最高裁判所第一小法廷 平成18年(あ)2030号 決定 2008年5月19日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人雨宮英明,同安藤信彦の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ,被告人に対する特別背任罪の共同正犯の成否について,職権により判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
(1) 本件融資
株式会社B銀行(以下「B銀行」という。)は,平成12年9月22日,株式会社C(以下「C」という。)に対し,57億円を貸し付けた(以下「本件融資」という。)。本件融資の担保としては,千葉県木更津市内のCが所有するゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)に係る極度額32億円の第1順位の根抵当権,極度額36億4000万円の第3順位の根抵当権,被告人らによる連帯保証があった。
(2) 関係者の概況
ア 本件当時,Dが代表取締役頭取を務めていたB銀行の財務状態は芳しくなく,平成12年3月期には100億円以上の損失を出していた。また,大蔵省等による検査,日本銀行の考査で,財務状況の悪化や審査管理の不十分さが度々指摘され,平成12年3月17日,金融監督庁は業務改善命令を発出した。
イ E株式会社(以下「E」という。)は,被告人が設立した会社であり,本件当時,被告人が代表取締役会長であった。被告人は,会社を次々と設立,買収するなどし,その結果,Eを中心とする十数社から成るAグループと呼ばれる企業集団が形成されていた。Cは,平成12年4月,本件ゴルフ場の譲渡先となる会社として被告人が設立した会社であり,本件当時,被告人が実質的な経営者であった。
(3) B銀行とEとの関係等
B銀行はAグループの企業に多額の融資をしていたが,同グループの融資先企業は,Eを含め経営不振に陥り,元本はおろか利息の支払も満足にできず,慢性的な資金難状態で実質的に破たんしていた。B銀行は,このような状況の下,返済期限の延長や利息の追い貸し,利払資金のう回融資等に及び,不良債権であることの表面化を先送りしてきた。その一方,Aグループの企業を他の不良債権の付け替え先として利用していた。このようにして,Aグループの企業に対する貸出金残高は,平成12年3月時点で200億円近くに上っていた。
(4) 本件ゴルフ場等
Eは,F銀行やB銀行等から百数十億円の融資を受けて,本件ゴルフ場の開発を行ったが,会員権の販売が低迷したため,造成工事を受注したG社に工事代金を一部しか支払えないまま,平成9年9月,本件ゴルフ場を開場した。
しかし,会員権の販売状況は,計画を大幅に下回り,正会員権の価格を当初の約3分の1にまで引き下げるなどしたものの,販売は伸びず,平成11年8月から平成12年5月までの10か月間の実績は,約8293万円,年間換算で約9952万円にとどまった。一方,平成12年9月時点で,会員数は約850名であり,償還を要する預託金額は約41億円に達し,その償還開始時期も平成14年3月に迫っていた。
また,Eのゴルフ場部門の経営状態も,赤字続きで,平成12年3月期には数千万円の損失を出していたが,Eの資産としては,本件ゴルフ場以外にはB銀行の債権の回収に充てられる見込みのものはなかった。
(5) 本件融資に至る経緯等
ア 前記(4)のとおり本件ゴルフ場の開発に関してEに融資していたF銀行とB銀行以外の金融機関は,平成11年3月ころ,Eに対する約100億円の債権を不良債権として処理すべく,これを極めて低額で外資系の会社に譲渡したことから,被告人は,株式会社H(以下「H」という。)を経営するIに依頼し,同社を介してAグループの企業に,B銀行からの融資金で,同債権を低額で買い取らせた。
被告人は,G社にも同種の方法により債権譲渡を働きかけようと考え,自己の支配する企業が,B銀行から融資を受けてEから本件ゴルフ場を買い取った上,G社に相当額を支払ってEに対する債権を譲り受ける形を取るなどして,Eの債務圧縮を実現する案(以下「再生スキーム」という。)をD及びB銀行の担当者(以下「Dら」という。)に提案するとともに,IにG社との交渉を依頼した。この再生スキームは,B銀行が,平成12年9月末を基準として行うこととされていた次回の金融庁検査に対応する上でも,利点のあるものであった。
イ 被告人は,Iから,本件ゴルフ場の評価額を60億円から70億円とする不動産鑑定評価書を入手することができれば,G社に対する交渉材料として利用できる旨言われ,評価額が上記金額となる不動産鑑定評価書を作成させることとし,その旨不動産鑑定士に依頼した。不動産鑑定士は,求めに応じて本件ゴルフ場の価格を67億5273万円とする不動産鑑定評価書を作成し,Eに提出した。同鑑定評価書は,Iに提供され,さらに,本件融資の決定に当たってはB銀行にも提供された。しかし,本件当時の本件ゴルフ場の客観的な担保価値は,十数億円程度にすぎないものであった。
ウ 被告人とDらとの間での話合いの結果,本件ゴルフ場の売買代金の支払名目でなされる本件融資金のうち,約25億円をAグループの企業のB銀行に対する債務の返済に,約17億円をEのG社に対する債務の返済に,約5億円をHへの手数料等の支払に,約4億5000万円をAグループがB銀行の増資を引き受けた見返りに行われた融資の返済に,約2億円をCの運転資金及びホテルJに対するB銀行からのう回融資の返済等に,約3億円をその他諸経費の支払にそれぞれ充てることとし,本件融資金額を57億円とすることが決まった。その結果,平成12年9月5日,EとCとの間で,Cが約41億円の預託金返還債務を引き継いだ上,本件ゴルフ場を譲り受けるとの売買契約が締結された。また,同月11日,E,G社及びHの間で,①Eは,G社に対する合計約156億円の債務のうち,17億円を支払う,②G社は,Hに,Eに対する上記債権の残額を300万円で譲渡する,③G社は,本件ゴルフ場における自社の担保権の抹消に同意するなどの合意が成立した。
エ 本件融資については前記(1)のとおり被告人らによる連帯保証があったものの,これらの連帯保証人に本件融資金を返済する能力はなく,また,C,更にはEにも,本件ゴルフ場以外には本件融資金の返済に充てられるべき資産はなかったところ,本件当時の本件ゴルフ場の客観的な担保価値は前記イのとおりであって,本件融資は担保価値の乏しい不動産を担保に徴求するなどしただけのものであった。本件当時のEの経営状態は前記(3)のとおり実質的に破たん状態であったところ,本件ゴルフ場の会員権の販売状況,経営状態も,前記(4)のとおり劣悪な状況にあり,会員権の販売や営業収入の増加により本件融資金の返済が可能であったとは到底いえない。本件融資は,借り主であるC,更にはEが貸付金の返済能力を有さず,その回収が著しく困難であったものである。
そうすると,B銀行における資金の貸付け並びに債権の保全及び回収等の業務を担当していたDらは,同銀行の資産内容を悪化させることのないよう,貸付けに当たっては,回収の見込みを十分に吟味し,回収が危ぶまれる貸付けを厳に差し控え,かつ,十分な担保を徴求するなどして債権の保全及び回収を確実にするとの任務を有していたところ,本件融資の実行は,同任務に違背するものであった。
(6) 関係者の認識等
ア DらB銀行の担当者の認識
Dらは,本件融資について,借り主であるC,更にはEが貸付金の返済能力を有さず,その回収が著しく困難であり,前記の67億余円という不動産鑑定評価額が大幅な水増しで,本件ゴルフ場の担保価値が乏しく,本件融資の焦げ付きが必至のものであると認識していた。しかし,本件融資を実行しない場合,Eは早晩経営が破たんし,そうなれば,E等とB銀行との間の長年にわたる不正常な取引関係が明るみに出て,Dらは経営責任を追及されるであろうし,前記のEのG社に対する債務の処理ができなければ,金融庁からの更に厳しい是正措置の発出も必至の状況にあったから,Dらは経営責任を追及される状況にあったものというべく,本件融資はDらの自己保身のためであるとともに,Eの利益を図る目的も有していた。
イ 被告人の認識
被告人は,本件融資について,その返済が著しく困難であり,本件ゴルフ場の担保価値が乏しく,本件融資の焦げ付きが必至のものであることを認識しており,本件融資の実行がDらの任務に違背するものであること,その実行がB銀行に財産上の損害を加えるものであることを十分に認識していた。
そして,被告人の経営するE等はB銀行との間で長年にわたって不正常な取引関係を続けてきたものであるところ,本件融資の実行はEの経営破たんを当面回避させるものであり,それはDらが経営責任を追及される事態の発生を回避させるというDらの自己保身につながる状況にあったもので,被告人はDらが自己の利益を図る目的も有していたことを認識していた。
2 以上の事実関係のとおり,被告人は,特別背任罪の行為主体の身分を有していないが,上記認識の下,単に本件融資の申込みをしたにとどまらず,本件融資の前提となる再生スキームをDらに提案し,G社との債権譲渡の交渉を進めさせ,不動産鑑定士にいわば指し値で本件ゴルフ場の担保価値を大幅に水増しする不動産鑑定評価書を作らせ,本件ゴルフ場の譲渡先となるCを新たに設立した上,Dらと融資の条件について協議するなど,本件融資の実現に積極的に加担したものである。このような事実からすれば,被告人はDらの特別背任行為について共同加功したものと評価することができるのであって,被告人に特別背任罪の共同正犯の成立を認めた原判断は相当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 涌井紀夫)
弁護人雨宮英明、同安藤信彦の上告趣意
第1節 はじめに
1 本件事件は、平成13年12月28日に破綻した株式会社石川銀行(以下「石川銀行」という。)が平成12年9月22日に株式会社カントリークラブザ・ファースト(以下「CCF」という。)に融資実行した金57億円の貸付(以下「本件融資」という。)が不正融資であるとして、同融資に関与した同銀行代表取締役頭取高木茂(以下「高木」という。)、同専務川口睦(以下「川口」という。)、及び同取締役東京支店長藤田道彦(以下「藤田」という。)らの取締役が特別背任罪に問われ、更に、借り手側である本件被告人もその共犯であるとして、起訴された事案である。
しかしながら、特別背任の非身分者である被告人には、後述するとおり、特別背任の共犯は成立せず、被告人は無罪であることは明白であり、これを有罪と認定した一審判決及び控訴審判決には特別背任罪の共犯の成立要件に関する最高裁判例違反及び判決に重大な影響を及ぼす重大な事実誤認が存する。
2 本件融資は、後述するとおり、合理的な再生スキームに従った正当な融資であり、返済可能性は十分あったのである。
また、担保とした本件ゴルフ場は、CCFの会社更生手続きの中で、平成17年に約31億円で現実に売却されており、本件融資が実行された平成12年からの地価等の下落率を勘案すれば、本件当時には約60億円の価値があったことは明かであって本件57億円の融資の担保として十分であったのであり、担保徴求の点でも全く正当な融資である。
原審は、平成17年に本件ゴルフ場が約31億円で現実に売却されたという重要な事実があるのにこれを無視し、本件ゴルフ場売却額に関する弁護人の照会請求申立を却下し、理由にならない理由をつけてその担保価値について第一審と同様の甚だしい事実誤認を犯している。
これは、原審が会社更生手続きにおいて、本件ゴルフ場に約31億円を出すスポンサーがついたということの意味を故意に無視したか、或いは、この種の経済行為を理解する能力を全く欠いているとしか言いようがない。
経済の世界で、15億円の価値しかないゴルフ場に31億円もの大金を出す経済人などいるはずはなく、31億円を出すスポンサーがいたということは、本件ゴルフ場が31億円を上まわる価値があること以外の何ものでもない。
3 いわゆるバブル経済が破綻後の長期かつ急激な景気低迷により、金融機関の経営が悪化し、政府は、日本経済の根幹である各金融機関に対しては、その倒産保護、倒産回避、国際競争力の維持のために、緊急支援を行うなどの国家予算を伴った支援を行ってきた。しかし、この金融機関への保護政策は、一方で、通常の民間企業の経営者、すなわち一般国民にすると、金融機関のみに対する特別な保護、支援であり、その為に多額の税金を投入するという不平等感があったことも事実であり、このような国民感情を背景として、倒産という事態に陥った金融機関に対しては、その旧経営者に対しては、国民の感情を納得させるためにも、旧経営陣の刑事処分を是が非でも追求するべきであるとの機運が伴っており、検察官も国民感情に応えるという使命を過剰に意識し、金融機関倒産の際には、是が非でも旧経営陣及びその取引の相手方を刑事処罰しなければならないという過剰な気負いが存在し、いわゆる国策捜査と言われる強引な捜査・起訴が行われているのは否めない事実である。
しかし、刑事裁判は、憲法第31条の要請のもと、このような機運に左右されることなく、事実を適正に認定し、厳格な法解釈により、法律を適用するべきであり、時の国民感情や、一時的機運によって、左右されてはならない。
本件事件の金融機関である石川銀行においては、原審判決でも指摘されているような一部企業体との癒着があったかもしれない。しかし、その企業体との癒着と思われる融資が、仮に背任罪を構成するとしても、時効により起訴できない、または、その当事者が既に死亡しているという事情から、他の犠牲者を無理矢理に発掘し、事情を知らない国民の表向きの感情に迎合するようなことがあってはならないし、そのようなことは司法の崩壊、司法の自殺としか言わざるを得ない。
しかるに、本件事件においては、原審裁判所も、そのような風潮に押され、厳格であるべき刑法の解釈や事実認定を、風潮に迎合するように判断してしまっていることが最大の問題である。
原審判決は、本件で問題とされている融資に対して、過去の最高裁の判例による基準の無視や、事実の誤認(意図的認定)を行い、裁判所まで、上記のような機運に押され、事実を適正に判断し、法令を適法に解釈するという本来の任務を忘れているものであることを最初に付言したい。
第2節 原判決には、以下に述べるとおり最高裁判所の判例と相反する判断がある。仮に、貸し手側の石川銀行に特別背任罪が成立するとしても、非身分者である借り手側の被告人には、共同正犯が成立しない。
1 共同正犯成立の要件
(一) バブル経済の破綻に始まる不況により、事業経営が苦しい状況にあったことは否めず、どの経営者でも、そのような折、自己の企業を延命させるべく、法が許す範囲内のあらゆる手段を講じることは当然であり、また、そのために、企業体の一部を分離独立し、採算の合う事業のみを延命させることも通常行われていることである。
経営危機に瀕した企業が、任意整理または、民事再生手続、会社更生手続の申立を行い、従来債権を切り捨て、新たなスポンサーを募って、延命を計るような手法が取られていることは周知の事実であるし、実際にそのような手法で延命に成功した企業もあり、また反対に延命に不成功に終わる企業も存在したのである。
(二) そして、貸し手である金融機関と、借り手である企業とは、利害が全く相反する立場にあるから、その借り手側を貸し手側の身分なき共犯とするためには、要件を厳密に判断する必要がある。
さもなければ、借入後に返済できない事態に陥った時には、国家の恣意により、返済できなかった者が全て犯罪者となってしまうであろう。
そのようなことが刑法の一般法理に反することは論を待たない。
(三) 本件被告人は、石川銀行の取締役ではなく、特別背任罪の身分を有するものではない。また本件融資の契約当事者側の人間であり、銀行とは利害が相反する立場にある人間である。
本件では、石川銀行が行ったCCFに対する融資自体が特段の任務違背に該当しないものとの判断を弁護人は有するものであるが、仮に銀行の役員の融資が任務違背に該当するとしても、借り手側である被告人には一層高度な要件を必要とするものであり、その解釈が恣意に流れてはならないものであることに注意を喚起したい。
(四) 以上のことから、融資の借り主について共同正犯が成立するためには、借り主が社会通念上許容されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けて背任行為を強いるなどした場合であること、あるいは少なくとも借り主の関与の程度につきそれが通常の融資等の取引のあり方から明らかに逸脱しているといえることが必要である。
2 過去の裁判例の検討
(一) 上記の考え方は、過去の判例においても繰り返し確認されており、これを集積・検討した判例時報1770号6頁の下記記載は、極めて参考となるものと考える。
記
特別背任罪の共犯の成立が認められた裁判例を概観すると、その特徴として、
(1) 借り手側が貸し手側の内規や任務内容を熱知していた。
(大判昭8・9・29刑集12・1683、東京高判昭30・10・11高刑8・7・934)、
(2) 借り手側がいわゆるリベートの提供を行い、威迫によって貸し手側を取り込み、その弱みなどにつけ込んで不正融資を構極的に持ちかけるなどして、貸し手側を実質的支配下に置いていた。
(最三決平9・10・28判時1617・145、東京高判平5・11・29判タ851・122、東京地判昭62・6・29判時1263・56<三越事件>、福岡高判平4・5・13刑集50・2・202<最一決平8・2・6刑集50・2・129、判時1562・133の原審>、東京地判平5・12・9判タ854・291<佐川急便平和堂事件>、大阪地判平6・1・28判タ841・283<イトマン・マスコミ対策関連融資事件>。なお、最一判昭57・4・22判時1042・147<富士銀行背任事件>参照)、
(3) 借り手側が貸し手側に対して犯行計画や手口などを具体的に指示した。
(前掲東京高判昭30・10・11、大判昭4・4・30刑集8・207)、
(4) 借り手側が貸し手側と共に融資の隠蔽工作をしていた。
(東京地判昭40・4・10判時411・35<第一相互銀行事件。控訴審判決は東京高判昭42・1・30東京高検速報1581>。なお、前掲最一判昭57・4・22参照)、
(5) 借り手側が貸し手側の損害発生を熱知しながら任務違背行為を要請した。
(東京地判平5・6・17判タ823・265<佐川急使事件暴力団関係事件>)
などの事情を認定していることを指摘することができる。
したがって、これらの裁判例は、(特別)背任罪における身分なき者との共謀の成立については、非身分者において背任罪の故意及び図利加害目的を有するのみならず、背任行為の任務違背性を明確に認識して意思の連絡を遂げたか、あるいは背任行為に対する様々な態様による積極的加功を必要としている。
(二) 以下、過去の裁判例につき、個別に検討する。
(1) 千葉銀行事件<東京高裁昭和38年11月11日判決・公刊物末登載>
下記のように、身分無き共犯の成立には厳格な要件が必要である旨判断している。
記
(ア) 貸付をなす身分を有しない借受人の立場は、銀行の立場とは全く別個の利害関係を有する立場であるから、借受人が貸付人と特別背任罪を共謀する認識を有していたか否かの点については、その判断は極めて慎重を要するもので、(中略)銀行の立場又は第三者の立場を離れ、銀行頭取の有する任務違背の認識とは独立して、借受人の立場を中心として判断しなければならない。任務すなわち身分を有しない者をして、任務を有する者の任務違背の所為につき、共同正犯としての責を負わしめんがためには、その際任務を有する者が抱いた認識と略同程度の任務違背の認識を有することを必要とすると解しなければならない。
(イ) 被告人が客観的担保不足の状態にあったことを的確に認識していたとは認め難く、銀行側に損害を生じさせるとの認識や貸し手側の任務違背の認識は認め難い。
(2) イトマン・マスコミ対策関連融資特別背任事件<大阪地裁平成6年1月28日判決・判例タイムズ841号>
下記のように、共同正犯の成立には、融資に対する借り手側の「積極的な働き掛け、すなわち、積極的加功により実現した」場合である必要がある旨判断した。
記
被告人が経営する雑誌社の発行する月刊誌「創」にA商法を批判する記事が掲載されたところ、イトマンのa取締役が被告人との接触を求めてきた。そこで、被告人は、aに対し、事業資金の融資とAとの面談を強く要求し、その結果、Aと面談したが、その際、Aが、「良い案件があったら、協力させてもらいます。」と話したことから、その後、aに対し執拗に融資及びAとの再度の面談を要求したため、aから報告を受けたAは、Bに対し、被告人からの融資要求をうまく解決するように指示した。他方、被告人は、Bのイトマン入社を知って、Bとの接触を図り、Bに対して、事業資金名目の融資を繰り返し強く求めるとともに、折からマスコミによる過剰な不動産投融資の批判にさらされていたA及びBにマスコミ対策や住友銀行対策に関して協力する姿勢を示したことから、A及びBは、被告人による裏情報誌を使った攻撃を防止するとともに、被告人をマスコミ対策等にも利用しようとして、本件融資に踏み切った。
