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最高裁判所第一小法廷 平成3年(あ)142号 決定 1992年10月27日

本店所在地

千葉県市川市市川一丁目一二番三号

株式会社

丸東工務店

(右代表者代表取締役 永橋英世)

本籍・住居

千葉県松戸市秋山三三五番地

会社役員

永橋良夫

昭和一五年九月二三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成二年一二月一七日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人井本吉ほか三名の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

平成三年(あ)第一四二号

被告人 永橋良夫

外一名

○ 上告趣意書

法人税法違反 被告人 永橋良夫

外一名

右被告事件の、上告の趣意は次のとおりである。

平成三年三月一五日

右弁護人 井本士

同 長野法夫

同 熊谷俊紀

同 布施謙吉

最高裁判所第一小法廷 御中

第一点、憲法違反

原判決は、次のとおり憲法第一四条、同第三一条、同第三七条一項に違反するもので破棄されるべきである。

一、原判決は、被告人永橋良夫の本件行為に対し、懲役一年六月の実刑を課した一審判決の量刑を支持し、控訴を棄却する判断を下している。

しかしながら、被告人永橋良夫には、本件について後述するとおりの事情があり、右のような量刑事情のもとになされた被告人永橋良夫の本件行為について、懲役一年六月の実刑をもって断ずるのは、明らかに不必要、且つ不合理な刑罰を課するもので、手続的適正のみならず処罰の適正、ひいては処罰の内容の合理性をも保証する憲法第三一条に違反するものであり、原判決は憲法違反を犯すもので破棄されるべきである。

二 即ち、本件は法人税法違反事件であり、その本質は自然犯ではなく、その時代時代の国の行政目的を達成するための行政犯に過ぎないものである。

ところで、法人税違反は、国家の課税権を侵害するものではあるが、所謂被害者なき犯罪であり、自然犯のように本件被告人の行為によって、取り返しのつかない被害が発生したわけではない。また、本件においては、被告人株式会社丸東工務店において、逋脱された税金は、本税のみならず付帯税に至も全て完納されており、国家の徴税権にも、また何らの被害も発生してはいないのである。

勿論、このような事後的な被害の回復をもって、犯罪事実の全てが宥恕されると言うものではないことは当然であるが、少なくとも、殺人、傷害等の如く取り返しのつかない結果を発生させたものではなく、且つ、本件では、発生した結果は完全に回復されていることから、被告人に刑罰を科すにおいてもこの点は当然に考慮されて然るべきであろう。

三、原判決の根底にあるような、税法違反事件では、逋脱額、逋脱率がある一定以上を超えると、それだけで、もはや他の事情は何ら考慮されることなく、実刑を科すべきものとなるとする考え方は、刑罰権の正当性がその合理的な運用によってのみ担保されるものとする近代的刑事法の精神からは、到底是認されないことと言うべきで、ひいては公平な裁判所による裁判を受ける権利の侵害にもあたることとなると言うべきである。

一体、被告人永橋良夫に対し、実刑を科し、刑務所に収容して処遇することにどのような意味があるのであろうか。被告人株式会社丸東工務店及び永橋良夫は、本件発生後、被害回復は当然、今後の発生防止の手立、反省を込めた贖罪寄付等、出来ることは全てやっており、これ以上はなにもやれることはないのである。このような反省の情顕著、且つ、初犯である被告人に対し、唯の一度も社会内での更生の機会を与えない原判決の判断は、明らかに不必要、且つ不合理な刑罰を被告人に科するもので、課刑権の濫用とも言うべきものであり、憲法違反を犯すものと言うべきで、破棄されるべきものである。

四、ところで、本件に関与した者は、被告人永橋良夫の外、被告人丸東工務店の当時の経理担当であった両角栄太、関与税理士の榎戸進平の両名であるが、虚偽の申告書を作成した直接の実行正犯である。右両角は不起訴処分となり、また、関与税理士であって、職務上の倫理としても正しい申告をしなければならない義務を負っており、本件ではもっとも重い注意規範を与えられているはずの右榎戸は、単に、本件において特に過剰な利益を得ていなかったという理由で第一審で執行猶予の判決を受けている。

右両名の処分に比し、被告人永橋良夫に対する原審判決は、明らかに重すぎ、均衡を失するものである。

このような、処遇の均衡を欠く原判決は、法の下の平等を定める憲法第一四条に違反し、破棄されるべきものである。

第二点 量刑に関する事実誤認について

一、本件犯行の動機形成に至る事情として、先ず、被告人永橋良夫の経歴並びに被告人会社の経歴及び状況等をご理解頂きたいことは原審控訴趣意書記載のとおりでありこれを引用するが、次のことを特に注意されるようここに改めて述べる。

