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最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1701号 判決 1992年9月10日

当事者

上告人 岡田茂

右訴訟代理人弁護士

坂井芳雄

小松正富

寺尾正二

永山忠彦

竹澤哲夫

金綱正己

御正安雄

山田有宏

丸山俊子

伊東眞

被上告人 株式会社三越

右代表者代表取締役

古谷磐根

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(ネ)第一五九八号、第三三一九号退職慰労金等請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が平成三年七月一七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂井芳雄、同小松正富、同寺尾正二、同永山忠彦、同竹澤哲夫、同金綱正己、同御正安雄、同山田有宏、同丸山俊子、同伊東眞の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて若しくは独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成三年(オ)第一七〇一号 上告人 岡田茂)

上告代理人坂井芳雄、同小松正富、同寺尾正二、同永山忠彦、同竹澤哲夫、同金綱正己、同御正安雄、同山田有宏、同丸山俊子、同伊東眞の上告理由

第一点退職慰労金の請求について

一 原判決は退職慰労金の請求につき、「ところで、退任した取締役に対する退職慰労金は、商法二六九条の報酬とみるべきであり、定款に定めのない以上、株主総会の決議をもって当該取締役に対する支給額を決定して(少なくとも、一定の金額算定基準の存在を前提として、退職慰労金を支給する旨を決定して)、初めて支給が可能となるものであり、右決議は退職慰労金請求権発生の要件となる。ところが、取締役を退任した原告に対し退職慰労金を支給する旨の被告株主総会決議そのものがないことは当事者間に争いがないのであるから、退職慰労金請求権は発生していないものというほかない。」との一審判決の判断を支持し、これに加えて、退任した特定の取締役の退職慰労金であっても、取締役在任中の職務執行に対する対価、報償の支払いとして報酬であることに異なるところはないし、取締役という同じ職務についていた者によってその支給が決められることによる弊害は、在任中の取締役に報酬を決定する場合と特に異なるところはないというべきである、と判示した。

しかし、この判示および一審判決の判示は明らかに商法第二六九条の解釈を誤ったものである。

二 商法第二六九条には「取締役ノ受クベキ報酬」についてのみ株主総会の決議を必要としているところ、右条文の文言上同条の「取締役」に退任した元取締役を含む、と解すべき根拠はない。商法は、在任中の取締役と退任した元取締役とを厳格に区分しており、もし同条の取締役に退任した元取締役を含むものであれば、例えば商法第二五八条第一項の如く「取締役オヨビ退任シタル取締役」と両者を区別して書き分けているはずである。

また、原判決のいうとおりであれば、退任監査役の退職慰労金についても、取締役と同様株主総会の決議を要することとなるが、そうであれば商法二七九条一項に定める「監査役」には、退任監査役を含むと解釈せざるを得ないであろう。しかし同条二、三項に定める「監査役」には退任監査役が含まれないことは明らかであるから、原判決のいうところによれば、商法は、同一条文において、「監査役」の用語を異なった意味に使用していることを認めざるを得ないのであって、この結論の誤れることは明白であろう。

三 また解釈上も、退任取締役に対する退職慰労金は、商法第二六九条にいう「取締役ノ受クベキ報酬」に該当しないことは明らかである。

通説によれば、同条が取締役の報酬について定款の定め又は株主総会の決議を要求しているのは、取締役の報酬額の決定を取締役の自由にまかせると、お手盛りになって、株主の利益を害するおそれがあることによる、とされている。

したがって、通説の考え方にしたがっても、取締役の全員が受ける通常の報酬については、当然この立法趣旨が該当するため株主総会の決議によることを要するが、退職慰労金にはこの立法趣旨は全くあてはまらない。

