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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)206号 判決 1991年12月12日

東京都世田谷区下馬五丁目二三番三号

上告人

宮川輝彦

右訴訟代理人弁護士

藤井眞人

東京都世田谷区若林四丁目二二番一四号

世田谷税務署長

被上告人

小林三郎

被上告人

右代表者法務大臣

田原隆

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行コ)第一〇号所得税の更正処分等無効確認請求事件について、同裁判所が平成三年七月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤井眞人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成三年(行ツ)第二〇六号 上告人 宮川輝彦)

上告代理人藤井眞人の上告理由

第一 問題の所在

一 本件の概要と問題点

1 本件の概要

本件は、夫への税務署からの約二千万円余の所得税の更正決定の通知書の入った封筒を交付しに来た税務署の署員に対し、応対に出た主婦が門扉の所で、夫は事務所にいるので連絡して直接渡して欲しい旨要請し、署員がなおも置いていくと置く素振りをしたので、どうして郵便ポストに入れないのかと聞いても(裏に郵便ポストがあるのを知っていた)署員は答えず、主婦が家の中に入ったあとで、署員が門扉の道路あたりに書類の入った封筒を置いていって、通行人に拾われ、主婦の依頼により警察署に届けられたケースである。

2 素朴な国民感情からみれば、また平凡な主婦の感覚からすれば、

<1> そんな大事な書類ならなぜ受領すべき本人が受領の姿勢を示し、かつ本人への交付が容易に可能であるのに、直接受領できる本人への交付をしないのか?

<2> 同じく大事な書類なら、第三者に入手されないように郵便ポストがあり、これを知りながら、なぜそこに入れないのか?

<3> しかも門扉の中に完全に入れられ、通行人など第三者が入手できないように置いたのならともかく、主婦が知らない間に、しかも予想もしなかったのに、門扉の外側、道路のあたりに置いていき、現に本件では通行人に拾われ警察に届けられたが、このような置き方が認められるのか?

<4> 郵便ポストに入れることも、また門扉の中に完全に入れて置くこともきわめて容易であるのに、あえて右置き方をしたことには「権力に逆らうような奴へのみせしめ」的な悪意に満ちた署員の害意が感じられるが、このような公務員による乱暴な書類の届け方が法律上有効と認められるのか?有効とすればどうしてなのか?

などが疑問になるのは当然のケースであった。

3 国税通則法の規定、特に差置送達の規定の立法目的と解釈の在り方

国税通則法の規定の仕方をみると、第一二条の一項で書類の送達について「郵便又は交付を原則」と定め、交付送達の場合には、五項の一、二号の「やむをえない場合」に本人への交付に代えて他の者への交付を、さらに場合によっては「差置送達」を例外的に認めている。

これらの規定が、迅速な送達の要請の反面、国税に関する書類が国にとっても、また送達される納税者にとっても大事なものであり、安全・確実に送達され、かつ納税者のプライバシーを保護する必要があるという実質的理由からきていることは争いないであろう。

そしてこのような法の形式、その背後にある立法目的からすれば、同条五項二号の「差置送達」は例外的制度であり、その選択と有効性の判断・解釈は厳格に行わなければならないことも争いなかろう。

4 本件の問題点

右国税通則法第一二条五項二号の「差置送達」の例外的規定の仕方からみて、本件については、同号の適用上

(1) 「これらの者(一号のその……同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるもの)」とされる妻宮川和枝(以下単に和枝という)が、

<1> 自分は税金のことは分からないこと

<2> 受領すべき本人が渋谷の事務所にいること、そこに連絡を取って欲しいこと

を署員に告げて、本人への直接交付が容易に可能であることを告げて本人への直接交付送達を促したことが同号にいう「書類の受領を拒んだ場合」の「正当理由」に該当すると解すべきではないか

(2) 郵便ポストがあることを知りながら、そこに入れず、門扉の外の道路端あたりに置いていくことは「送達すべき場所に」書類を差し置くことに該当するのか、仮に規定上制限なく署員に「送達すべき場所」のいずれに置くべきか選択権があるとしても、本件の場合は諸事情からみて裁量権の濫用であり、無効と解釈すべきではないのか?

