎となった担保権の設定時までに実際の地番と異なるものとなった可能性が高いというべきである。
(2) ところで,建物保護に関する法律1条は,借地権者が借地上に登記した建物を有するときに当該借地権の対抗力を認めていたが,借地借家法(平成3年法律第90号)10条1項に建物保護に関する法律1条と同内容の規定が設けられ,同法は借地借家法附則2条により廃止された。そして,同附則4条本文によれば,本件にも同法10条1項が適用されるところ,同項は,建物の所有を目的とする土地の借地権者が,その土地の上に登記した建物を有するときは,当該借地権の登記がなくともその借地権を第三者に対抗することができるものとすることによって,借地権者を保護しようとする規定である。この趣旨に照らせば,借地上の建物について,当初は所在地番が正しく登記されていたにもかかわらず,登記官が職権で表示の変更の登記をするに際し地番の表示を誤った結果,所在地番の表示が実際の地番と相違することとなった場合には,そのことゆえに借地人を不利益に取り扱うことは相当ではないというべきである。また,当初から誤った所在地番で登記がされた場合とは異なり,登記官が職権で所在地番を変更するに際し誤った表示をしたにすぎない場合には,上記変更の前後における建物の同一性は登記簿上明らかであって,上記の誤りは更正登記によって容易に是正し得るものと考えられる。そうすると,このような建物登記については,建物の構造,床面積等他の記載とあいまって建物の同一性を認めることが困難であるような事情がない限り,更正がされる前であっても借地借家法10条1項の対抗力を否定すべき理由はないと考えられる。
(3) これを本件についてみると,前記のとおり,①薫が本件建物を取得した当時の本件建物登記の所在地番は正しく表示されていたこと,②本件登記における所在地番の相違は,その後の職権による表示の変更の登記に際し登記官の過誤により生じた可能性が高いことがうかがわれるのであり,また,本件登記における建物の床面積の表示は,新築当時の26.44m2のままであって,実際と相違していたが,前記事実関係に照らせば,この相違は本件登記に表示された建物と本件建物等との間の同一性を否定するようなものではないというべきである。そして,現に,本件登記については,その表示を現況に合致させるための表示変更及び表示更正登記がされたというのである。
そうすると,薫が,本件土地の競売の基礎となった担保権の設定時である昭和62年までに東側土地部分につき借地権を取得していたとすれば,本件建物等は,借地借家法10条1項にいう「登記されている建物」に該当する余地が十分にあるというべきである。
(4) 以上の点に照らせば,本件登記における建物の所在地番の表示が実際と相違するに至った経緯等について十分に審理することなく,本件登記における建物の表示が実際と大きく異なるとして直ちに上告人の主張する借地権の対抗力を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は理由がある。
第4 結論
以上によれば,原判決のうち上告人に関する部分は破棄を免れない。そして,本件については,本件建物等の所有者,本件登記の所在地番の表示が実際と相違するに至った経緯,東側土地部分についての借地権の有無等について更に審理を尽くさせる必要があるから,上記部分を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官泉德治の補足意見がある。
裁判官泉德治の補足意見は,次のとおりである。
原判決は,「当裁判所の判断」として,「次のとおり補正するほかは,原判決の『事実及び理由』中,『当裁判所の判断』記載のとおりであるから,これを引用する。」と記載し,第1審判決書の理由のうち「上告人が東側土地部分上に本件建物等を所有して東側土地部分を占有している」との部分を引用箇所として残したまま,独自に「上告人らの子である秋男らが代襲相続によって本件建物等の所有権を取得した」との判断を付加し,相矛盾する事実の認定をすることになった。
原判決は,控訴審の判決書における事実及び理由の記載は第1審の判決書を引用してすることができるとの民訴規則184条の規定に基づき,第1審判決書の「当事者の主張」の記載を引用すると表示しつつ,これに追加の主張を1箇所付加し,また,第1審判決書の「当裁判所の判断」の記載を引用すると表示しつつ,そのうちの3箇所の部分を原審独自の判断と差し替えている。
