大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)208号 判決 1997年12月18日

静岡県伊東市十足六一六番地の二三七

上告人

猪狩礼子

右訴訟代理人弁護士

池田眞規

静岡県熱海市春日町一番一号

被上告人

熱海税務署長 渡部義毅

右指定代理人

渡辺富雄

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行コ)第一九九号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成七年九月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人池田眞規の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成七年(行ツ)第二〇八号 上告人 猪狩礼子)

上告人代理人池田眞規の上告理由

上告人の昭和六三年分所得税について平成二年五月二日付で被上告人がなした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分の取消請求を棄却した原判決(第一審判決並びにこれを支持した控訴審判決)は、以下の理由により取消されるべきものである。

第一点 原判決は、上告人の資産の譲渡についての所得税法六四条二項の解釈・適用を誤った法令違背があり、この法令違背により、譲渡所得税の課税につき誤った更正並びに賦課決定をなしたもので、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから取消されるべきである。

一、本件売買による譲渡と被上告人の更正・賦課決定の実態

本件の実態は、共同保証人である上告人並びに夫守らがその有する資産を売却し、その売却代金を保証債務の弁済に充当し、求償権の行使も不能であるにもかかわらず、所得税法六四条二項の適用を排除して、譲渡所得税の課税を承認するという不合理かつ不当な実態である。

1、上告人と夫守は、本件一、二、三土地(一審判決添付物件目録一、二、三、の土地、以下同じ)に存する本件四建物(一審判決添付物件目録四、の建物、以下同じ)を居住用に使用していた。

2、上告人と夫守は、長男浩が生前に千代田ファクター株式会社から借入れた金三億七〇〇〇万円の借入金につき、連帯保証をする旨を約していた。

3、長男浩は昭和六二年一〇月一三日、夫守に対する金三億円以上の債務並びに前記千代田ファクター株式会社に対する金三億七〇〇〇万円の債務を残して、米国テキサス州サンアントニオ市で死亡した。

亡浩は、本件一土地の所有権と本件四建物の共有持分三分の一を所有していた。同人の死亡により、同人の有していた右の資産は、その二分の一宛上告人と夫守が相続により取得した。

4、長男死亡後、亡浩の連帯保証債務を弁済するため夫守は、上告人と本件三土地の所有者である上告人の二男浩二の同意を得て、本件一、二、三土地及び本件四建物に担保として抵当権を設定して、昭和六二年一二月一四日、株式会社住宅流通センターから金五億五〇〇〇万円を借受け、この借受金のうちから同年同月一五日、連帯保証債務の履行として千代田ファクターに対し債務残高相当額金三億六四七五万九一七九円を弁済した。

5、その後、上告人、夫守及び浩二は、昭和六三年二月二六日、本件一、二、三土地と本件四建物を代金総額一一億二四五〇万円で売却した。

6、右売買代金の配分は、右三名の持分にしたがって案分すると、

イ、夫守 六分の一 金一億八七四一万六六六六円

ロ、上告人 六分の三 金五億六二二五万円

このうち六分の一は浩からの相続分金一億八七四一万六六六六円

ハ、二男浩二 六分の二 金三億七四八三万三三三三円

となる。

7、夫守は、上告人と二男浩二の承諾のもとに、右の売買代金のうちから、前記株式会社住宅流通センターから保証債務の弁済のために借受けた金五億五〇〇〇万円の借受金に対し、これを一括して弁済をした。

共同保証人の資産一括売却代金による、保証債務のための借受金のこの一括弁済によって、上告人と夫守の共同保証人の負担割合の実行がどのようになされたのか、という点について検討する。

夫守の主観的意思としては、夫守の資産の売却代金一億八七四一万六六六六円のすべてを保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済のための借受金の弁済に当てることで保証人としての義務を履行することであった。しかし、夫守の資産の売却代金では保証債務の金額に満つることなく、金一億七七三四万二五一三円の未払分が残ることになる。そこで、右残り分の保証債務につていは、同じ連帯保証人である上告人の前記不動産売却代金の内より負担することにして、上告人の保証債務の履行分として弁済することにした。この保証債務の弁済の手続は、上告人の承諾と依頼に基づき夫守において実行された。