(3) 本件の場合、後記のとおり、差し置きをした署員により上司への報告書が改竄され、また差し置きをした状況を写した写真が偽造されており、このような行為をおこなった署員の証言は全面的に信用できず、したがって差し置いた事実そのものが証明されていないのではないか?

(4) 「送達すべき場所」とは、確実な送達とプライバシーの保護の観点からみて、郵便ポスト・玄関内など送達される者の独立した支配下にある場所であり、門扉・塀などで自己の支配地とその他が分けられているときは、少なくも完全に門扉・塀等の中に入れられることを要すると解すべきであり、本件の場合仮に世田谷税務署長の主張のとおり門扉をはさんで半分は道路側にはみ出し、不特定の第三者の手に入るような置き方は「送達すべき場所」に置いたとは解釈できないのではないか?

(5) 右と関連して、本件で門扉の中に完全に入れられて置かれなかったとすれば、妻和枝が置かれた封筒を直ちに取って自己の手にすることができ、判例や学説の言う「客観的に了知しうる状態におかれる」と言えるためは、少なくも和枝がその場所に置くことを予測、認識しえ、かつ認識したことを要するとすべきで、本件では和枝はそんな大事な書類を公務員がまさかそんな所に置いていくとは全く予測しておらず、しかも置いた事実を見ておらず、和枝が家の中に入ったあとに置かれた事実のもとでは右状態に達しておらず、結局送達すべき場所に差し置いたことにはならないのではないか?

などの問題点を有していた。

二 控訴人(上告人)の主張

1 第一審(東京地方裁判所民事第二部)の判決の要旨と問題点

<1> 第一審の判決は、右(1)の正当理由の存在、(2)の郵便ポストに入れない裁量権濫用による無効の主張を認めなかった(第一審の判決書の第三の二の1、2の後段)。

<2> しかも(3)の世田谷税務署長らが主張する差し置きの事実についての認定において原告(上告人)側が送達した署員熊井俊文の証言の信用性を問題とし、承認宮川和枝の証言、甲第二号証の陳述書、甲第三号証の図面と甲第四、八号証の宮川輝彦本人の陳述書、そして甲第五号証の和枝の手帳のメモを根拠に争っているにもかかわらず、熊井らが作成した乙第一号証の右差し置きの事実の上司への報告書と、差し置いたときの様子を写した写真の信用性の問題について、これらを「周辺的事情」として判断を回避し切捨てた(前記判決書の第三の一の(5))。

しかしそのくせ、送達した署員熊井俊文の証言について、何らの根拠を示さず信用できるとして、この証言をもとに門扉内の差し置きを、その場所を特定しないまま「内側に差し入れるように置き、その場所に差し置いた」と認めた(前同(3)の後段)。

<3> さらに和枝が公務員である熊井らがまさか大事な書類をそんな所へ放置していくとは思わなかったと証言しており、またそれが一般庶民の通常の感覚であるにもかかわらず、「和枝が正面入口付近の通路上に置いていくかもしれないと考えていた」(前同第三の一の(4))とか、「これを右場所に差し置くことを告げているのであるから、同人の側でも、その場所に本件通知書が差し置かれるという事態が生じうることを認識していたものと考えられる」と主張し、置くことを認識していたと「幻の認識」をつくりあげた(前同第三の二の2)。

そして置くことを認識していて、そこに置いていったのだから「受領して了知しうるに格別不都合な場所とは認められない」としたのであった(前同)。

2 控訴人(上告人)の主張

控訴人(上告人)は、第一審の判決の不当性を証拠に基づいて次のとおり弾劾し、かつ主張した。

(1) 第一審が排斥した「正当理由」について

<1> 交付送達が原則であり、「差置送達」が所詮送達される者の手に交付されなくても送達があったと擬制する規定であり、迅速な送達の実現の反面、確実・プライバシーの保護に欠ける欠点もある例外的規定であるから、受領を拒否する正当な理由があるときは右擬制をやめようとするものである。

<2> そして原則の交付送達がきわめて容易であり、受領者本人が受領する姿勢を示しているときは、税務署も本人に直接交付する義務を負うべきであり、受領者の同居人らが右事実を告げて受領を拒否することは「正当理由」があると解すべきである。