以上のように、被告人は、イトマンに対して、合理的な理由もないのに執拗に融資を迫り続けていたところ、A及びBがマスコミによる批判にさらされるや、マスコミ対策等に関して協力する姿勢を示しながら、融資をさらに強く要求した結果、A及びBをして、各任務違背及びイトマンの多額の財産上の損害を伴う本件融資を実行させた。
(3) イトマン特別背任事件(絵画案件・さつま案件)<大阪高裁平成14年10月31日判決・判例タイムズ1111号>
「融資先等あるいはこれに所属する非身分者が、使用者である融資元等(株式会社等)の「使用人」である身分者から不正な融資等を受けたことが特別背任罪の共謀共同正犯としての責任を問われたような事例にあっては、非身分者と身分者の立場が異なる上、両者の利害関係も対立することが多いことから、非身分者について、身分者との間で共謀共同正犯の成立を認めるについては、当該事案の性質、内容に沿って、両者間で「共謀」が成立したと認定するに足りる前提事実、とりわけ、非身分者と身分者との関係、非身分者における身分者の任務違背に関する認識内容やその任務違背行為に対する働き掛けの形態等を踏まえ、身分者の任務違背行為そのものに対する非身分者の関与の程度につきそれが通常の融資等の取引のあり方から明らかに逸脱しているといえるか否かについて、慎重に吟味検討をすることが必要である。」と判断したうえで、下記の事実認定をしている。
記
(ア) 絵画案件
原審判決が、(被告人が)「自らも積極的に甲野らの任務違背行為に関与した」と説示する根拠として認定する・・・各点【被告人は、甲野らの求めに応じ、Eに鑑定評価書を偽造させて、イトマン側に提出しているうえ、甲野らが、絵画取引に消極的な態度を示すと、被告人からの申込みを断わりにくい状況を作り出してまで、巨額の取引を継続させるなど、自らも積極的に甲野らの任務違背行為に関与して、甲野らの行為を、資金獲得という自己の目的のための手段としたものと認められるのであって、このような被告人の行為は、社会的に許された自己の経済的利益の追求という枠を明らかに超えるものといわなければならない】についても、原審判決挙示の関係証拠に照らして十分認定することができ、被告人の当審公判供述も、これを揺るがすようなものとはいえず、これら認定事実によると、甲野らの任務違背行為に対する関与の程度が、通常の取引の在り方から明らかに逸脱したものであることは明白と言える。
(イ) さつま案件
なるほど被告人は、経営権付の野田産業株式830万株を所得したいと考えて、平成2年3月中旬頃、甲野に対し、その意図を告げた上、イトマンから140億円融資を受けられないかと一度打診したにとどまり、イトマンに対して執拗にその融資を迫った形跡は見当たらないこと、被告人から前記要請を受けて、丙田や乙川らと協議を遂げた甲野から、同月20日ころ、本件融資額を200億円とし、その受け皿会社としてさつま観光を利用すること及びその中から企画料30億円及び1年分の金利20億円をイトマンに先に支払うことなどを提案され、これを被告人が了承したことによって、ゴルフ場開発資金の名目でさつま観光に対する合計200億円の融資が同年4月から5月にかけて実行されたもので、被告人が、本件融資を受けるに当たり、イトマンに提供した野田産業株式830万株、きつまゴルフ場用地に対する根抵当権設定などの担保も、概ねイトマン側の要請に基づくものであったことなど所論の指摘に沿う事実があると認められる。しかし、原審判決も説示するとおり、被告人は、雅叙園観光の簿外債務の処理等のために甲野に対して自らが提供していた京都ゴルフ場案件や野尻湖案件について、甲野側がイトマンから融資を受けるに際して、同社に対し、その利益出しのために多額の企画料を納める依頼を丙田や乙川から甲野が受けていたことについては、同人から聞いて知っており、これを自らも事前に了承していたこと(被告人は、上記各案件等につき、イトマンが利益出しに利用していることを知らなかったと弁解するが、これは、甲野の原審供述等に照らし、信用できない。)、本件融資にあっても、イトマン側が、被告人の求めていた融資額を60億円も上回る融資話を持ちかけると同時に、反対給付の実体を全く伴わないのに、30億円という巨額な企画料の支払いを求めてきたことなどから、イトマンが、従前より決算対策等のために、企画料などの名目でみせかけの利益計上をしており、本件融資においても、同様の目的で、企画料の支払いを求めてきたことを知りながらこれに応じたものであることがいずれも認められる(原審検第1306等参照)。また、被告人は、本件で200億円の融資を受けるにつき、さつま観光側に確実な返済のめども担保もないことについては、後記のとおり、十分認識しており、かつ、イトマンが本件融資に際して求めてきた担保についても、融資金全額の返済を確実にできるような担保価値がないことを知っており、200億円もの融資をイトマンが実行すれば、同社に担保不足の不良債権が生じて損害が発生することについても十分認識していたものと認められる。しかるに、被告人は、本件融資に際して、イトマン側の提示条件が借主である自己を厚遇する破格のものであることを幸い、同社側が求めるがままにその利益出しに協力をしておきさえすれば、当時進行中の絵画取引やその後自らが持ち込むことになる融資案件で、今後も同社から多額の資金を引き出せるという思惑の下に、30億円の企画料を含む全融資額200億円の4分の1に相当する50億円にも及ぶ前払いに応じたものと認められ、以上のような事情に照らすと、被告人は、丙田らの任務違背行為を明確に認識しながら、自己の必要とする資金を獲得するための手段としてこれを利用したというべきで、本件融資において、被告人が、形式的には、貸主であるイトマンとは経済的に対立する借主側という立場にあったことなどを考慮しても、甲野らの任務違背行為に対する上記のような被告人の関与の程度は、明らかに通常の融資取引の在り方から逸脱したものというほかはないから、これが「自己の経済的利益の追求という社会的に容認された合法的な経済活動の範囲を大きく超えるものであった」として、当裁判所と同様の見解に立って、非身分者である被告人に特別背任罪の共同正犯の成立を認めた原審判決の判断に、なんら誤りはない。
(4) リゾート開発関連融資等特別背任事件<東京地裁平成12年5月12日判決・判例タイムズ1064号>
「本来、金融機関から融資等を受ける借り手は、貸し手である金融機関の利益を確保すべき任務を負っているわけではないから、右のような認識ないし目的の下に融資等を申し込んだからといって、それだけで金融機関に対する特別背任罪の共謀が成立するものではなく、本件のような事例において身分のない借り手につき金融機関に対する特別背任罪の共謀共同正犯が成立するためには、前記1ないし4でみたような主観的要素に加え、身分者である金融機関職員による任務違背行為(背任行為)に共同加功したこと、すなわち、その職員の任務に違背することを明確に認識しながら同人との間に背任行為について意思の連絡を遂げ、あるいはその職員に影響力を行使し得るような関係を利用したり、社会通念上許容されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けて背任行為を強いるなど、当該職員の背任行為を特更に利用して借り手側の犯罪としても実行させたと認められるような加功をしたことを要する。」と判断したうえで、下記の事実認定をしている。
記
(ア) 検察官指摘のような諸事情から、被告人両名において、本件融資等がCらの背任行為に当たることを明確に認識しながらCらとの間に本件融資等の実行について意思の連絡を遂げたと認定することは困難であり、他に、被告人両名とCらとの間にそのような意思の連絡があったことをうかがわせる的確な証拠は見当たらない。
被告人両名による本件融資等の申込みについては、Cらの弱みに付け込んだような状況が全くうかがわれないほか、それ自体、融資等を申し込む行動として社会通念上許容される範囲の比較的穏当なものであったということができるから、これをとらえて、被告人両名による共同加功を認めることは困難である。そして、本件全証拠を子細に検討しても、他に、被告人両名において特更にCらの背任行為を利用して被告人両名自身の犯罪としても実行させるべく働き掛けたような状況は認められないから、被告人両名においてCらの本件背任行為に共同加功したと認定するに足りる的確な証拠は存在しないというべきである。
(イ) 以上のとおり、被告人両名は、本件融資等がJHLに損害を与えかねないものであること、本件融資等を実行することがCらの任務に違背するものであること、Cらがいわゆる自己保身の目的を有していることをそれなりに認識しながら、甲野リゾートグループないし自己らの利益を図る目的をもって本件融資等を申し込み、JHLをして本件融資等を実行させ、その結果として、JHLに右融資等相当額の損害を負わせたと認められるものの、関係各証拠を精査しても、被告人両名がCらの本件背任行為に共同加功したとは認められない以上、本件全証拠によるも、被告人両名がCらとの間で特別背任について共謀を遂げたと認定することはできない。
(5) 住専特別背任事件(日本ハウジングローン事件)<東京地裁平成13年10月22日判決・判例時報1770号>
貸し手側の共同正犯の成立を検討する中で「金融機関から融資を受ける借り手は、貸し手である金融機関の利益を確保すべき任務を負っているわけではないから、金融機関への加害性及び金融機関の役職員としての任務違背性を認識しつつ、自己の利益を図る目的をもって融資を申し込んだからといって、それだけで金融機関に対する特別背任罪の共謀が成立するものではなく、本件のような事例において身分のない借り手につき金融機関に対する特別背任罪の共謀共同正犯が成立するためには、そのような主観的要素に加え、身分者である金融機関職員による任務違背行為(背任行為)に共同加功したこと、すなわち、その職員の任務に違背することを明確に認識しながら同人との間に背任行為について意思の連絡を遂げ、あるいはその職員に影響力を行使し得るような関係を利用したり、社会通念上許容されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けて背任行為を強いるなど、当該職員の背任行為を殊更に利用して借り手側の犯罪としても実行させたと認められるような加功をしたことを要するものと解するのが相当である。」と判断したうえで、下記の事実認定をしている。
記
(ア) Eらは、本件融資等がJHLに対して損害を与えるものであること、そして、その実行が被告人らの各任務に違背するものであることをいずれも明確に認識し、かつ、被告人らがそれぞれに自己保身目的ないし甲野の利益を図る目的を有することをそれなりに認識しながら、甲野等の利益を図る目的をもって本件融資等を申し込み、被告人3名及びDにおいても、これを受けて、副次的にせよ甲野やEらの利益を図る目的をもって本件融資等を実行したものである。しかも、被告人3名及びDはもとより、Eらにおいても、本件融資等に先立つJHLの甲野に対する融資等の状況が、金融機関の融資のあり方として相当に問題の多い誠にずさんかつ不明朗かつ不健全なものであり、その結果、多額の不良債権問題が現実化していることを十分認識していたことも、前認定のとおりである。さらに、前記定のように、本件融資等の当時、甲野は、債務超過に陥って経営が実質的に破綻しており、JHLからの運転資金融資によって資金繰りをようやくこなすなど、JHLに極めて強く依存する一方、JHLも、資金繰りが悪化して、「直貸し純増ゼロ」の方針を採らざるを得ない状況に追い込まれており、そのため、被告人3名及びDとEらとの間には運命共同体的な意識が芽生えていたことがうかがえるのである。そしてそのことは、前認定のように、被告人3名及びDが、Eらの求めに応じて、なりふり構わず甲野への実質無担保の迂回融資を続けて本件融資等に至り、しかも、その直前の平成3年7月には、既往の融資額の多くも迂回融資に振り替えるとともに、大幅な担保割れにもかかわらずEに対してその個人的な納税資金や借入金利息の支払資金さえ迂回融資しており、Eらにおいてこれらを甘受していたことからも裏付けられるのである。そうすると、Eらは、本件融資等が被告人らにとりそれぞれの任務に違背する行為であることを明確に認識しながら、被告人らと意思の連絡を遂げていたといえるから、本件融資等に関する被告人3名及びDの特別背任罪について、Eらと被告人3名及びDとの間に共謀が成立していたものと認められるのである。
(イ) Gらによる本件融資等の申込みについては、被告人3名の弱みに付け込んだような状況が全くうかがわれないほか、それ自体、融資等を申し込む行動として社会通念上許容される範囲の比較的穏当なものであったということができるから、これをとらえて、Gらによる共同加功を認めることは困難である。そして、本件全証拠を子細に検討しても、他に、Gらにおいて殊更に被告人3名の背任行為を利用してGら自身の犯罪としても実行させるべく働き掛けたことをうかがわせる状況は存在しないから、Gらにおいて被告人3名の本件背任行為に共同加功したとは認められない。以上のとおり、Gらは、本件融資等がJHLに損害を与えかねないものであること、本件融資等を実行することが被告人3名の任務に違背するものであること、被告人3名がいわゆる自己保身の目的を有していることをそれなりに認識しながら、丙川グループないし自己らの利益を図る目的をもって本件融資等を申し込み、JHLをして本件融資等を実行させ、その結果として、JHLに本件貸付金等相当額の損害を負わせたと認められるものの、関係各証拠を精査しても、Gらが被告人3名の本件背任行為に共同加功したとは認められない。
(6) 住専特別背任事件(日本ハウジングローン事件)<東京地裁平成11年5月28日判決・判例タイムズ1031号>
以下のように、融資の借り主について共同正犯が成立するためには、借り主が社会通念上許容されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けて背任行為を強いるなどした場合であること、あるいは少なくとも借り主の関与の程度につきそれが通常の融資等の取引のあり方から明らかに逸脱しているといえることが必要であるとの認識に立ちつつ、下記のとおり事実認定している。
記
(ア) 本件は、身分者の融資行為が特別背任として問われているので、身分者でない被融資者も融資担当者の行う特別背任行為である融資行為の共同正犯者といえるかが問題となるところ、被告人両名は、融資側のスキャンダル等の弱みにつけ込んで融資に応じさせたり、犯行計画や手口を具体的に指示するなど積極的に身分者の行為に加功したわけではないから、このような意味で、被告人両名の共同正犯性が肯定されるわけではない。しかし、融資残高が大きい融資先への継続的融資では、たとえ融資先の経営状況が危ぶまれても、融資残高が回収不能になるのを避けるため、融資の申し込みには応じざるを得ない事情が融資側に生じることがあり、逆にいえば、被融資者は融資による利益を受けるだけでなく、それまでの累積的な借入によって融資担当者を右のような状況に追い込んだともみられるのであって、融資担当者と被融資者とは、法律的な立場としては対立していても、融資先の倒産等による影響が融資会社に及ぶだけでなく、融資担当者にも、それまでの継続的な融資を行ってきたことに対する社会的、民事的、人事的評価等の面で多かれ少なかれ影響が及び、刑事を別にしても、当該継続融資の責任を社会的、民事的に問われることもあり得るところから、融資を継続すること自体の利害が融資担当者と被融資者との間で共通化し、その意味で、被融資者に対しても、身分者である融資担当者が問われる融資行為による特別背任行為への共同正犯性を肯定できる基盤があるといえる。
(イ) これまでの認定事実を前提として、非身分者である被告人両名に、身分者であるCら4名との共同正犯性を肯定できるかを検討すると、Dは、JHLから継続的に融資を受けて多額の融資残高を有していて、単なる一時的な借受人などではなく、JHLと持ちつ持たれつの関係にあるといえるような状態で、被告人両名は、Cら四名が、本件融資に応じなければ、Dに対する積極的な支援の結果としての巨額の融資残高が回収不能となって責任問題に発展するなどの苦境に陥る状況にあることを認識しながら、それに乗じ、本件融資に応じることはCら四名の任務違背になることも知りながら、JHLに本件融資を申し込んでいる。しかも、被告人両名は、本件融資を含めJHLが昭和62年12月以降の継続的な運(ウ)転資金の融資等積極的にDを支援してくれているにもかかわらず、前記のように支店の閉鎖、従業月の減少等の措置も執ってはいるが、経営改善の主な契機を不動産市況の回復待ちにしているだけで、被告人Aの意向で、平成2年5月にヘリコプターを割賦代金3億6233万円(月額755万円)で購入したり、平成3年2月には1500万円余りで乗用車を購入したり、事務機等も無秩序に導入したため、前記割賦金とリース料だけで固定費が月額2千万円を超えるなど、経営体質改善の抜本的な動きを採らず、収支改善計画も自ら率先して作成することはせず、Iらに再三要請されて形ばかりのものを作成しただけであるなどDの経営改善のための真筆な努力を払ってきてはおらず、融資返済の方策も十分講じずに漫然と本件融資等の支援を求めて、JHL及びCら4名を苦境に陥らせており、そのため、平成3年9月中旬ころにDに出向いてきたIらにDの役員会の席上経営改善の努力をするように叱責されるなどしている。加えて、被告人両名は、運転資金を絞り込むように申請していたJHLに隠れて、被告人Aの経営するVの利払資金をJHLから受けた融資金の中から捻出してVへ送金しており、Dの資金管理を十分なしえないJHLの弱みにつけ込むことまでしている。次に、被告人両名を個別にみると、被告人Aは、Dの発行済み株式の過半数以上の株式を有するなどしていたから、Dへの本件融資によって最も大きな利益を受けていたほか、Dの代表取締役であったころは、Dの事業拡大・業態変化を性急に推し進め、JHLの担当者レベルで難色を示された融資を、Cに直接掛け合うなどしていくつか実現させたのを機に、JHLがDを積極的に協力してくれるのを当てにして、昭和62年12月以降の継続的な月末運転資金融資を引き出し、高値の物件の購入資金等についても直接Cに対しDへの支援を要請する傍ら、昭和63年10月ころベルナール・ビッフェ作の絵画一点(150万円相当)をCに贈り(ただし、その後Cから返還された)、平成2年1月29日付け日経ビジネスの中でCのことを「世に出てこの方、一番尊敬している。」と述べるなどCの歓心を買おうとしている。Dの代表取締役辞任後も、被告人Bからの報告を基に同被告人に指示し、本件融資を含む運転資金等の融資をJHLに申し込ませていて、迂回融資の方法(スキーム)も同被告人から説明を受けて了解したほか、個人的な納税資金のJHLからの調達も同被告人に指示しており、今後も従来どおり便宜ある取り計らいを受けたいとの思いから、花子らを通じて、平成2年12月に高名な陶芸家製作の茶碗(8万円相当)、平成3年夏ころ裏千家家元直筆の掛け軸(100万円相当)と前記陶芸家製作のお茶の道具の水差(20万6千円相当)、同年暮れころ香合(10万3千円相当)をそれぞれCに贈っている。また、これまでの間に、Dの在庫物件売却への協力、被告人A個人のDの増資新株払込資金の融資や前記法人税法違反被告事件に関する保釈保証金の融資先の斡旋まで要請し、Dへの融資残高が巨額になったJHLがDへの融資を断ち切れない状況を作出したばかりか、平成3年10月16日ころには自らJHLに出向き、Cらに対し融資の謝礼を述べた上、マレーシアでのゴルフ場開発への支援を依頼するなど、Dが事実上経営破綻していた同年後半に至ってもJHLの支援を期待していた。被告人Bは、一貫して被告人Aの意向に沿って行動し、Dの代表取締役就任後も、同社の実質的経営者は被告人Aであり、本件融資の利益が個人的に帰属するわけでもなかったが、Dの代表取締役就任前から主として経理の総括責任者としてDの経営に深く関わり、運転資金の申込み等に当たってJHLとの具体的折衝という重要な役割を果たしており、被告人AがDの代表取締役を辞任した後は、表に出られない被告人Aに代わってJHLへ融資を申し込み頻度も高くなり、Cらによる融資の実行を容易にさせるため、自らが代表取締役を務めるFを迂回融資の手順(スキーム)に組み入れることへの協力や、迂回融資に当たり担保を徴求した形式を整えるためFからJHL宛ての不特定債権担保に関する約定書等の文書を作成・提出するなどして、被告人Aの意向に沿いつつも、自らの判断でD側を代表する形で、一定の裁量をもって、交渉に当たりCら4名による本件融資の実行に積極的に協力している。以上を総合すれば、被告人両名は、Cら4名と意思を通じた上、JHL代表取締役等の身分を有するCら4名の任務違背の行為を利用し、特別背任の図利目的及び故意をもって、犯罪事実記載の各犯行を実現しているから、共同正犯性を肯定できる。