1、株式会社丸東工務店の状況

株式会社丸東工務店は、設立当時から自前で仕入れ資金の手当がつかないという財政的に苦しい状況が続いたが、昭和五八年ころから、ようやく自前の仕入物件を販売することができるようになり、以後、今日まで毎年五〇%アップを目標に大量仕入、大量販売の経営方針で努力し、この間、売上即仕入という自転車操業の状況で、いわゆる遊んでいる金は一銭もなかった。

なお、この間、一部会社の金が個人的に消費されている事実もあるが、設立したばかりのオーナー会社にありがちな、個人と会社の経理の混同によるものであって、これは脱税の動機でもなく、脱税の動機としての「売上即仕入による会社の拡大」を妨げるものではない。第一審及び原審判決は、このことを些か過剰に評価するものであるが、実態は以上のとおりでその域をでるものではない。

勿論、このような状態では金融関係の信用もなく、昭和六一年後半からやっと一応の仕入資金の借入ができる状態となった。その結果、売上は昭和五八年 二八億円、同六一年 九〇億円、同六二年 一〇〇億円と向上した。一方、金融機関からの借入額も、昭和六〇年までは一〇億円以下であったが、昭和六一年一五億円、同六二年二五億円と増大し、金融機関に対する信用もやっとついたと言える状況となった。

この間に、親会社ともいえる日東住宅が倒産し、大阪で味わった倒産の悲惨さに二度と合いたくないとの被告人の気持ちが相侯って、被告人永橋良夫をして、どんなことがあっても倒産だけはさせたくない、倒産させないためには大量仕入、大量販売により一日も早く金融機関の信用を得て、安定した会社の実態を築かねばならないとの経営方針を持つに至らせたのである。

これらの状況は、試算表ベースで見た仕入、売上、借入の各状況からも良く判る。

(一) 五七年四月期決算分

仕入 二七億二五〇〇万円

売上 二九億円

借入 七六〇〇万円

(二) 五八年四月期決算分

仕入 三三億八六〇〇万円

売上 二七億六一〇〇万円

借入 三億五六〇〇万円

(三) 五九年四月期決算分

仕入 三五億三〇〇万円

売上 三九億五一〇〇万円

借入 七億六三〇〇万円

(四) 六〇年四月期決算分

仕入 五五億七〇〇〇万円

売上 五三億九八〇〇万円

借入 八億五四〇〇万円

即ち、前年の売上高の約五割増の仕入を翌期に実施しており、その仕入額の増加ぶりは目を見張るものがある。

かかる経過の中で、売上至上主義のため、経理面を全くおろそかにした結果、充分な経理的管理が出来ず、安易に税金を納めないでも会社の体質を充実させるといった経営判断がまかり通る状況となってしまったのである。この間、関与税理士の適切な助言がなかったばかりが、本来阻止すべき税理士がかえって被告人永橋良夫に同調し、その犯行を手助けしてしまったことも不幸なことであった。そして次第に脱税の回数は増えていったのである。

因みに、右関与税理士は、実行正犯の一員であるにも拘らず、単に本件によって特に過剰な利益を得ていないとの理由で第一審において執行猶予の判決を得ている。

両角、榎戸両名の検察官面前調書、両角の第一審公判廷における供述から見ると、脱税を開始した当初において関与税理士は被告人永橋良夫の「税金はこれくらいに」との発言に対し全くこれを阻止、または諌める行動をしないばかりか容易に被告人永橋良夫の希望する税務申告書を作成している。また、その後も被告人永橋良夫の「前年よりやや多く」との発言に対して関与税理士は全く注意すらしておらず、これまた簡単に申告手続を行っている。被告人永橋良夫は申告当日または前日に申告書への押印のための報告を受けたに過ぎず、踏み止まろうとのチャンスも比較的乏しかったものである。

しかしながら、昭和六〇年度の申告時点に至り、税務申告書の申告処理が極めて困難となり、また、額が飛躍的に増大したため、被告会社において、正しい申告に向けて徐々に手直しをして行くべきであるとの話合いを持つに至っていた状況にあった。