<3> 本件においても、和枝が熊井ら署員に対し、右事実を告げており、受領者本人の宮川輝彦も事務所で待機していたので本人への直接交付は容易に可能であり、本件のようなトラブルは避けられたのであるから、右「正当理由」があると解されるべきであると主張した(東京高裁への平成三年四月二三日準備書面(一)の四、五、七、八頁)。

(2) 郵便ポストへの投函をしなかった点について

<1> 安全、確実に送達し、かつ納税者のプライバシーを保護するためには、「差置送達」は他に方法がないやむをえない場合に限定されなければならない。

右観点からすれば、国税通則法第一二条五項二号の解釈にあたっては、条文自体には郵便ポストに投函すべしとの規定の仕方はされていないが、法の制度目的と制限的解釈の必要性からみて、郵便ポストがあれば投函して、通行中の不特定多数の目にふれないようにすべき義務があると補充的に解釈することが要請されている。

<2> しかも本件の場合、熊井ら署員は、和枝が「郵便ポストになぜ入れないのか」と問うたのに対し、答えなかったし、勿論「何処にあるのか?」と問いもしなかったことからみても、また熊井らが上司に報告するため作成した乙第一号証の「送達記録書」四枚目の図面(宮川輝彦宅の裏門が書かれているが、同裏門には甲第一号証の六、七の写真のとおり「郵便ポスト」があることからみても熊井らが裏に郵便ポストがあるのを知っていて、和枝に郵便ポストの場所を聞かずに、本件のような場所に置いたことがゆうに認定できる。

従って右解釈からすれば、本件送達は無効と解すべきである(同書面六、七頁)。

(3) 差し置きされた場所の認定について――乙第一号証の作成につき、改竄、偽造した熊井の証言について、改竄等と証言を切離して、熊井証言の信用性を認め門扉内への差し置きを認めた点について

<1> 熊井は、証言において、差し置きの事実を述べ、かつその状況を上司に報告するため乙第一号証の「送達記録書」を記載したこと、また同添付された写真は送達のときにその様子を写したものと述べた。

<2> 右のとおり、熊井の証言と乙第一号証の作成の信用性は切り離せないものである。

<3> ところが、提出された乙第一号証の記載と、熊井が作成した右送達記録書の内容を上司が宮川夫妻他に詠み聞かせた内容をメモした甲第五号証の和枝の手帳の記載事実とは全く違うものであること、また甲第八、九号証の陳述書からすると、送達当時そとには出される筈のない宮川夫妻の長男高重の自転車が前記写真に写っていることから、乙第一号証の送達記録書の記載は後に熊井らにより改竄され、また写真は後から撮られたもので当日の置いたときの物ではないことは明らかである。

<4> このような改竄、偽造をおこなう熊井の証言は全部信用性が認められないし、この乙第一号証の信用性と熊井証言の信用性を切り離して、前記の認定をせずに熊井証言のみ信用性を認めることは許されない。

<5> そうだとすると、世田谷税務署長らの主張する差し置きの事実は立証されていないことになる。

(4) 第一審の判決が、<1>右熊井証言に基づく門扉内へ宮川敷地内においた事実の認定と、<2>和枝が置くことを認識していたとの認定を二つの柱として、置くことを認識していて、そこに置いたのだから、格別不都合ないとして本件送達を認めた点について

<1> 熊井証言のとおりに置いた事実の立証はされていなこと右のとおり。なお置いたと認定した位置がどこかは特定されていない。

<2> 和枝の尋問調書をみても、熊井らが門扉のところに大事な書類を置いていくとは全く予測しておらず、かつそれが社会通念に合致しており、従って仮に門扉のあたりに置いたとしても、客観的に和枝にとって了知しうる状態には置かれていない。

<3> 結局第一審の判決の柱の二つともが証拠上の根拠なく認定されており、許されない(以上前記準備書面(一)の一二頁、平成三年五月二一日付準備書面(二)六頁以下)。