(7) 住専特別背任事件(日本ハウジングローン事件)<最高裁第3小法廷平成15年2月18日決定・判例タイムズ1118号>について
この判決は、上記(6)の上級審であるところ、「被告人は、乙山ら融資担当者がその任務に違背するに当たり、支配的な影響力を行使することもなく、また社会通念上許されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けることもなかったものの、乙山らの任務違背、JHLの財産上の損害について高度の認識を有していたことに加え、乙山らが自己及びBの利益を図る目的を有していることを認識し、本件融資に応じざるを得ない状況にあることを利用しつつ、JHLが迂回融資の手順を採ることに協力するなどして、本件融資の実現に加担しているのであって、乙山らの特別背任行為について共同加功をしたとの評価を免れないというべきである。」としたうえで、共犯の成立を認めている。
この判決の「支配的な影響力を行使することもなく、また社会通念上許されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けることもなかったものの」とする点からは、一見共同正犯の成立要件を緩和しているようにも読めるが、しかし、その前提たる事実関係及び認定事実からは、決してそれまでの方向を変更して、共同正犯の成立要件を緩和したものではない。すなわち、①被告人が任務違背、財産上の損害について高度の認識を有していたこと、②融資担当者の自己保身等の図利目的を認識して、融資担当者が本件融資に応じざるを得ない状況にあることを利用したこと、③迂回融資の手順を取ることに協力するなどして本件融資に加担したことを指摘して被告人についてその成立を肯定しているのである。これは、背任罪の共同正犯の成立範囲に一定の限定を加えるべきであるとする見解に理解を示した上で、その成立範囲を合理的に画そうとしたものと解され、経営に行き詰まった企業が金融機関に救済融資を求めた結果として返済不能に陥った場合等に、広く背任罪の共同正犯を認める趣旨ではないと考えられる。
(8) 北国銀行特別背任事件<最高裁第2小法廷平成16年9月10日判決>
北国銀行の頭取乙が、丙信用保証協会の役員丁から、丙の基本財産の増強計画に基づき甲において負担金を拠出するよう依頼された際に、丁に対し、丙の甲に対する別件の保証債務につき免責を主張する丙の方針を見直して代位弁済に応ずるよう要請した結果、丁ら役員が丙の従前の方針を変更し、丙が代位弁済に応じた場合に関して、下記の如く認定して、銀行の頭取が信用保証協会の役員と共謀して同協会に対する背任罪を犯したと認めるには合理的な疑いが残ると判断し、背任罪の成立を認めた原判決を破棄し、原裁判所に差し戻した。
記
(ア) 原判決は、被告人が、平成8年度の協会に対する負担金の拠出に応じないことを利用して、代位弁済を強く求めたとする。記録によれば、負担金の問題については、次のような経緯がある。平成6年度から5年計画で協会の基本財産を10億5000万円増加させることとなり、5年間で石川県が5億円、関係市町村が5000万円、県内の金融機関が5億円を協会に拠出することとなった。北國銀行は、平成6年度に4200万円余、平成7年度に4400万円余を拠出し、平成8年度には4300万円余の拠出が求められていた。金融機関の拠出額は、協会の保証を受けた債務の前年末の残高及び過去1年間に受けた代位弁済額によって算定されることになっていた。北國銀行関係は、当時においては、協会の保証債務残高の約5割弱、代位弁済額の約3割強ないし4割弱を占めており、いずれの額においても断然第1位であった。このような状況の下において、独り北國銀行のみが負担金の拠出を拒絶し、協会から利益は受けるけれども、応分の負担をすることは拒否するという態度を採ることが実際上可能であったのか、ひいては、原審の認定のように、被告人が協会に対する負担金の拠出に応じないことを利用して代位弁済を強く求めることができたかどうか、については疑問があるといわざるを得ない。
(イ) 北國銀行が協会に対する平成8年度の負担金の拠出を拒絶することが実際上も可能であり、かつ、協会側が被告人から負担金の拠出に応じられない旨を告げられていたとしても、協会としては、①本件代位弁済に応ずることにより、北國銀行の負担金の拠出を受け、今後の基本財産増強計画を円滑に進めるべきか、それとも、②北國銀行からの負担金を断念しても、本件代位弁済を拒否すべきか、両者の利害得失を慎重に総合検討して、態度を決定すべき立場にある。上記①の立場を採ったとしても、負担金の拠出を受けることと切り離し、本件代位弁済をすることが、直ちに協会役員らの任務に背く行為に当たると速断することは、できないはずである。
(ウ) 原判決は、本件では免責通知書に記載された事由すなわち工場財団の対象となる機械166点のうち4点について、登記手続が未了であったという事実以外にも免責事由が存したとして、協会役員らが免責通知を撤回し代位弁済をした行為がその任務に違背するものであった旨を詳細に判示しているが、上記の登記手続が末了であったという事実以外の事実を当時の被告人が認識していたことは確定していないのであるから、そのような事実を直ちに被告人が行為の任務違背性を認識していた根拠とすることはできない。そして、記録によれば、上記の機械4点の登記漏れの事実が8000万円の債務全額について協会の保証責任を免責する事由となり得るかどうかについて、議論があり得るところである。また、原判決は、被告人の要求は事務担当者間の実質的合意等を無視したものであるから根拠のある正当な行為とはいえない旨を判示しているが、事務担当者間の交渉結果につき役員による交渉によって再検討を求めること自体が不当なものと評価されるべきものではない。
(エ) これらの諸事情に照らせば、本件においては、被告人が協会役員らと共謀の上、協会に対する背任行為を実行したと認定するには、少なからぬ合理的な疑いが残っているといわざるを得ない。
3 本件の検討
以上の過去の判例等の考察を前提にして、本件融資を客観的に分析すれば、これが特別背任罪の共犯を構成しないことは明らかである。
(一) 「借り手側が貸し手側の内規や任務内容を熟知していた」等の事情はないこと
被告人は、石川銀行の役員のうちの特定の誰かと緊密な関係にあったという事実もなく、その証拠も存在しない。
単なる取引先の一社の代表者というのみであり、石川銀行の内情や、役員会での諸事項、日銀査定の時期や内容など、およそそのような石川銀行内部の問題について知る立場にも無いものであった。
(二) 「借り手側がいわゆるリベートの提供を行い、威迫によって貸し手側を取り込み、その弱みなどにつけ込んで不正融資を構極的に持ちかけるなどして、貸し手側を実質的支配下に置いていた」等の事情はないこと
(1) 第1審判決も一部認定しているとおり、被告人が石川銀行に対して融資を申し込んだ際、以下のように、石川銀行より断わられたこともあった。
これはまさに、石川銀行が、被告人と利害対立する関係にありつつ、経済合理性に基づく判断によって融資如何を判断していた証左である。
(ア) 平成6年ころ、石川銀行が30億円の融資証明を発行して本件ゴルフ場のゴルフ場開発工事が再開されたことがあったものの、工事完了時、ナショナルエンタープライズ株式会社(以下「ナショナル」という)が石川銀行へ実際に融資を申し込むと断わられ、最終的には、15億円のみの融資となったことがある。原審判決認定のような癒着などがあったなら、当然に融資証明の30億円が融資された筈であったろう。
(イ) 生泉興産及びスミセイ抵当証券の債権について他社が債権譲渡を受けることによりカットするスキームが検討された際、ナショナルは石川銀行に対し、それに要する5億6千万円の融資の申込みをしたが、これも断わられている。
(2) 平成11年、ナショナルが北九州・折尾の物件(樹里所有の土地)を約20億円で競売により落札している点につき、第1審判決は、「通常価格を大幅に上回る金額で購入(競売最低入札価格が約9億円)、その資金も石川銀行から融資を受け・いわゆる『付け替え』」などと指摘している。
しかし、この時の当該物件の資産価値は、路線価格が12万円/m▲2△で、約19億8千万円であり、決して異常に高い購入価額などではない。
そもそも競売による不動産売却の場合には、引渡しに困難を伴う等々の諸事情から、通常の売買に比べその価格は2~3割程度低くなるのが一般である。そのため競売最低入札価格も、早期売却の促進の観点から、実勢価格より3~4割程度低い金額に設定されている(ナショナルの別館ビル(最低競売入札価格2億1345万円)が、競落社を経由して直ちに首都高速道路公団へ5億2162万円で売却されていること(原審甲310)もその1例である)。
したがって、北九州・折尾の物件に関する上記の競売最低入札価格と競落額の差も、別段不合理なものではない。
なおその後、ナショナルは、土地の有効活用のためゴルフ練習場建設を計画し、その設備資金約5億円の融資を石川銀行に申し込んだが、石川銀行よりこれを拒絶されている。
このことをもってしても、第1審判決が指摘するこの案件が、平成12年9月の本件融資に影響を与えることでないことは一目瞭然のはずである。
(3) 第1審判決は、「ホテルながやま」の買収に関して、殊更に着目するようであるが、これも失当である。
すなわち、これは昭和63年に37億5千万円で買収したものだが、この時の同社の資産価値は、買収価格程度であったことが以下により証明されるから、全く通常の取引行為であったのである。
(ア) 少なくとも平成12年ころの鑑定評価書の評価額は約50億円であったところ、本件購入はバブル期突入時期であったから、それ以上の評価額があったと解される。
(イ) 昭和63年12月決算書(原審甲260)によれば、
売上高 1,973,017千円
営業利益 278,766千円
当期利益 158,169千円
であり、その後、平成8年ころまで、営業利益が2億円から4億円であった。このような収益力からみれば、極めて正常な価格にて、売買されている。
また、そもそもこの取引自体が昭和63年という本件取引からおよそ14年ほど前の案件であり、本件取引の動機として存在しうるものでないことは、その時的間隔を考慮すれば容易に判定されるべきものである。
にもかかわらず、その後の経済崩壊に伴う経営悪化の部分のみを殊更に取り上げ、しかも時点を混同するような認定をおこなって、それをあたかも本件融資のための布石ないし動機のように判定していることは、全くの事実誤認としか言いようがない。
(4) その他、被告人が石川銀行に対して、執拗に融資や面談を要求した等の事情は一切無く、それを裏付けるべき証拠も存在しない。
(三) 「借り手側が貸し手側に対して犯行計画や手口などを具体的に指示した」等の事情はないこと、「借り手側が貸し手側と共に融資の隠蔽工作をしていた」等の事情はないこと
(1) 前述のとおり、ナショナル側は、その経営体質改善の抜本的な対策を検討・実行していたものである。現に、少なくとも生泉興産及びスミセイ抵当証券の債権を、最終的にナショナルの関連会社であるファーストファイナンスに7千万円で取得させることにより、債務超過額▲84億8千万円のうち69億円分を解消している。
さらに、新会社においては、経費を節減するなどの企業努力を継続しており、石川銀行からの融資金の返済を行うべく企業再生にむけて真摯な努力を継続しているのである。このこともまた、本件融資が通常の融資であることを裏付ける大きな事実であり、単に、新たな融資の実行のみを目的として為されたものでないことが一目瞭然となる。
万が一原審判決が指摘するように、新会社の利益または被告人の利益のための融資だったならば、その融資金の大半が石川銀行の旧債権の返済に充当されることはなかったであろう。また、新規融資と目される部分についても、熊谷組の債務を買い取るために使用されることはなく、被告人及び被告人が経営する会社の利益として留保され、他の会社へ資金移動されたりしたはずであろう。
しかし、本件では、本件スキームによる担保価値の増加分は、全て石川銀行の担保力の増強に反映されており、直ちに新会社及び被告人の利益となるものとはなっていないのである。
(2) 本件融資につき、第1審判決は「迂回融資」と表現し、あたかもいかがわしい行為であるかの如く述べているようである。
しかし、後述するとおり、本件融資をCCFにて受けたのは、本件ゴルフ場を他の不採算部門や一般債権から切り離して身軽にするという営業譲渡による再生スキームにとって、極めて必然的なことであった。そして、このような営業譲渡による企業再生方法は、一般に広く行われていることであり、産業再生機構等の再生手法の基本的部分もこのような考え方をとっているのであり、些かもいかがわしい点は存在しない。
(3) 恣意的に高額な鑑定評価書を作成した等の事情もない。
本件ゴルフ場については、平成12年2月当時、山本鑑定による金67億5273万円との評価額が存在する。しかし、この山本鑑定が、本件融資を得る手段として高額の評価額を裏付けるべく作成されたものでないことは、以下の事実から明確である。
(ア) 山本鑑定は、その作成当時においても、本件ゴルフ場の実際の価値より低く評価されていることはあっても、不当に高く評価されたことはあり得ない。
すなわち、後にも述べるとおり、債権カットの是非を検討する熊谷組としては、本件ゴルフ場に高額の担保価値がある場合には、あくまで担保を実行して債権回収を図るのが経済合理性にかなうのであって、担保価値が低くてその実行によっても必ずしも債権回収の実質が上がらないと判断される場合に初めて、「一部一括弁済とその余の債権カット」等のスキームに応じることができるのである。したがって、スキームに応じて欲しいナショナル側としては、担保価値が低いとの主張、すなわちゴルフ場の価値が低いとの主張を裏付ける根拠を示すのが常識的な行動となり、鑑定評価額を実際より低くしたいとの動機はあっても、高くしたいとの考えは不合理であって、凡そあり得なかったのである。
そして、協調5社会議々事録(原審甲89猟沢雅人検面調書添付資料14・協調六社会議々事録NO.4)によれば、被告人は、平成8年9月、各債権者の担当者が出席する協調5社会議において、本件ゴルフ場の売却価格に関し「端的にいって、この協定書にのっとって最後にはどうにもならない、売る以外にないとすれば一体いくらなのか?100億から110億だろうと言われております。そこで、現在入っている会員からのお金40億円を差し引いたら、債権者の皆様に入るお金は60億~70億円くらいとなり、債権回収は非常に難しいものとなると思われます。」と発言しており、(預託金40億円を差し引くとの認識の法的当否は置くとして)本件ゴルフ場が100億円を超える金額であったと認識している旨が伺える。
したがって仮に、被告人側が山本に対して、本件ゴルフ場に関し60億円から70億円の鑑定評価を行って欲しい旨の指し値を行った場合を想定するなら、それは当時被告人側が、本件ゴルフ場の価値がそれ以上の可能性があると考えていたからということになろう。
(イ) これに対し山本はその供述調書において、「『ゴルフ場の経営が苦しい』旨言われたことから高めの鑑定を依頼されたと思い込んだ」と供述する。しかし、ナショナルの宮田が「本件ゴルフ場の鑑定書を債権カット交渉に使う旨、説明したかもしれない。」旨供述していること、不動産鑑定には必ず依頼者側の期待額が存するものの不動産鑑定士は職業的な倫理に従って適正な鑑定を行うのが当然であること、宮田が本件依頼をした直後に山本が「現地を見なければなんともいえない」(山本及び宮田の供述)と述べ、真摯な鑑定をしようとしていた旨が伺われること等からは、山本のそのような思い込みの存在自体も、それが不動産鑑定額を不当に高額にしたことも、合理的に考えがたい。
(ウ) また、山本の誤解ないし独り善がりによって、仮にそのようなことがあったとしても、山本鑑定が極めて詳細であること等からは、不動産鑑定の素人である被告人側には、その評価が何らかの事情により不当であるとは判断し得ないのであり、被告人には関知し得ないものであった。
原審判決(5頁)は、山本鑑定の証拠価値を否定することの根拠として、金融庁検査官が平成13年1月及び同年10月の石川銀行に対する金融庁検査に関し「不動鑑定士の評価の中身にまで踏み込んで判断してはいない」「約65億円とする鑑定評価書の内容の妥当性まで踏み込んで検討してはいない」とした供述、並びに、日本銀行行員が平成11年12月の石川銀行に対する日銀考査に関し「本件ゴルフ場の担保価値について、一定の価格での評価を容認するような発言は一切していない」とした各供述の信用性を認め、それを採用している。ところがその一方で、金融庁検査官や日本銀行行員ですら問題とし得なかった鑑定評価の中身について、被告人にその責任を問うているのであるが、これはあまりにも不整合かつ不均衡である。
なお、山本鑑定がもっぱら原価法を用いていても、ゴルフ場の鑑定方法に関しては本件当時ゴルフ場の競売の場合には積算価格を用いた鑑定が行われるのが通常であった」との見解(藤田及び石川銀行の宮田が日本債券信用銀行に赴いて不動産鑑定士の資格をもつ2名の行員から教示を受けた際のレジュメ。以下「日債銀鑑定マニュアル」という。)も存するのであるから、被告人がその鑑定結果に疑義を抱く要素とはなり得なかった。
(エ) 以上から、山本鑑定が、被告人側において本件融資を得る手段として本件ゴルフ場の当時の実際の価額を上回るべく意図的に作成されたなどということは、あり得ないのである。
(四) 「借り手側が貸し手側の損害発生を熱知しながら任務違背行為を要請した」等の事情はないこと
(1) 後に詳しく述べるとおり、本件融資は経済合理性を有していたから、そもそも正犯自体成立し得ないものであった。
あるいは、少なくとも被告人はそのように認識していた。
被告人は、後述の再生スキームによりナショナルおよびCCFの経営・財務内容が好転し、企業が再生し、本件融資金はもとより既存の借入金の返済も可能となると信じていたし、本件融資金の返済も会員権の販売等により十分可能であると確信していたのである。また、本件ゴルフ場の担保価値については、山本鑑定で示された67億円相当の価値があると認識していたのである。
被告人は第1審の公判廷で「ゴルフ場は30億円から40億円で売却できるものと考えていた」旨供述しているが、これは(法的には、預託金返還請求権を買主が引き継ぐと必ずしも限らないところ)、預託金返還請求権を買主が引き継ぐ形で売却する場合の価格である。
そして、事実、平成17年にCCFの会社更生事件において、本件ゴルフ場は30億円以上の価格で売却されているのである。
この事実からしても、被告人が本件当時、本件ゴルフ場の預託金返還債務を含めない担保価値としては60億円程度の価値があると認識していたことが合理的であり十分に理由があることは明かである。
ゴルフ場の経営者である被告人としては、石川銀行も、融資前の状況よりも他の債権者の負債処理がなされて再生による利益を考慮できるために融資を実行してくれたものと考えていた。そして、上記に述べている通り、実際に負債の大半が処理され、ほぼ石川銀行のみに集約できる状況となるのであって、この融資をもって石川銀行もメリットを見いだし、融資に応じてくれたと理解したものであって、それは企業再生のやり方として普通のことであるから、何ら石川銀行内部役員が背任行為により自己または自己が経営する会社を助けてくれるとは考えていないものである。そして、上記に述べた客観的状況からも、被告人が上記のように考える事に何らの不自然はないのである。
したがって、高木らの任務違背、石川銀行の財産上の損害について高度の認識を有していたとか、高木らが自己及び石川銀行の利益を図る目的を有していることを認識していた等の事情はない。
この点においても原審判決は、従来の判例の見解に沿った説明すらもなく、判例違反の違法を犯すものである。
(2) 被告人は、石川銀行が巨額の融資残高が回収不能となって責任問題に発展するなどの苦境に陥る状況にあることなど、一切認識しておらず、それを裏付けるべき証拠も存在しない。
第1審判決(41頁)は、「平成12年3月末の時点で、ようやく約6パーセントの自己資本比率を確保した。しかし、石川銀行は、小針グループや羽生田グループなどに対し、多額の未処理の不良債権を抱えていたのであって、このような同銀行の財務状況にかんがみると、本件融資当時、同銀行は、ナショナル社に対する債権について、不良債権として引当・償却による処理を行うことは困難な状態にあり、もし、その引当・償却を余儀なくされれば、早期是正措置が発出されたり、3期連続の赤字決算となるなどし、高木らが経営責任を問われかねない状況にあったと認められる。」と認定している。
この点たしかに、石川銀行が小針・羽生田への多額の貸付金により財務内容の悪化を招いていたことは今日における客観的判断からは明らかである。しかし、仮にナショナルへの債権に対する引当を42億円計上したとしても、石川銀行の自己資本比率は4%を下回らず、そもそも早期是正措置は発せられる状況にならない。
