最高裁判所第一小法廷 平成8年(あ)1148号 決定 1997年3月12日
本店所在地
愛知県海部郡甚目寺町大字森字流二〇番地
株式会社
トヨタツ
右代表者代表取締役
豊田辰夫
本籍
愛知県海部郡甚目寺町大字新居屋字新居屋郷三四番地の二
住居
同町大字森字十五 二五番地
会社役員
豊田辰夫
昭和一九年五月八日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成八年一〇月一四日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人尾関闘士雄の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
平成八年(あ)第一一四八号
上告趣意書
被告人 株式会社 トヨタツ
同 豊田辰夫
右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、上告の趣意は次のとおりである。
平成九年一月一七日
右弁護人 尾関闘士雄
最高裁判所 御中
記
第一点 原判決は、刑訴法第三三五条の違背があり、よって、憲法第三一条に違反がある。
弁護人は第一審判決に対し、同判決には罪となるべき事実が示されておらず、よって判決に理由を附さず、かつ、理由の食い違いがある旨主張したが、原判決は右弁護人の主張を排斥した。
しかし、原判決は次のとおり誤りである。
1 刑訴法第三三五条は、有罪判決に示すべき理由として、罪となるべき事実を示すべきことを定めている。
一審判決には、罪となるべき事実が示されておらず、よって、判決に理由を附さない、かつ、理由のくいちがいがある。
有罪の判決における「罪となるべき事実」の判示としては、刑罰法令の各条の構成要件に該当すべき具体的事実を、該構成要件に該当するかどうかを判示するに足る程度に具体的に明白に(最判昭和二四、二、一〇刑判集三、二-一五五)に判示されなければならないものである。
2 法人税法第一五九条は、偽りその他不正の行為により法人税を免れ、と規定している。
従って、その犯罪構成要件は、偽りその他不正の行為と、その結果としての脱税額の存在である。
犯罪は人の行為である。有責、違法な行為である。
犯罪成立の第一要素は行為であり、行為なくして罪なしである。
従って、本件の判決において、罪となるべき事実を示すには、先ず被告人の行為を明示すべきである。
同判決は、単に計算結果の数値を書いただけであり、到底罪となるべき事実を示したものではない。
法人税逋脱罪においては、逋脱の行為は益金勘定科目において過少にしたか、損金勘定科目において過大にしたかである。
逋脱行為は勘定科目を示して明らかにされなければならないものであり、従って、勘定科目は訴因となる。
同判決は、刑法及び刑事訴訟法の基本にもとるものと云わざるを得ない。
右脱税額とは、実際所得金額に税率を掛けた正規税額と、申告所得金額に税率を掛けた申告税額との差額である。
3 しかし、右の実際所得金額とは、具体的な行為でも、事実でもなくつまり、有形的な事象として現実に認識し得るものではなく、また、有形的な事象に対する直接の評価額でもなくて、一定の仕組みにより算出される計数である。
これは一定期間(事業年度)における経済活動により生じた結果たる純利益の金額である(司法研究、税法違反事件の処理に関する実務の諸問題二頁)。
法人税における所得金額は、同法第二二条に、各事業年度の所得金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とすると規定している。
つまり、所得金額とは、一事業年度の益金から損金を減算した結果の数値である。
4 法人税逋脱事犯においては、具体的事実(行為)としては益金、損金について、被告人のなした、偽りその他不正の具体的事実(行為)である。
一事業年度内の益金、損金も多岐に亘り、かつ、多数であるので、経理の実務では一般に公正妥当と認められる会計基準(同条四項)により、これを勘定科目に分類、集計して計算される。