(5) 本件送達が、門扉の外の道路端あたりに置かれた場合は勿論、仮にそうでないとして乙第一号証の写真のように門扉の真下に置かれたとしても、完全に門扉の中にいれられていない以上、前記和枝の予測も認識もない下では、独立して宮川輝彦の支配下に入っておらず、「客観的に了知しうる状態に置かれた」とは解されない点について(平成三年五月二一日付準備書面(二)一九頁~)。

<1> 「客観的に了知しうる状態に至った」とするには、書類が第三者とは独立した受領すべき者の支配下に入らなければらないと解すべきである。

<2> 門扉は、塀や裏門と同様に設置した者が、外部と自己の支配する建物、敷地とを区別するために設置したものであり、客観的にも対外的にはそのように理解されている。

<3> 乙第一号証の写真のように置かれ、そしてそれが一応宮川の敷地内であっても、乙第一号証の写真のように半分以上が道路側に出ていたとすれば、道路側から通行する第三者が容易に入手できることになり、到底門扉設置者の独立した支配内に入っているとはいえない。

よって、本件送達は無効である。

三 原判決の柱と問題点

東京高等裁判所民事第七部の平成三年七月一八日言渡しの判決は、第一審の判断を相当とする理由について述べているが、その柱と問題点は次のとおりである。

1 和枝が受領を拒む正当理由の有無について

原判決の摘示する「理由」とは、「同人が税務署と交渉したことがなく、本件の税務問題に関与していなかった」ことであり、それをもって「相当のわきまえのある者で足り、当該文書に特別の知識等を備えている者であることまでは必要とされていない」と判断している(理由の一の3)。

しかし控訴人(上告人)が、問題とした理由とは、右「理由」中の一の1(2)、(3)、3でも指摘されているが、前記のとおり、事務所に受領すべき本人がいること、本人に電話で連絡して欲しいこと、そして本人に直接交付して欲しいことを主張したことであって税務のことが分からないことなどを正当理由として主張しているものではない。

しかるに原判決が、控訴人(上告人)の主張を取り違えて誤った判断をおこなっている。

2 郵便ポストに入れなかったことについて

原判決は、

<1> 和枝が郵便受けのありかを示してそこへの投函を求めたと認めるに足る証拠はないこと

<2> 和枝との応対や差置きの経緯、右同入口や郵便受けの状況からすると、右郵便受けに投函すべきだから右差し置きが違法、無効とはいえないこと

を判断した(理由の一の4)。

しかし、

<1> 前記のとおり、

イ.和枝が「どうして郵便ポストに入れないのかと聞いたのに、どこにあるのかと反問してこなかったこと

ロ.熊井らが作成した乙第一号証の図面によれば、熊井らが郵便ポストのありかを知っていたこと

からみて、熊井らは当然郵便ポストの位置を知りながらの話しであること

<2> 仮に郵便ポストがあっても、状況からみて無効とするほどのことはないとの判断については後記のとおりである。

3 熊井らの書証の改竄、偽造をしたことと、熊井の証言の信用性の関係について

控訴人(上告人)は、右事情から熊井証言は全く信用できず、従って差置送達の事実が立証されていないと主張したのに対し、原判決は、逆に「路上放置」の事実については遺失物としての扱いから直ちに認められないこと、宮川夫妻の供述は推測であること等を理由に認めなかったが、その根拠の一つに「前記熊井証言に照らし」という言い方で「熊井証言」の信用性を何の根拠なく摘示している。

4 門扉の真下に置かれてどうして有効なのかの判断について

原判決は、この問題については、

<1> 「門扉から玄関に通ずるレンガ敷き通路上に、門扉の下から内側に差し入れて差し置いた」と事実認定し、そのうえで控訴人(上告人)の「敷地内であること」を強調する(理由の一の(3)、4)。

<2> ついで「和枝は、右のような差し置きが行われるであろうことを十分に認識していたということができる」とし(同4)、

<3> そして結論として、「客観的にみて控訴人(上告人)の住所に控訴人(上告人)の同居者である妻に了知可能な状態で置かれたものであり」有効とする(同4)。

しかしながら、

<1> 原判決の差し置いた場所が、どこなのか、被控訴人(被上告人)が準備書面(平成二年五月一八日付書面と添付の図面)で認め、かつ乙第一号証の写真で写っている「門扉の真下」なのか、もっと奥なのかも定かでない。