すなわち、退職慰労金は退任した特定の取締役に対してだけ支給されるにすぎないばかりか、その者はすでに取締役の地位を退き、その後の取締役会における議決権はもちろん発言権もないのであるから、この場合にはお手盛りという問題は全然おこりえない。通常の報酬については、取締役全員が自分できめて自分が受取るというむしろお手盛りの関係があるのに対し、退職慰労金は退任した特定の取締役に対して贈呈されるものであり、このように通常の報酬と退職慰労金とは根本的差異があるからである(鈴木竹雄「退職慰労金の特殊性」商法研究III一二三頁以下 佐藤庸新商法演習二 一頁以下いずれも有斐閣刊)。このことは、世上しばしばみられるように退任した取締役がそのまま従前会社の相談役とか顧問に就任し、これに一定額の報酬が支払われる事例につき、株主総会の決議は全くなされていないこと、かかる報酬をもって商法第二六九条の「報酬」に該当するとし、株主総会の決議を要する、とする説ないし事例はいまだかって存在したことがないことからみても明らかであろう。原判決のいうように、退職慰労金の支給にも株主総会の決議を要する、としたならば、取締役報酬の決定権限を与えられた株主総会において取締役の報酬を零または低額に定めた場合、当該取締役は与えられた職務の内容と報酬額とを対比し、報酬額に不満があれば、取締役への就任を拒否するという自由を行使しうるが、退職慰労金についてはそれが過去の職務執行の対価であることから(このことは大方において異論をみない。)、総会の決議支給額が零ないし不相当に低額であったときは、当該取締役は過去に遡って取締役就任を拒否できないことから不当な職務執行を強いられた結果となり、かつ、これに対し何らの補償も得られないという不合理を生ずることとなる。

してみれば、役員退職慰労金は商法第二六九条に定める「報酬」に該当せず株主総会の決議を要せず支給を求めうるものと解すべきであり、原判決の判示は、商法二六九条の解釈を誤ったものである。

四 したがって本件においては、上告人は被上告人会社の株主総会決議なくして退職慰労金を請求し得るところ、被上告人は上告人に対し、上告人の昭和四〇年四月二八日被上告人会社取締役就任時および同四七年四月一二日同社代表取締役就任時において、いずれも上告人の取締役退任時に退職慰労金を支払う旨を約したものであるから、被上告人は上告人に対し、株主総会の決議を要せず当然に被上告人会社退職金支給規定に基く退職慰労金を支払う義務がある。

第二点本件の株主総会決議の不要であることについて

一 百歩ゆずって、商法二六九条の「取締役」には退任取締役を含む、としても、本件においては被上告人は株主総会の決議なくして上告人に対し退職慰労金を支払う義務を有していたものである。

原判決は、「原告は、被告の取締役を退任した者に対し、一定の基準に従って算定された退職慰労金が当然かつ慣例的に支給されていたのに、被告の取締役らが原告を害する目的のもと、敢えて退職慰労金請求の議案を株主総会に上程しなかったと主張するのであるが、株主の総意を問うことなく、退職慰労金を支給することは許されないのであるから、右のような事情があったからといって直ちに退職慰労金の支給についての株主総会決議が不要となるということはできない。そうすると、原告主張の約定の有無、原告の取締役在任中の業績、功労のいかんにかかわらず、本件退職慰労金の請求は理由のないことが明らかである。」との一審判決の判断を支持し、これに加えて「しかしながら、商法二六九条が取締役の報酬について定款の定め又は株主総会の決議を要求している以上、株主総会の決議は退職慰労金請求権発生の要件であると解すべきことは右に述べたとおりであって、かかる株主総会の決議がなされるかどうか未定であるにもかかわらず、控訴人と被控訴人との間で、控訴人が取締役を退任する際に、被控訴人の退職慰労金支払規程に定める退職慰労金が控訴人に支払われるよう株主総会の承認決議を得るべくこの支給に関する議案を提案するとの黙示の合意がなされたものと認めるに足りる証拠はない、」と判示した。