民訴規則184条の規定に基づく第1審判決書の引用は,第1審判決書の記載そのままを引用することを要するものではなく,これに付加し又は訂正し,あるいは削除して引用することも妨げるものではない(最高裁昭和36年(オ)第1351号同37年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事59号89頁参照)。しかしながら,原判決の上記のような継ぎはぎ的引用には,往々にして,矛盾した認定,論理的構成の中の一部要件の欠落,時系列的流れの中の一部期間の空白などを招くおそれが伴う。原判決は,そのおそれが顕在化した1事例である。この点において,継ぎはぎ的な引用はできるだけ避けるのが賢明である。
また,第1審判決書の記載を大きなまとまりをもって引用する場合はともかく,継ぎはぎ的に引用する場合は,控訴審判決書だけを読んでもその趣旨を理解することができず,訴訟関係者に対し,控訴審判決書に第1審判決書の記載の引用部分を書き込んだ上で読むことを強いるものである。継ぎはぎ的引用の判決書は,国民にわかりやすい裁判の実現という観点からして,決して望ましいものではない。
さらに,民訴規則184条は,第1審判決書の引用を認めて,迅速な判決の言渡しができるようにするための規定であるが,当該事件が上告された場合には,上告審の訴訟関係者や裁判官等は,控訴審判決書に第1審判決書の記載の引用部分を書き込むという機械的作業のために少なからざる時間を奪われることになり,全体的に見れば,第1審判決書の引用は,決して裁判の迅速化に資するものではない。
判決書の作成にコンピュータの利用が導入された現在では,第1審判決書の引用部分をコンピュータで取り込んで,完結した形の控訴審の判決書を作成することが極めて容易になった。現に,「以下,原判決『事実及び理由』中の『事案の概要』及び『当裁判所の判断』の部分を引用した上で,当審において,内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載し,それ以外の字句の訂正,部分的削除については,特に指摘しない。」,あるいは「以下,控訴人を『原告』,被控訴人を『被告』という。なお,原判決と異なる部分(ただし,細かな表現についての訂正等を除く。)については,ゴシック体で表記する。」等の断り書きを付して,控訴審判決書の中に引用部分をとけ込ませ,自己完結的な控訴審判決書を作成している裁判体もある。このような自己完結型の控訴審判決書が,国民にわかりやすい裁判の実現,裁判の迅速化という観点において,継ぎはぎ的な引用判決よりもはるかに優れていることは,多言を要しないところである。本件の原審がこのような自己完結型の判決書を作成しておれば,前記のような誤りを容易に防ぐことができたものと考えられる。
(裁判長裁判官・泉德治,裁判官・横尾和子,裁判官・甲斐中辰夫,裁判官・島田仁郎,裁判官・才口千晴)
上告提起および上告受理申立理由書
第1 上告提起の理由
原判決は,以下のとおり,民事訴訟法312条2項6号(判決に理由を付せず,又は理由に食違いがあること)の上告理由が存することから,上告提起を行うものである。
1 本件訴訟は,建物収去土地明渡請求であり,請求原因事実は,①被上告人がa市b町1丁目24番1の土地(以下,「本件土地」という。)を所有していること,②本件土地上に建物が存在すること,③上告人が上記②の建物を所有していること,である。
2 第一審において,
(1) 上告人は,「上告人居住建物(以下,「本件建物」という。)は,未登記ではなく,65番の2の建物として表示・保存登記されているもので,上告人が居住しているが上告人の所有ではない。本件建物は,上告人の夫(甲野夏男)の母であった甲野薫が所有していたが,甲野夏男は昭和57年に死亡し,甲野薫は平成2年6月に死亡したことから,代襲相続により甲野夏男と上告人との間の子である甲野秋男および甲野冬男が所有権を取得した」旨主張した。
(2) しかしながら,第一審判決は,「本件建物2【「本件建物」のこと】は65番2の建物とは別の未登記建物であり,被告甲野春子の所有にかかるものと認めるのが相当である。」(第一審判決の6頁の第3の1の(4)のイの第二段落)と認定して,上告人に対する本件建物の収去及び本件土地の明渡を認容した。
3 上記2の(2)の認定に対し,上告人は,原審において,第一審と同じく,上記2の(1)の主張をしたところ,原判決は,「平成2年6月に,訴外薫は死亡し,その孫であり控訴人甲野春子の子である訴外甲野秋男及び甲野冬男(以下,「訴外秋男ら」という。)が同建物を代襲相続し,平成15年ころに,訴外秋男らが,同建物に8.45平方メートルを増築した。」(原判決の3頁の6行目から9行目)と認定したが,控訴棄却判決を下した。
4 原判決は,本件建物が上告人所有ではなく甲野秋男および甲野冬男の所有であると認定しながら,本件建物が上告人所有であることを前提とする第一審判決を維持しており,判決主文と判決内容が一致しないものであり,民事訴訟法312条2項6号の「判決に理由を付せず,又は理由に食違いがあること」に該当する。