<2> 原判決もまた第一審同様に和枝の認識していたとの「幻の認識」をつくりあげており、またつくりあげないと本件送達を有効と出来ないのであろう。

しかしこの認定が、いかに一般庶民の通念と掛け離れているか、そしてまた本件当時の状況から掛け離れているか明らかである。

けだし、

イ.控訴人(上告人)が再三にわたって繰り返しくりかえし主張していることだが一般に公務員が大事な書類を門扉のあたりに放置していくことは社会通念上到底予測できないものである。

しかも国税通則法上の「差置送達」の規定など知るはずもない。

ロ.本件当時の状況でも、なるほど熊井らは受け取らない場合は置いていくと脅かし、かつ門扉の下に置く素振りをしたことは争いない。

しかしその素振りだけで置いていくことが確実であると予測しえたかとなれば別問題である。

右のとおり規定を知らず、かつ公務員がそんなことをするはずがないと信じていた和枝は、右熊井らの言動だけで、直ちに置かれることを予測はしなかった。事実和枝が後ろを向いて家の中に入っていくとき、熊井は封筒を置きつつあったのではなく、まだ抱えて持っていたのであり、従って予測は困難であった。

以上は和枝の尋問調書五七~六七項により、明確である。

ハ.従って和枝が認識していたのだから門扉のあたりの敷地内に置いたことで客観的に了知しうる状態に置かれたとは到底言えないのである。

5 総合して

右のとおり、原判決は第一審の判決の問題点について、何一つチェックも、また疑問にも答えず、結論だけを繰り返しており、高裁としての機能をはたしていない。

なお高裁民事第七部は、甲第九号証の成立と内容上の新たな補足的尋問申請を認めず、一回も証人調べをしないまま結審したが、このような姿勢は第二審の役割の放棄と言う他ないものであった。

第二 原判決には、「経験則に違反」する違法な判断があり、右違法な判断がなければ原判決の結果に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである。

一 原判決の判断

前記のとおり、原判決は、

<1> 「門扉の下のレンガ敷き通路上に、門扉の下から……差し置いた」とし、この通路は「控訴人(上告人)方敷地内である」とする。

<2> そして「受領しない態度を示す和枝に対し、右門扉内に差し置く旨告げて前記のような差置きに及んだ」とし、「このような状況下では、和枝は、右のような差置きが行われるであろうことを十分に認識していたということができる」とし、

<3> それゆえ<1>と<2>を総合して「妻に了知可能な状態で置かれたもの」との結論を導くのである。

二 経験則違反の判断

右原判決の判断ほど、事実にも反する作文で、かつ経験則に違反するものはない。

すなわち、

1 事実経過は、和枝の尋問調書によれば、

57 (項の数字、以下同じ)置いていくぐらいならポストに入れたらいいじゃないかと言った

59 ポストがないとの反論も問い合わせもなかった

62 (背中向けて階段登ってとことこはいっちゃったとき)熊井は封筒を抱えるようにもっていた

66 置いていくことは考えなかった

67 いないのにプライバシーにかかわる問題なのに置いていくとかいうことはまさか公務員だからするはずがないと思った

と明確に当時の認識として、和枝はこんな大事な書類をまさか門扉の下あたりに置いていくとは考えもしなかったのである。

このような証拠に基づかない「幻の認識」を根拠に、敷地なら門扉のあたりでもいいとする原判決の論理は到底素朴な庶民感情、正義感から受け入れられないもので、ただ税務行政の追認の結論を導くためのものでしかない。