二 しかし、原判決の右判示は誤りである。

すなわち、一般に株式会社と役員との法律関係は一種の委任契約であると解され、役員は就任時において会社との間で委任契約が締結されたこととなる(現実には一々委任契約書が取交されることは稀である。)。しかして右委任契約締結にあたって、当然その職務執行との対価をどのように定めるかが重要な事項とされ、受任者すなわち役員に対しては、委任者たる会社より相当額の報酬が支払われること、その報酬の額は当該会社の内規ないし慣習に依る、ことが明示ないし黙示的に合意される。

ところで、この委任報酬職務執行の対価とは、定期的に支払われる月額報酬と決算期毎に支払われる賞与の外、取締役退任時に支払われる退職慰労金も指し、すなわちこれは役員の在職中における職務執行の対価すなわち報酬の後払的な性質を有するものとされている。

すなわち、会社において退職慰労金に関する内規あるいは慣習が存在するときは、役員の就任時に、就任する役員と会社とは右内規ないし慣習による退職慰労金を退任時において支払う旨の明示ないし黙示の合意があり、これもまた委任契約の一部をなしているものである。

三 そもそも株主総会は、株式会社の業務執行機関ではなく、単なる議決機関にすぎないから、もし退任取締役に対し、株主総会出席株主が、退職慰労金を支給したいと考えても総会通知または公告中に会議の目的たる事項として示されていなければこの支給決議をなしえない。このような株主総会の性質からも明らかなように、退任取締役に対する退職慰労金の支給は、株主総会が決定権を有しているのではなく、代表取締役から総会議案として株主総会に提案されたときにはじめて株主に議決権が与えられるものであること、換言すれば、株主総会は単なる承認の権限を有する機関に過ぎず、あくまで業務執行機関である代表取締役が株主総会に承認決議を条件として支給を決定するものである、ということができる。

したがって、かりに退職慰労金の支給につき株主総会の承認決議を要するとするならば、一般の会社の役員委任契約においての職務執行の対価すなわち報酬の支給に関する合意は、株主総会が承認決議をなすことを法定の停止条件としているものと解されるよう(少なくとも商法上会社と役員の間で株主総会の承認決議を停止条件として支給する旨の契約を行なうことにつきこれを禁ずる規定は存在せず、また商法第二六九条がそのような契約までも禁止していると解する考え方はいまだかって存在しない。)。

よって原判決のいうように、退職慰労金が商法第二六九条の「報酬」に該当するというのであれば、退任取締役の退職慰労金請求権は株主総会の決議を法定停止条件として発生する権利である、ということになる。

四 ところで、この法定条件である株主総会の承認決議が得られない場合、つまり条件の成就がみられない場合であっても、当然に取締役は報酬請求権を失うのではなく、その条件不成就の態様によって結論を異にする。

すなわち、株主総会の承認決議の得られない場合とは、(1) 取締役報酬議案が総会に提出されそこで無償と定められた場合、(2) 取締役報酬議案が全く総会に提出されないまま放置されている場合、のいずれかである。

(1) の場合は、株主総会の決議の性質上当該取締役に報酬請求権は発生しないと解するのが一般であろう。しかし(2) の場合は、会社と取締役間において予め報酬を支払う旨の明示ないし黙示の合意があるにも拘らず報酬請求権が存在しない、とする根拠はない。なぜなれば民法上の委任にあっては、報酬の特約があるが額が不明な場合は裁判所において社会通念上相当の報酬を決定し委任者に対しその支払いを命じ得るとされており(注釈民法第一六巻一九二頁ないし一九四頁有斐閣刊)、一般の雇用契約においても賃金の決定につき同様の法理が認められているからである(浜田道代名古屋大学教授は、かかる場合は取締役の報酬に関しても裁判所の認定する報酬額を会社に請求しうるものと解すべきであると述べている。-新版注釈会社法(6) 三八八頁)。