また、被告人は、小針・羽生田への債権の引当が多額に上ることは勿論、その他経営の内容を知りうる立場になく、一切知らなかった。前記したとおり、被告人は、石川銀行の役員のうちの特定の誰かと緊密な関係にあったという事実もなく、単なる取引先の一社の代表者というのみであったから、石川銀行の内情や役員会での諸事項、日銀査定の時期や内容など、およそ知る立場に無く、ましてや役員らの保身や銀行の延命などの事情についても全くその事実を知らず、その保身のために依頼を受けたような事実も全く存在しない。
したがって、被告人は、本件融資によって石川銀行が赤字になる等という認識を持ちうる余地は、一切なかったのである。融資当時のマスコミによる発表も、そのような具体的な内容まで報道されているものもなく、被告人が石川銀行のそのような内部情報を知っていたという証拠もまた存在しないのである。
しかるに、原審判決は、あたかも被告人が石川銀行の役員と同様の事情を知っていたかのように認定しているが、いずれも証拠に基づかない事実認定であって、違法な判決であることはいうまでもない。
(3) 実際に約定の利払いがあったこと
本件融資の後、ナショナルは利払いを現実に実行していた。
これにつき第1審判決は、ファーストファイナンスの迂回融資で返済したなどと認定しているが、実際は、ゴルフ会員権の割賦販売債権を担保に借入をして、その資金で支払っていたものであり、実質的には、ゴルフ会員権販売代金による返済なのである。
第1審判決は、それをあたかも違法性ある取引であるかのように「迂回融資」という言葉だけで装い、有罪認定に使用している。これは、迂回融資でないものを「迂回融資」と呼ぶことによって取引の違法性を認定したものであり、原審判決の認定は、牽強付会の誹りを免れるものではなく、事実の一面のみを、有罪にするためだけに殊更に取り上げているものであって、事実誤認の判定を免れるものではない。
4 結論
以上のように、特別背任罪の非身分者である被告人には、特別背任の共犯の成立が認められるような事情は全く存せず、被告人には特別背任の共犯は成立せず、無罪である。
第3節 原判決には、以下に述べるとおり、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。
第1 本件融資の正当性
本件は身分犯であるところ、被告人にはその身分がなく、身分者である石川銀行役員であった高木、川口、藤田らに特別背任罪が成立するか否かが問題となるところ、本件融資は以下に述べるように正当なものであって、身分者である石川銀行役員らに特別背任は成立せず、被告人の共同正犯は、その前提たる正犯の存在を欠くため、成立しない。
1 再生スキーム全体からの実質的考察に基づく本件融資の合理性
本件融資は、本件ゴルフ場を担保として行われた再生スキームの一環であったところ、本件再生スキームには経済的合理性があった。以下、本件融資を含む再生スキームにつき、その実行前後で如何なる状況となっているかを検証し、その正当性を述べる(以下、金額は基本的に1千万円未満四捨五入)。
(一) 本件融資以前(平成6年10月~平成11年9月)におけるナショナルの再生に向けた努力
(1) 5社協定の開催と債権者の動向
平成6年10月、ナショナルがゴルフ場経営事業を計画した本件ゴルフ場は、建設途中において大幅な資金不足に陥った。そこで、本件ゴルフ場に関連した債権者である熊谷組(「株式会社」は省略。以下同じ)、住友銀行、石川銀行、生泉興産、スミセイ抵当証券とナショナルの協調5社は、その利害調整等を行う目的で、本件ゴルフ場に対する強制執行等の禁止などを約定した「協調5社会議」を開催した(原審甲49・資料4)。
しかし、平成8年6月ころ、造成工事を請け負った熊谷組は、建設請負工事代金の支払遅滞を理由にクラブハウスの引渡しを拒絶し、そのままでは本件ゴルフ場の開場も、債権者への支払目処も立たないという膠着状態に至った。
そして平成11年3月29日、生泉興産及びスミセイ抵当証券は、他の協調債権者の承諾を得ないまま、その各債権を、外資系企業であるニッポン・ポートフォリオ・パートナーズ・ツー・エルエルシーに、以下の各金額で債権譲渡した。
ⅰ 生泉興産の債権64億円 譲渡額1032千円
ⅱ スミセイ抵当証券の債権35億4千万円 譲渡額 435千円
さらに同年8月24日、これらの各債権は、ニッポン・ポートフォリオ・パートナーズ・ツー・エルエルシーからエス・ピー・エス(以下「SPS」という。)へ、5200万円で債権譲渡された。
(2) 上記当時(平成11年頃)におけるナショナルの資産・負債状況(原審甲257・ナショナルエンタープライズ比較貸借対照表、同甲51・梅原真仁添付資料5・合意書、資料7・貸付債権等譲渡契約書、同甲52・岩佐義春添付資料9の2・貸付債権等譲渡契約書、同甲194・前川俊治添付資料1、資料2・債権譲渡契約書)
(ア) 資産合計 307億2千万円
負債合計 392億円
債務超過額 ▲84億8千万
(イ) 上記負債のうち、ゴルフ場開発に伴う金融機関からの借入れ状況は、以下の通りであった(なお、金額等を正確に確定できる証拠は原審甲51のみであるため、以下は同甲51の平成10年10月時点の金額を基準としている。しかし、同甲51に債権者が生泉興産・スミセイ抵当証券とされている点は、平成11年当時の実際の債権者であるSPSに名義変更して記載した)。
ⅰ 熊谷組 60億2千万円
ⅱ 住友銀行 96億8千万円
小計 157億円
ⅲ 石川銀行 40億円
ⅳ SPS 99億4千万円
合計 296億4千万円
(なおナショナルの帳簿上では、ⅳは遅延損害金等を加算しておらず、69億円となっている)
(ウ) また、上記の負債に関しては、本件ゴルフ場に対して、以下の設定順位・被担保債権額にて、抵当権が設定されていた。
第1順位 熊谷組15億9千万円、石川銀行15億円
第2順位 熊谷組70億円
第3順位 生泉興産30億円、スミセイ抵当証券20億円
第4順位 石川銀行16億円
第5順位 熊谷組30億円
第6順位 石川銀行10億円
(熊谷組は住友銀行に対する保証債務求償権を含めて抵当権の設定をしていた。生泉興産及びスミセイ抵当証券の抵当権名義の変更は未だ行われていなかった。)
(3) ファーストファイナンスによる債権譲り受け
かかる状況のもとナショナルは、企業存続を図る目的で本件ゴルフ場に対する強行手段がいつ行われるかも分からないという事態を打開すべく、5社協定の幹事会社である熊谷組と善後策を検討した。その結果、平成11年9月7日、ナショナルの関連会社であるファーストファイナンスが、SPSから、上記各債権を、7千万円で譲り受けるに至った。
これにより、生泉興産及びスミセイ抵当証券の債権99億4千万円は、最終的にナショナルの関連会社であるファーストファイナンスが、7千万円で取得したのである。このことは、99億4千万円の債権が実質的価値7千万円に縮減したことと経済的に同義であり、ナショナルの債務超過額▲84億8千万円のうち、69億円(ノンバンク2社への債務に関するナショナルの帳簿価格)分を解消したこととなる。
以上の結果、ゴルフ場の大口債権者は、実質的には、熊谷組・住友銀行の156億円、石川銀行の40億円となり、抵当権者も、熊谷組と石川銀行となった(熊谷組は、住友銀行への保証債務を含め抵当権を設定していた)。
(二) 本件融資直前(平成12年頃)のナショナル及びその関連会社の資産・負債状況と、石川銀行の融資状況、その回収可能性(担保設定状況)
(1) 負債状況
(ア) ナショナル本体
① 石川銀行に対する負債 57億円
② 石川銀行以外に対する負債(原審甲477・NE第20期決算報告書)
Ⅰ 本件ゴルフ場に対する担保権者
熊谷組(住友銀行への保証債務込) 156億円
Ⅱ 上記以外
A さくら銀行 24億円
B 東京厚生信用組合 15億円
C 旧住宅ローンサービス 16億円
(整理回収機構)
D 未払金その他 6億円
E 会員預り金 41億円
小計 102億円
(イ) 関連会社等(後記本件スキーム実行後に返済された石川銀行に対する債務)
① ファーストファイナンス 4億8千万円
② 国際放送企画 4億5千万円
③ ナショナルアドバタイシング 1億2千万円
④ アピール企画 1億7千万円
⑤ ホテルながやま 1億2千万円
⑥ 三島知和 1億1千万円
小計 14億5千万円
(ウ) 以上合計
329億5千万円
(2) 資産状況
(ア) ナショナル本体
① 現預金 2億3千万円
(うち金2億円につき東京厚生信用組合に対して質権設定)
② 不動産(本件ゴルフ場以外) 256億8千万円
Ⅰ 本社ビル 9億6千万円
(平成16年1月に道路公団に収用された際の金額)
被担保債権総額56億7千万円の抵当権設定
第1順位 東京厚生信用組合 13億円
第2・3順位 石川銀行 7億円
第4順位 さくら銀行 4億円
第5~8順位 石川銀行 32億7千万円
Ⅱ 別館ビル 5億2千万円
(平成14年3月に道路公団へ売却された際の金額、原審甲310)
被担保債権総額51億円の抵当権設定
第1順位 さくら銀行 16億円
第2・3順位 整理回収機構(旧住宅ローンサービス) 13億2千万円
第4・5順位 石川銀行 22億円
③ 本件ゴルフ場に対する担保権(抵当権)設定順位と被担保債権額
第1順位 熊谷組15億9千万円、石川銀行15億円
第2順位 熊谷組70億円
第3順位 ファーストファイナンス30億円、ファーストファイナンス20億円
第4順位 石川銀行16億円
第5順位 熊谷組30億円
第6順位 石川銀行10億円
(イ) 上記の関連会社等
これらの会社は、いずれもめぼしい資産を有さず、経営状況も厳しい状況にあった。そして、いずれもナショナルの関連会社であり、ナショナルが倒産した場合には深刻な信用不安を生じ、連鎖倒産を免れない状況にあった。
(3) かかる状況において本件ゴルフ場に対する担保権が実行されれば、石川銀行への返済額は以下のとおりとなる。
(ア) 本件ゴルフ場の担保価値からの返済額
本件ゴルフ場の第1順位担保は、熊谷組と石川銀行で約半分ずつの関係にある。
よって、本件ゴルフ場の担保価値約60億円(その根拠については後述)のうち、15億円が石川銀行の返済額となる。
なお、第2順位の熊谷組70億円、第3順位のファーストファイナンス50億円の各担保権が存するので、上記石川銀行への返済額は、本件ゴルフ場の担保価値が150億円を超えてその配当が第4順位の抵当権に及ぶことがない限り、増加することはない。
(イ) 本件ゴルフ場以外からの回収
上記イ記載の状況から明白なとおり、ナショナルには、石川銀行の債権回収の引き当てとなるべき資産は本件ゴルフ場以外にはなく、それが競売されれば破産を免れず、関連会社も連鎖倒産を免れない。
その場合には、本件ゴルフ場の競売による配当後の石川銀行の貸付残高(関連会社等への貸付分14億5千万円を含む71億5千万円から15億円を控除した)56億5千万円は、以下の各債権とともに按分配当を得るのみとなる。
① 熊谷組及び住友銀行の債権残高139億円(156億円から17億円の返済後)
② その他の債権者の102億円
(ウ) そして、ナショナルの現預金、本社ビル及び別館ビルに対してはいずれも担保設定がなされて石川銀行の設定順位は下位であり、その他にめぼしい回収のあてはないから、配当は到底見込めない状況にあった。
(エ) よって、石川銀行の上記貸付残高56億5千万円は、実質0円とならざるを得なかった。
(4) 石川銀行の債権の実質価値
以上から、石川銀行の、ナショナル及びその関連会社に対する貸付金の実質価値は15億円であり、その余の額面額56億5千万円の部分は、実質的に返済が困難な状況(無価値)であった。
(三) 再生スキームの形成に至る経緯
(1) ナショナルの当初案
上記のとおりナショナルは、債務超過状態にあり、また本件ゴルフ場の建設資金の借入が多額で、その利息支払いも不可能な状態であり、そのままではいずれ倒産に至って、本件ゴルフ場も解体し、債権者の債権回収の可能性も消えざるを得ない状況にあった。
ところがその頃、熊谷組から、一部一括弁済による残額債権放棄の可能性がある旨打診を受けた。そこでナショナルは、当初、熊谷組の債権カットに必要な資金を、ナショナルが石川銀行から借り受けるスキームを発案した。
しかし、以下のような熊谷組及び石川銀行の具体的意見を踏まえて検討した結果、本件ゴルフ場に関する営業を譲渡して、過去の返済不能債務から切り離す再生スキームを検討するに至った。
(2) 熊谷組の事情
熊谷組は、同社が当時おかれていた以下の状況等から、以下のような希望を有していた(原審甲49・伊藤忍検面調書・18頁、同甲302・員竹山徹作成捜査報告書添付資料31頁)。
(ア) ナショナルから債権の全額を短期間に回収することは、資産状況から言って不可能であるが、分割弁済を要求しても非現実的な長期となってしまう。
しかし、バブル期に生じた不良債権の処理を早期に実現しなければ、熊谷組は破綻する可能性すらある。自身の再建のためには、緊急に損失見込額を計上し、主力金融機関に対して債権放棄を要請する必要がある。
そこで、一部一括弁済を受けた上で残額を放棄する方法もやむを得ない。
(イ) 当時、熊谷組が住友銀行らに要求していた4500億円の債権放棄が実現する目途となっていたため、この時期ならナショナルに対する債権を一部放棄しても、特別利益と特別損失が見合う形になるため、絶好機である。
(ウ) しかし、放棄部分についての回収が現実的に困難である旨の裏付けもなく債権放棄を行えば、回収任務の懈怠責任を問われる危険もあり、それは避けたい。
そこで、本件ゴルフ場を売却して、その売却代金をもって弁済に充当する方法がより理想的であり、売却代金の額が適正であるか否かを検討するために本件ゴルフ場の価値を鑑定評価することが望ましい。
(3) 石川銀行の意向
石川銀行としても、返済不能の旧債務を引きずったままのナショナルに対する融資は、その場しのぎで更なる不良債権の増額を招き、抜本的な解決にはならないため、実行できないとの判断であった。
しかし、本件ゴルフ場に関する営業を譲渡して、過去の返済不能債務から切り離すという再生スキームであれば、それには融資回収に資する経済合理性を見出すことができた。すなわち、後記にて詳細に述べるように、本件ゴルフ場の担保価値からの回収可能性・一般財産からの回収可能性とも向上が見込まれ、ナショナルないしCCFに対する融資額の実質的価値を高めることとなるのである。
(4) ナショナルのメリット
上記の「本件ゴルフ場に関する営業を譲渡して過去の返済不能債務から切り離す再生スキーム」は、ナショナルにとっても、以下のメリットがあったため異存は無かった。
(ア) 本件ゴルフ場を存続させることができる。
(イ) 担保権者への返済額が向上する。
(ウ) 担保権を有しない一般債権者への返済可能性が高くなる見込みがある(前記したように、これらの者は、ナショナルの倒産を座して待てば債権全額が貸し倒れることとなるが、本件ゴルフ場の営業譲渡代金の流入及び営業譲渡スキームに伴う担保権付債権者の債権カット等により、僅かでも債権回収の可能性が高くなる見込みが出る)。
(エ) それらのことにより、ナショナルの存続も図りうる。
(5) 本件ゴルフ場の営業譲渡による再生スキームの骨子
以上の経緯を経て、本件再生スキームの骨子は、以下のように定まった。
(ア) CCFが石川銀行から、本件ゴルフ場の購入資金を借り入れる。
(イ) CCFがナショナルから、上記資金をもって本件ゴルフ場の営業譲渡を受ける。
(ウ) ナショナルが、営業譲渡代金のうちから、熊谷組に一部一括返済を行い、熊谷組は残債権額をSPSに金300万円にて譲渡する。
(エ) 熊谷組は本件ゴルフ場に対する抵当権を全て抹消し(第1順位15億9千万円、第2順位70億円、第5順位30億円)、石川銀行が第1抵当権者として、その担保価値の全てを把握する。
(6) なお、このような営業譲渡による企業再生方法は、一般に広く行われていることであり、企業経営者として、上記のような方法により企業存続を考えることは決して不当なものではなく、極一般的なものであり、違法というそしりを受けるものではない。
(ア) 例えば、産業再生機構の役割は、身の丈以上の借金をして苦境に陥っている企業の借金を減らして、本業で稼げる企業となるよう手助けすることであると言われているが、そのスキームは一般に下記のように説明されており、その再生手法の基本的部分は本件における再生スキームと同様である。
記
過大な借金をした企業は返済もままならないため、銀行から見ると、この企業への貸し出しは不良債権となる。機構とは、銀行から不良債権を買い取り、借り手企業の経営再建を支援するため、特別な法律に基づいて作られた株式会社である。出資は民間金融機関で、人材も民間の企業再建の専門家を招き、企業の再建で利益を上げることをめざしている。
銀行(メインバンク)の不良債権の貸出先の中から、本業に見込みがあり、再生の可能性が高い企業を選別する。次いで、非メインの銀行が抱える貸し出し債権について、機構が企業の実態にあわせた値段で買い取る。買い取り資金は金融機関からの借り入れである。
もともと100億円の融資(=貸し出し債権)でも、企業の経営状況が悪ければ、満額は回収できない。この債権の実態的な価値は下がっており、機構は、例えば50億円で銀行から買うわけである。
機構が債権を買い取ると、対象企業にとって、債権者は機構とメイン行だけになる。機構は、メインにも、一部の債権を放棄してもらい、協力して、対象企業の経営再建を進める。
機構は対象企業の株式を保有するため、その企業の再生に成功すると、利益が得られる。しかし、再生に失敗すれば、利益は得られない。最悪の場合、企業は倒産して清算されることになり、機構が50億円で買った債権の価値もゼロになるかもしれない。リスクをとって、企業の経営再建・再生を進めるわけだ。
上記につき、過大な借金をした対象企業=ナショナル、銀行=熊谷組等、機構=CCF、メインバンク=石川銀行と引き直して読めば、本件スキームの合理性が明瞭となろう。
(イ)また、CCFの更生管財人も、CCFの会社更生計画案(原審弁2添付資料1の4頁以下)において、下記のとおり、本件再生スキームを評価している。
記
CCFに対する本件ゴルフ場の譲渡は、本件ゴルフ場存続のため、CCFが石川銀行から譲渡代金として金57億円の融資を受け、これを返済が滞っていた当初開発資金の債権者に対する債務の一部弁済に当て、残額の免除を受けるとのスキームの一環として関係者により実行されたものである
(四) 熊谷組への一部一括弁済額の決定
(1) 山本鑑定士による本件ゴルフ場の鑑定評価
(ア) 前記のとおり熊谷組は、至急、ナショナルに対する債権の一部一括弁済を受けて残額を放棄せざるを得ない状況にあったが、一方で、放棄部分についての回収が現実的に困難である旨の裏付けが必要であったため、本件ゴルフ場の鑑定評価を必要とした。
(イ) そこでナショナルは、平成11年12月頃、山本了鑑定士に対して本件ゴルフ場の鑑定を依頼し、平成12年2月、金67億5273万円との評価を得たのである。
(ウ) なお、このような経緯で作成された山本鑑定は、その作成当時において、本件ゴルフ場の実際の価値より低く評価されていることはあったとしても、不当に高く評価されたことはあり得ない。
すなわち、債権カットの是非を検討する熊谷組としては、本件ゴルフ場に高額の担保価値がある場合には、あくまで担保を実行して債権回収を図るのが経済合理性にかなうのであって、担保価値が低くてその実行によっても必ずしも債権回収の実質が上がらないと判断される場合に初めて、「一部一括弁済とその余の債権カット」等のスキームに応じることができるのである。
したがって、スキームに応じて欲しいナショナル側としては、担保価値が低いとの主張、すなわちゴルフ場の価値が低いとの主張を裏付ける根拠を示すのが常識的な行動となり、鑑定評価額を実際より低くしたいとの動機はあっても、高くしたいとの考えは不合理であって、凡そあり得なかったのである。
そして、その他諸事情を検討しても、本件において、この時点で敢えて高額の鑑定評価をしたと認定すべき事情も、その必然性も一切見受けられない。
(2) ナショナル及びSPSによる交渉
(ア) ナショナルとしては、熊谷組への一部一括弁済額が少額であるほど自己の利益に沿うことは、言うまでもないことであった。
(イ) また、後記調停に利害関係人として参加しているSPSは、本件ゴルフ場を最終的に取得したいとの意向を有していたため、同社にとっても、熊谷組への一部一括弁済額が少額であることは利益であった。
(ウ) 一方、上記した事情により、熊谷組が是が非でも緊急に不良債権処理を行わなければならないことは明白であり、かつ、住友銀行らによる熊谷組への債権放棄額が4500億円に上ることに鑑みれば、ナショナルに対する放棄額が数億ないし数十億程度増減することにつき、時間を掛けて折衝する意図も余裕もないことが明白であった。
また熊谷組としては、山本了鑑定の鑑定額67億5273万円から、預託金41億円は控除することに一理あるとの方便も可能であった。