8、しかし、夫守の右の主観的意図とは別に、法律的には共同保証人の負担割合が特別の約束がない限り均等分と推定されるところから、これに従えば前記売買代金による夫守の負担意思にかかわらず、共同保証人たる上告人と夫守の保証債務三億六四七五万九一七九円にたいする負担割合は、各一億八二三七万九五九〇円となる。したがって、法律的には共同保証人たる上告人と夫守は、それぞれ右の負担割合による共同保証債務を履行したことで完結したことになる。

したがって共同保証人間の求償問題は発生する余地はなくなったのである。

9、この結果、現実問題としては、夫守は、夫守の資産の売却代金のすべてを保証債務の弁済のための借受金の弁済に提供したため、夫守の手元には全く残る資産は皆無となった。

この実情に対し、被上告人のなした更正並びに賦課決定は、相続により承継した資産のすべてを保証債務に充当して全く所得のなくなった夫守に対し、さらに、金一八四二万三二〇〇円の納付を命じたのである。

一方、上告人に対しては、すでに四二三八四五〇〇円を確定申告により納税済であるのに、六八三七三七〇〇円の更正決定により新たに二五九八万円の追加納税と、二五九万八〇〇〇円の過少申告加算税まで支払うことを命じた。

二、本件の場合、所得税法六四条二項の適用によって救済されるべきである。

1、本件は、債務者の死亡により、共同保証人がいずれもその債務者を相続し、その後にその保証人が保証債務の弁済をするために共同保証人ら共有の不動産を譲渡した場合における法六四条二項の適用の有無が問題となった初めてのケースであり、従来この問題が争点となった判例は見当たらない。

2、右法条の立法趣旨は、保証人が保証をなす場合に、将来自ら保証債務を履行することになっても、最終的には求償権の行使によって経済的負担の回復は担保されるとの期待をもって保証をするものであることから、保証債務を履行した保証人からの当該債務者に対する求償権の行使が不能な場合には、保証債務履行のためになした資産の譲渡については、求償権の行使の不能な限度で譲渡はなかったものとして、譲渡所得税の課税をしない、というものである。

3、そうであるならば、そこには、予期しない相続、それも債務者を保証人が相続するという極めて偶然な予期せざる事件が介在したからといって、本来の右の立法の目的が貫徹できない結果を生ずるという法解釈は認めるべきではない、と言わねばならない。

4、本件についてみるに、連帯保証人(上告人)が主たる債務者(亡浩)を相続しても、連帯保証債務が消滅しないことは原判決も認めるところである。

そうだとすれば、まず、連帯保証人たる上告人及び連帯保証人たる夫守は、連帯保証債務の履行のために、同人らの共有不動産を譲渡したのであるから、法六四条二項に規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」の適用要件を充足したことになる。

5、同法の次の適用要件は「その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」であるが、この適用要件につき本件では、債務者が死亡し、保証人がその債務者を相続した後に、その保証人が「保証債務を履行するため資産の譲渡」をなしたことから、法解釈の違いが生じたのである。

この場合の法解釈において留意しなければならないことは、法六四条二項の立法趣旨にしたがって法解釈をすることである。

同法が特に定められた立法趣旨は、保証人が保証行為をなす場合に、保証債務の履行をすることがあっても、最終的には債務者に対する求償により経済的負担は回復できることの期待があることに留意し、その期待に反して、保証債務を履行するために資産を譲渡したにもかかわらず債務者に対する求償が事実上できない場合に、その資産の譲渡を所得として課税することは酷であるとして、課税を控えるということにあるのである。

そうであるならば、保証行為をなすにあたり、債務者が死亡し、その債務者の債権債務を相続することにより、求償権が混同により消滅することなど、到底予期も予見すらも不可能な状況のもとで、保証したにもかかわらず、偶然に予期さえもしなかった「債務者の死とその相続という事件」が介在したからといって、保証人の資産譲渡課税に対する前記救済措置の適用を排除することを正当化する如何なる理由も存在しないし、存在してはならない。それは法六四条二項は「譲渡所得と見做すには酷に過ぎる保証人の特別な救済」を実現することが特別立法の立法趣旨であり、その解釈適用においても、その立法趣旨が実現するように解釈がなされるべきであるからである。

