最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)188号 判決 1991年6月27日
東京都目黒区目黒一丁目四番一号
上告人
パイオニア株式会社
右代表者代表取締役
松本誠也
右訴訟代理人弁理士
瀧野秀雄
有坂悍
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 植松敏
右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第二七三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年七月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人瀧野秀雄、同有坂悍の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすきず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一)
(平成二年(行ツ)第一八八号 上告人 パイオニア株式会社)
上告代理人瀧野秀雄、同有坂悍の上告理由
第一 上告理由(1)
原判決は、次の点で判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断の遺脱又は理由の齟齬がある。
一 本件審決取消請求訴訟における重要な争点の一つは、本願発明の複数のスクランブル回路におけるスクランブル方法が、各スクランブル回路毎にスクランブルモードを異にするスクランブル方法であるか、それとも前記スクランブル方法の他に、各スクランブル回路が同一のスクランブルモードであって、スクランブルのための変調度が各スクランブル回路毎に異ならせるスクランブル方法も含まれると解すべきであるか、という点にある。
二 本願発明の明細書(甲第二号証)には、本願発明の複数のスクランブル回路におけるスクランブル方法として、次の各スクランブル方法があると説明している。(甲第二号証第四二三頁八欄一三行乃至九欄六行、同頁一〇欄三行乃至一七行、第四二四頁一三欄九行乃至一四行)
<1> 負変調方式と正変調方式とを変換してAM変調するスクランブル方法。
<2> テレビ信号の同期信号に同期した正弦波変調信号をAM変調するスクランブル方法.
<3> テレビ信号の同期信号に同期した正弦波をそのn分周波までFM変調して得る、いわゆるFM-AMスクランブル方法。
<4> 前記の<1>から<3>の方法を同一にしてスクランブルの変調を加える程度を相違させるスクランブル方法.
三 本願発明の明細書に記載されている前記<1>乃至<4>のスクランブル方法のうち、<1>乃至<3>のスクランブル方法は、原判決も認定しているように、それぞれスクランブルモードを異にするものである。(原判決第四二頁三行乃至一〇行)
一方、前記<4>のスクランブル方法について、本願発明の明細書には、次のように説明されている.「なお、本実施例では第一~第三のスクランブル回路32~34のスクランブル方法をそれぞれ違う方法で構成してあるが、各スクランブル回路32~34のスクランブル方法は同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させる構成でも良い。」(甲第二号証第四二四頁一三欄九行乃至一四行)
四 前記<4>のスクランブル方法に関する説明について、上告人は原審において、次のように解すべきものであると主張した。
「右のスクランブル方法<4>は、各スクランブル回路32ないし34のスクランブル方法は同一にしておき、即ち、スクランブル回路32はスクランブル方法<1>に、スクランブル回路33はスクランブル方法<2>に、スクランブル回路34はスクランブル方法<3>と、それぞれ同一にしておき、各スクランブル回路32ないし34に対してスクランブルの変調を加える程度、即ち変調度をそれぞれ相違させるスクランブル方法であり、スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>の一つの実施態様に含まれるものである。」(原判決第一四頁六行乃至第一五頁三行)
五 右上告人の原審における主張に対し、原判決は、スクランブル方法<4>の説明として本願発明の明細書に前述のように、
「なお、本実施例では第一~第三のスクランブル回路32~34のスクランブル方法をそれぞれ違う方法で構成してあるが、各スクランブル回路32~34のスクランブル方法を同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させる構成でも良い。」(甲第二号証第四二四頁左下欄九行乃至一四行)と記載されている点を捉えて、他に何ら理由を説明することなく、直ちに、「即ち、複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させたものである。
したがって、本願発明には、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを異にするものに限定されるものではなく、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させるものをも含むものであり、」
と認定している。(原判決第四三頁四行乃至第四四頁三行)
六 しかしながら、前記三で示したスクランブル方法<4>に関する本願発明の明細書の記載に対しては、上告人が原審で主張し、前記四に示した如く、
「右のスクランブル方法<4>は、各スクランブル回路32ないし34のスクランブル方法は同一にしておき、即ち、スクランブル回路32はスクランブル方法<1>に、スクランブル回路33はスクランブル方法<2>に、スクランブル回路34はスクランブル方法<3>と、それぞれ同一にしておき、各スクランブル回路32ないし34に対してスクランブルの変調を加える程度、即ち変調度をそれぞれ相違させるスクランブル方法であり、スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>の一つの実施態様に含まれるものである。」と解し得るものである。
