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最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)1192号 判決 1998年10月22日

和歌山市黒田一二番地

上告人

株式会社 東洋精米機製作所

右代表者代表取締役

雑賀慶二

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

東京都千代田区外神田四丁目七番二号

被上告人

株式会社 佐竹製作所

右代表者代表取締役

佐竹覚

右訴訟代理人弁護士

池田昭

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(ネ)第三三七六号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成八年二月二一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安原正之、同佐藤治隆、同小林郁夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成八年(オ)第一一九二号 上告人 株式会社東洋精米機製作所)

上告代理人安原正之、同佐藤治隆、同小林郁夫の上告理由

原判決は、特許法第七〇条一項及び同第七二条の規定の適用を誤った法令違背があり、ひいては理由不備ないし経験則違反の違法があるため、明らかに判決主文に影響するので破棄されるべきである。

第一、原判決は本件発明の精白室に送穀室を含む旨判示するが、原判決は本件発明の解釈を誤っているものである。

一、本件発明の詳細な説明の項には実施例の説明ではあるが、「精白室3に多孔壁除糠精白筒6と加湿装置7を備え」(甲第一号証二欄一五行)及び「歩留率九二%程度に搗精された白米が精白室3に移され適度の加湿によって硬質化した粒面を軟質化し」(同二〇乃至二二行)「精白作用と同時に発生する活ぱつな除糠除湿琢磨作用によって粒面払拭状に斑なく精白し」(同二二行乃至二四行)との記載及び本件発明の説明である「量産用搗精行程の末期行程に加湿精白除糠除水琢磨作用を用いて」(同二六行乃至二七行)との記載からすると、本件発明の精白室の範囲は、本件発明の要件であり搗精作用を担っている「精白室」に限定されるべきで、送穀室を含まないものである。

即ち、本件発明の精白室の構造は、多孔壁除糠精白筒及び加湿装置を備えていることが要件である。そして多孔壁除糠精白筒には、添加した水及び精白作用により出た糠を排出させる孔の存在が不可欠であり、この精白筒の内部を精白室として加湿装置を設けていること明らかである。

そして精白室の機能は、白米が精白室に移された後適度の加湿により硬質化した粒面を軟質化して、精白(搗精)作用と同時に発生する活発な除糠除湿琢磨作用を有することからしても、精白室は精白作用及び除糠除湿琢磨作用を具備している部位のみを指していること明らかである。

してみると本件発明の精白室は、構造的には精白筒と加湿装置を備え、作用的には精白作用及び除糠除湿琢磨作用を有している部位を指しているものである。

二、これに対し上告人製品(以下「イ号製品」という)の場合、加湿装置は精白室の前行程で単に米粒を精白室に送る作用を有する送穀筒内に設けた送穀室に設置されているが、この送穀室は物件目録第6図から分かるように精白作用及び除糠除湿作用を備えていない部位である。

そしてイ号製品においてどのような技術思想に基づいて精白室に隣接する送穀室に加湿装置を設けたかの開発理由については、控訴理由書において詳細に述べたとおりである。

三、ところで原判決は、精白室に送穀室を含む理由として個々の装置において、精米装置の目的、課題、精米装置の螺旋転子の奏する作用等に応じて、適宜、精白室に送穀室を含めたり、区別したりしていたものと認められる、と判示している(原判決一六頁)。

しかし各精米装置毎に精白室の範囲を異にすると言うのであれば、他の精米装置の精白室を参考に本件発明の精白室の意味内容を定めるのではなく、本件発明の特許公報に記載されている文言から精白室の範囲を定めるべきである。

そして本件発明の特許公報には、前記のように送穀室を精白室内に含める記載がないこと第一審判決が判示するとおりであるが(第一審判決五四頁七行目乃至八行目)、むしろ本件発明の特許公報には右第一項に記載したように何れも精白作用及び多孔壁除糠除湿琢磨作用を有する部位に限定しており、精白室内に送穀室を含むと推測させる記載は全く存しない。

してみる本件発明の技術思想は、多孔壁除糠精白筒を具備し精白作用を有する精白室に加湿装置を設けたことにより、精白作用と同時に除糠除湿琢磨作用を行わせ、以て米粒面を払拭するというものであり、送穀室において精白作用を行うことを前提とした発明ではない。

本件発明の特許公報の詳細な説明の「従来の量産用流れ作業の搗精行程は単に乾式精白作用のみの精白室を直列に配設したにすぎない」との記載(甲第一号証一欄一二行目乃至一三行)からしても、従来技術として引用されている精白室は精白作用を有する部位として記載されており、この従来技術の欠点を改良するため「精白室に加湿装置」(甲第一号証一欄二〇行)を設けたのであるから、本件発明の精白室も特に送穀室に言及していないかぎり精白作用を有する部位に限定されるべきである。

しかるに第一判決及び原判決は、本件発明の技術的範囲として送穀室を精白室に含めないよう限定しなければならないものではないと判示する(第一判決五四頁末行乃至五五頁一行目)が、何故限定する必要がないのかその根拠は明らかでないうえ、右に検討したところからしても本件発明に対する原判決の解釈は間違っているものである。