(3) かかる背景事情の下、折衝の結果、ナショナルが熊谷組に対する債権157億円(熊谷組60億2千万円と住友銀行96億8千万円を加算した額)へ一部一括弁済する金額は、約17億円と決まった。
なおこの金額を、本件ゴルフ場の価値と考えることは、全く失当である旨念のため付け加える。
すなわちこの金額は、上記のとおり熊谷組が主力銀行などに4500億円の債権放棄を要請していたなどの特殊な状況下で、早期売却の意思が働いて決定されたもので、かつ預託金41億円に関する考え方も色濃く影響を及ぼしているものであり、いわば千載一遇の機に、極めて少額にて対処できたものなのである。
(五) 石川銀行の融資額の決定
(1) 平成12年8月下旬、熊谷組への一部一括弁済額が17億円となる目途となったため、ナショナル側(CCF)は、石川銀行に対して、その資金17億円と諸経費を含めた27億円の融資を申し込んだ。
(2) しかし石川銀行としては、本件ゴルフ場が営業譲渡されるのみでは、以下の各債権が、担保もその他めぼしい資産もなく、ゴルフ場という収入源も失うナショナルに残ってしまい、その合計56億5千万円が回収不能がほぼ確定的になってしまう不都合があると考えた。
① ナショナルに対して貸し付けをしていた金57億円のうち、本件ゴルフ場に対する担保権でカバーされる15億円以外の42億円の部分
② ナショナルの関連会社等に貸し付けていた14億5千万円
(3) そこで石川銀行の川口及び藤田は、債権カットに必要とされる27億円のみの融資には応じられないとして、CCFに金57億円の融資を行うとした上で、そこから熊谷組への返済額17億円と諸経費10億円を差し引いた30億円を、ナショナル及びその関連会社から石川銀行へ返済するよう求めた。
上記のように被告人は、27億円の融資を申込んだのであるが、石川銀行側からの要請で本件融資額が57億円と決定されたのである。
これは実質的には、担保を失うナショナルや、収益力も担保資産もない関連会社に代わって、本件ゴルフ場という収益源・担保物件を得るCCFが、金30億円についての債務引受(肩代わり)をすることになるのである。
このやり方をもって、第1審判決は、「環流」「迂回融資」「飛ばし」「付け替え」などと称し、あたかもいかがわしいものかのように言うが、経済の実態を理解していない浅薄な考えで、全く失当である。
(六) 再生スキームの確定と調印
(1) 平成12年3月にナショナルが熊谷組を相手方として申し立てた民事調停において、同年9月11日、最終的に以下の内容の調停が成立した。
(ア) CCFが石川銀行から、57億円を借り入れる。
(イ) CCFがナショナルから、上記資金をもって本件ゴルフ場の営業譲渡を受ける。
(ウ) ナショナルが、営業譲渡代金のうちから、熊谷組に17億円を一括返済し、残額の放棄を得る。
(エ) 熊谷組は本件ゴルフ場に対する第1抵当権16億円を抹消し、石川銀行が第1抵当権者として、その担保価値の全てを把握する。
(オ) 熊谷組は、残額債権138億円(前記157億円から上記17億円を控除した額、住友銀行への保証債務込)を平成12年12月末日までにSPSに対して金300万円で債権譲渡し、本件ゴルフ場に設定されていた第2順位70億円と第5順位30億円の抵当権を抹消する。
(2) そして同年12月28日、熊谷組が住友銀行など15の銀行から、総額4300億円の債務免除と200億円の第三者割当増資の支援を受けることとなった事実が、一般に報道されている。
(七)本件融資(平成12年9月22日)後のナショナル、その関連会社及びCCFの負債状況、担保設定状況
(1) 負債状況
(ア) CCF
① 石川銀行 57億円
② 会員預り金 41億円
(イ) ナショナル本体
① 石川銀行に対する負債 42億円
② 石川銀行以外に対する負債
さくら銀行 24億円
東京厚生信用組合 15億円
旧住宅ローンサービス 16億円
未払い金その他 6億円
小計 61億円
以上合計 201億円
(ウ) 関連会社等
0円
(2) 本件ゴルフ場に対する担保権(根抵当権)設定順位と被担保債権額
第1順位 石川銀行 極度額金32億円
第2順位 石川銀行 極度額金36億4千万円
(なお、熊谷組の登記は同年12月27日までは抹消未了)
(3) 再生スキーム実行前との比較
再生スキームの実行により、石川銀行がCCFに融資する57億円のうち、30億円がナショナルやその関連会社に対する従前の融資の返済に充当される結果、石川銀行のナショナル及びCCFへの融資額は99億円となる。
しかし、石川銀行の回収不能額は、以下のとおり、大幅に減少することとなる。
(ア) 本件ゴルフ場の担保価値からの回収
① 再生スキーム実行前
前記のとおり、本件ゴルフ場の担保価値のうち石川銀行が把握していたのは15億円の限度であった。
そして、後述のとおり、本件ゴルフ場の担保価値は60億円を上回るものであったが、それが150億円を超えてその配当が第4順位の抵当権に及ぶことがない限り、石川銀行の回収額が増加する関係にはなかった。
したがって、石川銀行のナショナル及びその関連会社に対する貸付金71億5千万円のうち、56億5千万円(71億5千万円-15億円)の部分は回収不能であった。
② 再生スキームの実行後
Ⅰ 本件ゴルフ場の担保価値のうち石川銀行が把握するのは、68億4千万円の限度まで拡大した。
そして、後述のとおり、本件ゴルフ場の担保価値は60億円を上回るものであったから、回収不能額は39億円(99億円-60億円)に減少した。
したがって、本件スキーム実行前の回収不能額56億5千万円を下回り、再生スキームによって石川銀行としての損害が減少したことになる。
Ⅱ なお、再生スキームにより石川銀行の損害が減少するとの上記結論は、必ずしも本件ゴルフ場の担保価値が60億円に及ばなくとも、42億5千万円(99億円-56億5千万円)を上回る場合には同様である旨念のため付言する。
(イ) さらに、この再生スキームには、担保価値のみを以てしては判断しきれない以下のような効用がある。
① 本来、本件ゴルフ場は、ゴルフ場の概要・グレード・立地条件(都心から50分くらい)等から、未だ会員募集の余地があり、会員権販売による多額の収益の可能性があったが、ゴルフ場の会員権の相場は預け入れた預託金の回収可能性如何が大きく影響を及ぼすため、母体経営会社の資産内容や財務内容がマイナス要素となりかねない状況もあった。
しかし、債権者の整理ができれば、ゴルフ会員権市場における本件ゴルフ場への敬遠の懸念も一気に解消され、さらには、会員権相場が形成されて既存の会員権の金額が預託金額を上回れば、ゴルフ場に対する預託金返還請求がなくなり、新たに販売する会員権の代金は全て債権の返済に充当することができる。
② 本件ゴルフ場に対する債権者・担保権者が石川銀行に実質的に一本化されることにより、経営戦略・営業譲渡等抜本的な方策が取りうるようになり、債権回収に資する。すなわち、有利な条件による営業譲渡等を行おうとしても、他の債権者や抵当権者がいると、それらの者の意思統一をも図る必要があるため、機動性を欠き、時宜に応じた対応が困難となるが、そのような状況が解消されるのである。
③ 協調5社協定による石川銀行に対する弁済額割合は、13.1%であったが、17億円の資金により大口の債権者である熊谷組・住友銀行の156億円の債権を消すことができたため、弁済額割合が100%となる。
④ さらに、5社協定時には、ナショナルの金利負担額だけでも10億6千万円あったものが、本件スキームの実行によって熊谷組等の債権がなくなったことにより、それが1億5千万円へと大幅に縮減されるなど、ナショナルは返済金負担の軽減により、その経営状況が一気に好転する可能性がある。
そのことは石川銀行にとっても貸付金の回収に資することとなり、石川銀行の無担保債権額42億円についても、実質0円とはならなくなる。
(八) 小括
以上のとおり、本件再生スキーム実行以前のナショナルは、ゴルフ場事業において多額の債務を抱え、経営が困難な状態にあった。
しかし、そのゴルフ場関連の債務296億4千万円のうちノンバンク2社の債権99億4千万円については7000万円で購入することが実現し、そして本件再生スキームによって熊谷組及び住友銀行の債権157億円を約17億円の弁済で終わらせることに成功した。
そして残った債務約99億円についても、以下に述べるように、ゴルフ場事業からの収益等で十分返済が可能、あるいは、少なくとも再生スキーム実行前の状況に比して完済の可能性が格段に増したのであり、ゴルフ場事業再生の可能性が生じるに至ったのである。
そしてこのことは、上記のとおり、石川銀行の債権回収額の向上にも貢献する効果を有していたものである。
この様な再生スキームは、経営不振に陥った企業で一般に行われる手法であって、経済合理性が極めて高いものである。
2 本件融資は十分な担保を徴求してなされていること
本件融資は、本件ゴルフ場を担保として行われたものであったところ、以下に述べるとおり、本件ゴルフ場は、本件融資の回収に十二分な担保価値を有していた。
(一) 平成17年における実際の売却価値
本件ゴルフ場は、CCFの会社更生事件において、金31億0083万円を上回る金額で売却されており、平成17年当時に同金額相当の価値を有することは、一切の評価を交えない客観的事実として明らかとなっている。
そして、後述する平成12年以降の地価やゴルフ会員権相場の下落率を考慮すれば、本件融資が行われた平成12年当時は、60億円程度はあったと言えるのである。
同会社更生事件における売却額を端的に裏付ける入札資料等については、弁護人らに直接入手すべき術はなく、そこで裁判所に照会請求申立を行ったが、その申立は却下された。
しかし、上記売却額は、同更生事件の更生計画案に記載されている情報やその他客観的に明白な経済情勢等に基づいて、以下のとおり合理的に算定されるものである。
(1) 第1章「更生計画立案までの経過」における記載事項
(ア) 更生管財人によって調査・認定された事実関係の概要(原審弁2添付資料1の4頁以下)
① 更生会社株式会社カントリークラブザ・ファースト(以下本項において「更生会社」と言う。)は、本件ゴルフ場(以下本項において「CCF」と言う。)について、ナショナルエンタープライズ株式会社(以下本項において「NE」と言う。)からその全営業を譲り受ける受皿会社として、平成12年4月13日に設立された。
② 更生会社に対するCCFの譲渡は、CCF存続のため、更生会社が石川銀行から譲渡代金として金57億円の融資を受け、これを返済が滞っていた当初開発資金の債権者に対する債務の一部弁済に当て、残額の免除を受けるとのスキームの一環として関係者により実行されたものである。
③ 更生会社は石川銀行に対する債務の平成13年12月末の利息の返済を怠り、期限の利益を喪失した。
他方で、石川銀行は平成13年12月に破綻し、その処理の過程で、更生会社に対する上記債権を、株式会社整理回収機構(以下、「RCC」と言う。)に譲渡した。
そのため更生会社は、債務の返済に関してRCCと交渉するに至った。
④ 更生会社は、ザ・ファーストインターナショナル株式会社(以下「FI」と言う。)との間で、本件ゴルフ場の運営に関する業務委託契約を締結した。
FIの関係者からは、FIは、CCFの事業再建に対するスポンサーとしての関与を表明しているTheMortgageGroupInc.のメトロポリタンファンドが実質的な出資者であるとの説明がなされていた。
これに対しRCCは、更生会社自身によるCCF運営の再開とそこからの収益による弁済、さらには、CCFの適正な方法による売却等による弁済等も想定し、本件業務委託契約の解消と更生会社による運営の回復を求めて交渉した。
しかしながら、同交渉が明確な合意とその実行に至らず、RCCは、債権者申立として平成17年1月31日に本件会社更生手続開始を申し立てた。
⑤ その結果、東京地裁による調査命令に基づく調査委員の調査を経て、同年2月21日、会社更生手続き開始決定がなされた。
⑥ 管財人は、選任後直ちに、FIとの業務委託契約の解約等を行った。
⑦ 管財人は、公認会計士及び不動産鑑定士らの協力を得て、本件更生手続開始決定時の更生会社の資産・負債について調査し、財産評定を実施した。
⑧ さらに管財人は、当面の営業資金として借入により金5000万円を調達するとともに、スポンサー候補者の募集を行った。
その結果、最終的にFIを含む7社がデューデイリジェンス(投資家等が投資を行う際に投資対象のリスクを把握するために事前に行う一連の調査)に参加するなどして、複数の応募者のなかから入札手続による選定がなされた。
管財人は、平成17年4月18日、裁判所の許可を得て、最高額での入札を行ったゴールドマンサックスグループ(以下「GS」と言う。)を更生会社のスポンサー候補者に選定した。
⑨ 同社から当面の運転資金として金1億5000万円の提供を受け、これをもって上記借入金を返済し、かつ、運転資金を確保した。
⑩ 管財人は、更生手続開始の直前まで更生会社名義で新規に発行された会員権(新会員)について、預託金返還請求権はそもそも発生しておらず、プレー権は消滅するものと解した。
⑪ 管財人は、運営に必要な取引関係の維持整理を行い、業務運営に必要な配置転換等の人事異動を行い、不要な事務所の閉鎖、レストランの業務委託、カート道路等の工事・5人用乗用カートの導入等の設備投資を行った。
これらを含め、更生手続開始決定後の設備投資等の資金投入額は、約1億660万円である。
⑫ 更生手続開始決定日から平成17年8月31日までの更生会社の損益の状況は、別表4「損益計算書」記載のとおりであり、▲4671万3018円の経常損失となっている。
⑬ 更生手続開始決定日(平成17年2月21日)現在における更生会社の財産評定後の財産の状況は、別表2記載のとおりであり、資産は9億3833万円、負債は117億5303万円である。
(イ) 会社更生法における「財産評定」の意味
管財人は、本件ゴルフ場用地と土地と建物について、8億7264万円との財産評価をしているが、以下に述べるとおり管財人の行う財産評価は必ずしも当該不動産の換価価値を示すものではない。
もし換価価値が8億7264万円であるならば、GSが30億円を超える金額で本件ゴルフ場を買うはずがないのである。
① 会社更生法には、以下のとおり規定されている。
管財人は、更生手続開始後遅滞なく、更生会社に属する一切の財産につき、その価額を評定しなければならない(更生法83条1項)。
前項の規定による評定は、更生手続開始の時における時価によるものとする(更生法83条2項)。
「更生担保権」とは、更生手続開始当時更生会社の財産につき存する担保権(特別の先取特権、質権、抵当権及び商法(明治三十二年法律第四十八号)の規定による留置権に限る。)の被担保債権であって更生手続開始前の原因に基づいて生じたもの又は第八項各号に掲げるもの(共益債権であるものを除く。)のうち、当該担保権の目的である財産の価額が更生手続開始の時における時価であるとした場合における当該担保権によって担保された範囲のものをいう(更生法2条10項本文)。
② 財産評定の目的と役割の主なものは、以下のとおりである(原審弁2添付資料4の139頁以下等)。
Ⅰ 更生会社の資産状態を正確に把握すること
Ⅱ 更生会社の会計の具体的基礎を与えること
Ⅲ 利害関係人の権利範囲を明らかにすること
Ⅳ 更生計画の遂行可能性を判断する前提とすること
Ⅴ 権利分配の公正、衡平を判断する前提とすること
そして、利害関係人たる更生担保権者の権利範囲の明確化(Ⅲ)については、実務上、下記の如く指摘されている(同4の144頁以下)。
記
管財人は財産評定を更生手続開始後遅滞なく行わなければならないが、担保権の目的物の評価額は更生担保権額と一致すべきものであるから、評定作業を完了させると更生担保権額についての管財人の調査額も確定させることとなる。このことは管財人にとって2つのリスクを抱えることを意味する。
すなわち、担保権目的物の評価額が担保権者の評価額より相当に低額な場合は、更生担保権確定訴訟を誘発し、更生計画案作成に支障をきたす。一方、担保権者の意向に沿う評価をすれば、更生担保権は原則として全額弁済することとなるので、更生会社の負担が大きくなり、更生計画の遂行に支障をきたすおそれが生じる。これを避けるために、全体の負債を更生会社で負担しうる額の範囲に押さえ込もうとすれば、一般更生債権の免除率を大きくせざるを得ないが、これでは一般更生債権者の反発を招く結果となる。
そこで管財人は財産評定を一応完了するが、確定させないまま、担保権者と目的物の評価について交渉を開始することとなる。一方では債権調査が進み、更生担保権のうち一部が残るのみとなる。この頃になると更生会社の経営も安定するので更生計画案の原案も策定されつつある。そこで、未確定の更生担保権者とどのくらいで妥協しても、更生計画の遂行に支障にならないのか、あるいは一部の更生担保権者と確定訴訟となっても更生計画の認可や遂行に支障がないかを判断して、財産評定額を決定し、同時に更生担保権調査を終了させるのである。
③ 同様に、「新版倒産整理と担保権(上野久徳著)」356頁以下には、下記のとおり解説されている。
なお、この解説は、財産評定を企業継続価値により行う旨規定されていた旧法を前提としたものであるが、「時価」をもって行う旨定められた改正法においては、より一層妥当するものである。
記
更生担保権者の権利は「その債権額のうち担保権の目的物の価額(先頓位の担保権の債権額を控除した額、以下同じ)の範囲であり」「その余は一般の更生債権となる」。そしてその結果で、更生担保権としての優位性を保持できるか否かが定まるので、目的物の価額の評価が、実務上しばしば問題となる。
(中略)、更生手続では原則として売却せず、ひきつづき使用することが考えられるので、現実の売却価額と離れて価額をきめ、それにより担保権の権利すなわち弁済額等が定まる(観念的清算ともいわれる)。
(中略)担保目的物の評価基準については、更生手続における財産評定の基準と同じく「会社の事業を継続するものとしての価額」と定めている。この「企業継続価値」とは通常、処分価額(清算価額)ではなくこれと対比するものであるといわれているが、具体的にどんな価額で、どうして定めるのか-更生管財人の苦心するところである。なお、私見では財産評定の継続価値と担保権確定の継続価値とは評価の目的が異なり同一数値たるを要しない。
(中略)土地について考えてみる。会社の所有土地が、15年前の取得で簿価1,500万円となっているとする。土地は償却資産でもなく、時価評価換も原則として認められないので、現在も簿価は1,500万円である。右土地の上に1番抵当権3,000万円、2番抵当権5,000万円、3番抵当権6,000万円が設定されていて、これらの抵当権権利の範囲をきめるものとする。土地の鑑定評価方式には「復成式(原価方式-再調達原価をもとに修正)」、「市場資料比較式(同種事例の取引価格をもとにする)」、「収益還元式(その不動産の予想収益から還元して現在価額)」等があるとされ、収益方式が妥当との説もある(しかし、このケースの土地は更地で今後どのような収益を意図するか-賃借権の設定か等収益方法自体に問題がある)。この土地を、不動産鑑定士が「市場資料比較法」を主として、1億2,000万円と評価した(ほぼ時価である)。値上り8倍である。これを参考に管財人は他の要素を加味し1億2,000万円と評価し、前記担保権の権利は、1番、2番は全額更生担保権とし、3番は半額のみを更生担保権とし、残3,000万円を一般更生債権として認否を行った。これに対し3番抵当権者は管財人の評価が低すぎるとして、更生担保権確定の訴が相当期間つづき、再鑑定の結果は一人の鑑定士は更生開始時点で1億4,000万円とし、他の鑑定士は1億3,000万円と評価した。結局、3番抵当権者の担保権額を1,500万円を加え4,500万円、一般更生債権1,500万円として和解する。
右の評価経過は、事業継続価額という抽象的観念ではなく、いかに時価は高いか、そうでないかが争点となって、ここでも継続価額が時価へ接近している。また、破産の別除権は売却価額(時価相当)により定まるので、更生法の担保権も破産のときより不利とならないことを担保権者は意識しているものである。
さらに問題は、右の1億2,500万円を、もし財務諸表の土地値に加算計上すると仮定すれば、単純に考えれば、一挙に1億1,000万円の評価益が発生し、実体のない利益(売却すれば別だが)が会計上発生することになり、更生会社の財務内容、とくに損益計算と税務会計にも、重要な問題を提起することになろう。
結局は、「価額は評価の目的による」という原則により、更生担保権の権利の範囲を定めるための評価は抽象的な基準の理論ではなく、その担保権者の納得できる方法であって、説得力ある具体的方法でなければ実務の処理には役立たない。同じ方式、同じ時期でも鑑定者が3人あれば3人ともそれぞれすべて異なるのが評価であり、決定的なものが存在しない以上、最終的には関係者間で更生会社の更生の方向を害しないという基本線で話合いによることにならざるをえない。そして簿価や鑑定等はその参考資料として利用することになる。