かような状況の下に国税庁の査察があり、脱税事件として明るみに出されることとなったものであるが、会社としては来るべきものが来た以上、出来るだけ正しい姿を国税庁査察官に見てもらい、正すべきところは速やかに正すとの考えに従い、一切の隠しだてをせず状況の解明に協力することとしたのである。

2、査察後の会社の状況

社長、専務の前記のような考えに基づく指示により、会社を挙げて査察に対する全面的協力体制が入ったが、これとは別に、二度と再びかようなことがないように、経理面を充実させるべく、溝口公認会計士事務所に依頼し、公認会計士三名と税理士一名の密接な指導を受けられる体制をとり、同時に過去の経理的問題点の徹底的分析を依頼、その報告に基づき経理スタッフの充実と経理システムの見直しを計った。

これらの処置が終わった段階で、被告人永橋良夫は、本件事件の責任をとり被告会社の役員はもとより、当時あった関連会社の全ての役員を辞任した。そして被告会社の経営を実弟の永橋英世に譲ったのである。

以後は溝口会計事務所の指導の下に正しい申告と納税を続けている状況にある。

因みに、株式会社丸東工務店の土地重課を除く昭和六一年以後の申告納税額は、昭和六一年度五八〇〇万円、同六二年度一億八四〇〇万円、同年六三年度八億四〇〇〇万円となっており、また、土地重課税についても毎年きちんと申告している。

平成元年度の納税額は七億一千五百万円、平成二年度の納税額は一八億一千八百万円であり、この中には当然に土地重課も含まれている。

また、本件脱税にかかる税金は、昭和六二年七月六日、修正申告、納税を完了し、また、重加算税一億四一〇〇万円も本年二月に完納した。

3、本件犯行の動機

本件に於ける被告人永橋良夫の脱税の動機は、同人が査察における取調べ、検察官の取調べ、並びに原審公判廷における供述において一貫して述べるとおり、売上の毎年五〇%アップにより会社を拡大し、倒産することのない会社の体制を固めるため、浮いているお金は殆ど仕入に回す必要があり、そのため一時的に税金の支払を免れようと考えたと言うところにあった。

会社が実働をはじめて約八年間で、ゼロから一五〇億円の売上規模にまで拡大することは並大抵の努力ではなく、実績も信用も何もない被告会社が今日迄来るには、悪いこととは知りながら一時的に脱税を思い立った被告人永橋良夫の心情は、同人の倒産経験に思いを致せば、理解し得なくもないところである。特に、建売住宅業における自己の出身母体であった、日東住宅の倒産は、被告人永橋良夫の倒産回避願望をより強くさせたところである。

そして、かような動機は、日東住宅の売上簿外による不正申告の指示がきっかけとなり、本件脱税に踏み込んでしまったのである。

二、本件犯行の動機に対する事実誤認

1、原判決は、右被告人会社のおかれた状況及び被告人永橋良夫の心情等につき「これとても私益にすぎないから格別考慮に値しない」ので一言でかたづけ、かえって「本件脱税によって得た金員の一部を被告人の個人的費用に充てるなどしている」として、個人的費消を過大に評価し、一片の同情も理解も示していない。

勿論、右のような動機が、被告人らの本件犯行を正当化するものとはなり得ないことは当然であり、この意味では原判決の判示するとおり、なんら同情の余地がないとされることも、又巳を得ないところであろう。

2、しかしながら、前記、被告人永橋良夫の生い立ち、被告人会社の経緯等に照らし考えると、被告人永橋良夫が、真剣に被告人会社の発展を願い努力を傾注してきた事実が認められ、その考えられないような急激な成長と発展の過程における手段と逸脱して発生した犯行であることは理解出来るところである。また、被告人永橋良夫の目的が、単に私利私欲を満足させる為にあったのではなく、会社を発展させ、比較的安価な住宅を供給するという、謂わば社会的に意義のある事業を拡大させることにあったことも事実であり、現にこれを発展させてきたことも、又、事実である。

3、このような被告人永橋良夫の本件犯行の動機は、単に巨額の脱税によって得た金を個人的資産として蓄積し、費消してしまったことに比べれば、是認し得ないまでも、量刑の一事情として十分斟酌し得る余地はあるものと考えられ、「これとても私益に過ぎないから格別考慮に値しない」とする原判決の判断はあまりに厳格に過ぎると言うべきである。