6、「債務者の死とその相続という事件」が介在し、保証人が債務者の債務を相続したとしても、主たる債務以外にも巨額の債務も相続している場合、相続放棄をしない限り救済しない、という論理を持ち出して、法六四条二項の適用の排除をすることは許されない。以下、この点について論証する。

三、債務の相続を前提とした債務と求償権の混同の論旨の誤り

1、法六四条二項の本件への適用について、上告人は当然に本件事案に適用されるべきであるとし、その適用要件は充足していると主張する。これに対し、原判決は、債務者浩の債務の相続を前提に論ずることにより、結果的に法六四条二項の適用を否定するのである。すなわち、求償権と相続した債務が同一人に帰属したことによる、求償権の混同による消滅の論旨である。

問題は、債務者がその遺産が債務超過の状態で死亡した場合、求償権と債務の混同の論旨により、法六四条二項の適用を否定する原判決の論旨はその立法趣旨に照らし正しい解釈であるかどうか、である。

債務者が債務超過で弁済能力のないままで「死亡することなく」弁済期が到来した場合、保証人が保証債務弁済のために保証人自らの資産を譲渡したならば、保証人の求償権の行使は不能となることは明らかであるから法六四条二項の適用は当然であり、これは常識に合致する。

では、債務者が債務超過で弁済能力のないままで「死亡した場合に」その後に保証債務弁済のために保証人である相続人が自らの資産を譲渡したならば、その保証人の求償権の行使は同様に不能となると見るべきではないのか。そう解するのが法六四条二項の立法趣旨に合致するのではないか、これが本件の検討課題である。

2、債務者の死亡の時点において債務超過であるという状況のものとで、保証人が債務者の死亡後に保証債務弁済のために自らの資産を譲渡したならば、債務者が債務超過で弁済能力のないまま弁済期が到来した場合と同様に、保証人の求償権の行使は不能とみて、法六四条二項を適用するのが常識である。同法の立法趣旨に合致するものであり、これが適用を排除する方が非常識である。

しかし、原判決によると、債務超過の相続財産であっても、相続放棄をしない限り、債務者の相続により承継した債務と保証債務の履行による債務者に対する求償権が同一人に帰属することになり、求償権は混同により消滅することになる、というのである。そして、混同により求償権は消滅したのであるから、求償権を行使できない場合に当たらないから法六四条二項の適用はない、というのである。これは明らかに詭弁的であり、常識的ではない。

また原判決によると、保証人の主たる債務者に対する求償権は人(債務者)に対する債権として成立するのであり、相続財産に対して成立するものではない、から債務者たる亡浩の相続財産がどれほどの債務超過であろうとも、上告人が保証債務の履行に伴う求償権を行使することはできない、という主張は失当である、というのである。

このような解釈は、法六四条二項の救済を、相続放棄しなかった相続人に限ってこれを排除し、特別にこれに制裁を加え、処罰するに等しい。

3、原判決の論理は、抽象的に混同という一般法の論理を、求償権を消滅させるために利用した詭弁としか言いようがない。すなわち、原判決は、保証債務履行のために資産を譲渡した保証人を救済するための法六四条二項の立法措置の適用をこの立法目的と関係のない混同の論理を持ち出して排除するのである。

原判決の論理は、法六四条二項の保証人救済制度から見て、次の理由から誤っており、採用するべきではない。

イ、資産譲渡の時期が債務者の死亡の前後で差別する合理的理由はない。

保証債務履行のために資産を譲渡した保証人が求償できない場合の救済措置である法六四条二項の課税留保の適用は、その保証債務履行のための資産譲渡の時期が主たる債務者の死亡の前か後かで、その結果が異なるような解釈をすることは許されない。

法六四条二項の規定の体裁からみても、また、その立法目的からみても、この原則は承認されねばならないし、この原則を否定する理由も見当たらない。つまり、税法上の課税規定の特別な例外としての救済措置である本条が何らの留保条件なしで規定されている以上、その適用にあたり「資産譲渡の時期が主たる債務者の死亡の前か後かで」区別し、その前後により異なった適用をすることは、法の趣旨に反するものと言うべきである。

原判決は、共同保証人である上告人らの資産譲渡の時期が、主たる債務者浩の死亡の後であるために、法六四条二項の規定の救済規定の立法目的とは無関係の「混同の論理」を介在させて、同法条の救済規定の適用を排除したのである。