2 この認識は、社会常識、経験則に合致するものである。

なぜならば、

<1> 一般の主婦が、この法律の「差置送達」の規定など知らない。

<2> 社会通念上プライバシーにかかわり、かつ大事な税金に関する書類を税務署員がホストにも入れず、門扉のあたりに置いていくなどということは到底理解できない。

3 従って原判決のいう和枝が差し置きについて「十分認識していた」との判断は明白に「経験則違反」である。

三 右経験則違反の判断は原判決に影響を及ぼす。

前項二の1で述べたとおり、原判決の柱は1の<1>と<2>である。

そうすると、右経験則違反により、和枝の認識が否定されると、「認識しえなかった」和枝による了知は不能であり、本件のような門扉のあたりに(仮に譲って第一審の被告の自認のような門扉の真下に)置かれた送達は、未だ独立した控訴人(上告人)の支配内に入っておらず、客観的に了知しうる状態に至っていないから、より一層無効と判断されることになり、原判決の主文に影響すること明らかである。

第三 原判決には、次のとおり民事訴訟法第三九五条一項六号にいう「判決の……理由不備がある」から、違法として破棄されるべきである。

一 受領拒絶の「正当理由」の存否について

前記のとおり受領を拒否する「正当理由」については、控訴人(上告人)が主張している理由は本書七、八頁に記載したとおり、本人への直接交付が容易であり、受領すべき本人も受領の姿勢を示していることであった。

しかるに原判決は、本書一二、一三頁に記載したとおり、それとは異なる理由(知識があったかどうか)についてのみ検討して正当理由なしとするが、これは控訴人(上告人)が主張している理由についての判断を落としたものであり、これが検討されて認められるときは判決に影響する、審理不尽、重大なる理由不備があると言うべきである。

二 郵便ポストに投函しなかった点について

控訴人(上告人)の主張についても、前記の和枝のいわゆる本件差し置きについての認識が否定されるときは、熊井らが郵便ポストの存在を知っていたものと認められる下で、郵便ポストに入れない本件送達が無効であるとの判断もありうるので郵便ポストにいれない場合いかなるときに有効、無効となるのかを判断しないのは審理不尽、理由不備があると言うべきである。

三 熊井証言については、原判決でも差し置きの事実の唯一の証拠として引用されており重大な証拠である。

ところで、甲第三、五号証、甲第九号証などにより明らかに熊井らが乙第一号証の送達記録書を改竄、偽証をしたことが認定できるのに、これらの甲・乙号証についての検討・採否を回避し、かつ右改竄等を行ったことが明らかな熊井の証言につき、なんらの根拠も示さず信用性を認め、これをもって門扉内に差し入れた事実を認定したことは重大な証拠の採否についての審理不尽、理由不備がある。

四 本件差置送達問題で一番肝心な置いた「場所」についての特定がされておらず、被上告人も認めていた門扉の真下を指すのか、もっと完全に入れたというのか不明であり、その場所の位置によっては本件送達の有効性について影響を及ぼす審理不尽、理由不備がある。

第四 結論

よって原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな「経験則違反」と「審理不尽」、「理由不備」があるから破棄されなければならない。

本件は金二三五九万円という多額の更正決定の通知書という大事な書類を、居所も受領の意志もはっきりしている上告人本人に問い合わせも、直接交付のため届けにもいかず、また郵便ポストが裏にあるのを承知の上でポストに入れず、しかも門扉の下から通行人の手の届かない奥の方に入れようとすれば極めて容易なのにこれをせず、門扉のあたりに放置していって、通行人から落とし物として通報されるような、およそ社会常識に反したやり方がされた事案である。

熊井自身、第一審の尋問において「もっと奥へ入れなかった理由」につき何ら答えられず、そのくせ一方では「最善の方法」と開き直っているように、本件は「みせしめ」ともいうべき事案である。本件はこのような横暴な税務署のやり方に歯止めをかけられるかどうかがかかっている大事な裁判である。

このような問題は、本件のような夫の留守を預かる別の主婦にとっても他人事ではないし、まして税務署から抜き打ち的調査などのいやがらせを受けている者にとっては自分のことのように思い、多くの友人、知人が関心を寄せ、東京高等裁判所に対しては、税務署員の証言を安易に認めず、提出された証拠を良く吟味してほしい、また分かりやすく納得のいく親切な判決を求める署名がわずか四、五日で六三八名も集まったことにも、その関心の高さが現れている。しかし高等裁判所は右期待に何も答えなかった。

よって速やかに右事情につきご理解を頂き、上告人を救済し、行政の横暴をチェックされるよう期待する次第である。

以上

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