また、個人的費消の点は、確かにあったかも知れないが、これとても発展段階にあり、企業組織の固まっていないオーナー企業にありがちな公私混同の域を大きく外れるものではなく、このことが本件脱税の動機であった訳ではないのであるから、量刑に事情として過大に評価したとしか言いようのない原判決の判断は厳格に過ぎると言うべきである。

三、本件判犯行の態様についての事実誤認

1、原判決は被告人永橋良夫の行為を、「共犯者らから当該年度の所得金額について報告を受けるや、その都度、その金額に検討を加え、同人らに対し、申告所得金額を圧縮するよう指示し、」「売上のみならず、受取利息、ローン代行手数料や手付け流れ等の雑収入、受取家賃及び期末たな卸高などを除外させる一方」「外注加工費、支払手数料、販売促進費、営業費等多数の支出科目にわたり多額の経費を架空に計上させるなどしたもの」と認定し、極めて計画的であると評価しているが、右判断は以下のとおり、事実を誤認するものである。

2、原判決は被告人永橋良夫の行為を「極めて計画的」であると言う。しかし、いわゆるつまみ申告(過少申告書は提出するが、記帳等とは全く関係なく適宜の所得で申告する方法)は、各種の脱税行為の中でも最も計画性、緻密性の乏しいものと言うべきで、どちらかと言えば、場当たり的、杜撰な方法であり、税務調査が入ればすぐに発覚してしまうものであって、原判決の判示は当を得ていないと言うべきである。

3、被告人永橋良夫の本件脱税行為は、最初の税務申告時に税額を三百万円位に決定するのに関与した事実はあるものの、それ以外は各期毎の税額確定に具体的に関与したわけではなく、被告人永橋良夫は売上が伸びているから前年よりもやや多めにとの税務申告の考え方を被告人榎戸並びに両角に伝えただけであり、あとは事務方が計算したものにつき承認を与えたに過ぎない。被告人永橋良夫は、各期の税務申告書の作成過程では、一切関与しておらず、申告直前に概要の説明を受け、これを承認したに過ぎず、税額決定の過程で一度たりとも修正等実質的な関与をしたことはないのである。

被告人永橋良夫がいかに具体的脱税行為に関与していなかったかは、両角、榎戸両名の検察官面前調書、両角の第一審公判廷における供述より明らかである。

従って、被告人永橋良夫の行為につき「……その金額に検討を加え、同人らに対し、申告所得金額を圧縮しようと指示し、」「売上のみならず、受取利息、ローン代行手数料や手付け流れ等の雑収入、受取家賃及び期末たな卸高などを除外させる一方」「外注加工費、支払手数料、販売促進費、営業費等多数の支出科目にわたり多額の経費を架空に計上させるなどしたもの」との原判決の判示は、明らかに事実を誤認するものであり、量刑に関する事実に重大な影響を及ぼすもので、破棄されなければ著しく正義に反するものである。

四、原判決は被告人らの行為を「極めて大胆であって」「犯情も悪質」と判示するが、これは著しく事実を誤認するものである。

1、本件犯罪事実である脱税の主たる手法は、先ず納税額をほぼ確定し、これを基礎として税引前利益を割出し、この利益に合わせるべく当期仕入、当期売上、在庫をそれぞれ調整して数字を創作して申告書を作り上げる手法で実行されているが、本件事件に於いて特徴的なことは、被告会社の各種伝票類、総勘定元帳、一般取引台帳、売掛台帳、買掛台帳、取引整理台帳のいずれを取っても真実が記載されており、何等の改竄等の作為的処理がなされておらず、被告会社の取引等の実体を余すところなく物語っている点である。

これがため、国税庁の査察においても、あるべき姿は前記各帳簿、伝票類から自ずと明らかとなり、不正の捕捉は極めて容易であった。そこには所謂裏帳簿もなければ、伝票、帳簿の改竄等もなかったのである。

また、被告人らにはこれら資料を隠そうとする意思もなく、現に、国税庁の査察に全面的に協力している事実もある。

2、かように正しい、真実を記した帳簿を会社に備え置きながら各期の申告だけを誤魔化したものであって、本件の形態は、国家の徴税権を絶対的に侵害する意図もなく、又、侵害するものでもない。本件は謂わば一時的納税義務の潜脱行為であって、究極的な納税義務の潜脱行為ではないと言うべきものである。

このようなものが、果たして悪質(特に実刑を課するまでの)と言い得るのであろうか。また、被告人永橋良夫及び被告人会社は、つまみ申告はしたものの、昭和六〇年度の申告をした時点で、在庫調整量の大きさと、数字操作の困難さにより、来期以降の正常な申告への転換を話し合った事実もある。

