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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)213号 判決 1998年10月08日

東京都渋谷区広尾五丁目四番三号

上告人兼ミドリ安全工業株式会社訴訟承継人

ミドリ安全株式会社

右代表者代表取締役

松村不二夫

右訴訟代理人弁護士

田倉整

土岐敦司

同弁理士

佐藤安男

三好秀和

岩﨑幸邦

高松俊雄

鹿又弘子

東京都文京区本郷三丁目二〇番一号

被上告人

株式会社シモン

右代表者代表取締役

利岡信和

右訴訟代理人弁護士

中島茂

同弁理士

松浦恵治

唐木貴男

長瀬成城

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第四九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年九月二一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田倉整、同土岐敦司、同佐藤安男、同三好秀和、同岩﨑幸邦、同高松俊雄、同鹿又弘子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

(平成七年(行ツ)第二一三号 上告人 ミドリ安全工業株式会社 外一名)

上告代理人田倉整、同土岐敦司、同佐藤安男、同三好秀和、同岩﨑幸邦、同高松俊雄、同鹿又弘子の上告理由

一、 原判決は事実の確定にあたり、その確定手続に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(特許法第四一条、平成五年法律第二六号による改正前のもの)違背の違法がある(民事訴訟法第三九四条)

1. 特許法第四一条は、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす」と規定しており、補正が明細書の要旨を変更するか否かの判断は、出願当初明細書の特許請求の範囲に記載された技術的事項を基準として要旨変更にあたるかどうかを判断すべきものではない。

原判決は、「出願当初明細書及び図面の記載に基づき、発明(実用新案の場合は考案)の技術的課題、構成及び作用効果を検討して特許請求の範囲(実用新案の場合は実用新案登録請求の範囲)に記載された技術的事項を客観的に把握し、これを補正内容と対比し、認定判断すべきであるとするものと解される。」としているが、これでは、比較の対象は、出願当初明細書の特許請求の範囲に記載された技術的事項と補正内容ということとなり、比較対象すべき範囲を誤っており、右特許法第四一条の解釈について、その前提段階で既に誤っているものといわざるをえない。

2. 原判決は、当初明細書に、「ポリウレタン底6と中底2の空間に、高い発泡率のポリウレタン7を注入して充填発泡させ、ポリウレタン底6と中底2及び裏布4と甲皮1の下部周縁を一体に成形固着する。」ことが記載されていることから、一体成形固着作用を持つことにより、「剥離防止効果」並びに「水の侵入防止効果」を有することは自明であり、従って、当初明細書にも、自明の事項としてこのような作用効果が記載してあることは自明であると認定している。

しかしながら、当初明細書には「剥離防止効果」および「水の侵入防止効果」に関する記載もそれらを示唆する記載もない。また、原判決は、これらの効果について、「薄シート状部の作用効果」としているが、この「薄シート状部」についても、当初明細書及び図面にはその記載は全くなく、その姿も見えていない。

当初明細書には「本考案は、従来の安全靴における踵が硬いことにより、踵の骨が損傷するなどの問題点を解決しようとするものである」と記載され、当初明細書記載の考案の目的は踵の損傷防止のみにある。

ところで、当初明細書に自明のこととして記載されているか否かの判断はその考案の目的との関連においてなすべきことは慣行として確立されてきており、特許庁の審査基準にも明確にその旨述べられている。(特許庁編、特許・実用新案審査基準第一章出願公告決定前の補正一~二頁、発明協会平成五年七月二〇日初版発行)参照

すなわち、原判決は、自明のこととして記載されているか否かの確立された判断基準に反するものである。

3. 以上の点から明らかなように、原判決は、特許法第四一条の解釈適用を誤っており、そのことは、判決に影響を及ぼすことは明白である。

二、理由齟齬(民事訴訟法第三九五条一項六号)

1. 本件審決においては、「甲皮下部周縁とポリウレタン底との剥離防止の効果と甲皮の下部周縁からの水の侵入防止の効果とは、甲第一号証(原審における甲第二号証)における図面の記載からみて、いずれも自明の効果にすぎない。」と認定している(甲第一号証七頁一二行)のに対し、原判決は、当初明細書に、「ポリウレタン底6と中底2の空間に、高い発泡率のポリウレタン7を注入して充填発泡させ、ポリウレタン底6と中底2及び裏布4と甲皮1の下部周縁を一体に成形固着する。」ことが記載されていることから、一体成形固着作用を持つことにより、「剥離防止効果」並びに「水の侵入防止効果」を有することは自明であり、従って、当初明細書にも、このような作用効果があることは自明であると認定している(原判決二五頁一四行以下)。