すなわち、会社が役員との間に右に述べた報酬や退職慰労金の支給等を内容とする委任契約を締結しておきながら、故意に株主総会に報酬や退職慰労金の支給の承認決議を求める議案を提出せず、そのまま放置していた場合は、会社は条件の成就を故意に妨げたこととなるものであるから、取締役において会社に対し条件が成就したものとみなし、報酬等を請求し得るのである。このことは被上告人の場合においても同様であって、上告人を含む全役員は、被上告人の役員報酬規程および退職慰労金支払規程に定める報酬等が支払われること、そして株主総会の承認決議を得るべくこの支給に関する議案を提案するとの黙示の合意があったからこそ、役員の就任を引き受け役員の職務の執行を行なってきたものであり、被上告人は、上告人の退任にあたり右停止条件を成就せしむるため、退任時の株主総会(昭和五八年五月二六日開催)において上告人に対する退職慰労金支給の承認を求める議案を提出しこの承認決議を得る義務があったところ、被上告人は故意に右議案を提出せず、この承認決議を得ることを怠り、もって右条件の成就を妨げたのであるから、上告人は民法第一三〇条により右条件すなわち株主総会の決議が成就したものとみなし、被上告人に対し右決議を要せず本件退職慰労金の支払いを請求し得る。

五 しかるに原判決は商法第二六九条・民法第一三〇条の解釈を誤り、一律に株主総会の承認決議がなければ退職慰労金の支給権は発生しないものと速断し、また一般の株式会社においては、各役員は、その就任にあたり、自己が退任した場合は、会社の支給規程に従い、退職慰労金の支給の可否について代表取締役が株主総会に議案を提出するとの、黙示の合意を経て役員に就任する慣習の存すること、しかして被上告人会社もこれと何ら変わることのないことを看過したもので、その判断と解釈の誤りは明らかである。よって、原判決は破棄されるべきである。

第三点本件解任決議の無効について

一 原判決は、昭和五七年九月二二日午前一〇時に開かれた被上告人会社の定例取締役会においてなされた上告人の代表取締役解任決議(以下「本件決議」という。)の効力について、「代表取締役の解任に関する取締役会決議は、取締役会の代表取締役に対する監督権の発動としてなされたものであるから、当該代表取締役は特別利害関係人にあたり、議決権を行使することができないものと解するのが相当である。そして、原則として、会議体の議長は議決権を有する当該構成員が努めるべきであるし、取締役会の議事を主宰して、その進行、整理にあたる議長の権限行使は、審議の過程全体に影響を及ぼしかねず、その態様いかんによっては、不公正な議事を導き出す可能性も否定できないのであるから、特別利害関係人として議決権を失い取締役会から排除される当該代表取締役は、当該決議に関し、議長としての権限も当然に喪失するものとみるべきである。したがって、前記の経過に照らすと、本件においては、杉田専務が原告の社長及び代表取締役解任の動議を提出した時点で、原告は取締役会における議決権を失い、議長としての権限を行使することもできなくなったとみるべきであるから、原告の指示に反して動議を提出し、採決を行なったことをもって、本件解任決議に瑕疵あるものということはできない。」、とした一審判決の判断を支持し、これに加えて、「議長の職務が、その地位において議事を主宰し、その整理、進行にあたることにあることは、控訴人の主張するとおりであるが、議長としてのかかる権限行使の結果が審議の過程全体に影響を及ぼし、その態様いかんによっては不公正な決議の結果を導き出すおそれのあることは明らかなところであるから、議決権の行使さえしなければ議長としての職務を行っても決議の結果を左右することはないということはできない。したがって、控訴人の右主張は採用することはできない。」と判示した。

二 しかし、右判示は法令の解釈を誤ったものである。

本件取締役会開催当時(同年九月二二日)は、現行商法第二六〇条の二第二項は施行されておらず、取締役会には「株主総会においては特別の利害関係を有する者は議決権を行使することを得ず」とする商法第二三九条第五項を準用していたのであり、この当時、特別利害関係人たる取締役は、議案にかかる議決権の行使を禁じられていたにすぎず、取締役会に出席し意見を述べる等の会議参与権は認められていたのであり(株主につきこれを認めるのが通説であった。「鈴木竹雄・会社法・有斐閣刊・一七一頁」)、かえって特別利害関係人たる取締役が欠席ないし退席したことにより定足数を欠く取締役会の決議は無効とされていた(最判昭和41・8・26民衆二〇巻六号一二八九頁)。