因に、原判決が判示する受取利息、ローン代行手数料や手付け流れ等にの雑収入、受取家賃及び期末たな卸高などの除外、外注加工費、支払手数料、販売促進費、営業費等多数の支出科目にわたり多額の経費を架空に計上するなどの行為は、申告書上でそのような数字が記載されていることは一部あっても、そのような帳簿操作がなされていたわけではなく、また、これが本件脱税行為の全体に影響していたものでもない。

本件は、単純に帳簿等と無関係に架空の数字により申告していたもので、元々が架空の数字に立脚しての申告であることから、支出科目等の数字の操作はそれ自体意味を持たないものである。

更に、重要なことは、右のような数字の操作は、被告人会社の経理担当者と関与税理士によって行われたもので、被告人永橋良夫の関与しないことであり、同人はそのようなことが行われていたことについての認識すらなかったことは、証拠上、明らかである。

3、原判決は、本件が斯る単純な形態の脱税であるとの事情を誤認したか、あるいは斯様な行為を悪質と誤って判断したか、いずれにせよ、本件の如く単純な脱税について、悪質として実刑を課した原判決は重きに失するものと言わねばならず、破棄されなければ著しく正義に反するものである。

第三点、量刑不当

原判決は被告人永橋良夫に対し、懲役一年六月の実刑を科しているが、前記量刑に関する事実誤認及び従来の判例等に照らしても重きに失するものであり、破棄されなければ著しく正義に反するものである。

一、原判決が量刑の理由とする、本件犯行の動機、犯行態様等については前記のとおりであり、原判決は事実を誤認し、量刑不当な違法を犯すものである。

二、昨今の逋脱犯については、実刑をもって臨む場合が次第に多くみられる、これらの事例は逋脱額、態様、動機、その他の犯罪事実等は異なるが、これら重刑をもって臨む行為には概ね二つの類型があることが認められる。

その一つは犯行の方法態様が、帳簿の改竄、証拠の隠滅など特に悪質な場合であり、いま一つは同種前科があるか、または執行猶予の犯行である等の場合である。前者は国税庁の査察をもってしても適切な課税がなしがたく、国家の徴税権を究極的に侵害する畏れのある行為につき悪質と評価するものであり、後者は著しく遵法精神に欠ける再犯の畏れがある場合につき悪質であると評価したものである。

第一審検察官は論告の中で、逋脱犯の実刑事例を掲載した雑誌を添付して本件への参考とした。しかし、以下述べるようにこれらの事例はほとんどは前述の二つの類計のいずれかであって、本件の如き極めて単純なつまみ申告による脱税事犯の参考にはならない。そればかりか、むしろ斯様な参考判例との比較においても、本件は実刑をもって臨むべきでないことが判ると言うべきである。

以下、参考までに前記雑誌掲載判決事例の特徴を明らかにしておく。

東京地判昭和五五年三月一〇日

実際の入金伝票、売上帳を破棄し、公表用の伝表、帳簿を作らせていた事例

東京地判昭和五六年九月二四日

伝票類の破棄、書換を行った上でつまみ申告、起訴対象年度以前から脱税していた事例

札幌地判昭和六〇年九月六日

経理コンピューターの作動を止める等して売上等の除外をし、又一方、青色法人の優遇を受けていた事例(因みに本件は青色申告ではなく優遇措置を受けていない)

東京地判昭和六二年一〇月一六日

青色申告法人としての優遇を受けながら正規の帳簿を全く作成せず、一方赤字決算とするため決算期に故意に預金を引上げて赤字を仮装した事例

東京地判昭和六二年一二月一五日

架空の見積書、請求書を第三者に発行させ、申告にあわせた資料を作成して逋脱した事例

東京地判昭和六二年一二月二四日

売上伝票の廃棄、入場者数等の改竄、申告に符合する証拠書類の作成、内容虚偽の上申書の捏造等をした事例

東京地判昭和五五年五月二八日

同種前科があり、執行猶予期間中の犯行の事例

東京地判昭和五六年三月一九日

同種前科がありながら再度脱税行為に及んだ事例

大阪地判昭和五七年八月五日

執行猶予期間中の犯行

大阪地判昭和五八年一二月一四日

執行猶予期間中の犯行

東京地判昭和五九年一月二七日

執行猶予期間中の犯行

三、以上の如くであり、本件は前記のとおり犯行態様において特に悪質でなく、又前掲各判例が脱税の手段方法に着目して国家の徴税権の行使を免れる特別の行為をした点を悪質ととらえ実刑をもって臨んでいる実状に鑑み、単純な逋脱事件として執行猶予付判決を相当とするものである。