これは、明らかに法の趣旨に反する解釈適用であり、許されるべきではない。

ロ、一般法である混同の法理に対する行政法上の特別法の規定の優位性

一般法としての混同の規定によると、債権と債務が同一人に帰したときはその債権は消滅するという(民法五二〇条)のであるが、同時に債務も消滅する。

原判決はこの規定を利用して、上告人の保証債務の履行に伴う求償権は、相続で承継された債務の債務者としての自己に対する債権として成立するのであるから、混同で消滅するという論理を展開するのである。

しかしながら、この混同の規定の一般論は、本件のような特別な行政法上の救済規定の適用においては、無条件で適用するべきものではないのである。

なぜなら、それは民法の基本的な一般法の規定をそのまま適用することに任せた場合、救済の特別立法の目的に反する結果となることが明らかであるから、このような場合には法六四条二項のごとき特別規定が立法されたことに特に注意すべきである。

原判決は、この点に何らの注意を払うこともなく、無批判に混同の一般論を援用して解釈して、特別法で救済さるべき上告人らに対する法六四条二項の適用を排斥したのである。

そもそも、混同の規定の現実の経済的効果は、債務者が債権者を相続した場合に典型的に認められるように、同一人に債権と債務が帰属した場合、その本人或いは利害関係のある第三者に何らの利益もまた不利益もないことが明らかである限り、これを併存させておく特別の理由も必要もないので、この場合混同により、その債権・債務の双方を消滅させることは、これを何らかの法的・事務的手続きを経由して消滅させる手続きを一挙に省略するという意味で社会的経済的に意味のあることであって、その限りで「混同の規定」は社会的常識に完全に合致するのである。

しかし、これに反し、本件のごとく、保証債務の履行のために資産の譲渡をした保証人がその適用による救済を期待できる所得税法六四条二項の保証人救済制度の適用を、混同の一般的規定を適用して、これを排除する挙に出ることは、民法の混同の規定の本来の趣旨からも掛け離れたものとなるのである。

むしろ、本来の民法の混同の規定において、混同により債権を消滅させるには適当でない場合の配慮として設けられた「但其債権が第三者の権利の目的たるときは此限に在らず」(民法五二〇条但書)の規定の趣旨を類推することが必要である。すなわち、この類推によって、行政上の特別な救済規定として規定された所得税法六四条二項の規定の適用については、本件の場合の事情のもとにおいては、保証債務の履行のために資産の譲渡をなした保証人としての求償権は、税法上特別の保護を受けるべきものであって、相続により債務を承継したからといって、本件における特別事情に何らの配慮もなすことなく漫然と民法の混同の規定を適用して、上告人の求償権は混同により消滅するものと解することは許されない、と解するのが最も合理的な解釈である。

要するに、混同の一般的規定を利用して、例外的に定められた行政法上の特別な救済規定・制度を排除する解釈をすることは許されない、のである。

この点につき、原判決は、行政法規の人権救済規定の特別法の趣旨の重要性を無視し、一方では混同の一般論を詭弁的に導入することによって、法のあるべき基本的かつ大局的な立場を見誤ったものである。

四、上告人の保証債務の履行のための不動産譲渡による求償権の行使について。

1、債務者に対する求償の問題は保証債務の弁済によりすでに解決した。

原判決は、上告人が債務者千代田ファクターに対し、保証債務を履行したことは認めるが、その保証債務の履行は保証債務の全額(共同保証人の割合も含めて)を履行したものと解し、これに伴い生ずる求償権の二分の一は、相続した浩の債務二分の一と混同で消滅したものと解釈するのである。しかし、この混同による求償権の消滅の解釈の誤りについては、前述した通りであり再論は省略する。

したがって、原判決が判断したような「混同」が生じないとすれば、債務者浩の債務は、一般論としては、相続により上告人と妻礼子がそれぞれ二分の一宛相続したことになる。主たる債務についての債権者と債務者の関係では、上告人の保証債務の履行によって「主たる債務は消滅した」ことは明らかである。したがって消滅した主たる債務の相続を前提とした求償権の問題を論ずることは意味のないことである。

しかし、法四三条二項の適用においては、「求償権を行使することができない」ことが要件となっているので、保証債務の履行に伴う共同保証人間の求償関係が残ることになる。次に、この点について論ずることにする。