従って、法人税逋脱事件においては、その勘定科目ごとに、実際金額と申告金額とを示し、逋脱金額を具体的に明らかにしなければならない。
右のとおり、本件逋脱事件においては、勘定科目は訴因である(最判昭和四〇、一二、二四刑集一九-九-八二七)(東京地裁昭和五五、三、一〇判例時報九六九)。
法人税逋脱事件においては、勘定科目により区分された益金、損金を修正損益計算書もしくは修正貸借対照表の形式にて示して、罪となるべき事実を判示しなければならないものである。
5 同判決は、理由(犯罪事実)として、第一、第二、第三のそれぞれにおいて、実際所得金額、正規の法人税額、申告税額の差額を判示するのみであり、実際所得金額が具体的に算定されたことを示すべき修正損益計算書もしくは修正貸借対照表は判示されていない。
また、本件逋脱税額の計算根拠としての税額計算表が判示されてもいない。
同判決の判示では刑事訴訟法第三三五条の罪となるべき事実が示されたものとは到底云い難いものである。
因みに、前記最高裁判例の第一審判決及び前記東京地裁の判決においてはいずれも修正損益計算書が判決の一部として判示されている。
6(イ) 法人税逋脱罪においては、起訴状記載の訴因としては、単に数値のみしか記載されていないけれども、検察官の釈明あるいは冒頭陳述によって具体化された個人の逋脱所得の内容は訴因をなすものである(前記最判調査官解説二四七頁)。
判決における罪となるべき事実において、被告人の逋脱行為を勘定科目を特定して示さなければならない。
公正妥当な会計基準では、益金、損金が全て勘定科目に分類集計されるから、判決では被告人の逋脱行為がどの勘定科目において行われたかを示すことが不可欠であり、そして、全勘定科目が一覧できる修正損益計算書が不可欠となる。
(ロ) 全益金勘定科目の合計額から全損金勘定科目の合計額を控除して、実際所得金額が算出されるものであり、この計算なくして実際所得金額は示せない。
この計算は修正損益計算書で示さなければならない。
この修正損益計算書なくしては逋脱所得金額は算出できない。
これは逋脱の勘定科目の逋脱数値のみでなく、これと関連して数値が変化する勘定科目が存するからである。
本件においても判決が認定した逋脱所得金額は、
元年一一月期 三六、九七九、三〇三円
二年一一月期 六四、一二三、二八六円
三年一一月期 三九、八八七、二二八円
であり、ところが、被告人が過大に水増計上した外注工事費は、
元年一一月期 七一、五九二、八六四円
二年一一月期 一五八、八五六、三〇一円
三年一一月期 一〇六、八九二、一一八円
である(冒頭陳述補正書)。
右の水増外注工事費と、逋脱所得税額は全く異なる数値でありこの両数値がどのように関連するのかは、判決上不明である。
右水増外注工事費と逋脱所得額の関係、即ち、実際所得金額の算出過程は、修正損益計算書を示さなければ全く不明のままである。
(ハ) 右の実際所得金額に税率を乗じて正規税額を算出して示さなければならないし、正規税額と申告税額との差額を脱税額として算出して示さなければならない。
この計算は税額計算表で示さなければならない。
7 右(イ)(ロ)(ハ)を判決において罪となるべき事実として判示するには、修正損益計算書、税額表の形式ですることが不可欠である。
法人税法第一五九条一項の法人税逋脱罪の構成要件を充足するところの罪となるべき事実を示すには、修正損益計算書及び税額計算書がなくてはならないものである。
以上のとおり、修正損益計算書及び税額計算表のない一審判決は、罪となるべき事実の判示がなく、よって、判決に理由を附せず、かつ理由にくいちがいがある、に該当するものである。
8 しかるに、原判決は、判決において修正損益計算書、修正貸借対照表、脱税額計算書を明示する必要はないとし、弁護人の主張を排斥したが、原判決は刑事訴訟法第三三五条に違背し、無効な一審判決を許容するものであり、憲法第三一条に違反するものである。
