大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)97号 判決 1995年11月09日

上告人

加藤定嗣

右訴訟代理人弁護士

宮田陸奥男

被上告人

岐阜県知事

梶原拓

岐阜県開発審査会

右代表者会長

吉田三郎

右訴訟代理人弁護士

由良久

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮田陸奥男の上告理由について

原審が適法に確定したところによれば、本件各開発行為に関する工事は既に完了し、本件土地開発行為に関しては検査済証の交付もされているというのであるから、右事実関係の下においては、本件各開発許可処分の取消し及び無効確認を求める訴えの利益は失われ、また、本件各裁決の取消しを求める訴えの利益も失われるものというべきであり、したがって、本件各訴えは不適法であって却下を免れないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。原判決に理由不備、審理不尽の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原判決の結論に影響しない点についてその違法をいうに帰するか、独自の見解に立ち若しくは原判決を正解しないで原判決の違法をいうか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友)

上告代理人宮田陸奥男の上告理由

はじめに

本件訴の性格は、ゴルフ場からの農薬の汚染禍による人名損傷の虞を防除するために、隣接区域に居住する上告人がその地区代表として、同ゴルフ場への開発許可処分の取消し又は無効確認並びに関係行政庁の裁決の取消しを求めて訴えた紛争事件である。

ゴルフ場が無神経に使用する農薬による汚染で、周辺地域への被害が全国的に多発したので、平成二年四月に千葉県知事は新規ゴルフ場開発の許認可条件として、農薬を絶対使用しないと誓約をさせることとし、既存のゴルフ場に対しても一定期間を定めて農薬使用を禁止する条令を施行したことは記憶に新しい。

いわゆるバブル景気によるゴルフブームに乗じて、周辺地域の環境配慮などは眼中になく、とにかくゴルフ場の開発許可を取得して、その開発権と用地を十倍近い金額で転売するという地あげ屋的不動産関係業者の全国的な暗躍がもたらされた。そしてその代表的な悪徳事件が茨城カントリー倶楽部の会員券乱売事件である。

最近では、東京協和信用組合と安全信組の両信組の乱脈経営の実態のなかで、ゴルフ場開発事業への融資問題がその失態の隠れ蓑に利用されていたことが明らかとなった。

更に、ゴルフ場開発許認可にまつわる贈収賄事件が全国津々浦々で多発し、県知事をはじめ市町村長や議員に至るまで多くの逮捕者が出て、これら許認可制度の暗部が露呈された。本件ゴルフ場開発もこのような一連の事件の一つである。

本件訴において、上告人らは隣接地ではじまったゴルフ場の造成工事中に発生した降塵、降灰などによって多大な被害を受けたが、その事実はそれら降塵降灰などより更に微小で軽量な農薬の粒子の飛来が必須であることを裏づけていることと、更にそのゴルフ場開発許可申請の第一次的審査機関といえる訴外瑞浪市長が、開発業者から請われるままに地方自治法を犯して市有地を売却し、その開発促進に協力したことも明らかにした。なお上告人らは被上告人県知事宛の審査請求で、訴外開発業者らが森林法二〇六条に抵触し、かつ国土利用計画法四七条にも抵触する違法を犯しているとして、その開発許可処分の無効、取消を求めたにも拘らず、被上告人県知事はその事実を意図的に隠蔽した。

したがって上告人は、訴外瑞浪市長共々その職権を超えまたは濫用にあたると主張して、被上告人県知事の証拠資料の提出命令や証人訊問などを求めた。ところが提出命令は一部の資料のみの提出に留まり、また証人訊問の申立ても不採用となり、第一審は裁判長の交替を機に不当にして違法な判決をした。

第一 原判決の、開発許可処分の取消訴訟に関する判断には、憲法違反や齟齬のある理由不備、審理不尽、判例相反などの違法がある。

一 原判決は、最高裁判所平成五年九月一〇日第二小法廷判決(民集四七巻七号四九五五頁)の、建築基準法の建築確認処分と都市計画法の開発許可処分が組合わされた、処分取消請求事件の判決要旨を引用しているが、本件訴は右判例とは異なる事案であるから、その判例要旨をあてはめたことは、理由不備の違法判決といわざるを得ない。

