最高裁判所第一小法廷 平成20年(あ)181号 判決 2009年10月08日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決中被告人に関する部分は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1 原判決の認定及び記録によれば,同判決が被告人について新たに認定した窃盗及び傷害の各事実に関する事実関係は,次のとおりである。
(1) 被告人は,第1審及び原審相被告人A(以下「A」という。)ほか1名と共謀の上,金品を窃取しようと企て,平成17年11月16日午後5時30分ころ,千葉県香取郡a町所在のドラッグストアにおいて,被告人が商品の窃取を,Aが見張りをそれぞれ担当するなどして,同店店長B(当時32歳。以下「B」という。)が管理する化粧品等47点を窃取した。
(2) 被告人らの犯行に気付いたBが同店を出た被告人を追跡して約50.5m離れた駐車場で追い付き,Bは,相対して前傾するような体勢となった被告人の首周りを右腕で抱え込んで精一杯の力で取り押さえた。その際,被告人は,Bから逃れようとして必死に身体を前後に動かすなどしてもみ合ったが,逃れることはできなかった。
(3) しばらくして,被告人は,Aに声を掛けて助けを求め,Aは,これに応じてBと被告人のところに走り寄り,その右腕をBの首付近から左肩辺りに当て,そのままBの右側から後方に回り込んでその身体を引っ張り,Bを後方に倒した。Bは,なおも被告人の首を腕で押さえ付けていたため,被告人は前のめりになるように転倒した。
(4) その後も,被告人は,逃れるためにBの両腕部,胸部,腹部等を押すなどし,Aは,しりもちをつくように転倒したBの後方から同人の右肩付近等を引っ張り,Bは,もみ合う中で後方に約1m引きずられた。その後,被告人を取り押さえていたBの腕が緩み,被告人の頭が抜け,被告人及びAが逃走した。
(5) これらの一連の暴行により,Bは,全治約14日間を要する頸椎捻挫,全身打撲等の傷害を負った。
2 第1審判決は,以上の事実関係の下で,被告人及びAの二人掛かりの暴行の態様は,Bの反抗を抑圧するに足るものであり,被告人及びAは,被告人の逮捕を免れる目的でBに対して暴行を加える旨を共謀し,被告人及びAにおいて,上記暴行を加えたものと認められるとして,被告人及びAにそれぞれ強盗致傷罪の共同正犯の成立を認めた。
3 これに対し,原判決は,Aによる暴行は客観的にみてBの反抗を抑圧するに足るものであったと認められるものの,被告人による暴行は客観的にみてBの反抗を抑圧するに足るようなものであったとはいえないとした上で,被告人は,Aに助けを求め,Aがこれに呼応した時点で,Bに対して暴行に及ぶことについて意思を相通じたとは認められるものの,その暴行の程度について,事後強盗としてのBの反抗を抑圧するに足る程度の暴行を加えるに至ることまでも認識認容し,そのことについてAと意思を相通じたとは認められないと判断した。そして,原判決は,Aには強盗致傷罪が成立するものの,被告人には窃盗及び傷害の各罪が成立するにとどまり,被告人及びAには窃盗及び暴行の限度で共謀があったにすぎないから,窃盗罪のほか,暴行の結果的加重犯としての傷害罪の限度で共同正犯が成立すると判断し,第1審判決は事実を誤認したものであるとした上,これを理由に被告人に関する部分を破棄して自判した。
4 しかしながら,前記事実関係によれば,被告人は,Aに助けを求め,Aがこれに呼応した際,Bによって精一杯の力で取り押さえられ,身体を前後に動かしても逃れることができない状態にあったのであるから,Aが被告人を助け出すためには,AがBに対して上記取り押さえを排除するに足るだけの暴行を加える必要があったのであり,被告人及びAもそのことを認識していたものと推認することができる。したがって,被告人は,Aに助けを求め,Aがこれに呼応した時点において,Bに対して暴行を加えることについて意思を相通じたにとどまらず,Bの逮捕遂行の意思を制圧するに足る程度,すなわちBの反抗を抑圧するに足る程度の暴行を加えることについても,これを認識認容しつつ,Aと意思を相通じたものと十分認め得るというべきである。そうすると,被告人は,Bに対して暴行に及ぶことについてはAと意思を相通じたものと認められるとしながら,その暴行の程度について,被告人は,Bの反抗を抑圧するに足る程度の暴行を加えるに至ることまでも認識認容し,そのことについてAと意思を相通じたものとは認められないとした原判決の事実認定は,経験則に照らして,合理性を欠くものであるといわざるを得ない。
5 以上によれば,事後強盗としての暴行について被告人が認識認容し,Aと意思を相通じていた事実は認められないとした原判決は,重大な事実の誤認をした疑いが顕著であるというべきである。これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決中被告人に関する部分を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。なお,原判決は,被告人について,新たに窃盗及び傷害の各事実を認定したほか,第1審判決判示第2及び第3の各事実を認め,これらの事実が刑法45条前段の併合罪の関係にあるというのであるから,上記窃盗及び傷害の各事実のみを分離することはできないので,原判決中被告人に関する部分を全部破棄することとする。
よって,刑訴法411条3号により原判決中被告人に関する部分を破棄し,同法413条本文に従い,更に審理を尽くさせるため,本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官奥村丈二 公判出席
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志)