第二点 原判決には次のとおり法令の解釈、適用に誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。
一 原判決には次のとおり、法人税法第二二条の解釈、適用に誤りがある。
(一) 原判決は同条の益金についての解釈、適用に誤りがある。
1 法人税法第一五九条一項の法人税逋脱罪は、逋脱行為により法人税を免れるものであるが、逋脱法人税額を算出するためには逋脱所得税額が認定されなければならない(法人税法第二一条)。
法人税法における所得は、益金の額から損金の額を控除した金額である(同法第二二条一項)。
従って、右益金は、法律上の概念であり、益金の解釈に誤りがあればこれは法令の解釈、適用の誤りとなる。
2 原判決では、公訴事実第一、二、三においていずれも本件逋脱について、判決に修正損益計算書の欠缺のため、各期の益金の表示はないが、検察官の冒頭陳述補正書の修正損益計算書を判決は認定したものとみなして(以下同じ)論述する。
右各期の損益計算書によれば、主たる益金はいずれも工事収入高である。
右工事収入高は以下に述べるとおり益金でない金額が含まれており、減額修正されるべきである。
3 被告人豊田辰夫は、取引先である三友商事株式会社の営業部長・磯村昇からの要請により、工事代金名目にて、約束手形等(以下単に交付手形金等という)を、その金額の五五%の割合の現金を返還するとの条件にて、交付を受けたものである。
右交付を受けた手形金等は、工事収入金ではないものであり、益金ではないものである。
一般に法人が受取った金銭その他経済上の利益が全て益金となるとの解釈は誤りである。
受取った金銭等が、返還を義務付けられたものである場合にはそれは借入金、預り金、仮受金等であり、益金でないことは社会常識であり、公正妥当な会計基準である。
右磯村から交付を受けた右交付手形等は、右磯村の不法な目的に被告人豊田が協力する形で、被告人会社の帳簿を通過されただけのものである。
因みに、右磯村は、右交付手形金等に関する返還金の受領にて所得税逋脱罪として起訴され、有罪の判決を受けたものである。
以上のとおり、右磯村から被告人豊田への手形金等の交付は、右磯村の脱税目的に被告人豊田が協力しただけの行為であり、被告人会社の益金とは到底なり得ないものである。
4 本件第一、二、三の公訴事実における各年度の交付手形金等の金額の算出は次のとおりである。
磯村への返還金
元年一一月期 四三、七一八、四四七円
二年一一月期 九七、〇二九、一二七円
三年一一月期 六五、二七一、八四五円
右交付手形金等の金額は、同被告人が右磯村に返還した金が五五%であるので、右返還金を〇・五五で除すと、各年度の返還金に対応する交付約束手形の金額は次のとおりとなる。
元年一一月期 七九、四八八、〇八五円
二年一一月期 一七六、四一六、五九四円
三年一一月期 一一八、六七六、〇八一円
5 右磯村からの交付手形金等は法人税法上の益金には該当しない。
法人税法における益金とは、同法第二二条二項によれば、資産の販売、資産の譲渡、役務の提供、無償による資産の譲受け、その他取引に係る収益と規定されている。
右の五五%の金額を返還することを条件とする右交付手形金は同条二項のいずれにも該当しないものである。
6 よって、右交付手形金等の額を各年度の工事収入高から控除すると実際工事収入高は次のとおりである。
元年一一月期 二九一、六一五、五三五円
二年一一月期 三二三、八五二、四九一円
三年一一月期 三四一、八一二、九四六円
右のとおり、工事収入高を修正すると、各事業年度の益金は次のとおりとなる。
元年一一月期 三〇八、〇六五、九五九円
二年一一月期 三三七、一二二、四一一円
三年一一月期 三七二、三七一、七六三円
7 右と異なる原判決の各事業年度の益金の認定は、益金についての法令解釈適用をあやまったものである。
8 (予備的主張)
(仮に、磯村からの交付手形金等の一〇〇%が益金でないとの主張が認容されない場合)