蓋し、特許法第七〇条及び第三六条の規定は当該特許の権利範囲を明確にさせるための規定であり、そのためには権利範囲の外延が明瞭に示されていなければ、その権利の存在によって制約を受ける第三者はその特許権を一義的に解釈することが出来ず困窮するからである。ひるがえって当精米業界では、判示のとおり「精白室」と「送穀室」とを区別する場合と、「精白室」に「送穀室」を含める場合があり一義的に理解することが出来ないのであるから、後者の場合ならば尚更明細書において「精白室」に「送穀室」も含む旨記載していいなければならないのであり、その記載がないときは本件発明の「精白室」には「送白室」を含まないものと解せざる得ないものである。

第二、原判決は、公知技術の解釈につき経験則に違背しているものである。

一、乙第八二号証(特公昭三二-六七六四公報)の「目板または金網のような通気性の研磨筒を設け・・上下2段に連成し」(同公報二頁左欄九行乃至右欄二行)と記載、同公報の「しかして送風室18に開口する連結管30の中間に、ポンプ等により水または栄養強化剤等を噴霧するよう、噴霧嘴31を設けてあり、必要量の噴霧を圧させ送風力によって研磨胴内に供給し研磨ロールによる作用を向上させるとともに米粒の表面を美化させ」(同公報一頁右欄末二行乃至二頁左欄五行)との記載及び「一方送風機26は開口28から空気を吸入し、送風管29によって各研磨胴送風室18からその開口19を通って研磨ロール20の内部に送入し」(同公報一頁右欄一〇行乃至一八行)との記載からすると、乙第八二号証は移送螺条23が収められている送穀室に開口18から水分を噴霧させて研磨ロール20の内部に圧送し研磨ロール20の周囲に設けた噴出小孔から米粒に水分を添加する構成である。

してみると乙第八二号証の構成は、噴霧嘴31を連結管30の中間に設けているが、当該噴霧嘴31から噴出した水分は研磨ロール20に設けた噴出小孔から研磨ロール20内の米粒に給水する構造であるから、本件発明の「精白室に加湿装置を設け」の構成に該当するものである。

しかも上下段に連成させた研磨胴はその外側を金網により構成しているので複数個の多孔壁除糠筒を有しており、下段の研磨胴内の噴出小孔を設けた研磨ロール20は終末行程に位置させているものであるから(同公報第4図参照)、本件発明の「多孔壁除糠精白筒を設けた複数個の精白室を直列に配設した流れ搗精行程において、終末行程または終末行程寄りの行程に配設した精白室」に該当するものである。

二、また乙第二二号証(特公昭三六-八〇二〇号公報)は、「4は金網目等の糠排出口小孔を有する円筒体の精穀胴、5は精穀胴の外囲に糠排出用空隙を有し」(一頁左欄末尾から一二乃至一〇行)との記載は、本件発明の多孔壁除糠精白筒に該当し、また乙第二二号証の精白室である精穀胴は、円筒内を三つに区画し、第一の区画部は空気を噴出し、第二の区画部は空気と共に油剤、水、薬剤等を噴霧し、第三区画部は吸気噴出作用とするもので、実質的には各区画部毎に異なる精穀胴を連接した構成と同じであるところ、水分を添加する第二区画部は終末行程寄りの行程であるから、本件発明の技術思想と同一である。本件発明の実施例図のように精白室が独立した精米装置内に設けられている場合も、イ号製品のように一個の精米機内に複数の精白室を設けた場合も、乙第二二号証のように精白室を区画した場合もそれぞれ機能を異にする精白室を三個(複数個)連接したと同じであり、技術的には何ら変わるところがない。

また本件発明は、「終末行程または終末行程よりの行程に配設した精白室に加湿装置を設けた」構成であるから、乙第二二号証の第二区画部は、本件発明の「終末行程寄りの精白室」に該当すること明らかである。

三、本件発明の実施例は、精白室の主軸8を管軸となし管軸には噴風口即ち加湿装置7を設けているが、この加湿装置7の構造は乙第八二号証の噴出小孔と同一の構成である。

してみると本件発明は、乙第八二号証の存在により無効原因を包含しているところ、本件発明を有効としてもその解釈に当たっては、実施例の記載の構成に限定され拡大して解釈すべきではない。

原判決は、乙第二二号証及び乙第八二号証を「終末行程または終末行程寄りの行程に配設した精白室に加湿装置を設け」る構成を欠くと判示するが、右検討したように乙第二二号証及び乙第八二号証の技術解釈を誤っているものである。

第三、また原判決は、イ号製品が上告人の各特許権の実施品であるとしても、本件特許権は上告人の各特許発明の出願前に出願されたものであるから、イ号製品が本件特許権の技術範囲に属する以上、本件特許権を侵害すると、判示する(原判決一七頁)。該判決は、上告人の各特許権は、本件特許権を含む利用発明とするものである。