2、共同保証人に対する求償権行使の不能の主張・立証の問題

イ、原判決は、上告人が保証債務の弁済のために借受けた住宅流通センターからの借受金の返済のために保証人の資産を譲渡したこと、資産の譲渡につき夫守の資産の売却代金は保証債務全額の約半分にしか満たないので、その余の保証債務は上告人の資産の売却代金により弁済されたこと、を認めている。

上告人は、すでに本件一、二、三土地及び本件四建物を、共同保証人である夫守の持分も含めて一括して売却したさいに、すでに債権者千代田ファクターに対する保証債務全額三億六四七五万九一七九円の返済のために借受けた住宅流通センターに対する借受金五億五〇〇〇万円(この借受金の中から保証債務を弁済)について、右の土地・建物売却代金総額一一億二四五〇万円の中から一括して返済しているのである。

ロ、この事実に対する法六四条二項の適用があることは、国税庁所得税基本通達六四-五「保証債務の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために資産の譲渡があった場合においても、当該資産の譲渡が実質的に保証債務を履行するためのものであるときは、法六四条二項に規定する『保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合』に該当するものとする」に該当する事実であることは明らかである。

ハ、この事実経過で明らかなように、上告人と夫守は共同保証人として自己の資産を売却して、連帯保証債務合計三億六四七五万九一七九円を共同して一括弁済しているのである。

上告人としては、現実問題として、共同保証人である夫守に対して、保証債務の分担割合につき、法律的にみると均等と推定される二分の一であるとすれば、これを夫守に対し求償すべしとする、法六四条二項の適用の要件については、すでに明らかなように、夫守は自分の資産を売却した売却代金のすべてを、保証債務の弁済のために借入れた借入金の返済に提供したのであるから、上告人は夫守に対して、現実に求償権を行使することはできないのである。

それでなくても、前記の経過により上告人と夫守は、それぞれの資産の売却によって、保証債務の総額の約半分の額をそれぞれ負担しているのであるから、二名の共同保証人の保証債務の分担割合が法律的にみると均等と推定されるところから二分の一であるとすれば、上告人と夫守の分担割合は各一億八二三七万九五九〇円をそれぞれ負担して弁済したことになる。

そうだとすれば、上告人も、夫守もいづれも連帯保証債務の自己の分担割合をすでに負担しているのであるから、法律上、上告人も夫守も相互に求償権を行使することはできないのである。

これは、皮肉にも、原判決の諭旨に従って諭旨を進めた結果、原判決が期待乃至予想した結論とは異なり、「保証債務を履行するため資産の譲渡がなされた場合において、その履行に伴う求償権の行使をすることができなくなった」ということになり、所得税法六四条二項所定の要件のすべてを充足する結果となるのである。

五、結論

以上の検討の結果、本件事案において、所得税法六四条二項の適用を排除した原判決は同法の解釈・適用を誤ったものであり、取消されるべきである。

第二点 被上告人の行政処分は、国家による国民の生存権及び財産権の侵害であり、憲法一三条、憲法二五条、憲法二九条に違反するものであり、これを容認した原判決は取消されるべきである。

第一点の第一項で明らかなように、現実問題としては、上告人の夫守は、その資産の売却代金のすべてを保証債務の弁済のための借受金の弁済に提供したため、夫守の手元には全く残る資産は皆無となった。しかも、共同保証人たる上告人への求償も法律上できない。この実情に対し、被上告人のなした更正並びに賦課決定は、相続により承継した資産のすべてを保証債務に充当して全く所得のなくなった夫守に対し、さらに、金一八四二万三二〇〇円の納付を命ずるのである。江戸時代の農民に対する年貢の過酷の例として「六公四民」を挙げるのであるが、収穫のない農民からは年貢を取らなかった。ところが、現代の日本の官僚行政のもとでは、所得が皆無の国民から、さらに所得税を搾り取るのである。七〇歳を超えた無職の夫守に借金をして支払え、とでも言うのだろうか。しかし、一体、誰が返済能力のない老人に金を貸す者など居るはずもない。

被上告人の行政の措置は、七〇歳を超えた無職の夫守とその妻である上告人が、息子の保証債務の弁済のために資産を譲渡し、しかも求償権の行使が不能な境遇に陥っているにもかかわらず、この上さらに譲渡所得税を国家が収奪する、ということである。