1 右判例は、建築基準法と都市計画法の両法に基づく訴えであるにも拘らず原審の千葉地裁では、建築基準法のみに基づく訴え「最高裁判所昭和五九年一〇月二六日第二小法廷判決(民集三八巻一〇号一一六九頁)」の判決要旨を引用して、訴えの利益消滅と判断された上告審の判決である。

即ち、建築確認処分の存在は結論的に違反是正命令を発する上での法的障害とならないことが明白であるから訴えの利益は消滅したとされている。

2 本件訴は、右判例の事案とは更に異なって、都市計画法の開発許可処分と森林法の林地開発許可処分とが組み合わされた処分の取消請求である。

都市計画法の開発許可処分が、違反是正命令を発する上での法的障害となりうる余地があることは前記判例で示された通りであるが、森林法の林地開発許可処分の法的障害性を示した判例は未だ見当たらない。そして森林法には検査済証交付を規定した法条はない。

がしかし、昭和四九年一〇月三一日付49林野企第八二号通達の、第一、開発行為の許可制の八、許可の審査等の三、で「申請書及び添付書類の記載内容並びに許可に付した条件に従って行なわれているか否かにつき、開発行為の施行中において必要に応じ調査を行うとともに、その開発行為の完了後においても速やかに完了確認を行うこととされたい」と、農林事務次官から各県知事宛に依命通達がなされており、更に同日付で補足として49―二五二五号の一、必須条件の(2)で「開発行為は申請書及び添付図面の内容に従って行うこと」同(4)で「開発行為を完了したときは遅滞なく知事に届出ること」などと、林野庁指導部長から各県の農林部長宛に通達がなされている。

両通達からみれば森林法の完了検査手続きも、都市計画法三六条二項の完了検査とほぼ同じであると判断されるが、前記最高裁判所の判例趣旨に基づけば、森林法には完了検査を規定した法条がないので、是正命令を発する上での法的障害性は都市計画法より強いと解することができなくもない。

3 そうすると、法的障害とならないことが明白な建築基準法の確認処分のみに対する判例要旨を、法的障害となりうる余地がある都市計画法の開発許可処分とが組み合わされた事案に適用して、その完了検査を合目的に解釈して障害とはならないと合せた判決要旨を、今度はともに法的障害となり得る余地をもつ都市計画法と森林法の開発許可処分が組合わされた事案へ当てはめたことは、いかにも行政裁量優位を意図した齟齬のある理由不備な違法判決といわざるを得ない。

4 原判決が引用した前掲の最高裁判所平成五年九月一〇日の判決については、左のような厳しい批判がある。

「従来からの理論に立てばあまり問題のない判決であろう。しかし五の理由から賛成できない」その五の理由として、「建築や開発が違法であることが明らかである場合には、これに対して最終的に是正命令を出すかどうかは別にして、行政庁は、是正命令を出すかどうかの判断手続きを開始する必要があろう。建築確認や開発許可を、建築や開発が違法であることを理由に取り消す判決は、行政庁にこうした義務があることを確認する効果があり、工事完了後にも訴えの利益を認めてもよいと思われる。」……「開発許可取消により生ずる、行政庁に対し是正命令を下すかどうかの判断を求める利益は、単なる事実上の利益ではなく法律上の利益である。」……「建築規制と区別し、開発規制については、開発工事完了後にも、開発許可取消の利を認めるべきである」……「法律の文言から……十分な理由がある。すくなくともこの議論に立ち、訴えの利益がみとめられてもよかったと思われる」

(ジュリスト平成五年度重要判例解説六〇頁、行政法8「開発許可に基づく工事の完了と訴えの利益」古城誠教授)

「審査請求前置主義である本件訴は、時間の経過により工事完了の可能性が強いと言わば『逃げきり論』で、業者に既成事実を作ってしまうようなことを慫慂しかねない不都合な判決である」

(有斐閣法学教室、時の判例一六二号一〇〇頁「開発工事完了後の開発許可の取消しを求める訴えの利益」荒秀独協大学教授)

等の批判がある。

二 原判決に相反する判断をした、本件訴にあてはめることが適切と考えられる最高裁判所の判例について

1 都市計画法や森林法の開発行為に類似するものとして、土地改良事業や区画整理事業がある。特殊工作物、土地区画形質の変更という土地改造が主体の事業であり、是正命令の規定や裁量性を有することも同じである。