善良な納税者との対比において逋脱額の多額な事件は重罰をもって臨むのも一つの方法かもしれないが、しかし、今日脱税は所得の倍増、インフレ傾向、土地の大幅な値上がりに伴い、逋脱額もうなぎ登りであり、その手口も巧妙悪質を極めつつある。これに伴って国税庁の査察の時間も大幅に長期化しているのが実状である。これは重罰をもって臨んでも、それだけではかかる状況の改善にはならないことを物語るものであろう。

むしろ、手段、方法において単純で、しかも証拠隠滅の事実の全くないものについては逋脱額に拘泥せず刑の執行を猶予する方針で臨み、手口の悪質巧妙化の防止にあたることも刑事政策的に重要なことである。

なお、原判決は、この種事犯においては、一定の量刑基準に当てはめ、画一的な処理を為しているもので、処罰に必要性は個々の事件それぞれで異なること言うまでもないところであり、本件における固有の事情を特に考慮され、判決されるべきところ、これを無視し、画一的な基準により断罪したものであって、破棄されなければ著しく正義に反するものである。

四、会社としての再発防止努力等被告人らに有利な情状

1、被告人永橋良夫は、査察と同時に、脱税の温床を断つため、後見的チェック機能を果たし得る経理の専門家集団である溝口公認会計士事務所に日常の経理指導、税務申告指導、合理的経理システムの導入指導、脱税発生原因の究明等を依頼し、その万全の体制を確立して社長を退き、現在は実弟の永橋英世がこれを引継ぎ、現在では会社は二度とかかる犯罪を犯すことのないような体制になっている。斯様な体制のもと、関与税理士溝口英昭をして正確な経理処理のもと昭和六三年度申告所得約二〇億円、申告法人税額約一三億円を申告し、納税を完了している(この中には当然の事ながら四億六〇〇〇万円の土地重課税も含まれている)。

2、社会的非難と制裁

本件は、千葉県ではマスコミに大々的に報道され、このため、一部金融機関からの融資のストップ、優秀な従業員の相次ぐ退職、契約客からの売買契約キャンセル、取引先からの取引停止乃至取引拒絶等の重大な影響があり、また、被告人永橋良夫の父親は新聞報道を見て寝込んでしまう、長女が学校を中退してしまう等、被告人永橋良夫個人にとっても想像以上の影響を受け、被告人、会社共々十分な社会的非難と制裁を受けている。

しかし、会社はかかる非難に耐えるとともに全社一丸となって努力して現在は失地を回復し、年間売上二〇〇億円の目標に向けて前進し得る状況に至っている。

3、被告会社の社会的貢献

被告会社は、被告人永橋良夫の創立時の方針であるところの、安い住宅を一つでも多く供給するとの目標の為に、建売業に専念し、年間六〇〇棟以上の低廉住宅を社会に供給している。不動産業を営んでいる関係からは流行の土地売買(いわゆる地上げ)に手を出せば大幅な利益が挙げられるところ、創立の方針を貫き、証拠として提出の感謝の手紙に見られるように多くの住宅獲得者から感謝され、千葉県における建売住宅供給の重要な一翼を担う企業となっている。このように被告会社は被告人永橋良夫の私利私欲を満たす為に経営されているものではなく、被告会社の発展は一に高品質廉価な住宅の供給という社会的必要性を満たすもので、社会的に充分貢献しているのである。

また、地域社会との協力関係の一環として市川交通安全協会に五〇〇万円の寄付をするなど社会の中の企業であることを自覚した努力を怠っていない。

4、被告人永橋良夫の改悛の状況

被告人は本件犯行の最中から何時かは、そろそろ、正しい申告に戻さねば、と考えていたものであり、本件査察が入ったときも、直ちに査察に全面的に協力する体制をとり、検察庁の取調べにおいても、初めから罪を認め恭順の意を表してきた。同時に脱税の原因の一つである経理体制の充実のため、溝口公認会計士事務所に前述のような依頼をし、会社の経理体制を確立するとともに責任をとって全ての役員を辞任したもので被告人には改悛の情が認められる。