このことは、犯罪行為に対する制裁ならともかく、そうでない誠実な一国民に対する、国家による国民の生存権及び財産権の侵害と言うべきであり、憲法一三条、憲法二五条、憲法二九条に違反すると言わねばならない。このような違法かつ過酷な課税処分による被害は、所得税法六四条二項を本件に適用することによって合法的に救済されるにもかかわらず、右の処分を容認した原判決は、国民を納得させるものではなく、取消されるべきものである。

第三点 本件事案につき所得税法六四条二項の適用を認めない解釈は、憲法第一四条に違反するものであり、原判決は取消されるべきである。

一、原判決は、保証人が相続放棄することなく、主たる債務者の地位を相続により承継し、主たる債務者としての地位に基づく責任を負担するに至った場合に、当該保証人が相続により主たる債務者としての地位を有するに至ったものであることを考慮にいれ、所得税法六四条二項の「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」に該当するかどうかを判断することは、何ら不合理なものはないというべきであり、また、このような取扱は、子の死亡による相続という事態を差別の事由としてその相続人を不利益に扱うものといえない、として憲法一四条違反の主張を退けた。

二、しかしながら、被上告人並びに原判決の法六四条二項の解釈は次の点において、本件上告人について立法趣旨に反して不利益に差別するものであることは明らかである。

1、法六四条二項の解釈適用において、資産譲渡の時期が債務者の死亡の前後で差別する合理的理由はないにもかかわらず、その保証債務履行のための資産譲渡の時期が主たる債務者の死亡の前の場合において適用を認めて、後の場合は主たる債務者の地位を相続したことを事由として結果として適用を排除し、その結果が異なるような解釈をすることは許されない。

法六四条二項の規定の体裁からみても、また、その立法目的からみても、保証債務の履行のために資産を譲渡し、求償権の行使ができない場合には譲渡がなかったものとみなすという原則は特別規定として維持されねばならない。つまり、税法上の課税規定の特別な例外としての救済措置である本条が何らの留保条件なしで規定されている以上、その適用にあたり「資産譲渡の時期が主たる債務者の死亡の前か後かで」区別し、その前後により異なった適用をすることは、法の趣旨に反するものである。したがって、「保証人が相続放棄することなく、主たる債務者の地位を相続により承継」した事件に介在は、右の特別な例外としての救済措置を排除する理由にはなり得ないことは明らかである。

2、これに対し、原判決は直接には相続による債務者の地位の承継を本規定の適用の排除の理由とする表現を回避して、間接的に「保証人が相続により債務者の地位を有するにいたったことを考慮にいれて求償権の行使ができないときに該当するかどうかを判断することは不合理ではない」という分かりにくい回りくどい説明をするのであるが、結果的には、法六四条二項の要件の一つである「求償権の行使をすることができないとき」の要件の判断において、まさに保証人を主たる「債務者の地位の相続人」として登場させて保証債務の履行に伴う求償権と債務者の地位を対置させ、そして保証債務の履行の効果を主たる債務の履行に変更させて、法六四条二項の適用を排除するのである。

上告人は、「保証人が相続放棄することなく主たる債務者の地位を相続により承継」した事件の介在は、右の特別な例外としての法六四条二項の救済措置を排除する合理的な理由にはなり得ない、と主張しているのである。

原判決は、相続という事件の介在が法六四条二項の救済措置を排除する事由とすることに言及することは避けながら、結果的には誤った解釈を承認したことになるというべきである。

3、以上のとおり、原判決の解釈は、保証人の保証債務の弁済のための資産の譲渡が、主たる債務者が債務超過のまま弁済期が到来した場合にのみ法六四条二項の救済措置の利益を享受させ、主たる債務者が債務超過のまま死亡した後に資産の譲渡をした場合には、合理的な理由もなく法六四条二項の救済措置の利益を剥奪するものであり、同じく保証人が保証債務の弁済のために資産の譲渡をしたにもかかわらず、資産の譲渡の時期によって、不利益に差別するものである。この場合、主たる債務者が債務超過のまま死亡した後に資産の譲渡をした保証人を処罰するに等しいものというべきである。

以上の理由により原判決の解釈は、法の下の平等を定めた憲法一四条の規定に反するものであり、取消されるべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例