④ すなわち財産評定額は、実務上、更生計画成立に向けた管財人の意図的要素(本件では、CCFの事業の継続による会員権者のプレー権の確保と債権者に対する早期の弁済)が介在し、更生担保権者や一般更生債権者の利害調整の末に政策的に算定される額であり、当該物件の厳密な換価価値に基づく金額とは乖離する場合が否定できないのである。
本件においても管財人としては、一方では、本件ゴルフ場の財産評定額を低額に押さえた状況で別除権者との別除権評価額交渉を行い、その結果、別除権者への配当額を低額に抑えて、一般債権者への配当額を確保することに成功した。またその他方で、スポンサーに対しては本件ゴルフ場を高額で売却すべく折衝し、財産評定額とは無関係に、それよりも高額での売却に成功したのである。
このような管財人のやり方は、上記文献にても説明されているとおり、多数の関係者の複雑に絡み合う利害関係を調整して会社更生計画案の可決を導くために一般的に行われる手法であり、管財人の腕の見せ所とも考えられているところである。
⑤ 本件においても、たしかに更生手続開始の時(平成17年2月)における更生会社の時価を、更生計画案提出時点(同年11月)までに算定した結果は、8億7264万円とされている。
しかし一方で、同年4月には、後記のとおり、この財産評定額を約3倍も上回る金額で入札されているのである。
(ウ) 以上に対して原審判決は、「会社更生法83条2項が、財産評定は更正手続開始時における『時価』であると定めていることに反する」とし、かかる原審判決の指摘は、「時価」が本件ゴルフ場の換価価値(売却処分価格)であることを前提とするものと思われる。
しかし、新会社更生法の解釈においては、同条の「時価」をどのように算定するかがもっとも重要な問題といわれており、大別しても、
A 会社財産を評価するのであるから会計上の時価を基準とすべきであるというもの(会計時価説)
B 更生担保権の評価もするものであるから、すくなくとも更生担保権の目的となる財産については処分価額を基準とするという考え(処分価額説)
があり、さらに処分価額説の中でも、処分価額の内容について、
a 更生担保権の権利の範囲を画する評価基準としての時価は、担保権の把握する価値が目的物の交換価値であるから、目的物の処分価格を基準とするものであり、その処分価格は担保権の実行による強制競売がなされた場合の価額である、という考え
b 実際上の担保権の実行は任意処分によるので、任意処分がなされた場合の価額によるべきである、という考え
などがあり、時価の評価基準自体が未だ定まっていないのである(新しい会社更生手続の「時価」マニュアル・事業再生研究機構財産評定委員会編など)。
そして、本件の管財人が、上記諸説のどれかを採用しているのか、採用しているとしてどの説を採っているのかは不明なのである。
よって、本件において「時価」として評価された8億7264万円を、本件ゴルフ場の換価価値(売却処分価格)である旨前提とする原審判決は、その点からしてそもそ誤解しているといわざるを得ない。
(2) 2章「更生計画の基本方針と骨子」における記載事項
(ア) 管財人が提案した更生計画の基本方針は、以下のとおりである旨記載されている(原審弁2添付資料1の13頁以下)。
① 基本方針は、CCFの事業の継続による会員権者のプレー権の確保と債権者に対する早期の弁済である。
② 財産評定による資産総額から、(会員権者ら一般更生債権者への配当より優先する)共益債権・更生担保権・優先的更生債権等を控除後の一般更生債権者の配当財源となる資産は1億円弱に過ぎず、(管財人報酬等の)手続費用等を考慮すれば、一般更生債権に対する弁済は、相当長期に亘ることを避けられない状態である。
③ しかし、スポンサーを公募したところ、財産評定後の更生会社名義の資産評価を上回る金額での企業価値評価がなされた。
④ そこで、更生計画の基本方針として、GS(ないしその関連会社)から資金の注入を受け、これによって各債権者に対する一括弁済を行っていくこととする。
(イ) 前記の基本方針に基づく、更生計画の骨子は以下のとおりである旨記載されている。
① 更生会社は、その営業の全部をアコーデイアゴルフの100%子会社であるスポーツ振興株式会社(以下「承継会社」という。)に移転する。
承継会社は、更生会社にその対価に見合う新株を交付する(会社分割のうちの物的吸収分割、商法第374条ノ16以下)。更生会社は、その新株をGSに売却して現金化する。
② 更生会社は、営業の全部を分割するので、その後解散して清算手続に入る
その清算手続の中で、GSからの株式売却代金(及び清算手続により生じた財産があればこれを含めたもの)を原資として、更生担保権、一般更生債権等(承継会社に承継されるプレー権及び預託金を除く)に一括弁済を行う。
③ 一般更生債権のうち会員権にかかる権利(新会員を除く)については、プレー権を確保し、預託金は10年間据え置き退会を条件に返還されるものとする。前項の会社分割により、会員のプレー権および預託金の一部も承継会社に承継される。
(ウ) 債権者の権利は、以下のとおり変更される。
① 更生担保権
確定債権額の全額を一括で支払う。
② 優先的更生債権(公租公課)
延滞税等について免除を受ける。
免除後の確定債権額を全額一括で納付する。
③ 一般更生債権
Ⅰ 利息・損害金の一部つき免除を受ける。
Ⅱ 確定債権額の16.88%以上(清算手続により生じた配当原資があればその一定率を含めたもの)を一括で弁済し、残額について免除を受ける。ただし、継続する会員の会員権については、一部変更したプレー権および預託金の21.88%を承継会社に承継する。
Ⅲ 上記双方の場合、清算手続により生じた配当原資があればその一定率を含めたものを弁済する。
④ 弁済の総額
上記の弁済総額(承継会社が承継する預託金を含む)は、会員が全員退会する場合で金27億3935万6920円、全員が会員契約を継続する場合で金28億9455万1927円となる予定である。
(原審弁2添付資料6.「更正計画正誤表」により補正)
⑤ なお、上記金額の内訳を表した「弁済・納付計画総括表」(同添付資料1の42頁、及び添付資料6.「更正計画正誤表」により補正)においては総額が2,737,362,885円とされ、差異が存する。これは、同表においては保証債権に対する弁済額1,994,035円【(9,350,913円-500,000円)×16.88%+500,000円)】が「額未定」として参入されていないためである。
(エ) スケジュールの概要は、以下のとおりである
更生会社は、平成18年3月1日をもって営業の全部を承継会社に会社分割し、その後直ちに、分割によって取得した承継会社の株式をGSの関連会社に譲渡する。
更生会社は、同年4月1日をもって解散し、清算手続に入る。
同年5月末日までに、上記株式譲渡代金(清算手続により判明した財産があればこれを付加する。)を財源として、債権者に一括弁済を行う。
(3) 本更生計画案から合理的に判明するGSの本件ゴルフ場に対する入札価格
以上から、更生開始決定後にGSが負担する金額(入札額)の総額は、以下とおりであることが判明する。
① 運転資金 1億5000万円
② 債権者等への弁済額(最少額) 27億3935万6920円
③ 未払共益債権(同添付資料1の31頁)2億1147万3511円
以上合計 31億0083万0431円
(4) 上記入札価格には借地権価格が反映されていないことについて
GSが入札をした当時、本件ゴルフ場用地の使用権の状況については、以下の問題点が存在した旨記載されている(原審弁2添付資料1の10頁)。
(ア) CCF用地(85万6661.57m▲2△)の約3分の1(26万1925m▲2△)は借地であり、その賃借権はすべて、更生会社がNEから営業譲渡を受けた際に地主の承諾を得て更生会社に承継されているが、不動産登記簿上は、一部の土地について、元経営者であったNEの賃借権設定登記が実体に反して残されたままになっている。
そこで管財人が、NEに対して賃借権設定登記の抹消を求めたところ、これらの賃借権の権利証が、更生会社のNEに対する営業譲渡代金の一部を一時的に立替払いしたと称するFIの関連会社に交付されており、NEはこれを理由に抹消登記手続に応じず、同登記手続は完了していない。
(イ) また、FIに対する業務委託がなされている間に、CCF用地の一部(3万8269m▲2△)について、NE名義の賃借権が抹消されてFI名義の賃借権設定登記がなされ、また、FIの元代表取締役であったウイリアム・ティー・ロビラード(以下、「ロビラード」という。)への所有権移転がなされていた。
そこで管財人は、CCF用地として安定的な利用権の確保のため、当該土地の賃借権及び所有権の確保のためFIおよびロビラートと交渉をしたが、FIは、未払いの立替費用等の支払いなどを要求し、結局交渉成立には至らず、所有権および賃貸借の確保に至っていない。
(ウ) 上記事情に基づいて管財人は、「スポンサー基本契約書」(同添付資料3)の第5条及び6条において、スポンサーによる追加資金提供義務を定め、このことにより、スポンサーにおいてはかかる追加資金を見込んで投入総資金を算定すべきことを前提としている。
なお、使用権の状況については、同契約書の別紙に詳しく記載されているが、弁護人提出の報告書の別紙図面でも明かなとおり、ゴルフ場の主要な部分が借地になっているのである。
(エ) 上記の様な借地権の問題がなければ、本件ゴルフ場の価値は30億円を超える金額になることは明かであるところ、本件融資が実行された平成12年9月当時は、上記の使用権は全て確保されており、このような問題点は一切存在しなかったのである。
(5) 平成12年以降の土地・ゴルフ会員権相場の下落率
(ア) 土地公示価格の推移
① 公示価格とは、地価公示法に基づき国土交通省の土地鑑定委員会が標準地を選び、毎年1月1日現在の宅地標準地について国土交通省が公表する正常価格のことで、民間取引の指標とされ、公共収用の基準となるものである。
② 国土交通省が公表した平成12年から平成17年までの公示価格の「東京圏の市区の対前年変動率」は、原審弁3添付資料1の1~6のとおりである。上記資料からは、上記期間において、東京圏のほぽ全域において地価が下落し続けていることが判る。
③ そして、その中から特に、本件ゴルフ場が所在した木更津市の周辺地域を抽出して一覧表としたのが同添付資料2である。同添付資料2の上段の折れ線グラフは、対前年変動率を表したものであり、何れの年も0.0%を下回っていることから、この間継続して地価が下落し続けていることが判る。
④ さらに、本件ゴルフ場が所在した木更津市について、地価の変動を最も顕著に反映していると考えられる商業地を基準に見れば、公示価格の変動率は、以下のように推移している。
Ⅰ 平成13年 前年比較マイナス22.5%
Ⅱ 同14年 前年比較マイナス21.1%
Ⅲ 同15年 前年比較マイナス18.6%
Ⅳ 同16年 前年比較マイナス13.7%
Ⅴ 同17年 前年比較マイナス9.9%
⑤ したがって、平成12年を100として算出すると、以下のとおり、平成17年には43.61%まで下落している。
100×(1-22.5%)×(1-21.1%)×(1-18.6%)×(1-13.7%)×(1-9.9%)
=43.607%
(イ) 会員権相場の推移
① 関東圏のゴルフ会員権相場について、関東ゴルフ会員権取引業協同組合が指定する「単純平均指定銘柄142」は原審弁3添付資料3のとおりである。
② 上記「単純平均指定銘柄142」に選定されているゴルフ会員権の平成2年~平成16年まで(15年間)、及び平成17年(1年間)におけるゴルフ会員権相場の推移は、同添付資料4の1~11の2のとおりである。
③ 上記資料から、平成2年~平成17年までの各都道府県別のゴルフ会員権相場の推移を集計したものが、同添付資料12であり、それをグラフ化したものが同添付資料13である。
④ 上記資料からは、上記期間において、地理的特異条件を有する東京及び神奈川の直近過去2年を除けば、東京圏のほぼ全域においてゴルフ会員権相場が下落し続けていることが判る。
⑤ 本件ゴルフ場が所在した千葉県について見れば、会員権相場の平均値は、以下のように推移している。
ⅰ 平成12年1月の平均値 782.6万円
ⅱ 平成17年1月 383.1万円
すなわち、平成12年を100として算出すると、以下の数値になっている。
48.952%
⑥ そしてゴルフ会員権の価値は、首都圏からのアクセスの利便性、ゴルフ場の施設・サービスの充実度等々ゴルフ場そのものの価値を反映して形成されるものであるから、ゴルフ会員権相場の推移は、取りも直さずゴルフ場の価値の推移を現すものである。また、上記資料からは、ゴルフ会員権の価値は、東京圏内においても最大で15倍前後の格差が存在するものであるから(千葉県の平均価格は群馬県の平均価格の3倍から6倍)、他県のゴルフ場の価値をもって本件ゴルフ場の価値を推察することはできないことが判明する。
⑦ なお、以上の検討方法自体は、原審判決が支持した丸川鑑定書及び河合鑑定書の考え方とも整合している。
すなわち、丸川鑑定書(原審甲289・18頁)において指摘される下記の如き根拠に基づき、丸川鑑定及び河合鑑定は、積算価格を算定するに当たって、それぞれ47.7%、50%の修正を施している。
記
修正率は、ゴルフ場の市場性による増減価率を表示するもので、本件においては会員権相場の変化率により求める。ゴルフ場会員権の価格は、一般的要因(経済的・社会的要因、ゴルフ場の経営環境等)、ゴルフ場のグレード・名声、立地、プレーの快適性や設備の状態などの要因により市場で形成されるもので、ゴルフ場の人気を示す指標ということができ、その時系列な変化は、ゴルフ場環境を取り巻く経済情勢の下での価値の変化を示すものとして検討に値する。
本件においては、開発着手時から価格時点までの市場性の減退を積算価格に反映させるという意味において、「当該ゴルフ場の開発着手時点(昭和60年末)における会員権相場水準」に対する「価格時点における会員権相場水準」の割合をもって修正率を以下の通り査定した。
そして第1審判決は、上記の検討方法につき、下記のとおり述べてこれを支持している(第1審判決34、35頁)。
記
合理的な市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格である正常価格を求めるに当たって原価法を用いている以上、ゴルフ場の市場性の減退を理由に減価修正を施すことは合理性があるというべきである。そして、関係証拠によると、ゴルフ場の取引価格は、本件融資当時、その開発のために投下した費用を大幅に下回る傾向にあったと認められることからすると、上記各鑑定書の修正率が不当であるとはいえない。
したがって、過去の具体的金額に会員権相場の変化率を乗ずることによって基準時(本件融資時点)のゴルフ場価値を算定した丸川・河合鑑定と、現在の具体的金額に会員権相場の変化率を乗ずることによって基準時のゴルフ場価値を算定しようとする上記の考え方とは、その検討方法において同一(表裏の関係)なのであり、仮に何れか一方のみを否定しようとすれば、そこには矛盾が生ずるものである。
(6) 以上から合理的に推察される平成12年当時の本件ゴルフ場の価値平成17年においてGSが本件ゴルフ場入札に対して負担した金額は、約31億0083万円を上回る金額である。
しかし、この金額は、①平成12年当時には存在しなかった利用権の瑕疵を割り引いたものであり、かつ②大幅に下落した土地の公示価格(43.607%)や会員権相場(48.952%)を反映した金額である。
よって、これらの減額事情が存在しない平成12年当時であれば、本件ゴルフ場の売却価額は、60億円程度に及んだことを合理的に否定し得ない。
(7) 以上に対して原審判決は、「GSが提供する金額は、ファースト社の更生開始時における負債中、更生担保権、優先的更生債権、一般更生債権の合計117億5、080万7814円が、一般更生債権について大幅な免除を受けるなどして弁済されることを前提としているのであるから、採用することはできない。」とする。
これはすなわち、「GSは、CCFの債務の殆どが引き継がれないという条件故に、本件ゴルフ場を高く買いとったのであって、そうでなければそのような金額は支出しなかった」との趣旨と思われる。
しかし、会社更生法において、このような債権額のカットが行われるのは当然のことであって(むしろ本件では、上記のとおり債権カット額が異常に少ない)、このことをもって、本件ゴルフ場の担保価値を増大させた特別事情の如く考えるのは失当である。
あるいは原審判決は、会社更生手続が採られたこと自体を特別事情の如く考えているのかも知れない。
しかし、そもそも担保権の実行方法としては、競売、会社更生手続における更生担保権としての行使、民事再生・破産手続における別除権としての行使、任意売却時における被担保債権額弁済に伴う担保権の受戻し等々様々なものがあり、そして担保権付債権の債権者としては、その債権回収のために、上記各手段のうちから最も有利なものを選択して債権回収を実行することができる旨、法律上予定されているのである。
すなわち、本件会社更生法の手続も、石川銀行が本件ゴルフ場に担保設定した時点で既に債権回収方法の1つとして存在していた通常の方法の1つなのであって、その債権を譲り受けたRCCが会社更生法申立をしたことも、別段、特別の事情ではない。
(8) なお、本件において結局、RCCの得た回収額は、以下の合計額ではあった。
① 別除権による回収額 7億5000万円
② 一般更生債権(別除権不足額)に対する配当額
10億1324万円
合計 17億6324万円
しかし、この金額をもって本件ゴルフ場の価値ないしそれに対する担保権の価値を判断することは失当であり、あくまでGSが支出した金額を基準として判断すべきである。
すなわちRCCは、本件ゴルフ場に対しては第1順位として32億円、第2順位として36億4千万円の根抵当権を設定しており、本件ゴルフ場の換価価値を被担保債権額の満足に至るまで全て把握しているのであるから、本件ゴルフ場を競売に付し、あるいは相対によって任意売却して、担保価値を実現することも可能であった。
そして、その場合には、預託金債務の承継もなく、一般更生債権者への配当分をも配慮することなく、平成17年当時に約30億円を超えて存在した担保価値を実現することも可能であった(既存会員が一掃されれば、新経営者は再び、関東一円から新規会員を募集をすることもできた)。
さらに会社更生手続においても、本件ゴルフ場の担保価値を実勢処分価格どおり評価することを管財人に要求し、別除権によってより多くの金額を回収することも可能であった。なぜなら、近時のゴルフ場に対する会社更生・民事再生計画での一般配当率はせいぜい数%程度であり、本件における16.88%以上という一般配当率は一般債権者に対する異常な高配当であり、かつ更生担保権者に対する異常な低配当であることは明瞭だからである。
ところが、RCCは、敢えて会社更生手続申立を行って預託金債務の承継の余地を残し、かつ更生管財人との交渉によって一般更生債権者への配当率が16.88%以上にも及ぶこととなる財産評定に応じている。
その結果、RCCの回収額は非常に少ないものとなったのであり、同社がそのような方針をとった背景事情や動機は必ずしも不明であるが、そもそもRCCが関与するに至ったこと自体が本件融資後の事情によるものであるし、RCCの方針選択に被告人は一切関知し得ないから、RCCの回収額故に被告人が刑事責任を問われることとなるのは失当である。
(9) また、形式的に厳密に捉えれば、本件おいてGSが購入したのは本件ゴルフ場の不動産を含む営業権であって、それは、石川銀行が担保目的物とした本件ゴルフ場の不動産(土地やクラブハウスなど)そのものとは異なる。
しかし、ゴルフ場の場合には、不動産たるゴルフ場されあれば営業が成り立ち、客は近隣各県に既に存在するし、承継すべき特殊なノウハウ等は想定し得ないから、営業譲渡と不動産たるゴルフ場の譲渡とは、実質的に同義であると言えるのである。
この点例えば、製造業等の営業譲渡事例であれば、工場(不動産)以外にも、流通手段、人的資産、ノウハウ等々多くの要素が存在するが、それと同列に論じることができないことを念のため付言する。
(二) 不動産鑑定士山本了の不動産鑑定
平成12年2月、山本了不動産鑑定士は、ナショナルからの依頼により、本件ゴルフ場につき、金67億5273万円との不動産鑑定評価書を作成している。
この山本鑑定は、以下のとおり高度の信憑性を有する。
(1) 山本鑑定の作成経緯
この山本鑑定が、本件融資を得る手段として高額の評価額を裏付けるべく作成されたものでないことは、以下の事実から明確である。
(ア) 前述したとおり、山本鑑定は、熊谷組に債権カットを決断して貰うために行われたものであるところ、かかる経緯からして山本鑑定は、その作成当時において、本件ゴルフ場の実際の価値より低く評価されていることはあっても、不当に高く評価されたことはあり得ない。