2. すなわち、原判決は、「剥離防止効果」並びに「水の侵入防止効果」について、審決の図面の記載からみて自明の効果にすぎないという認定判断を実質的に否定して、明細書の一体成形固着という記載から自明であると認定判断しており、本件審決における認定について、審決取消事由(当初図面から客観的に自明ではない)の存在を肯定して、この審決の認定を明確に否定しているものである。

従って、原判決においては、本件審決の取消事由を肯定し、これを取り消さなければならないはずであるのに、原判決は、結果として、これを取り消すことなく、原審請求を棄却した点に判断と結果との明白な齟齬がある。

三、 原判決は事実の確定にあたり、その確定手続に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背の違法がある(事実認定についての経験則違背、民事訴訟法第三九四条)。

1. 原判決は、当初図面において、「図面左端の踵部の甲皮1の下部には、外面の低い発泡率のポリウレタン底6の上部よりも上方に、ポリウレタン底6の後側と甲皮1の後方下部の隙間からポリウレタン7の一部が細断面形状部となって突出している点が明瞭に示されており、同様の構造は、図面の右端にも、爪先下部に釣り込まれてなる甲皮1とポリウレタン底6の間をぬって、ポリウレタン底6上部よりもさらに上方にポリウレタン7の一部が突出してなる細断面形状部が明白に記載されていることが認められている。」とし(原判決二三頁一一~一九行)、「靴の持つ通常の構成からみて、当業者であれば、上記細断面形状部のものは、安全靴の踵部及び爪先部から両側面の周方向の長さにわたって形成されていると理解するものと認められる。」と認定している。

2. しかし、上記認定は、「踵部及び爪先部において、外面の低い発泡率のポリウレタン底から突出した部分が存在するばあいには、それが、安全靴の周囲全体を覆うものであると当業者であれば理解する」との判断において、以下に述べるとおり、経験則に反するものである。

<1>まず、原判決も、当初図面には、安全靴の両側面の外観、断面の記載がないことを前提にしている(原判決二三頁二〇行以下)。

また、原判決は、当初図面を一応断面側面図であるとしている(原判決二四頁一行)。

そこで、上記細断面形状部のものが、安全靴の踵部及び爪先部から両側面の周方向の長さにわたって形成されていることを示す場合には、技術設計における図面作成の常識からいって、当初図面の踵部の細断面形状部の先端から、爪先部の細断面形状部の先端にかけて、甲皮部分の側面において、細断面形状部が継続して存在することを示す破線が記載される必要がある。

このことは、「特許・実用新案 明細書の書き方、特許庁編 発行社団法人発明協会」(参考資料第一、四二頁)においても、「破線は、見えない部分の形(カクレ線)」と明示され、さらに、「発明に直接関係する部分は詳細に描き、発明に直接関係のない部分は、全体が不明瞭とならない限りできるだけ省く。」とされていることから、明らかなように、当業者における常識である。なお、右記載は、現在発行されている同書にも同様に記載されており(参考資料第二、四二頁)、さらに、同書の具体的図面も、内部の見えない部分の重要部分について、点線で示していることが記載されている(参考資料第二、四五頁 図4)。

これに対して、当初図面はその様な記載を全く欠いている。

従って、該当部分の構造については、経験則上不定と判断されるべきものであり、「薄シート状部」については、当初明細書及び図面の何れにも全く記載がなく、その姿も見えなかったものといわざるをえない。

<2>また、本件出願以前から、一体成形固着二層底の靴に関しては、参考書類第三の図4乃至6から明らかなように、金型を用いて、低い発泡率のポリウレタンの外底と甲皮の間に高い発泡率のポリウレタンを充填して成形する場合であっても、内部の高い発泡率のポリウレタンが靴の外周縁部全体に均一な幅及び厚さで突出されるとは限らないことは、当業者に於いて自明であった。

<3>さらに、仮に、甲皮部分の側面において、細断面形状部が継続して存在することが、破線等により明確になるように記載されていたとしても、それが、原判決の示すような細断面形状部として同じ形状(高さ・曲線状態・厚さ)で継続しているか否かについては、側面の断面図によってこれを明らかにされなければ、判断できないことは、経験則上明らかである。特に、屈曲部分の細断面形状部の形状については、これを明らかにすべき記載は、何ら存在していないことは明白といわざるをえない。

3. 以上のように、原判決は、明らかに経験則に反するものであり、そのことは、判決に影響することは明白である。

以上

(添付参考資料一、二、三省略)

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