第2 上告受理申立の理由
原判決は,最高裁判所判例(最高裁第三小法廷昭和39年10月13日判決,以下,「最高裁昭和39年10月13日判決」という。)と相反する判決をしており,法令の解釈(建物保護ニ関スル法律【以下,「建物保護法」という。】第1条)に関する重要な事項が含まれているので,上告受理を求めるものである。
1 原審の判断
申立人において原審の判断(原判決の第3の1)をまとめると,以下のとおりである。
(1) 建物保護法1条は,建物の所有を目的とする土地の借地権者がその土地の上に登記した建物を有するときは,当該借地権の登記がなくても,その借地権を第三者に対抗することができるとすることによって,借地権者を保護しようとするものである。
(2) 上記(1)の立法趣旨に照らせば,賃借権の設定された土地の上の建物についてなされた登記が,錯誤または遺漏により,建物所有地番の表示において実際と相違していても,建物の種類,構造,床面積等の記載とあいまち,その登記の表示全体において,当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違である場合には,その土地を買い受けようとする第三者は,現地を検分して賃借権の有無を知ることができるのであるから,建物保護法1条1項にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたると解すべきである。
(3) 被控訴人が本件土地を競落した当時,65番2の建物登記の所在地番は「a市b町一丁目65番地」であって,本来の所在地番である「a市b町一丁目24番1」と大きく異なっている上に,上記登記上に表示された建物も,昭和22年に新築された当時の26.44平方メートルの部分しか示しておらず,本件建物2のうちの大部分は上記登記に反映されていない。
このような地番や床面積の相違は,建物の同一性を認識するのに支障がない程度に軽微であるとは認められず,65番2の建物の登記をもって,控訴人甲野春子が建物保護法1条にいう登記した建物を有しているとはいえない。
(4) a地方裁判所執行官の現況調査報告書(甲3の1)および再現況調査報告書(甲3の2)にも本件建物2は未登記である旨記載されており,このような場合にまで賃借人を保護するときには,その土地を買い受けようとする第三者を不当に害することになりかねない。
(5) 上記の事情のもとでは,後に現在の本件建物2を表示するものとして更正登記ができたとしても,かかる登記の効力は遡及しないと解するべきである。
2 原審の判断に対する反論(原審の誤り)
(1) 原審の上記1の(2)の判断基準は,最高裁大法廷昭和40年3月17日判決(乙第19証,以下,「最高裁昭和40年3月17日判決」という。)の判決要旨(地上権ないし賃借権の設定された土地の上の建物についてなされた登記が,錯誤または遺漏により,建物所在地番の表示において実際と多少相違していても,建物の種類,構造,床面積等の記載とあいまち,その登記の表示全体において,当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違であるような場合には,「建物保護ニ関スル法律」第1条第1項にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたるものと解すべきである。)を念頭においているものと思われる。しかしながら,最高裁昭和40年3月17日判決は,以下のとおり,本件と全く異なる事実関係における判例であり,原審は,その前提事実を完全に誤っている。
ア 最高裁昭和40年3月17日判決の事案は,上告人が東京都d区e町8丁目79番の土地を賃借りし,同地上に建物を建築して居住していたが,その建物の所在として同所80番と登記されていたもので,建物所在の地番の表示に登記の当初から錯誤,遺漏があった場合の事案である。
すなわち,最高裁昭和40年3月17日判決の事案は,建物の「所在」の記載が土地の「地番」の記載に対して誤って記載されていたものであり,このような登記された土地・建物の表題部の記載事項に,登記の当初から錯誤または遺漏があったため,登記の実体との間に,原始的な不符号がある場合に,登記の表示を実体に符号する正しい表示にするための登記は,「不動産の表示の更正の登記」である。
イ 上記アに対し,本件に関する土地の地番表示および建物の所在表示は,以下のとおりであり,本件建物の所在は,もともと本件土地の地番と完全に一致していたのであり,建物登記の当初から所在の表示に錯誤,遺漏があった事案ではない。