すなわち、ナショナルからの提案額のみを受領してその余の残額を免除すること(債権カット)の是非を検討する熊谷組としては、本件ゴルフ場に高額の担保価値がある場合には、あくまで担保を実行して債権回収を図るのが経済合理性にかなうのであって、担保価値が低くてその実行によっても必ずしも債権回収の実質が上がらないと判断される場合に初めて、「一部一括弁済とその余の債権カット」等のスキームに応じることができるのである。
したがって、スキームに応じて欲しいナショナル側としては、担保価値が低いとの主張、すなわちゴルフ場の価値が低いとの主張を裏付ける根拠を示すのが常識的な行動となり、鑑定評価額を実際より低くしたいとの動機はあっても、高くしたいとの考えは不合理であって、凡そあり得なかったのである。
(イ) また、山本鑑定士の経歴は、昭和47年に不動産鑑定士の資格を取得し、昭和48年以後平成8年頃までの間、地価公示法の地価公示の鑑定評価委員、東京地方裁判所の鑑定委員、東京地方裁判所の民事調停委員の公職に就いていた。又、一般の職業鑑定士として、ゴルフ場評価の経験も豊富であり、取り扱い件数も、30件以上鑑定をした実績がある(第1審第12回藤田公判調書・山本了証人尋問調書2から7頁)。
(2) 平成13年1月実施の金融庁検査による追認
また山本鑑定の鑑定評価額は、金融庁検査においても追認されている。
このことは、検査結果通知(原審甲第493)の中の債務者区分変更先の債権額上位20先との書面のCCF欄で、57億円がⅡ分類と査定されていることから明らかである。
なお、金融庁検査に関し、検査官の増田は、藤田の公判において「担保物件の評価について、不動産鑑定士が評価したものを担保の処分可能見込額として採用することが評価手続として正しいという判断をしているが、我々というか検査官が自ら評価して、この担保評価が正しいということの判断はしていません。」等と、担保物件の評価についの判断はしていない趣旨の供述をしている。
しかしながら、この金融庁検査は、検査官の指針である金融マニュアルに基づいて行われたものであり、藤田が関与し、金融庁の検査官増田通貴と直接に交渉して査定されたものであって、この評価自体、以下のことから極めて信憑性が高い。
(ア) 金融庁検査の意義
いうまでもなく金融庁とは、金融機関を管理監督する行政機関であり、金融検査マニュアルに基づいて、金融機関の経営全般について、主に金融機関の貸出し先の資産の査定について立入検査を行う。
なお、金融検査マニュアルとは、金融監督庁により公表された金融機関の実務的なガイドラインであり、いわば全国の金融機関の統一の手引きのようなものといえよう。
そして、その検査で発見された問題点及びその改善策につき金融機関と意見交換を行い、改善状況の報告を求め、改善が認められない場合は改善計画の提出及びその実行命令、業務改善命令、業務の全部又は一部の停止命令、取締役等の解任命令を発する権限を有している機関である(銀行法第24~27条)。
なお、金融庁が実施してきた「検査」は、平成10年検査事務年度だけでも、銀行が125行、信用金庫138庫、保険会社5社、証券会社94社、証券投資信託委託会社2社、投資顧問業者23社と膨大な数に上り、その検査官が、経済や金融に関する幅広い知識と経験をもっていることはいうまでもない。
そして、その検査状況は、都市銀行・長期信用銀行・信託銀行の場合、一店につき平均で12.0人が動員され20.8日を掛けており、地方銀行では9.1人で16.8日、第二地銀は8.6人で18.0日、信用金庫は6.5人で12.6日、信用組合は6.7人で13.3日と、極めて手厚い検査が行われている。
(イ) 検査の実態
この平成13年1月(本件融資を実行直後)の金融庁検査は、極めて厳しく行われている。
すなわち、検査官は10名、期間は平成13年1月10日から3月30日までの約3ヶ月間をかけて実施され、増田が「信用リスクに関する資産査定も、通常1~2週間だが、今回、1ヶ月近くかかった」と証言(第6回公判調書)しているとおり、相当な期間を費やして慎重に行われたことが明かである。
そして、要引当額の大幅増加という検査結果からも、資産査定が、極めて厳格に行われたことが明かである。
特に、担保評価については、簡易鑑定書の評価につき石川銀行と意見があわなかったことから、2月22日、一旦、検査官が金融庁に戻って協議して方針を決定した後、再度2月27日から折衝が再開されている。
以上から、この時の金融庁検査は、極めて厳格に行われたことが伺われる。
(3) 山本の供述内容の矛盾
(ア) 以上に対し山本は、その供述調書において「『ゴルフ場の経営が苦しい』旨言われたことから高めの鑑定を依頼されたと思い込んだ」と供述する。
しかし、ナショナルの宮田が「本件ゴルフ場の鑑定書を債権カット交渉に使う旨、説明したかもしれない。」旨供述していること、宮田が本件依頼をした直後に山本が「現地を見なければなんともいえない」と述べ(山本及び宮田の供述)、真摯な鑑定をしようとしていた旨が伺われること等からは、山本のそのような思い込みの存在自体も、それが不動産鑑定額を不当に高額にしたと言うことも、合理的に考えがたい。
(イ) そもそも不動産鑑定には必ず依頼者側の期待額が存するものの、不動産鑑定士は職業的な倫理に従って適正な鑑定を行うのが当然である。
すなわち、法によって独占的に鑑定評価の資格を付与されている不動産鑑定士等に対しては、「不動産鑑定士および不動産鑑定士補は、良心に従い誠実に鑑定評価を行うとともに、不動産鑑定士および不動産鑑定士補の信用を傷つけるような行為をしてはならない」とされ(不動産鑑定評価に関する法律第37条)、評価基準には「不動産の鑑定評価にあたっては、自己または関係人の利害の有無その他いかなる理由にかかわらず、公平妥当な態度を保持すること。不動産の評価にあたっては、専門職業家としての注意を払わなければならないこと。自己の能力を超えていると思われる不動産の鑑定評価を引き受け、または縁故もしくは特別の利害を有する場合等、公平な鑑定評価活動を害する恐れのあるときは、原則として不動産の鑑定評価を引き受けてはならないこと。」が規定されているのである。
(ウ) なお、山本鑑定がもっばら原価法を用いていても、その方法は決して不合理ではない。
すなわち、「ゴルフ場の鑑定方法に関しては本件当時ゴルフ場の競売の場合には積算価格を用いた鑑定が行われるのが通常であった」との見解(藤田及び石川銀行の宮田和人が日本債券信用銀行に赴いて不動産鑑定士の資格をもつ2名の行員から教示を受けた際のレジュメ。以下「日債銀鑑定マニュアル」という。)も存する。
また現に、原審甲295員倉知忠志作成・捜査報告書に添付されている競売開始となったゴルフ場の評価書には、山本鑑定と同様、原価法による積算価格を算出し評価がなされている。
なお、不動産評価の方式の原価法は、対象不動産の再調達原価を求め、この再調達原価について減価修正を行って、試算価格を求める手法であり、この試算価格は積算価格と呼ばれている。
(エ) 山本鑑定が熊谷組に債権カットを決断して貰うために行われたものであるという事実には特段争いがなく、かつ、かかる経緯で作成された鑑定書が、本件ゴルフ場の実際の価値より低く評価されていることはあっても不当に高く評価されたことはあり得ないということは異論を挟む余地のない道理である。
ところが原審判決は、かかる事実や道理を否定する点につき一切の説明をしないまま、捜査側のシナリオに迎合した山本の捜査段階の供述に優越的価値を認め、それを盲目的に信じて山本鑑定の不当性を認定しているものであって、証拠の評価を誤ったものであることは論を待たない。
(三) 平成11年12月に実施の日本銀行考査(本件融資直前の検査)
本件ゴルフ場は、平成11年12月に実施された日銀考査において、62億4591万円の評価金額で資産査定がされており(原審甲599・差押調書・領第325号・符号2433・「C.Cザ・ファーストゴルフ場評価額」と題する資料)、このことからも、本件融資当時、本件ゴルフ場の担保価値が60億円以上あったことは明かである。
この日銀考査は、平成11年9月末日を基準日として、藤田が関与し、日銀の考査官吉川雅彦により、金融検査マニュアルに基づいて行われたものであるが、この評価自体、以下のことから極めて信憑性が高い。
(1) 日銀考査の意義
言うまでもなく日本銀行は、一般銀行の銀行としての地位を有する。
すなわち、一般銀行は、預金者の預金引出しや手形交換尻決済のため、預金の割合に応じて決められた「準備預金」を、日本銀行の当座預金へ預け入れる義務を負う。
そして、何らかの原因で信用が揺らぎ、市場や預金者から取り付けあう場合などの場合には、資金を用意して貰えるという意味で、日本銀行は、一般銀行にとって絶対不可欠な機関である。
また、日本銀行は、我国の金融政策の中枢を担い、同行に当座預金口座を置いている金融機関に対して、日銀考査を実施することになっている(日本銀行法44条)。
この日銀考査とは、主に金融機関の財務内容等を立入検査し、個々の融資の健全性をチェックし、L(損失)、D(損失の疑い)、S(注意)、正常債権の4つに分類して査定し、検査結果によって金融機関は、貸倒引当金などを追加引当するよう迫られることとなる。
そして日本銀行は、「考査に関する契約書」(原審甲495)を金融機関との間で締結し、金融機関が拒絶や虚偽の情報提供をした場合等には、当座取引の解約等を行うことができ(契約書13条)、その場合にその銀行は、もはや銀行業務を続行することは不可能となる。
さらに、日銀考査の結果は金融監督庁長官に提出され、ひいては金融監督庁(現金融庁。以下、金融監督庁も含めて金融庁ということもある)の行政指導の対象となるもので、金融庁検査と同様に、重要な位置づけにある。
そして、金融庁検査官・日本銀行考査官は、全国の金融機関を検査し、その結果行政処分を発せられる権限を有する立場であるから、金融機関の役職員以上相当高度の金融知識を有している。また、データも一元管理されているので、極めて常識的な評価が可能なのである。
(2) 上記日銀考査以前の本件ゴルフ場の担保価値の状況について
本件ゴルフ場については、石川銀行内においてもその担保評価を厳しく査定していた。
(ア) 平成10年8月、本件ゴルフ場の担保評価額は163億円であった。
これは、平成10年8月4日付・担保物権一覧表の符号Jの小計の評価額が233億円で、担保価格が163億1千万円と記載されていることから明らかである(第1審第22回公判調書添付資料2)。
(イ) その後の平成11年1月実施の金融監督庁検査の際の本件ゴルフ場の評価額は117億円で担保価格は82億円であった。この事実は、第1審第22回公判調書添付資料5で明らかである。そして、この間も銀行は、四半期(3ヶ月に1回)毎に、財務内容などについて日銀に報告をし、日銀は年1度程度の割合で、日銀考査として立入検査を実施している。
これらの金融庁検査及び日銀考査において、石川銀行において担保評価した内容につき、金融当局が認めてくれなかった場合には、金融当局と折衝の上、従前からの担保評価額を減額した内容で担保評価されることになるのであるが、上記の金額で維持されているということは、各検査において認められた適正な評価額であったことが認められる。
そして、上記のとおり評価額が徐々に減少している点に鑑みると、これらの評価額は、漫然と日銀考査や金融監督庁検査をパスした金額ではなく、厳格な検査の上、具体的に折衝がなされて決定された金額であることがわかり、その信憑性の高さが伺える。
(3) そしてそのような信憑性の高い評価において、平成11年1月ころに82億円と評価された本件ゴルフ場が、平成11年9月末日を基準日とした平成11年12月実施の日銀考査において、藤田が関与し、日銀の考査官吉川雅彦により、金融検査マニュアルに基づいて行われた結果、吉川の厳しい資産査定を経て、62億4591万円と修正されたものである。
なお、この点につき、日銀担当者の吉川は藤田の公判において「抵当権が15億円しか設定していないので、15億円の回収可能については判断したけれども、一定の価格、担保評価を一定の価格として、今問題と六十数億円というふうなことで認めたことはない」(第1審第3回公判吉川調書50頁)などと供述し、さらに、日銀保管資料に、本件ゴルフ場の担保評価額が約62億円となっている資料が存在していないことから、それを理由として、具体的な金額を特定した形では担保評価していない旨述べている。(吉川公判調書、54頁以下)
しかしながら、実際に原審甲599号証の日銀差押・押収品の中には、上記の担保評価額が6,245,910,319円となっている担保評価書、平成11年12月8日付けの「C.Cザ・ファーストゴルフ場評価額」と題する書面が存在しており、日銀の資料の中に上記書面があるということは、平成11年12月の日銀考査当時、本件ゴルフ場については、約62億4500万円で担保評価されていることを明らか示すものであって、上記吉川の供述は全くの誤りである。
加えて、上端も第1審第10回公判調書11頁「この考査で62億4500万円で担保価格がなったと記憶している」と述べているもので、本件ゴルフ場について、その担保評価を約62億と評価したことは疑いがないと考えられる。
また、この資料の作成日は、平成11年12月8日で、日本銀行考査期間中であることや右上部余白に「自行評価8,202百万円・修正後6,245百万円」との記載があり、この考査前の評価額が8,202百万円で、この考査において6,245百万円と修正がなされたことが分かるのである。
以上の様に、日銀考査において、日銀の担当者も本件ゴルフ場の担保評価を62億4591万円と評価していたことは明かであって、62億4591万円という価額は、決して突飛な額ではなく、幾度にも亘る検討を経て確定された金額であるということができるのである。
(四) 松岡鑑定及び丸川鑑定に関して
(1) 以上述べてきたとおり、平成12年9月当時における本件ゴルフ場の価値に関する評価を時系列でまとめれば、以下のとおりになる。
(ア) 平成11年12月に実施された日本銀行考査
金62億4591万円
(イ) 平成12年2月の不動産鑑定士山本了の不動産鑑定
金67億5273万円
(ウ) 平成13年1月実施の金融庁検査による(イ)の追認
(エ) 捜査段階における丸川鑑定
金16億円
(オ) 捜査段階における松岡鑑定
金14億円
(カ) 平成17年の実際の売却価値(金31億0083万円超)と、使用権の瑕疵や平成12年当時との経済状況等の比較から合理的に推察される金額
約60億円
このように本件ゴルフ場は、再三に亘って60億円を超える評価がなされているが、これに対して松岡鑑定及び丸川鑑定は、それらのみが飛び抜けて低い鑑定評価をしており、このこと自体、極めて不自然であった。
これは、そもそも松岡鑑定及び丸川鑑定が、捜査側が被告人らの犯罪を立証するために敢えて作成したものであり、そこに鑑定評価額を低くしたいとの恣意が入り込む余地があったからと言わざるを得ない。
鑑定評価額を低くすべき必然性こそあれ高くすべき合理性があり得なかった山本鑑定や、厳格中立な日本銀行・金融庁検査等に比べて、その信憑性が劣ることは自明である。
(2) そして本件ゴルフ場が、平成17年に金31億0083万円を上回る金額で売却されていることは、評価を交えない紛れもない事実である。
ところが、松岡鑑定及び丸川鑑定は、平成17年より経済状況等が格段に優る平成12年当時の本件ゴルフ場の価格につき、実際の半分程度の評価をしているのであり、もはや、それが失当であったことにつき特段の説明さえ要しないものとなっている。
(五) 小括
(1) 原審判決は、松岡鑑定及び丸川鑑定を採用して本件ゴルフ場の価値を認定し、それに基づいて、本件融資が石川銀行に損害を及ぼした旨認定しているものである。
しかし上記のように、松岡鑑定及び丸川鑑定の各結果は、今日となっては、もはや現実の換価によってその不当性が裏付けられたのだから、原審判決は被告人を有罪とした唯一かつ最大の根拠を失ったこととなる。
そして、かかる松岡鑑定及び丸川鑑定を除けば、全ての客観的評価は、本件ゴルフ場の担保価値を60億円程度としている。
もはや、本件ゴルフ場の担保価値が60億円を下回ることを立証する証拠は一切無い。
(2) なお、本件ゴルフ場の担保価値が少なくとも42億5千万円を上回る場合には、それのみを以てしても、再生スキームによって石川銀行の損害が減少し、背任は成立しないことは前述したとおりである。
しかし、平成17年に金31億円を上回る価値が実証された本件ゴルフ場につき、「平成12年には42億円5千万円を上回ることはなかった」などと、誰が如何なる見識に基づいて断言することができようか。そのような意見は、もはや強弁以外の何ものでもなく、そこに合理的な疑念が生じないことはおよそ不可能である。
(3) 以上から、本件ゴルフ場は57億円の本件融資の担保として十二分の価値を有しており、本件ゴルフ場の担保価値のみをもってしても本件融資はその回収可能性を現実的に有していたから、石川銀行には一切の損害が生じていない。
3 本件融資につき返済の可能性が十分あったこと
(一) ゴルフ会員権売却の収入による返済
(1) ゴルフ会員権の売却実績(原審甲248・員倉知忠志作成捜査報告書・会員権預り保証金、会員登録収入の年度別集計表)
本件ゴルフ場の会員権の販売実績は、以下のとおりであった。
平成5年3月期(平成4年4月から平成5年3月)
11億0656万円
平成6年3月期(平成5年4月から平成6年3月)
4億7396万円
平成7年3月期(平成6年4月から平成7年3月)
1億3401万円
平成8年3月期(平成7年4月から平成8年3月)
6億1965万円
平成9年3月期(平成8年4月から平成9年3月)
12億9735万円
平成10年3月期(平成9年4月から平成10年3月)
9億0113万円
平成11年3月期(平成10年4月から平成11年3月)
3億0960万円
平成12年3月期(平成11年4月から平成12年3月)
1億7940万円
本件融資の直前3年間の販売総額
13億9013万円
年間の平均販売額
4億6337万円
なお上記金額には、販売実績額の一割に相当する入会金及び会員登録料が含まれている。これは損益計算書の売上金額に組み込まれているため、後記の「営業収入による返済」にて計上されている。
よって、本項においてはこれを控除する必要があるため、結論としては以下の金額となる。
年間の平均販売額
3億6117万円
(2) 本件ゴルフ場における会員募集の余地
他のゴルフ場の会員数を考慮して本件ゴルフ場の適正会員数を算定すれば、1500~1600口程度(正会員)となり(原審甲289丸川鑑定書・20頁)、よって本件ゴルフ場においては、本件融資当時、少なくとも1300名程度の募集が未だ可能であった。
(3) 売り控えの実態
(ア) 本件ゴルフ場の会員権の販売実績については、平成11年3月までは、最低でも年間3億円以上の販売実績があったものの、平成12年3月に、これが一旦落ち込んだように見える。しかしこれは、以下のような売り控えの意図によって生じたことである。
すなわち、同月29日に生泉興産及びスミセイ抵当証券が有していた債権が外資系企業であるSPSに譲渡されたために、5社協定で約定されていた「強制執行は行わない」との紳士協定が崩れるに至った。そのため、そのような状況においては、本件ゴルフ場の最低限の価値を維持するためには会員権販売を全く停止するわけには行かないもの、あまりに多額の会員権販売をすることも、本件ゴルフ場が競売に付される危険を考慮すれば妥当でないとの考慮が働いた。
そこでナショナルとしては、前記したとおり、熊谷組と早急に善後策を話し合い、譲渡された債権の買戻し交渉等を最優先で行わなければならないとの判断のもと、会員権の販売促進を一時控えるようになったのである。
(イ) 売り控えについては、原審の弁論要旨でも詳論しているとおりであり、客観的に見ても、ナショナルでは、ゴルフ会員権の販売担当社員の人数を意図的に減らしているし、また、会員権の販売を本格的に再開した平成16年3月から同月9月までの約半年の間に171ロもの会員申込み予約があったのであり、この様な事実からも、本件融資当時、会員権を売り控えていたことは明らかであるのに、これを否定した原審判決は証拠判断を誤ったものである。
原審判決は、被告人が捜査段階では売り控えをしたとは供述せず、公判段階で売り控えを言い出したことを指摘して、被告人の売り控えの供述は信用出来ない旨判示している。
しかし、そもそも売り控えについては本件融資が行われた当時の石川銀行の稟議書に石川銀行がナショナル側から聴取した内容として記載されており、本件融資当時から被告人側では売り控えをしていることを石川銀行に話しているのであって、捜査段階の調書にその記載がなかったとしても、売り控えをしていなかったということにはならないのである。
かかる稟議書の記載に関し、原審判決(8頁)は「石川銀行の稟議書に記載があるからといって、それが真実であるということにはならない。」などとする。しかし、これは「発言時期が遅いから虚偽である」との論法の反証に対して、今度はその記載内容自体を何らの根拠もなく否定するものであって、議論のすり替えである。稟議書が作成された当時、被告人が石川銀行にそのような虚偽を述べなければならなかった必然性はなかったものである。