5、本件も金額は極めて大きいが、特に悪質な態様ではなく、前述のとおり被告人も被告会社も充分に反省しており、社会的制裁も充分に受けている。被告会社は高品質低廉住宅の供給という社会的使命を全うすべく日夜努力をしており、一度は社会内において更生の機会を与えられるべきである。

五、被告人永橋良夫に対する実刑判決の影響

ところで、被告会社では、本件が発覚してから、県宅地課に対し、公判の都度状況報告を行っているところ、最終公判の報告を行った際、宅地課担当者より、県としては本件について非常に関心を持って見ており、関係各方面からも処分をどうするかの問い合わせ等もある。県としては以上の状況を踏まえ、有罪判決がでた場合は例え執行猶予の判決であっても、数か月の営業停止処分はすることになる。もし、当時の代表者に実刑判決が下る様な場合は、免許取消を含む相当の処分をせざるを得ないであろうとの通告を受けた。

前記のとおり、国税庁の査察以来、新聞等マスコミに大々的に報道され、被告会社は既に相当の社会的制裁を受け、ダメージを受けており、努力の甲斐あって、やっとその回復の兆しがみえた状況で、さらに免許取り消し等の処分を受ければ、会社を存続させていくことは最早不可能な事態に立ち至ること明らかである。

勿論、このような事態に立ち至ったこと自体、所謂身から出た錆であって同情の余地はないかも知れないが、ここまで発展してきた会社、従業員、顧客等に対する重大な結果を招くことは明らかで、そこまでの結果を被告人始め関係者に甘受させなけば、社会秩序が維持できないとは考えられない。

同種前科のない被告人永橋良夫には、原審において実刑判決を受けた事実によって、遵法精神に対する覚醒効果は十分であり、一般予防の見地からもそれで十分ではなかろうか。殺人等の如く取り返しのつかない結果を生じさせた犯罪であればともかく、本件のような犯罪について、被告人に一度も社会内更生の機会を与えないというのもあまりに酷に過ぎるものというべきである。被告人永橋良夫には、むしろ長期の執行猶予期間をもって、再起の機会を与えることが、被告人自身はもとより、被告人会社及びその関係者にとっても、又、国家社会にとっても最良の策である。

六、原判決時点での被告人永橋良夫の状況

前記のとおり、被告人永橋良夫には本件につき考慮すべき事情があるが、更に第一審判決後に生じた事情として次の状況がある。

1、被告人永橋良夫は、原審審理の過程で指摘された個人勘定と会社勘定の混同関係を清算する為、個人の所有財産であった西船橋の店舗を金五千万にて売却し、このうち金四千万円を株式会社丸東工務店に返済し、今後かような公私混同の生じないよう配慮しており、現在は、会社に対する貸借関係はない。

2、さらに、前記売却によって残った金一千万円を自らの贖罪の証として、財団法人法律扶助協会へ寄付することを決意し、平成二年四月二七日弁護人を通じて右金額を寄付している。

3、被告人永橋良夫は、原審公判中に当時役員をしていた株式会社丸東工務店とその関連会社の全ての役職を辞任し、その経営を実弟の永橋英世の任せたのであるが、その後経営戦略による十数社の子会社の設立に際しても、株式会社丸東ファイナンス以外の会社の役員は就任せず、ひたすら自粛と反省の生活を送っているものである。

なお、株式会社丸東ファイナンスは、不特定多数の顧客に対しファイナンスを行う会社ではなく、丸東工務店の顧客や、下請先、その他の取引先の物件取得資金の不安を解消するため、金融機関への金融の仲介斡旋をすることを目的とした会社であって、株式会社丸東工務店の設立の理念である低廉良質住宅供給を積極的に推進する為の縁の下の力持ち的なものとして重要なものであるところから、積極的に社長業を引き受けたものであり、被告人永橋良夫の会社設立の目的の達成に懸ける努力の証である。

因に、丸東ファイナンスの経理、税務申告についても、他の丸東グループ各社と同様、常時、溝口公認会計士の助言を求め、申告に当たっても常にその指示に従い、適正な申告と納税を実施していること言うまでもないところである。