三 ところで、取締役会や株主総会の議長の資格についての法律上明文の規定は存しない。しかし、原判決の認めるとおり、議長の職務とは、その地位において議事を主宰し、その整理・進行にあたることにあり、議長として議決権を行使するわけでない以上、その職務を行なうことは決議の結果を左右するものではなく、議長が議案につき特別の利害を有する場合も議長たる資格を有するものと解される。

もし原判決のいうとおり、動議の内容に特別利害関係を有する議長は当然にその動議の決議に関し議長としての権限を喪失する、というのであれば、当該動議を採択し議場にこの審議をはかることすら許されないこととなる。たとえば、議長の不信任の議案は当該議長において特別の利害関係を有する議案であるから、旧法下の株主総会において一株主が「議長不信任」の動議を提出した瞬間、議長は議長席から降りざるを得ず、この動議の審議を議場にはかることも許されないこととなる。そして次順位の者が議長席に就き議長としての権限を行使しようとしても、株主の一人が「議長不信任」と叫ぶだけでその瞬間にこの議長も議長席を降りざるを得ないこととなる。

してみると、株主総会(取締役会でも同様であるが)では、わずか一株しか有しない株主のみでも「議長不信任」の動議を提出するだけで、大多数の株主の意思に反して議長を議長席からしりぞけることすなわち事実上の不信任決議を可決したのと同様の結果を招来することが可能となるわけである。

このような結果はむろん多数決の原理と会議の常識に反するのであり、正しくは議長不信任の動議が提出されても、議長は議長としての権限を当然に失うのではなく、これを議場にはかり賛否を求める権限を有しており、この動議につき議決権すなわち投票権のみを有しない、と解すべきである。

四 したがって、旧法下の取締役会においても、議案につき特別利害関係を有する議長はこの議案の提出がなされても当然に議長の権限を失うのではなく、あくまで当該議案につき審議をはかり討議・賛成の決議を求める権能を有していた、と解すべきであった。

現に、被上告人会社の取締役会の議事運営規則を定めている「取締役会規程(甲第一号証)においても、議長が議案につき特別の利害関係を有する場合に議長がその資格を当然に失う旨の規定は置かれておらず、被上告人会社の従来の各取締役会においても、議長が特別利害関係を有する議案の審議にあたり、当該議長に資格なしとして議長の職を回避せしめた事例はかって存在したことがない。

五 よって、本件取締役会において杉田取締役が上告人の代表取締役解任の決議の動議を提出しても、議長であった上告人は議長としての権限を失っていなかったのであるから、この動議が審議されるためには議長たる上告人によりこの動議につき審議を為すべきか否かが議場にはかられねばならなかった。

なぜなれば、いかに取締役会が株主総会と異なり少数の人数をもって構成されるとはいえ、議事の進行・運営をつかさどる権限を有する議長の存在は不可欠である。そうでなければ、出席役員の発言のうち議事事項と非議事事項とを区別する機能が失われ、およそ議長の許可なく無秩序になされる各役員の発言・意見の開陳を細大もらさずすべて取締役会の議事ないし決議とせざるを得ないこととなり(かつそのすべてを取締役会議事録に記載せざるを得ない。)、およそ会社の意思決定機関である取締役会の機能は麻痺してしまうことは明らかであるからである。

