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最高裁判所第一小法廷 平成7年(あ)463号 決定 1999年2月17日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人時國康夫、同神田昭二、同福永宏、同福田恆二の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、再審事由の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、被告人による発砲の適法性について、職権により判断する。

一  原判決の認定及び記録によれば、本件事件の概要は、次のとおりである。

1  被告人は、本件当時、広島県巡査部長として、同県尾道警察署美ノ郷警察官駐在所に勤務していた。

2  被害者甲野太郎(当時二四歳)は、大学在学中に「てんかん、頭頂部陳旧性陥没骨折、大後頭・三叉神経症侯群」と診断され、大学を中退してビル清掃会社や海運会社で勤務していたが、仕事の内容が性格に合わなかったことなどから、その後、職に就かず、本件の一箇月ほど前から、画題や風景を求めて、同県尾道市美ノ郷町中野地区等を散策するのを日課としていた。他方、中野地区の住人らは、甲野が歩き回る姿を毎日のように見掛けるようになったが、その目的が分からない上、無愛想で目つきが鋭く、自動車等による騒音に対し両手で両耳を押さえるような奇妙な仕草をするところから甲野に警戒の念を強め、警察に警戒を要請していた。

3  昭和五四年一〇月二二日、前記駐在所で勤務していた被告人は、右住人から、甲野が中野地区を歩いているとして警戒の要請を受けたことから、その身元を確かめ、場合によっては駐在所に同行して家族の者に連絡し、中野地区方面を歩き回らせないようにする必要があると考え、相勤の警察官とともに中野地区に向かい、午前一一時四五分ころ、同町中野<番地略>所在の尾道市北部農業協同組合元中野出張所前交差点付近(原判決にいう第一現場)で甲野を発見し、甲野に対し、その住所等を尋ね始めたところ、甲野が急に逃走した。被告人らは、一時その行方を見失ったものの、相勤の警察官が、同町中野<番地略>所在の大通寺の前の小道(同第二現場)にいる甲野を発見し、甲野に接近すると、甲野は折り畳み式果物ナイフ(刃体の長さ約七・四センチメートル、刃体の最大幅約一・五八センチメートル、刃体の最大厚み約〇・二センチメートル)を、刃先を前に向けて右手に持っていた。相勤の警察官は、たまたま警棒を所持していなかったため、けん銃を取り出し、これを甲野へ向けて右腰の前に構え、「ナイフを捨て。はむかうと撃つぞ。」などと言ったところ、甲野は、右ナイフを数回振り下ろして反撃の姿勢を示した後、同所から逃走した。

4  その後、間もなく、被告人は甲野が逃走する姿を認め、同人を銃砲刀剣類所持等取締法違反及び公務執行妨害の現行犯人として逮捕すべく追跡し、正午前ころ、同町中野<番地略>所在の宗永喜代松方北西角から北西方約一五メートルの路上(同第三現場)で甲野に追い付き、「ナイフを捨てえ。」と叫んだところ、甲野が振り向いて、右手に持った前記ナイフと左手に持ったナイロン布製手提げ袋(内容物を含む重量約一三六一グラム)を交互に振り回すようにして反抗したため、けん銃を取り出して弾丸一発を発射し、その弾丸が甲野の左手小指及び左手掌に射入する暴行を加え、よって、甲野に左手小指、左手掌及び左前腕手根部貫通銃創の傷害を負わせた。右路上で被告人が甲野に追い付いてから発砲するまでの時間は約二〇秒であった。

5  被告人は、けん銃をいったんケースに収めた上、さらに、逃げる甲野を追って右宗永方庭先の同町中野<番地略>所在の田(稲の刈り取り跡。同第四現場)に至ったところ、甲野は、「すなや、すなや(するなの意)。」と言って後ずさりしながら、右手に持った前記ナイフを二、三度振り下ろし、さらにその場にあったはで杭(長さ約一七一・五センチメートル、重量約五〇〇グラム、直径の最大部分約三・二センチメートル、最小部分約二・二センチメートル)一本を拾い上げてこれを両手に持ち、特殊警棒で応戦する被告人目掛けて振り下ろしたり振り回したりして殴り掛かり、被告人が特殊警棒を落とすや、なおも前進しながら、右はで杭で被告人に対し同様に所構わず殴り掛かる攻撃を加え、これに対し、被告人は後退しながら腕で頭部を守るなどして、甲野の攻撃を防いでいたが、安静加療約三週間を要する両前腕打撲、右大腿・下腿打撲擦過傷、両肩打撲の傷害を負い、その場に積んであったはで杭の山に追い詰められた形となったため、午後零時五分ころ、前記けん銃を取り出して甲野の左大腿部をねらって弾丸一発を発射し、その弾丸が甲野の左胸部に射入する暴行を加え、よって、甲野に左乳房部銃創の傷害を負わせ、右銃創による心臓及び肝臓貫通、右腎臓損傷に基づく失血のためその場で死亡させた。なお、前記はで杭の山の左右は開かれており、被告人において左右に転進することは地理的にも物理的にも十分可能であり、また、右田に入ってから被告人が発砲するまでの時間は約三〇秒であった。

二  以上の事実関係によれば、甲野が第二現場以降前記ナイフを不法に携帯していたことが明らかであり、また、少なくとも第三、第四現場における甲野の行為が公務執行妨害罪を構成することも明らかであるから、被告人の二回にわたる発砲行為は、銃砲刀剣類所持等取締法違反及び公務執行妨害の犯人を逮捕し、自己を防護するために行われたものと認められる。しかしながら、甲野が所持していた前記ナイフは比較的小型である上、甲野の抵抗の態様は、相当強度のものであったとはいえ、一貫して、被告人の接近を阻もうとするにとどまり、被告人が接近しない限りは積極的加害行為に出たり、付近住民に危害を加えるなど他の犯罪行為に出ることをうかがわせるような客観的状況は全くなく、被告人が性急に甲野を逮捕しようとしなければ、そのような抵抗に遭うことはなかったものと認められ、その罪質、抵抗の態様等に照らすと、被告人としては、逮捕行為を一時中断し、相勤の警察官の到来を待ってその協力を得て逮捕行為に出るなど他の手段を採ることも十分可能であって、いまだ、甲野に対しけん銃の発砲により危害を加えることが許容される状況にあったと認めることはできない。そうすると、被告人の各発砲行為は、いずれも、警察官職務執行法七条に定める「必要であると認める相当な理由のある場合」に当たらず、かつ、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」を逸脱したものというべきであって(なお、仮に所論のように、第三現場におけるけん銃の発砲が威嚇の意図によるものであったとしても、右判断を左右するものではない。)、本件各発砲を違法と認め、被告人に特別公務員暴行陵虐致死罪の成立を認めた原判決は、正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

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