4、被告人永橋良夫は、このようにひたすら自粛と反省の毎日を送っているものであるが、一方、金融機関は被告人の経営に対する才能と身を粉にした働きぶりから、依然として株式会社丸東工務店になくてはならない人物として放さず、株式会社丸東工務店を含めた丸東グループへの関与を強く望むとともに役職辞任後の二百七十億円にもわたる丸東工務店の借入の全てに対し、被告人永橋良夫の保証を求めている状況にあり、被告人も会社のため自己を犠牲にして連帯保証人となり、また要請があれば丸東グループの経営に対しアドバイスを送り続けており、丸東グループにとってその存在は依然として重要なものと言わなければならない。従って、被告人永橋良夫し対する処罰の影響はなお大きいものがある。

5、被告人永橋良夫に対する寛大な処分を求める嘆願の動きは、第一審終了前にもあったが、被告人永橋良夫の希望により中止されていた。而して、訴訟審終結を控えた今日に至り、再び嘆願の動きが自然に生まれ、最近になって、被告人永橋良夫のもとへ嘆願書が届けられた。

この嘆願書を見ると、被告人が事業の世界で如何に信頼されているかが伺い知れるとともに、その署名責任者に対しなした「再びかような罪を犯さない」との誓いは充分に信頼がおけるものである。

以上のように、被告人永橋良夫は自粛と反省にこれ努め、かつ贖罪の努力をなし、会社存続の為金融機関の要請に答え一手に債務保証を引き受ける等、自ら設立した会社に対する愛情を失わず、努力している姿からは、二度と再びかような過ちは犯すことはないものと信ずるものである。

七、被告人株式会社丸東工務店について

1、被告人会社は、前社長が国税庁の査察の折りに決意した公認会計士の指導による税務申告と経理面の充実の路線にしたがって、経理面の整備と公認会計士溝口氏の指導による適正な税務申告を今日まで続けてきており、二度と再び過ちを犯すことはない。

因に、原審後の売上総額と申告税額を見ると次のようになる。

平成元年四月三〇日申告

総売上額 一九〇億円

申告納税額 七億一千万円

平成二年四月三〇日申告

総売上額 二七二億円

申告納税額 一八億一千六百万円

かように被告人会社の業績は社会的に認められ順調に成長している。

2、被告人会社は、原審判決後、判決内容を県宅地課へ報告したが、その結果これに対し、県知事より「今後宅地建物取引業を行うに当たっては、業法の各規定及び関係法令を遵守して適正に業務を行うこと」との勧告を受けた。会社は、同勧告を肝に命じ。税務申告の適正ばかりでなく本来の宅地建物取引業法の遵守にこれ努め今日に至っている。

その結果、県宅地課の担当者からは充分な褒め言葉を頂くまでになった。

3、しかしながら、本件判決が確定したときは、業法違反そのものでなくとも、罰の軽重により厳重な処罰をもって臨むように建設省の通達があるので、さらに行政的処分をせざるを得ない状況にあるとの見解が、県宅地課の担当者から示されており、当時の代表者が実刑判決を受けることになれば、再び厳重なる処分をうける可能性があり、今後の社業への影響は諮り知れないものがあり、各方面に対する影響が心配される状況にある。

4、被告人会社は、前社長の会社設立の目的である「低廉かつ良質な住宅の供給をしよう」との目的に向かってできるだけ多くの住宅を供給すべく今日まで努力してきたが、遂に平成二年度の首都圏建売住宅の供給ランキングで第三位になるほどに成長した。

そして、個人住宅の供給は、そこに住む人の生活の問題であり、地域社会との良好な関係なくしては為しえないとの認識のもと、会社としても地域社会への更に貢献できるよう、例えば社員の小銭を集め、これをまとめて地域社会の福祉団体へ寄贈し、あるいは会社として社会福祉団体へ寄付をし、また、地域の行事へ積極的の参加、賛助する等の奉仕の努力も続けており、その事業目的とともに正業としての社会的存在が認知されつつある状況にある。

以上のとおり、被告人会社においても、本件の反省と再犯防止の努力、改善は充分評価されるべきものがあり、処罰にあたっては、考慮されるべきものである。刑罰はその目的を超えて、重大な影響を被告人に与えるべきものではなく、種々の影響をも考慮して決定されるべきである。

結語

原判決時点において、以上のとおりの事情が存したにも拘らず、これを一顧だにせず、被告人丸東工務店に罰金一億円を、被告人永橋良夫に懲役一年六月の実刑を科した原判決には、憲法に違反するもので、破棄されるべきである。また、原判決には、事実誤認、量刑不当の違法があり、破棄されなければ著しく正義に反するものである。被告人永橋良夫には刑の執行猶予を、被告人丸東工務店には罰金の減額がなされるべきである。

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