したがって、取締役会において提出された議案につき、議長の付議がないまま勝手に出席者によりなされた決議は当然に不存在ないし無効であるといわざるを得ない。

六 しかるに本件取締役会では、原判決の認定したとおり、杉田専務は上告人の社長及び代表取締役からの解任を提案し、賛成の者に起立するよう求めたところ、上告人から議場に程し、この提案を審議することがはかられないまま、したがって上告人を除く取締役らのうちに、これに対して質疑を求めたり、反対の意見を表明したりする者はないうちに、口々に「賛成」などと声を上げながら全員が起立したため、杉田専務は、解任決議の可決と取締役会の閉会を宣言した、というのであるから、この解任動議は議長による付議がなされないまま閉会となったこととなり、決議不存在であったといわざるを得ない。

七 原判決は、「本件解任決議の際、杉田専務が動議を提出して直ちに採決を行ない、原告を除く他の取締役もこれに異議なく応諾したことに鑑みると、議決権を有する取締役の全員一致のもと、杉田専務に対し議長として議事の進行を委ね、これに従って同専務が議長としての権限を行使したものと認めるのが相当である。」、「本件取締役会において、杉田専務が原告の社長及び代表取締役解任の動議を提案すると同時に採決を求めたところ、他の取締役は、直ちに右採決に応じて全員一致で賛成の意思を表わしたこと、しかも、いったん採決をした後、再度確認の意味で採決をし直して同じ結論を得られたことは、前記認定のとおりである。そして、右経緯によれば、他の取締役は、質疑を求めたり、異議を述べたりする機会が与えられていたにもかかわらず、敢えてそのまま採決に応じたことが明らかである。そうすると、原告を除く他の取締役全員において、特段審議を要することなく、直ちに採決を実施することで意見が一致したものと認められるから、本件解任決議に瑕疵があるということはできない。」と判示するが、第一回の採決および第二回の採決とも議長からの付議のないまま出席者が勝手に立ち上がって議事を進行させ閉会に至ったことに変りはないのであるから、本件決議が不存在ないし無効であることは明らかである。

八 ところで、本件の場合杉田取締役により解任の提案があった直後、上告人を除く取締役全員が賛成可決したのであるから、この取締役会においてこの提案を議題として採択したこと、かつその内容に賛成である旨の決議がなされたことになるとする考え方もあろう。しかし、そのような決議方法が有効とされる法的根拠は全くない。

議題が招集通知に予め記載されず、取締役会の当日となってその席上で不意に提案された場合であっても、出席者全員が賛成したのであれば何らの討議を要せずかつ採択すらも省略して議決があったものとして取扱うこともできよう。

しかし、そのようなことが可能なのは、議長による動議採択・提案・討議による採決、という手順を踏んでも同様の結果が得られることが明白であるからである。したがって、正規の手順、ことに出席者間の討議によって結論の変更がなされる可能性があったのであれば、前述の如き議事手続の省略がなされた決議は取締役会の決議としては不存在ないし無効であることは論をまたないであろう。

この場合、出席取締役の大多数がこの議題に賛成していたとしても、決議が無効であることには変りはない。なぜなれば、当該議題につき質疑応答等の討論を実施することによって取締役らの当初抱いていた考え方に変更を生ずることがありうるからである。全員議案につき意見を異にしていない筈の取締役や監査役でもわざわざ一堂に会して討議を行なわねば適法な取締役会とされない理由はまさにここにある。

九 ところで本件の場合、上告人はこのような自己の解任決議案が杉田取締役から上程されることは事前に全く知らされておらず、また予想もしていなかった。さらに証人井上和雄の証言にもあるとおり、出席役員の中には事前にこのことを知らされず、この席上で知らされた有力役員が数名いたのであって、もし正規の手続により杉田提案が上程され、これに関する討論ことに上告人本人の弁明と解任提案者への反論がなされたのであれば、事前に知らされていなかったこれら有力役員らによる上告人支持の意見なども加わり、このような決議案は否決されたであろうことは容易に推認できる。

このことは、当日出席した証人井上和雄もその証言において認めるところであって、井上は「そういう釈明の場など作ってかえって混乱させて、うやむやになってしまうということでは元も子もありませんので、そういうことは一切しませんでした。」と述べている(井上証言調書 昭和六二年一〇月一六日分一二丁表)。