事実、次の上告理由(2)で詳述するように、上告人は、本願発明の拒絶査定不服審判手続き段階において、スクランブル方法<4>については前記のように主張し、審判官もそのように解して本件審決をなしたものである。
しかるに、原判決は、スクランブル方法<4>に関する上告人の前記主張が妥当でない理由はもちろん、前記本願発明の明細書に記載された前記スクランブル方法<4>の説明の解釈に関する合理的な説明も何らすることなく、前記三で示したスクランブル方法<4>に関する本願発明の明細書の記載から、卒然として前述のように、
「即ち、複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させたものである。したがって、本願発明には、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを異にするものに限定されるものではなく、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させるものをも含むものであり、」と認定している。
七 以上説明したように、本件審決取消請求訴訟においては、本願発明の複数のスクランブル回路の各スクランブル方法がどのようなスクランブル方法であるかが重要な争点になっておるところ、そのスクランブル方法を明らかにするために最も重要な事項として、前記<4>のスクランブル方法に関する説明をどのように解釈するかが争われているのである。
しかるに、原判決は、スクランブル方法<4>に関する上告人の前記主張が妥当でない理由はもちろん、前記本願発明の明細書に記載された前記スクランブル方法<4>の説明の解釈に関する合理的な説明も何らすることなく、前記三で示したスクランブル方法<4>に関する本願発明の明細書の記載から、卒然として、「即ち、複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させたものである。したがって、本願発明には、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを異にするものに限定されるものではなく、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させるものをも含むものであり、」と認定している。
したがって、原判決には、原判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断の遺脱又は理由の齟齬があるものといわねばならない。
第二 上告理由(2)
原判決には、原審において判断できない事項について判断した点で、原判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断の誤り又は理由の齟齬がある。
一 本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものであるから、引用例記載の発明から容易に推考することができたものであるとする旨のことは、本件審決においては何ら認走も判断もなされていない事項であるから、右主張は本件審決取消訴訟において主張することは許されないものである。
その理由として、上告人は、原審において提出した平成二年八月一八日付け原告準備書面(第六)において、次のように陳述した。
「一、原告は、本件特許出願が拒絶査定されたことを不服として、昭和六二年六月二五日付けで、審判請求書を提出した。(甲第八号証)
次いで、昭和六二年七月二一日付けで審判請求理由補充書(甲第九号証)を提出するとともに、同じく昭和六二年七月二一日付けで手続補正書(甲第四号証)を提出して、本願発明の特許請求の範囲を補正した。
二、審判請求理由補充書(甲第九号証)には、次のように記載されている。「本願発明の特徴とする構成要件の、
(a) センター側に複数のスクランブル回路を設けると共に各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のディスクランブル回路を設けること、
(b) センター側では、一定時間ごとに複数のスクランブル回路の一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルして各端末装置に伝送すること、についての開示は引用例にはありません。」(甲第九号証第五頁末行乃至第六頁九行)
三、原告(審判請求人)は、前記審判請求理由補充書の記載内容に対する説明を補足して本願発明の引用例の発明との差異を明確にするために、更に昭和六三年五月一二日付けで、新たに審判請求理由補充書を提出した(甲第七号証)。
この審判請求理由補充書において、原告(審判請求人)は、本願発明の特徴について次のように説明した。
「本願発明の要旨とするところは、上記手続補正書にて補正した特許請求の範囲に記載の通りであります。
その主たる構成は「複数のスクランブル回路」及びそれに対応するディスクランブル回路」を具備する点にあります。より具体的には、明細書第八頁第一五行から同第九頁第六行迄、及び同第一〇頁第三行から第一七行迄、さらに同第一三頁第九行から第一三行迄に記載のように、<1>負変調方式と正変調方式を変換してAM変調するスクランブル方法、<2>テレビ信号の同期信号に同期した正弦波変調信号でAM変調するスクランブル方法、<3>テレビ信号の同期信号に同期した正弦波をそのn分周波でFM変調して得るいわゆるFM-AMスクランブル方法、<4>上記<1>から<3>の方法を同一にしてスクランブルの変調を加える程度を相違させるスクランブル方法、のように複数のスクランブル変調形式を備える点に特徴を有しています。」(甲第九号証第二頁一二行乃至第三頁一〇行)
続いて同審判請求理由補充書の第三頁一九行乃至同第四頁五行には、具体的に「すなわち、本願の複数のスクランブル方法は複数のスクランブルモード(変調形式)を意味し、具体的には上述の<1>~<4>の方法を示しているのに対し、引用例ではスクランブルモードとしては白、黒反転だけの一つのモードであり、画像のパターンを水平走査線の任意の白、黒反転で複数のパターンを形成しようとするものであります。」と説明している。