右磯村からの交付手形金は、その五五%を返還することを義務付けられたものであるから、右五五%を控除した四五%相当の金額のみが被告人会社の益金になるべきである。
右交付手形金等の各年度の内の五五%(磯村への返還金)の金額は次のとおりである。
元年一一月期 四三、七一八、四四七円
二年一一月期 九七、〇二九、一二七円
三年一一月期 六五、二七一、八四五円
右磯村への返還金を右事業年度の工事収入高から減算すると次のとおりである。
元年一一月期 三二七、三八五、一七三円
二年一一月期 四〇三、二三九、九五八円
三年一一月期 三九五、二一七、一八二円
よって、益金は次のとおりとなる。
元年一一月期 三四三、八三五、五九七円
二年一一月期 四一六、五〇九、八七八円
三年一一月期 四二五、七七五、九九九円
右と異なる原判決の認定は誤りである。
(二) 原判決には法人税法第二二条の損金についての解釈、適用に誤りがある。
1 被告人会社は、渡辺晃明及び北村薫に対し手数料として次のとおり支払いをなした。
元年一一月期 二、五八〇、五八四円
二年一一月期 一六、九八〇、九七三円
三年一一月期 一一、七九七、四七八円
右支払金は、本件各事業年度の所得計算において、損金として益金より控除されるべきものである。
しかるに、原判決は右渡辺及び北村に対する支払を損金とは認定しなかった。
2 法人税法第二二条三項は、損金とは、売上原価、完成工事原価、販売費、一般管理費、その他費用、損失(資本取引を除く)であると規定している。
法人税法においては、該支出が会社業務遂行に関係のある支出であれば、同条三項一ないし三に該当するものとして損金になるものである。
脱税に関する支出を除外する旨の規定は存在しないものである。
3 仮に、脱税経費は損金とならないとしても、本件の右渡辺、北村に対する支払は、いわゆる、脱税経費には該当しないものである。
一般に脱税経費は、所得を秘匿する目的で謝礼を支払うものである。
しかるに、右支出は、磯村からの本件交付手形金等が益金とされ所得が過大になることを避けるための支出である。
一般の脱税経費とは性質を異にするものである。
右支払は磯村の交付手形金等との関連で考察すべきものであり右交付手形金等が益金とされるならば、右支払も損金とされるべきものであり、右支払の反社会性は小さく、公序良俗に反するものでもない。
よって、右支払は損金とすべきである。
4 これら損金を認定しなかった原判決は法人税法第二二条の損金の解釈、適用を誤ったものである。
(三) 原判決は、法人税法第三八条、第二二条一項の解釈、適用に誤りがある。
1 被告人会社は消費税法上の課税事業者である。
被告人会社が各事業年度に納付すべき消費税額の大小は左に述べるとおり被告人会社の所得金額を増減させ、法人税額を増減させるものである。
2 消費税法は、国内において事業者が行った資産の譲渡等には消費税を課する(同法第四条)と規定し、譲渡等は、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいう(同法第二条1項8号)。
被告人会社では工事収入高が課税資産の譲渡等であり、これに三%を乗じたものが消費税額であり、これより仕入消費税を控除したものが納付消費税額となる仕組みである。
3 磯村からの交付手形金等は、消費税法上の資産の譲渡でも、役務の提供でもない。
従って、被告人会社が納付すべき各期の消費税額は前述のとおり右交付手形額を控除することにより工事収入高が変動すればこれに応じて変動するものである。
法人税における所得の計算において納付消費税は、税抜経理の方式では、益金(工事収入高)からの減算、税込経理方式では損金(公租公課)に加算される(法人税法第三八条)ものである。
4 右のとおり、納付消費税が益金、損金に変化を及ぼし、その結果被告人会社の実際所得金額が変化するものであり、正規法人税額も変化するものである。
5 右納付消費税の変化を看過してなされた原判決は、法人税法第三八条、第二二条一項の解釈、適用を誤ったものである。
以上