すなわち,このような,不動産の同一性を識別する機能をもつ記載事項(土地の所在・地番,建物の所在・家屋番号・建物の番号等)に後発的に変更を生じた場合に,登記事項をその変更に一致させるための登記は,「不動産の表示の変更の登記」の事案であり,本件建物においては,所在の表示について,平成16年6月11日に「更正登記」ではなく,「変更登記」がなされている(乙11号証)。
(ア) 本件土地の元々の所在は,a市c町1丁目65番であり(乙2),その地上建物である本件建物の所在もa市c町65番地と表示され(乙15の1),両者の所在は一致していた。
(イ) ところが,a市都市計画事業復興土地区画整理事業に係る換地処分の告示により町名地番が昭和39年6月11日から変更された(乙20)ことに伴い,本件土地は区画整理事業の対象土地ではなかったが,その周辺土地として町名地番が変更になったものである(乙21)。なお,本件土地登記簿謄本(乙2)によれば,表題部の所在が昭和39年6月15日登記,表題部の地番が昭和39年7月8日に各変更されているが,この日時の違いは所在欄と地番欄への記載日の違いに基づくものと考えられる。本件土地は昭和61年12月8日分筆によりa市b町1丁目24番1になった。
(ウ) 本件建物はa市c町1丁目65番地に所在するものとして昭和24年8月24日表示登記され,保存登記も住宅営団所有として同日になされている(乙15の1)。その後,所有者が丙川正夫,甲野薫と移転登記されている。
その後,前記a市都市計画事業復興土地区画整理事業にかかる換地処分の告示による町名地番の変更により,職権にて,建物登記簿の表題部の所在が「a市c町1丁目65番地」から「a市b町1丁目24番地」に変更される手続きがなされた。ところが,その手続きの過程で何らかの原因により,登記簿上の記載が「a市b町1丁目65番地」と誤記されたものである。
(エ) 本件土地及び建物は土地区画整理事業の対象外であったが,その周辺土地については換地処分による町名地番の変更に伴い,それに合わせた町名地番を変更することができるとなっており,本件土地も町名地番の変更対象となったのである。ただ,区画整理事業の対象外の者については個々に,換地処分の内容や住居地番の変更は所有者及び借地人に通知されていない。従って,本件建物所有者である甲野薫は地番変更を知らされていなかったものである。
(オ) 上の検討から明らかなように,建物登記簿の表題部の所在が「a市b町1丁目24番地」と正しく表示登記されていなかったのはいわば,行政側(a市ないしa地方法務局)の何らかの原因によるものである。
(カ) しかも,土地登記簿謄本(甲1)には,本件土地の地番がa市b町1丁目で,その地番が65番,24番,24番1と変遷していることが明記されており,その閉鎖登記簿謄本(乙2)にはa市b町1丁目24番地の旧町名地番がa市c町1丁目65番であったことが容易に判明するものである。従って,本件土地を新たに取得しようとする者は,現地にて建物が存在する限り,土地登記簿謄本に基づき,建物登記の有無確認のため,「a市b町1丁目24番」,「a市b町1丁目65番」及び「a市c町一丁目65番地」を閲覧すれば,容易に確認できるものである。このように,誰でもが閲覧できる登記簿により所在表示の変遷をたどっていけば,「a市b町一丁目24番1」が「a市b町1丁目65番地」と元同一地番であったと認識できるのであるから,このような場合には地番の相違は建物保護ニ関スル法律1条の解釈における建物同一性判断の対象にしてはならないものである。
(キ) また,原審は,上記の第2,1の(4)で,a地方裁判所執行官が本件建物2は未登記である旨記載しており,それを信頼した競落人である第三者の利益保護の必要性を判示する。この判示は,執行官或いは競落人の調査不十分の責任を借地人に転稼するものであり,到底容認できないものである。
本件事案においては,同執行官が本件土地所在の変遷をたどり,その変遷に併せた建物保存登記の有無を調査すれば容易に,登記された建物の存在に行き着くのである。しかも,申立人は同執行官に対して,甲野夏男が借地をし,建物は登記していると明確に返答している(甲3の1)のである。
このような説明を申立人がしておきながら,執行官が土地登記簿に記載されている旧所在のa市b町一丁目65番の建物の確認をせずに,未登記建物であり,かつ所有者が申立人であると判断したことは重大な過誤である。
このような重大な過誤のある執行官の報告内容を建物同一性の判断の要素にすることはできないものである。