更に、同審判請求理由補充書の第五頁一〇行乃至一七行には、「また、前述の拒絶査定謄本の備考欄に記載されている「引用例には、複数種類のスクランブル化のうち一つを選択してスクランブルして伝送するディスクランブルを行う点が示されている。」との審査官殿の説示がありますが、上述の通り、「パターン」と「モード」を混濁した見解ではないかと思料します。」と説明している。
これらは、本件審決取消訴訟において原告(審判請求人)がこれまでの各準備書面で主張したように、本願発明における複数のスクランブル回路は複数のスクランブルモードに対応するものであって、切り換えにより、それぞれ異なるモードのスクランブルを行うものであることを説明したものである。このように、同審判請求理由補充書では、引用例記載の発明は、単一のスクランブルモード内でパターン様式を変える方式である点で全く相違する旨のことを詳細に説明した。
四、以上説明した本件審判請求に対してなされた本件審決には、本願発明と引用例との相違点について次のように記載している。
「請求人が、その審判請求書において主張しているように、前記引用例には、(1)送信側に複数のスクランブル回路を設けると共に各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のディスクランブル回路を設けること、(2)送信側では、一定時間ごとに複数のスクランブル回路の一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルして各端末装置に伝送すること、が明示されていないという点で一応の相違が認められる。
しかし、前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択しうるものであるから、前記相違点(1)については作用効果上格別の差異はなく、前記引用例に記載されたものに対する構成の個別的改変の域を出ないものと認められる。」(甲第一号証第四頁八行乃至第五頁四行)
五、以上のことから、昭和六二年七月二一日付け審判請求理由補充書(甲第九号証)の内容を詳細に補充説明した昭和六三年五月一二日付け審判請求理由補充書(甲第七号証)の内容を参酌すれば、本件審決は、「その審判請求書において主張しているように」、すなわち本願発明における複数のスクランブル回路は、原告(審判請求人)の主張するように、それぞれ異なるスクランブルモードのものであることを認めた上で、本願発明と引用例記載の発明の間には前記(1)及び(2)の点が明示されていない点で一応相違すると認定し、その認定の上に立って、前記各相違点に基づく本願発明の進歩性について判断したものであることは明らかである。
六、事実、本件審決の内容を検討しても、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものと解すべきである旨のこと、及び本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものであるから、引用例記載の発明から容易に推考することができたものであるとする旨のことについては、本件審決には何らの認定も判断もなされていない。
したがって、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むものであるから、引用例記載の発明から容易に推考することができたものであるとする旨の前記被告の主張は、本件審決においては何ら認定も判断もなされていない事項についての主張であるから、本件審決取消訴訟において主張することは許されないといわねばならない。」
二、 これに対し、原判決は、次のように説示して、本件審決では、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものであると認定していると判断した。
「また、審判に当たっては、前記スクランブル方法が明記された本願明細書の記載が検討されていることは明らかであり、前記甲第七号証によれば、昭和六三年五月一二日付審判請求理由補充書(甲第七号証)には、本願発明の「複数のスクランブル回路」及びそれに対応する「ディスクランブル回路」の具体的説明として、前記スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>のみでなくスクランブル方法<4>についても説明していることが認められるから、本件審決が、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3における一致点の認定において、「複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択して」と認定し、同4のように、「前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類の様式のうちの一つを選択しうるものであるから」と判断したのは、本願発明は、「複数のスクランブル回路」がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むと解すべきであると認定したものと認められ、本件審決にこれに反する記載はない。
よって、原告の主張は認められない。」(原判決第五一頁五行乃至第五三頁一行)
三 しかしながら、原判決の右認定は、次に説明するように、明らかに誤りである。
(1) 本件審決は、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3における一致点の認定において、「送信側より、複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択してテレビ信号をスクランブルして必要な信号を伝送し、受信側において、解除用信号に従ってスクランブルされたテレビ信号をスクランブル解除する点で両者は基本的な技術思想が共通しており、」
と認定し、同4のように、「前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類の様式のうちの一つを選択しうるものであるから」と判断している。
(2) 一方、被上告人は、原審において引用例に開示されているスクランブル方法が単一のスクランブルモードのものであることは認めた上で(原判決第三〇頁三行乃至七行)、次のように反論している。