一、右原判決は、第一審判決を前提としているものであるが、第一審判決はイ号製品が本件発明の技術的範囲に該当する理由として次ぎのように認定している。

「精白室」の語も、精白するために区画された空間の意味と解することができる(第一審判決四六頁一〇行乃至一一行)。本件発明による精白室とは、個々の搗精行程で、精白作用が行われる一個の空間全体、即ち、多孔壁除糠精白筒に覆われた部分を含むことは当然であるが、同一空間内でのその前段階の例えば送穀作用を行う部分を含むと認められる(第一審判決五二頁一行乃至四行)。

送穀作用は、その先に位置する摩擦撹拌室へ米粒を送って、圧迫板の圧迫力とあいまって米粒に圧力を加え、摩擦撹拌室において米粒間の摩擦力を高めつつ、撹拌転子により撹拌し、米粒相互間で摩擦することにより搗精作用を行うという、搗精作用にとって不可欠な一作用を担っている(第一審判決五三頁五行乃至八行)。

本発明は精白室に加湿装置を設けることを要件とするものではあるが、加湿装置の加水方式について直接米粒に添加するものに限定される根拠はない(第一審判決五五頁四行乃至六行)。

二、右判決が認定した技術によれば本件発明の精白室には、送穀室を含むので、送穀室に加湿装置を設け米粒に対し間接的に水分を添加する構成も、本件発明に含まれるとするものである。

しかし右判決の認定によれば、送穀室に加湿装置を設け米粒に対し間接的に水分を添加する構成を有する上告人の各特許権(乙第八号証、同第九号証)は、本件発明の存在により登録され得なかったはずである。

しかるに上告人が有する各特許権が設定登録された理由は、上告人の各特許権の構成が本件特許権とその構成を異にすると判断されたからに外ならない。

即ち上告人の各特許権は、何れも送穀室に加湿装置を設けているが、水分添加の方法は送穀室内壁に付着した糠に水分を添加して粘土糠とし、この粘土糠と米粒とを撹拌することにより水分を含む粘土糠が米粒を包むため、粘土糠が米粒の表面を払拭するものである。

精米機に水分を添加する構成は従来技術として多く存在したが、反対に水分添加により弊害が問題になっていたところ、上告人の各特許権は従来技術では得られなかった、ひび割れしない美麗な精白米を得ることが出来る効果が認められた結果登録を得たものである。

このような本件特許権の存在を前提として上告人の各特許権の新規性及び進歩性が認められた理由は、従来技術においては送穀室に加湿装置を設け且つ米粒に対し間接的に水分を添加する構成に思い至らなかったことと相俟って本件発明の構成が加湿装置を精白室(送穀室を含まない)に設け、しかも水分添加の方法は精白室内の米粒に直接添加する方法に限定し解釈した結果に外ならない。 上告人の各特許権が本件発明の構成との違いにより如何に優れているかについては、上告人の平成六年一二月一四日付準備書面において詳細に説明した上、乙第八七号証(技術説明書)の提出により精白室と送穀室との構成、作用の違い及び送穀室に加湿装置を設け米粒に対し間接的に水分を添加する方式が、本件発明にない優れた作用を有することも立証した。

三、また判決は、送穀作用は搗精作用を行うと認定しているが、送穀室の基本的作用としては精白室内に米粒を送ることを目的としているものである。

イ号製品の場合送穀室内壁に付着した糠に水分を添加して粘土糠とし、その粘土糠により精白室内において米粒の表面を払拭させるための準備として送穀室に撹拌転子を設け米粒と粘土糠を混合させて精白室内に米粒を送り込む作用を有しているが、送穀作用そのものが搗精作用を担っているわけではない。

従来技術において精白室と送穀室を分けて記載している公知公報の外、特に精白室と送穀室とを殊更分けて記載していない公知公報もあるが、後者の場合発明との関係上送穀室を摘示する必要がなかったからに過ぎず、本件発明のように明白に「精白室」と記載し、その実施例においても精白室を示している以上、本件発明の「精白室」は送穀室を含まないと言うべきである。本件発明の「精白室」に送穀室を含むのであれば、むしろ明細書においてその旨記載されているはずである。送穀室の送穀作用が、精白室の精白作用を備えていないことについては、乙第八七号証六頁2において詳細に記載した。

四、前述のとおり、原判決は上告人の各特許は本件発明の利用発明であるとするものであるが、そもそも利用発明とされる場合は先願発明の要件全部を備えた上更に他の要件が付加されたものであるところ、上告人の各特許は本件発明の要件である「精白室に加湿する」を具備したうえ更に別の要件を付加したものではなく、「精白室に加湿する」と全く異なる要件である「送穀室に加湿する」との発明であって、本件特許権と上告人の各特許権は、出願過程において両者の技術思想が異なるものとして判断されていることからしても、結局原判決は本件発明及び上告人の各特許権の解釈を誤った経験則違背があるので、取消しを免れないものである。

以上

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