(ク) そもそも物件明細書や現況調査報告書の記載は,執行裁判所および執行官の一応の考え方を示したものに過ぎず,当事者間の権利関係を実体的に確定させる効力はなく,それは民法その他の法律の規定によって決まることとなるものであるから,本件における物件明細書(甲第2号証),現況調査報告書(甲第3号証の1および2)に本件建物は未登記で,賃借権は対抗要件を具備していない旨の記載がなされており,相手方がその記載を信用したとしても保護されるものではない。
3 判例(最高裁昭和39年10月13日判決)
上記2のとおり,原審は,最高裁昭和40年3月17日判決を誤って理解した上で判断しているものである。
本件は,最高裁昭和40年3月17日判決の射程範囲ではなく,申立人の平成16年3月9日付準備書面の第1の2,および平成16年6月21日付準備書面の第1の2記載のとおり,大審院昭和13年10月1日判決(民集17巻1937号),および,最高裁昭和39年10月13日判決(最民18巻8号1559頁,最高裁判例解説昭和39年度357頁)の射程範囲の事案である。
(1) 最高裁昭和39年10月13日判決の事実の概要
ア 本件宅地はもと訴外Aの所有であったが,Xは大正9年ころ,建物所有の目的でAから上記宅地を賃借りした。
イ Xは,当初,同宅地上に甲,乙2棟の家屋を建築所有し,これについて保存登記を経由していたが,昭和3年ころ,甲家屋を増改築し,乙家屋を取り壊し,甲家屋に接続して本件車庫を新築し,同年12月14日上記各建物について変更登記および合棟登記を経由し,その結果,上記各建物は建坪および2階ともに48坪5合8勺余の2階建1棟として登記されるにいたった。
ウ 戦災によって上記建物のうち木造部分は全部焼失し,本件倉庫(建坪26坪2合余)だけが焼け残った。
エ Xは,同25年ころ,Y1会社に対し,本件車庫を賃貸したが,Y1会社は,同26年9月1日,Xに無断で上記車庫をY2に転貸したので,Xは同年11月22日到達の書面でY1会社に対し上記車庫賃貸借契約解除の意思表示をした。
オ Aは,戦後,財産税の支払いに代えて本件宅地を物納し,Y2は国から上記宅地の払下を,ZはY2からその譲渡を受け,同33年10月21日これについて所有権移転登記を完了した。
カ Xは,同35年10月,本件宅地上の建物についての登記を現状と一致させるため,更正登記手続をし,本件車庫について保存登記が完了した。
キ Xは,建物賃貸借契約の終了および不法占拠を理由としてY1会社およびY2に対し本件車庫の明渡等を求め,Y2およびその権利承継人Zは,本件宅地の所有権に基づいて,Xに対し上記車庫の収去,その敷地である同宅地の明渡を求めた。
ク 原審は,上記エの意思表示により,X,Y1間の本件車庫賃貸借契約は終了したから,Y1会社,Y2は本件車庫を明け渡す義務があるとしたうえ,Zが本件宅地を譲り受けた当時,本件宅地上の建物として登記簿上表示されているものと同宅地上の建物(本件車庫)とは構造,坪数の点で著しく異なるけれども,同車庫は登記簿上表示された建物の一部であり,このことは本件車庫の状況と建物および土地登記簿とを照合すれば推知できなくはないから,建物保護法1条適用の関係では,Xは,本件宅地上に登記した建物を有したというべきで,同宅地についての賃借権をもってZに対抗できるとして,Zの請求を排斥した。
ケ Zは,本件宅地買受当時,登記簿上表示された建物は同宅地上に存在せず,本件車庫と上記建物とは全く別個のものであるから,Xは本件宅地上に登記した建物を有したとはいえず,この点で原判決は建物保護法の解釈を誤ったものであると主張して上告した。
(2) 最高裁昭和39年10月13日判決
問題点は,借地人が借地上の建物についていったん登記したのち,改築,滅失等によりその構造坪数等に大きな変化を生じた場合,更正登記を完了する以前でも,借地人は当該賃借権をもって第三者に対抗できるかどうかであるが,最高裁昭和39年10月13日判決は,「借地上に現存する甲建物が登記簿上借地人の所有として表示された乙建物と構造坪数の点で著しく異なる場合でも,甲建物が乙建物の一部である等両建物間の関係について原審が確定したような事情があるときは,甲建物は『建物保護ニ関スル法律』第1条にいう『登記シタル建物』にあたると解すべきである。」旨判示し,上告を棄却した。
4 まとめ(結論)
(1) 本件の事実関係は,別紙「事実関係のまとめ」記載のとおりで(なお,事実関係については,原審においても同趣旨の事実関係が認められている【原判決の2頁の第3の1から3頁】),本件は,最高裁昭和39年10月13日判決の射程範囲の事案であり,本件建物は,建物保護法第1条の「登記シタル建物」に該当することから,相手方の請求は棄却されるべきである。
(2) 以上のように,原審の判断は,判決に影響を及ぼすことが明らかな最高裁判所判例(最高裁昭和39年10月13日判決)および法令(建物保護法第1条)の解釈の違背がある。