大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)196号 判決 1994年4月21日

上告人

大分県大分県税事務所長

財津虎丸

右訴訟代理人弁護士

松木武

右指定代理人

大沢毅

外五名

被上告人

大角秀一

右訴訟代理人弁護士

山本草平

三井嘉雄

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人松木武の上告理由第一点について

一被上告人の本訴請求は、自己が取得した本件建物の価格が固定資産課税台帳の登録価格と著しくかけ離れていることを理由に、右登録価格を不動産取得税の課税標準である不動産の価格としてされた本件賦課処分が地方税法(以下「法」という。)七三条の二一第一項ただし書に違反する違法があるとして、その取消しを求めるものである。

原審は、右ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは、固定資産課税台帳に登録された価格が当該不動産の客観的な評価として公正妥当なものとみることができない場合をいい、その原因となった事由が右価格の登録後に生じたものに限定されると解する必要はないとした上、本件建物の時価は、取得時に近接した昭和六三年一二月一日の時点においては四二六七万円であり、固定資産課税台帳に登録された価格である五一八五万五三一二円と比べて九〇〇万円強の差があるので、右ただし書の当該固定資産の価格により難いときに当たり、本件賦課処分を違法であるとして、被上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消し、本訴請求を認容した。

二しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  固定資産税の課税対象となる土地及び家屋(発電所及び変電所を除く。)と不動産取得税の課税対象となる土地及び家屋とは同一であり(法三四一条二号、三号、七三条一号ないし三号参照)、両税の課税標準である不動産の価格も等しく適正な時価をいうものとしている(法三四一条五号、七三条五号参照)。そして、法は、固定資産課税台帳に登録される固定資産の価格が適正な時価であるようにするため、市町村長等が行う固定資産の評価及び価格の決定は自治大臣により定められた評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)に基づいて行い(法三八八条以下参照)、決定された価格については固定資産税の納税者に不服申立ての機会を与える(法四三二条以下参照)などの規定を設け、さらに、このようにして固定資産課税台帳に登録された基準年度の価格についても、第二年度、第三年度において、「地目の変換、家屋の改築又は損壊その他これらに類する特別の事情」等が生じたため基準年度ないし第二年度の価格によることが不適当、不均衡となる場合には、これによらずに当該不動産に類似する不動産の基準年度の価格に比準する価格によることとする(法三四九条一項ないし三項参照)などの規定を設けている。そこで、道府県知事が不動産取得税の課税標準である不動産の価格を定めるに当たっては、原則として、固定資産課税台帳の登録価格によることとし(法七三条の二一第一項本文参照)、両税間における不動産の評価の統一と徴税事務の簡素化を図ったものである。

そうであるとすると、法七三条の二一第一項ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは、当該不動産につき、固定資産税の賦課期日後に増築、改築、損壊、地目の変換その他特別の事情が生じ、その結果、右登録価格が当該不動産の適正な時価を示しているものということができないため、右登録価格を不動産取得税の課税標準としての不動産の価格とすることが適当でなくなった場合をいうものと解すべきである。したがって、不動産取得税の納税者は、右登録価格を課税標準としてされた賦課処分の取消訴訟においては、当該不動産の時価と右登録価格とに隔差があることを主張するだけでは足りず、それが、賦課期日後に生じた右にいう特別の事情によるものであることをも主張する必要があるものというべきである。

2  これを本件についてみると、被上告人は、本件建物の取得時の価格と固定資産課税台帳の登録価格とに隔差があることを主張するのみで、それが賦課期日後に生じた特別の事情によるものであることを主張していないのであるから、本件賦課処分が法七三条の二一第一項ただし書に違反する違法がある旨の主張としては失当というべきである。

三以上によれば、右と異なる解釈の下に被上告人の本訴請求を認容した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上に述べたところからすれば、本件賦課処分に違法があるとはいえないので、その取消しを求める被上告人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は正当であって、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

上告代理人松本武の上告理由

第一点 原判決は法律の解釈適用を誤っている。

一 争点は、地方税法七三条の二一第一項但書の解釈である。

第一審判決は、上告人の主張を容れ、「但書所定の事由は、登録価格決定後に、増築、改築、損かいその他経年以外の要因による物理的変動や社会環境の著しい変動が生じ、そのために当該不動産の価格が登録価格に比して著しく変動したことをいうものと解すべきである」と判示し、「被上告人の主張は登録価格が適正な時価から乖離しているというに過ぎないから理由がない」として、これを排斥した。

然るに、原判決は、不動産取得税の納税者は、固定資産課税台帳の登録価格自体につき不服申立の機会を与えられていないのであるから、不服の実質的な内容にまで踏み込んで検討することが肝要である。地方税法七三条の二一第一項但書にいう「その他特別の事情」ないしは「当該固定資産の価格により難いとき」についても、右のような観点から解釈すべきであり、したがって、価格登録後に生じた事由に限定することなく、「右価格が当該不動産の客観的な評価として公正妥当なものたりえていないとき」と言う具合に広く解釈すべきである。つまり、不動産の取得者が不動産取得税の賦課処分を争うことができるか否かは、当該不動産の登録価格と客観的に適正な時価との乖離が「但書所定の程度」に達しているか否か、換言すれば、「当該固定資産の価格により難いとき」というまでに至っているか否かの判断にかかっているのであって、但書所定の事由を価格登録後に生じたものに限定する必然性はないと判示し、被上告人の主張を容れ、本件処分を取消した。