してみれば、本件議決が不適法かつ無効であることは明らかである。

一〇 よって、原判決は改正前商法第二六〇条の二第二項および同第二三九条第五項の解釈を誤った違法があり、破棄を免れない。

第四点相殺の抗弁について

一 原判決は、被上告人から出された「背任行為に基づく損害賠償請求権」による相殺の抗弁について、「原告は被告の子会社である香港三越の奥山支配人に、竹久に対しコミッション名下で秘かに利益を得させるよう指示し、代表取締役社長としての任務に違背し、竹久の利益を図る目的をもって、本来支出の不要な竹久に対するコミッション分二二七万四二五五円相当を上乗せした売買代金を被告からワイダーに支払わせ、被告に同額の損害を与えたものと認められ、被告が同額の損害賠償請求権を有することは明らかというべきである。」とした一審判決をそのまま支持した。

しかし、右判決の事実認定は全くの誤りである。

二 すなわち、上告人はかねてより竹久がアクセサリーデザイナーとして優秀であり、三越の商品のプライベートブランドの開発、あるいは選定というようなこと等につき有能であるとの認識をかねてよりもっており、同人がその優れたファッション感覚のもとにデザイナーとしても大変優れた活動をしており、三越のために貢献しているという認識で終始していた。

このため、上告人は香港商品の輸入にあたり、コミッション方式なるものが行なわれていたことは全く知らず、竹久がもしこの輸入にあたり対価を得ているなら、それは同人が三越のために貢献しており、その内容に相当した正当な対価が三越の担当部署と竹久との間の取り決め(具体的内容につき原告は関与せず、担当責任者らの権限で行なわれているとの認識)に従って行なわれているという程度の認識を抱いていたにすぎないことであったのである。

したがって、上告人が奥山支配人に竹久に内密のコミッションを支払うよう指示した事実は全くないのである。

三 また、仮に竹久らの仕事の内容について、三越が負担した対価に見合わない部分があったとしても、上告人は買付業務の実態を知らされていないので、竹久らが無用の存在だったと認識できる立場にない。まして上告人は買付け毎に現場に立ち会う訳でもなく、又、その交渉過程につき具体的な報告も受けず、三越の担当者らからも竹久無用のような報告は一切受けていなかった。

このように、上告人において竹久が無用の存在、役に立たないとの認識のない以上、上告人に「竹久に利益を得しめる認識」が存するはずがなかった。

四 してみれば、原判決のいうような「竹久は商品買付の専門的知識・経験を何ら有しておらず、継続的・恒常的なコミッション支払を正当化するような貢献があったことを根拠づける事情を認めることはできないのであるから、原告においてもコミッション支払に理由のなかったことを知悉していたとみるべきである。」との判断は、その前提に大きな誤りがある以上重大な事実誤認である、といわざるを得ない。

五 ところで、原判決は右竹久に対するコミッション分二二七万四二五五円相当を上乗せした売買代金を、被上告人からワイダーに支払わせたのであるから、被上告人に右支払額と同額の損害を与えた、という。

しかし、刑事判決および原審におけるすべての証拠には、訴外ワイダーの証言、供述書等は一切提出されておらず、ワイダーがコミッション相当額を三越に対し売り渡した商品の売価に上乗せしたことを示す証拠は一切存在しないのであり、原判決は証拠に基づくことなく被上告人の主張する相殺債権の存在を認定した違法がある。

このように、被上告人の相殺債権は存在しておらず、相殺の抗弁は理由がないことは明らかであるところ、原判決には重大な事実の誤認があり、これにもとづき相殺の抗弁を認容したものであるから破棄を免れない。

第五点結語

以上に述べたとおり、原判決には法令の解釈を誤り、かつ重大な事実誤認があって、この結果上告人の請求をすべて棄却したものであるから、御庁におかれては原判決を破棄し、上告人の請求を認定する旨の判決を言渡されたく上告の申立てを行なう次第である。

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