「また、仮に、原告主張のとおり、引用例に記載の発明における複数種類のスクランブル様式とは、単一スクランブルモードおいて画像のパターン様式を複数種類に変える様式を意味するものであるとしても、本願発明に含まれる請求原因四2記載のスクランブル方法を同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させる方法(スクランブル方法)は、まさに、引用例記載のものに該当する。」(原判決第三三頁二行乃至九行、なお、アンダーラインを付した仮定的文については、後記(5)で説明する)
(3) 原判決の認定及び被上告人の主張に従えば、本件審決における前記本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定等に記載されている文言「スクランブル様式」は「スクランブルモード」に対応するものである。
したがって、「スクランブル様式」の代わりに「スクランブルモード」を使用すると、本件審決における前記一致点の認定の記載は、次のように書き換えられる。
「そこで、本願の発明と前記引用例に示された技術内容とを対比して検討すると、
送信側より、複数種類のスクランブルモードのうちの一つを選択してテレビ信号をスクランブルして必要な信号を伝送し、受信側において、解除用信号に従ってスクランブルされたテレビ信号をスクランブル解除する点で両者は基本的な技術思想が共通しており、」
また、同4の認定は、「前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類のモードのうちの一つを選択しうるものであるから」と書き換えられる。
(4) 前記(3)で示した一致点の記載、特に、「送信側より、複数種類のスクランブルモードのうちの一つを選択してテレビ信号をスクランブルして必要な信号を伝送し、」との記載を参酌すれば、本件審決は、本願発明の複数のスクランブル回路はそれぞれ異なるスクランブルモードのものと認定して引用例記載の発明と対比しているものであり、本願発明の各スクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むと解すべきであると認定して対比したものでないことは明らかである。
(5) このように、審決の認定と被上告人の原審における主張が矛盾する結果になるが、その理由は次のとおりである。
(a) 審決は、前記二で詳述したように、本願発明の複数のスクランブル回路はそれぞれ異なるスクランブルモードでスクランブルするものであると正当に認定したが、引用例については、「前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類のモードのうちの一つを選択しうるものであるから」と誤認した結果、前記のように本願発明と引用例記載の発明の一致点についての認定を行った。
(b) 被上告人は、原審における審理段階において初めて、引用例に開示されているスクランブル方法は単一のスクランブルモードのものであることを認めた。(原判決第三〇頁三行乃至七行)
これは、原審における審理段階において被上告人は最初、引用例における各スクランブル回路は異なるモードのスクランブル方法である旨主張していたが、上告人が原審において提出した平成元年三月六日付け原告準備書面(第一)及び平成元年七月二四日付け原告準備書面(第二)において、引用例のスクランブル方法は、単一のスクランブルモードにおいてそのパターン様式を種々に変えるスクランブル方法であることを詳細に反論した結果、被上告人も上告人の主張を認めるに至ったものである。
(c) しかしながら、被上告人は審決を維持するため、原審において初めて、本願発明はその複数のスクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むと解すべきであると主張し、
「また、仮に、原告主張のとおり、引用例に記載の発明における複数種類のスクランブル様式とは、単一スクランブルモードにおいて画像のパターン様式を複数種類に変える様式を意味するものであるとしても、本願発明に含まれる請求原因四2記載のスクランブル方法を同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させる方法(スクランブル方法)は、まさに、引用例記載のものに該当する。」と強弁するに至ったものである。(原判決第三三頁二行乃至九行)
(d) もし、仮に、被上告人が、本願発明がスクランブルモードを同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させるスクランブル方法も含むものであり、かつ、引用例にも同様にスクランブルモードを同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させるスクランブル方法が開示されていると認定していたとするならば、審決において明確にその旨の認定がなされた筈であり、原審において被上告人が、前記(b)に示したように、引用例に開示されているスクランブル方法は単一のスクランブルモードのものであることを認め、前記(c)に示したように、「また、仮に、原告主張のとおり、引用例に記載の発明における複数種類のスクランブル様式とは、単一スクランブルモードにおいて画像のパターン様式を複数種類に変える様式を意味するものであるとしても、」といった仮定的な主張をするようなことは、到底考えられないことである。
(6) 以上のことから、原判決が「本願発明は、「複数のスクランブル回路」がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むと解すべきであると認定したものと認められ、本件審決にこれに反する記載はない。」と認定したことは、本願発明及び審決の記載内容を誤認したことに基づくものであって、明らかに誤りである。
四 以上説明したように、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一のスクランブルモードである場合も含むものであるから、引用例記載の発明から容易に推考することができたものであるとする旨のことは、本件審決においては何ら認定も判断もなされていない事項であるから、右主張は本件審決取消訴訟において主張することは許されないことである。
以上