また、第1審判決は、「上記5社協定では、平成10年12月以降の会員権の販売代金の2割はナショナル社に帰属することになっていたところ、その当時の同社の財務状況に照らすと、会員権の販売が十分に見込めたのにあえてこれを差し控えるような余裕は同社にはなかったものと言うべきである。」として売り控えの主張を排除している。確かに、ナショナルの経営実態からして、同社の最も主要な収入源がゴルフ会員権であったことは事実であるが、ナショナルの最も主要な収入源がゴルフ会員権の販売代金だからこそ、それを最も有効に使いたいと考えるのは、当然であり、ナショナルとしては、同社にとって最も有利な状態で販売したいと考えるのは当然である。逆に言えば、ゴルフ会員権を販売しても、ナショナルにとってメリットが少ない状態であれば当然、同社は、ゴルフ会員権の販売を控えると考えられる。このように考えることは、経済合理性にも合致するものであって、一般人の経験則とも合致するところである。この頃、5社協定は、ゴルフ会員権販売代金を管理するというものであって、ナショナルが本件ゴルフ会員権を販売しても、ナショナルに配分される金員は、わずか20パーセントに過ぎないのである。ナショナルとすれば、本件ゴルフ会員権販売から配分される割合がもっと高くあって欲しいと考えるのは当然である。
さらに、この頃、
① ノンバンク2社との債権カットが具体的に進みはじめていること
② ゼネコンに対する債権放棄が実施されている状況であること
③ 5社協定の協定各社に対する債権総額は、267億円と膨大であり、その支払利息の金額ですら年間約11億円と多額であって、いわば、支払っても支払っても、利息分の支払すら出来ない状態であったこと
などの状況下にあり、被告人は、5社協定の有効期間中(平成12年3月3日)、協定8条「本協定の有効期間は、本件ゴルフ場、土地・建物に取得済の担保権に基づく競売申立てその他如何なる法的措置も講じないものとする」の規定により債権者からの法的措置が取られないことを利用し、会員権の売り控えをして、その間に債権者から債権カットをしてもらって、ナショナルに対する債権額を大幅に減少させるという戦略を取ったのである。
(ウ) 売り控えを始めたのは、平成9年後半頃からであったが、この事実は、ゴルフ会員権の販売高やゴルフ会員権販売のために営業担当社員の推移より裏付けられている。
即ち、ゴルフ会員権の売上実績は、
平成9年4月から平成10年の3月 9億0100万円
平成10年4月から平成11年の3月 3億0900万円
平成11年4月から平成12年の3月 1億7900万円
平成12年4月から平成13年の3月 2850万円
(原審248添付資料、会員権預り保証金・会員登録収入の年度別集計表)であり、平成10年4月以降、ゴルフ会員権の売上が大幅に落ち込んでいる。
ところで、ゴルフ会員権販売のための営業担当社員数は、平成9年1月頃45名であったが、その後、平成9年12月頃には26名となり、平成10年9月には20名、平成11年7月頃には15名、平成11年12月には11名、平成12年には9名と減少させ、リストラをしていった。
ゴルフ会員権の販売実績とゴルフ会員権販売のための営業担当社員数との関係をみると、平成10年3月期には、ゴルフ会員権の売上は9億0100万円であって、多額の売上を上げている。期間中に販売の営業社員数が約半数に激減している状況からも売り控えをしていたと考えられる。さらに、平成11年3月、ノンバンク2社が外資系企業に債権譲渡され、平成11年8月頃、この債権を7000万円で購入した以降、熊谷組に対する債権カットの交渉が本格化してきたことから、少なくとも平成11年4月から平成12年9月本件融資までの直前の販売実績については、売り控えをしていたとすることが明らかであり、今後のゴルフ会員権の販売を予測する際の資料としては、何ら意味をも、もっていないものであることが明らかである。
(エ) 売り控えについては、元石川銀行行員の上端も第1審第10回公判で、「販売しても、丸々自分のところで運転資金として使えるわけでもないですし、当時5社協定と言うのが結ばれていましたんで、そちらに配当がいくだけですから、売っても仕方ないでしょう」などと供述している。
また、本件融資の融資常務会で配布された東京支店作成にかかる平成12年9月4日付回答書の中に、ナショナル社のゴルフ会員権の「売り控えをしていた」旨の記載があり、被告人の売り控えをしていたとの供述は裏付けられている。
(オ) さらに、前川俊治において、本件ゴルフ場の会員権につき1ロ280万円での購入予約申込みを募ったところ平成16年3月から平成16年9月までの約半年の間に171ロ、価格合計4億7880万円の会員申込みがあったのであり、本件ゴルフ場の会員権は売ろうと思えば売れる商品であり、販売代金によって本件融資金を返済できる可能性は十分あったのである。
この点について、原審判決は、平成16年3月から前川が行った会員権募集は、申込者に対し、「本件ゴルフ場は破綻したに等しい状態であるから預託金は弁護士が保管し、もし本件ゴルフ場の譲渡先が決まらない場合は無条件で預託金の返還に応じる。本件ゴルフ場や預託金返還債務の第三者への承継を条件としている。」旨説明された上で行われたもので、多額の負債を抱えたCCFが経営主体の本件ゴルフ場の会員権を販売する場合とは異なった条件で会員の募集が行われたのであるから、そのことから本件融資当時における会員権販売収入の見込額が推定できるとはいえない旨判示している。しかし同判断は、明らかに誤っている。
すなわち、前川の行った募集も、本件ゴルフ場を第三者に譲渡することを前提にしており、その際、既存会員に対する預託金返還請求債務や石川銀行関係に対する負債(ゴルフ場に設定されている68億4千万円の担保債務)も第三者に承継させるものである。したがって、譲渡先は、CCFが経営していた当時と変わらないゴルフ場関係の負債を承継することになるのであって、その意味ではCCFが経営主体であるゴルフ場の会員権の販売と、異なった条件で会員の募集を行うものではない。
前川の行った募集に応じた者は、これらを承知の上で購入することにしたのであるが、それは、本件ゴルフ場がその立地条件の良さ、コースのグレードの高さ、会員数の適正さ、資産と負債のバランスから見て安定した経営が望めることなどの理由によるものであり、ゴルフ場自体に十分な価値があったからこそ募集に応じる者がいたのである。
ゴルフ場としてのこの様な価値は、本件融資当時から変わるものではなく、平成16年3月以降の会員権募集に多数の者が応じたということは、本件融資当時においても、返済計画に見合う会員権販売が見込まれたことを明確に裏付けるものであって、これを否定する原審判決の判断は誤っている。
(4) 預託金を石川銀行からの借入の返済に充当しうること
なお、以下の理由から、会員権の販売代金は預託金返済資金として留保する必要性は必ずしもなく、石川銀行からの借入の返済に充当しうるものである。
すなわち、たしかに会員権販売代金のうちの預託金は、貸借対照表の負債に計上されて返還義務が発生するが、当然ながら、償還期限までは企業運営のための活動等に使用・流用が可能であり、預託金はそのために募集されるのである。
また本件ゴルフ場は、未だ会員の定員を満たしていないから、なおも会員権販売を継続していく状況にあった。
そして、本件ゴルフ場の会員権は、償還期限も到来しておらず、前記のようにその販売時期が分散していたから、仮に償還期限が到来した際にその全員が償還を請求した場合を想定しても、一度に請求される金額の全体に占める割合は少額に留まり、かつ時期を異にして順次行われることになる。そして、預託金の償還請求は会員としての地位の喪失を伴うため、ゴルフ場としては、空きができた分につきさらに会員募集をすることが可能となるのである。よって、若干のタイムラグは発生するものの、預託金の償還は、新たなゴルフ会員権販売代金にて賄うことが可能となる。
この点で、預託金償還期限が一斉に到来したために短期間に巨額の返済資金が必要となり、それを用意できずに倒産してしまった他の多くのゴルフ場とは、状況が全く異質なのである。
原審判決(7頁)は、CCFが多額の負債を抱えていたためにもはやゴルフ会員権を販売する余力は無かったとする趣旨を述べる。しかしこれは、上記の実態を理解せず、預託金の返還減資を営業利益のみとする誤解に基づく失当な考え方である。
なお、5社協定の下においても、ゴルフ会員権販売代金は債権者へ返済に充当されていた。
(5) 以上から、ゴルフ会員権売却の収入による返済として、以下の金額が可能であった。
年間 3億6117万円
(二) 営業収入による返済
(1) 本件ゴルフ場本体のキャッシュフロー
たしかに、本件ゴルフ場の収益は(原審甲180・粟津彰員面調書添付資料18頁、比較損益計算書のゴルフ場部門と会員権部門を加算したものによれば)、
平成11年3月期(平成10年4月から平成11年3月)の実績は、
売上高 643,851,164円
売上総利益 632,928,227円
営業利益 ▲119,857,885円
経常利益 ▲111,552,205円
税引前当期利益 ▲111,552,205円
(内減価償却費 146,727,634円)
キャッシュフロー 35,175,429円
平成12年3月期(平成11年4月から平成12年3月)の実績は、
売上高 633,757,722円
売上総利益 619,813,808円
営業利益 ▲70,765,164円
経常利益 ▲61,961,081円
税引前当期利益 ▲61,961,081円
(内減価償却費 104,076,805円)
キャッシュフロー 42,115,724円
であった。
しかし損益計算書上では、減価償却費は営業費用として計算されているものの、実際に金員を支払うものでないことから、税引前当期利益から減価償却費相当額を繰り戻した額、いわゆる償却前利益が返済財源(キャッシュフロー)となる。
したがって、以下の各時期に、以下の返済財源(キャッシュフロー)が存在した。
平成11年3月期 35,175,429円
平成12年3月期 42,115,724円
二期の平均値 38,645,576円
(2) 食堂部門の収入
本来レストラン部門は、一般に営業利益が売上の約3割程度も望める収益性の高い部門である。
本件のレストランは、ナショナルの関連会社であるナショナル商事に委託されていたものであるが、平成11年10月から平成12年5月(8ヶ月間)の実績は、以下のとおりであった。
(押収物・ナショナル商事総勘定元帳より転記)
売上金 1億0766万円
売上総利益 7340万円
営業利益 1138万円
(ナショナルヘロイヤリティー1777万円支払後)
経常利益 1224万円
税引前当期利益 1224万円
本件レストランがナショナル商事に委託されていたのは、その収益が5社協定に基づき返済に充当されてしまうことを回避するためであったが、本件再生スキーム後はその必要が無くなる。
そこで、CCFがこのレストランを直営とすれば、税引前当期利益を返済原資に加算することができる。その金額は、12ヶ月に置き換えると以下の金額となる。
1836万円
(3) 経費の削減
本件ゴルフ場の経費については、本件融資を実行された後、人件費等相当にリストラされている(原審甲289・丸川鑑定評価書30頁・収支及び想定諸経費)。少なくとも、関係証拠から、1億3500万円の縮小が見込めたことが、明白である。
具体的には、キャディーの総数を約40名から30名にリストラし、外部からの派遣制度とした。
平成12年4月から平成13年3月における一般管理費について、ナショナルが運営していた時期(平成12年4月~同年9月の6ヶ月間)とCCFが運営していた時期(同年10月~平成13年3月の6ヶ月間)を比較すれば、以下のとおり大幅な減少が実現されている。
人件費 1億7千8百万円 → 9千1百万円
交際費 4千9百万円 → 1百万円
差額合計 1億3500万円
(4) まとめ
以上のことから、CCFの営業収入からの返済としては、年間で、以下の金額が現実的に可能であった。
(ア) 本件ゴルフ場本体のキャッシュフロー 3864万円
(イ) 食堂部門の収入 1836万円
(ウ) 経費の削減 1億3500万円
総合計 1億9200万円
(5) 上記のことは、CCFの会社更生事件【東京地裁平成17年(ミ)第2号】の更生計画案別表4(原審弁2添付資料1、41頁)「損益計算書」によっても、以下のとおり、裏付けられている。
(ア) 同表の▲4671万3018円の経常損失の発生には、通常業務では発生しない以下の経費が影響している。
① 平成17年8月の1ヶ月間だけでも、弁護士費用505万円が計上されている(同添付資料2の62頁、資金繰予定2005/8実績欄、販管費の内訳)。
② 支払報酬として1725万0709円が計上されている(同添付資料2、59頁、合計残高試算表【損益計算書】、販管費の内訳欄の支払報酬の残高欄)。
③ 更生手続開始後の設備投資等の資金投入額は約1億660万円であり(同添付資料1、12頁)、そのうちの費用計上額は不詳であるが、相当多額であることは明白である。
④ 減価償却として3354万4268円が含まれている(同添付資料2、60頁、合計残高試算表【貸借対照表】建物償却累計額から工具器具償却累計額までの欄)。
(イ) 以上から、経常損失額をはるかに上回る特殊経費があることが判明し、このことから、通常業務においては相当程度利益があって、実質黒字経営であったことが明白となる。
(ウ) なお、以下の事実からも、更生会社が実質黒字経営であったことが裏付けられる。
① 平成16年3月期には、売上高は5億1818万円、償却後当期利益は5516万円であった(同添付資料2、75頁)。
② 平成17年3月(更生開始決定直後)の1ヶ月間において、売上高は4210万円、当期利益は1977万あった(同添付資料2の13頁、合計残高試算表)。
③ 更生開始後約7ヶ月経過して更生管財人が更生会社の実態を把握した時点である平成17年9月27日に作成された(同添付資料2、72頁)管財人の業務計画においては、平成17年9月から平成18年3月までの7ヶ月の経常収支は、弁護士費用を3505万円計上したうえで、4049万円のプラスとなっている。
④ 前経営者が経営を続行した場合の損益も、平成17年3月期の償却前当期利益が94,973千円で平成18年3月期以降各年の償却前当期利益は145,654千円であることが認定されている(同添付資料2、88頁)。
(三) 57億円の25年元利均等払いによる返済計画の実現性
57億円の本件融資につき、実際に返済が可能であったか否かを、仮に25年間の元利均等払との約定の想定で検討すると、返済に必要な額は、以下のとおりである。
毎月 25,931,460円
年間 311,177,520円
これに対して、本件ゴルフ場の返済財源は、上記の検討により、年額以下のとおりとなる。
会員権販売による返済額 3億6117万円
営業による返済額 1億9200万円
合計 5億5317万円
したがって、25年間の元利均等払との約定の場合にも、十分返済が可能であったことは分かる。
そして、本件融資の実際の約定は「総期間25年で、当初5年間は年間2億0963万円の返済額であり、その後5年毎に返済額が増額し、最終的には年間4億3088万円の返済額」とのものであり、これは元利均等払いよりも更に返済が容易な条件であるから、その返済が可能であることは言うまでもない。
(四) ナショナルの収益力
なお、ナショナルに残った42億円の債務の返済可能性については、以下のとおりである。
(1) ナショナルの収益(原審甲477・第22期決算報告書添付資料・損益計算書)
本件スキーム実行後(平成14年3月)は、ナショナルには、地図部門(日本道路公団の道路地図の製作業務)と家賃収入・コンサルタント収入が残ることとなったが、その経営状況は以下のとおりであった。
売上 7億7500万円
売上総利益 3億3617万円
営業利益 6446万円
上記の営業利益は、減価償却費1261万円を控除した金額であるから、返済に充てることができるキャッシュフローとしては、以下の金額となる。
7707万円
(2) 返済すべき債権者
(ア) ナショナルの債務の状況は、以下のとおりであった。
① 石川銀行 42億円
② SPS(旧熊谷組・住友銀行) 実質300万円
③ ファーストファイナンス(旧ノンバンク)実質7000万円
④ 旧さくら銀行(現三井住友銀行) 24億円
⑤ 東京厚生信用組合 15億円
⑥ 旧住宅ローンサービス(整理回収機構) 16億円
⑦ 未払金その他 6億円
合計 103億7300万円
(イ) ところで、上記債権のうち、SPSのそれは、熊谷組からSPSが300万円で購入したものである。そしてSPSとCCFの間では、あらかじめその金額で譲渡することが約束されていたから、返済すべき額は実質的には300万円であった。
また、ファーストファイナンスの99億円は、生泉興産、スミセイ抵当証券から、平成11年9月7日、ファーストファイナンスが、7千万円で債権譲渡されたものである。ファーストファイナンスは、ナショナルの関連企業であるから、この債権の返済も、実質的には棚上げして考えることが可能である。
(3) 以上のことから、ナショナルの総負債額に占める石川銀行の融資額の実質的な割合は、約40.5%程度となり、その返済可能性は極めて高いことが分かる。
4 まとめ
以上、記述したとおり、本件融資は、担保も十分で、返済可能性も高く、また、再生スキームとして極めて合理的な融資であり、これを実行した石川銀行員には、何らの任務違背も存しない。
第2 石川銀行担当者には、図利加害目的や故意が存在しないこと
1 本件ゴルフ場の担保力に関する認識
本件融資は本件ゴルフ場を担保として行われたものであったところ、石川銀行は、前記の不動産鑑定士山本了の不動産鑑定や平成11年12月に実施の日本銀行考査の状況などから、本件ゴルフ場が本件融資の回収に十二分な担保価値を有している旨認識していたものである。
そして、そのように認識に合理性があったことは、前述の平成17年における実際の売却価値から推定される本件融資当時の本件ゴルフ場の担保価値が60億円以上はあるということによっても裏付けられており、そのように認識していたことが真実であることが明白となる。
2 再生スキーム全体からの実質的考察に基づく本件融資の合理性の認識
本件融資は、本件ゴルフ場を担保として行われた再生スキームの一環であったところ、石川銀行ないし被告人(特に石川銀行側)は、前述した本件再生スキームの合理性に基づき、その認識のもと、本件融資を行ったものである。
3 以上から、石川銀行側には、石川銀行に損害を及ぼすべき故意も目的も一切存在しなかったものである。
第3 結語
以上の様に、本件融資は、その再生スキームとして経済的合理性があり、また、ゴルフ会員権販売による収入やゴルフ場の営業利益により十分な返済可能性がある上、融資金額に見合う十分な担保を徴求して実行されたものであって、貸し手である石川銀行側には任務違背も図利加害目的もなく、そもそも共同正犯成立の前提たる貸し手側の特別背任罪が成立しない。
第4節 最後に
1 本件ゴルフ場は、平成17年において金31億0083万円を上回る金額で売却されたのであり、本件融資が実行された平成12年当時、約60億円の価値があったのであり、無視した原審の判断は、実際の事実に反している。
また、本件訴訟後においても、新聞報道等によって既に事件となっていることが公表されているにも拘わらず、預託金額を低額にすることによって、新会員が実際に集まっており、本件ゴルフ場が、このような刑事事件として取り上げられた後であっても、経済的な合理性があれば、会員は事実として集まっており、返済原資とならないという原審の判断は、実際の事実に反しているのに、判決はこの事実にも目をつぶり本件融資当時、会員権が計画とおり販売できる見込みはなかったと判断しているのである。
裁判所は、客観的な証拠をもって事実を認定するのであって、先入観や固定の結論をもって裁判に臨んではならないことは憲法上の要請である。しかるに第一審と原審の態度は、独断と偏見に基づく有罪の結論が先にあって、それに合う証拠のみを取り上げ、しかも、その事実も一面でしか見ることをせず、自己の主張にあうように貼り付けているものとしか思えないのである。
最高裁判所におかれては、このような点に対して、率直な目を向けるべきである。
2 最高裁判所には、再度、神聖な第三者として、本件融資を客観的証拠に基づいて再考していただきたい。
そして、本件融資が、通常、他の再生事件でも行われているような方法をもってのぞんだものであり、被告人から銀行に対しての異常な接触や、反対給付や禁止されているようなリベートの提供や、接待等が全く存在しておらず、また、被告人が融資担当者の自己保身等の図利目的を認識して融資担当者が本件融資をに応じざるを得ない状況にあることを利用したこともない事実などに照らせば、被告人には特別背任の共同正犯が成立しないことは明かであるので、速やかに原審判決を破棄する旨の判決を賜わりたい。
以上