最高裁判所平成四年一月二四日第二小法廷判決「平成二(行ツ)第一五三号」(民集四六巻一号五四頁)は、右土地改良事業の事案につき次のように判決をした。

「……本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上不可能であるとしても、右のような事情は行政事件訴訟法三一条の適用に関して考慮されるべき事柄であって本件許可処分の取消しを求める原告の法律上の利益を消滅させるものではない」と、工事が完了し訴えの利益が消滅したと判断した原審の判決を明確に否定して、破棄差戻とした。

2 右最高裁判所の判決要旨には、憲法が要請する基本的人権を保障する精神がひしひしと感ぜられる真摯な判断といえる。

そうすると原判決は行政裁量尊重へ直截するあまり、憲法の基本的人権を軽んじ、上告人が求めた憲法二五条の生存権の保護をも無視した、憲法違反、判例相反、理由不備などがある違法判決と言わざるを得ない。

第二 原審は、職権の濫用についての審理を一切せずに判決をなしている。したがって原判決には審理不尽の違法がある。

一 原判決は「本件訴えは……開発行為を適法に行うことができないという状態を作出することに最終的な目的があり、その前提となる被告県知事や瑞浪市長の行為の違法性を確認すること、あるいはゴルフ場一般の問題点を確認することを目的にするものではないから、原告の右主張は採用できない。」と判断しているが、それは本件訴の真意を見誤った判断である。

1 上告人は、開発行為ができない状態を作出することを最終目的とはしていない。即ち開発処分の取消しの訴えは一つの手段であって、開発処分の無効確認訴訟も併せて提起し、隣地ゴルフ場から受ける農薬汚染禍の虞を除去して、健康で文化的な生活を取り戻して保全することが最終目的である。

そのことは、訴状の三……取消し請求の理由の一のロで主張したとおりである。

いずれの開発許可処分取消請求にもそれぞれの最終目的がある。開発行為で生ずるであろう保有財産の破損や価値低下の除去、環境悪化の除去、交通の不便性の除去、作物の収穫の目減りの除去、漁獲量低下の除去、等々、それぞれの最終目的がある筈である。

2 次に原判決の右判断は、行政事件訴訟法の立法精神に反する違法な判決である。

行政事件訴訟法の取消訴訟の要諦は形式や手続を除けば、九条、三〇条、三一条などに尽きるという見方もできる。

就中、三〇条の職権の濫用に限り取消すことができるという定めは、法律をいかに厳格にその内容を規律しても、行政判断の余地を完全に否定することはできないので、その余地がある限り、司法が自己の審査権を保ちつつ、行政の裁量判断を尊重する立場をとる反面で、唯一行政裁量権の恣意専断を法的に抑制するためであることはいうまでもない。

行政事件訴訟法には特に立法精神を定めた法条はないが、その立法目的には行政裁量権の尊重という立場以上に、その裁量権の恣意専断を抑止するという精神が存在する筈である。

同法三一条においては、違法は違法と宣言することを義務づけて、その上で公定力や公共性を尊重して棄却する。という定めが右の趣旨を裏づけているといえる。

3 上告人は原審において、訴外瑞浪市長が当該ゴルフ場の中にあった市有地を、地方自治法九六条で定める手続きに反して開発業者に売却し、その開発許可処分の促進に協力した事実を指摘してそれが職権の濫用にあたる旨を主張した。

また被上告人県知事に対しては、同開発業者が国土利用計画法四七条に抵触する違法行為及び森林法二〇六条に抵触する違法行為を犯していることなどを審査請求で指摘して開発許可処分の無効、取消しを求めたにも拘らず、被上告人県知事はそれらの事実を知りながら、むしろ逆に虚偽の共同経営の届出を教唆して右違反の隠蔽を謀った。

したがって上告人は、これら被上告人県知事の行為は職権の濫用にあたるとしてそれらの事実存否の審理を求めたが、原審は意図的にその審理を避けた。これらの違法行為には刑事制裁を免ずるだけの合理的な理由はない筈である。

4 以上のように上告人は、関係行政庁の瑕疵及び職権の濫用によって自己の法律上の利益を侵害されたことを理由としてその審理求めたにも拘らず、原審は原状回復への不可能を念頭に公定力概念に直截するあまり、意図的に本件訴の最終目的を持ち出して不採用と判断したが、そのような法理にそぐわない、加えて最終目的を誤認した判断は、判決に重要な影響を及ぼす審理不尽な違法判決である。

第三 <省略>

第四 <省略>

第五 <省略>

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