二 しかし、地方税法七三条の二一第一項但書は、第一審判決摘示のとおり解釈すべきであり、原判決の解釈は誤っている。その詳細は、次のとおりである。

1 原判決の解釈は、文理に悖っている。

但書は、「増築、改築、損かい、地目の変換」等客観的に価格の変動を推認させる要因を例示し、これに続いて「その他特別の事情がある場合において」と規定しているのであるから、ここにいう「その他特別の事情」は、増築、改築等と同様、客観的に価格の変動を推認させる事情でなければならない。

更に、但書の「当該固定資産の価格により難いとき」には、「特別の事情のある場合において」という条件が付いているから、ここにいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは、例示の如き特別の事情があり、そのために「当該固定資産の価格により難いとき」でなければならない。

したがって、但書の「その他特別の事情」及び「当該固定資産の価格により難いとき」は、第一審判決のとおり解釈すべきである。

2 原判決の解釈は、立法趣旨に反する。

固定資産課税台帳の登録価格は、自治大臣の定める固定資産評価基準により評価し、関係者の縦覧に供し、固定資産税の納税義務者において争うことができなくなったものであるから、固定資産税に関しては当該不動産の適正な時価ということになる。

不動産取得税の課税対象は、固定資産税の課税対象と同一であり、課税標準は共に時価であるから、両税における不動産評価を統一し、課税事務を簡素化するため、不動産取得税の課税標準となるべき価格は、原則として固定資産課税台帳の登録価格により決定し、これにより難い場合に限り、独自に評価することにしたのである。

地方税法七三条の二一第一項本文の立法趣旨が右のとおりであるから、例外を定めた但書は、価格登録後に増築、改築、損かいその他これに類する事情が発生して価格の変動が客観的に明らかであり、しかもその額が登録価格により難い程度に達している場合に適用されると解すべきである。そう解しなければ、徴税事務簡素化の実をあげることができず、立法の趣旨に反することになる。

3 原判決は、判例を誤解している。

原判決は、最高裁昭和五一年三月二六日判決の「仮に登録価格が当該不動産の客観的に適正な時価と一致していなくとも、それが地方税法七三条の二一第一項但書所定の程度に達しない以上――右登録価格が客観的に適正な時価でないと主張して課税標準たる価格を争うことはできないものと解される。」とする部分を引用し、登録価格と時価との乖離が「但書所定の程度」に達しさえすれば、常に賦課処分を争うことができることを前提とする判断であると断定している。

しかし、右判決にいう「但書所定の程度に達しない以上」は、但書所定の増築、改築、損かいその他特別の事情のある場合においても、「但書所定の程度に達しない以上」の趣旨である。このことは、判決の全文を通読すれば、明瞭である。原判決は、右の最高裁判決の解釈を誤り、その結果但書の解釈を誤ったのである。

第二点 原判決には、理由不備、採証法則、経験則違反の違法がある。

一 原判決は、地方税法七三条の二一第一項但書の解釈に関し、登録価格自体につき不服申立の機会を与えないまま、「一方的に登録価格によるべきこととするのみでは、手続保障の観点から大いに問題があると言わざるを得ない。」、「不服のある納税者に不服申立の機会を与えないまま課税を正当化することはできない。」と判断し、これを理由として但書の要件を緩和し、登録価格と時価との乖離が但書所定の程度に達しさえすれば、但書所定の要件を充足する旨の結論に到達している。

しかし、不動産取得税の課税標準となるべき価格を固定資産課税台帳の登録価格によって定め、これに対し不服申立の機会を与えるか否かは、正に立法政策の問題であり、一度法律が制定され、右制度が確立したときは、その問題については、これにより適法妥当の判断をしたことになる。

原判決の判断は、この適法妥当な制度を、違法又は不当な制度であると判断し、これを前提として誤った結論に到達しているのであるから、判決に理由不備の違法がある。

二 原判決は、「固定資産課税台帳の登録価格が一般に適正な時価を相当大幅に下回っていることは当裁判所に顕著な事実である」と断定している。然るに、本件不動産の時価は、不動産鑑定士の鑑定書に基づき、登録価格を二〇%も下回る四二六七万であると認定し、登録価格には一顧も与えていない。

不動産鑑定士の鑑定書は、再調達価格を求め、経年減価、観察減価を行って時価を評価している。建物の登録価格は、固定資産評価基準に基づき再建築評点数を求めて評価することになっているが、その実質は再調達価格を求め経年減価等の調整を行っているのであるから、鑑定書と同一の手法で行っていることになる。

しかし、それにもかかわらず、登録価格は、昭和六三年度の評価においても、平成三年度の評価においても、共に五一八五万五〇〇〇円である。「時価より大幅に下回ることが顕著である」筈の登録価格が大幅に上回っているのであるから、これを看過して鑑定額を時価と認定することはできない筈である。少なくとも、何故この固定資産評価額を考慮せず、鑑定書のみにより価格を認定するに至ったのか、その理由は説明すべきである。

原判決には、右の点において、理由不備、採証法則、経験則違反の違法がある。

結論 以上の事由により、原判決は、法律の解釈適用を誤り、理由不備、採証法則違反、経験則違反の違法があり、判決の結果に影響することが明らかであるから、原判決を取消し、相当の判決を求める。

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